【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
冷たい殺意を全身から放ちながら、腰の剣を抜いたリータ。
顔全体を黒檀のフェイスマスクで覆っているため、その表情は読み取れないが、兜のスリットから覗く瞳は、爛々とした憎悪と殺意に染まっていた。
“こうして顔を合わせるのは初めてだな、ドヴァーキン。我はヌエヴギルドラール。どうだ? 我とティンバークでも……”
「ドラゴンと話すことなんて、何もない」
“クロシス……。そうか、それは残念だ……”
ヌエヴギルドラールの語り掛けを一蹴し、歩み寄ってくるリータ。
彼女の視線が、ドラゴンと自分の間に立っている健人に向けられる。
「ケント、退いて」
冷徹な声。ともすれば自然と身を退いてしまいそうになるほどの威圧感。
相対しただけで健人は理解した。リータがドラゴンボーンとして、自分とは比較にならないほどの成長をしてきたことを。
だが、気圧されこそすれど、健人の足はその場に留まっていた。
否、むしろ友人だと言い放つ後ろのドラゴンを庇うように、リータに向かって一歩踏み出していた。
「リータ、聞いてくれ。こいつは確かにドラゴンだが、俺を助けてくれたんだ。俺達が見てきたドラゴンとは違う」
「違わない。そいつはドラゴン。私達の敵……」
ヌエヴギルドラールは違うという健人の呼びかけも、リータには届かない。
無理もない。彼女はヌエヴギルドラールがどんなドラゴンであるのか、全く知らないのだ。
“ケント、いいのだ。初めから分かっていたことだ。数千年ぶりのアルドゥインの来訪も、ドヴァーキンが私を殺しに来ることも”
「やっぱり、アルドゥインの手駒なのね」
ヌエヴギルドラールの口から出たアルドゥインの名に、リータの殺気がいよいよ剣呑さを増してくる。
「ちがう! アルドゥインは確かにこの洞窟に来たが、こいつに戦いに参加しろとは言わなかった! むしろこいつは戦い自体が嫌で、誰にも会わずにこの洞窟に潜んでいただけなんだ」
今にもヌエヴギルドラールに斬りかかりそうなリータの様子に、健人は堪らなくなって声を荒げてしまう。
「ケント、もう一度言う。そこを退いて」
しかし、いくら健人がリータに呼びかけても、ドラゴンを滅ぼすと決めたリータの足は止まらない。
背筋が凍るほどの威圧感は変わらず、むしろ兜から覗く瞳は、一層鋭くなっている。
強烈な決意と憎しみに染まった瞳が、健人を貫く。
その視線は、まるで健人を問い詰めているかのようだった。自分との約束は何だったのか
と。
「確かに、俺は君の力になるって決めた。だけど、これは違う。これじゃあ、リータが……「ウルド」っ!?」
健人が言葉を言い切る前に、リータが動いた。
旋風の疾走を使って、一瞬で間合いを詰めると、健人の喉元に剣の切っ先を突き付ける。
「ぐっ!」
「そこを退かないなら、無理やり退かせる」
突きつけられた刃が、鼻スレスレを横なぎに払われる。
健人が思わず半歩退いた瞬間、リータが間合い詰めて襟を掴み上げ、そのまま片手で健人を力任せに投げ飛ばす。
「がっ!?」
岩に叩き付けられ、肺から空気が漏れ出す。
人一人を軽く投げ飛ばすリータの膂力に驚きつつも、健人はリータを止めようと再び彼女に突進し、体当たりの要領で彼女を押しとめようと試みる。
「ビクとも、しない・・・・・・。うわ!?」
体格で言えば、健人とリータはそう大差はない。
だが、リータは微動だにしないまま、健人の体当たりを受け止め、逆に再び彼を投げ飛ばす。
しかも、健人が怪我をしないように、ワザと加減し、洞窟の端に溜まった砂の上に落とす手加減も加えるほどである。
健人自身も、この僅かな邂逅で、リータと自分との間に横たわる実力差をまざまざと体に刻み込まれていた。
例え、健人が今持つすべての術を使っても、リータには全く及ばない。
今の彼女なら、モヴァルスやハイエルフの部隊長も羽虫を払うように倒せるだろう。
「く、ううう……」
それでも、今のリータにヌエヴギルドラールを殺させるわけにはいかない。
家族に友人を殺させたくない。友人となったドラゴンを殺されたくない。その一心で、健人は挫けそうになる己を叱咤し、立ち上がる。
だが、健人が三度リータの前の立ちはだかろうした時、彼の行く先にノルドの青年が割り込んできた。
「ドルマ……」
割り込んできたのは、リータの幼馴染。
彼はリータを止めようする健人を、怒りに満ちた目で睨み付けていた。
「リータ、早く終わらせろ」
「……分かった」
「くっ」
ドルマに促されたリータが、再びヌエヴギルドラールの元に向かおうとする。
何とか彼女を止めようとするが、ドルマの怒りに満ちた視線が、健人の足を止めさせた。
「お前、裏切ったな」
「裏切ったって……」
ドルマが背中の大剣を引き抜き、切っ先を健人に突きつける。
自分に向けられた明確な殺意。何よりも“裏切り”という言葉に、健人はたじろぐ。
「エーミナさんやアストンさん達を殺したドラゴンに味方をする奴は、俺たちの敵だ」
「味方をしているんじゃない! こいつは助けてくれた恩人なんだ。少しでいいから話を聞いてやってくれって!」
「言ったはずだ。リータを裏切ったら、俺がお前を斬り殺すとな!」
踏み込んできたドルマが、殺意を乗せた刃を健人に向かって振り下ろす。
脳天から体を両断しそうなほどの豪剣が迫る中、健人は咄嗟に体を横に逸らした。
大剣の刃が健人の鼻先をかすめる。
「ドルマ!」
「黙れ! 裏切者!」
ドルマは続けて、胴体を切り飛ばす勢いで大剣を薙ぐ。
健人は後方に跳躍し、腹に迫る刃を躱した。
しかし、ドルマの剣は止まらない。
持ち前の膂力を存分に生かし、絶え間なく斬撃を繰り出していく。
その剣速は、以前イヴァルステッドで別れた時よりも遥かに速い。
リータだけでなく、ドルマもまた、ドラゴン退治の旅路の中で、戦士として一枚剥けていた。
下がりつつも、体捌きで何とかドルマの剣撃を躱し続ける健人だが、彼は今、武器となる得物を持っていない。このままでは斬り殺されるのは目に見えていた。
「くっ!」
押し切られる。
本能的にそう察した健人は、薙ぎ払われた大剣を、腰を落として避けつつ、足元にあった岩を手に取ってドルマに向かって投げつけた。
ドルマが反射的に剣を引いて、投げつけられた岩を弾く。その隙に、健人は全力でドルマに向かって踏み込んだ。
踏み込んできた健人を切り捨てようと、ドルマが大剣を振り下ろす。
健人は左手を掲げ、振り下ろされた両手剣の根元、腹の部分めがけて左腕の小手を使い、シールドバッシュの要領で殴りつけた。
健人を捉えていた刃が横に逸れ、洞窟の床に叩き付けられる。
「ぐっ!」
「うっ!?」
強烈な衝撃が腕に走り、健人は痛みで思わず苦悶の声を漏らす。
だが、ドルマもまさか健人に小手で自分の剣を弾かれるとは思わなかった上、勢いよく剣を岩の床に叩き付けてしまった衝撃で、次の動作が遅れた。
健人は一気に間合いを詰めると、右手でドルマの襟、左手を股の間に差し込み、両足の力を入れて、一気にドルマの体を持ち上げると、地面に叩き付けた。
「なっ……がっ!」
まさか健人に押し倒されると思っていなかったドルマが、驚愕と苦悶の声を漏らす。
ドルマが両手剣使いとして成長していたのは間違いないが、健人もまた、数百年を生きる吸血鬼相手に、一対一で勝利を収めるほどの成長を見せた、立派な戦士だ。
健人は倒れこんだドルマにさらに馬乗りになって、その体を押さえつける。
「こいつ!」
「がっ!」
倒されたドルマが拳を振り上げ、健人の顔を捉えた。
衝撃と共に頬に激痛が走り、視界がゆがむ。
「っ……逃げろ!」
ドルマに殴られつつも、健人はヌエヴギルドラールに逃げるよう叫ぶ。
だが、肝心のドラゴンは、歩み寄ってくるリータを静かに眺めるだけで、微動だにしない。
「何やってんだ。早く逃げろよ!」
必死にヌエヴギルドラールに呼びかけるが、やはりドラゴンは動こうとしない。
穏やかに、静かに歩み寄ってくるドラゴンボーンを見つめている。
只々、自分に降りかかる運命をすべて受け入れた、老人の瞳で。
抵抗の意思も恐怖も、怒りも憎しみも感じさせないヌエヴギルドラール。
その静謐な気配に、リータが初めてドラゴンに尋ねた。
「抵抗しないの?」
“ああ、意味がない行為だ。私が何をしようと、何を話そうと、君は私を殺す。それが、私の運命だ”
「そうよ。たとえ貴方が健人を助けたのだとしても、アルドゥインに与していないのだとしても、ドラゴンはいつ裏切るか分からない」
“ああ、それは正しい。ドラゴンを信じないことは、正しい事だ……”
ドラゴンを信じないことは正しい。
それは、このタムリエルで誰もが頷く常識であり、ドラゴンも人も、すべからく頷く理だった。
かつて、圧政で人を支配しながら、同族同士でも殺し合ったドラゴン。そのドラゴンを虐殺することで、自由を手にした人間。
両者の間の確執を、端的に表した言葉だ。
「正しくなんてないだろ! 俺には散々説教をしたくせに、他人には何も語らず消える気かよ! ふざけんな!」
だが、そんなこの世界の常識を、健人は一蹴する。
“ケント……”
「生きたいだろ! 死にたくないだろ! 俺は死んでほしくないんだよ! お前にもリータにも! それが悪いことなのかよ!」
「っ!」
ここにいる日本人は、只々、友と家族に死んでほしくないだけだった。
小さな、小さな、閉じた世界からの叫び。
だが、その声は何よりも純粋で、透き通った“魂”の叫びだった。
健人の声に後ろ髪を引かれたかのように、ここに来て初めてリータの足が止まった。
「っ……いい加減にしろ! よそ者!」
このまま、こいつに話をさせてはいけない。
そんな逼迫した予感に急かされるように、ドルマがこれ以上ないほどの力で健人を殴り飛ばした。
フラついた健人を力で無理やり引きはがし、襟を掴み上げて再び殴り飛ばす。
殴り飛ばされた健人は背中を強かに打ち、咽かえった。
「ゲホゲホ……。リータ、頼む、待って……」
荒い息を吐き、背中の痛みに顔を歪めても、健人は懇願するような声で必死にリータを止めようとする。
リータは抜いた剣を、ゆっくりとヌエヴギルドラールに向けた。
狙いは心臓。
だが、どこか迷いを抱えるように、その切っ先はわずかに揺らいでいる。
「……ウルド、ナー、ケスト!」
健人の呼び止めを振り切るように、旋風の疾走を唱えるリータ。
一瞬で加速した彼女の体は、一つの矛先となり、深々とヌエヴギルドラールの胸に突き刺さり、その心臓を破壊した。
「・・・・・・さようなら」
剣を突きいれたまま、リータは最後に一言、自分の懊悩を振り払うように、ヌエヴギルドラールに別れの言葉を口にする。
リータが剣を引き抜くと、傷口から赤々とした血が噴き出した。
胸に走る激痛。そして、痛みの熱とは裏腹に、冷えて脱力していく体の重みを感じながら、ヌエヴギルドラールは地面に倒れ伏す。
流れ出た血が、地面をまるで泉のように真っ赤に染め上げていく。
体の熱が抜けていくのに従い、彼が感じる痛みもまた消えていった。
ヌエヴギルドラールに残ったのは、静寂のみ。
彼にとっては慣れ親しんだ、孤独で静謐な感覚だった。
“これで終わり。全ては運命の流れのままに……”
自らの死。この流れを、ヌエヴギルドラールはすべて理解していた。
吹雪の中で、健人を助けた時から、彼は自分の死を運命の流れからの読み取り、受け入れていたのだ。
元々、彼は今ここで死ぬ運命ではなかった。遥かな時の先、この世界が終る時に、彼の死は訪れるはずだった。
“今、巡る時を、願う者”
それが、彼の名を示すスゥーム。
その名の通り、彼は“時”を読むことに長けたドラゴン。彼は思考した瞬間に、その未来を見渡してしまう。
だからこそ、彼は自分の運命がどうあがいても変えられないことを知り、生まれた瞬間に絶望して、洞窟の中に引きこもった。
そして、静寂の中で、ただ時を読み、この世界が終わった後を只管に夢見続けていた。
世界、ひいてはこの宇宙が終わった後の事は、誰にも分からない。その領域ならば、彼にとって、唯一自由に未来を思い描ける。
誰にも会わず、何事にも関わらず、定められた運命を受け入れ、この世界が滅んだ後の世界を夢見続けることだけが、彼が得られた唯一の喜びだったのだ。
だが、健人の存在がそれを変えた。
異世界から流れ着いた異邦人。ヌエヴギルドラールが運命を読むことのできない、触れて会話ができる初めての存在。
彼と関わることで、自分の死が早まることは理解していた。
だが、初めて知る眼前の“未知の存在”がヌエヴギルドラールを掻き立てた。ドラゴン特有の欲が、初めて嘶きを上げたのだ。
残りの悠久の時を犠牲にしても、彼と話をしてみたかった。
そして、初めての友人との会話は、これまで見てきたどの運命よりも輝いていた。
彼とのティンバークの時間は、決して長くはない。
ほんの少し、僅かな時間の逢瀬。
だが、その刹那の時間は、残りの寿命すべてと比べてなお、眩かった。
後悔はなかった。
死を前にして、ヌエヴギルドラールの心は、彼自身でも驚くほど穏やかなものだった。
だが、彼がそう思って満足したまま逝こうとした時、静謐に染まったヌエヴギルドラールの瞳が、自らの名を叫ぶ健人の姿を捉えた。
健人の表情は悲しみや後悔で、グチャグチャになっている。
消えたはずの胸の痛みが、ズキンとぶり返してきた。
“クロシス……ああ、すまないケント。そんな顔をさせたくはなかった”
友に対してもう何もできない自分を自覚し、ヌエヴギルドラールの心に僅かな後悔が生まれた。
傍で自分を見下ろしてくるドラゴンボーンにも、申し訳ない気持ちが生まれる。
“君にもすまない事をしたな、ドヴァーキン。要らぬ業を背負わせてしまった……”
健人とリータ。今から2人に降りかかる試練を想い、ヌエヴギルドラールは小さく謝罪の言葉を漏らした。
ヌエヴギルドラールが健人と会わなければ、リータは彼を殺さずに済んだだろう。健人との間に、罅を入れることもなかった。
死が迫っているからなのか、健人が関わっているからなのか、彼の時詠みの能力でもその未来を見通すことはできなかった。
だが、例え見通せたとしても、彼の体はもう動かない。
魂はドラゴンボーンに囚われ、彼女の力の一部となっていく。
“最後の最後で未練ができてしまった。ドラール、ロク、コガーン、スゥーム。願わくば、我の最初で最後の友に、声の導きがあらんことを……”
この世界全ての存在に対し、友への幸運をスゥームで祈りながら、ヌエヴギルドラールの意識は深い闇の中へと落ちて行った。
「あ、ああ……」
灰となり、骨だけになったヌエヴギルドラールの遺骸を前に、健人は膝をつく。
彼の後ろでは、落ちた大剣を拾い上げたドルマが、裏切り者の健人を粛清しようと、その刃を振り上げていた。
「じゃあな、裏切り者」
「ドルマ、そこまで」
だが、ドルマが剣を振り下ろす前に、リータが待ったをかけた。
「リータ、だがこいつはお前を裏切って……」
「別にいい。気にしていないし、もう彼とは一緒には行かない」
一緒には行かないという言葉に、呆然としていた健人の体が、びくりと震えた。
「ケント、ドラゴンに与した貴方の力は要らない。ホワイトランに帰って」
「…………」
淡々と、しかし冷徹に健人を否定したリータは、腰の剣を鞘に納めると、そのまま踵を返して立ち去っていく。
ドルマは怒りをこらえるように唾を吐き捨てると、大剣を背中に納めてリータの後に続いた。
「……リディア、ケントをホワイトランまで連れて帰って。目を離さないように」
「従士様……」
リータは去り際に健人の後をリディアに託すと、洞窟の入り口へと消えていった。
リディアが、何か言いたそうに自らの主を見つめるが、リータはその視線を無視して、洞窟から立ち去っていく。
リディアの隣で事の成り行きを見守っていたデルフィンもまた、何も言うことはないというように弟子を一瞥すると、その場を後にする。
困惑したままのリディアは、項垂れる健人を前に、只々狼狽えることしかできなかった。
先に洞窟から出たリータは、雪の覆われた森の中を、足早に歩いて行く。
次の目的地、リフテンまでの旅路を急いでいるように見えるが、冷たい黒檀の兜の奥からは、押し殺すような呻き声が漏れてきていた。
「ぐ、ううう……」
(ごめん、なさい……)
ともすれば漏れてしまいそうになる言葉を、唇を噛みしめて必死に押し殺す。
リータは相対した瞬間に理解していた。
健人の成長と、彼の想いを。相も変わらず、何も変わっていない、純粋で優しい、義弟の姿を。
そんな彼の想いを、彼女は全否定した。否定せざるを得なかった。
ドラゴンとの対話。それはドラゴン殲滅を誓った彼女にとって、絶対に許容できないことだった。
胸に抱くドラゴンへの憎悪も、アルドゥインがこの洞窟に来ていたという事実も、それを後押しした。
何より、リータの家族を想う心が、何も変わっていない健人がこれ以上戦いに出ることを拒んだ。
リータ達がやろうとしていることは、アルドゥイン、ひいてはドラゴンとの全面戦争だ。
それは、終わりのない戦いであり、そこに身を投じると決めた以上、リータは自分が普通の人として生きてはいけないという運命を、本能的に理解していた。
それは、彼女の持つ“竜の血族”としての力の一端だったのかもしれない。
だからこそ、せめて健人だけは、普通に生きて欲しかった。
ドラゴンボーンである自分は、もう普通に生きることはできない。
でも健人なら、よき伴侶に恵まれ、この世界で小さいながらも幸せを手にして生きることができる。
その為には、今ここで、健人の心を折る必要があったのだ。
「なんで、あんなに穏やかに逝けるのよ……」
もう一つ、リータの心を抉ったのは、ヌエヴギルドラールの最後の言葉だった。
“君にもすまない事をしたな、ドヴァーキン。要らぬ業を背負わせてしまった……”
恨みや憎しみ、懇願ではない、ただただ、こちらの身を案じた謝罪の言葉。
リータは、ヌエヴギルドラールの力を知らない。彼が、自分の死を初めから受け入れていたことも分かっていない。
だが、そんな事を知っていたとしても、この洞窟に住んでいた奇特な竜の最後は、リータの心に深い楔を打ち込んでいた。
(殺したのよ!? せめて恨みなさい! なじりなさい! そうすれば、私も憎しみで刃を振り下ろせたのに!)
本当は、リータは頭蓋を貫いてトドメを刺すつもりだった。でも、出来なかった。
そして今、彼女が抱いていた邪悪なドラゴンという幻想は、粉々に砕かれていた。
全ては、ヌエヴギルドラールが最後に、リータを案じる言葉を彼女自身に投げかけたから。
残ったのは全身を覆う虚脱感と、深い後悔。
だが、膝を折りそうになる心を必死に叱咤し、リータは既に己に喉まで込み上げる弱音を飲み込んだ。
「ドラゴンボーン」
背後からデルフィンが声を掛けてくる。
「……何?」
「健人が持ってきた情報のおかげで、リフテンに私の同胞がいることがわかったわ。
彼なら、アルドゥインについて、私たちが知らない情報も持っているはずよ」
「そう。なら、行く……」
リータは自分の内で荒れ狂う懊悩を無理矢理抑え込みながら、努めて淡々とした口調を心がける。
健人の後の事はリディアに託した。
無責任だろう。なじられて然るべきだ。
それでも、リータはもう退けない。退く訳にはいかない。その道を今、自分で断ち切ったのだから。
その結果、己に降りかかる運命は、全て己で受け止めなくてはいけない。それが、この厳しい世界で生きる者の義務だからだ。
洞窟から出てきたドルマとデルフィンを伴って、リータは一路、リフテンを目指す。
その胸に、煮えたぎる憎悪と後に退けなくなった後悔、そして虚ろな闇を抱えたまま。
前を歩くリータとドルマを眺めながら、デルフィンは二人に聞こえないように小さく溜息を漏らした
(まさか、こうなるとは予想外だったわ)
デルフィンとしても、今回のドラゴンとの遭遇は予想外だった。
しかも自らの弟子が、この僅かな時間の間にドラゴンと友誼を交わすなど、想像できるはずもない。
(でもまあ、悪くはないわね。これでドラゴンボーンは、その使命を全うしてくれる。おまけに、お節介な従者も消えてくれるわ)
だが、この結末はデルフィンにとって決して悪い結果ではない。
今後、健人はホワイトランで生活し、リータは健人と離れてドラゴン退治の旅を続けることになる。
つまり、デルフィンがリータをコントロールするための“健人という鎖”は機能したまま、リータは離れた弟を守るために、ドラゴンボーンとして今まで以上にドラゴン退治に精を出す事になる。
それは、デルフィンにとっては喜ばしい事でもあった。
ドラゴンを殺すことが人類のためであり、ドラゴンボーンの使命であると信じているからだ。
また、口五月蠅いリディアはドラゴンボーンの命令でパーティーを離脱せざるを得なくなった。
デルフィンはこれで、ある意味リディアの役目を引き継いだ形になる。これは彼女にとって思わぬ幸運だ。
そのドラゴンボーンを支え、万難を排してドラゴンを戦えるようにすることこそ、デルフィンの使命。
その使命を果たす為に、デルフィンはドラゴンボーンに接触し、スカイリム中に根を張る盗賊ギルドとのコネを利用し、さらには自ら健人を鍛えるという役目を提案したのだ。
場合によっては、ドラゴンに健人の命を奪わせ、ドラゴンボーンを焚き付けることも考えていたくらいだ。
「まあ、仕方ないわね。せいぜい、普通に生きなさい、ケント」
ドラゴンと友誼を交わした健人が、この旅路に交ざることはもう無い。
心折られた彼も、これから先、剣を取ることは無理だろう。
自ら鍛え、驚異的な成長をしてくれた弟子が脱落したことに、少し寂しさは感じるものの、同時に彼の命を生け贄にしなくてもいいという事実に、小さな安堵も感じていた。
と言うわけで、第十二話完了です。
今更ですが、第三章は正直、非常に辛いお話です。
元々第二章の後半部分のお話ですが、成長しても報われるとは限らない、自分の心からの言葉も伝わらないこともある。そんな場面をイメージして書いていました。
正直、低評価やお気に入り登録者が激減することも考えましたが、それでもタムリエルの世界は厳しく、運命や過去の遺恨に縛られている事も考えて、このような展開となりました。
第三章のエピローグも、今日中に投稿します。
以下、登場人物紹介
ヌエヴギルドラール(その3)
彼の名を示すスゥームは
“Nu”“Evgir”“Draal”
であり、それぞれが
“現在”
“季節、巡る時”
“祈る、祈願する、懇願する”
で構築されている。
その名の通り、時を読むことに長けているが、あくまでも“祈る者”であり、実質的な力は非常に乏しく、自ら運命を変えるほどの力を持ち得なかった。
故に、彼の竜生は諦観に彩られることになる。
彼自身、健人と出会った時点で自分がリータに殺される未来を読んでいたが、ドラゴンボーンに殺されることを承知で健人を助け、彼と友誼を結んだ。
最終的には自らの運命に身を任せ、リータの手で屠られることになる。
生を受けてから死の間際まで運命と諦観に彩られた竜生であったが、今生の終わりの際に未練が生じ、生涯唯一の友である健人の運命を案じていた。