【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十話 竜の覚醒

 得物を失い、茫然としていた健人は、フリアの悲鳴に我に返り、慌てて彼女の傍に駆け寄った。

 彼女の体に纏わりつく炎に雪をかけて消そうと試みる。

 

「フリア、しっかりしろ!」

 

 幸い、炎はすぐに消えた。鎧を纏っていたおかげで、直接燃える面積が少なかったこと、集まっていた動物達が、結果的に盾の役目を果たした事が幸いした。

 しかし、それでもフリアの怪我は深刻だった。

 特に顔を始めとした露出していた部分の火傷が酷い。

 健人はすぐさま手持ちのポーションをフリアに掛けた上で、自分も回復向上のポーションを嚥下し、回復魔法を唱えてフリアの火傷を癒す。

 ポーションの効能と付呪による能力の底上げによって効果を増した回復魔法が、瞬く間にフリアの火傷を消していく。

 向上した魔力効率のおかげで、普段は数秒で息切れする回復魔法も、彼女の体が癒えるまで使うことができていた。

 しかし、火傷を負った時の痛みのせいか、フリアは気を失っており、意識を取り戻す様子はない。

 

「息は、してくれている。よかった……」

 

 健人がフリアの顔に手を当てると、かすかな息が手に当たった。

 どうやら、意識は無くとも呼吸はしっかりしているらしい。

 健人はとりあえず、フリアが確かに息をしていることを確かめて安堵の吐息を漏らした。

 

“別れは済んだか? 定命の者よ。安心しろ、お前を殺した後に、その女もソブンガルデに送っておいてやる”

 

 健人が振り返ると、口元を愉快そうに歪ませたドラゴンが、悠々と健人たちを見下ろしていた。

 

「なんで、今俺を殺さなかった」

 

 健人がフリアを助けるまで、軽く数十秒から一分近くの時間を要している。

 背中を向けて無防備な健人など、いったい何十回殺せるかわからないほどの大きな隙だ。

 にもかかわらず、このドラゴンは健人を殺そうとしなかった。

 健人の問いかけに、ドラゴンは厭味ったらしい口調で答える。

 

“何、矮小な定命の者が必死に同族を助けようとするのが滑稽でな。少し眺めてみたくなったのだ”

 

 本竜曰く、喜劇を見ている気分だったらしい。

 生態系の頂点であるドラゴンから見れば、健人達の反抗など、子犬が噛みついてきた程度の認識でしかない。

 そして、自分達に逆らった愚かな子犬を叩きのめし、這いつくばる様を、このドラゴンはゆっくり眺めようとしているのだ。

 ドラゴンらしい傲慢さと、嗜虐心にあふれたセリフに、健人の怒りが募る。

 そんな健人の怒りを助長するように、ドラゴンは健人の傍で横たわるフリアを一瞥すると、鼻息を漏らした。

 

“どうせすぐに死ぬのだから、放っておけばいいものを、態々助けようとするとはな。これが喜劇でなくて何だというのだ”

 

「っ! この!」

 

 あまりに傲慢なドラゴンの言葉に、健人の堪忍袋の緒が切れた。

 予備として腰に差していた黒檀の片手剣を引き抜き、踵に力を入れてドラゴンめがけて踏み込んだ。

 全身から怒気をまき散らしながら斬りかかってくる健人を、ドラゴンはただ活きのいい玩具を見るような目で見下ろしている。

 ドラゴンの顔面目掛けて、黒檀の片手剣を振るう。

 しかし、やはり力が足りず、健人の斬撃は強固なドラゴンの鱗を前に弾かれる。

 

「くっ!」

 

 弾かれ悔しそうに顔をゆがめた健人を、フロストドラゴンの牙が襲う。

 咄嗟に噛みつきを交わした健人の傍でドラゴンの口蓋が閉じられ、ガチン!と音が鳴る。

 躱す刹那、健人の目に愉悦に歪んだドラゴンの目が映った。

 

「くっ! あああああ!」

 

 負けてたまるか。こんな命を命と思わないやつに、負けてたまるか!

 ドラゴンと一対一という絶望的な状況に折れそうになる心を必死に叱咤しながら、健人は懸命に剣を振るうが、やはりドラゴンの鱗を突破する事が出来ないでいた。

 

(この戦い方じゃダメだ。デルフィンさんの剣は対人用の剣。ドラゴン用じゃない。そもそも俺の力じゃドラゴンの鱗は突破できない)

 

 健人がデルフィンから学んだブレイズ流の刀術は、対人戦を主眼に置いている。

 これは、ドラゴンボーンをドラゴン以外の脅威から守るために作られている事もあるが、何より、訓練の相手が人間であるデルフィンのみだった事に起因している。

 しかし、健人はそれでも、ドラゴンに対応できないとは思わなかった。

 剣術とは元を辿れば、いかに自分に対する危険を減らし、いかに効率よく相手を切り殺すかを追求した術理であり、道具である。

 そして道具であるなら、応用が利かないはずがない。

 そもそも、無いならば新しい術理を作り出すか、既存の術理を組み合わせるかして対応すればいい。

 実際、デルフィンは己の剣術の術理を組み合わせてサーロクニルの翼を奪っているし、健人も形だけは真似できた。

 ならば出来ないはずはない。

 ドラゴンの猛攻を何とか躱しながら、健人は隙を窺う。

 そして、その機会は訪れた。

 自由に動くドラゴンの右前足の薙ぎ払いに合わせて、一気に懐に滑り込む。

 懐に飛び込んできた健人めがけて、今度は器用に首を曲げて噛みつこうとしてくる。

 迫りくるドラゴンの牙を前に、健人は踏み込んだ左足に力を入れ、体幹を捻って即座に反対方向に身体を滑らせる。

 相手の右の死角から、左の死角へ。ドラゴンから見れば、瞬間的に左右に視界を振られた形だ。

 ドラゴンの首が体スレスレを舐めていく様を横目で確かめながら、健人は黒檀の片手剣をくるりと回して逆手に構えると、ドラゴンの左目に向かって突きを放った。

 狙いは、鱗に覆われていない、露出した柔らかい眼球。

 健人の突きは正確にドラゴンの瞳めがけて疾走し……。

 

「なっ!?」

 

 健人の姿を確かめもしないまま、器用に首を持ち上げたドラゴンに避けられた。

 

“バカめ、目を狙うなど、考え付かないわけがなかろう。狙いが正直すぎるわ!”

 

 健人の突きを避けたドラゴンが、再び健人に牙を剥く。

 渾身の突きを躱された健人は咄嗟に体を捻り、左手の盾を突き出すが、ドラゴンは盾ごと健人の左腕を噛み潰した。

 

「が、ああああああ!」

 

 グシャリと肉がつぶれる音と共に、耐えきれないほどの激痛が健人を襲う。

 健人の左腕を咥えたドラゴンは、そのまま健人の体を振り回すと勢いをつけて、彼の体を宙に放り投げた。

 

「がっ!」

 

 雪の積もった地面に叩きつけられ、呻き声をあげる。

 ドラゴンに噛みつかれた健人の左腕はグシャグシャだった。

 肉は鋭い牙で引き裂かれ、折れた骨が露出している。

 外見的な傷の深さに比べて、痛みはあまりない。

 単純にあまりに深い傷の為に、脳内麻薬が出て痛みを感じづらくなっているだけだっだ。

 心臓の拍動にわせてゴプ、ゴプと溢れ出る血が、傷の深刻さを物語っている。

 健人は唇を噛みしめながら、震える左手で折れた骨を戻し、なけなしのマジ力をひねり出して回復魔法をかける。

 折れていた骨が繋がり、傷が塞がる。

 だが、そこまでが限界だった。

 魔法効率が多少改善したとしても、この激戦での魔法の連続使用によって、健人のマジ力は完全に枯渇した。

 戦いによる疲労と出血によって増していた倦怠感が、マジ力の枯渇によって、一気に消耗しきった健人の体にのしかかる。

 何とか回復の為のポーションを取り出そうとするが、ポーチに伸ばした手はむなしく空を切り、パサリと雪の上に落ちた。

 健人の身体にはもはや、ポーションを飲む活力すら残されていなかった。

 

“終わりだ、定命の者。他者に縋らなければ戦えないとは、やはり定命の者たちは弱いな”

 

 健人の限界を悟ったフロストドラゴンが、悠々と近づいてくる。

 その声色にはもはや健人を警戒する色は全くない。

 既に限界を迎えた彼に、注意を払う必要などないのだ。

 

“それでも、我の退屈と鬱憤を少しは癒すことはできた。よくやった……と言いたいが、貴様程度に我が翼を傷つけられたことは我慢ならん。襤褸切れのように食いちぎって殺してやる”

 

 愉悦と憤りに染まった瞳で、ドラゴンは己の口蓋を開いた。

 名剣を思わせる牙の剣山が、ぼやける健人の視界いっぱいに広がる。

 このまま、このドラゴンに噛み砕かれて、肉塊に変わる。

 また何も出来ず、無力でちっぽけで、何も守れないままここで死ぬ。

 そんな未来を確信しながら、健人は結局何も出来ない己の無力さに唇を噛みしめる。

 破れた唇から流れた鉄錆の味が舌の上に広がり、彼の瞳から一筋の涙が零れた。

 

(力が、欲しい……!)

 

 無力な自分を変える力が。もう一度立ち上がる力が欲しい!

 一度折れたからこそ、力への渇望は以前よりもより大きく燃え上がる。

 そんな健人の叫びに呼応するように、心の臓がドクン! と一際大きく拍動した。

 その瞬間、死を前にしたちっぽけな小人の心の叫びは、彼の奥で胎動していた熱を覆う最後の殻をぶち破った。

 

“ム…………”

 

 声が聞こえる。

 胸の奥、拍動する熱のさらに奥深くから、“力の言葉”が聞こえてくる。

 それは、健人の無力感が引き出した言葉。

 彼は胸の奥から響いてきた言葉を、無力感で“震える心”で受け止める。

 言葉を受け止めた健人の心はその震えを増し、“言葉”から更なる熱を呼び込みながら、その言葉の真の“意味”を彼の内側に響かせる。

 

「ム……」

 

 健人の唇が、聞こえてくる言葉を紡ごうと動く。

 それは、限界まで震えている心を解き放つ最後の行程。

 己の心を世界に示し、具現するために壊さなければならない最後の堰だ。

 健人は口の中に溜まった血を吐き出し、痺れる喉に鞭を打ちながら身を起こし、その声を響かせんと天を仰ぐ。

 

「っ、ムゥル(力を)!」

 

 その言葉を叫んだ瞬間、健人の全身を覆う倦怠感が斬り裂かれ、一気に晴れた。

 胸の奥で留まっていた熱を堰き止めていた最後の枷が外れ、爆発的な熱が全身を瞬く間に廻り、無尽蔵とも思える活力が湧きだす。

 続いて、濁流の様な光が全身から溢れ出し、健人の全身を包み込むと、やがて光は両腕に収束し、虹色に輝く光の小手を形成した。

 彼が叫んだ言葉は“ムゥル”。

"ドラゴンアスペクト"

 内在する力、内なる力を表すスゥーム。ミラークが見せたシャウトを構成する言葉の一つ。

 もう一度無力な自分を変えたいと、魂を震わせた健人が引き出した、力の言葉だ。

 

“な、なんだと!”

 

 突然発現したスゥームに、ドラゴンが当惑の声を洩らす。

 健人は全身を巡る活力に任せて跳ね跳ぶと、思わず後ずさったドラゴンの顎めがけて、その拳を叩きこんだ。

 

「ああああああ!」

 

“ゴアアア!!”

 

 ズドン! と、まるでトラックが衝突したような激突音とともに、ドラゴンの首が跳ね上がる。

 衝撃でドラゴンの堅牢な鱗が砕けて宙を舞い、名剣を思わせる牙が何本かへし折れて雪に落ちる。

 

“こ、この!”

 

 あまりの衝撃で一瞬意識を失いかけたドラゴン。直ぐに首を振って意識を取り戻そうとするが、健人がその隙を見逃すはずもなく、すかさずその側頭部を蹴り抜いた。

 

“ごっ!?”

 

 再び強烈な激突音が響き、横に蹴り飛ばされたドラゴンの頭が雪の地面に擦れて大きな溝をつくる。

 縦に横にと頭を振られたフロストドラゴンは、フラフラと足元もおぼつかない様子だった。

 完全に効いている。

 ドラゴンが意識を立て直す前に、健人は再びドラゴンの懐に踏み込むと、その鱗に挟まっていたブレイズソードの刀身を左手で引っ掴み、そのまま一気に押し切った。

 先ほどまで岩を思わせる硬さを誇っていたドラゴンの鱗が、まるで熱したバターのように容易く切り裂かれる。

 さらに健人は、続けざまに右手の黒檀の片手剣を今しがた開いた傷跡めがけて振り抜いた。

 刻まれた傷が一気に広がり、肉が裂け、噴水のように血が噴き出す。

 

“ゴガアアアアアア!”

 

 深く肉を切り裂かれたドラゴンは激痛に耐えかねたように、悲鳴を上げ、その巨体を仰け反らせる。

 さらに健人は、折れたブレイズソードを短刀のように構えると、仰け反ったドラゴンの胴体めがけて連撃を打ち込んだ。

 左の折れたブレイズソードが鱗を紙のように斬り飛ばし、右の黒檀の剣が肉ごと肋骨を切り裂く。

 右の剣と左の剣が一つの生物のように連なりながら、ドラゴンの巨体を削り取る。

 その速度は、ミラーク聖堂で相対したデス・オーバーロードが、“激しき力”を使って繰り出してきた双撃に匹敵していた。

 瞬く間に鮮血が舞い、まるで濃霧のような血雨を生み出す。

 健人は双剣術を扱ったことはないが、敵からその怒涛の連撃に苦しめられたことは何度もあった。

 モヴァルス、デス・オーバーロード。

 その難敵達の剣の軌跡は、健人の脳裏と体にはっきりと刻み込まれている。

 そしてデルフィンが健人に施した訓練は、反射的に、思い通りに体を動かせるようになる訓練。

 デルフィンの特訓や強敵たちとの戦闘で身に着けた反射レベルの戦闘行動と技術が、激増した身体能力と合わさり、嵐のような怒涛の連撃を可能にしていた。

 

”がぁ、っ! ウルド!“

 

 あまりにも強烈な連撃を前に、ドラゴンは“旋風の疾走”を一節だけ唱え、高速で健人から距離を取った。

 ぶつける対象を失った剣が空を切り、慣性で健人の体が揺れる。

 

“ハア、ハア……。なんだ、何なのだ、一体!”

 

 距離を取ったドラゴンは己の胸と左翼に走る痛みも忘れ、突然激変した目の前の人間に目を奪われていた。

 幽鬼のように身体をふらつかせながらも、ドラゴンから見ても信じられないほどの威圧感を醸し出している定命の者。

 体力吸収の付呪が込められた剣の剣身に付着したドラゴンの血が、湯気のように立ち昇り、健人の体から洩れる虹色の燐光と混ざりながら、彼の体へと消えていく。

 血の気を失いかけていた健人の体に、瞬く間に生気が戻り始める。

 光を取り戻した健人の瞳が、委縮するドラゴンの姿を映している。

 

“あの光は、ドラゴンソウルそのもの……まさかお前は、ドヴァーキンなのか!?”

 

 衝撃で揺れるドラゴンの瞳が、先程までは唯の獲物だった健人を捉える。

 光輝く小手。それ紛れもなく、ドラゴンソウルと同じ輝き。

 剥き出しの竜の魂が放つ光そのものだ。

 だが、時を司る竜神の子には、その竜魂の光に紛れて見える、異質な“魂”が垣間見えていた。

 まるで理解できない、深淵を思わせる異質な存在。

 目の前の人間がドラゴンボーンであることは理解した。

 しかし、その燐光に紛れる理解できない異質な存在が、彼に今までにないほどの恐怖感を覚えさせている。

 

“いや、違う。お前は、お前は……一体なんだ!?”

 

 健人の視線が、殺気を伴ってドラゴンに向けられる。

 理解できない異質な存在から向けられた敵意が、このフロストドラゴンの焦燥感をこれ以上ないほど煽る。

 

“ヨル、トゥ……”

 

 命の危険を感じたドラゴンが、今度こそ健人を排除しようと、全力のファイアブレスを唱え始める。

 向けられる害意を前にして、健人の脳裏にドラゴンアスペクトとは違う声が響く。

 その声に導かれるまま、健人はドラゴンが炎の吐息を放つ前に、己の内から引き出した“声”を叫んでいた

 

「ウルド!」

 

“旋風の疾走”

 瞬間、健人の体が風のように疾走した。

 ドラゴンがファイアブレスを吐き出すよりも早く、健人が距離を詰める。

 先ほどドラゴンが自身で体現したような、瞬発力重視の単音節による踏み込み。

 目覚めたばかりの健人のドラゴンソウルは、ドラゴンアスペクトによって、かつて聞いたことのあるシャウトの意味を己に埋め込まれた"血"から即座に引き出し、使えるほどにまで隆起していた。

 ドラゴンの瞳が、再び驚愕と共に見開かれる。

 そして、煌めく剣閃が走った。

 

“なっ!? があああ!”

 

 健人の剣戟が、ドラゴンの右翼を付け根から両断した。

 関節に滑り込むように正確に放たれた斬撃は堅牢な鱗を易々と切り裂き、柔軟な筋肉を関節の軟骨もろとも断ちきっていた。

 ドラゴンの右肩の傷口から、膨大な量の血が溢れだす。

 溢れだした血を黒檀の片手剣に啜らせながら、健人は左のブレイズソードの切っ先を返した。

 さらなる一撃を加えるつもりなのだ。

 

“ぐうう……があああああああああ!”

 

 だが、健人が剣を切り返すよりも先に、ドラゴンがその巨体で健人を押しつぶしにかかった。

 片翼を切り飛ばされながらも、戦意を失わないのは、さすが悠久の時の中で闘争に明け暮れているドラゴンと言える。

 しかし、健人もまた覚醒した竜の血脈である。

 即座に重傷を負ったドラゴンの捨て身とも思える行動に柔軟に対応していた。

 体を横に滑らせてドラゴンの側面に逃れながら、右の黒檀の片手剣を一閃。

 硬質な鱗ごとドラゴンの右目を斬り裂いてその光を奪いながら、素早く左の折れたブレイズソードを逆手に持ち替え、すり抜けざまに空いた眼孔に叩き込む。

 突き込まれた刀身が眼球だけでなく、ドラゴンの視神経を完全に破壊する。

 しかし、右目を奪われながらもドラゴンは止まらない。

 勝つために、自分が殺されるより早く、相手の命を奪う。

 単純明快な真理を実行すべく、極限の闘争の中で最適な行動を取っていた。

 しなやかな尾を振り、その反動で素早く体を向き直して、その顎に健人を捉える。

 

「っ……!」

 

 頭から飲み込むように覆いかぶさってくるドラゴンの牙が、健人の視界一杯に広がっていた。

 

“死ねぇえええ、ジョールゥ!”

 

 ズドン! と体当たりの要領で健人に食らいついたフロストドラゴンが、その咢を閉じる。

 無数の剣山を思わせる牙に、健人の体は今度こそズタズタになる……そのはずだった。

 

“なっ……”

 

 閉じられるはずのドラゴンの顎は、中途半端な状態で止められていた。

 否、ミシミシと骨が軋むような音を立てながらも、少しずつ少しずつその顎が開かれていく。

 

「ぐ、ぎぎぎぎ……」

 

 閉じられるはずのドラゴンの顎を、健人は上顎を両手で、下あごには左足を差し込んで押し止めている。

 ドラゴンアスペクトによって激増した身体能力は、ドラゴンの突進を受け止め、その咬筋力を上回るまでに強化されていた。

 押し止められたドラゴンの力が、刹那の驚愕で緩んだ瞬間に、健人は手に携えていた黒檀の片手剣を薙ぎ、ドラゴンの口輪筋と咬筋を舌もろとも斬り飛ばした。

 口を閉じる筋肉が斬られたことで、ドラゴンの力がさらに緩む。

 健人は素早く、ドラゴンの上顎の裏めがけて黒檀の片手剣を突き刺し、トドメとばかりにその剣柄を右膝で蹴りあげた。

 

“ごっ……!”

 

 上顎の裏から突き立てられた剣は一瞬でドラゴンの骨を貫き、脳に到達。

 貫いた刃と衝撃がやわらかい脳髄を滅茶苦茶に破壊し、その機能を完全に停止させた。

 頭脳を壊され、力を失ったドラゴンの体が健人の体の上に崩れ落ちる。健人はドラゴンの体に圧し掛かられる形で、地面に倒れる。

 続けて、ドラゴンの体が燃え上がり、光の濁流となって健人の体に流れ込む。

 

「グッ、が……」

 

 ドラゴンの魂が健人の体に流れ込んでいくにしたがって、健人の脳裏に無数の言葉の羅列が浮かび上がる。

 そして、自分の胸の奥に、自分ではない別の何か、このドラゴンの魂が紛れ込んでくる感覚に、健人は思わず呻き声を上げた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 光の奔流が収まると同時に、健人の腕を纏っていた光鱗が、霞のように霧散した。ドラゴンアスペクトの効果が切れたのだ。

 健人の全身に、再び強烈な脱力感が戻ってくる。

 骨だけになったドラゴンの死体から何とか出ようとするが、激戦とドラゴンアスペクトの反動によって疲弊した健人の体はピクリとも動かなかった。

 全身が鉛になったような疲労感の中で、意識を失いそうになる健人だが、その時、広場の片隅で蹲っていたフリアが目を覚ました。

 

「う、ケント?」

 

「フリ、ア、大丈夫……か?」

 

 気が付いたものの、意識は未だに朦朧としているのか、フリアは手を額に当てて俯いている。

 健人は何とか声で無事を伝えようとするが、口から出た声は笹の音のように擦れていた。

 

「え、ええ。ごめんなさい、意識を失っていたわ。ドラゴンは……」

 

 首を振って意識を持ち直したフリアの眼が、骨だけとなったドラゴンの遺骸を捕えた。

 彼女の瞳が、驚愕で見開かれる。

 

「すごい、まさか、本当に倒せるなんて……やっぱり、あなたは、ドラゴンボーンなのね」

 

「ああ、そうみたいだ……ところで、これ、除けてくれないか?」

 

「え、ええ……ちょっと待って」

 

 ドラゴンの死体の下敷きになっている健人を助けようと、フリアはドラゴンの頭蓋骨の下に手を入れて持ち上げ、体重をかけて頭蓋骨を健人の上からズラして除ける。

 

「ありがとう……うっ」

 

 圧し掛かっていた障害物がなくなったことで、健人は立ち上がろうとするが、やはり戦闘における疲労は深刻だった。

ドラゴンアスペクトの反動もまた、健人の体に深い疲労の爪痕を残している。

 極限の疲労状態で無理に立ち上がろうとした結果、健人の体はふらついて、再び地面に倒れこみそうになる。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 倒れそうになった健人の体を、フリアが慌てて支える。

 

「ごめん、体に力が入らない……」

 

「いいわ。しばらくこうしていましょう。健人の体はまだ動けないみたいだし」

 

「いや、この遺跡にあるっていう、ミラークの痕跡を探そう。おそらく、近くにあると思う」

 

 確信を含ませた健人の言葉に、フリアが驚きの表情を浮かべる。

 

「わかるの?」

 

「ああ、このドラゴンの魂を取り込んだためなのか、ドラゴンボーンだって自覚したからなのかはわからないけど、声が聞こえるんだ」

 

 あのフロストドラゴンを屠して魂を吸収した時から、健人の耳にはこの遺跡に響きわたる声が聞こえてきていた。

 声の内容はまだはっきりとは聞き取れないが、そう遠くない距離に声の発生源があるように思えた。

 

「声?」

 

「ああ……」

 

 そう言って、健人はサエリングズ・ウォッチの最上部。健人とフリアが最初に奇襲を仕掛けた祭壇を指さした。

 フリアは肩を組んで健人の体を支えながら、示された場所に健人を連れてくる。

 奇襲を仕掛けた時には気にする余裕はなかったが、この祭壇にもまた、ドラゴンの文字が刻まれた壁が存在していた。

 健人の眼には、その壁に刻まれた文字の一つが、脈動するような光を放ちながら、風を生み出しているように見えた。

 同時に、健人の脳裏に響いていた声が、その意味と共にはっきりと刻まれていく。

 

「ゴル……」

 

「それが、ミラークの力?」

 

「ああ、意味は“大地”。相手の意思を挫き、従わせる服従のシャウトだ」

 

「……使えるの」

 

「ああ、使い方も分かる。やっぱり、ドラゴンボーンなんだな、俺は……」

 

 改めて自分の正体を知り、健人は何とも言えない様子で天を仰いだ。

 自身がドラゴンボーンであったことへの歓喜はない。

 胸に去来するのは、この力があの時、あの洞窟の中であったら、自分はヌエヴギルドラールを殺そうとするリータを止められたのではないかという思い。

 はっきり言って意味のない想像だ。

 既に健人の友だったドラゴンは、彼の家族の手で殺されてしまっている。

 健人自身、この想像が自分の胸に巣食う後悔と無力感からきていることも理解している。

 

(だけど、今は……)

 

 僅かに残る後悔と無力感、そして、一つの命を奪ったという苦々しい感情を飲み込みながらも、健人はこれからやるべきことを見据える。

 

「フリア、風の岩に行こう。ストルンさんの言う通りなら、この声で村人を解放できるはずだ」

 

 ストルンは、この声の力をソルスセイム島の力の集約点である岩に使えと言った。

 ミラークの力の一端を手に入れた今、次は“風の岩”に向かわなければならない。

 

「分かったわ。でもケント、その前に少し休みましょう」

 

「だが……」

 

「村人の事を心配してくれるのはありがたいわ。でも、ダメ。今のケントの体には休息が必要よ。何か暖かいものを作るから、少し待っていて」

 

 先を急く健人を諌めたフリアは、健人の体をドラゴン語の壁にもたれさせると、傍で火を焚き始めた。

 鉄のコップを火にかけ、雪を杯に入れて溶かすと、懐から取り出した葉を入れて煮立たせる。

 数分の間煮立たせた杯を火から外すと、煮立たせていた葉を取り出して健人に杯を差し出す。

 

「これは……」

 

「杉の葉で煮出したお茶よ。栄養は取れないけど、体は温まるわ」

 

 杯を受け取った両手から、器の熱がじんわりと伝わってくる。

 そっと杯に口をつけて中身をすすると、豊潤な香りと共に、暖かい液体がするりと臓腑に落ちた。

 味も香りもまさしくお茶そのもので、じんわりと染み渡る熱と香りが、健人の体に蓄積した疲労を優しく溶かしてくれる。

 

「フリア……」

 

「何?」

 

「ありがとう……」

 

 健人は満願の笑みを浮かべながら、フリアに礼を言う。

 

「いいのよ。怖い思いさせられたけど、助けられているわ」

 

 肩を竦めながらも、健人の笑みに釣られるように、フリアもまた笑顔を浮かべた。

 

「でも、二度とこんな無茶な作戦はダメよ。もしやったら、ロープ無しで崖から突き落とすから」

 

「……善処するよ」

 

 断崖絶壁からのノーロープバンジーなんて、健人としても絶対にゴメンである。

 あれは必要だったから実行したのであって、出来る限りの安全策も考慮したのだと、彼は内心で言い訳していた。

 しかし、笑顔の裏にこれ以上ないほど凄みを漂わせるフリアに、健人はもう一度同じ作戦をしたら、間違いなく言葉通りに突き落とされる未来を思い浮かべてもいた。

 有無を言わせぬフリアの笑顔に、健人は満願の笑みを恐怖で引きつらせながら、残りのお茶をすする。

 まだ先は長く、道は険しいだろう。

 だが今は、この柔らかく暖かいお茶を、健人はゆっくりと味わいたかった。

 

 

 

 

 




必殺のフィニッシュムーブ返し。何度エンシェントドラゴンや伝説のドラゴンにあのパックンチョされる攻撃を食らったことか……。
そして健人、ドラゴンボーンとして覚醒しました。
彼が最初に身に付けたシャウトは、ドラゴンアスペクト。
スカイリムの中でも人気のシャウトで、DLCと絡ませるならこれしかないだろうと思っていました。

ストックがこの時点で尽きました。
同時に、この章も二分割が必要なのではと思う今日この頃……。


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