【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
フロガーの名前をヘルギから聞いた健人は、幽霊少女の父親を捜して伐採場を訪れた。
街の人の話では、ヘルギの父親はここで木こりの仕事をしているらしい。
伐採場は水車を利用して、巨大な一本の木の幹を丸ごと切断してしまうほど大きなもので、街の中でもよく目立つものだった。
そんな伐採場の傍で、斧で薪を割っている壮年の男性がいた。
健人はとりあえず、その男性に声をかける。
「すみません、フロガーさんはどなたですか?」
「フロガーは私だ、一体なんだい?」
どうやら、話しかけたこの男性が、フロガーらしい。
健人はとりあえず、彼の家で見たヘルギの霊について話をすることにした。
「実は、娘さんの亡霊が貴方の家の廃墟にいたんですが……」
「本当か? そいつはすごい」
フロガーの返答は、何の感情も感じさせない、そっけないものだった。
「……それだけ、ですか?」
「それだけとは? 今はアルバがいる。死んだヘルギの事は、もう気にしていない」
健人はもしかしたら、突然話しかけてきたよそ者である自分を警戒しているのかと思ったが、どうやらフロガーの態度を見る限り、本当にヘルギに対して、何の感情も抱いていないらしい。
死んだ娘に対するあまりの態度に、健人の眉が自然と吊り上がる。
そんな健人の不快感を察したのか、フロガーの表情が険しくなった。
「アルバはあの火事以降、街で白い目で見られていた私に良くしてくれた。もういいだろう! 帰れ!」
眉を顰めた健人の表情を見ていたフロガーが、感情を高ぶらせて罵声を放つ。
瞳は怒りに濁り、近づくもの全てが敵だと言わんばかりの視線で睨み付けてくる。
今にも持っている斧を叩きつけてきそうな怒気を前に、健人は頭を下げて退くしかなかった。
フロガーに追い返された健人は、その後しばらく街の人達から話を聞いてみたが、大した話は聞けなかった。
フロガーの一件は街の皆も関わりたくないのか、皆一様に詳しい話をしたがらなかったのだ。
健人がよそ者であることも、住民の警戒心を余計に刺激してしまった。
とはいえ、健人にとって重要なのは、今日の夜にヘルギと遊ぶことであり、彼女が亡くなった事件を解決する事ではない。
所詮、健人はこの街の来訪者で、よそ者であることに変わりはないし、まだ旅路の途中である健人も、この街に根を下ろす気はないのだ。
健人は日が落ちてから、とりあえず夜の街に出て、辺りを散策してみることにした。
「暗くなった。そろそろかな」
日が落ちれば、あるのは星と月の明かりだけだ。
健人は明かりとなるカンテラを手に宿屋を後にすると、とりあえず北側の橋を渡り、街の外周を一周してみることにした。
健人が宿屋を出て橋のたもとに差し掛かった時、大きな声が闇夜の奥から聞こえてきた。
「ラレッテ! どこだ!」
焦燥に駆られた、誰かを探す男性の声。
続いて、一つの松明の光が、闇夜の奥から近づいてくる。
現れたのは、彫りの深い顔立ちの、壮年のノルドの男性だった。
厳つい顔にさらに皺を寄せた表情を浮かべ、誰かを探すように視線を周囲に巡らせている。
ノルドの男性は健人に気付くと、速足で近付いてきた。
「すまない、俺はこの街の伐採場で働いているソンニールという者だ。ラレッテは、私の妻は見なかったか?」
「いえ、見ていませんが……どうかしたんですか?」
ソンニールと名乗ったこの男性は、ラレッテと呼ばれる女性の夫であり、いなくなった妻を探しているらしい。
しかし、健人は思い当たる節がないため、彼の問い掛けに首を振る。
「そうか、ラレッテ、どこだ! ちくしょう。フロガーの家族に関わったばっかりに……」
フロガーの名前が出てきたことに、健人は驚く。
「あの、ラレッテさんはフロガーさんの家族と親しかったんですか?」
「ああ、よく彼らの家に行っていたよ。ヘルギの事は特に気に入っていたみたいで……」
健人の脳裏に、ヘルギが言っていた“友達”という言葉が過る。
「あの、ソンニールさん。亡くなったヘルギは、どこに埋葬されたんですか?」
「……どうしてそんな事を?」
「奥さん、ヘルギと親しかったんですよね? 奥さんが居なくなったことに関して、何か手掛かりがあるかもしれません」
不審な火事で死んだヘルギと、亡くなった娘を何とも思わない父親。そして、突然消えたヘルギと親しい女性。
あまりにも怪しい話だ。
「えっと……確かヘルギの亡骸は、彼女の家の裏にある丘の上に埋られたが……」
ソンニールの言葉を聞いた健人はすぐさまフロガーの家跡に向かって駆けだした。
この世界に来てから、見舞われ続けた数多の困難。それに直面した時と似た嫌な感覚が、健人の胸に去来していた。
フロガーの家跡に来た健人は、焼け落ちた家の裏手に回り込む。
彼の後ろには、後を追ってきたソンニールの姿もある。
「なあ、アンタ。どうしてこんな事を……」
「シッ、静かに。誰かいます」
健人の視線の先には、焼けた家の裏にある丘で灯る明かりがあった。
近づくと、地面に松明が刺してあり、松明の傍にある岩にはなぜか剣が立てかけてある。
炎が照らすその場で、誰かが一心不乱に土を掘っていた。
揺れる光が照らしたその人物は、ほっそりとした体付きで、女性であることを窺わせる。
健人の後ろで同じ光景を見ていたソンニールが、その女性を見て喜びの声を上げた。
「ラレッテ? ラレッテ!」
「あの人がラレッテさん?」
健人が確認する前に、ソンニールはラレッテに向かって駆けだしていた。
自分に近づいてくることに気付いたラレッテが、土を掘るのをやめて顔を上げる。
ラレッテの瞳が、駆け寄ってくるソンニールと健人を映す。
その瞳は血のように紅く染まり、まるで害虫を見るような目を健人達に向けていた。
健人の胸に去来していた嫌な予感が、一気に高まった。
「ラレッテ、よか……」
ラレッテの視線の奥に潜む害意に気付かないソンニールが、妻の元に駆け寄り、抱きしめようとする。
だが、その前にラレッテは傍の岩に立てかけていた剣を取り、ソンニールに斬りかかってきた。
「うわあああああ!」
「ソンニールさん! 下がって」
ラレッテの害意を察していた健人が、盾を構えながらソンニールを押しのけ、振り下ろされたラレッテの剣を受け止める。
健人の盾とラレッテの剣が激突した瞬間、女性が振るった剣戟とは思えないほどの衝撃が、健人の腕に襲い掛かる。
「ぐう! いきなり攻撃してくるなんて! いったいどうなってんだ!」
ラレッテの予想以上の剛力に驚きながらも、健人は何とかラレッテの剣を何とか押し止めることに成功する。
「ラレッテ!? いったい何が……」
一方、ソンニールは突然襲い掛かってきた妻に、動揺を隠しきれない様子だった。
その時、ソンニールはようやく自分の妻の瞳を見た。
血に染まった真紅の瞳が、ソンニールに自分の妻に起こった出来事を連想させる。
「まさか、ラレッテ、君は吸血鬼に?」
「吸血鬼?」
吸血鬼。
地球から来た健人は本での知識でしか知らないが、この世界の吸血鬼は血を求め、他人を自分と同じ血を吸う化け物に変える、常闇に生きる種族だ。
その能力、魔力は人のそれとは隔絶しており、また寿命もなく、殺されない限り永遠に生き続ける不老の怪物でもある。
「ぬあああああ!」
「くっ!」
健人が悩む間もなく、吸血鬼となったラレッテは更なる斬撃を浴びせようとしてくる。
悩んでいる暇はない。
デルフィンとの鍛練で鍛えられ始めていた健人の戦闘意識が、即座に迎撃に出る。
ラレッテの剣の威力は凄まじいが、剣の扱い方は素人同然だ。
この世界に来てからそれなりに修羅場を乗り越えてきた健人にも、彼女が繰り出す斬撃の未来図がハッキリと見えていた。
「はあ!」
再び打ち下ろされそうになる斬撃をシールドバッシュで潰し、腰のブレイズソードを引き抜いてラレッテの首めがけて一閃させる。
「ごあっ」
健人の斬撃はラレッテの喉を深々と切り裂き、鮮血が勢いよく噴き出す。
彼女は信じられないというように目を見開いて吐息を漏らす。
さらに健人は振り抜いたブレイズソードの切っ先を返し、ラレッテの心臓めがけて突き刺した。
心臓を貫かれたラレッテの体から力が抜け、地面に崩れ落ちる。
「ああ、ラレッテ。そんな……」
妻が吸血鬼になっていた事、何より妻が目の前で死んだことにショックを受けたのか、ソンニールはラレッテの傍に駆け寄り、彼女の遺体に縋り付く。
健人は苦々しい思いでその光景を見ていたが、ふとラレッテが掘り起こしていた物に目が向いた。
ラレッテが地面から掘り起こしていたのは、木製の棺だった。
子供がちょうど収まるくらいの棺が、地面から半分くらい顔を覗かせている。
「この棺、子供のもの?」
“見つかっちゃった! ラレッテも私を探していたんだけど、貴方にも見つけて貰えて嬉しいわ”
棺の中から聞こえてきたのは、間違いなくヘルギの声だった。
埋められたままだったはずの彼女が喋れることは、普通ならあり得ない。
健人の脳裏に、吸血鬼となっていたラレッテの姿が浮かぶ。
“ラレッテは私とお母さんを燃やすようにアルバに言われていたけど、やりたくなさそうだった”
「アルバ……確か、フロガーさん一緒に住んでる……」
ヘルギの話では、家を燃やしたのはラレッテだったらしい。更にそれを指示したのは、今フロガーと一緒に住んでいるアルバとの事。
“首にキスされたら、火に触ってもいたくないくらいに体が冷たくなったの”
首にキスをされた、という言葉に、健人は顔を顰める。
おそらくラレッテは、焼かれて死体となったヘルギを吸血鬼にしようとしたのだろう。
“ラレッテは私を連れ去って匿おうとしたんだけど、できなかった。私、完全に燃えちゃったんだもん”
だが、ラレッテの企みは失敗したらしい。
いくら吸血鬼でも、完全に燃えてしまった遺体を蘇らせることは出来なかったのだろう。
“ありがとう、お兄ちゃん。ラレッテを止めてくれて。私、疲れたから、少し眠るね”
「ああ、お休みヘルギ」
安堵と寂寥感を覚えさせる言葉を最後に、ヘルギが納まる棺は完全に沈黙した。
彼女が幽霊となった理由は、彼女を吸血鬼にしようとしたヘルギの力だったのかもしれないし、訳も分からず死んでしまったヘルギの未練だったのかもしれない。
だが、もうその理由はどうでもいいものになっていた。
彼女はこうして、再び恐怖のない眠りにつくことが出来たのだから。
健人は最後に棺をゆっくりと撫でながら別れを告げると、未だにラレッテの遺体の傍に跪くソンニールに声を掛けた。
「ソンニールさん……」
「ラレッテはいなくなる直前、アルバに会うと言っていた。信じたくないけど……」
何かを覚悟したような表情を浮かべながら、ソンニールは立ち上がる。
「確かめましょう。アルバの家はどこですか?」
「村の南だ」
健人はソンニールの言葉に頷くと、アルバの家を目指して歩き始めた。
アルバの家の前に来た健人とソンニール。
互いに視線を交わして頷くと、ソンニールがゆっくりと扉に手をかけた。
「鍵がかかっているな」
扉はしっかりと施錠されており、開けることは出来なかった。
「ソンニールさん、少しすみません」
「開けられるのか?」
「分かりません。でも、やってみます」
健人は懐から鉤状のロックピックを二本取り出し、鍵穴に射し込む。
彼はデルフィンとの鍛練の中で、鍵開けの技術も学んでいた。
座学の際に、彼女はタイプ別のカギをいくつか健人に渡し、鍵開けの練習もさせていたのだ。
この世界のカギは、地球で使われているものと比べて精粗の差はあれど、基本的な構造はシリンダー錠と大差はない。
鍵穴が付けられた円筒形のパーツに、適合するカギに合わせたピンが取り付けられているタイプだ。
鍵を開ける方向に力を掛けながら、シリンダーを止めているピンを一個一個解除していくことで、開けることが出来る。
精密なカギになればなるほど解除は困難になるが、この扉に使われている鍵は、鍵開け見習いの健人でも何とか解除できそうなものだった。
それなりの時間を開錠に費やすことで、入口の扉の鍵は開けることができた。
健人とソンニールは、扉を開け、ゆっくりとアルバの家に入る。
「誰も、いない?」
アルバの家は一階が居間とキッチン、寝室を兼ねた一部屋のみだったが、部屋の中には、目的の人物の姿はなく、気配もなかった。
だが、部屋の中央には地下へと続く階段があり、健人達はさらに奥を目指して階段を下りて行った。
地下にある部屋も一部屋だけだったが、その部屋の内装はあまりにも異様なものだった。
中央に据えられた、大の大人が一人すっぽりと入るだけの棺。
部屋のあちこちには乾ききった血の跡が散乱し、錆鉄に似た異臭を放っている。
健人はむせ返る異臭に、思わず鼻をつまんだ。
「血の匂いがすごい。これは、棺か。それにこれは、日記?」
棺の傍には赤い基調の日記が落ちていた。
日記の中には、アルバが吸血鬼であることが克明に書かれていた。
彼女はモヴァルスと呼ばれる吸血鬼に仕えていて、ソンニールの妻を吸血鬼にして手駒とし、衛兵を一人一人誘惑して吸血鬼にして、この街を乗っ取る計画だったらしい。
また、昼の間に棺で寝ている自分の護衛に選んだのがフロガーであり、彼を洗脳したのはいいものの、彼の家族が邪魔になったから、吸血鬼にしたラレッテに殺すよう指示もしていた。
「どうやら、正体がバレる前に引き払ったみたいですね。おまけに、このモーサルを乗っ取る計画まで書いてある」
しかし、ラレッテがヘルギに執着し、暴走したことで彼女の計画は破綻した。
邪魔になったフロガーの家族を事故に見せかけて殺すつもりが、ラレッテが家に火を放って殺すという、あまりにも軽率な行動をしたのだ。
健人はとりあえず、証拠となるアルバの日記を懐にしまう。
「ソンニールさん。この日記を首長に見せましょう。対策を取る必要があります」
健人の言葉に、ソンニールは頷くと、二人はアルバの家を後にし、首長の家を目指した。
う~ん、展開的に移動が多いため、文が切れ切れになってしまった。
以下、登場人物
ソンニール
モーサルの伐採場で働くノルド。
妻のラレッテが行方不明になり、夜な夜な妻を探して街中を駆け回っていた。
ラレッテ
ソンニールの妻。ゲームではストームクロークに参加するといって夫であるソンニールの元を去って行ったが、この小説では何も言わずに行方不明になっている。
フロガーの家を焼いた実行犯であり、アルバに吸血鬼にされた被害者でもある。
フロガーの娘であるヘルギに執着しており、彼女を吸血鬼にしようとしていた。
アルバ
吸血鬼であり、フロガーを誘惑し、自分の棺を守る見張りに仕立て上げた。
ラレッテを吸血鬼に変え、フロガーの家族を殺すよう仕向けた張本人でもあるが、実行犯であるラレッテがヘルギに執着し、フロガーの家を焼くという行動は予想外だった。
ちなみに、彼女の日記を見ると、強いノルドの男が好みらしい。
月夜にモヴァルスと逢引した際に吸血鬼にされ、以降、彼に仕える吸血鬼となった。