【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第四話 漆黒の死

 炎に包まれたヘルゲンの街を、リータは一心不乱に駆ける。

 幸い、自宅の宿屋に炎はまだ回っていなかったが、既に火の手は宿屋の周りを包みつつある。

 宿の前に辿り着いたリータは叩きつけるように扉を開け、両親を呼んだ。

 

「お父さん、お母さん!」

 

「リータか、なんだこれは!?」

 

 アストンとエーミナもこの騒ぎには気が付いていたのか、驚きと恐怖を隠し切れない表情を浮かべていた。

 

「ドラゴンが、ドラゴンが襲ってきたの!」

 

「ドラゴンって……きゃあ!」

 

「うわああ!」

 

 突然、宿屋に衝撃が走った。次の瞬間、閃光と轟音、そしてガラガラと何かが崩れる音が宿屋の中に響き渡る。

 とっさにリータは頭を抱えるように身を屈める。

 宿屋を揺らした振動は数秒で収まり、リータは恐る恐る顔を上げる。そして、愕然とした。

 

「え……?」

 

 リータの目の前に飛び込んできたのは、食堂の中が真っ赤な炎に包まれている光景だった。

 天井には大穴が空き、崩れた屋根の残骸が炎とともに目の前に散らばっている。

 だが、何よりも彼女の眼を奪ったのは、天井の残骸と一緒に見える肌色の手。

 見慣れたしなやかな細い手が、崩れた屋根の中から覗いている。

 

「おかあ、さん?」

 

 リータが思わず一歩足を進めると、ピチャリと粘着質な音が耳に聞こえた。

 視線を下ろすと、崩れた残骸の下から、真紅の液体がジワリと滲んできている。

 

「リータ、こっちへ来るんだ!」

 

 目の前の事態に茫然自失となっていたリータの手を引き、アストンは宿屋の外に駆け出す。

 立ち込める煙をかき分けながら二人が玄関から外に出ると、リータの後を追ってきたドルマと健人が駆け寄ってきていた。

 アストンの姿を見て、ドルマが声をかける。

 

「アストンさん、大丈夫ですか!?」

 

「私は大丈夫だ。リータは……」

 

 ドルマの呼びかけに答えるアストンの傍らで、リータは崩れた宿を芯が抜けたような表情を浮かべながら見つめている。

 

「おかあ、さん」

 

「あ、あの、エーミナさんは……」

 

「…………」

 

 確かめるように訪ねてくる健人の質問に、アストンは黙って首を振った。

 エーミナの死を突き付けられ、言葉を失う健人とドルマ。

 崩れた茅葺き屋根に燃え移った炎は瞬く間に宿屋全体を包み込み、事切れたエーミナの亡骸ごと灰へと変えていく。

 

「とにかく、ここから逃げよう」

 

「わ、分かりました!」

 

「リータ、しっかりしなさい!」

 

 呆然とするリータ達を叱咤しながら、アストンは一刻も早くこの場から離れようとする。

 空から降り注ぐ隕石は未だに止む気配がない。

一刻も早くこの場から逃れなければ。生存本能がこの場からの退避を急かす。

 未だに心ここに有らずのリータの手を引きながら、アストンたちはこの場から駆け出した。

 しかし、そんな彼らの前に、絶望が舞い降りる。

 

「うわ!」

 

「あ、ああ……」

 

 地面を揺らしながら、健人たちの前に着地した漆黒のドラゴン。

 深紅の瞳がまるで虫けらを見るような色で、健人たちを睥睨している。

 漆黒の竜が、その口蓋を開いた。

 

「リータ!」

 

 反射的に動いたアストンが、リータ達を突き飛ばす。

 次の瞬間、竜の口から獄炎が放たれた。

 

「ぐ、あああああああ!」

 

 灼熱の吐息が瞬く間にアストンを包み込む。

 アストンの絶叫が響いた。

 獄炎は彼の髪の毛を一瞬で焼き払い、地面に敷かれた石畳を融解させ、白い肌を真っ黒に焦がす。

 灼熱はアストンの喉を焼き、彼の命を一瞬で焼き尽くしていく。

 

「リータ、にげ、なさい……」

 

 熱で潰された喉に生命力のすべてを注ぎ、アストンは最後の言葉を残すと、炎で真っ赤に赤化した地面に崩れ落ちた。

 

「いや、いああああああ! お父さん!」

 

「リータ、だめだ!」

 

「近づくな! もう間に合わない!」

 

 目の前で焼き殺された父親の姿にリータが絶叫をあげ、駆け寄ろうとするが、健人とドルマが彼女を押しとめる。

 リータの目の前で炭化したアストンの体は、ブレスの残り火に包まれながら、灰へと化していく。

 呆然としているリータの前で、漆黒のドラゴンが再び咢を開いた。生き残った健斗達を再び焼き払おうとしているのだ。

 健人とドルマの体が、極度の緊張と恐怖で固まる。

 だがドラゴンが放つ前に、数十もの矢が漆黒の体めがけて飛翔してきた。

 矢群は堅固な鱗によって弾かれるが、ドラゴンはブレスを中断し、目障りな闖入者を睨み付けた。

 健人達が矢群の放たれた方向に目を向けると、二十人近い帝国兵の弓矢隊が、矢を構えていた。

 弓矢隊が、再び矢を放つ。

 放たれた矢はやはりドラゴンの鱗を貫くことはできなかったが、ドラゴンの意識は完全に帝国兵の方へと移っていた。

 ドラゴンは目障りな弓兵隊をブレスで一掃しようと口を開くが、さらに三十人にも及ぶ帝国兵が、剣と盾を構えて、側面から挟み込むように漆黒のドラゴンめがけて吶喊してきた。

 三十人の帝国兵が、ドラゴンを倒そうと群がっていく。

 その光景を呆然と見ていた健人達に、駆け寄る帝国兵がいた。先ほどまで砦の広間にいたハドバルだ。

 

「三人とも無事か!」

 

「ハドバルさん!」

 

「ドラゴンは俺の隊が引き付ける。今のうちに逃げろ!」

 

 どうやらハドバルは、自分達を囮にして、ヘルゲンの市民たちが逃げる時間を稼ぐつもりのようだった。

 

「っ! ハドバルさん、竜が……!」

 

 ドラゴンが軽く羽根をはためかせる。それだけで突風が吹き荒れ、群がっていた三十人の帝国兵は、まるで木の葉のように弾き飛ばされた。

 さらに灼熱のブレスが弓兵隊に放たれ、瞬く間にその命を刈り尽す。

 反逆軍の首魁を捕らえた精鋭中の精鋭が、まるで相手にならない。

 文字通り次元の違う存在を前に。ハドバルは唇を噛みしめた。

 

“メイ……。フェン、カイン、アハス、ジョール? クリー、ドゥ、ジー!”

(愚かな、人間が我と戦う気か? 殺し、魂を食らってやる!)

 

 健人達を食らおうと、ドラゴンが口蓋を開く。

 助けに入ったハドバルが悔しさを滲ませながら呻いた。

 

「クッ……。時間稼ぎすらできないのか……」

 

 帝国兵として臣民を守ることを責務とし、粉骨砕身してきた彼にとって、守るべき民の盾にすらなれない今の状況を前にして、忸怩たる想いを漏らしている。

 健人達に至っては、もはや声を出すことすらできない。

 このまま漆黒の竜に、なすすべなく殺される。

 どうしようもない絶望を前にして、この場にいる全員が硬直してしまっていた。

 

「はあああ!」

 

 その時、裂帛の気合いと共に、瓦礫を飛び越えて一人の男がドラゴンに切りかかった。

 男が振り下ろした鋼鉄の剣はドラゴンの強靭な鱗を前に容易く弾かれる。

 

「さすがは伝説の獣。まるで城壁を殴っているみたいだ」

 

 健人達とドラゴンとの間に割り込んだその男は、己の攻撃が全く通用しなかった様子を見ても、意思を折られる様子は全くなく、ドラゴンをまっすぐ見据えたまま、鋼鉄の剣を構え直した。

 

「レイロフ! どういうつもりだ!」

 

 ハドバルが言葉を荒げ、割り込んできた男の名を叫ぶ。

 レイロフは口元に不敵な笑みを浮かべたまま、視線だけを袂を分かった幼馴染に向ける。

 

「ふん。ドラゴンとの戦いなど、これ以上ない誉れだろうが。ソブンガルデにおいても、数少ない栄誉になる」

 

 自らの死すら、栄誉だと言い放つその姿に、健人は息を飲む。

 目の前のドラゴンの力は、人知を超えている。

 空から隕石を降らせて僅か数分でヘルゲンの街を焼き尽くし、精兵達の反撃をまるで意に介さず、敵対した者も巻き込まれた者も関係なく灰燼にする力を誇っている。

 正しく天災と呼ぶに相応しい存在だ。

 そんな存在と戦うなど、正気の沙汰ではない。だがレイロフは、僅かな逡巡も見せずに、目の前の脅威と戦うと宣言した。

 

「じゃあな、ハドバル。せいぜい、みっともなく生き延びろよ」

 

 隙なく構えていたレイロフが、穏やかな視線をハドバルたちに向ける。

 その口元は何故か、満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「……行くぞ」

 

 ハドバルが健人たちを促し、彼らは踵を返して走り始める。

 目指すは石造りの砦。

 相当頑丈に作られているのか、隕石の直撃を受けてもまだ幾分か原形を保っている。

 あの中に逃げ込めば、ドラゴンの目からも隠れられる。少なくとも、時間を稼げるだろう。

 健人が走りながら振り向くと、剣を大上段に構えたレイロフが竜にめがけて吶喊していった。

 

「スカイリムのために!」

 

 直後、ドラゴンの周辺が炎に包まれる。

 皮膚を焦がすような熱を背中に感じながら、健人たちは必死に足を動かした。

 

「馬鹿野郎が……」

 

 ハドバルがかすれるような声を漏らす。

 健人には彼の胸中を完全に理解することはできないが、それでも二人の間に言葉では表現できない強いつながりがあることは理解できた。

 健人は今一度振り返り、しんがりを受け持ったレイロフの姿を確かめようとする。

 だが彼の姿はすでに炎に包まれ、確かめることはできなかった。

 現代日本人からすれば、ただの自殺行為にしか見えないその行動。しかし、たとえ敵わずとも、自らの意思を貫き続けるその姿は、妙に健人の目に焼き付いていた。

 

 

 




というわけで、正史からの大きな変更点その2。レイロフさん死亡です。


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