【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
太古の上り坂。
ヘルゲンとファルクリースの中間に位置する遺跡に、リータ達の姿はあった。
グレイビアードにユルゲンウインドコーラーの角笛を渡したリータは、グレイビアードにドラゴン語で歓待された後、声の修業を行った。
修業を始めて数日で複数の言葉を覚え、アーンゲールから驚愕と共に称賛された。
一つの言葉を覚えたら次の言葉を、さらに次をと、声の習得を続けようとするリータ。
しかし、イヴァルステッドでリータ達との連絡役としていたリディアから、ドラゴン目撃の情報を受け、こうして山を下り、ドラゴン退治に訪れたのだ。
“グオオオオオオオン”
鼓膜が破れるかと思えるほどの咆哮が、太古の上り坂に響く。
相手はブラッドドラゴン。
ホワイトランを襲ったミルムルニルによく似た容貌を持つドラゴンだ。
“ヨル……トゥ、シューーール!”
上空から急降下してきたドラゴンが、リータめがけてファイヤブレスを叩きつけようとしてきた。
炎の激流が、小さな人間の少女を飲み込まんと疾駆する。
「ファス……ロゥ、ダーーー!」
だが、その激流は、少女の“声”に容易く消し飛ばされた。
グレイビアードにて最後の三節目が加えられ、さらに強力になった揺ぎ無き力がファイヤブレスを消し飛ばし、急降下してきたドラゴンを捕らえる。
“グォオオ!?”
真正面から衝撃波を食らったドラゴンは体勢を崩して落下。地面に激突。
ガリガリと土を削りながら、ドラゴンは地に落とされた。
そこに、リータは一気に駆け寄る。
「はああああ!」
上空から落下し、衝撃で目を回しているドラゴンに素早く接近し、その刃を振るう。
強靭な鱗を削り、皮膚を裂き、翼を斬り裂き、肉を抉る。
「リディア!」
「はい、従士様!」
飛行の能力を奪ったところで、リディアが背負っていた鋼鉄製の両手斧をリータに投げ渡す。
片手剣だけではドラゴンの命を絶つのは難しいと考えたリータが、新たに選んだ得物だ
リータは片手剣を放り棄て、両手斧をキャッチすると、そのまま疲弊したドラゴンの頭に飛び乗り、最後に止めと脳天に両手斧を打ち込んでその命を絶った。
命を絶たれたドラゴンは炎に包まれ、光の奔流となってリータに注がれる。
骨になった竜の亡骸を、リータは無表情のまま睨みつけていた。
ドラゴンの魂を完全に飲み込むと、リータはゆっくりと両手斧を降ろし、続いて、太古の上り坂の石碑に歩み寄る。
この石碑は、以前ウステングラブで見た石碑と酷似していた。
石の壁にはドラゴン語が刻まれ、リータには刻まれた文字から風が唸るような音が聞こえてきていた。
ゆっくりと石碑に歩み寄り、刻まれた言葉を読み取ると、リータの内にあるドラゴンソウルが、言葉の意味を教えてくる。
言葉の習得が終わったリータに、私兵であるリディアが駆け寄ってきた。
「従士様、お疲れ様です。どのような言葉を学ばれたのですか?」
「“ラーン”動物という言葉。多分、近くの動物に語り掛けて、力を貸してもらうシャウトだと思う」
リータは持っていた両手斧をリディアに返し、放り棄てた片手剣を拾う。
新たな言葉を習得したリータ。しかし、その表情は氷のように無表情のままだった。
「これで、ファルクリースの人達は大丈夫かな?」
太古の上り坂の眼下に広がるファルクリースの森を見下ろしながら、リータがつぶやく。
彼女はこの太古の上り坂に来る前、補給のために一度ファルクリースに寄っている。
その時、ファルクリースのシドゲイル首長からも、この太古の上り坂に巣食ったドラゴンの討伐を依頼されていた。
「はい、シドゲイル首長の懸念もそうですが、住民がドラゴンに襲われる危険は払拭できたかと」
「そっか、よかった……」
先ほどまで無表情だったリータの顔に、ようやく安堵の笑みが浮かぶ。
彼女にとって、シドゲイル首長の依頼などは関係がなく、自分と同じ境遇の人間が出なかったことが、何よりも嬉しかった。
「……凄いな」
そんなリータの様子を遠目から眺めていたドルマの口から、そんな独白が漏れた。
ドラゴンを殺すまでの鮮やかとも思える手並み。
スカイリムを恐怖と混乱に陥れているドラゴンをこうも容易く屠るようになった幼馴染の姿に、ドルマは何とも言えない、複雑な気持ちを抱く。
ドラゴンスレイヤー。
ノルドとして、最高の誉れであると同時に、そんな幼馴染の姿に羨望と誇りを抱く。
だが同時に、瞬く間にドラゴンを屠るまでに強くなった幼馴染に、言いようの無い不安も抱くようになっていた。
「ドルマ、どうかしたの?」
「いや、何でもない。そういえば、あのよそ者は今何やっているんだ?」
浮かんだ懊悩をごまかすように、ここにいない健人の話題を振る。
リータの唯一残った家族。
正直言って、ドルマが健人に抱く感情は複雑だ。
身の上を語ろうとしない健人に不信感を抱いたこともあるし、ドラゴン相手に怯まなかった健人に内心感嘆したこともある。
だが何より、彼自身が一番“気持ちを抱いている女性”に、最も気を向けられていることが、ドルマが健人に抱く心証をより複雑なものにしている。
そんなドルマの複雑な気持ちを知ってか知らずか、リディアとリータは健人の話で盛り上がっていた。
「デルフィンさんの話では、モーサルにいるみたいだけど……」
「彼女の報告では、モヴァルスと呼ばれる強大な吸血鬼を倒したとのことです。モーサルのイドグロッド首長は従士の称号を賜るつもりだったそうですが、健人様は保留されたと」
リータの言葉をリディアが引き継ぐ。
リータ達は、デルフィンから定期的に手紙を受け取っていた。
手紙にはドラゴンの目撃情報や、健人の近況を書かれていた。
そこには当然、モーサルの吸血鬼騒動についても書かれている。
どのように騒動に巻き込まれ、どのように戦い、勝利したか。
簡潔で明瞭なデルフィンの報告、そして相変わらずの健人の無茶ぶりに、ドルマは溜息を漏らす。
「軟弱なくせに、よく死ななかったもんだな」
「ドルマ殿、不謹慎ですよ」
「ふん……」
憎まれ口を叩くドルマを、リディアが諫める。
リディアとしては、主の義弟。自身にとっても弟子のような存在の躍進に、終始嬉しそうだった。
「また、無茶してる……」
一方、リータは健人の近況を聞いて、悲しむように唇を噛んでいた。
吸血鬼と正面から戦い、油断させ、相手の得意分野でワザと怒りを買い、隙を突く。
傍から見ても綱渡りと分かる健人の戦い方に、リータの焦燥が募っていく。
むろん、健人がどうしてここまで無茶をしたのか、その理由をリータは知っているし、健人が強くなっていることは素直に嬉しい。
だが、それは健人がより厳しい戦いの場に身を投じていくことも意味している。
だからこそ、喜びよりも悲しみと焦燥が先立ってしまうのだ。
「従士様、デルフィンの報告では、ロリクステッドに西にドラゴンの塚があるそうです。それに、イリナルタ湖やマルカルス付近でもドラゴンの目撃情報があるそうですが……」
「ファルクリースに戻って首長に報告したら、直ぐに行く」
ドラゴン。
その言葉を聞いたリータの意識が切り替わる。
手紙には健人の近況だけでなく、ドラゴンの目撃情報も纏めて書かれていた。
「しかし従士様は、今しがたドラゴンを倒されたばかりです。一度ファルクリースに戻った後は、しばらくお休みになられては……」
「そうしている間に、村や街が焼かれる」
休息を求めるリディアの言葉をリータは切って捨てる。
確かに、世界のノドから太古の上り坂に来るまで、リータは強行軍で進んできた。
馬車なども使ったが、それでも疲労は確実に残っている。
しかし、そんな疲労など、リータには関係ない。
ドラゴンを殺す。そして、健人を戦いに出なくていいようにする。
その想いが、今のリータを突き動かしていた。
「……だが、食料や装備の手入れは必要だ。お前の剣、もう限界だろ?」
「……」
しかし、そんなリータの様子を横から見つめていたドルマに、彼女の威勢はくじかれた
実際、ドラゴンと戦ったリータの剣は、もう限界だった。
質の良いエルフ製の剣ではあるが、ドラゴンとの戦闘ですっかり刃がこぼれ、刀身にも歪みが生じ始めている。
強靭なドラゴンの鱗や骨を刻み続けたのだから、無理もない。
とどめを刺すのに使った鋼鉄製の両手斧の刃も潰れており、こちらも修理が必要だった。
「どのみち、武器がなければ戦えん。鎧や盾も限界。鍛冶屋に造ってもらう間は、ファルクリースからは動けねえよ」
「……分かった。でも、時間が惜しいのは確か。リディア、どれだけお金がかかってもいいから、徹夜で仕上げさせて」
「分かりました。従士様の命ずるままに」
話が纏まったところで、リータ達は下山の準備をする。
「ほれ……」
「え……わぷ」
ドルマが自分の外套をリータの頭にかぶせてやる。
リータの外套はドラゴンとの戦いの最中に地面に落ちて、雪と泥でぐちゃぐちゃになってしまっていた。
スカイリムの寒冷な大地は厳しい。
汗をかいた状態のまま放置すれば、ノルドでも低体温や凍傷を負ってしまう危険がある。
「体が冷える。被っとけ」
「うん。ありがとう、ドルマ」
「ああ、気にすんな」
かぶせられた外套の端を摘まみ、俯いたまま礼を言ってくるリータ。
ドルマは好いた相手からの感謝に一時の喜びをかみしめつつも、内心の懊悩を飲み込んでいた。
その後、ファルクリースでシドゲイルの歓待を受けたリータは褒美として黒檀の装具を受け取り、その武具で立て続けにドラゴン達を屠って行くこととなる。
このドラゴン退治でリータの名は真の意味でスカイリムに轟くことになった。
そして彼女達は健人達と合流するため、ソリチュードを目指す事になるのだった。
ソリチュード。
スカイリム北西に存在するハーフィンガルホールドの首都であり、スカイリムの中でも文化的に帝国の影響を色濃く受けた都市だ。
この都市は湾の中に作られた街で、海から吹く北風を山脈が遮っているおかげで、スカイリムの北部にありながら穏やかな気候が保たれている。
また、湾内に作られた港は北からの荒波を遮り、スカイリムの中でも大型の船舶が停泊可能な数少ない港であった。
同時に、この港は東帝都社と呼ばれる大規模交易会社が牛耳っており、タムリエル各地との交易で莫大な財を生んでいる。
この財と比較的穏やかな気候により、ソリチュードの経済力はスカイリム屈指のものとなっていた。
そんなソリチュードを訪れた健人は、その華やかな街並みに目を奪われていた。
「うわぁ……すごいな」
整然と敷き詰められた石畳、そびえる白亜の巨壁。そのどれもが、健人がタムリエルに来てから、最も巨大な建築物である。
モーサルで修業を積み、その街で起こった吸血鬼の陰謀を止めた健人は、アルドゥインの情報を集めるために、サルモール大使館に潜入しようとしていた。
「確かに、ソリチュードはスカイリムでも屈指の大都市だけど、それでも内乱の影があるわ」
「え?」
「見てみなさい」
デルフィンが指さす先には数十人からなる人だかりができていた。
ガヤガヤと騒がしく、時折怒号が飛ぶその様子は、尋常ではない雰囲気を醸し出している。
「あれは……」
まるで、熱に浮かされたように騒ぐ市民たちの様子に、健人はなんとなく既視感を覚えていた。
「公開処刑よ」
デルフィンの言葉に、健人は“やっぱり”と心の奥で呟く。
処刑台を囲む聴衆と、罪状を告げる審問官。
処刑台に挙げられた罪人は己の正当性を叫び、聴衆は罵声を浴びせる。
健人自身、ヘルゲンで見た光景だった。
ヘルゲンでの処刑は反乱軍であるストームクローク兵だったが、今健人達の目の前で行われている処刑は、そのストームクロークを幇助した市民の処刑らしい
罪人の名はロッグヴィル。
何でも上級王トリグを殺したウルフリックが、ソリチュードから逃げる際、閉ざしていた門を開けた人間らしい。
市民は叫ぶ「この人殺し!」と。
罪人は叫ぶ「上級王を決闘で決める。それがノルドのやり方だ!」と。
健人は、そんな彼らの主張を冷めた目で見つめていた。
このスカイリムにおいて、上級王の存在は文字通りの“要”だ。
各ホールドの独立意識が強いスカイリムを纏めるには絶対に必要だからだ。
同時にスカイリムは、現在の帝国が建国した時からもっとも親密な同盟者でもある。
帝国がオブリビオンの動乱とサルモールとの大戦で揺らいでいる今、そのもっとも近しく、強大な軍事力を持つスカイリムが揺らげば、大陸の混乱はさらに広がり、多くの民が疲弊して、さらに戦火が広がるという悪循環を生み出してしまう。
つまるところ、上級王トリグを殺したウルフリックの行動は、タムリエル全土の勢力図を考えれば、軽率な行為でしかない。
だが、同時にそこまで帝国に対し、ノルドの不満が溜まっていたともいえる。
帝国も帝国で、内側からサルモールに侵食されつつある。白金協定がその最たるものだ。
(ウルフリックに挑発されたのかもしれないけど、トリグもノルドの気質や内外の事を考えれば、決闘の申し入れを断るなんて出来なかったんだろうな……)
ままならない。
健人はそんな事を考えながら公開処刑を眺めていたが、彼自身、自分の心が驚くほど凪いでいることに、内心驚いていた。
そうこうしているうちに処刑は佳境を迎えていた。
処刑台の前に跪かされた囚人の首に、処刑の斧が振り下ろされる。
肉を断つ音と共に、歓声が上がる。
相変わらず、この世界では処刑すら娯楽の一つのようだった。
「意外ね」
「何がですが?」
「もっと取り乱すと思ったわ。人の死に慣れていないみたいだし」
「否が応でも慣れますよ。処刑を見るのはヘルゲンでもう経験済みです。それに、人殺しも……」
「そう」
「それで、これからどうするんですか?」
この潜入任務でカギとなるのは、健人だ。
デルフィンはサルモールに顔を把握されているため、今回の潜入任務は不適格。
リータ達はまだ合流できていないし、彼女もまたサルモールに顔を知られているため、無理がある。
一方、健人の顔はタムリエルでは見かけない容姿だが、サルモールに知られているわけではない。
その上ノルドでないため、初対面のエルフからは、ドルマたちと比べれば警戒されにくい。
「開催されるパーティー会場には、招待状があれば入れるわ。でも、そこから先に行くには協力者が必要。それに、招待客に扮している以上、武器の類は持ち込めないわ。貴方には、これからその協力者に会ってもらう」
「協力者ですか?」
「ええ、名前はマルボーン。ウッドエルフで、この街の酒場で落ち合う予定よ」
ウッドエルフはボズマーとも呼ばれ、アルトマーと同じくエルフ種の一種だ。
タムリエル大陸のヴァレンウッドと呼ばれる地方に住んでいるエルフであり、自然崇拝の意識が強いエルフである。
しかし、その自然崇拝が行き過ぎた結果、植物を傷つけることを極端に忌避し、肉食のみの生活をしたり、同族食いを行ったりするウッドエルフもいる。
ちなみに、エルフ種ではあるが、彼らの住むヴァレンウッドは他国からの攻撃を過去に何度も受けており、特にアルトマーやカジートとは幾度も刃を交えている。
そのため、ウッドエルフとハイエルフの間に、エルフだからという仲間意識は、ほとんどなかったりする。
「マルボーンに会ったら、話をして、彼に大使館で使う装具を渡しなさい。いい、くれぐれも余計なものは持ち込まないように」
デルフィンの言葉に、健人は頷く。
潜入に必要なものはデルフィンのアドバイスの下、最低限に纏めて、背嚢に入れてある。
晩餐会に招待された人間は、サルモールにとっては自分たちの影響力を高めるための上客ではあるが、同時に招かれざる侵入者である可能性もあって警戒せざるを得ない。
当然、招待客の一挙手一投足に目を光らせているだろう。
「それから、パーティー会場を出たら、警備をかいくぐってエレンウェンの私室を目指しなさい。おそらく大使館の最上部、空中庭園の先にあるはずよ」
「私室に到着したらどうすれば?」
「エレンウェンはスカイリムにおけるサルモールの活動を統括する最高責任者よ。恐らく、彼女の部屋にはドラゴンに関する何らかの報告書があるはず。それを探して」
「脱出するにはどうすればいいんですか?」
「サルモール大使館は、スカイリムにおけるサルモールたちの主要拠点。大使館の土地は実質的に治外法権の領域だし、他国は干渉できないから、当然、口を憚られるようなことをする尋問室もある。
そう言った場所は、大抵ゴミ捨て場があるわ」
「ゴミ捨て場?」
「そう。用済みになったカナリアや、懐かなかったワンちゃんを捨てるゴミ捨て場よ。確認したけど、外に繋がっているのは間違いないわ」
要は、死体を捨てる廃棄場だ。
デルフィンの話を聞く限り、相当の数の死体があるのかもしれない。
怖気が走るような生々しい話に、健人は頬を引きつらせる。
「ただ、ゴミ捨て場の落とし戸には鍵がかかっているから、脱出の際は鍵を探して。用途から考えて、尋問室からそれほど離れていない場所にあるはずよ。」
「そうですか……分かりました。とりあえず、そのマルボーンさんに会ってきます。デルフィンさんは?」
「私はあなたの衣装を用意しておくわ。準備が出来たら、街の外で落ち合いましょう」
踵を返して立ち去っていくデルフィンを見送った健人は、目的の酒場へ向かった。
ウィンキング・スキーヴァー。
目的の宿屋は華やかなソリチュードにも相応しい、石造りの綺麗な建物だった。
入口の扉を開いて中に入ると、外壁と同じ石造りのホールが健人の目に飛び込んでくる。
綺麗な外観にふさわしく、ホールの中も今まで健人が見てきたどの宿屋よりも小綺麗で、賑やかだった。
昼間にもかかわらず、暗がりを照らす蝋燭の火と、綺麗な細工が施された窓ガラスから差し込む日の光が交差し、店の中を明るく照らしている。
店内の各所に置かれた丸テーブルには様々な人達が集い、酒を飲んだり食事をしたりと、思い思いの時間を楽しそうに過ごしている。
そんな中、健人の目に、賑やかな店内に隠れるように、隅のテーブルに腰を落ち着けて杯を傾けている一人のウッドエルフが目に映った。
壁に背を預け、まるで店の中を観察するように辺りを見渡す男性を見て、健人は彼がマルボーンだと思い、彼が座るテーブルに足を運んだ。
「デルフィンさんに言われてきた。マルボーンさんか?」
「そうだが、彼女がお前を」
マルボーンは健人の頭の上から爪の先までをねめつけるように観察する。
マルボーンにしても、この計画は非常にリスクが大きい。計画を実行する人間を確認することは当然のことだ。
その眼にはどこか迷いや疑問を抱いていると思われる光があったが、仕方ないと言うように首を振り、決意を固めた。
「彼女を信じるしかないか。こちらで必要なものを密かに大使館に持ち込んでおく。他には何も持ち込まないようにしてくれ。サルモールの警備は厳重だからな」
「準備は出来ています。必要なものはこれです」
健人が背負っていた背嚢を手渡すと、マルボーンは素早く席を立つ。
「いいだろう。これを大使館の中に持ち込んでおく。これで失礼するよ。心配するな、パーティーでまた顔を合わせるだろう」
急くような口調でまくし立てたマルボーンは、健人の荷物を持って足早に店を出て行った。
健人は立ち去っていくマルボーンの背中を眺めながら、彼が座っていた席に腰を下ろした。
マルボーンとの接触を悟られないためにも、少し時間をつぶしてから店を出るつもりだった。
座った席から、店内を見渡す。
「なあ、聞いたか? 世界のノドから降りてきたドラゴンボーンが、太古の上り坂に巣くっていたドラゴンを倒したってよ」
「その情報、古いぜ。最近じゃロリクステッドを襲ったドラゴンを殺して、その魂を吸い取ったらしい」
話し込む人たちの話題は、最近出現し始めたドラゴンの話題だ。
ヘルゲンやホワイトランが襲われたこともあり、ドラゴン復活の噂は瞬く間にスカイリム中に広がっている。
実際にドラゴンの目撃情報や襲撃を受けたという話も上がっていることが、スカイリム中の人たちが、ドラゴンの脅威を認め始めている証左だろう。
同時にそれは、アルドゥインが確実に自分の戦力を増強してきているということでもあった。
そして、ドラゴンを狩るリータの存在も、稲妻のような鮮烈さでもって、スカイリム中を駆け巡っている。
今やリータの名を知らないものは、スカイリムにはいないと断言できるほど、彼女の名前は広まっていた。
「聞いた話じゃ、ドラゴンボーンはノルドの女らしい。金髪の美女で、お供に二人の同族を従えているらしい」
「さすがは同胞。われらノルドの誇りだ!」
話し込む人たちを眺めながら、健人は自分の胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
饒舌にドラゴンボーンのことを話す人たちの会話の中に、健人は出てこない。
リータたちがドラゴン退治を始めたとき、健人はモーサルで修行の日々を送っていたのだから。
只人たちの会話が、健人にリータとの間に開いた距離を感じさせていた。
健人はテーブルに残された杯を手に取り、残っていた中身を呷る。
焼けるような火酒がのどを焼く感覚に眉を顰めながら、健人は30分ほど時間をつぶした後に店を出た。
店を出た健人は正門からソリチュードの街を出て、麓の農家まで足を運ぶ。
そこには、すでに準備を終えたデルフィンが、馬車のそばで彼の帰りを待っていた。
「大使館に持ち込みたい装備はマルボーンに渡しておいた?」
「ええ、しっかりと」
「良かったわ。これが晩餐会の招待状よ。
招待状の名前はリヒト・ウェイナだから、大使館ではこの名前を名乗りなさい」
「分かりました」
デルフィンは健人に晩餐会の招待状を手渡すと、続いて馬車に乗せてあった荷物の蓋を外し、中から豪奢な装いの服を取り出した。
「さあ、これを身に着けて。他の装備は預かるから」
「デルフィンさん。リータは……」
「おそらくもうすぐこのソリチュードに着くでしょうね。心配しなくても大丈夫よ、サルモールには近づいていないし、ケント程危険な目には遭っていないわ」
世界のノドでシャウトの修練を積んでいたリータだが、既に世界のノドを降りて、ソリチュードに向かっている。
正確には、ソリチュードの近くにある祠で合流の予定だが、健人としては、リータが再びサルモールに襲われないか心配でもあった。
「それより、今は自分の身を心配しなさい。必要な情報を手に入れて、必ず帰ってくるのよ」
「分かっています。それじゃあ、行ってきます」
デルフィンの忠告に、健人は浮かんだ懸念を一端胸の奥深くへとしまい込んだ。
この潜入任務のキーは健人であり、今から自分達を襲ってきたサルモールの懐に潜り込まなければならないのだから。
衣服を着替え、準備のできた健人が馬車に乗り込むと、馬車はサルモール大使館を目指して出発した。
というわけで、サルモール大使館潜入ミッション開始です。
本当は前半部分は前話に入れたかったのですが、尺の都合でこちらに入れました。
続きは25日の夜か、26日に投稿予定です。
以下、登場人物紹介
マルボーン
メインクエスト“外交特権”にて、サルモール大使館潜入時に主人公に協力してくれるウッドエルフ。
サルモール大使館で働いてはいるものの、故郷の家族をサルモールに皆殺しにされており、サルモールを強く憎んでいる。