【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
これまでと違い、執筆しながらの投稿ですので、更新は不定期となりますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。
第一話 流れ着いた先
ソルスセイム島。
モロウウィンドのヴァーデンフェル島の北に位置する島。
降りしきる灰の交じった雪が、健人の乗る船、ノーザンメイデン号の甲板に落ちて、灰色のシミを作っている。
健人は降りしきる灰雪の中で、遠くにある灰雪の元凶を眺めていた。
レッドマウンテン。
タムリエル最大の火山であり、ここ数百年間、灰とマグマを噴出し続けている活火山だ。
その巨大な山体はソルスセイム近海でもはっきりと見え、吹き出す煙が天を覆うさまは、さながら終末期を思わせる光景だった。
「着いたぞ。ここがレイブン・ロックだ。あんまり居たいとは思えないがな。それでケント、ここで降りるのか?」
ノーザンメイデン号の船長であるグジャランドが、健人に尋ねてくる。
健人達が乗る船は、今まさにソルスセイムの港に入港しようとしていた。
港町の名前はレイブン・ロック。
タムリエルに根を下ろす種族、ダンマー達の街だ。
ダンマーはエルフ種の一種であり、ダークエルフとも呼ばれる、灰色の肌と紅い瞳が特徴的な種族だ。
「はい……。お世話になりました、船長」
船から降りる事をはっきりと述べた健人。彼の言葉に、船長であるグジャランドが残念そうな表情を浮かべる。
「なあ、ケントもしよかったら、このままこの船の船員として留まらないか?」
「え?」
引き留める船長の言葉に、健人は少し驚いた様子を見せる。
「お前は料理の腕もいい、錬金術もできるし、頭もいい。腕っぷしもすげえし、気も利く。俺としては、このまま残ってもらいてえんだが」
ノーザンメイデン号での健人の役目は、一番下っ端がやるような雑用の仕事だった。
縄や船具、船体の保守作業、料理の下準備、帆を動かしたり櫂を漕ぐ手勢等がそうだ。
それらは小さな仕事ではあるが疎かにはできず、何よりも手数が必要な仕事だ。
航海が始まった当初、健人の仕事は料理長と甲板員の補佐だったが、彼の料理の腕はエーミナ仕込みである。
すぐに料理長の目に留まり、メニューの考案に従事することになった。
さらに健人は、拙いながらも回復魔法と錬金術を扱える。
錬金術は専用の錬金台がないため、大した品を作ることはできないが、応急処置用の薬程度なら、料理用の鍋でも作れる。
薬は一応常備されてはいるが、荒れる海の上では容器の損傷などで薬がダメになることは珍しくない。
小さな怪我が命取りになりかねない荒海に生きる船乗りたちにとって、材料があればすぐに薬を作れる健人の存在は、非常に大きかったのだ。
厳しい船の世界は、実力こそが最も重要視される。
特にノーザンメイデン号のような、私有の船を自分達で動かしている船員達はそうだ。船をいかに効率的に運用できるかが、自分達の利益や責任に直結するからである。
また、健人の腕っぷしも、ノルドの船乗りたちには好印象だった。
快楽の少ない船の上では小さな娯楽も貴重だ。腕っぷし自慢のノルドたちにとって、腕試しや賭け事が娯楽に変わるのも当然と言える。
そんな中で、ノルドから見れば小柄な健人は船員達が予想しえない活躍を収めた。
賭け事はそもそも健人が所持金をほとんど持っていないこともあり、参加することはなかったが、腕試しと称したド突き合いでは、持ち前の柔術で体格のいいノルド達を何人も抑え込んだ。
知識も豊富で、魔法や薬学に長け、腕っぷしもある。
今や健人は、ノーザンメイデン号にとっては逃したくない人材になっていた。
「……すみません」
しかし、健人はグジャランドの提案を丁寧に断った。
船の中での生活は、素人の健人には厳しいものだったが、同時にその厳しさが、健人の胸の内にある虚無感を幾分か紛らわせてくれたのは確かだった。
たが、それは所詮、紛らわせただけで、解決したわけでも忘れさせたわけでもなかった。
胸の内に巣食う空虚感が消えない内は、たぶん何をしても、途中でダメなるだろうという予感が、健人の中にはあったのだ。
「そうか、少し残念だが、お前がそういうなら仕方ないだろう。ほれ」
心底残念そうといった様子で、船長はうな垂れるが、すぐに背筋を伸ばすと、懐からかなり大きな袋を取り出して健人に手渡した。
「あの、これは?」
突然手渡された袋。
ジャラジャラと金属がこすれ合う音と、ずっしりとした重みが健人の手にかかる。
「船での労働の賃金だ。これから先、色々と入り用だろう?」
「でも、賃金は船賃で相殺のはずじゃあ……」
健人がノーザンメイデン号に乗る際に交わした契約は、賃金は乗船料と相殺という話だった。
当然、健人は自分の懐に入ってくる金などないと考えていた。
「さっきも言ったが、お前は錬金術が出来たし、料理も旨かった。俺達も船の中で旨い飯が食えるとは思わなかったからな。十分以上に働いてくれた分、上乗せした。他の皆も納得している」
チラリと健人が甲板上で作業をしている船員達に目を向けると、彼らは皆一様に小さく笑みを浮かべて頷いてくれた。
「……ありがとうございます」
「ああ、幸運を祈るよ」
健人は船長と船員達に一礼すると、船と桟橋を繋ぐ艀から、桟橋へと渡った。
これで、健人はノーザンメイデン号の船員ではなくなった。
リータに否定され、自暴自棄になった自分を受け入れてくれた船。
船の世界で認められた事は少なからず嬉しかったが、心に突き刺さった棘は消えてくれなかった。
心に残った虚無感と、僅かなもの悲しさを内に秘めたまま、健人は街へと続く桟橋を歩く。
その時、街の方から二人の兵士を伴って歩いてくる男性が健人の眼に留まった。
赤と茶色を基調とした、豪華な装いの服を着たダークエルフの男性。後ろに控える兵士は、黄土色の甲虫の殻を思わせる鎧を身に纏っている。
「見覚えのない顔だな。」
「貴方は?」
「この街を統治しているレリル・モーヴァイン評議員の補佐をしている、エイドリル・アラーノだ。レイブン・ロックは初めてなのだろう? 目的を聞かせてもらおう」
「別に、何も……当てもない旅路です」
エイドリルと名乗ったダンマーの男性。
おそらく、この街の高官と思われる人物からの質問に、健人は素直に目的がないことを告げる。
元々釣り目のエイドリルの眉が、さらに釣り上がる。
仕事も不明、目的も不明の人物が自分達の街に来たら、怪しんだり不快に思うのも当然だ。浮浪者は治安を著しく悪化させる要因の一つだからだ。
健人はこの時点で、街から出て行けと言われることを覚悟した。
「そうか。まあいいだろう。当てのない旅というのなら、ここで仕事を探すのも手だろう。ただし、レイブン・ロックはレドラン家の統治下にあることだけは覚えておいてもらいたい。ここはモロウウィンドだ。スカイリムではない。ここにいる限り、我々の法に従ってもらう」
「分かりました」
意外な事に、エイドリルは健人にすぐに街から出て行けということはなかった。
彼は街の統治を管理する人間である以上、自分自身も街の法をきちんと順守する人物らしい。
エイドリルの方も、健人が素直に従う事に少しは安堵したのか、釣り上げていた眉を元に戻した。
健人はついでとばかりに、この街で少し気になったことを尋ねてみた。
「すみません。あの岩は何ですか?」
健人が尋ねたのは、街の西側に張り出すように突き出た海岸。そこに屹立している大きな岩の事だった。
柱を思わせる岩の周りには造りかけと思われるアーチ状の構造物があり、周囲ではこの街の人間と思われる人達が作業をしている。
「大地の岩だな。このソルスセイム島に古くからある岩だ」
「何か、岩の周りに造りかけの建造物があるようですが、あれは一体……」
「…………」
「エイドリルさん?」
岩を見つめたまま、突然黙りこくったエイドリルに、健人が怪訝な表情を浮かべる。
「い、いや、すまない。ボーとしていた。それで、何の話だ?」
「ですから、あの岩に作られ始めている建造物について……」
「…………」
エイドリルは再び岩を見つめて押し黙る。
よく見ると、後ろに控えている兵士達も、岩を見つめたまま固まってしまっていた。
「あ、あの……」
「い、いや、すまない。ボーとしていた。それで、何の話だ?」
「……いえ、何でもありありません」
エイドリル達の奇妙な様子に訊く事を躊躇った健人は、それ以上尋ねることを諦めた。
一方、エイドリルは先ほど硬直した事など全く覚えていない様子で、この街に来た新参者への忠告を続ける。
「そうか。宿が必要だというのなら、街の中央にあるレッチング・ネッチ・コーナークラブのゲルディス・サドリを訪れるといい。場合によっては、仕事も貰えるだろう」
「ありがとうございます」
礼儀正しく一礼した健人の仕草に、エイドリルは目を見開いて驚いていた。
一介の浮浪者が、見事な帝国式の礼をしてきたからだ。
この所作は、デルフィンがサルモール大使館に潜入する時に必要だと思って身に着けさせたもの。
健人は内心してやったりと得意になり、すぐさま眉を顰める。
こんな小さな仕返しをした程度で得意になった自分自身に嫌悪感を覚えていたのだ。
あまりにも小さい。友を守れず、リータとの約束も守れなかった自分を糊塗しているようなものだった。
健人は湧き立つ嫌悪感を振り切るように、エイドリルの横をすり抜けて街へと目指す。
チラリと横目で、街の西端にある大岩を見つめる。
健人の脳裏に、先ほどの硬直したエイドリルの姿が蘇った。
(俺には、関係ないよな?)
先ほどの尋常ではないエイドリルの様子に、この世界に来てから時折胸に疼いていた嫌な予感が去来する。
だが、既に心折られている健人は、浮かんだ予感から逃げるようにその場を後にした。
奇妙な旅人と会った後、エイドリルは本来の目的である船の船長に声をかけていた。
「グジャランド。何かあったのか? 心配したぞ」
エイドリルとグジャランド。
互いに船主契約を結んだ者同士であり、グジャランドはこのレイブン・ロックに必要な積み荷を届けることで、エイドリルからゴールドを得ていた。
本来であるなら依頼達成という事で、彼も貰える硬貨に喜ぶと思われたが、その表情はどこか気まずさを含んだものだった。
「ああ、それが、ちょっと遠出する羽目になってな。早速だが、頼まれた荷を持ってきた。だが……」
「だが、何だ?」
「この荷物は同意していた金額の倍かかってしまった。俺にはどうすることもできない」
倍の出費という話に、エイドリルが真紅に染まった目を見開く。
「バカな。そんなゴールドがないのは分かっているだろう」
「聞いてくれ。東帝都社が一方的に値を釣り上げてきた。価格がまた上がったんだ。値が上がったのは俺のせいじゃない」
グジャランドの言葉に、エイドリルは唇を噛み締めた。
東帝都社は、元々帝国肝いりの会社だ。
帝国の為に利益を只管に貪る、トロールのような存在である。
貨幣という、人類が決して捨てることのできない道具で以って、タムリエル中に展開している彼らの影響力は計り知れない。
「ここ数年、奴らは我々から最後の一滴まで搾り取ろうとしている。レリルに話してみよう。全力を尽くすしかない」
「わかったエイドリル。急ぐ必要はない。払える時でいい。それから、さっき会った少年だが……」
「彼が、どうかしたのか?」
「いや、この航海でとても世話になった奴だ。アイツがいなかったら、俺の船員も何人か怪我で船を降りることになっていたかもしれん。もし何かあったら、力になってやってくれ」
「大したやつなのか?」
「ああ、腕は立つ。アンタの精兵でも、相手にならないんじゃないか? それに知識も豊富だ。錬金術や魔法も使えるな」
グジャランドの言葉に、エイドリルは目を見開き、続いて考え込むように口元に手を当てた。
今回は第4章のプロローグということで、ソルスセイム島に到着した直後を書きました。
今後の更新については、とりあえず書き貯めた分は毎日投稿する予定です。