【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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悩みましたが、話数が十分になりましたので、今回で一応、第4章を締めようと思います。



第4章最終話 岩の開放を目指して

 オブリビオン、アポクリファの中に存在する、黒の書“白日夢”の領域。

 この領域の中央に聳え立つ尖塔の頂上で、ミラークは仮面で隠した顔を、驚きの表情に変えていた。

 タムリエルに復活するために、ソルスセイムに満たした服従のシャウト。その一部が、打ち消されたのを感じ取っていたのだ。

 

「我が力が、打ち消された?」

 

 数千年に渡り、力を蓄えてきたミラークのシャウトは、ソルスセイムを覆いつくすほど強力なものだ。

 たとえ一部であっても、それがかき消されたことは、彼を驚嘆に打ち震えさせるのに十分なものだった。

 

「まさか、ドラゴンボーン? あの赤子に我が力が打ち消せるとは思えぬが……だがこうして、ソルスセイムに広げた我が力は確かに減じている」

 

 ミラークの脳裏に浮かぶのは、先日、この領域に迷い込んできた奇妙なドラゴンボーン。

 確かに、アカトシュの祝福を受けた人間だったが、あまりにも未熟で、ミラークの力を打ち消すことなど到底できない弱者であった。

 しかし、今ソルスセイムにおいて、ミラークのシャウトを消せるような存在は彼だけだ。

 予想外の邪魔が入ったことに、ミラークは仮面の下で奥歯を噛みしめ、憤怒の表情を浮かべる。

 

「ハルメアス・モラが気付くのも時間の問題だ。その前に計画を完遂せねば……いや、もう感付いている可能性もあるな」

 

 健人がアポクリファに迷い込んだ時、ミラークは配下であるシーカーに、侵入者であったドラゴンボーンを排除するように命じたが、その死は確認できていない。

 排除を命じたシーカーの話では、トドメを刺す直前に、霞のように掻き消えたとのことだった。

 普通ならあり得ない。

 オブリビオンだろうがタムリエルだろうが、死は死だ。

 命を失ったその場所に躯を晒すことは変わらない。

 考えられるのは、第三者の介入。そして、このアポクリファでそんなことが出来るのは本当に極一部の存在だけだ。

 このアポクリファの領域の主にして神の存在が、ミラークの脳裏によぎる。

 己を騙し、この世界に囚えた邪神に、ミラークは額の皺をさらに深くした。

 ハルメアス・モラは知識欲に取りつかれたデイドラだ。

 未知に飢えている邪神であるが故に、どんな事態になろうと直接的な介入は控え、しばらくは静観する傾向がある。

 だが、時が来れば迷わず手を出してくると、ミラークは踏んでいる。

 

「クロサルハー! クリィ、セィグ、ブルニク、ジョール!(我が道を遮る邪魔者を見つけ出して殺せ!)」

 

 時間がない。

 ミラークは、アポクリファからソルスセイムにいる配下に届く声で、健人の排除を命じる。

 

「私は、必ず取り戻して見せる。“名”に縛られた私の運命を……」

 

 自由になる。己の運命を勝ち取る。

 ミラークは毒々しい雲に覆われたアポクリファの空を見上げながら、独白する。

 数千年間押し込められていた怨嗟を吐くように漏らしたミラークの言葉は、白日夢の領域に静かに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風の岩を解放し、一度スコール村へと戻った健人は、再びストルンの元を訪れていた。

 自宅である小屋の前で瞑想していた彼は、健人の姿を確かめると、巌のような頬に僅かな笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 

「風の岩を解放したのだな。空気が変わったのを感じる」

 

 スコールの呪術師である彼は、島に起きた変化を敏感に感じ取っていた。

 健人が風の岩を穢していたミラークの力を打ち消してくれたおかげで、服従のシャウトから解放されたスコール村。

 既に村を覆っていた障壁は解かれ、解放された村人達は、帰りを切望していた家族の元へと帰っている。

 ストルンは村人を解放してくれた健人に礼を言うと、スコールの代表の一人として、改めて健人に助力することを約束した。

 

「風の岩を解放して村人の呪縛を解けたのなら、ソルスセイム全体についても解き放てるだろう。

 それだけでミラークの企みを完全に食い止められるとは思わないが、足止めにはなるかもしれん」

 

「足止めだけ……なんですか?」

 

 時間稼ぎしかできないというストルンの言葉に、健人は臍を噛む。

 

「ああ、ソルスセイムの岩は全部で六つあるが、樹の岩はミラーク聖堂の内部に封じられてしまっている。ミラークの影響を直接取り払わない限り、解放は無理だろう」

 

 健人としては全ての岩を浄化すれば解決するかと思っていたが、どうやら話はそう簡単なことではないらしい。

 要となる岩をすべて解放するには、直接ミラークをどうにかするしかないそうだ。

 そもそも、六つの岩全てを浄化したとしても、元凶となるミラークはアポクリファに留まったままなのだから、当然と言える。

 

「なら、どうすれば完全にミラークを止めることができるんですか?」

 

 何とかミラークを止める方法はないのだろうか?

 健人としては、この島の歴史に最も精通しているストルンであるなら、何らかの知識を借りられるのではと思っていたが、健人の期待と裏腹に、ストルンは首を振った。

 

「それについては力になれそうにない。この村にいる誰もがな。ミラークが学んだ力について、もっと学ぶ必要があるだろう」

 

「黒の書……」

 

 健人の手が、自然と腰のポーチに仕舞っていた黒の書に伸びる。

 はっきり言って、健人としてもあまり思い出したくない物だ。

 ストルンとしても、この黒の書については思うところがあるのか、厳しい表情を浮かべている。

 

「うむ、あの書がミラークの力の根源なら、黒の書についてもっと知らねばならない。

 だが、あの書は邪悪で、自然に反するものだ。私はスコールの魔術師として関われないし、関わりたくない。だが、ダークエルフのウィザード、ネロスであれば……」

 

「ネロス、あの人か……」

 

 ネロスの名前を聞いた瞬間、健人の脳裏にレイブン・ロックで出会った偏屈なウィザードの姿が浮かんだ。

 

「彼はしばらく前に我らの元を訪れ、黒の書について尋ねてきた。

 この書について、かなり多くの事を知っているようだ。知りすぎているのかもしれん」

 

 どうやらネロスは、一度このスコール村に訪れたことがあるらしい。

 タムリエルで最も優れたウィザードを自称していた変わり者と思っていたが、ストルンの話を聞く限り、その腕と知識は相応に突出しているもののようだ。

 

「ネロスは島の南にある、テルミスリンと呼ばれる巨大なキノコの家に住んでいる。訪ねてみるといい。

 だが気を付けるのだ、ドラゴンボーン。別の何かが動き始めている」

 

 ストルンの言葉に小さく頷くと、健人とフリアは外に出た。

 南中に上った太陽から降り注ぐ燦々とした光が、賑わいを取り戻した村を包み込んでいる。

 

「フリア、黒の書とミラークについて、どう思う?」

 

 健人はストルンと話をしている間、すっと黙り込んでいたフリアに質問を振ってみる。

 フリアもまた、黒の書についてはあまりいい感情を持っていないため、その表情はやはり硬い

 

「分からないわ。スコールの言い伝えでは言及されてないから。でも、ミラークと黒の書に繋がりがあるのは間違いないわ」

 

 フリアの視線が、黒の書を収めた健人の腰のポーチに注がれる。

 その瞳は冷たく、やはり黒の書に対してはストルンと同じように、隔意を持っていることが露わになっている。

 

「正直に言って、私も父さんも、村の皆も、黒の書とは関わりたくない。あの力は、風の岩を毒しているものと同じ力を源としているわ」

 

 スコール村の人間として、自分たちの生活、習慣、生き方を尊んできたフリアにとって、黒の書の存在は唾棄すべきものだ。

 健人はその力の源となったであろう存在に、思いを馳せる。

 

「ハルメアス・モラ、か……」

 

 知識のデイドラ、星読みの邪神。

 ミラークの背後にいるであろう存在は、未だに明確な動きを見せていない。

 

(そもそも、デイドラって一体なんだ? デルフィンさんからは基礎知識は学んでいるけど……)

 

 健人はデイドラについて、デルフィンから基礎知識は叩き込まれているものの、確固とした存在として実在し、タムリエルに大きな影響を与えていることについての自覚は薄い。

 そもそもデイドラは、この世界に生きる人達にとっても、到底理解しがたい存在である。

 時に慈悲を、時に混沌を、時に災厄を巻き散らす。

 デイドラの意味は“祖でない者”。

 その名の通り、ニルン創造に関わらなかった神々の事だ。

 その神格は千差万別であり、各デイドラロードの性質はあまりにも違いすぎるため、タムリエルの人々は各デイドラロードを“良きデイドラ”“悪しきデイドラ”と呼び、ある程度の分類をしている。

 良きデイドラの代表格が、暁と黄昏のデイドラ、アズラである。

 ダークエルフが信仰する神の一柱であり、彼らにとっての守護神でもある。

 しかし、その性格の苛烈さはデイドラに相応しいもので、もし約定を違えれば、約定を違えた個人だけではなく、種族全体にも及ぶ呪いをかけることもある。

 悪しきデイドラの代表格と言えば、メエルーンズ・デイゴン。

 破壊を司る神格を持ち、二百年前のオブリビオンの動乱を引き起こしたデイドラだ。

 歴史の中でも幾度かタムリエルに侵攻してきている。

 実際、このデイドラが引き起こしたオブリビオンの動乱が、今の帝国の弱体化とスカイリムの混乱につながっており、その影響力は計り知れない。

 だが、ハルメアス・モラはそのどちらにも属していない。

 書物の中では知識と星詠みを司る神格として描かれており、深淵の知識の貯蔵庫、アポクリファを領域に持つ。

 健人自身もハルメアス・モラの領域に迷い込んだ一人であり、その世界の様相を目にしているが、はっきり言って、長居したいと思える世界ではなかった。

 しかし、彼の持つ深淵の知識を求めて数多の探求者がアポクリファに消えていることは事実であり、あのミラークにも力を貸していた事やスコール達が“知識の悪魔”と呼んでいる事を考えれば、決して善なる神ではないのは明白だ。

 

「ええ、用心しないといけないわ。この書が導く先は、ミラークが歩んだものと同じなのよ」

 

 フリアの警告に、健人はしばしの間瞑目して考え込んだ。

 自分がこの島ですべき事は、この島を覆うミラークの力を打ち消し、かのドラゴンボーンの企みを止める事。

 既に健人は、覚悟を決めている。見て見ぬふりをして、逃げる気はとうに無くなっていた。

 自分がドラゴンボーンになったという事もあるが、何よりも操られている人達の姿や、弱者に力を振るって支配する事を躊躇わないミラークの姿が、健人を奮い立たせる根源になっていた。

 健人の脳裏に、タムリエルでの苦々しい思い出が蘇る。

 辛い記憶が痛みと共に、胸の奥で渦巻く不安をより大きく膨れ上がらせる。

 敵はあまりにも強大で、成り立てのドラゴンボーンである健人との地力の差は歴然だ。

 これから先、どんな未来が待っているのか、健人には全く見えない。

 まるで暗闇の中で、底無しの井戸を覗きこんでいるような不気味さが漂っている。

 

(それでも、立ち上がろう。足掻こう。歯を食いしばって、もう一度“強く”なろう)

 

 それでも健人は、逃げ出す気は微塵もなかった。

 胸が締め付けられるあの光景を繰り返さないために、今一度挑戦しよう。

 改めて決意を胸に灯しながら、健人はポーチに忍ばせた黒の書に手を伸ばす。

 スコールの人達の不安は理解できる。

 それでも、この事態を解決する手がかりを得られる可能性が少しでもあるのなら、健人の心に躊躇いは無かった。

 

「それでも……それでも、今はこの書が唯一の手掛かりだ。ミラークの企みを止めるなら、やるしかないよ」

 

「ええ、わかっているわ……」

 

 フリアとしても、ミラークの企みを止めるには、黒の書と関わるしかないことは理解している。

 それに、この島の問題に、本来部外者であった健人を巻き込んだ負い目もあった。

 

「……とりあえず、今は解放できる岩を浄化していこう。その後、ネロスのところに行ってみよう」

 

「……そうね、それが一番かしら」

 

 当面の指針を決めた二人は、次の岩を開放するために、ハルメアス・モラの存在に一抹の不安を抱えながらも、スコール村を後にした。

 目的地は、ソルスセイム島各所に存在する岩。そしてテルミスリン。

 健人は目的地を改めて確かめた後、フリアと共にスコール村を後にした。

 その胸に、強くなる決意を再び胸に秘めて。

 だが、健人はこの時、まだ知る由もなかった。

 “強く”なるために、更なる“力(ムゥル)”を……。

 取り込んだスゥームの囁きが、静かに、彼の背後に忍び寄っている事を。

 

 

 

 

 

 

 健人が風の岩を浄化し終えたその頃、カシトを乗せたノーザンメイデン号は、再びレイブン・ロックへと戻ってきていた。

 レイブン・ロックの港に入港し、はしけが桟橋に渡され、スカイリムで積んだ荷が屈強な海の男たちの手で降ろされていく。

 そんな荷降ろしをしている男たちに交じって、今にも死にそうなカジートが、荷を背負いながら這いずるような足取りで船倉から出てくる。

 

「ううう……きぼち悪いよぅ……」

 

 役立たずとして船倉に押し込められていたカシトは、荒れ狂う北の海の洗礼によって、完全にグロッキーになっていた。

 無秩序に揺れる船で、閉鎖的な船倉に閉じ込められたのだから無理もない。

 あまりにも長い間船酔いに晒されたためか、船が港に入ってしばらく経っても、カシトの体には視界が回って胃がひっくり返るような感覚が残っており、その全身からは冷や汗を滲ませていた。

 しかし、今彼はグジャランドから最後くらいは仕事をしろと命令され、荷運びとして扱き使われていた。

 

「おいカシト、さっさと働け! 航海中は役立たずだったんだから、せめて荷下ろしくらいきちんとやりやがれ!」

 

 船員達の容赦ない檄がカシトに向けられるが、カシト本人は船酔いの影響がまだ抜け切れておらず、その足取りは覚束ない。

 しかし、航海中は完全にお荷物だったのだから、せめて荷運びぐらいは役に立ってもらわないと、船側としても採算が取れない。

 結局、カシトは一人で船倉の荷の半分以上を運び出す羽目になり、荷役が終わったところで、ようやくお役御免となった。

 

「ううう、オイラもう限界……」

 

 疲労のあまり桟橋に倒れ込み、動けなくなるカシト。

 彼自身も帝国兵としてそれなりの鍛錬を積んできたが、勝手の違う海の上での慣れない生活や、長時間の船酔いによる消耗、そして荷役の重労働ですっかりくたびれ果てていた。

 

「おいカシト、ちょっと来い」

 

 そんなカシトに、ノーザンメイデン号の船長であるグジャランドが声をかける。

 今一番聞きたくない人物の声に、カシトは耳をペタンと畳んで、ダンゴムシのように体を丸めた。

 

「まだ荷物あるの? オイラもう限界だよ~」

 

「荷物はあれで最後だ。ちげえよ」

 

「なら他に何? オイラ少し休んだら、直ぐにケントを探しに行くのに~」

 

 カシトは体を丸めたまま、器用に首だけを上にあげて、グジャランドを見上げる。

 そんなカシトの情けない姿に、グジャランドは溜息を吐く。

 

「分かっている。もう仕事は十分だ。船から降ろしてやる。その前に……ほれ」

 

「……何、これ?」

 

 カシトが手渡されたのは、二枚の外套。

 きめ細かなトナカイの外皮を使っているらしく、かなり上等な代物だ。

 何よりカシトの目を引いたのは、渡された外套が、淡い魔力の燐光を纏っていること。

 それは間違いなく、この外套が何らかの付呪が施された一級品であることの証拠だ。

 

「耐冷気の付呪が掛けられた外套だ。俺達ノルドと違って、お前はカジートだから、この島の寒さは堪えるだろ」

 

 耐冷気の付呪が施された装具は、氷結系の破壊魔法の効果を減じてくれるが、この寒冷なスカイリムの冷気もある程度防いでくれる。

 スカイリムやソルスセイムを旅する南方の民にとっては、垂涎の品だ。

 同時にカシトは、どうしてこんな貴重な品をグジャランドが持っているのかも気になった。

 彼の脳裏に浮かんだ疑問に気付いたのか、グジャランドが口を開く。

 

「そいつは、ウインドヘルムの東帝都社の廃墟に残っていた魂石で作って貰った品だ。

言っておくが、一枚はケントの外套だ。本来はあいつへの土産品だよ。

冬も近いからな。あれば便利だろ?」

 

 健人の為に作ったという外套を見て、カシトは眉を顰める。

 グジャランドの言葉と高価な贈り物の裏に、何か悪意を潜ませていないかどうか気になったのだ。

 カシトは健人と別れてから、彼がどのような旅を乗り越え、どのような技術を身に付けてきたのか直接目にはしていない。

 だが、この船に乗っている間の健人については、グジャランドや他の船員たちから話を聞けていた。

 はっきり言って、船員達から聞いた健人の姿は、カシトが知る健人よりも遥かに成長していた。

 錬金術と回復魔法を習得し、付呪や他の魔法もある程度修めている。

 さらには、この屈強なノルド達を、腕試しで抑え込むほどの体術も身に付けているらしい。

 カシトが知る健人と、グジャランドが見て来た健人。

 かつての無力な健人を知るが故に、話を聞いた時のカシトの驚きは、言いようの無いほど大きいものだった。

 

「なに? 船長もケントを狙ってるの?」

 

 同時に、カシトは健人の身が心配になった。

 船員達から話を聞くだけでも、カシトは健人が、自分の能力を他人からどう見られているか分かっていない点が多いと感じていた。

 カシトから見た健人という人間は、他の人間達と比べて純粋というか、世間知らずというか、タムリエルの常識から考えて変なところでズレがある。

 それはヘルゲンで交友していた時もそうだし、ノーザンメイデン号で船員をしていた時の話を聞いた時も感じた事だった。

 健人は船員として働いている最中、持前の錬金術で、簡易的な薬を幾つも作り、回復魔法で怪我人を治療しているが、当然ながら、健人の行った仕事の価値は船賃だけで納まるようなものではない。

 普通なら自分から相応の対価を要求してしかるべき仕事である。

 人格的に優れた船長なら自分から割増しで報酬を出すだろうし、船員として確保しようとするだろう。

 実際、グジャランドはそうした。

 一方、そんな多彩な仕事をこなした健人は、それを“普通の船員が行う仕事の範疇”又は“無償で船に乗せてもらった船賃分の仕事”だと判断していた。

 カシトとグジャランド、カジートとノルドという、この世界でも性質が全く違う種族である二人から見ても、健人の行動や思考はありえない。

 それはひとえに、時給数百円のバイトですら正社員並みに働いた挙句、同じ世界の外国人にすら奇妙奇天烈な目で見られる日本人故の思考や行動が原因で引き起こされたズレだったりするが、それを知らないカシトとグジャランドに分かるはずもない。

とはいえ、多彩な技量をもつ健人は、商人や軍の高官等、人を使う立場の人間から見れば、喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 故に、変なところで騙されて、要らぬ業を背負うのではないかと、カシトとしては心配になっているのだ。

 

「先行投資と言え。あいつと縁があれば、薬とか格安で作ってくれそうだからな。余った薬とかは商品になるし、スカイリムが内乱中の今、いい薬には高値がつく。

それに、あいつ付呪も出来るって言っていたからな。こっちでも色々と作ってくれそうじゃないか」

 

「…………」

 

 グジャランドの話を聞いている内に、どんどんカシトの目がつり上がっていく。

 話を聞く限りでは、グジャランドは健人の技量をいいように利用しようとしている風にも聞こえるからだ。

 そもそも、カシト自身、健人と別れていた間に、彼に何か良くない事が起こったことは確信していた。

 本来ホワイトランにいるはずの健人が、こんなタムリエル大陸のはずれの島に来ていることこそ、その証左である。

 それが何かは分からないが、おそらくはリータ関係であることは、日ごろから考えの浅いカシトにも推測できた。

 

「ふん、そんな警戒するな。スカイリムに戻ることがあるなら、俺達と繋がりは別に悪い話じゃねえだろ?

 もしあいつが薬とかを入れてくれるなら、スカイリムに戻る時はタダで乗せてやるよ。もちろん、お前もだ」

 

「船長、オイラを出汁にする気? オイラは大概の事は気にしないし、多少の悪事も笑って流すけど、もしケントを罠に嵌めるようなことしたら……」

 

 だからこそ、カシトは親友がそんな辛い目に遭っているのが我慢ならない。

 カジート特有の鋭い瞳が、グジャランドを睨みつける。

 普段の頼りなく、どこか気だるさを漂わせているカシトの雰囲気が一変し、一角の戦士としての顔が覗く。

 

「俺達は海の男だ。商売の話はするが、信を裏切る真似はせん」

 

 そんなカシトの雰囲気にグジャランドはどこか得心がいったように、口元を釣り上げると、眉を綻ばせた。

 

(このおっさん、オイラを試したな……)

 

 笑みを浮かべたグジャランドを見た瞬間、カシトは自分がこの船長に試されたのだと理解した。

 同時に、グジャランドがこんなことをした理由も察しがつき、思わずため息を漏らす。

 航海中、カシトはほとんど役に立たず、船倉で死んだように放置されていた。

 グジャランドから見れば、カシトの方が、勤勉な健人に寄生している害虫に見える。

 だからこそ、こんな価値のある外套を手渡して、その反応を見て確かめるつもりだったのだ。

 船乗りは気難しいが、厳しい自然の中で常に死と隣り合わせだからこそ、仲間を誰よりも大事にする。

 グジャランド達にとって、既に健人は“身内”なのだ。

 もし、カシトが受け取った外套を見て邪な反応を少しでも見せていたら、おそらくこの街から出る前に屈強な男たちに囲まれて、誰も知らぬ間に海に捨てられていたかもしれない。

 

(実際、他の船員たちもじっとこっちを見ているしね~)

 

 船の荷を降ろし終え、当直以外自由となった船員達は、各々が報酬を受け取り、少ない休みを満喫しに街へと繰り出す。

 しかし、カシトは桟橋に降りた船員達の何人かが、じっとカシトとグジャランドの様子を観察しているのに気付いていた。

 グジャランドが手を振ると、観察していた船員達は船長とカシトから視線を外し、肩を組んで街へと消えていく。

 どうやら、もう警戒はされていないらしい。

 

「……とりあえず、この外套はケントに会えたら渡しておくよ~」

 

「絶対に渡せよ。もしお前がケントを連れずにソルスセイムを出ようとしたら、エイドリルに言ってお前を牢にぶち込んでやるからな」

 

「覚えとくよ~」

 

 なんだかんだで色々と言っているが、つまるところはグジャランドも健人のことが心配なのだった。

 カシトはとりあえず、グジャランドの本音を聞けた事、無事にソルスセイムに到着した事に満足しながら、レイブン・ロックの街中へと足を進める。

 

「変な匂いのする街。ダンマーはデイドラ信仰の民だけど、なんだか違う……」

 

 スンスンと鼻を鳴らしながら、カシトは街に漂う奇妙な気配に眉を顰める。

 元々デイドラ信仰をしているダンマーの街は、帝国やスカイリムの街とは明らかに違う雰囲気を醸し出している。

 だがカシトには、ダンマーの灰の匂いとは違う、どこか気だるく、甘い香を焚いたような香りが鼻についた。

 

「ま、どうでもいいか、それより、ケントを探さないと!」

 

 しかし、カシトは頭の端に浮かんだ違和感を、直ぐに放り捨てた。

 彼にとって、ダンマーの事などどうでもよかった。大事なのは、この島に来ている親友の安否である。

 カシトはグジャランドから手渡された外套の一枚を羽織り、もう一枚を丸めて背負うと、まずは情報収集とばかりに、広場へと突撃して行った。

 この後、街の鍛冶屋と宿屋の店主から、健人がレイブン・ロックの街を出てから帰ってきてないことを聞かされたカシトは、慌てて親友の跡を追って街を出た。

 その結果、大地の岩を浄化しに来た健人とすれ違いになり、しばらくの間、カシトは健人を探してソルスセイム中を駆け回った挙句、色々な騒動の種をばら撒くことになるのだが、それはまた別のお話である。

 




これで、第4章は一応終了。
第5章で、ソルスセイム編を終わらせたいところです。
本当は第4章で全てをソルスセイム編を終わらせたかったのですが、またしても長くなってしまった……。
色々削っていますが、やはり長くなってしまう……。

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