The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十一話 孤独な竜と人

 空を覆っていた吹雪も、徐々に晴れてきている。

 健人を咥えて飛び立つヌエヴギルドラールを見たリータ達は、かのドラゴンを追っていく過程で、健人がサルモール追跡部隊と戦った場所に来ていた。

 

「どうやら、ケント様はここでサルモール兵と戦ったようですね」

 

 リディアの言葉に、リータは頷く。

 この場所では炸裂した魔法の痕跡、雪に残る血痕、なによりも、雪に埋もれかけていた健人のブレイズソードが見つかっていた。

 リータは健人のブレイズソードを拾い上げ、彼の身を案じるように一撫ですると、その剣をリディアに託した。

 

「あのドラゴンがここに来ていたのは間違いないな」

 

 雪には健人達の戦闘痕の他に、明らかに超大型の生物がいた痕跡が残っていた。

 同心円状に吹き飛ばされた雪と、地面に残る鉤爪状の足跡。明らかにドラゴンと分かる痕跡だ。

 

「ドラゴンの飛んでいった方向を考えれば、さらに森の奥になるけど……」

 

「っ! 従士様、上を!」

 

 その時、巨大な影がリータ達の上空を通り過ぎた。

 漆黒の鱗と翼、紅眼を持つ巨竜アルドゥインだった。

 アルドゥインはリータ達には気付かず、はるか高空を悠々と飛び去ると、森の奥にある険しい山の稜線に消えていった。

 奇しくもそれは、健人を連れ去ったドラゴンが消えた方向と同じ。

 

「あれは、アルドゥイン。いったい何処に向かって……」

 

「あそこに何かあるみたいね。行ってみましょう」

 

 デルフィンの言葉に頷くと、リータ達は目的の山を目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び地底湖で採った魚を焼きながら、健人は懊悩に流されるままにうな垂れていた。

 

「リータが死ぬ。そんな事、信じられるかよ……」

 

 頭で何度も否定しようと試みるが、“真言”によって伝えられた言葉は健人の魂そのものに、ヌエヴギルドラールが見た未来が真実であると刻み込んでいた。

 

「俺は、どうすればいいんだろうな……」

 

 一番に思い付いたのは、リータに戦いを辞めさせること。

 だが、両親を殺されたリータに復讐を辞めさせることは難しいし、何より、彼女は自分と同じ境遇の人間を作らないために戦いに身を投じると決めた。自分から剣を引くとは思えない。

 例えリータに戦いを諦めさせても、アルドゥインは人間に対する虐殺を止めようとはしないだろうし、リータの運命がアルドゥインと結びついているのなら、いずれ両者は相対することになる。

 そうなれば、戦いは避けられず、リータはアルドゥインに殺されることになり、結局はヌエヴギルドラールが示した運命通りになる。

 答えの出ない迷路に迷い込んだ思考に疲れた健人は、懊悩を振り切るように頭をグシャグシャと掻くと、眼前の地底湖に目を向けた。

 澄んだ湖面が自家発光するキノコの光に照らされ、まるで夜空を見上げているような、幻想的な光景が広がっている。

 何もない静寂中に響く、薪の音と水が滴る音が、荒れ狂う健人の心を鎮めていく。

 

「あのニートドラゴン、本当に変な奴だな」

 

 幻想的な地底湖を眺めながら、健人はふとそんな言葉を吐いた。

 ヌエヴギルドラール。

 この洞窟の中でずっと一人、誰にも会うことなく過ごしてきた、異端のドラゴン。

 焼き魚すら食べたことがないという生粋の引きこもりの癖に、外界の情報に通じている竜。

 しかも、話を聞く限りでは、過去や現在だけでなく、未来すら見通しているフシがある。

 かのドラゴンは、健人が異世界出身であることを、会いもしないで感知した。

 本人はカニにも劣ると言っているが、間違いなく超常の生物たるドラゴンとしての力を持っている。

 その癖、健人との僅かな会話すら、小躍りして喜んだりもする。

 何とも奇妙で、よく分からないドラゴンだ。

 

「ドラゴンはエーミナさん達の仇。なのに……」

 

 この世界に迷い込み、右も左も分からなかった健人を匿ってくれたティグナ夫妻。

 ヌエヴギルドラールは、そのティグナ夫妻を殺したアルドゥインと同じドラゴンだが、健人はリータのように、ドラゴンという種族全体への深刻な憎悪を抱くまでには至らなかった。

 ヌエヴギルドラールの態度があまりに気安過ぎることもあり、手のかかる友人に振り回さている時のような、呆れつつも心安らぐという奇妙な感覚だけが残っている。

 

「食い意地が張っているのはカシトと一緒。ついでにお願い事も一緒ときた。図体も歳も違うくせに、精神年齢が一緒ってどういうことだよ」

 

 世間話を楽しむ様子なんて、まるで玩具を手にした子供か、餌をねだる雛のようだった。

 実際、こうして魚を採っているのだから、餌をねだられたというのは比喩にもならない。

 また健人は、ヌエヴギルドラールがリータの運命を聞かされて動揺している自分を気遣って、あんな態度を取っていることも理解していた。

 どうしてあんな事を聞かせたのだと思うところもあるが、同時にそんな気遣いが、少し健人の懊悩を紛らせてくれたことも事実であった。

 

「そういえば、友達とかって、俺、ほとんどいなかったな」

 

 日本にいた時は、家事やバイトなどで色々と忙しかったこともあるし、ガラの悪い連中に目を付けられ、同級生から距離を置かれていたこともある。

 幸い、クラス替えでガラの悪い連中は他にターゲット見つけたのか、健人に絡んでくることはなくなったが、その時には健人自身も特に友人を作ろうとは思わなくなっていた。

 

「あのニートドラゴンは、一体何を見ているんだろうな……」

 

 先ほど出会ったばかりの健人とヌエギヴルドラール。

 時間としてはほんの数時間程度にもかかわらず、健人はあのドラゴンに親近感を抱いていた。

 ドラゴンに友愛を感じるなど、この世界の人間から見れば、イカれたとしか思われないだろう。

 

「リータは、ヌエギヴルドラールの事を知ったらどうするかな。殺そうとするのか、それとも……」

 

 自分と同じ境遇の人を作らないようにと、強くなることを誓ったリータ。

 そんな彼女が、ドラゴンへの憎しみに囚われているとは考えたくなかった。

 でも、彼女がそうなってしまうだけの理由も理解できてしまう。

 もし、ヌエヴギルドラールの存在をリータが知ったら、どうするのだろか?

 健人の脳裏に、凄惨な光景が浮かぶ。

 

「あいつ、こんな洞窟で、一人ぼっちだったんだよな」

 

 静寂と僅かな燐光だけが支配する地底湖。

 何も見えず、何も聞こえず、隣には誰もいない孤独な世界。

 

「死んでほしくないな……」

 

 気が付けば、健人はそんな言葉を漏らしていた。

 達観していて、突き放すような言葉を吐く癖に、焼き魚一匹に一喜一憂し、気落ちした健人の気を紛らわせようと慌てるドラゴン。

 健人自身と同じように、孤独の中で生きてきた竜。

 そんな奇妙なドラゴンに対する親近感に、健人はもう、ドラゴンという種に対して怒りだけの単純な感情だけを抱くことはできなくなっていた。

 

「よし、もういいだろう」

 

 気が付けば、魚は焼けていた。

 健人は気持ちを切り替え、焼けた魚を持ってヌエヴギルドラールの所に向かう。

 だが、広間の手間に来た時、健人の耳にニートドラゴンではない第三者の声が聞こえてきた。

 

“ロズ、ヴォ、デネク。オニク、ゼイマー、ヌエヴギルドラール(こんな所にいたのか、ヌエヴギルドラール。)”

 

 全てを睥睨するような重苦しい威圧感を伴う声。

 それは、健人が初めて目にした竜であり、世界を飲み込む運命を持つといわれるドラゴンの王。

 アルドゥインは洞窟の一段高い足場に降り立ち、見下ろす形でヌエヴギルドラールに話しかけている。

 

“ゼイマー、アルドゥイン、リ゛ングラー。フォド、グリンド、ラード(久しぶりだなアルドゥイン。いったいどれほどぶりなのか)”

 

“ヴォ、ホゥズラー。エヴェナール、ズレン、アクァラ、エン、ジュネイス、ターゾカーン、(もはや数えることなど意味はない。我らがこのタムリエルに来る前から、すでにお前は姿を消していたからな)”

 

 アルドゥインに見つかったら不味いと考え、健人は慌てて近くの岩陰に隠れた。

 息を殺して岩陰に身を潜めた健人には気づかないまま、二頭の竜は話を続けている。

 

“ボヴール、ダール、フェイン。ブリー、アーク、エヴギル。ファール゛、ムル、コス、ケル。ドック、ボディス、フェイン、ムル、ボガーン、ゼイマー(その理由も分かる。お前は我らの中で、最も時を読む事に長けていた。それこそ、星霜の書を使わず、未来のすべてを見通すほどにな。多くの兄弟は、その力を欲した)”

 

“ボディス、ズー、ムラ゛ーグ?(私の力を欲しているのか?)”

 

 ヌエヴギルドラールの言葉を否定するように、アルドゥインは鼻を鳴らす。

 

“フント、フォディ、ドヴァー。フェン、ヘト、セィヴ、ヒ、フロド、ウル゛、ヴォド。ズゥー、ドヴァー、ウンスラード。ニス、クロン、ズゥー、ドロク、ムラ゛ーグ(最下級のドラゴンにすら劣るお前の力など、当てにしていない。ここに来たのは、数千年か数万年ぶりに外に出たお前の様子を見に来ただけだ。それに、我は不滅にして最上のドラゴン。我に勝てる者など、このニルンに存在せん)”

 

 ドラゴン語で会話しているため、健人に話の内容は理解できないが、アルドゥインはドラゴンの王らしい傲慢さと尊大さをもって、ヌエヴギルドラールの言葉を否定しているように見える。

 一方のヌエヴギルドラールは、アルドゥインに対し、含むような視線を送っていた。

 

“アルドゥイン、ゴヴェイ、ティード。ニス、ディヴォン、ヴェン……(アルドゥイン、時は流れている。もう、昔のようには……)”

 

“ズー、アルドゥイン。ダール、ズー、ドレ、クロン、ジュン、ラヴィン(我はアルドゥイン。我に敵など存在しない。帰還した今、再び我がこの世界の主となる)”

 

 それだけを言い放つとアルドゥインは翼をはためかせ、天蓋の穴から飛び去って行った。

 

“ニ、クレ、アルドゥイン。ベイン、ボルマー、ダーマーン、ブリー、コガーン、ディボン、ハバ、ドゥカーン(その傲慢さも我欲も変わらぬのだな、アルドゥイン。父アカトシュが我らに授けた恩恵、その真の価値を傲慢で嘲るとは……)”

 

 アルドゥインを見送ったヌエヴギルドラールが、呟くようにそんな言葉を漏らした。

 アルドゥインが去ったことを確かめた健人が、岩陰から出てくる。

 

“ああ、ケント。帰ってきていたのか”

 

「あのドラゴン、アルドゥインか……」

 

“そうだ、不滅の絶対者。遥かな昔、人との戦いで封印され、そして帰還した、我らの長兄にして王。どうやら、引き篭もっていた我が外に出たことを察し、心配して様子を見に来たらしい”

 

「心配って……」

 

 心配して様子を見に来た。その言葉に健人は驚く。

 健人が見てきたアルドゥインは、傲慢で容赦のない破壊者である。

 本竜曰く落ちこぼれで引き篭もりのヌエヴギルドラールを心配する様な性格とは思えなかった。

 

「それに、封印されたっていうのは?」

 

“言葉通りの意味だ。アルドゥインは古代に反乱を起こした人間によって、封印されていた。ケル……星霜の書を使い、時の牢獄の中に閉じ込められたのだ。強大なアルドゥインに対抗するには、当時の人間にはそれしか手段がなかったのだ”

 

 そしてヌエヴギルドラールは、今ではほとんど知られなくなった古代の竜戦争。

 人とドラゴンとの長い戦いについて、健人に語り始めた。

 ドラゴンによる治世と、それに反抗した人間たちの歴史。

 ドラゴンに反逆した人間たちは例外なく惨い殺され方をしたが、それを哀れに思った九大神の一柱、天空神キナレスが介入したことで、流れが大きく変わった。

 

“古代のノルドは、カーン……キナレスの言葉に心を入れ替えたパーサーナックスからシャウトを学び、人はドラゴンの支配から逃れようと力を蓄え、それはやがて竜戦争と呼ばれる、人とドラゴンの全面戦争へと繋がっていく”

 

「パーサーナックス?」

 

“かつてのアルドゥインの右腕だったドラゴンだ。多くの人を苦しめたが、キナレスに諭され、その後の竜戦争で人にシャウトを教えた。彼がいたからこそ、人は滅びることがなかった。

 今では世界のノドの頂上で瞑想しながら、グレイビアード達に声の道を説いている”

 

 グレイビアードの師にドラゴンがいたことに、健人は驚く。

 世界のノドといえば、健人が一度登った、タムリエル最高峰の山だ。

 しかも、ヌエヴギルドラールの話では、未だに存命でいるらしい。

 

“シャウトを学んだ人間達は、シャウトを自ら昇華させ、竜戦争の決戦の折に、アルドゥインを地面に引きずり降ろした。だが、アルドゥインを倒すことはできず、やむを得ず封印したのだ。偉大なるケル……。星霜の書を使って”

 

「星霜の……書。さっきも言ってたが、どんな書物なんだ?」

 

“この世界の運命、全てが記された書。この世の理を超える力を発揮する、神々ですら容易に触れることができない、この世界の要だ”

 

 次々とヌエヴギルドラールの口から出てくる、アルドゥインとの戦いにおける核心に、健人は唯々戸惑いながらも、かの竜の言葉に耳を傾け続ける。

 

“もし、不滅の肉体を持つアルドゥインに人が立ち向かえるのだとしたら、唯一可能性があるのは“ドラゴンレンド“であろう。定命の者が作り上げた、不変、永遠の存在を殺すための言葉。アルドゥインを空から引きずり下ろしたスゥーム……”

 

 アルドゥインを倒せる可能性のあるシャウト。

 その存在を口にするヌエヴギルドラールに、健人は眼を見開く。

 

「どうして、それを俺に教えるんだ?」

 

“さあ、どうしてかな……。友の行く末が、気になったから……ではいけないか?”

 

「友って……俺が?」

 

“そなたとのティンバークは、楽しかった。短い間だったが、ニルンに生を受けてから、最も充実した時間であった。”

 

 友人。その言葉に、健人の胸の奥が、ズクンと大きく脈打ち、まるで陽だまりのような温かさが、全身を包み込む。

 だが、その温もりは、ヌエヴギルドラールが続けて語った言葉によって、一気に鎮静化させられた。

 

“だがそろそろ、嵐は止む。そうしたら、私の命も終わりの時を迎える”

 

「……え?」

 

 自分は死ぬと言い放ったドラゴンの言葉に、健人は硬直した。

 ヌエヴギルドラールの言葉を理解するのに数秒の時を要し、理解してなお、荒れ狂う感情がかのドラゴンの言葉を否定し続ける。

 思考は霧がかかったようにかすみ、全身から冷や汗が滲んでくる。

 

“ドヴァーキンが、この洞窟の近くまで来ている。彼女の刃で私は殺され、魂は彼女の糧として消えるだろう”

 

 動揺し続ける健人を諭すように、優しく語り掛けるヌエヴギルドラール。その声色には擦り切れた諦観と、穏やかな静寂の色に染まっていた。

 

「な、何を言っているんだよ。死ぬって……」

 

 必死にヌエヴギルドラールの言葉を否定しようと、頭の中で言葉を探す健人。

 だが、そんな彼をさらに追い込むように、ヌエヴギルドラールの視線が、洞窟の入り口に向けられた。

 

“来たか、ドヴァーキン”

 

 ヌエヴギルドラールの視線を追うように、健人が洞窟の入り口に目を向けると、そこには真っ黒な重装鎧を纏った女性の姿があった。

 

「リータ……なのか?」

 

 ずっと望んでいた、家族との再会。

 だがその再会は、感動や温もりに包まれたものではなく、酷く寒々しいものになってしまった。

 黒檀の鎧を纏った女戦士は、冷たい殺意を振りまきながら、腰の剣を引き抜いた。

 

 




ニートドラゴン、健人にメインクエストで必要となる秘密のほとんどをしゃべっちゃいました。

第三章はエピローグを含めて残り二話。
明日、投稿します。まさか大晦日に第三章のラストを投稿することになるとは……。

登場人物紹介

ヌエヴギルドラール(その2)

ドラゴンの中でも特に時を読むことに長けており、その力は星霜の書を使わずに未来を見通すほど強力なものである。
ドラゴンの中でも間違いなく最上位の時詠みの能力であり、時詠み以外の能力が脆弱という事もあり、過去にドラゴンからだけでなく、人からも追われた過去がある。

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