【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第九話 逃亡

 漆黒の闇に包まれた空間。

 唸る吹雪の轟音のみが響く洞窟の中で、“彼”は目を閉じたまま、己の持つ超常の感覚に身を委ねていた。

 脳裏に浮かぶ幾重もの光群が螺旋を描き、大樹の枝葉のように四方八方へと飛んでいく。

 無秩序に飛び交う光群。だが、その光は時折、まるで示し合わせたかのように一点に集まり、螺旋を描くと、再び四方へと飛んでいくということを繰り返している。

 “彼”が光群を見つめれば、様々な情景が浮かんでくる。

 根源神の出現と戦い、失われた十二の世界と、消え去った根源神。

 新たに生まれた神と、世界の創造。

 創造された世界の中で、足掻くように生きる命。

 エルノフェイの分裂。

 黒く荒れる海を命がけで旅をする、人の先祖達。

 緑豊かな孤島群に聳え立つ白亜の城と、そこに攻め込もうとする巨大な人造神。

 砕かれた杖を巡る災禍。

 砂漠の地で蘇る魔人、堕ちた現人神と、英雄の生まれ変わり。

 鏡のような湖畔に立つ、巨大な尖塔。最後の王と、その友の物語。

 そして、原初の竜王と人竜の戦い。

 この世界が始まってからのすべての情景が、彼の脳裏には浮かんでいた。

 やがて、再び光群が集まり、螺旋の渦を作り始める。

 だがそこに、光ではない“無”の空間が存在していた。

 “無”の存在は光の周りを迷うようにうろついていたが、やがて一つの大きな光に惹かれるように寄り添うと、共に螺旋の渦へと身を投じていく。

 

(……来た)

 

“彼”はゆっくりと、閉じられていた瞳を開き、己のもつ一対の翼を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大使館でドラゴンに関する情報を得た健人だが、脱出の際に追ってきたサルモールの追跡部隊に追いつかれ、森の中に逃げ込んだ。

 幸い、吹雪によって視界は劣悪のため、追跡部隊は健人の姿を簡単に捉えることはできない。

 しかし、吹き付ける風は健人の体から容赦なく体温を奪っていき、徐々に健人の足を鈍らせていた。

 

「くそ! 侵入者はどこだ!」

 

「探せ! まだ遠くにはいっていないはずだ」

 

「はあ、はあ、はあ……くそ、まだ追ってくる」

 

 追ってくるサルモール部隊はまだ諦めておらず、健人の背後からは喧騒が聞こえてくる。

 逃走手段である馬車を吹き飛ばされた健人は徒歩で逃げるしかない。

 とにかく、今は距離を稼ぐことが必要だ。

 健人は必死に足を動かし、追跡部隊から離れようとする。

 だが同時に、健人はこのまま逃げ切ることは難しいとも考えていた。

 季節的には夏だが、寒冷なスカイリムの中でも北に位置し、かつ北海からの風を遮る山には雪が降る時があり、この森にも地面には積もった雪がまだ残っている。

 その雪に、どうしても足跡が残ってしまうのだ。

 

「どうにかして、足跡をつけないように逃げないと……」

 

 緊張と激しい運動で回らない頭を必死に巡らせ、健人はサルモールから逃げる手段を考える。

 

「見つけたぞ!」

 

「くそ!」

 

 しかし、健人が打開策を見つける前に、ついにサルモールの追跡部隊に追いつかれてしまった。

 健人の姿を見つけたと同時に、サルモールの兵士が破壊魔法であるアイススパイクを放ってきた。

 氷晶の槍が、健人に向かって撃ち出される。

 撃ち込まれた魔法が健人の足元に突き刺さり、足を止めさせられた。

 その間に、サルモールの部隊は健人を取り囲む。

 

「追いついたぞ。ネズミめ」

 

 健人を取り囲んだサルモール兵が、剣を抜く。

 数は五人。健人の前後左右を固めるように一人ずつ陣取り、健人を囲む兵士たちを俯瞰する形で、一人が後方に待機している。

 皆一様に敵意と殺意に満ちた目で、健人を睨みつけていた。

 

「その剣、ブレイズか。

 降伏しろ。大人しく捕まって仲間の居場所を吐けば、楽に死なせてやる」

 

 後方で待機していた兵士が、居丈高に降伏勧告をしてきた。

 他のエルフ兵士と違い、華美な碧色の鎧と剣を身に帯びている。

 彼が纏っているのは、碧水晶の装具。

 エルフの一般兵士の装具よりも高価で、武具の性能も魔法の付与能力も高い逸品だ。

 おそらく、この追跡部隊の部隊長だろう。

 健人としてはブレイズではないと言いたいところだが、言ったところで信じられるはずもない。

 

「……結局、殺すのかよ」

 

「当然だろう。我らサルモールに逆らった愚か者に、死を与えるのは絶対だ」

 

 愉悦の混じった笑みを浮かべるサルモール部隊長。これから健人を甚振るのを楽しみにしているようだ。

 死んでたまるかという生存欲求と、サルモール部隊長への反骨心から、健人は無言でブレイズソードを構える。

 反抗の意思を見せた健人に、不気味な部隊長の笑みが更に歪む。

 

「よかろう。ならば、痛みと絶望の中で死ぬがいい!」

 

 サルモール小隊長が手を振ると、健人を囲んでいた四人の兵士が一斉に切りかかってきた。

 四人の兵士が健人を斬り殺そうと踏み込んできた瞬間、健人は、右側から襲い掛かってくる兵士に向かって、自分から踏み込んだ。

 自分を囲む兵士の“円”を崩すために、一点突破を図ったのだ。

 とはいえ、相手は大使館を守るサルモールの正規兵。健人の突撃には動じず、タイミングを合わせてエルフの剣を唐竹に振り下ろしてきた。

 

「ふっ!」

 

 だが、健人は素早く刀を掲げ、相手の剣筋を斜めに受けながら、体の重心を横にずらして相手をいなす。

 同時に背後に回り、その背中を向かってくる兵士めがけて思いっきり蹴り飛ばした。

 

「うわ!」

 

 たたらを踏んだサルモール兵士が、他の兵士一人を巻き込んで倒れこむ。

 この隙に、健人は残り二人を相手取る。

 右の兵士の斬撃を逸らしながら左の兵士の剣に叩き付けて巻き込み、そのまま体当たりで体勢を崩して足を払うと、サルモール兵士一人が倒れこんだ隙に位置を入れ替える。

 そのまま森という障害物の多い環境を最大限利用し、常に動き回り、的を絞らせないよう一対一を心がける。

 モーサルの森でデルフィンと行ってきた鍛錬が活かされていた。

 

「こいつ、ちょこちょこと鬱陶し……うわ!」

 

 苛立ちで突出した兵士に向かって急加速し、その手を引っ掴んで地面に引き倒すと、腰の短剣を引き抜いて、相手の太ももの内側に突き立てる。

 太ももの内側には動脈が走っている。キチンとした治療を行わなければ、いずれ失血死だ。

 さらに、重傷を負った仲間を見て、他の兵士たちの動きが明らかに鈍る。

 正規の軍事訓練を受けた兵士とはいえ、仲間を見捨てることは難しい。

 彼らは秩序ある集団となるために厳しい訓練を受けるが故に、仲間意識が非常に強いのだ。

 殺してしまえば相手の怒りを買うだけだが、負傷兵にしてしまえば、仲間を助けなければという意識が怒りの間に滑り込む。

 これもまた、健人がデルフィンに教え込まれた集団戦の手法の一つだった。

 相手集団の意識が僅かな躊躇に囚われた瞬間、健人は地面を蹴り、全力でサルモール部隊長めがけて駆け出した。

 健人を囲んでいた包囲網は既にバラバラだ。彼とサルモール部隊長の間には、いつの間に一直線の空間が出来上がっている。

 

「っ! 隊長!」

 

 自分たちが釣り上げられていた事に気づいた兵士が悲鳴にも似た声を上げる。

 相手の指揮官を倒してしまえば、部隊は瓦解する。

 間合いに踏み込み、健人は腰に構えたブレイズソードを横薙ぎに一閃させる。

 振り抜かれた刃が、サルモール部隊長の体を捉える……はずだった。

 

「ぐっ!」

 

 ガァン! という強烈な衝撃とともに、健人の剣戟が弾かれる。

 弾かれた健人が体勢を立て直して、改めて相手を確かめると、サルモールの部隊長が右手に持った片手剣を振りぬいた姿が見える。

 どうやら、健人の剣が自分の体に届く直前に、腰に差した剣を一瞬で引き抜いて迎撃したらしい。

 

「なるほど、侮りすぎていたな。だが、それはそちらも同じようだ」

 

「くっ……」

 

 健人の顔に苦渋の色が浮かぶ。

 健人には、彼がいつ剣を抜いたのか、ほとんど見えなかった。

 部隊長の体がブレる。

 同時に、背筋に氷柱を突っ込まれたかのような悪寒が健人を襲った。

 部隊長が、一気に間合いを詰めて、右手の碧水晶の片手剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 健人は感じた悪寒を振り払うように、剣を掲げて部隊長の剣を受け止めた。

 

「この私が、上級魔術師どものような魔法一辺倒の愚か者だと思ったか? この鎧と剣は、伊達で身に着けているのではないぞ」

 

「ぐううう!」

 

 片手で振るわれたとは思えない衝撃が健人を襲う。

 いくら健人の剣が軽いとしても、このエルフ部隊長の剣は速すぎる。

 さらに部隊長は、軽やかに連撃を放ってきた。

 上下左右だけでなく、突きも交えた変幻自在な剣が、健人に襲い掛かる。

 健人とはすり足で後ろに下がりながら、何とか迫りくる剣を弾き落としていく。

 その剣の冴えは性質こそ違えど、モヴァルスに匹敵しているように見えた。

 

「ほう、上手いな。ブレイズらしい巧みさだ。だが、まだ甘い」

 

「隊長!」

 

「お前たちは怪我人を守れ。こいつに怪我人を人質にされてはかなわん」

 

 加勢に入ろうとする配下の兵を押止める部隊長。

 健人が先ほどのように、配下の兵を利用して逃亡することを防ぐためだ。

 健人とサルモール部隊長、互いの優劣は先の数撃にて明らかであり、部隊長にはこのまま健人を捕縛できるだけの確信があるのだ。

 この部隊長は、ウステングラブで戦ったサルモール部隊長とは明らかに違った。

 人間に対する蔑視感情はあれど、戦場では相手を過小評価せず、健人の力量を正確に見抜こうとしてくる。

 戦士として力量、そして指揮官としての冷静さを兼ね備えた、優秀な人物だ。

 そして、その指揮官の確信は、正しかった。

 健人は何とか致命傷だけは防いでいるが、部隊長の変幻自在な剣は、徐々に裂傷を刻み、健人を確実に追い詰めている。

 このままではいずれ押し切られることは、火を見るより明らかだった。

 

「くっ!」

 

「むっ!」

 

 追い詰められた健人が、思いっきり地面を蹴り上げた。

 舞い散る雪と土砂が、部隊長の視界を遮る。

 サルモール部隊長は冷静に、後方に退避し、様子を伺う。

 双方、相手を確認できない状態なのだ。押されていた健人は踏み込むか、逃げるしかない。

 逃げるなら魔法を撃ち込めばいいし、距離を開ければ踏み込んできても十分対処できる。

 サルモール部隊長がそう考えているとき、舞い散る雪を切り裂いて、小さい黒い影が部隊長に向かって飛び込んできた。

 

「甘いな」

 

 サルモール部隊長は、飛び込んできた影を小手で弾き飛ばす。

 次の瞬間、ガシャン! とガラスが割れるような音とともに、ビシャリと液体が舞う。

 

「これは、ポーション?」

 

 部隊長が弾き飛ばしたのは、薬の瓶を入れていた健人のポーチだった。

 割れた小瓶から舞った薬液が、サルモール部隊長の腕から下半身を濡らす。

 適当な道具を投げつけて、その隙に逃げるつもりなのか?

 サルモール部隊長がそんな疑問を抱いたその時、彼の視界に詠唱を終えた健人の姿が映った。

 

「魔法か! バカめ、選択を間違ったな!」

 

 サルモール部隊長は内心で健人の失策を嘲笑いつつ、素早く詠唱を終え、障壁を前面に展開する。

 サルモール部隊長が展開した魔法は“魔力の砦”。

 精鋭をさらに超えた熟練者にしか使えない、上級の障壁魔法だ。

 当然ながら、健人の魔法とは比較にならない防御力を誇っている。

 魔法でハイエルフに敵う種族は存在しない。

 かつてエセリウスと繋がっていた彼らの魔力適正は、人間とは比較にならないほど高いのだ。

 遠距離でハイエルフと戦うことは、人間には自殺行為。

 ゆえに、戦うなら魔法が使えないほど接近するしか活路がない。雪で双方の視界を塞いだ時点で、健人がこのサルモール部隊長に勝つには、吶喊するしか選択肢がなくなっていたのだ。

 その場に留まって魔法勝負など、愚の骨頂である。

 だが健人は構わず、構築した魔法をサルモール部隊長めがけて撃ち放った。

 放った魔法は“雷撃”。

 素人レベルの破壊魔法だ。

 

「無駄だ! そんな貧弱な魔法、この私には通用しないぞ!」

 

 当然ながら、健人の劣悪な魔法は、サルモール部隊長の障壁を前に四散する。

 だが、健人の魔法が障壁の前に弾かれて散り、その稲妻が地面に落ちた瞬間、信じられないことが起きた。

 散った雷が地面を伝い、蛇のようにサルモール部隊長の足に絡みついたのだ。

 

「なっ!? ぐあああああ!」

 

 突然の激痛に、サルモール部隊長が苦悶の悲鳴を上げる。

 原因は、健人が“割らせた”ポーション。

 溢れた薬液を伝い、雷撃がサルモール部隊長に襲い掛かる。

 さらに、ここでハイエルフの魔力適性が仇になった。

 ハイエルフは魔法に適した種族だが、その適性の高さゆえに“魔力を介した攻撃に弱い”という特性がある。

 ゆえに、健人の貧弱な魔法でも、サルモール部隊長には思わぬ痛手となっていた。

 

「はああああ!」

 

「くっ!」

 

 雷撃の魔法で明らかに動きの鈍ったサルモール部隊長に、健人が躍りかかる。

 サルモール部隊長は咄嗟に右手に持った碧水晶の片手剣を突き出すが、辻風を思わせた剣戟も、今では微風のように精彩を欠いており、健人に容易く捌かれた。

 突き出された剣に刃筋を沿わせ、ギャリリリ!と耳障りな音と火花を立てながら、健人は相手の懐に飛び込む。

 そして相手の剣に沿わせていたブレイズソードの刃を返し、サルモール部隊長の首筋めがけて剣を振るう。

 

(殺られた)

 

 サルモール部隊長の脳裏に、己の死が確信となって浮かぶ。

 だが、サルモール部隊長の確信は、現実のものとはならなかった。

 

「隊長おおおおおおお!」

 

「っ!」

 

 端で二人の戦いを見守っていたサルモール兵士の一人が、己の剣を健人に投げつけてきたのだ。

 上官の命令を無視した、体裁も何もない、しゃにむに投げられた剣。

 健人は思わず、左手をブレイズソードの柄から離し、自身に迫る剣を小手で弾き飛ばしてしまう。

 そして、それはこの刹那の攻防の中において、明らかな隙だった。

 

「おおおおおお!」

 

「がっ!」

 

 手にしていた剣を放り出し、高貴な種族を自称するハイエルフに似つかわしくない裂帛の気合で、サルモール部隊長は健人を殴り飛ばす。

 続いて、詠唱を開始。

 その手に溢れんばかりの紫電を具現させた。

 

「ぐぅう!」

 

 隆起したサルモール部隊長のマジ力が、威圧感を伴う風となって健人に圧しかかる。

 健人は反射的にサルモール部隊長めがけて駆け出し、もはや枯渇したマジ力の最後の一滴までをひねり出して障壁を構築する。

 一撃で破壊されるだろうが、構わない。

 サルモール部隊長は剣を手放してしまった。健人の剣を防ぐ手段はない。

 たとえ防ぎきれなくても、一撃耐えれば、剣を持っている健人の勝利だ。

 だが、考えた健人の予想は外れた。

 放たれた紫電は、健人の障壁には当たらず、脇を抜けて背後の地面に着弾。

 方向を変え、健人の背中に襲い掛かってきた。

 

「ぐあああああああ!」

 

 チェインライトニング。

 その名の通り、着弾した場所から鎖のように連鎖的に目標へと襲い掛かる精鋭レベルの破壊魔法だ。

 健人が編み出した策のお株を奪うような魔法運用。

 直撃したチェインライトニングの痛みに、健人は膝をつく。

 手から滑り落ちたブレイズソードが、雪の地面に落ちた。

 サルモール大使館からここまで続いた極限の緊張の連続と、極寒の中での逃走と戦闘により、魔力とスタミナが枯渇し、疲労の極みに達していた健人。

 何とか体を起こそうとするが、彼の意志に反し、体は地面に倒れこみ、動けなくなってしまう。

 

「はあ、はあ……これで終わりだ。ブレイズのネズミ」

 

 健人を無力化した部隊長が、汗をにじませながら歩み寄ってくる。

 すまし顔を取り繕おうとしているが、極限の緊張感に晒されていたのは、彼も同じ。その顔には色濃い疲労が見て取れる。

 

(部下がいなかったら、地面に倒れていたのは間違いなく私だった……)

 

 サルモール部隊長自身、内心で健人の力量に感嘆していた。

 このまま鍛え続け、さらに幾つかの修羅場を乗り越えれば、間違いなく世に名を轟かせる戦士になる。

 囲まれた際の素早い判断と手際の良さ、敵の特性を逆手に取った戦術、何よりも、その戦術を現実にできるだけの力量。

 既に彼は、一対一においては健人に敗北していた。

 間合いを詰められ、自分の死を確信させられたのだから。

 だからこそ、サルモール部隊長は、この青年をこのまま逃がす訳にはいかなかった。

 優秀な戦士は、どんな高価な装備よりも貴重だ。

 人族に対して、蔑視感情があるサルモールではあるが、同時にこの部隊長は、一角の戦士に成りえる者に対し、正当な評価も下せる傑物であった。

 

「お前は脅威だ。まずは両手足の腱を切った上に舌を切って魔法を封じ、その上で尋問してやる。エレンウェン特使の拷問は地獄だ。恨むなら、ブレイズに組し、サルモールに喧嘩を売った己を恨め」

 

 直接相対した故に、健人の脅威を誰よりも理解した部隊長。

 だからこそ、逃がさない。慈悲もくれてはやらない。

 酷いようだが、サルモールの為に全力でその戦士の芽を潰すことが、この奇妙な顔立ちの戦士に対する礼儀だと思っていた。

 だが、そんなサルモール部隊長の思惑は、実行されることがなかった。

 

“ゴアアアアアアアア!”

 

 魂すらも引き裂くのではと思えるほどの咆哮が、森に響く。

 姿を現したのは、色あせた金色の鱗を纏ったドラゴン。

 猛吹雪をものともせず、上空からサルモール部隊長達を見下ろしていたドラゴンは急降下すると、地面に倒れた健人を挟む形で、サルモール部隊長の前に着地した。

 

「ドラゴン。まさかこんな近くにいたとはな……。撤退だ。引くぞ」

 

 負傷した部下を抱えている今、部隊長はドラゴンと戦っても勝てないと判断した。

 出来るなら自分に死の確信を抱かせた戦士にトドメを刺しておきたかったが、いつドラゴンが襲い掛かってくるかわからない以上、無理はできなかった。

 素早く撤退の命令を下し、怪我を負った部下を無事な兵士に任せながら、部隊長は殿を務める。

 後ずさりをしながら、ゆっくりとドラゴンと距離を取り、やがて十分距離を取ったところで、部隊長は素早く身を翻して森の奥へと消えていった。

 逃げていくサルモールを見送ったドラゴンは、その瞳を自分の足元で横たわる健人に向ける。

 その瞳は、まるで冬の夜のように澄んでいた。

 

“見つけたぞ、異なる者。揺蕩う定命の者、無の存在、私の“運命”よ”

 

 消えかかる意識の中で、そんな言葉が健人の耳に響いてきた。

 健人が意識を失ったことを確かめたドラゴンは、健人に顔を近づけると、彼の体を優しく咥え、吹雪が止まぬ空へ向かって羽ばたいていった。

 

 

 

 

 




というわけで、本格的なオリジナル展開の開始です。
今回のお話の冒頭部分の情景は“子供向けのアヌの伝記”等を参考に構築しました。
エルノフェイは、その伝記に記されていた、エルフの大本の種族名です。

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