【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第九話 黒の書“手紙の書き方に関する見識”

 健人がアポクリファを探索している頃、カシトとバルドールはテルミスリンへと到着していた。

 二人が到着した時、テルミスリンにあるネロスの実験室では、魔法の研究をしているダンマーの男性がいた。

 彼の名前はタルヴァス。

 ネロス唯一の直弟子である彼は、ネロスの研究室である魔導書を読んでいた。

 その魔導書は彼としても貴重で非常に興味深い物であり、これから実際に使ってみる予定の魔法だった。

 しかし、その実践はカシト達の訪問によって中断されてしまい、タルヴァスは突然の訪問者に内心で早く帰ってくれと思いながら応対していた。

 

「ええ!? 健人はここにいないの!?」

 

 カシトはタルヴァスに健人の居場所を尋ねてみたところ、健人は既にタルヴァスの師と一緒にテルミスリンへと向かったと言われた。

 

「ああ、マスターネロスと一緒にドワーフの遺跡であるチャルダックに行ったよ。半日くらい前の事だから、行けば会えるんじゃないか?」

 

「やれやれ、ドワーフの遺跡か。何もなければいいのだがな……」

 

 ドワーフの遺跡は今でも数千年前の罠やガーディアンが生きている、非常に危険な遺跡だ。

 バルドールもその危険性は知っているからか、彫りの深い顔にさらに深い皺を刻み、難しい表情を浮かべている。

 

「その辺りについては何とも言えないかな。マスターネロスがついているから、多分大丈夫だと思うけど……」

 

 ネロスの直弟子であるタルヴァスは、ネロスが以前に一度チャルダックを訪れていることを知っているため、カシトやバルドール程の不安は抱いていない。

 とはいえ、ネロス達が遺跡の深部を目指していることは知っているため、確信的な事は言えなかった。

 

「仕方ない。その遺跡とやらに行ってみるか……。カシト、どうした?」

 

 とにかく、ここにいても仕方がない。

 行き先が分かっているなら、とりあえず行ってみた方がいいだろうと考えたバルドールがカシトに視線を向けると、カシトは部屋の奥に鎮座している複数の魔法の杖をジッと見つめていた。

 

「ねえ、ここは魔術師の家だよね?」

 

「あ、ああ。当然。テルヴァンニ家だけでなく、モロウウィンド中に名を馳せるマスターネロスの自宅だぞ。何を言っているんだ……」

 

「マスターネロスとかどうでもいいけど、あの杖は売り物?」

 

 カシトが部屋の奥に鎮座している魔法の杖達を指差す。

 杖の数は少なくとも十以上あり、それぞれが異なる色の力強い光を放っている。

 どの杖も高位の魔法が付呪されていることが見て取れ、一、二本あれば、家が建つほど高価な物であることが窺えた。

 カシトが指差した杖を見て、タルヴァスがギョッとした表情を浮かべる。

 

「え? だ、だめだ! アレはマスターネロスが自ら付呪した杖だぞ! 売れるわけないだろ!」

 

 杖を付呪したのは、件のマスターウィザード、ネロスだったらしい。

 タルヴァスからすれば、自らの師の作品であり、当然ながら勝手に売れるような代物ではない。

 おまけにネロスの性格はかなり辛辣で冷淡だ。

 テルヴァン二家の魔法に対する執着を知っているだけに、師の意思に反するような行為がバレれば、一体どんな目に遭わされるか分からない。

 ネロス本人に自覚はないが、彼はレイブン・ロックでも“カニに話しかけていた”とか“かつて見習い弟子の心臓を抉り取った”とか散々言われる程のマッドマジシャンである。

 そして直弟子であるタルヴァスも、そんな外聞を否定できないほど、ネロスの所業は奇異で酷いものだという自覚があった。

 そんなネロスの機嫌を損ねるなど、タルヴァスに出来るはずもない。

 

「ええ? 別にいいでしょ。何せそのマスターネロスが行ったのはドワーフの遺跡だよ。開けてビックリ罠まみれのドワーフ遺跡。ケントが一緒である以上オイラも行かなきゃいけないし、何があってもおかしくないし、念のために持っていきたいんだけどな~?」

 

 一方、そんなタルヴァスの心情など知らないカシトは、ものすごい軽い口調で“持って行きたい”と宣う。

 相も変わらず、遠慮のないカジートである。

 

「別に返さないなんて言ってないよ。ちょっと貸してほしいだけ! ダメ?」

 

「駄目だ駄目だ! 渡せるわけない!」

 

 当然ながら、タルヴァスがカシトの要求を呑むはずもない。

 唾を吐きながら、テルミスリン中に響くような大声でカシトを威嚇する。

 一方、カシトはそんなタルヴァスの態度を前にして、少し困ったような表情を浮かべた。

 カシトとしては健人の身が心配だから、出来るだけの準備をしていきたいのだ。

 彼は人伝で健人の成長を聞かされはいても、その実感はやはり薄い。

 彼にとって健人のイメージは、やはりヘルゲンで一緒に生活していた時のものなのだ。

 それに、彼にとって健人は誰よりも大切な恩人だ。

 人種差別の中でストリートチルドレンとして生きてきたカシトは、守るべきものとそうでないものを明確に分けるし、守ると決めたものの為なら外聞や汚名など気にしない。

 それを気にしていては、自分の本当に大切なものを守れないと知っているからだ。

 だからこそ、危険な遺跡へと向かった健人を守れる可能性が一パーセントでも上がるなら、何でもすると決めていた。

 

「そんな言い方しちゃっていいの? オイラ見ちゃったんだけどなー」

 

「な、何をだよ……」

 

 作意を含ませたカシトのセリフに、タルヴァスは嫌な予感を覚えていた。

 彼がカシトの狙いに気付く前に、カシトはつい先程までタルヴァスが読み耽っていた魔導書を素早い動作でつかみ取ると、これ見よがしにタルヴァスの目の前に掲げる。

 

「ほら、この本!」

 

「あ! そ、それは!」

 

 あっという間に魔導書をスられたタルヴァスが動揺の声を上げる。

 カシトがスったのは、アッシュ・ガーディアンの召喚方法が書かれた魔導書だった。

 

「アッシュ・ガーディアンの魔導書。多分、そのネロスって人のだよね。これ、君が見てもいい物だったの?」

 

「と、当然だろ!? 私はマスターネロスの直弟子だぞ!?」

 

 自分は読んでもいいんだと言い張るタルヴァスだが、その声色には明らかに動揺の色が浮かんでいた。

 実際、タルヴァスはネロスからアッシュ・ガーディアンの召喚を許されてはいない。

 タルヴァスもまたテルヴァン二家のウィザードであり、魔法に対する知識欲は並以上に持ち合わせている。

 故に、彼は師の魔法を記した魔導書を内緒でこっそり写し、身に着けてしまおうと考えていたのだ。

 直弟子であることを盾に言い逃れようするタルヴァスだが、魔法研究一辺倒の彼の言い訳が、口の達者なカシトに通じるはずもない。

 タルヴァスの動揺を、カシトはしっかりと見抜いていた。

 さらに言えば、カシトはテルミスリンを訪れた段階で、タルヴァスがカシト達との話を早く終わらせたいと思っていることも察していた。

 また、カシトから見ると、いくら研究に没頭しているウィザードとはいえ、タルヴァスの口調はどちらかというと、後ろめたいことを知られたくないという色が見え隠れしていた。

 

「本当に? この家には君以外にも住んでいるダンマーもいたよね。その人に聞いてみようか?」

 

 このテルミスリンに住んでいるのは、ネロスとタルヴァスだけではない。

 執事も家事手伝いもいる。

 当然ながら、その二人も普段のネロスとタルヴァスの会話も聞いているだろうから、タルヴァスがアッシュ・ガーディアンの召喚を許されているかも知っているだろう。

 

「や、やめてくれ! 分かった分かったよ! ただ、マスターネロスの杖じゃなく、僕が付呪したものにしてくれ」

 

 観念したタルヴァスだが、さすがに師匠の杖を勝手に売るわけにはいかない。

 自分に与えられた部屋から、自分が付呪した杖を幾つも持ち出し、カシトの目の前に広げる。

 タルヴァスが持ってきた杖はテルヴァン二家のマスターウィザードの直弟子が施しただけあり、師であるネロスの杖程ではないが、並のウィザードが施した魔法の杖よりも出来はいい。

 しかし、ネロスの杖が欲しかったカシトとしては、不満タラタラと言った様子だった。

 

「ええ……。分かったよ。じゃあ、これと、これと、これと……」

 

「ちょ! そんなに持っていくのか!?」

 

 とはいえ、貰えるなら遠慮しないのがカシトである。

 タルヴァスが持ち出してきた杖は十を超えるほどあるが、次々と目についた杖を片っ端から手に取って脇に抱えていく。

 そんなカシトの無遠慮な略奪を前に、タルヴァスは頭を抱えた。

 

「当然でしょ。見たところ、ネロスって人の杖より出来は良くなさそうだし」

 

「ま、待ってくれ! ここにある杖はマスターネロスに頼み込んでようやく作ることを許された物なんだ。もう少し遠慮してくれないか!?」

 

 せめてもう少し遠慮してくれ。

 そんなタルヴァスの必死の叫びも、商魂逞しい……もとい、容赦のないカジートが聞き分けるはずもない。

 

「執事さーん。このお弟子さんがマスターネロスの魔導書を勝手に見て……」

 

「分かった分かった! もう好きに持って行ってくれ! そして早く出て行ってくれよ!」

 

「ありがとう! 大丈夫、ちゃんと返すから! カジートはこの恩は忘れないよ!」

 

「忘れてもいいから、さっさと消えてくれ……」

 

 結局、カシトはタルヴァスの杖の九割を借りると、ホクホク顔でテルミスリンを後にした。

 そんな彼の後ろで、影を背負って項垂れるタルヴァスを、バルドールが憐憫の色を浮かべた目で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも毒の沼地と無造作に放り棄てられた本の尖塔が屹立するアポクリファの中で、健人は自分の時間感覚が曖昧になるほど歩み続けていた。

 幸い、道はほぼ一本道で迷う事はなかったが、オブリビオンの一領域であるこの場所に住む現住生物と遭遇し、何度も戦闘をする羽目になったし、不気味な仕掛けも幾つもあった。

 戦闘時に戦った相手はルーカーとシーカーだが、共にソルスセイム島の岩の浄化時に戦った相手であり、その対処法も既に健人の中では確立されていた。

 一つ一つの仕掛けを解除し、戦闘をこなしながら先へと進むと、通路の行き当たりには必ず、台座に置かれた大きな本が存在していた。

 見開かれたページには蠢く気色の悪い文字が書かれおり、その本に触れると、別の場所に飛ばされる。

 そんな事が何度か繰り返された。

 しかし、どこまで続くかもわからない道程と、敵の数がどれほどかも分からない状況は、健人の精神と肉体に多大な負荷をかけていた。

 どれほど歩いたのだろうか?

 一時間? 二時間? それとも日を跨いだか?

 太陽の光が差さず、薄暗い緑色の靄に包まれた空では昼か夜かも分からない。

 それでも健人は持ち込んだポーションや回復魔法など、己が身に着けた魔法や錬金術で作ったアイテムを駆使して、先へと進み続ける。

 そして健人はついに、最深部と思われる場所にたどり着いた。

 彼の目の前には、まるで蕾のように閉じられた巨大な塔と思われる構造物があり、近くにはここに来るまでに何度も見た気味の悪いスイッチがある。

 健人がスイッチを起動させると、蕾のように閉じていた花弁が開き、花弁を通って渡れるようになる。

 蕾の中心には今までの物よりもひときわ大きな台座と、この世界に来ることになった黒の書と瓜二つの書物が鎮座していた。

 

「ここが、最深部か?」

 

 健人がそう言って台座の上の書に触れると、書はひとりでに開き、蠢く文字が記されたページを曝け出した。

 同時に、この世界に来た時にも感じた強烈な圧迫感が、健人を襲う。

 

「お前は、我が領海に足を踏み入れ、運命の元、これまでたった一人しか手に入れていない禁断の知識のあるこの場所に辿り着いた……」

 

「ハルメアス・モラ……」

 

 空間に再び出現したハルメアス・モラが、毒々しく、粘りつくような声で健人に語り掛けてくる。

 まるで、心の奥底に汚水が染み込んでくるような感覚に、健人は惑わされまいと唇を噛み締めた。

 

「よく来たな、異世界のドラゴンボーン。お前がこのタムリエルに流れ着いてから、私はずっとお前を見ていた」

 

「どうして、俺が異世界の人間だと分かった」

 

「私は星読みの力を持つ。過去から未来へと流れていく星々の光の中で、小さな影を見つけた。それが、お前だ……」

 

 ハルメアス・モラが持つ、星読みの能力。それはヌエヴギルドラールや時の龍神が持つ、時読みの能力と似ている。

 彼らは三次元の存在が知覚できない時間軸を、まるで樹形図のように読み取ることができる。

 そして、彼らの感覚では、時の流れは川の流れに似ていた。

 彼らの感覚では人や動物、エルフや亜人等、この世界に生きるものは全てその時の流れの中で揺蕩うように浮かび、流されながら生きている。

 しかし、ある時その川の流れの中に、本来あるべきではない異物が紛れ込んだ。

 それが、坂上健人。

 この惑星ニルンが存在する宇宙、ムンダスの外から紛れ込んだ地球人だった。

 

「本来であるなら、時の流れの中で自然に消え去るだけのはずだった異物。しかし、それは友となった竜の死後、竜神から送られた小さな力を抱き、徐々に変化し始めた」

 

 しかし、いくら他宇宙の異物とはいえ、世界が持つ潮流には影響はない。存在の規模があまりに違いすぎるからだ。

 大河の中に木の葉が一枚落ちたところで、川の流れは変わらないのと同じこと。

 時の流れと比べてあまりに矮小な健人は、時の中で生きる他の存在と同じように修正されて生きていくか、もしくは埋没して消滅するかしかないはずだった。

 だが、アカトシュの加護がその異物に小さな変化を与えた。

 流されるだけだったはずの木の葉は川を泳ぐための鰭と尾を持つ小魚と化し、世界の流れの中で必死に泳ぎ始めた。

 

「アカトシュからすれば、死した息子の最後の願いを叶えてやる程度の感覚だったのかもしれない。だがその祝福が齎した変化は、今まで私が見てきた、どの人間とも違うもの。故に、お前に興味が湧いてきたのだ」

 

 知識のデイドラロード、ハルメアス・モラには、今の健人は小魚から大きく成長し、またさらに大きな進化を迎えようとしているように見えた。

 ボコボコと泡立つように出現する無数の瞳が、健人を睥睨し続けている。

 

「お前が何を求めたかは分かっている。ドラゴンボーンの力を使い、世界を己の意思の元に従わせたいのだろう?」

 

「違う! そんなことは思っていない! 俺はミラークの力で覆われたこの島をどうにかしたいだけだ!」

 

 ハルメアス・モラの言葉を否定するように、健人が声を荒げる。

 健人がこのアポクリファに来た理由は、ソルスセイムから服従のシャウトの影響を取り去る為に、服従のシャウトの使い手であるミラークの力を知る事だ。

 当然ながら、世界を自分の意思に従わせようなどとは思っていない。

 だが、そんな健人の言葉を鼻で笑うように、ハルメアス・モラからの視線の圧力が増す。

 

「本当にそれだけか? お前が力を求める理由。それを本当に自分で理解しているのか?

 己が抱える無力感。それから逃れたい。故に力を求める……。

 力とは、己の意思を貫くための要素。世界とは己の周囲を構成する全て。

 であるなら、力でミラークを止めたいと願っているお前は、己の世界を己の力で従わせたいと願っているという事だ。

 それに、このニルンに来てから誰がお前の言葉を受け入れた? 姉か? 師か? 誰もいない。もし届いていたのなら、お前の友は姉に殺されることはなかっただろう」

 

 否定できない。

 ハルメアス・モラの言葉はある種の真理を突いていた。

 力とは、つまるところ、己の意志を貫くためには必要不可欠な要素だ。

 実力の伴わないサラリーマンのプレゼンテーションやビジネスがまるで役に立たないのと同じように、力の伴わない言葉に意味はない。

 健人自身の無力感が癒えたのも、フリア達を助けることで己の存在意味をもう一度確立できたことも大きいが、ドラゴンボーンとして覚醒し、無力な日本人では無くなったからである事が根幹に存在する。

 確かに、ここまで急速に力を付けてきたのは、彼の努力無しにはあり得ない。いくら才があろうと、それを伸ばす努力なくして、人は成長しないのだ。

 だが、立ち上がろうと決めたその意思の裏に、健人自身も自覚していなかった負の面があったことは否めない。

 だからこそ、健人はハルメアス・モラの言葉を否定できなかった。

 

「……確かに、俺の声はリータには届かなかった。お前の言う通り、目を背けていた面もあるだろう。それでも、もう一度立ち上がると決めたんだ」

 

 だがそれでも、今の健人は簡単には揺らがない。

 一度折れたからこそ、己の痛い面を突かれても、かつてのように両足から崩れ落ちることもない。

 それに、ハルメアス・モラの圧力に飲まれてたまるかという反骨心もあった。

 己の指摘に動揺はしても芯は揺らがない健人の姿に、ハルメアス・モラは満足したような声を漏らす。

 

「フフフ、勘違いをするな。邪魔をしに来たのではない。手助けしてやろうというのだ……」

 

 手助けしてやるというハルメアス・モラの言葉に、健人は眉間の皺をさらに深くする。

 

「……ミラークはあんたの手下なんじゃないのか? こうしてソルスセイムを服従のシャウトで覆ったのも、あんたの指示じゃないのか?」

 

 健人からすれば、ミラークはハルメアス・モラの眷属だ。

 ネロスから、ソルスセイムを覆う事態はミラークの独断行動である可能性を示唆されていたとはいえ、簡単にそれを鵜呑みにするわけにもいかない。

 

「それは違う。確かにミラークは私に忠実に仕え、見返りを得た。だが、我が支配の中で落着きを無くしつつある」

 

 しかし、ハルメアス・モラの言葉は、ネロスの推論を肯定するものだった。

 

「お前たちの世界に戻りたい。ミラークという己の名の呪縛を打ち払い、自分の運命を取り戻したいと願う奴の心が、今の事態を生み出したのだ」

 

「スゥームの呪縛……」

 

「そうだ。ドラゴンはドラゴンボーンである彼を縛り、従える為に、奴の名前を奪い、“ミラーク”という名を与えた。

 そして、ミラークはそのドラゴンの支配から逃れたいと願い、私と契約し、力を得た」

 

 ミラークの願い。

 それは、かつての自分の名を取り戻し、自由になること。

 スゥームというこの世界でも特筆すべき真言によって縛られた己の運命を取り戻すということ。

 その為に、ミラークはハルメアス・モラに仕えてきたと、件の邪神は健人に語った。

 

「お前は、理不尽なこの世界に対して怒りを抱いている。その怒りはミラークと同質のものであり、かつての彼と同じように、力を欲してもいる。己の意思を突き通すための力を……」

 

「…………」

 

 健人が内に抱いた怒り。もう一度立ち上がると決意した彼の心の奥底で、意図的に見ないようにしてきた一面。

 それもまた、ミラークの怒りと同質のものだとハルメアス・モラは断言する。

 少し不幸だったかもしれないが、日本であった穏やかな生活を突然理由もわからないまま失い、さらにこの世界で出来たもう一つの家族も失った。

 唯一残った義理の姉には否定され、友情が芽生え始めていたドルマには裏切り者と言われて刃を向けられた。

 責任の所在など誰にあるとも分からない。誰に当たればいいか分からないからこそ、行き場を失い、知らず知らずのうちに心の奥底に溜まっていた淀み。

 己の負の面を今一度自覚し、沈黙を保ちながらも、健人は宙に浮かぶ無数の瞳から向けられる視線を、正面から受け止めていた。

 

「ここに必要な知識がある。お前も、それを探しに来た」

 

 健人の沈黙を無視し、ハルメアス・モラは言葉を続ける。

 宙に浮かんだのは、三本の爪でひっかいたような、ドラゴンの言葉。

 汚濁のような濃緑色で描かれた文字から、言葉の意味が強制的に健人の脳に刻み込まれる。

 

「ぐっ!?」

 

 脳みそをこねくり回されたかのような激痛が健人を襲う。

 あまりの痛みに健人はその場に膝をつき、歯を食いしばって激痛に耐える。

 刻まれた文字はハドリム。

 意味は“精神”。

 ミラークの服従のシャウトの二節目の言葉だった。

 

「二番目の力の言葉だ。この力があれば、定命の者の意思を自由に従わせることができる。それと、もう一つ……」

 

「がぁ!」

 

 さらにもう一つ、健人の脳裏に言葉が刻まれる。

 再び襲ってきた激痛に、健人は息も絶え絶えといった様子だった。

 刻まれた文字はクゥア。

 意味は防御、鎧。

 ドラゴンの鎧たる鱗を再現し、現出させるシャウトであり、ドラゴンアスペクトの二節目を構成する言葉だった。

 

「ドラゴンアスペクトの二つ目の言葉だ。このシャウトもまた、ミラークがドラゴンの支配から逃れるために編み出したもの。ここまで辿り着いた褒美にくれてやろう……」

 

 ハルメアス・モラが押しつけてきた二つの言葉を強制的に理解させられてしまった健人は、頭を無数の針で刺されたような痛みを震える足に必死に力を入れ、荒い息を吐きながらも何とか耐える。

 そして頭痛が徐々に引いていくにしたがって、今しがた知ったばかりのシャウトを脳裏で反芻してみる。

 人類最初にして最大のドラゴンボーン、ミラークが求めたスゥームだけあり、声に出さずとも、内から確かな熱を感じるほどの力を秘めた言葉だった。

 

「だが、これでは足りない。ミラークは最後の力の言葉を知っている。この言葉がなければ、奴に勝てる望みはない」

 

「そんな事、戦ってみなければわからないだろう」

 

「いいや、分かる。お前も理解しているはずだ。理屈ではなく、ドラゴンボーンの本能としてな。奴と己との力の差は、すぐに思い知るだろう」

 

 お前はまだミラークには勝てないと、確信をもって答えるハルメアス・モラ。

 知識のデイドラロードの言葉に健人は眉を顰めるが、同時に彼もハルメアス・モラの言葉を内心では否定できなかった。

 

「奴の言葉は竜族すらも従える。それだけの強制力を、あやつの言葉は持っている。これに対抗するには最後の言葉を知り、服従のシャウトを本当の意味で、己の内に取り込む必要がある」

 

 ミラークの言葉はドラゴンすら従えるほどの力を持つ。

 実際に“白日夢”の領域で相対した時、ミラークの背後には彼に付き従うドラゴンがいた。

 さらに言うなら、健人が大地の岩で操られた時、ミラークの声はアポクリファからソルスセイム中に拡散している状態だった。

 もしも、面と向かい合った状態で“服従”のシャウトを直接その身に受ければ、いくらドラゴンボーンとして覚醒した健人でも操られる公算が大きい。

 ミラークの服従のシャウトに耐えるには、ハルメアス・モラの言う通り、言葉の意味を知らなければならないという確信が、健人の胸の中には浮かんでいた。

 

「ミラークは私に忠実に仕え、見返りを得た。お前になら、奴と同じ力を与えてやってもいいが、どんな知識にも代償が必要だ」

 

「必要ない。自分で探す」

 

「ははは! 人の一生を何百回繰り返したところで、我が蔵書を探しきれるはずもなかろう。それに、そんな時間があるのか?」

 

 ハルメアス・モラの正確な指摘に、健人は臍を噛む。

 確かに、時間は少ない。

 いくら岩の浄化を進めても、肝心のミラークは健在。

 浄化した岩も、いつ再び服従のシャウトに汚されるかわからない。

 おまけに、最後の岩は直接浄化できない状態にされてしまっている。

 

「ミラークが反逆したのなら、なぜ自分で始末しない」

 

 健人は一縷の望みをかけ、なぜ自分で始末しないのかとハルメアス・モラに問いかけた。

 ミラークがこのデイドラロードに反意を抱き、意図しないところで動いているというのなら、放置しておくのは、このデイドラロードの威厳に関わる。

 上手く話を誘導できれば、ハルメアス・モラ自身にミラークを討たせることができるかもしれない。

 

「反逆ではない。ミラークは私の元から自由になりたいだけだ。それに、奴が自由になれば、私の影響をより広く、ニルンに広めることができるだろう。私としては、別にどちらでも良い事だ……」

 

 だが健人の希望は、ハルメアス・モラの僅かな言葉で否定された。

 そもそも、デイドラロードを縛るものなどこの世界にはほとんど存在しない。

 伝説のドラゴンボーンとて、デイドラロードにとっては久方ぶりの娯楽の対象ぐらいの感覚なのだ。

 また、大半のデイドラロードは、より大きな楽しみを求め、ニルンにより大きな影響を与えようと暗躍する。

 未知の知識を求めるハルメアス・モラにとっても、ニルンに対する影響力を高めることは、より多くの未知を知る機会へと繋がる。

 ハルメアス・モラにとっては、より多くの知識を得られるなら、ミラークが自由になろうと構わない。

 結局、ミラークを止めることを目的として行動し、かつ、それが可能なのは、服従のシャウトを身に付けられる健人だけなのだ。

 

「これは、正式な取引だ。私が求めるものを持ち帰れば、最後の力の言葉をくれてやる」

 

「…………」

 

 ハルメアス・モラが提示してきた契約を前に、健人は逡巡する。

 相手は知識を司る邪神。

 迂闊な言葉で言質を取られ、どのような理不尽な契約を持ち掛けられるか分かったものではない。

 しかし、そんな健人の迷いを無視して、ハルメアス・モラは淡々と要求を述べる。

 

「知識の代償は……知識だ。スコールは、長年にわたり、我に秘密を隠し通している。その知識を、わが蔵書に加える時が来た」

 

 スコールの秘密を暴き、それを差し出せ。

 未知の知識を求めてやまないハルメアス・モラらしい要求だった。

 

「スコールが拒んだら、どうするつもりだ」

 

「我が手下のミラークなら、力を得るために、何としてもスコールの知識を差し出す手を考えただろう。奴を超えたいのなら、お前もそうすることだ」

 

「スコールを救うために、俺にスコールを差し出せと!? ふざけるな!」

 

 スコールを差し出す。

 それは今の健人にとって、己が戦う理由を差し出すことに等しかった。

 健人はこのタムリエルに迷い込んで、数多の理不尽の中で叩き潰されてきたからこそ、同じように理不尽な力で苦しんでいるスコール達を見過ごせなかった。

 それが結果として、健人にドラゴンボーンとしての能力を覚醒させることになり、こうして彼らをミラークの呪縛から解き放つ可能性が見え始めていたのだ。

 健人にとってハルメアス・モラの要求は、到底受け入れられる物ではない。

 しかし、デイドラロードであるハルメアス・モラにとって、定命の者の事情など知ったことではなかった。

 

「スコールの呪術師をよこせ。奴らが持っている知識を手に入れてやろう……」

 

「待て、呪術師? まさか、ストルンさんのことか!? 俺にあの人を差し出せと言うのか!?」

 

「望むと望まざるとにかかわらず、お前には我に仕えてもらう。我が書をスコールの呪術師に読ませろ。お前がやるのはその位で構わん。後は私自ら、その秘密を手に入れてやろう……」

 

 健人の叫びなど気にも留めず、宙に浮かんでいたハルメアス・モラは徐々に己の体を虚空へと溶かしていく。

 

「お前はすぐに思い知るだろう。ミラークと自分との力の差をな。そして、必ず私の元に戻ってくる。運命の流れに、定められるまま……」

 

 去り際に意味深な予言だけを残し、最後の泡がチュポンと宙に波紋を残して消え去った。

 黒の書の最深部に取り残された健人は、しばしの間、唇から血を流すほど歯を噛み締めていたが、結局何も打開策を思いつくことができず、仕方なく書に触れて現実世界へと帰還するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか。フフフフ……」

 

 健人が去った後の黒の書“手紙の書き方に関する見識”の中で、ハルメアス・モラは己の策の成功を確信していた。

 

「クゥア、ハドリム。私の贈り物を受け取ってくれた彼は、果たして私のミラークとどう相対するのか……」

 

 彼の脳裏に浮かぶ未来の光景。

 それは二人のドラゴンボーンが、アポクリファの最上部で相対している姿だった。

 片やこの世界最初のドラゴンボーン、片やニルンに迷い込んだイレギュラードラゴンボーン。

 最古と異端の運命の戦い。これを前にして、ハルメアス・モラは己の興奮を隠しきれなかった。

 

「思った以上に強い精神を持っていたな。良い事だ。少し心の隙を突けば、大概の人間は自らの矛盾に潰れるのだが……」

 

 ハルメアス・モラとしては、最初に健人が見ようとしていなかった負の面を突き付けるだけで、ある程度は崩せると踏んでいた。

 人間は、己が無意識の内に見ようとしていない面を突き付けられると動揺し、拒絶反応を示す。

 自己矛盾は容易く精神の芯を脆くし、自らの自重で折れる。

 しかし、健人の心の芯は思った以上に強く、僅かな動揺を見せただけで直ぐに立て直してみせた。

 その事実に、ハルメアス・モラは喜悦の声を漏らす。

 

「たが、仕込みはした。“鎧”に“精神”。

 二つの言葉を取り込んだ彼は、必ずその“言葉”の影響を受ける」

 

 シャウトは外界だけでなく、それを取り込んだ当人にも影響を与える。

 内在する力を示す“ムゥル”を取り込んだ健人が、異常な速度で力をつけていることも、全ては取り込んだシャウトが内から健人に影響を与えているがためである。

 

「“精神”に“鎧”を纏った彼は、さらに強くなった。しかし、心の鎧は必ず精神の硬直を引き起こす。心の硬直は視野狭窄と焦燥を招き、必ずや彼を再び我が元へとやって来させるだろう」

 

 健人がこの黒の書“手紙の書き方に関する見識”の中で身に付けた“精神”と“防御”の言葉。

 この二つは確かに彼の力を高めるだろうが、同時にそれは彼の心を縛る重石にもなる。

 シャウトは元々、真言たる言葉を組み合わせることで無限ともいえる効果を発揮する。

 急成長している健人ではあるが、未だにミラークに及んでいない。

 そんな健人の心の隙を突く為に、ハルメアス・モラは意図的にこの二つの言葉を同時に健人に刻み込んだのだ。 

 

「もうすぐだ。もうすぐ裁定の時が訪れる……」

 

 布石は全て打った。

 ミラークとの力の差を知り、そして彼は必ずより大きな力を求めるだろうと。

 そして、ミラークと健人が相対した時こそが、裁定の時となる。

 ミラークが勝ち、ニルンに更なる影響力を広げるか、それとも異端のドラゴンボーンが勝り、異界の知識を手に入れられるか。

 どちらにしても、ハルメアス・モラには最上となる結果である。

 

「さあ、私に未知を見せてくれ、愛しい我がドラゴン達よ……」

 

 知識のデイドラロードは己が集めた知識の海の中で、これから起きるであろう未知なる戦いに想いを馳せていた。

 

 

 




というわけで、カシト、ネロスの弟子であるタルヴァスから強引に魔法の杖をぶんどりました。タルヴァスさんは泣いていい……。
ゲーム上では、タルヴァスはテルミスリンに行くと、外でネロスに内緒でアッシュ・ガーディアンの召喚をしようとして失敗し、その後始末を主人公に頼んできますが、そのエピソードを元にかなり手を加えて構築しました。
皆さんがどんな反応をするのか少し不安です……。

健人はハルメアス・モラと対面しました。
ついでに、服従のシャウトの二節目だけでなく、ドラゴンアスペクトの二節目もゲット。
ハルメアス・モラ、健人に直接会えたのがよほどうれしいのか、大盤振る舞いです。
しかし、何やら不穏な空気が……。

追記、前半部分を若干変更。
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