【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十話 クロサルハーの襲来

 アポクリファの最深部で黒の書に触れた健人は、気が付けばチャルダックの閲覧室へと戻ってきていた。

 規則的な機械音が響く半円形の部屋が、健人の目に飛び込んでくる。

 

「ケント、戻ってきたのね! ……大丈夫?」

 

「あ、ああ……」

 

 アポクリファからニルンへと帰還した健人を迎えたのはフリアだった。

 顔面蒼白な健人の様子に何やら不穏な気配を感じ取ったのだろう。

 心配そうな瞳で、健人の顔を覗き込んでいる。

 あまりにも憔悴した様子の健人に、フリアが手を伸ばし、そっと頬に触れてくる。

 頬に伝わってくるフリアの指の感触に、健人の脳裏にハルメアス・モラからの言葉が蘇る。

“スコールの秘密を差し出せ”

 目の前の女性を裏切れという言葉が脳裏によぎり、健人は思わずフリアの手から逃れるように後ずさる。

 

「……ケント?」

 

 健人の様子に違和感を覚えたフリアが怪訝な表情を浮かべる。

 ふと健人の視界の端に、湯気の立つポットがかけられた焚火が目に映った。

 相当時間が経ってしまったことが伺える光景だった。

 

「……フリア、俺は一体どれだけ黒の書にいたんだ?」

 

「え? 大体丸半日くらいかしら、心配したのよ」

 

「ごめん、時間が掛かった……」

 

「戻ったか! どうだったのだ!? この手の書物は、見る者にとって内容が大きく異なるのだ!」

 

 どこか奇妙な健人の態度をフリアが問う前に、健人の帰還に気付いたネロスがフリアを押し退けて健人に詰め寄ってくる。

 黒の書に興味を抱いていたネロスの事だ。黒の書に入った健人の帰還を、今か今かと心待ちにしていたのだろう。

 相も変わらず傍若無人なネロスだが、今はその強引さが少しありがたかった。

 

「……ハルメアス・モラに会った」

 

「それにしては驚くほど正気を保っているな。それで、一体何を言われたのだ?」

 

「それは……」

 

 肝心の内容を尋ねられ、健人は一瞬迷う。

 ハルメアス・モラから持ち掛けられた取引。服従のシャウトを構成する最後の言葉を得ることの引き換えに出された条件である、スコールの秘密を明け渡すということ。

 そしてその秘密を握っているのは、スコールの呪術師であるストルンであり、フリアは彼の娘である。

 健人にとっては、契約の条件を口にすることすら憚れるような気がした。

 しかし、黙っていることはそれ以上の裏切りだった。

 

「奴は……スコールの秘密を明け渡せと言ってきた」

 

 スコールの秘密という単語に、ネロスは首を傾げ、フリアは眉を顰める。

 

「スコールの秘密? 彼らにハルメアス・モラその人が欲しがるような秘密があるとは思えないが……あるのか?」

 

「……ええ、呪術師の一族が代々、ハルマモラから守ってきた秘密があるわ」

 

 ネロスに本当に秘密があるのかと問われたフリアは、腕を組み、眉間の皺を深くしながら十秒近く沈黙した後に、実際にハルメアス・モラがつけ狙っていた秘密をスコールが隠していることを告げた。

 フリアの話を聞き、ネロスが小さく頷く。

 

「なるほど、本当のようだな。だが、その程度でミラークの力を知れるなら、お安い条件だな」

 

 お安い条件と軽い口調で述べたネロスの言葉が、フリアの逆鱗に触れた。

 掴み掛るようにネロスに歩み寄ったフリアが、射殺すような視線を向ける。

 

「………私達が何代も何代も守り続けてきたものを、お安いだなんて勝手に決めつけないで!」

 

 激昂したフリアの大声が、閲覧室に響く。

 しかし、至近距離でフリアの怒声を浴びても、ネロスは淡々とした態度を崩さない。

 彼から見れば、ソルスセイムを覆い尽くすほどのミラークの力とスコールが抱えてきた秘密は等価値とは思えず、スコール側であるフリアの色眼鏡が多分に加わっていると思っていたからだ。

 

「実際にミラークの力と比べてもどうなのだ?」

 

「だから、言えないと言っているでしょ! もし言える様なものなら、悪魔に目を付けられていながら、何世代も秘密に語り継ぐと思うの!?」

 

「ふむ、それほどのものという事か……」

 

 デイドラロードに目を付けられながらも、秘密を隠し通した。

 その事実を指摘され、ネロスはスコールの秘密という話にフリアの色眼鏡が加わっているという自分の憶測を修正した。

 おそらく、スコールの秘密とは、スコールのあり方だけでなく、このソルスセイム島の根幹に関わるようなものなのだろう。

の根幹に関わるようなものなのだろう。

 実際、このソルスセイムという島は、他の地域と比べても特に異質な島だ。

 地脈の起点となる岩が多数屹立している事や、レッドマウンテンに近い事。

 実際、数百年前にも、この島は別のデイドラロードの影響を多分に受けている。

 ネロス自身も、この島に何らかの秘密があると見越したからこそ、移住してきたのだ。

 フリアの怒声に自らの考えを改めたネロスは、今一度、事の中心にいるもう一人の人物に目を向けた。

 

「それで、どうするのだドラゴンボーン。

 ミラークに対抗するにはスコールの秘密をハルメアス・モラに渡さなければならない。しかし、このスコールの娘はおそらく頑として譲らんと思うぞ」

 

「……それは」

 

「…………」

 

 健人とフリアの間に、言い知れぬ緊張感が漂う。

 しかし、片やスコールの秘密を必要とするドラゴンボーン。片やその秘密を肝心のハルメアス・モラから守ろうとする一族の娘。

 ここに来て、健人とフリア、互いの立場が非常に曖昧なものとなった。

 健人がフリアを見つめると、彼女もまた健人をまっすぐと見返している。

 スコールの秘密は譲れない。

 フリアの瞳は、そんな彼女の内心を如実に語っていた。

 だが、双方が答えを口にする前に、閲覧室の外から耳を裂くような咆哮が響いてきた。

 

“グオオオオオオオオオオオ!!!”

 

 健人とフリアにとっては聞きなれてしまった咆哮。

 睨み合うように見つめ合っていた二人は互いに驚きに目を見開くと、弾かれた様に出口の門へと駆け出し、蹴破るように外に出て空を見上げる。

 暗雲立ち込める空には、映えるような金の鱗を輝かせたドラゴンが舞っていた。

 

「ドラゴン!?」

 

「エルダードラゴンか。ドラゴンの中でも相当な上位種だ」

 

 エルダードラゴン。

 健人が今まで相対してきたドラゴンの中でも最上位に位置する竜種。

 チャルダック上空で何かを探すように旋回し続けていたドラゴンは、遺跡から出てきた健人達を確かめると、彼らを睥睨するように上空でホバリングし始めた。

 

“ズゥー、クロサルハー。スリ、ミラーク、フェン、クリィ、ゴゥエイ、ブルニク、ジョール。ドィロク、ファール、フェント、ディル!(我はクロサルハー。主、ミラークが邪魔者を排除しろと命じられた。恐怖をその身に刻みながら死ね!)」

 

「主ミラーク? ミラークの手先か!」

 

 クロサルハー。

 ミラークに付き従う従属竜の一体。

 ソルスセイムの力の集約点である大岩を解放されたミラークが、邪魔者である健人を排除するために送り込んだ刺客。

 宣戦布告と共に、刺客であるドラゴンは胸を張り、首を大きく仰け反らせる。

 同時に“偉大な”ドラゴンの名に相応しい強烈な圧力が、地上の健人達に圧し掛かってきた。

 

「来るぞ!」

 

 健人とネロスが詠唱を開始。

 障壁を前方に張り、クロサルハーのシャウトに備える。

 

“ヨル……トゥ、シューーール!”

 

 業火のシャウトが放たれ、健人達に襲い掛かる。

 エルダードラゴンに属するクロサルハーのシャウトは、アルドゥインを除き、健人が相対してきたどのドラゴンよりも強力だった。

 健人の障壁は瞬く間に破砕されてしまうが、ネロスの障壁が何とかクロサルハーのファイアブレスを防ぎきる。

 シャウトを放ち終わり、上空を通過するクロサルハーを見上げながら、健人は奥歯を噛み締めた。

 

「くそ、こんな足場の悪い開けた場所じゃあ、嬲り殺しだ」

 

 健人達が今いる場所は、チャルダックの正門前。

 チャルダック自体が元々ほとんど海に没しているため、動けるスペースは正門前を除けば崩れかけの空中回廊くらいで、ほとんど足場がない。

 おまけに遺跡が海上にあるため、周囲が非常に開けていることから、上空からは健人達の姿が丸見えになる。

 

「不味いわね。場所が悪いわ。遺跡の中に退避する?」

 

「遺跡の出入り口はここだけだ。あのドラゴンを倒さない限り、脱出は不可能だな」

 

 健人達が調べた限り、この正門以外で出入口は確認できなかった。

 海面下には別の出入口があるのかもしれないが、そこは海の底。海上に出れば上空から狙い撃たれることは変わらない。

 

「ネロス、魔法であいつを撃ち落とせないか!?」

 

「やれるかもしれんが、相手はドラゴンだ。先ほどのように防御に回す魔力まで余裕があるかは分からんぞ」

 

 ネロスもエルダードラゴンとの交戦経験はない。

 相手の生命力がどの程度であるのか不明である以上、出来るだけ攻撃の為に魔力を温存しておきたいというのが本音であった。

 ついでに言えば、チャルダックの遺跡を踏破するために、ネロスも相当魔力を消費したし、健人も黒の書の中でポーションの類は使い果たしている。

 いくら半日で魔力を回復させたとはいえ、相手は空中を飛び回っていることも考えれば、地上に引き摺り下ろせるかは微妙なところだった。

 だが健人達が対抗策を編みだす前に、クロサルハーが再び健人達に向かって急降下してきた。

 再び襲い来るであろうシャウトを前に、健人は迎撃のためにあえて前に出る。

 

「ケント!?」

 

「ファス、ロゥ、ダーーー!」

 

 防御するだけの余裕がないなら、マジ力に依らない攻撃で迎撃するしかないと、健人は急降下してくるクロサルハーに向かって“揺ぎ無き力”を放つ。

 強烈な衝撃波なら、ファイアブレスを蹴散らせるだろうと考えての判断だった。

 

“ファス、ロゥ、ダーーー!”

 

 しかし、クロサルハーが放ったのは健人と同じ“揺るぎ無き力”だった。

 正面から激突した二つの衝撃波は互いに交差するように正面激突すると、互い違いにすり抜け、各々の獲物へと向かって飛翔する。

 健人が放った衝撃波をクロサルハーは素早く身を翻して躱す。

 一方、健人は空を飛ぶクロサルハーほどの機動力を持っていないが故に、向かってくる揺ぎ無き力を躱しきれなかった。

 

「どわあああ!」

 

「ケント!?」

 

 クロサルハーの揺ぎ無き力の直撃を受けた健人は、吹き飛ばされて足場の縁から空中に放り出されてしまう。

 海に落ちそうになる健人に、フリアが慌てて跳びかかって何とかその手を掴み取った。

 

「す、すまん!」

 

「いいから、早く上がって!」

 

 フリアの手を借りて健人は一秒でも早く足場に這い上がろうとするが、間の悪いことに、健人の腰に吊っていた剣帯の留め具がピンと音を立てて外れてしまった。

 固定具が外れた剣帯は、黒檀の片手剣ごと重力に従って健人の腰からすり抜ける。

 

「っ、剣が!」

 

 咄嗟に手を伸ばして掴み取ろうとするが間に合わず、黒檀の片手剣は鞘ごと波間から顔を除かせている遺跡の柱の隙間に落ちてしまう。

 剣は岩場の隙間に挟まって海の中に落ちることは免れたが、これでは簡単に取りに行くことはできない。

 さらに不味い事に、間一髪で海への落下を免れた健人が見上げる視界の端に、金色の翼がはためいた。

 体勢を崩した健人に向かって、三度急降下してくるクロサルハーがいたのだ。

 

「っ! フリア、上だ!」

 

「しま……」

 

 すぐにでも足場の上に這い上がろうとする健人だが、急降下してくるクロサルハーの方が早い。

 明らかに間に合わない。

 せめてフリアだけは……。

 そう思い、フリアの体を突き飛ばそうとする健人だが、彼が腕に力を入れる前に、視界の端から走った紫電がクロサルハーの体に直撃した。

 

“ぐお!”

 

「何だ!?」

 

 雷撃を受けて体勢を崩したクロサルハーは進路を横に逸れながらも、素早く翼をはためかせて飛び上がり、戦いの中で横槍を入れてきた不届き者に目を向けた。

 そこにいたのは、一人のカジート。

 背中にまるで孔雀のように多数の杖を差し込んだ頭の悪そうなカジートが、腕を突きあげながらクロサルハーに向かって罵声を上げている。

 

「おいコラ、そこのクソトカゲ! オイラの親友に何しやがるってんだい!」

 

「カシト!? どうしてここに!?」

 

 健人が驚きの声を上げる。

 彼を救ったのは、ホワイトランで別れて以降、会うことが出来なくなっていたカジートの友人、カシト・ガルジットだった。

 健人はカシトがソルスセイムに来ている事は聞いてはいたが、行方が分からなかったために、こんな遺跡で会うとは思っていなかった。

 

「ケント大丈夫!? オイラが助けに来たよ……ってどわああああ!」

 

 一方、ようやく願っていた健人との再会を果たした上に、これ以上ない程ナイスなタイミングで助けに入ったカシトはニへラ~と浮かれた笑みを浮かべていたが、当然ながらそんな闖入者をクロサルハーが見逃すはずもない。

 クロサルハーの怒りのファイアブレスが放たれ、カシトは大慌てでその場から逃げ出した。

 邪魔者を焼き殺そうとファイアブレスを放ち続けるクロサルハー。

 カシトは灼熱の炎から逃れようと必死に走り回るが、当然ながらそんな状況では、せっかく借りた魔法の杖に意識を集中することは出来ず、反撃などする余裕はなかった。

 

「ちょっと、タンマ、待って、暴力反対!?」

 

 先程までのカッコよさを僅か十秒で投げ出し、更には自分も暴力に訴えたことを棚に上げて、カシトは必死に逃げ回る。

 

「何だ、あの頭の悪そうなカジートは……」

 

 ネロスの呟きに、健人は思わず“まあ、そう見えますよね”と漏らしそうになる。

 ドラゴン戦だというのに、相も変わらず気が抜けそうになる親友の姿に健人が脱力していると、チャルダックの空中回廊の影から、ドラゴンに見つからないように身を屈めて近づいてくる人物がいた。

 

「ケント、無事か」

 

「バルドールさん、どうしてここに」

 

 ドラゴンの目を逃れて近づいてきたのは、大きな荷を背負ったスコールの鍛冶師、バルドール・アイアンシェイパーだった。

 バルドールは驚きの表情を浮かべて硬直している健人とフリアにピカピカと光る頭皮と同じような笑みを浮かべる。

 

「こいつを持ってきたのさ」

 

 背負った荷物を下ろし、中身が見えるように広げて見せる。

 荷物の中から出てきたものに、健人とフリアは目を見開く。

 

「これは……」

 

「黒檀のブレイズソードとスタルリムの短刀、それから、ドラゴンスケールの盾と軽装鎧。ケントの武具だ。スコール一の鍛冶師特製の装具だぜ?」

 

 それは、今まで健人が見てきたどの防具と比べても異質な武具だった。

 ブレイズソードを模した大小の刀が二振り。

 黒檀のブレイズソードを手に取ってゆっくりと鯉口を切ってみると、鮮やかな漆黒の中に煌めく雪を抱いた流麗な刀身が目に飛び込んでくる。

 鎧や盾は分厚く硬質なドラゴンの鱗で仕上げられており、そっと触れれば、驚くほどなめらかで、まるで生きているかのような熱が感じられた。

 鎧の背には中央と左右の肩甲骨付近に留め具があり、盾や矢筒、弓などを背中に固定し、素早く切り替えられるようになっていた。

 盾は健人の体格に合わせてやや小ぶりに仕上げられているが、顔などの露出部を防ぐには十分な大きさに仕上がっている。

 

「このドラゴンの鱗って……」

 

「ああ、サエリングズ・ウォッチでケントが倒したドラゴンの鱗だ。こいつを取って帰る途中で、あのカジートを拾ったのさ」

 

 そう言って、バルドールはグイっと親指で、現在進行形でドラゴンから逃げ回っているカシトを指さした。

 健人の鎧を作るにあたり、バルドールが目を付けたのが、ドラゴンの鱗だった。

 最初は黒檀で作ろうかとも考えたが、黒檀は重量があり、軽装鎧には向かない。

 力ではなく、体捌きや刀術を巧みに使って戦う健人の防具は、軽装鎧が適している。

 そしてドラゴンの鱗はその硬質さとは裏腹に非常に軽く、軽装鎧を作るには最高の素材だった。

 バルドールが作り上げたドラゴンスケールの鎧と盾はこのタムリエルで間違いなく最高位に位置する防具であり、極めて高い防御力と羽のような軽さを併せ持ち、生半可な武器はもちろん、下位のドラゴンの攻撃でも傷一つ付けられない品に仕上がっていた。

 

「ケント、急いで武具を身に着けて。時間稼ぎは私とネロスでするわ。バルドール、弓はある?」

 

「ああ、あるぜ」

 

 健人が呆然と自分のために作られた武具に見入っている中、フリアが覇気を揺らめかせながら、バルドールから手渡された弓矢を手に立ち上がる。

 その瞳には煌々とした戦意に満ちていた。

 一方、ご指名を受けたネロスは腕を組んだままため息を吐いていた。

 

「また私をこき使うつもりか? 相変わらず不躾で無遠慮な小間使いだ」

 

 実際、ダークエルフ五大家の一角において、最高位のウィザードに対してここまで無遠慮に働かせようとする者は皆無だったし、むしろネロスは使役する側だった。

 フリアとしてもそんな事は承知の上であるが、相手はドラゴンである。

 サエリングズ・ウォッチで実際にドラゴンと戦闘して死にかけたフリアだからこそ、今はネロスの小言を聞く気は皆無だった。

 

「うるさい、今は猫の手も借りたいのよ! テルヴァンニ家一の魔法使いなんでしょ! 半日休んでも魔力が回復しない普通の魔法使いなわけ?」

 

「小娘が、言ってくれるな。いいだろう。我が秘奥、見せてくれる!」

 

 クロサルハーは今、逃げ回るカシトを狙っているため、フリア達からは意識が逸れている。

 時間を稼ぐために駆け出したフリアが挑発混じりの言葉をかけると、ネロスもまた珍しくやる気を出したのか、その真紅の瞳に熱意を宿しながら、フリアの後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健人を助けようと、タルヴァスからぶんどった(カジート曰く借りた)魔法の杖で横からドラゴンにちょっかいを掛けたカシトだが、現在進行形で絶体絶命の状況だった。

 

“ヨル、トゥ、シューーール!”

 

「うわちゃちゃちゃちゃ!」

 

 上空からホバリング状態のクロサルハーから向けられたファイアブレスが、カシトに襲い掛かる。

 自分の体を飲み込んで有り余る業火の奔流を前に、カシトは背負った杖を突き出して魔法を発動させる。

 込められていた魔法は“魔力の砦”。

 熟練者クラスの上位魔法である。

 とはいえ、回復魔法についてはサッパリ覚えのないカシトが、そんな上位魔法が付呪された杖を満足に使えるはずもない。

 杖の魂力は瞬く間に消費されていく。

 カシトはこのまま炎を吹き続けられては堪らんと、雷の魔法である“ライトニングボルト”が付呪された杖も取り出してクロサルハーに向けて発動するが、相手は普通のドラゴンとは一味違うエルダードラゴン。

 見習いクラスの破壊魔法が大した効果を上げるはずもなく、多少体を身じろぎさせるが、直ぐに十倍返しとばかりにさらに苛烈なシャウトをカシトに浴びせ返してくる。

 地面を転がりながら這う這うの体で杖を掲げ、再び魔力の砦を発動させてシャウトを防ぐが、カシトがジリ貧なのは目に見えて明らかだった。

 

「無理無理無理!もう無理~~。ケント助けて~~!」

 

 悪循環に陥ったカシトが杖を掲げたまま悲鳴を上げるが、展開されている障壁の光が、徐々に薄くなっていく。

 このままではそう時間もかからずにカジートの丸焼きが完成してしまうだろう。

 だが“魔力の砦”を付呪した杖の魂力がいよいよ少なくなってきたその時、横合いから強烈な“サンダーボルト”がクロサルハーに直撃した。

 

“グオオオ!“

 

「え!?」

 

 ライトニングボルトを遥かに上回る威力に、ホバリングしていたクロサルハーは思わず身を翻して上空に退避する。

 サンダーボルトの破壊魔法を放ったのは、当然ネロスである。

 上空のクロサルハーを一時追い払ったネロスは、地面に倒れているカシトの傍に駆け寄ると、彼が持っていた魔法の杖を奪い取るように引っ手繰った。

 

「おい猫! その杖をよこせ!」

 

「あ、おいらの杖!?」

 

 引っ手繰ったライトニングボルトの杖を掲げ、クロサルハーに向かって杖を発動させようとする。

 しかし、破壊魔法の技能がほぼ皆無のカシトが使いまくった為に魂力の尽きた杖は、ウンともスンともいわない。

 ネロスはほかの杖も試してみるが、軒並み魂力不足に陥っていた。

 

「ち、碌に力が残っていない。素人が無暗に使うからこうなる!」

 

「し、仕方ないだろ! これ使わなかったらオイラ死んじゃうよ!?」

 

 悪態をつきながら魂力の尽きた杖を投げ捨てるネロスに、カシトが涙目で反論する。

 実際、この杖がなかったら、健人とフリアは仲良くバーベキューされていたし、カシトもカジートの丸焼きになっていた。

 しかし、相手は話を聞いても無視する事で有名な偏屈マスターウィザード。相手の都合など考えない点では、カシトすら上回る超絶自己中ダンマーだった。

 

「この杖、タルヴァスの物だな。貴様、なぜ私の杖を持ってこなかった!? 丁稚の癖に使えない奴だな!」

 

「お宅の弟子が貸してくれなかったんだよ!? それに丁稚!? オイラはあんたの召使いじゃないよ!? この傲慢ダンマー!」

 

「貴様、テルヴァンニ家随一のマスターウィザードであるこの私に……」

 

 おまけに、いつドラゴンに丸焼きにされてもおかしくないこの状況。

 逼迫した危機的状況であることが二人の頭から相当冷静さを奪っている。

 そんな二人に割って入ってきたのは、フリアだ。

 上空のクロサルハーにバルドールから受け取った弓矢を放ちながら、危機的状況下でも言い争いをする愚か者二人の脳天に、器用に踵落としを振り下ろす。

 

「ごあ!」

 

「ギャン!」

 

「やかましい! 湿潤型陰湿菌糸に口から生まれたような騒音カジート!」

 

「き、菌糸……」

 

「さすがのオイラも口から生まれたって言われたのは初めて……」

 

 仲良く頭を抱えながら、フリアの罵倒に思わず閉口するネロスとカシト。

 しかし、状況は待ってくれない。

 ネロスのサンダーボルトを警戒して一時退避していたクロサルハーが戻ってきて、ホバリングしながら胸を大きくのけ反らせた。

 再びシャウトを放とうとしているのだ。

 

「言い争いしている場合じゃないでしょ! 来るわよ!」

 

「チッ、カジート! 貴様はその”魔力の砦“の杖を使え! いいか、絶対に詠唱を邪魔させるなよ!」

 

 言うが早いか、ネロスは即座に詠唱を開始する。

 これまでネロスが使ってきた“サンダーボルト”と比べても、比較にならないほど長い詠唱。

 ネロスの奥の手と呼べる魔法なのか、彼の体から可視化できるほどの魔力が噴き出し、渦のように円を描いていく。

 ネロスの指示を耳にして、カシトは咄嗟に杖を構えて魔法を発動させた。

 クロサルハーのファイアブレスが三人に襲い掛かる。

 カシトが魔法の杖で展開した障壁は、上空から放たれたシャウトを正面から受け止め、防がれた炎の奔流は二つに分かれて疾走し、タイル状の遺跡の床を舐めていく。

 取りあえず、一撃は防げた。

 しかし、魂力の尽き掛けた杖はすでに限界だった。

 

「ちょ、わわわ! 無理、もう杖の魂力が切れる!」

 

 障壁の光はあっという間に小さくなり、フッと幻のように消え去る。

 上空では、クロサルハーが再びシャウトを放つ用意をしている。

 

“ヨル、トゥ、シューーール!”

 

 魔力の守りを失くした三人に、再び放たれた獄炎の奔流が迫る。

 防ぐ手立てを失い、茫然自失とするカシト。彼の横で、フリアが動いた。

 

「ふん!」

 

 魔法で防げないなら物理的な盾で防げばいいとばかりに、フリアは遺跡の床板の隙間に斧を打ち込み、一気に引き上げる。

 長年の風浪で繋ぎ目が脆くなっていた床板は、フリアの怪力にあっという間に剥がれて持ち上がった。

 

「嘘……なんて怪力女……」

 

 畳返しならぬ、石床返し。

 大人三人が隠れても有り余るほどの大きさの床板を一人で引っぺがしたフリアに、カシトがあんぐりと口を開けている。

 フリアは持ち上げた床板を盾のように構え、クロサルハーのファイアブレスを受け止めた。

 瞬く間に石床が熱を持ち、フリアの手を手甲越しに焼いてくるが、直接炎に焼かれる事態は避けられた。

 その間に、ネロスの詠唱が完了した。

 膨大なマジ力が精緻な術式と詠唱に従って大量の電子に変換され、強烈なイオン臭と共に術者であるネロスの周囲に纏わりついている。

 

「我がテルヴァンニ家の秘術、食らってみるがいい!」

 

 高々と両手を掲げ、集約された雷をクロサルハーへと向かって放つ。

 極太の紫電が一塊になり、まるで竜の咆哮のような轟音を奏でながら、一直線にクロサルハーへと向かって疾走していく。

 ライトニングテンペスト。

 サンダーボルトのさらに上位、達人クラスに位置する、文字通りの最上位の破壊魔法だ。

 

“ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!!”

 

 ネロスのライトニングテンペストは、クロサルハーのファイアブレスを真っ二つに切り裂き、余波で海水を蒸発させながら、件のドラゴンの胸部に直撃した。

 鮮やかな金の鱗が弾け飛び、肉が焼ける匂いが噴き出す。

 余波の雷が海面を焼き、膨大な量の蒸気をまき散らす。

 極太の極雷砲撃を受け、クロサルハーが悲鳴を上げながら落下していった。

 

「すごい……」

 

「ち、魔法自体の威力はともかく、シャウトと海水の蒸気で威力が減衰したか……」

 

“グオオオオオオオオオオ!”

 

 ネロスの言葉を肯定するように海面に激突する直前、クロサルハーは翼をはためかせて、何とか海への落下を回避した。

 いくらネロスと言えど、チャルダック内で消費したマジ力を完全には無視できず、更にはクロサルハーのシャウトと立ち上った蒸気がライトニングテンペストの威力を減衰させてしまった。

 一方、予想外の痛手を受けたクロサルハーはその瞳に激烈な怒りを宿してネロス達を睨みつけると、一気に加速して三人めがけて突っ込んで行く。

 低空を高速で飛翔するドラゴンの起こす暴風が海面の白波を砕き、飛沫を上げる。

 激怒しながら自分達目がけて突っ込んでくるクロサルハーを眺めながら、ネロスは参ったと言ったように、はあ……と大きく息を吐いた。

 

「魔力が尽きてしまった。そっちはどうだ? スコールの娘」

 

「……駄目ね、矢は全部弾かれたわ。まったく、相変わらず嫌になる頑丈さね」

 

 フリアがお手上げというように、空になった矢筒と弓を放り捨てる。

 彼女もまたバルドールが持ってきた鋼鉄の矢を幾度となく射かけてみたが、全く効果はなかった。

 

「オイラの杖も限界……」

 

 先程まで勢いよく雷を吐き出していた杖も、今では先端からパチパチと小指の爪程度の火花を出す程度まで魂力を使い果たしていた。

 ネロスはマジカが尽き、フリアの持つ弓矢や、魂力の尽きた魔法の杖程度では、ドラゴンの突進は止められない。

 もうダメだー! とカシトが頭を抱える一方、ネロスとフリアは驚くほど冷静な瞳で、襲い掛かってくるクロサルハーを睨みつけていた。

 

「不覚であるし、不満はあるが、致し方ない。後は“奴”に任せよう」

 

「ええ、そうね……。少し、口惜しいけど」

 

「奴って……誰?」

 

 ガシガシと頭を掻きむしっていたカシトが、ネロスとフリアの言葉に首を傾げる。

 次の瞬間、チャルダックが沈む海面一帯に、強烈な“声”が響いた

 

「ムゥル、クゥア……!」

 

「……ケント?」

 

 強烈な気配と共に、カシトの視界の端に映り込んだ、虹色の燐光。

 それは、ドラゴンスケールの装具に身を包み、上半身を光鱗で覆った健人が、クロサルハーを追いかけるように空中回廊を疾走してくる姿だった。

 

 

 




ドラゴンスケールの鎧
バルドールが健人の為に作った軽装鎧。
極めで硬質でありながら、非常に軽量なドラゴンの鱗が使われており、軽装鎧として最上位の鎧でもある。
背中には中央と肩甲骨付近の合計三か所に止め具があり、盾や弓、矢筒なとをワンタッチで取り外しが出来るようにしてある。

ドラゴンスケールの盾
バルドールが健人の為に作った盾。
健人の体格に合わせてやや小ぶりに仕上げられているが、取り回しがしやすく、顔などの露出部を守るには十分な大きさが確保されている。
また、ドラゴンの鱗を使っているために非常に硬く、並大抵の武具では傷一つ付けられない。
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