【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第三話 激昂

 強盗団を倒した健人は三人を捕縛し、そのままレイブン・ロックに移送して憲兵たちに引き渡した。

 賞金もかかっている強盗団であり、また彼らが持っていた装具も健人のものになったため、健人には予想外の収入となった。

 武具自体も、あの間抜けな強盗団が使っている割には上等な物だった。売ればかなりの値段になる。

 とはいえ、強盗団の装具はすべてを売ることはせず、盾や鎧の類はそのまま装備することにした。

 強盗団の装具は、キチンと呼ばれる昆虫の甲殻を粘着剤で張り付けたもので、軽量のわりに非常に防御力がある。

 盾については頑強さだけなら、以前に健人が使っていたエルフの盾よりも頑丈だ。

 また、鎧も小手もキチン製のものに変えた。

 黄金色のエルフの小手は目立つというのもあるし、スカイリムでの度重なる戦闘で、傷んできているというのもある。

 出来るなら直したいが、月長石が手に入らないと直せないため、キチンの小手と交換することにしたのだ。

 兜の方はそもそも強盗団が装備していなかったため、以前のかぶとを継続して使用する事になった。

 問題はブーツである。

 健人のブーツは隠密能力向上の付呪がかかっており、これは健人としても貴重なのだが、このソルスセイムにはアッシュホッパーという昆虫も出てくる。

 アッシュホッパーの大きさは人の膝ほどだが、昆虫だけに咬筋力が強い。

 革の装具では食い破られる可能性もあるため、迷いはしたが、最終的にキチンのブーツに変えることにした。

 大きさの調整は、レイブン・ロックの鍛冶屋、グローバーマロリーに依頼しており、明日には受け取れる予定だった。

 一日の仕事を終えた健人は、そのままレッチング・ネッチ・コーナークラブへ。

 余った収入で纏めて一週間ほどの宿を取り直し、そのまま食事をすることにした。

 

「はははは! それで結局、ネッチは狩れなかったんだな」

 

「ええ、まあ……」

 

 食事をしていた健人の話を聞いて、ゲルディスが笑い転げる。

 

「あんた、狩人には向いていないな。それにしても、ネッチの子供と遊んだなんて、ずいぶんと豪胆なことをしたんだな」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、ネッチは普段はおとなしいが、怒ると手が付けられなくなるくらいに暴れる。特に子連れのネッチは危険だ。警戒心は強いし、熊だって子連れのネッチには手を出さないくらいだからな」

 

 健人は、子供のネッチと力比べした時を思い出す。

 子供のネッチでも、健人の膂力を軽々凌いでいたのだから、大人のネッチの腕力はそれ以上だろう。

 確かに、襲われたら危険と言える。

 

「しかも、ネッチと遊んだついでに強盗団の捕縛ときた。そんな頓珍漢な話、ここしばらく聞いたことないな。ぷ、くくく……」

 

 腹を抱えて笑いを堪えようとしているゲルディスだが、笑いを押し殺しきれていない。

 元々、この店自体が“レッチングネッチ”なんて奇妙な名前の店なのだ。健人の行動は、このダンマーの店主のツボにはまったらしい。

 一方、笑われた健人は何とも言えないという表情で、手に持った杯を傾けていた。

 中身は当然、この店自慢のスジャンマである。

 

「あの三人の強盗団は、いったい何者なんですか?」

 

 笑い転げるゲルディスを見て溜息を吐いた健人。

 取りあえず、今日自分が捕縛した罪人達について、ゲルティスに尋ねてみる。

 

「このレイブン・ロック周辺を根城にしている強盗団のメンバーさ。レイブン・ロックには衛兵や“ブルワーク”があるから大丈夫だが、街の外に出る商人や市民、狩人なんかがたまに被害に遭う、面倒な奴らさ」

 

 ブルワークとは、レイブン・ロックの街の入り口に建てられた巨大な外壁だ。

 この街の防衛の要だったフロストモス砦がレッドマウンテンの噴火で壊滅した後に、防衛のために作られた壁である。

 健人が捕らえた強盗団は、ブルワークとレドランの衛兵により、レイブン・ロックを襲う事はないが、外壁の外に出た市民などを襲うらしい。

 

「へえ……」

 

 ゲルディスの話を聞きながら健人が酒を嗜んでいる最中、健人はチラリと自分の背後を覗き見た。

 骨削の鎧を纏ったレドランの衛兵三人が、ニヤニヤと健人を眺めていた。

 ここ二週間の間に、何度かこの店で見かけるレドランの衛兵である。

 どうやら、強盗団を捕らえて賞金を貰った健人について、あれやこれやと話をしているらしい。

 

「ゲルディスさん、後ろの衛兵たちは……」

 

「あ? ああ、見ないほうがいいぜ、衛兵という立場を使って、色々とあくどい事をしている奴らだからな」

 

 ゲルディスの話では、後ろの三人の衛兵は、かねてから色々と問題を起こしている衛兵達らしい。

 健人もゲルディスの話を聞いて、出来るなら後ろの三人とは関わり合いになりたくはなかった。

 背中に刺さる、粘つくような視線を振り払うようにスジャンマを飲み干す健人だが、どうやら問題の衛兵たちは、健人の願いとは逆の行動をとり始めた。

 

「おい、ずいぶんと景気がいいみたいだな。これは徴収が必要だな」

 

 三人のレドラン衛兵の内、一人が健人の背後から声を掛けてくる。

 明らかに挑発と取れる言葉に、健人は無視を決め込み、席を変えて離れようとするが、残りの二人が健人の左右に回り込み、逃げ道を塞いできた。

 

「……何の話です?」

 

「この街で生きるなら、税を納めるのは当然だろう? お前は盗賊団を捕らえて、収入を得た。ゆえに、税を取り立てるのだ」

 

 仕方なく、健人は振り向いて話しかけてきた衛兵と向き合う。

 正面の衛兵に賛同するように、左右の二人が下卑た笑みを浮かべながら頷いてくる。

 体格や配置、徴税という名の言いがかりに賛同してきた様子からも、おそらくは健人の正面にいる衛兵がリーダー格であることは容易に想像がつく。

 

「徴税官でもない貴方達に払う理由はないです」

 

 健人としては、言いがかりでしかない衛兵の言葉など、聞く気はさらさらない。

 なぜ、苦労して自分が得た報酬を、こんな衛兵にくれてやる必要があるのか。

 酒が入って普段の理性が鈍化していることもあるが、なによりも、人の努力や成果を平気な顔で横取りしようとするこの衛兵達の態度が、健人の神経を逆なでしていた。

 

「逆らうつもりか? 俺たちはレイブン・ロックの衛兵。モーヴァイン議員の栄えある精兵だ。お前程度の浮浪者が逆らうなど……」

 

「おい、俺の店で揉め事は止めてくれよ」

 

「うるさいぞゲルディス。この小僧よりも先にお前をしょっ引いたっていいんだぞ。その新しい酒を造るのに、どれだけの金を使った? 叩けば色々と出てくるかもな」

 

 三人の衛兵を止めようとしたゲルディスを、リーダー格の衛兵が黙らせる。

 関係のないゲルディスまで脅そうとするその行動に、健人の機嫌は滝のごとく急降下していく。

 

「…………」

 

「それにしてもちっこいな。本当に強盗団のメンバーを捕らえたのか?」

 

「元々強盗団の仲間で、仲間を裏切って売ったんじゃないか?」

 

 怒りに押し黙る健人を、観念したのかと勘違いした衛兵たちが、調子に乗って健人をあざ笑い始める。

 それだけでなく、ついには健人が強盗団の一員ではないかとバカげたことを言い始める始末。

 ここに来て、健人の危機感が一気に跳ね上がった。

 こいつらは、徴税と称して健人の報酬の一部だけでなく、罪人に仕立て上げて、健人の所有物全てを奪い取る気なのだ。

 こんな見知らぬ土地で、身ぐるみすべて失う事は、文字通り死活問題だ。

 健人の意識が、瞬間的に戦闘モードに切り変わる。

 

「なるほど、あり得るな。これは取り調べが必要だ」

 

 不良衛兵たちが、健人を捕らえようと実力行使に出た。

 右の衛兵が手を伸ばし、健人を拘束しようとしてきたのだ。

 健人は右側から延びてきた衛兵の手を引っ掴み、捻りあげてカウンターに押し倒す。

 顔面をカウンターに叩き付けられた衛兵が、苦悶の声を漏らした。

 

「これは、衛兵の公務執行の妨害だな。大人しく牢屋に来てもらうぞ」

 

 健人の抵抗を確認したリーダー格の衛兵が、笑みを深める。

 これで、衛兵としても暴れた旅人を拘束したという大義名分が出来た形になってしまった。

 

「がっ!?」

 

 だが、衛兵の予測と違ったのは、健人の力量だった。

 健人は左手でカウンターに押し倒した衛兵を拘束したまま、右手で自分が飲んでいたスジャンマの瓶を引っ掴み、そのまま左から襲ってきた衛兵の顎を殴り飛ばした。

 硬い鈍器で顎を撃ち抜かれた衛兵が周囲のテーブルを巻き込みながら、もんどりを打って倒れ込む。

 そのまま右手の瓶で拘束した衛兵の頭に打ち下ろし、昏倒させる。

 これで、残りはリーダー格の衛兵のみ。

 ついさっきもやったような戦闘行動。健人の脳裏に自分が捕まえた馬鹿な強盗団達が蘇り、ついついため息が出てしまう。

 

「貴様!」

 

 瞬く間に部下が倒されたことで激高したのか、それともため息をついた健人の姿に馬鹿にされていると思ったのか、リーダー格の衛兵が腰に差した剣に手を伸ばす。

 だが、リーダー格の衛兵が剣を抜く前に健人が踵に力を入れ、一瞬で加速して衛兵の懐に入りこんだ。

 

「なっ!?」

 

 驚いた相手が剣を抜くよりも早く、逆手でブレイズソードを半ばまで抜き、そのまま刀身を、剣を抜こうとした衛兵の右手に押し付ける。

 

「……抜けば、お前の腕が落ちるぞ」

 

「貴様、栄えあるレドランの衛兵であるこの私を……」

 

「……うるさい」

 

 追い詰められても悪あがきをする衛兵。

 健人は無表情のまま、左手を相手の脇の下に差し込み、関節を極めながら体裁きで相手を床に投げ飛ばす。

 

「ぎっ!?」

 

 地面に倒された痛みで声を漏らすレドラン衛兵。

 健人はブレイズソードを鞘から完全に抜き放つと、そのまま地面に倒れ込んだ衛兵の顔面スレスレに切っ先を突き立てる。

 僅かに掠めた刀身が、リーダー格の衛兵の頬に赤い線を刻んだ。

 

「ひっ!?」

 

「レドランがなんだ。俺には別にどうだっていい」

 

 剣呑な気配をこれでもかと撒き散らしながら、健人は自分を脅そうとしてきた衛兵たちを見下ろしていた。

 この店に来ていた客の誰かが、ゴクリと唾を飲む音が響いた。

 

「そこまでだ」

 

 低く、重厚な声が、張り詰めた空気を破る。

 声に反応した健人が、反射的にブレイズソードの切っ先を声が聞えてきた方向に向ける。

 そこには、レドランの衛兵と同じ骨削の鎧を纏ったダンマーが佇んでいた。

 ただ、健人が抑え込んだ衛兵とは違い、その瞳には強烈な理性の光が宿っている。

 背中には月長石で作られていると思われる両手斧を背負い、その重厚な得物に相応しい覇気を纏っているように見えた。

 

「誰だ?」

 

「私はこのレイブン・ロックの衛兵達を束ねる、モディン・ヴェレス隊長だ。これは一体どういう騒ぎだ」

 

 介入してきた戦士に健人が名を尋ねる。

 どうやらこのダンマーの戦士は、このレイブン・ロックの衛兵たちの長であるらしい。

 健人の足元で委縮していた衛兵が、自らの隊長に懇願の声を上げる。

 

「た、隊長! この不審者、私たちが質問していた時に、突然剣を抜いて……」

 

「黙っていろ。お前はここ最近、問題行動が目立っている。私の耳にも入っているぞ。後で詳しく話をしてもらうからな」

 

「なっ!?」

 

 だが、不良衛兵の喜びは、すぐさま絶望に落とされた。

 どうやらこの衛兵の問題行動は、ヴェレス隊長の耳にも入っていたらしい。

 

「さて、部下が非礼をしたかもしれないが、生憎と私は今来たばかりでね。その剣を下ろしてはくれないか?」

 

「…………」

 

 ヴェレス隊長が宥めてくるが、健人はブレイズソードを降ろさない。

 剣呑な瞳でヴェレス隊長を睨みつけたまま、ゆっくりと腰を落とす。

 それは明らかに、戦闘が開始されることを念頭に置いた行動だった。

 レドランの衛兵に対する不信感が、健人に戦闘態勢を解かせることを拒んだのだ。

 これに頭を抱えたのは、ヴェレス隊長だ。

 

「……参ったな。剣を下ろして話をしてくれないと、この街の治安を預かるものとしては、君を力ずくで排除しなければいけなくなるのだが?」

 

「……どうせ、話を聞く気なんてないだろうが」

 

「むっ?」

 

 話を聞く気がないと言い放つ健人の雰囲気に、ヴェレス隊長が怪訝な声を漏らす。

 言葉の内容だけを見れば、先のレドランの衛兵に対する不信感だけと取れるが、この言葉を言い放った時の健人の雰囲気は、ヴェレスから見ても、明らかにそれだけではない様子だった。

 

「俺が何を言ったって、何をしたって……」

 

 唇を噛み締めながら、健人は押し殺すようにそう漏らした。

 彼の胸に去来するのは、スカイリムで己に突き付けられた現実に対する絶望感と、拒絶感。

 守りたいと願った家族に拒絶され、さらにはその家族に友人を殺された。

 自分を拒絶したリータに対する複雑な感情、何より、友人を守れなかった自分自身に対する嫌悪感と失望感が、健人にヤケっぱちじみた行動をとらせていた。

 

「ふむ、君が何をその胸に抱えてこの街に来たのかは知らないが、少なくとも君は、強盗団を捕らえてこの街に貢献してくれた人間だ。そんな人間を、力づくで捕らえるのは、私の真意ではない。それは理解してもらいたいのだが……」

 

 ミシミシとヴェレスに突き付けたブレイズソードの柄が軋む。

 溢れ出す感情に翻弄され、健人は自然と得物の柄を力一杯握り締めていた。

 健人自身も、こんな八つ当たりみたいなことをしても意味のない事は理解していた。

 ただ、追い詰められた状況で、感情と理性が乖離し、今まで我慢して耐えてきたことが溢れ出しただけなのだ。

 そして、一度吐き出してしまえば、沈静化するのは直ぐだった。

 健人はがっくりとうな垂れるように肩を落とすと、ゆっくりとブレイズソードを鞘に納め、自らの得物をヴェレスに手渡した。

 

「ありがとう。すまないが、一緒に来てもらう。いいかね」

 

「はい……」

 

 否もない。

 いくら感情が昂ぶっていたとはいえ、罪を犯していないヴェレスに剣を向けたのは事実なのだ。

 

「ゲルディスさん、すみません。騒がせました」

 

「い、いや、それはいいんだが……」

 

 ペコリと頭を下げてゲルディスに謝罪した健人は、気絶したレドラン衛兵三人を連行するヴェレス隊長の後に続いて、宿屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 衛兵の詰め所へと案内された健人は、とりあえず一晩牢屋に入れられることになった。

 宿屋で暴れたことは事実なので、健人自身も納得している。

 むしろ、頭を冷やせるので、本人としてはありがたかった。

 

(酒に飲まれたってこともあるけど、情けない話だよな……)

 

 リータとの確執も、ヌエヴギルドラールを守れなかったことも、そもそもこの街の住人には何の関係もない。

 それに、拒絶されたと言っても、ソリチュードから逃げ出したのは完全に自分の都合である。

 それにソリチュードでリディアから言われた言葉を考えれば、リータ自身も健人を貶めるつもりではなく、只々健人の身を案じての行動であることは、直ぐに分かることだ。

 

「ううううううあああああああ……」

 

 健人は頭を抱えて、牢屋の中でゴロゴロと転がる。

 正直、酒に酔って暴れただけに、健人としては非常に情けなく、恥ずかしい話である。

 気がつけば、牢屋の外には、この街の執務間であるエイドリル・アラーノが来ていた。

 彼の後ろには、護衛と思われる衛兵二名が付き従っており、また、酒場で顔を合わせたヴェレス隊長もいる。

 その手にはブレイズソードなどの健人の荷物を持っていた。

 

「はあ、この街で騒ぎを起こすなと言ったはずだが?」

 

「すみません……」

 

「いや、今回は我々レドランの衛兵にも問題があった。あの衛兵は、即刻解雇し、レイブン・ロックから追放となった」

 

「そうですか……」

 

 エイドリルとしても、レドランの衛兵が狼藉を働いていたという事実は、頭の痛いものである。

 エイドリルは一度溜息を吐くと、ポケットから鍵の束を取り出し、健人の牢屋の鍵を開けて外に出るよう促してくる。

 

「出てもいいんですか?」

 

「ああ、今回の件は、元々は私達レドランの衛兵が起こした問題だ、罰金なども科さない」

 

 そう言いつつ、エイドリルが促すと、彼の後ろに控えていた衛兵が、健人の荷物を渡してきた。

 

「だが、ヴェレス隊長にまで剣を向けたことは問題だ。君の事はノーザンメイデン号の船長であるグジャランドからも頼むと言われているし、今回はこちらに非があるから不問とするが、今後は慎重に行動してもらいたい。むろん、こちらも衛兵の規律の引き締めは行う」

 

「わかっています。ご迷惑をおかけしました」

 

 今一度、ぺこりと頭を下げて謝罪した健人は、渡されたブレイズソードを腰に差し、衛兵の詰め所を後にした。

 健人が扉の向こうへと消えるのを見送ったエイドリルが、傍にいたヴェレス隊長に、つい先ほどまで大人しく牢屋にいた珍しい旅人について尋ねてみた。

 

「どうだ、ヴェレス。彼の力量は?」

 

「今回追放した隊員は、性根はともかく、腕は確かです。それを考えれば、彼がわが隊の隊員を複数相手取れるほどの力量を持つことは確実かと」

 

 今回、健人が制圧した不良衛兵の三人は、レドランの衛兵の中でも上位の実力者である。

 それを、瞬く間に制圧したことを考えれば、その力量を疑う余地はない。

 碌な技術もない盗賊三人を捕まえたことも、十分納得できるほどの実力だ。

 

「なるほど、グジャランドが言っていた、腕が立つというのは本当か……」

 

「はい。しかも、自制心も高い様子です。恐らく何らかのトラブルでこのレイブン・ロックに落ち延びてきたのでしょう」

 

 ヴェレス隊長から見ても、健人の力量は相当なものだ。

 だが、何より彼が健人を見て思ったのは、非常に自制心が強い人物であり、同時に何らかの理由で精神的に追い詰められた状態で、このレイブン・ロックに流れ着いた人物であるということだった。

 自分の命を狙った盗賊は殺さずにいたし、何よりも精神的に高ぶった状態で喧嘩を吹っ掛けてきた不良衛兵たちをも制圧するに留めていた事が、ヴェレスにそのような推察を抱かせていた。

 

「少なくとも、この街に危害を加える可能性は低いかと」

 

 レッチング・ネッチ・コーナークラブで健人と相対したとき、彼が口にしていた“話を聞く気なんてないだろう”という言葉が、ヴェレス隊長の耳に蘇る。

 何らかの問題を抱えているようだが、現状でレイブン・ロックに仇を成すような人物である可能性は低い。

 

「そうか……。レリルに危害が及ばないなら、とりあえずは安心ということか」

 

 ヴェレスの言葉に、エイドリルもホッとしたように息を吐いた。

 レリルとは、このレイブン・ロックの統治者である、レリル・モーヴァインというダンマーのことだ。

 レリルはエイドリルにとって親友であり、己が命を賭して仕える主でもある。

 レリルはモロウウィンドで最も大きな勢力を誇る、レドラン家の一員であり、同時に評議員でもある重要人物だ。

 過去には敵対勢力に雇われた暗殺集団に襲われたこともあるため、エイドリルの心配は尽きない。

 彼の使命は、レリルに危害を及ぼす可能性のあるすべての要因を排除することなのだ。

 とりあえず、健人の危険度を下げることが出来たエイドリルは、一安心ということで、衛兵の詰め所を出て、仕事に戻ろうとする。

 だがその時、彼の傍につき従っていた衛兵とヴェレス隊長が、突然頭を抱えてふらつき始めた。

 

「うっ……」

 

「ヴェレス、どうした? うあ……」

 

“間もなく時が訪れる……”

 

 ふらつくヴェレスを心配したエイドリルが、手を伸ばそうとするが、その瞬間、彼の意識もまた、深い霧の中へと落ちて行った。

 その耳の奥から響く、“声”に導かれるように。

 

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