【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第七話 スコール村

 自分の死を半ば確信していた健人の意識は、パチパチと薪が爆ぜる音と共に覚醒した。

 ゆっくりと開かれた瞳が、木の梁を幾重にも重ねた天井を映す。

 

「ここは……」

 

 自分が生きていることを実感した次に健人の脳裏に浮かんだのは、この場所は何所なのかという事だった。

 ミラーク聖堂で見つけた黒の書。

 あの本を開いた瞬間に、健人は緑の霧の空と、無数の本が積み重なった沼地の空間に飛ばされた。

 そこで出会ったのは、今ソルスセイムを覆う奇妙な力の元凶。世界最古にして、強大な力を持ったドラゴンボーン、ミラークだった。

 そして、己の領域に侵入した健人を、ミラークは配下の異形に始末することを命じた。

 全身を引き裂かれるような力の波動を叩きつけられ、健人は意識を失い……。

 そして気が付けば、誰かの家と思われる建物の中で、ベッドに横たわっている。

 上半身を起こして周囲を見渡すと、思った以上に広い広間が飛び込んできた。

 しかも、健人が寝ているベッドは吹き抜けの二階にあるらしく、下へと続く階段がフロアの両脇に設けられている。

 その時、トントンと、下の階へと続く階段を誰かが上ってくる音がした。

 

「目が覚めたかしら?」

 

 姿を現したのは、気の強そうなノルドの女性。

 ただ、彼女が身に付けている服は、大量の灰色の毛皮が使われており、ミラーク聖堂で操られていたスコール達の服と同じものだった。

 

「貴方は……」

 

「私はファナリ。このスコール村の代表よ」

 

 意識を失っている間に、スコール村に連れていかれていた事を知り、健人が当惑の表情を浮かべる。

 一方、スコールの代表と名乗ったファナリという女性は、顎に手を当てながら、観察するような視線を健人に向けてくる。

 

「スコール村……。どうして俺は、スコールの村に……」

 

「フリアが気絶した貴方を背負ってきたのよ。気が付いたばかり悪いのだけれど、ストルンに会ってもらえないかしら?」

 

 どうやら意識を失った健人を、フリアが助けてこの村まで連れてきてくれたらしい。

 フリアの名前を聞いて、健人は再び部屋を見渡し、共闘したスコールの戦士の姿を探すが、彼女の姿は見当たらず、目の前のファナリ以外の気配は感じない。

 どうやら、この部屋にはいないようだった。

 

「ストルンって、確かこの村の呪術師で、フリアのお父さんですか?」

 

「ええ。ストルンは今、この村を襲う邪悪な力を防ぐために、結界を張っているんだけれど、その彼が気絶した貴方を見て、起きたら会わせるように私に頼んできたのよ。

 どうやら彼は、貴方に何かを感じたみたいね」

 

 ストルンの名前自体は、健人はフリアの自己紹介の時に聞いていた。

 スコール村の呪術師だ。

 この場合の呪術師とは、もちろん魔法などの使い手という意味もあるのだろうが、同時に村の賢者としての役割でもあるのだろう。

 そのストルンが、健人に会いたいと言っている。

 

”ああ、ドラゴンボーンか。感じるぞ”

 

 健人の脳裏に、黒の書の中でミラークに言われた言葉が蘇った。

 

「分かりました。会います。ストルンさんは何所に?」

 

「この村の広場にいる。案内するわ」

 

 クイッと顎をしゃくって外を示すファリナ。

 健人は無言で毛皮の布団をはがし、ベッドから降りて扉へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 外では既に日が暮れ、西日が差していた。

 村は周囲を囲むように家々が立ち並び、中央には水汲みの為の井戸を設置した広場が設けられている。

 井戸の手前には広い空間があり、そこで数人のスコールの民たちが、円陣を組んで座り込みながら、何かを唱えていた。

 円陣の中には、フリアの姿もある。

 彼らの周囲からは不可思議な淡い光が立ち上っており、上空へと登った光は村を囲むように、光の壁を作り上げている。

 おそらくこれが、先程ファナリが言っていた、ミラークの力から村を守るための結界だろう。

 

「すごい……」

 

 一つの村を囲むほどの巨大な魔法障壁など、健人は見た事はない。

 その余りに酷い魔力効率故に、障壁も数秒しか展開できない身である健人からすれば、この村を囲む結界は、思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど素晴らしいものだった。

 

「こっちよ」

 

 スコールの結界に目を奪われていた健人だが、ファナリに促され、慌てて彼らの元に駆け寄る。

 健人が円陣に近づくと、術の補佐をしていたと思われるフリアが立ち上がり、笑みを浮かべて近寄ってきた。

 

「よかったケント、目が覚めたのね」

 

「ああ、意識を失った俺をここまでは運んでくれたんだってね。ありがとう」

 

「いいのよ。貴方は本来、関わる必要のない私達に協力してくれたんだから」

 

 安堵と親愛を込めて微笑むフリアの姿に、健人は自分の胸の奥で燻っていた、小さな熱が高まるのを感じた。

 リータ達と一緒にいた時にも感じた、親愛の感情。

 自然と健人の口元にも笑みが浮かぶ。

 

「さ、こっちに来て。父も貴方に会いたがっていたわ」

 

 フリアがそっと健人の手を取り、健人を円陣の中央に案内する。

 円陣の中央に色素の抜けた金髪をした、壮年の男性が膝をつき、只管に祈りを捧げている。

 円陣の中央にいることからも、この男性がスコール村を覆う結界を展開している術師であることが推察できる。

 

「娘が世話になったな、異邦の旅人よ」

 

 祈りを捧げながら、壮年男性は健人に語り掛けてくる。

 その声色にはまるで巌を思わせる重厚さと落ち着きを感じさせるものだった。

 

「貴方がスコール村の呪術師の……」

 

「みね歩きのストルンという。

 目が覚めたばかりで悪いが、君に聞きたいことある。あの黒の書、ハルマモラの領域へ続く書物の中で、何を見たのか、話してくれないか?」

 

「分かりました」

 

 健人は黒の書の中で見た出来事を、ストルンに語っていく。

 ミラークとの邂逅し、彼自身の口から、ソルスセイムの人達を操っているのを確かめた事。

 そして、ミラークの配下の異形に殺されかかり、意識を失ったこと。

 

「やはり、ミラークは復活しようとしていたのか。恐れていた通りだった」

 

 ストルンにとっては、的中してほしくなかった予想だったのか、彼の顔に刻まれた皺がさらに深まる。

 

「そなた達がミラークを見た聖堂は、はるかな昔にミラークがドラゴンと凄惨な戦いを繰り広げた場所だ、伝説にも出てくる。

 さらに言えば、竜よりも厄介なものが埋もれているともいわれている。想像もつかなかったが、娘が持ってきたこの書物を見て、そして、そなたからミラークの話を聞いて確信した。

 私の懸念が現実になったということを。ミラークはまだ死んでおらず、ついに復活するのだと」

 

 そういいながら、ストルンは懐から一冊の黒い書物を取り出すと、健人に手渡してきた。

 ミラーク聖堂で、健人が見つけた黒の書だ。

 漆黒の表紙に刻まれた奇怪な文様は、相も変わらず嫌悪感を催すものであり、冊子全体から黒い瘴気があふれているようにも見える。

 健人は受け取った書に眉を顰めながらも、すぐに腰のポーチに入れる。正直に言って、あまり持っていたいと思わなかったのだ。

 

「ミラークが復活した場合、どうなるんですか?」

 

「おそらくは、その力で、このソルスセイムを支配しようとするだろう。

 ミラークの統治は極めて過酷であり、その厳しさはドラゴンよりも遥かに苛烈だった。

 そして、ドラゴンの魂を持つ彼もまた、他のドラゴンの例にもれず、より大きな力を求めていたという」

 

 力を求めるドラゴンの本能。

ドラゴンボーンであるミラークもまた、その本能を色濃く持っていたらしい。

 健人の脳裏に、ドラゴン殲滅を誓ったリータの姿が思い出される。

 

「彼が死んでからの長い間に、蓄えてきた力は尋常ではあるまい。おそらくその支配力は、ソルスセイムだけに留まらず、タムリエルすべてに及ぶだろう。

 そうなれば、かつての凄惨な力による支配が、再び復活することになる」

 

「父さん、どうしたら……」

 

 父親の話を横で聞いていたフリアが、不安そうな声を漏らす。

 この時健人は、アポクリファでミラークに言われた言葉を、ストルン達に伝えるかどうか迷っていた。

 アポクリファに落ちた健人に対し、ミラークはこう言った。“ああ、ドラゴンボーンか”と。

 普通に考えればあり得ない。

 しかし、相手はこの世界最初にして最古のドラゴンボーン。その身に宿る力について、人の中では誰よりも知りえている人物。

 そんな人間が、ドラゴンの力について間違えるとも思えない。

 同時に健人は、己の身にいったい何が起こっているのか、不安にもなっていた。

 まるで、自分が自分ではないのではという思考、意識の焦点が定まらない気持ち悪さが、胸の奥底で渦巻いている。

 しばしの間、黙して逡巡していた健人だが、こみ上げる不安感に後押しされる形で、口を開いた。

 

「ミラークは、俺をドラゴンボーンだと言っていました」

 

「……え?」

 

「それは……本当なのか?」

 

 健人の言葉に、ストルンとフリア、そして、その場にいたスコールの人達が、驚きの表情を浮かべた。

 

「本来ならあり得ない。それは、リータ……俺の義姉のはずです。自分には、一体何が何やら……」

 

 ドラゴンボーン。

 神々の長であるアカトシュの祝福を受け、時代に変わり目に現れるといわれる、特別な人間。

 竜を殺し、その力と知識を奪い取り、驚異的な成長を遂げる人にして人ならざる者。

 そんな存在であると言われた健人は、信じられない気持ちが半分、信じたくない気持ちが半分といった様子で、首を振った。

 

「しかし、ありえませんよ。やっぱり。

俺は以前、グレイビアードやドラゴン達がシャウトを使っているのを何度も聞いています。ドラゴンボーンである義姉はすぐに使えましたが、俺にはサッパリ分からなかった」

 

 実際、健人はリータと旅をしている間、何度もドラゴンと遭遇し、彼女がシャウトを身に付ける場面に遭遇している。

 健人自身もシャウトの文字や意味を聞いたことはあるが、シャウトが使えるようになる様子はさっぱりなかった。

 だからこそ、健人は自分がドラゴンボーンであることを、全く信じられなかった。

 

「ふむ、だが其方には、確かに何らかの祝福を感じる……」

 

 一方、この村の呪術師であるストルンは、健人の言葉を否定するような言葉を口にした。

 この村を覆う結界を見ればわかる通り、彼は優れた魔法使いだ。

 そんな彼が、健人に対して、何か特別なものを感じるといった。

“いったい、今の自分はどうなっているのだろうか?”

 益々増してくる不安に、健人は思わず唇を噛み締める。

 

「確かめる方法はある。今の君がドラゴンボーンであるなら、力の言葉を学べるということだ。

 サエリングズ・ウォッチに行くといい。そこには、遥か昔にミラークが学んだという言葉があるそうだ。

 もし君がドラゴンボーンであるなら、その言葉を学べるだろう。そしてそれが、君が何者であるかの証明になるはずだ」

 

 ドラゴンボーンであるかどうか、それを確かめる方法。

 それは、ドラゴンの言葉を僅かな間に習得できるということだ。

 もし健人が、かつてミラークが学んだ言葉を身に付けることができるなら、それこそが彼がドラゴンボーンであることの動かしがたい証になる。

 具体的な方法を提示された健人だが、未だに踏ん切りがつかない様子で、視線を彷徨わせている。

 もし、自分がドラゴンボーンだった場合、一体どうすればいいのだろうか?

 リータに心折られ、戦う理由をなくした健人には、自分が何をしたらいいのか皆目見当がつかないのだ。

 

「俺がドラゴンボーンだった場合、どうなるんですか?」

 

「それは分からない。我らにとって破滅になるのかあるいは救いになるのか、あるいはその両方か……」

 

 だったら、証明なんてしない方がいいのではないだろうか?

 何も聞かなかったことにして、ソルスセイム島を出ていけばいい。そうすれば、これ以上苦しい思いをしなくて済む。

 健人の胸に、後ろ向きで弱い気持ちが沸き上がる。

 これ以上痛い思いをしたくない。それは、一人の人間としては当然で、なおかつ、己の身を守るためのあたりまえの感情。

 だが、そんな弱い気持ちに抗うような熱が、胸の奥でくすぶっているのも事実だった。

 それが何なのかは、健人自身にもよく分からない。

 突然、地球での日常を奪われた理不尽に対する怒りか、無慈悲なこの世界に対する憤りなのか、それとも何か他の感情なのか。

 ただ、胸の奥で疼く熱が、サエリングズ・ウォッチに行くべきだと叫んでいる。

 

「もし、俺がドラゴンボーンでなかったら……」

 

「この村は終わる。既に時は残り少ない。操られていない我らの仲間も、すでに大きく数を減らしている。己の身を守れるのも、あと僅かな時間だろう」

 

 淡々とストルンは、健人の質問に答える。

 その声色には、健人に強制しようとする意志は微塵もない。

 淡々と、健人の質問に答えているだけだった。

 健人は改めて、目の前の老いた呪術師と視線を交わす。

 まるで、月光のように静かな、しかし決して揺らぐことのない光が、その老人の目には宿っていた。

 その瞳はどことなく、亡くなった友竜であるヌエヴギルドラールに似ているように見えた。

 そしてその強い瞳が、健人の胸に疼く熱を後押しし、彼に一歩を踏み出させた。

 

「……サエリングズ・ウォッチは、何処ですか?」

 

 サエリングズ・ウォッチの場所を尋ねる健人の言葉に対し、ストルンは小さく肯いた。

 

「この村を出て、西の方に行ったところの崖にある。今では長年の風雪でかなり埋もれてしまっているが、それでも近くに行けば分かるだろう」

 

「サエリングズ・ウォッチには、私が案内するわ! ケントは土地勘がないから、案内するには、スコールの民がついていかないと。父さん、いいわよね」

 

 協力するという健人の言葉に、フリアが嬉しそうな表情を浮かべて立ち上がると、サエリングズ・ウォッチまで案内することを志願してきた。

 健人としても、フリアの案内に否はない。むしろ、彼女の力量を知っているが為に、心強かった。

 

「分かった、彼を頼むぞフリア」

 

 ストルンも了承し、健人はフリアと一緒に行くことが決まった。

 

「もしミラークの言葉を学ぶことができたら、それを風の岩に使うのだ。おそらく、島を覆うミラークの力の一部を打ち消すことができるだろう」

 

「風の岩……レイブン・ロックにあった、あの岩と同じものですか?」

 

「そうだ。この島には太古から、大地の力の集約点となる岩が六つ存在している。風、大地、水、樹、獣、太陽と呼ばれる岩だ。ミラークの力もおそらく、この岩を介してソルスセイム島を覆っている」

 

 健人自身、その言葉には納得できるところがあった。

 レイブン・ロックでの状況を見れば、ミラークはこのソルスセイム島の穴ともいえる岩の周りに己の祠を建てようとしていることは間違いない。

 おそらくは、住民だけでなく、地脈の力を完全にコントロールすることで、己が復活できる環境を整えようとしているのだろう。

 

「分かりました。それから、もし良ければ薬とか必要な準備をさせてもらえませんか? 出来れば材料とかも……」

 

 サエリングズ・ウォッチに行くことを決めた健人だが、場所がミラーク関連の場所なら、彼の信者もいることが想像できる。

 数の多い敵を相手にするなら、こちらも万全の準備が必要だ。

 健人自身、逃げるようにレイブン・ロックから飛び出しただけに、薬などの各種消耗品が足りていないのが現状だった。

 

「私の家に必要なものはある。中にある材料や魂石も、好きに使っていい。フリア、案内しなさい」

 

「ええ。こっちよケント」

 

 自宅に案内するフリアの後ろに続き、健人は己が寝かされていた建物の横にある、小さな小屋に足を踏み入れた。

 ストルンの自宅で必要な設備と素材を借りた健人は、必要となりそうなポーションを次々と作っていく。

 作るポーションは体力、スタミナ、マジ力回復に、耐性上昇の薬という定番のもの。

 その手並みも慣れたもので、瞬く間に種類の違う薬を揃えていく。

 デス・オーバーロードと戦闘やアポクリファで破損したキチンの鎧は、鞣した革を当てがい、縫い合わせて補強する。

 修理というには心もとないが、やらないよりはマシである。

 さらには、渡された魂石も使い、自分の装具に必要と思われる付呪を施す。

 今までは十分な魂力をもつ魂石が手に入らなかったためにできなかった付呪も、ここぞとばかりに使用する。

 ブーツに隠密向上、盾に魔法防御向上、小手に回復上昇、そして、胴の鎧にスタミナ向上を施す。

 残ったのは、ブレイズソードのみ。

 健人はここで、聖堂で手に入れた黒檀の片手剣を取り出した。

 調べて分かったのだが、この剣に付呪されていたのは、体力吸収の魔法効果。

 切り裂いた相手の体力を吸収して剣の持ち主に還元する、健人が知る中では突出した効果を持つ魔法効果を持つ付呪だ。

 健人は一瞬、この武器を分解して術式を取り出そうと思ったが、黒檀の剣は予備の武器としては上等すぎるくらいの代物だ。

 使い慣れない剣だが、武器としての性能が高いのは間違いない。

 刀身もブレイズソードに似た緩やかな曲線を持っている。

 

「少し、試してみるか」

 

 健人は黒檀の片手剣を、ブレイズソードを振る時の要領で振ってみる。

 ブレイズソードと比べるとやや重く、体が少し流されるが、普通の直剣に比べれば振るいやすい。

 近くにあったジャガイモを放り投げ、軽く一閃。斬られたジャガイモが二つに分かれ、綺麗な断面を見せて床に転がる。

 斬った時に感じる加重や感触、そして切れ味も全く問題ないようだ。

 健人は、黒檀の剣をそのまま予備の武器として持って行くことを決めた。

 付呪された体力吸収の魔法効果も、長期戦で効果を発揮してくれるだろう。

 淡い燐光を纏う刀身を鞘に納めて腰の後ろに差すと、健人はスコール村を後にした。

 外は既に闇に包まれており、星々の明かりとオーロラの幻想的な光が、雪に埋もれた森を照らしている。

 

「ありがとう、ケント……」

 

「突然何?」

 

「父さんや私の話を信じてくれて。そして、村人を助けるために協力してくれて。私たちスコールは外界との接触をほとんど断ってきたし、出会った時のことを考えれば、私の言う事を信じてくれるとは思わなかったの……」

 

 人が他者を信じるには、いくつかの条件が存在するが、健人とフリアが出会った状況を思い返せば、彼女の考えは当然だろう。

 まず、健人はスコールでもノルドでもない。また、二人の間にあらかじめ面識も存在しない。この時点で、健人が信じる理由の大半は消える。

 さらに言えば、ミラーク聖堂で出会った時、フリアは操られた仲間を助けようと声をかけている状況だった。

 フリアが明らかに厄介ごとを抱えている人間と分かる状況で、手を差し伸べてくれる人間がどれだけいるだろう。

 さらに極めつけは、出会った直後に、彼女を排除しようとした刺客に命を狙われたという点だ。

 フリアとの距離を取るのに、これ以上の理由はない。

 協力してくれない可能性の方が高かった事はフリア自身理解しているし、逆を言えば、それでも助けを求めるほど切羽詰まっていたともいえる。

 だからこそ、フリアは健人が自分を信じてくれたことが嬉しかった。

 

「……俺も、確かめたいことがあるだけだ。それに、俺自身も、どうしてあの時、君に協力すると決めたのか、よく分かっていないんだ」

 

「それでも、よ」

 

 健人自身も、どうしてミラーク聖堂でフリアと出会った時、彼女に協力すると決めたのか、自分の心が理解しきれていない。

 心折れはしたが、このままではいけないとも思ったのは確かだ。

 だが、最後に彼女の手を取らせたのは“自分の胸の奥で疼く何か”としか健人には言いようがなかった。

 謙遜というにはいささか歪んだ返事を返した健人だが、それでもフリアは、健人に対する感謝を述べるように、隣で満面の笑みを浮かべてくる。

 笑顔を絶やさないフリアの視線に気恥ずかしさを覚えた健人は、彼女の視線から逃れるように、目の前に広がる森の先を見据えた。

 

「案内、よろしく頼む」

 

「ええ、任せて!」

 

 全幅の信頼を向けてくるフリアの声に、久しく感じていなかった心地よさを感じながらも、健人は己の存在を確かめるために、サエリングズ・ウォッチへとむけて歩き始めた。

 

 


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