【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
チャルダックの遺跡は海面下に縦横無尽に広がっており、中には水没したままの通路も存在するため、探索は困難を極めた。
崩れていたり、海水で塞がれた通路で足止めされる上に、無機質なガーディアン達が前触れもなく襲ってくる。
幸い、遺跡の排水設備は生きていたため、健人達は手に入れた制御用キューブを使って排水設備を上手く活かしながら先へ先へと進んでいった。
上層の探索が終了した時点で、手に入れたキューブは3つ。
ネロスの話では、最後のキューブは浸水した制御室の先にあるらしい。
健人達は一旦制御室に戻り、制御室の排水設備を動かして下層への道を開く。
下層は元々水没していたために床全体が泥に覆われていた。
制御室下部の出口から下層に入って先に進むと、これまた大きな部屋が健人の目に飛び込んできた。
部屋は制御室の排水ポンプを動かした後も半ばまでが浸水したままになっていて、部屋の中央を川が横切っているような状態になっている。
部屋を囲うように迫り出した通路には、巨大な一枚板の橋が直立していた。
「あの一枚板は橋だな。恐らく制御用の台座とキューブで動くのだろう」
そう言ってネロスは、健人達がいる入口のちょうど真上にある、一段高い台を指差した。
台の上には、制御用の台座が三つ存在している。
健人はネロスから制御用のキューブを受け取ると、制御用台座にキューブを置いてみる。
台座が稼働すると、三つの橋の内一つが降りた。
今度は別の台座にキューブを置くと、先程の橋が上がり、他の二つが降りる。どうやら、どの台座にキューブを置くかで、橋を架けるか決めているらしい。
何度か台座にキューブを置き直し、三つの橋がきちんと降りるように調整する。
三つの橋が降りると、先へ進めるようになり、健人達がさらに奥へと進むと、再びポンプを動かす台座があった。
ポンプを起動すると、部屋の中央に溜まっていた水が排水され、一際大きな扉が姿を現す。
「この先に最後のキューブがあるのだろう。私はここで台座を見ているから、見てきてくれ」
「分かった」
健人とフリアが頷いて、ネロスを置いて先に進む。
扉の先は小さな部屋に繋がっており、奥に制御用の台座に乗ったキューブがあった。
「あれか……」
「っ!? ケント、待って!」
部屋に入ろうとした健人をフリアが制止した瞬間、石の床から刃が突き出し、健人の鼻先を掠めた。
「え? うわ!?」
目の前を剣が掠めた健人は驚き、咄嗟に後ろに跳ぶ。
床から突き出した刃は二つに分かれると、コマのように回転しだす。
「これってトラップか?」
「ええ、制御用キューブを許可なく持ち去ろうとする輩を仕留める為のものでしょうね」
一つのトラップが発動したことに触発されたのか、床だけでなく壁や天井からも、無数の刃が突き出し、ガシャンガシャンと耳障りな駆動音を立て始めた。
そして小さな部屋の中は、あっという間にトラップの刃で埋め尽くされてしまう。
「参ったわね。入り込む隙間がないわ」
ネズミ一匹通さないとばかりに荒れ狂うトラップ達を前に、フリアは頭を抱えた。
これでは制御用キューブを取りには行けない。中に入れば即座にミンチ確定である。
フリアが難しい顔をしている一方、健人は口元に手を当てて考え込むように、規則正しい動作を繰り返すトラップ群を見つめていた。
「フリア、俺がやってみる」
「ちょっとケント、いくらなんでも無理よ。あの刃の森、スキーヴァだって入れないわ」
小部屋内のトラップは規則的な動作を繰り返すだけなので、タイミングを計れば避けることは難しくない。
しかし、床だけでなく、天井や壁からも飛び出す刃が、機械的な隙を補い合っている。
フリアの言う通り、単純にタイミングを計れば通り抜けられるようなトラップではなかった。
「いや、行ける。任せてくれ」
だが健人は、ある種の確信をもって、道を塞ぐトラップ群と相対した。
すぅ……と深く息を吸い、己の内に息づくドラゴンソウルから“言葉の意味”を引き出す。
思い浮かべるのは、かつてウステンクラブで見聞きし、そしてフロストドラゴン、サーロタールが使っていたシャウト。
「ファイム……ズィ、グロン!」
霊体化。
己の存在を幽界に移すことで、物理攻撃を無効化するシャウト。
あまりに使いすぎた場合、霊体になったまま戻れなくなるかもしれないという危険なシャウトだが、キューブのところまで駆ける数秒間であるなら問題はない。
とはいえ、一体どれほどの時間霊体になったら元に戻れなくなるか不明である以上、健人は全速力でキューブ目指して走った。
そして、彼がキューブを手に取るのと同時に、霊体化の効果が切れる。
「よし! 取った」
同時に、あれほど五月蠅い稼働音を鳴らしていたトラップ群も、ぴたりとその動きを止めた。
どうやら、この制御用キューブが、この部屋のトラップを動かしていたらしい。
「ん?」
トラップは止まった。だが健人は、地鳴りにも似た妙な振動を感じ取った。
続いて、石の床の所々にある排水溝から、勢いよく水が噴き出した。
「ケント! 水、水が増えてきてる!」
「げ!? あの台座、排水ポンプの制御もしてたのか!?」
トラップを制御していたキューブは、同時にこのエリアの排水ポンプも動かしていたらしい。
ポンプの一つが停止したことで排水能力が足りなくなり、許容量を超えた水が逆流し始めたのだ。
あっという間に増していく水かさに、健人とフリアは大慌てで部屋を脱出。
ネロスがいる大広間に戻ろうと扉に手をかけるが、先程までキチンと開閉してくれていたはずの扉は、何故か大岩のようにびくともしない。
「扉、開かない!」
「こじ開けろ! でないと死ぬぞ!」
フリアが扉の隙間に斧を打ち込み、テコの原理で無理やりこじ開けようと試みる。
健人また彼女と同じように黒檀の片手剣を扉の隙間にねじ込む。
水かさは既に健人たちの腰まで来ている。一刻も早く扉を開けなければ溺れ死んでしまうだろう。
健人とフリアは必死に体重をかける度に、ミシミシと耳障りな音が響き、少しずつ隙間が大きくなっていく。
そして、健人とフリアが一際大きな力を入れたその瞬間、ミキャ! という音とともに、突然扉の隙間から水が噴き出しだした。
「え……?」
「っ!? フリア、伏せろ!」
健人がフリアを水の中に押し倒した瞬間、固く閉ざされていたはずの扉が勢いよく開き、まるで池の底を抜いたような汚水が一気に通路になだれ込んできた。
どうやら、扉を挟んだ向こう側の方が、水位が高かったらしく、扉に大きな圧力が掛かっていたようだ。
健人達が底蓋となっていた扉に隙間を作ったことで圧力の拮抗が崩れ、逃げ道を見つけた場所に一気に水が押し寄せたのだ。
幸いだったのは、水位の違いによる濁流がすぐに治まったという事。
水位が安定して流れが収まった後、濁流に流された健人とフリアは必死に泳ぎ、何とか通路が水没する前に脱出することに成功した。
「ぜえ、ぜえ……」
「はあ、はあ……」
何とか大広間まで戻ってきた健人とフリアだが、さすがに体力が限界だった。
特に重装鎧を纏っていたフリアの息は荒い。
そんな息も絶え絶えな二人に近づいてきたネロスは、首尾を聞いて満足そうに笑みを浮かべる。
「戻って来たか。遺跡の考察をしている間につい言い忘れていたのだが、制御室でキューブの位置を確認した時に罠があったのだ。中々帰ってこなかったからもしかしたらと思っていたが、よくやったぞ」
「罠があるのを知ったのなら、忘れる前に最初から言えよ……」
「その“つい”で私達、溺れかけたんだけど……」
ネロスは部屋の中にあるトラップも知っていたらしいが、どうやら遺跡に対する考察をしている間に忘れたらしい。
「すまんな、お前達を待っている間に思い出したのだが、確かに危険ではあるが、お前達の方が体力もあるからな。適材適所で問題ないと思ったのだ。それに、いい加減汚水の中を歩くのは御免なのでな。
それに、お前達が溺れかかったのは罠のせいではなく、キューブを外して排水ポンプを止めたからだ。今までこの遺跡を見てきたのなら、予想できただろう?」
「トラップ機能と排水設備が同じ台座で連動している時点で同じ罠だろうがこの、くそダンマー……」
「いつか絶対にそのローブ剥いで雑巾にしてやる……」
自身のミスを認めても一片の悪気も感じさせないネロス。
どや顔のダンマーを前に健人とフリアの殺意を高ぶらせ、いつか絶対に仕返ししてやると心に誓った。
最後のキューブを手に入れた健人達は、上階に蒸気を送るために制御室に戻った。
ネロスは手に入れたキューブとボイラーの最終確認をしており、健人とフリアは横でネロスの作業を見守っていた。
ネロスが制御用キューブで一つのボイラーを起動させると、ボイラーは唸りをあげて、振動し始め、パイプから余剰蒸気とともに熱が排出される。
一つのボイラーが問題なく動作することを確かめたネロスは、残り三つのボイラーも確認しながら、順に起動させ始める。
規則正しい機械音が制御室に響く中、ネロスが唐突に口を開いた。
「お前達はミラークを止めると言っていたが、生半可な道ではあるまい」
唐突な語り掛けに、健人とフリアは首をかしげる。
「奴はハルメアス・モラから力と知識を得ているし、黒の書を生み出したハルメアス・モラも、決して代償なしに何かを与えたりはしまい」
作業に集中していたネロスの視線が、健人に向けられる。
ダンマー特有の鋭い真紅の瞳。その奥にある好奇心に、健人は心理的な圧迫感と不快感を覚え、眉をひそめた。
「お前もミラークと同じようになるかもしれん。力に目が眩んだドラゴンボーンが二人か。面白いことになるかもしれんな」
「俺は、あいつみたいになるもんか!」
「どうだかな? 誰もがそう言いながら、力に溺れる。弱さを知っているからこそ、弱者に戻りたくないと足掻く。現にお前も、弱いままではいたくないと足掻いているのではないか? だからこそ、黒の書を求めている」
自分はミラークのようにはならないと言い張る健人だが、ネロスは淡々と、そして正確に健人の痛いところを突いてくる。
“強くなりたい”とは、言い換えれば“弱いままでいたくない”という事だ。
確かに健人は現在、ドラゴンボーンとして急激に成長している。
ドラゴンアスペクトだけではなく、激しき力、霊体化など、スカイリムで聞いてきたシャウトの意味を、己の内のドラゴンソウルから次々と引き出し始めている。
シャウトという真言を使いこなすドラゴンとして、間違いなく急成長していることの証左だ。
だが、それでもミラークは強すぎる。
彼がドラゴンボーンとして生きてきた年月は数千年。その月日は、決して一朝一夕に覆せるものではない。
健人は今、ミラークに対抗するために強くなろうとしており、服従のシャウトに対抗するには黒の書を使うしかない。
だが、その道はミラークも辿った道である。
服従のシャウトを習得し、こうしてミラークが使っていたと思われる黒の書に近づくにつれ、自分もミラークのようになるのではないかという不安が、健人の胸の内で徐々に膨らんでいっているのも事実だった。
「ケントはミラークとは違うわ。適当なこと言わないで!」
「適当ではない。その葛藤も含めて、このドラゴンボーンがどうなるか非常に興味深いのだ」
フリアが健人をかばうようにネロスに食って掛かる。
スコールは頭が固いと思っているネロスは、フリアの激昂を意に介さず、再び作業に戻っていく。
しかし、作業は続けても、ネロスの口は閉じることがなく、ある種の確信を帯びた声で自論を展開し続けた。
「そもそも、なぜミラークはドラゴンに反旗を翻した?“忠誠”という言葉を与えられたにもかかわらず」
「何が、言いたいんだ?」
「ドラゴンは、自分達に仕える神官に、褒美として特別な名前と仮面を与え、より強大な力を行使できるようにした。そして“ミラーク”とはドラゴンの言葉で“忠誠”を意味する」
ドラゴンプリーストはドラゴンに仕えるにあたり、主人であるドラゴンから特別な名前と強大な力を秘めた仮面を下賜された。
名前とは、その存在を示す最も端的で、かつ本質的なものであり、スゥームはこの世界において“真言”に相当する言語。
その強大な力を秘めた言葉によってつけられた名前は、一介の人間を強大な力の行使者に変えるには、十分すぎるほどの存在力を持っている。
「だから、どういう事よ?」
ネロスの話をうまく理解できないフリアがイラついたような声を漏らすが、健人は何となくネロスの言いたいことが理解できた。
「ドラゴンの言葉は力の言葉。力を与えるのに“忠誠”の言葉は相応しくない、と言いたいのか?」
力を与えるなら、それに相応しい言葉を名前として与える“ファス”“ヨル”“フォ”。
力を体現する言葉は、それこそ膨大に存在するのだから。
しかし、件のドラゴンボーンが与えられた名は“ミル”“アーク”。
前者は忠誠、後者は導くという意味だ。
二つの言葉をつなげれば、忠誠へと導く、という意味になる。
「ああ。“忠誠へと導く”とは、まるで、ミラークという名を与えられた人間を縛るための名前のようではないか? 現にミラークはその名をつけられた反動なのか、ドラゴンに対して反乱を起こしている。今はハルメアス・モラに仕えているが、果たして本意はどうなのだろうな……」
忠誠という名を与えられたドラゴンプリーストが、史上最初のドラゴンボーンとして覚醒し、主であるドラゴンに対して反乱を起こす。
皮肉な話であるが、同時に、シャウトという真言が歪んだ形で使われた結果であるように健人には思えた。
そして、ミラークというドラゴンボーンが、未だに自分自身を“ミラーク”と名乗っていることにも疑問が浮かぶ。
「ソルスセイムの異変は、ミラークの独断だと?」
「それは分からん。だが、ミラークは一度主であるドラゴンを裏切っている。ハルメアス・モラに対して隔意を抱いていても不思議ではあるまい。まあ、憶測にすぎないが……」
「…………」
もしも、ミラークという名前が一種の洗脳の為につけられた名前であるなら、彼がドラゴンに反乱を起こした理由もある程度説明できる。
ドラゴンボーンとして覚醒し、声の力に目覚め、自分につけられた名前の意味を知れば、何故自分にそんな名が付けられたのか、必ず気づくだろう。
最初はドラゴンの言う通りにドラゴンプリーストとして人類を弾圧していたのかもしれないが、その中で小さな疑念を抱いてもおかしくない。
小さな疑念はドラゴン達に仕え、人々の虐殺を先導している間に積もり続け、やがて臨界点を迎えた。
もちろん、この話はネロス本人の言う通り、全て憶測しかない。
しかし健人には、この話は驚くほど、ストンと心の中に落ちた。
それは、自分がこの世界で理不尽な目にあってきたからなのかもしれないし、ミラークと同じ人型の竜としての本能が、そう思わせたのかもしれない。
「それで、お前はどうするのだ?」
改めて、ネロスが健人に問い掛ける。
お前は、その力で何をするのか。どんなドラゴンになるつもりなのだと。
まるで体の内側だけでなく、心の奥まで覗きこもうとしてくるようなネロスの視線に、健人は不気味さと不快感を覚える。
「……どうもしない。ミラークを止めるだけだ」
「ふん、そうか……」
それでも、健人はネロスの視線を正面から受け止めながら、ミラークを止めると断言する。
だが、その言葉を発するまでの間には、わずかな逡巡を伺わせる間が存在していた。
健人の答えを聞いたネロスも、なぜかそれ以上追及する事はなく、作業に戻る。
ネロスの推測は、ある種の確信的な何か含んでいたが、ミラーク本人が語ったわけでもなく、確定的な証拠があるわけでもない。
それに、ミラークの真意はどうであれ、彼の服従のシャウトはソルスセイムにとって、破滅的な脅威であることに変わりがない。
ミラークがソルスセイムを自分の力で覆いつくし、人々を操ろうとする限り、健人達には戦うしか選択肢は存在しないのだ。
健人も、その事実は分かっている。
しかし、彼の胸の奥には、小さな疑念がシコリとして生まれていた。
「これが、最後のポンプだ……」
ネロスが最後のポンプを動かす。
ボイラーは既に起動しており、このポンプが動いたことで、上層へと蒸気が送られているはずだ。
ようやく目的が果たせる。
健人達の間に安堵の空気が流れたその瞬間、制御室全体が轟音を立てて揺れ始めた。
「な、なんだ!?」
健人達の目に飛び込んできたのは、制御室の浸水している側の壁が開かれ、中から巨大な人型が姿を現す光景だった。
人型の身長はルーカーと比べてもさらに大きい。
「なに!? この巨大なゴーレムは!?」
「ドワーフ・センチュリオンだな。この遺跡の最終防衛機能だろう。おそらく黒の書の閲覧室に蒸気を送ったことで起動したのだろうな」
巨大ロボットを彷彿するオートマトン、ドワーフ・センチュリオン。
今までのオートマトンとは比較にならないほどの巨大さと出力を誇る、遺跡の番人。
ドワーフ達が残した、最も危険な遺物の一つだ。
開いた壁は跳ね橋のように健人達がいるボイラー付近の床に架かり、ドワーフ・センチュリオンが侵入者である健人達めがけて、ズシン! ズシン!と音を立てて疾走してきた。
というわけで、ポンプは動かせましたが、最後の番人が登場しました。
ミラークの背景について、ネロスが憶測を語ります。
同時に、健人の胸の奥に渦巻く疑念や不安が、徐々に顕在化し始めました。