【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第二話 埋葬

 

 モーサル。

 ウステングラブに向かう際に立ち寄った、ハイヤルマーチホールドの都市。

 薄暗い霧に覆われ、陰気な空気が漂っているこの寂れた街が、今の健人とデルフィンが滞在している場所だった。

 晩餐会のある南中の月まではまだ時間がある。

 また、健人を鍛えるには、ある程度の居住環境が整った場所が好ましいこともあった。

 ソリチュードはサルモールの影響が強すぎるため、サルモールに追われているデルフィンが長期滞在するには向かない。

 しかし、ウインドヘルムやドーンスター、ウィンターホールドでは、ストームクロークが厄介だし、ソリチュードから距離が離れすぎている。

 そのため、ストームクロークと帝国の緩衝地帯であるモーサルに滞在することになった。

 健人達が滞在しているのは、モーサルの宿屋“ムーアサイド”である。

 デルフィンが支度を整えて宿を出た後、座学として渡された本を読み終えた健人は、次の用事を済ませるために、街に繰り出そうとしていた。

 

「おおケント、出かけるのか?」

 

「ええ、“魔術師の小屋”にちょっと……」

 

「ほう、相変わらず真面目だな」

 

 吟遊詩人のオークが話しかけてくる。

 彼はこの宿屋に滞在している吟遊詩人で、名をルーブクという。

 オークは本来戦闘に長けた種族で、彼らもまた戦いを神聖視する傾向があるが、この吟遊詩人のオークはそんな普通のオークとはかけ離れた性格をしていた。

 それはタムリエルでは被差別種族のオークの癖に、吟遊詩人などをしている事からも察せられる。

 もっとも、その歌声も美声とはかけ離れており、特徴的なドスの利いた声でバラードなんて歌われた日には、上手くいく交際も破局しそうな気がする。

 半面、戦歌などを歌う時には、その肚に響く重低音がいい雰囲気を醸し出してくれるのも事実ではあった。

 宿屋の外に出た健人は外套を羽織ると、モーサルの周囲に広がる湿原へと足を向ける。

 健人はここで、錬金術に必要な素材を集めていた。

 モーサルの湿原は農耕には向かないが、キノコや地衣類等、錬金術の素材となるような植物は、数多く群生している。

 実際、街を出て少し歩くだけで、健人の目に様々な素材が飛び込んできた。

 

「デスベルに青い花、赤い花に紫の花。それに巨大地衣類っと……」

 

 見つけた素材は一通り集め、背負った雑嚢に入れていく。

 

「あれは、マッドクラブか。ちょうどいい、狩って行こう」

 

 素材採集ついでに目についたカニを狩り、獲物を紐で縛って背負う。

 マッドクラブは水辺の砂地に生息するカニで、食料にも錬金術の材料にもなる、優れた素材だ。

 とはいえ、背嚢と巨大なカニを背負った姿は、はた目から見てちょっと怪しい。

 一時間ほど素材を集めると、さすがに荷物が重くなってきたため、健人はモーサルに戻ることにした。

 モーサルに戻ると、健人は集めた素材を引き渡すために、この街の錬金術師が経営している店“魔術師の小屋”に向かう。

 健人は集めた素材をこの店で売って、さらに店の雑事を行ってモーサルでの滞在費を稼ぐと共に、錬金術の実践をさせてもらっていた。

 経営しているのは錬金術師なのに、店の名前が魔術師というのはどういう事なのかと健人も疑問を抱いたが、世話になっている店に野暮なことを言うのも何だろうと思い、その辺の疑問は胸の奥にしまっている。

 

「ラミさん、こんにちわ」

 

「ああ、来たのねケント。また素材を持ってきたのかしら?」

 

「はい。鑑定と買取りをお願いします」

 

「分かったわ。ちょっと待っていて」

 

 ラミと呼ばれたノルドの女性に挨拶した健人は持ってきた素材を渡すと、さっそく仕事へと取り掛かる。

 彼女はこの店の主人であり、彼女自身も錬金術師だ。

 ラミは物の数分で、手際よく健人が渡した素材の鑑定を終わらせる。

 

「終わったわ。こっちが素材の買い取り代金。それで、今日も錬金していくの?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「熱心ね、いいわよ。後片付けはやっておいて。出来た薬は、いい物なら買い取るわ」

 

「はい!」

 

 そういうと、ラミは素材の代金としてカウンターの上に広げた硬貨を数枚引き、代わりに素材を並べた棚から、青い花、紫の花、赤い花、モラタネピラ、クマの爪、ラベンダー、ニンニク、塩、小さな枝角、小麦を取り出し、健人に渡す。

 健人は素材を受け取ると、錬金台に向き合い、薬の生成を始めた。

 作るのは体力回復及び向上の薬、スタミナ回復及び上昇の薬、回復向上の薬、マジ力回復の薬だ。

 どれも、デルフィンとの鍛練で使われる薬で、健人は買った素材をすべてその場で使い切り、出来るだけの数の薬を作る。

 健人はまず、各素材を乳鉢ですりつぶして、混ぜ合わせ始める。

 各素材の配合比率はすでに覚えているが、素材の鮮度や生育状態によって、必要な成分の含有率が変わってくる。

 そのため、少しずつ調整しながら、潰した素材を混ぜていく。

 次に、フラスコ状の蒸留機に混ぜ合わせた素材と水を入れ、マジ力を加えつつ熱していく。

 熱された溶液はやがて沸騰し、マジ力と熱によって精製された揮発性の成分が蒸気となって水と分離する。

 健人は素早く氷の魔法を使い、蒸気が出てくる漏斗の先を凍らせる。

 これにより、蒸気となった揮発性の成分は冷却され、濃縮された液体となる。

 健人は素早く完成した薬をボトルに集めて栓をする。これで完成だ。

 

「ふう、出来た……」

 

 錬金術で作られた薬はマジ力を使って生成するためか、非常に日持ちする。

 それこそ、年単位で効力が保つというのだから、健人としては驚きである。

 一つの薬を作った後、健人はすぐに次の薬の精製を始める。

 この世界の錬金術は、その精製方法において、地球の化学の授業で行われた実験と似通っている部分が多分に存在する。

 素材をすりつぶし、熱した水や油で素材の成分を抽出。

 蒸留して濃縮し、集めた各成分を掛け合わせて、薬を完成させる。

 抽出や濃縮、掛け合わせの各過程でマジ力を使用する場合もあるが、基本的な手法は中学や高校で行われる化学実験に酷似しているため、健人が各作業の工程に慣れるのは早かった。

 また、錬金術で使われるマジ力は破壊魔法と比べれば、その消費量は極めて微量で、マジ力の効率が悪い健人にも、問題なく使う事ができた。

 

「ふ~ん……」

 

 一方、ラミは健人が錬金術を行う様子を眺めながら、感嘆の息を漏らしていた。

 彼女達から見れば、モーサルに来るまで全く錬金術の経験がなかった素人が、数週間で初歩的とはいえ、薬の生成を行えるようになっているのだ。

 驚くのも無理はない。

 

「出来ました。ラミさん、見てもらえますか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 健人の錬金が一通り終わる。

 ラミは内心浮かんだ驚きを一旦納め、健人が作った薬を検分し始めた。

 

「薬の量は問題ないわね。精製過程の手捌きも問題ない。でも、まだ少し成分濃度が安定していないわ。精製時のマジ力が安定していないのが原因ね」

 

「そうですか……」

 

「まあ、濃度の問題だけだから、水で薄めるなり、もう一度蒸留したりすれば問題なく使えるわ」

 

 ラミは、モーサル唯一の錬金術師であり、彼女自身、かつてこの街を訪れた聖堂の治癒師と呼ばれる凄腕の錬金術師から学んだ身だ。

 彼女から見れば、健人が作った薬は多少の粗はあれど、製品として十分な品質であった。

 精密な共通規格を基とした機械による大量生産ができないこの世界では、あらゆるものが手製で作られている。

 そのため、同じような種類の商品でも、手製による誤差があるのは当たり前なのだ。

 健人は取りあえず、完成した薬の大半はラミに引き取ってもらい、代わりに各種の薬やゴールドを貰った。

 

「そういえばラミさん。宿屋の裏にある廃屋は何ですか?」

 

 健人が今泊まっているムーアサイドの西側には、焼け落ちた廃屋が存在していた。

 廃屋は炎に焼かれて完全に倒壊しているが、まだ片づけられていない所を見ると、焼け落ちてからそれほど時間が経っていないことが推察できた。

 

「ああ、フロガーが、奥さんや娘と一緒に住んでいた家よ。火事があって、奥さんと娘は亡くなってしまったのだけど……」

 

 どこか言い淀むラミの態度に、健人は首をかしげる。

 

「何かあるんですか?」

 

「ここだけの話、どうやらその火事はフロガーがやったんじゃないかって言われているの。実際、フロガーは奥さんと娘を亡くしたのに、すぐにアルバっていう別の女性と恋人になっているし……」

 

 ラミの話では、以前は一人娘を抱えた一家が生活していたが、火事でその一人娘のヘルギと母親が焼死してしまったらしい。

 これだけなら、不幸な出来事として片づけられるが、その後、妻と娘を失った夫のフロガーが、すぐに別の女と同棲を始めたため、その火事は夫のフロガーがやったことではないかと街の人達は思い始めているらしい。

 しかも、このアルバという女性、美人ではあるがかなりの好き者らしく、街のあちこちの男性に声をかけているらしい。

 

「フロガーさんは何て?」

 

「奥さんがクマの油を火の中にこぼしたせいだと言っているわ。でも、多くの人がフロガー自身が火を点けたと思っている」

 

 それだけではなく、最近モーサルでは揉め事が絶えないらしい。

 帝国に対する反乱は起きるし、首長が奇妙な魔術師を街に迎え入れたりしている。

 さらには、奇妙な声が沼地から聞こえてくるらしく、フロガーの家が火事になったのは、その後との事。

 唯でさえ閉鎖的な街が、相次ぐ不穏な出来事に見舞われ、今では住民同士で疑心暗鬼になっている有様らしい。

 

「そうですか……」

 

 健人は今モーサルが抱える問題を聞かされ、眉間に皺を寄せる。

 事情を話すラミ自身、不安を抱えているのか、その表情はこの街を覆う霧のように曇っている。

 健人は胸の奥に嫌な予感を浮かぶのを自覚しながらも、とりあえず薬の代金を受け取り、泊っている宿屋への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 ラミの店を後にした健人は、宿屋に帰る途中で、火事にあったという廃屋を見に行ってみた。

 遠目からは見たことはあるが、改めて間近で火事の現場を目の当たりにした健人は、その惨状に眉を顰める。

 屋根は完全に焼け落ちて消失しており、壁も柱などの接している一部を除いて、灰となっている。

 唯一家の中央にある石造りの暖炉だけが、かつてこの家に人の営みがあったことを感じさせてくれていた。

 

「ここが火事の現場か……え?」

 

 廃屋の中に入り、辺りを見渡す健人。

 すると、彼の目に信じられない光景が飛び込んできた。

 

「嘘だろ、ゆう、れい?」

 

 それは、蜃気楼のように、薄く漂う、人型の光だった。

 背の高さは健人の腰位で、丈の長いチュニックと思われる服を着ている。

 幽霊など、地球では想像上の存在としか認知されていないものだ。

 しかし、その影ははっきりと人の形をしており、その視線を侵入者である健人に向けてきた。

 

“誰? お父さんなの?”

 

「君は……」

 

 予想外の出来事に襲われた健人は、相手の名前を聞き返してしまう。

 

“ヘルギ。でもお父さんが、よそ者とは話をしちゃダメだって。あなたは、よそ者?”

 

「お父さんの名前は、フロガー?」

 

“そうよ! よかった! お父さんの名前を知っているのなら、よそ者じゃないのね”

 

 健人が父親の名前を知っていたためか、ヘルギの警戒心は一気に薄れた。

 

(一気に気安くなった……。ちょっとこの子、警戒心薄すぎない?)

 

 健人の方も人生初の幽霊との邂逅だというのに、あまりにも純粋な子供の幽霊の反応を前にして、全身から一気に力が抜けていくのを感じた。

 健人はとりあえず、ヘルギの隣に座り込む。

 焼けた床がミシリと軋む音が、静かな風の中に響いた。

 しばしの間、沈黙が流れるが、健人は思い切って彼女が亡くなる原因となった火事について訪ねてみる。

 

「ねえヘルギ、この家で一体何があったんだい?」

 

“分からないわ。寝ているときに煙で目が覚めたの。熱くて、怖くて、だから隠れたの。そうしたら、寒くなって、暗くなったんだ。怖くもなくなったの”

 

 ヘルギの話を聞く限り、寝ているときに火事に遭い、怖くて隠れたまま、死んでしまったらしい。

 つまり、彼女は火事の原因について、何も知らないということだ。

 

(まあ、俺もこの事件に深く関わる必要はないんだけど……)

 

 必要がないどころか、むしろ距離を取るべき立場である。

 今の健人は修行中の身だ。

 しかも、数か月後にサルモール大使館に潜入しなければならない。

 確かに、彼女の境遇には同情してしかるべきだろう。

 しかし、健人は今代のドラゴンボーンの仲間だ。

 そして、驚異的な速度で成長しているリータについていくには、修練の時間は一分一秒だって惜しいのだ。

 

“でも寂しい……”

 

 しかし、そんな健人の後ろめたい気持ちは、ヘルギが漏らした一言を前に霧散した。

 健人の脳裏に、子供のころの情景が思い起こされる。

 母親が亡くなった後の、誰もいない家の中で一人、唯一残った家族である父親の帰りを待っていた時のこと。

 当時の健人はまだ満足に家事もできず、ただテレビを見て時間を潰すしかなかった。

 楽しそうなBGMと共に、画面の前で明るく話をするキャラクター達。

 しかし、母の死で心に空虚を抱えていた健人には、その明るさはかえって自分が感じる寂寥感を掻き立てるだけだった。

 

「……少し、遊ぶか?」

 

 そんな昔の光景を思い出した健人の口は、自然とそんな言葉をヘルギに向けていた。

 ヘルギの顔に、ぱあっと花が咲く。

 

“いいの!?”

 

「ああ、いいよ。何する?」

 

“かくれんぼ! でも、夜まで待って。もう一人お友達がいるんだけど、夜になるまで来れないの”

 

「そのお友達と一緒に遊びたいの?」

 

“うん!”

 

 友達と聞いて、健人は同じ幽霊かと考え、同時に少し不安になる。

 しかし、ここまで言ってしまったら、今更やっぱり止めますとは言えないくらいは健人もお人よしである。

 ついでに言えば、ここはドラゴンだのドラウグルだの幽霊だのが出てくるファンタジー世界だ。今更幽霊が一体増えたところで不思議ではないし、別にいいやという、ある種の開き直りもあった。

 

「分かった、いいよ」

 

“やったあ! それじゃあお兄さん、夜になったら私を見つけて。また夜にね!”

 

「え!? ちょ……」

 

 またね! と手を振ったヘルギは、健人の言葉も聞かずに消えてしまった。

 

「見つけてって……ノーヒントで?」

 

 一体どこを探せばいいのだろうか?

 健人は手掛かりのない状態でスタートしてしまったかくれんぼに、思わずそんな言葉を呟いた。

 とはいえ、彼女は死人だ。

 生前の縁が深い場所にいるかもしれないと、健人は思い直す。

 

「……確か、ヘルギのお父さんの名前、フロガーって言っていたよね」

 

 ヘルギの父親。

 街の人は彼が自分の家に火をつけて妻と娘のヘルギを殺したと言っているが、実際の所、健人は彼の人となりを知らない。

 

「会ってみるか……」

 

 健人は踵を返して、街の方へと足を向ける。

 かくれんぼなど、小学生以来である。

 子供っぽい遊びではあるし、相手は良く知りもしない幽霊。

 しかし、厳しい修練の日々を送っていた健人は、気が付けば、自分の心が少し躍っているのを感じていた。

 

 

 




というわけで、健人、モーサルのメインクエスト”埋葬”に巻き込まれるフラグが立ちました。

以下、登場人物紹介

ヘルギ
モーサルのメインクエスト”埋葬”の中心人物の一人。
イベント開始時点で、火事によって故人になっている。

フロガー
モーサルのメインクエスト”埋葬”の中心人物の人。ヘルギの父親。
火事で家族が死んですぐに、アルバという女性と一緒に生活を始めたことから、放火を疑われている。

ラミ
モーサルの錬金術の店、魔術師の小屋のオーナー。
ゲームではゴールドで錬金術の手ほどきもしてくれるトレーナーでもあった。
彼女の家の二階には、ちょっと人には言えない薬もあったり……。

ルーブク
モーサルの吟遊詩人。珍しいオークの吟遊詩人でもある。
重低音の赤のラグナルが聞きたい方はどうぞ、モーサルの宿屋“ムーアサイド”まで(宣伝


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