【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十二話 導かれた絶望

 チャルダックでクロサルハーの襲撃を退けたものの、ミラークの幻影にドラゴンソウルを横取りされた健人達。

 ミラークとの力の差をまざまざと見せつけられた健人は、彼に対抗する力を求め、一路、スコール村へと向かっていた。

 ハルメアス・モラが持ちかけてきた取引。

 スコールの秘密と引き換えに、ミラークに対抗する為の最後の力の言葉を教えるという話を、ストルンに相談するためだ。

 同行者の中には、健人とようやく再会できたカシトと、健人の装具を持ってきてくれたバルドール。そして、ネロスの姿があった。

 チャルダックでの目的をすでに終えたネロスだが、どうやら健人の行く末が相当気になるらしく、そのままスコール村までついていくと言い張ったのだ。

 これについては、健人もフリアも相当驚いた。

 この偏屈なウィザードの事だから、目的の黒の書を確かめたらさっさとテルミスリンに帰ると思っていた。

 そして、チャルダックを出発してから数日。

 健人達はスコール村まであと一歩と言うところまで近づいていた。

 

「ソリチュードで船に乗っている健人を見た時は驚いたけど、こうして会えてよかったよ!」

 

「ソリチュードってことは、ノーザンメイデン号に乗った時か……」

 

 カシトから渡された外套の裾で口元を覆いながら、このソルスセイムに来た時のことを思い返していた。

 この外套には対冷気の付呪が施されており、非常に暖かかった。

 元はノーザンメイデン号の船長であるグジャランドが健人に渡すために、カシトに預けたものである。

 

「そうそう! 慌てて追いかけたんだけど、上官のリッケが煩くてさ~。ソリチュードでヘルゲンの事を報告したら退役のはずだったのに、やれ原隊復帰だの、やれドラゴン戦に備えろ! だの、嫌になっちゃうよ!」

 

 ヘルゲンで一緒にいた時と同じマシンガントークに、健人は苦笑を浮かべる。

 相も変わらず無駄口の多い友人ではあるが、今の健人にとっては、カシトの遠慮のなさは正直ありがたかった。

 一方、カシトの口煩さに辟易としているのは、ネロスである。

 魔法研究者であるがゆえに思索に耽っていた彼だが、カシトの大声で邪魔されたために、かなり不機嫌な様子だった。

 

「ふん、相変わらずカジートというのは口煩くてかなわんな。静かに思索に耽る事もできん」

 

「ベー! というか、なんでテルミスリンのお爺さんもまだ一緒に来ているのさ」

 

 ネロスという大魔術師を前にしても、カシトのペースは変わらない。

 これ見よがしに舌を出しながら、尻尾を立てて威嚇している。

 カジート特有の遠慮のなさも相まって、傲岸不遜なネロスに劣らぬ口の悪さだ。

 ちなみに、カシトが借りたタルヴァスの杖は、ネロスにしっかりと回収されている。

 言われなければそのまま借りパクする気満々だったのか、返す時のカシトは終始不満そうだった。

 ついでに言うなら、ネロスはネロスで返してもらった後、杖を眺めながら弟子の杖の出来栄えにあれこれ文句をつけていたりする。

 

「そこのドラゴンボーンに興味があるからに決まっているだろう? 観察対象としてはこれ以上ない存在だ。正確には、ミラークを含めた二人のドラゴンボーンにだが……」

 

 これ見よがしに健人を指さして観察対象と言い切られた健人としては複雑だ。

 チャルダックやクロサルハーとの戦闘や、ミラークの真意を推察していたことを考えても、魔術師としてこれ以上ないほど頼りになるのだが、いかんせん性格に問題がありすぎる。

 

「少しはそこのスコールの娘を見習ったらどうだ? チャルダックを出てから一言もしゃべらん。きっと私の思索を邪魔するまいと考えてのことだろう」

 

「…………」

 

 次にネロスが指さしたのは、フリアである。

 かのウィザードが言う通り、チャルダックからここまで、フリアはずっと沈黙したまま、ピリピリと張りつめたような威圧感を漂わせていた。

 健人とフリアの視線が噛み合う。

 互いに無言のまま見つめあうが、そこには甘い雰囲気など微塵もなく、ただただ言い知れぬ緊張感だけが沈殿していた。

 

「いや、お爺さん。あの娘さん、どう見ても気を使ったとか、そんな雰囲気じゃないよ? もし本気でそう思っているなら、カジートはお目目腐ってると思うな~」

 

「…………」

 

 ネロスのズレた言動に肩をすくめながら、カシトはチラチラと横目で健人に視線を送っている。

 どうやら、会話に交じってきて、少しでも場の雰囲気を和らげて欲しいらしい。

 しかし、健人はカシトのサインに気付いていないのか、沈黙したままフリアと視線をぶつけあっている。

 

「け、ケント~。聞いてる?」

 

「…………」

 

 カシトが自分のサインに気付いてくれない健人に焦れて自分から話を振ってくるが、肝心の健人は無反応。

 やがて健人とフリアは、互いに示し合わせたように視線を外すと、他の三人を無視して先へと歩き始めた。

 

「あうう……」

 

 完全に無視される形になったカシトがガックリと肩を落とす。

 そんなカジートを見て、バルドールが溜息を漏らした。

 

「まったく、下手に場を明るくしようとするから道化になるんだ」

 

 カシトとしては、健人に再会できたのは本当に嬉しかったし、健人もそう思ってくれていると思っていた。

 実際、健人もカシトと会えたことは嬉しかった。

 だがそれ以上に、ミラークに及ばなかった己の力の無さに焦っている様子だった。

 

「でも、鍛冶屋のオジサンとしてはどうなのさ……」

 

「そうだな。フリアは自分の父親から、スコールの呪術師としての教えをずっと受けてきたし、あいつも後継者として、それを受け入れていた。俺自身、ハルマモラとの取引など怖気が走る。スコールの民としては、決して受け入れられない話だな」

 

 バルドールはスコールの民として、この場にいる誰よりもフリアの立場や背負っているものを理解している。

 彼としても、ハルメアス・モラとの取引など、唾棄すべき話である。

 健人自身は言葉にはしていないが、カシトもまた、彼がハルメアス・モラの話を鵜呑みにはしていないことは察していた。

 

「ケントも“力をくれてやる”って話、内心では疑っていると思うな~」

 

「だが、他に方法がないのも確かだ。相対して分かったが、ミラークの服従のシャウトは力の過多など関係なく、相手の意思をそのまま操る。対抗策がなければ、結果は明らかだ」

 

 一方、テルヴァンニ家の魔術師として、事の成り行きを観察することを目的としたネロスは冷静だった。

 ネロスの言葉を聞いて、バルドールとカシトは複雑な顔を浮かべた。

 あまりにも強力なミラークの服従のシャウトを目の当たりにした彼らも、健人やフリアの懊悩を理解できるが故の表情だった。

 

「もっとも、今のドラゴンボーンが服従のシャウトを身に着けたとしても、勝算は低いだろうがな」

 

「そんな事、やってみなけりゃ分からないよ」

 

 ムスッとした顔で抗議の声を上げるカシトを無視しながら、ネロスもまた健人とフリアの後を追って歩き始める。

 

「そもそも、この状況自体が、ハルメアス・モラが望んだことだろう。己のドラゴンボーンと、新たなドラゴンボーンの戦い。その行く末に興味がないはずがない」

 

 ある意味、ネロスはハルメアス・モラと同じ興味を、健人とミラークに対して抱いている。

 故に、彼はこの一行の中で、知恵の悪魔の考えに一番理解を示していた。

 知識を求めるとは、未知のものに対する好奇心がその原動力にある。

 ネロスもまた、人並外れた好奇心を持つが故の言葉だった。

 もっとも、一介の定命の者であるネロスと、悠久の時を揺蕩う邪神とでは、その好奇心の強さにも雲泥の差があるのは確かだ。

 ネロスも、自らとハルメアス・モラとの存在規模の差は理解しているが故に、彼自身も邪神の企み全てを察しているわけではない。

 

「……まあ、相手は知識と星読みを司るデイドラの王子だ。他に妙案もない。もうすぐ賽も投げられるだろう。その時に分かるだろうさ」

 

 それだけを言い切ると、ネロスもまたスコール村へと向かって歩き始める。

 ネロスの端的なその言葉が、今の一行の心情全てを物語っていた。

 カシトとバルドールはネロスの言葉に複雑な表情を浮かべつつも、三人の後を追う。

 

「……ついたぞ」

 

 そして彼らの前に、ノルド達の特徴的な装飾が施された、尖がり屋根の家屋が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 スコール村に到着した健人達は、その足でストルンの元を訪れた。

 彼らがストルンの家を訪ねると、彼は自宅の前で座り込み、天を仰ぎながら瞑想をしていた。

 健人がゆっくりとストルンに近づくと、彼は皺ばんだ瞼をゆっくりと開き、静謐に満ちた瞳を健人に向けた。

 健人はあまりのも静かなストルンの瞳に、ゴクリと息を飲む。

これから語ろうとしている話は、スコールの呪術師であるストルンからすれば、口にすることも憚られるような話だ。

 しかし、事は既にスコールに及んでいる話である。黙っていることは出来ない。

 健人は緊張感を解すように一度大きく深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。

 

「ハルメアス・モラと話しました。スコールの秘密を知りたがっているようです」

 

 健人はストルンに、ミラークの力の元凶と、求めてきた取引について話す。

 ハルメアス・モラ。

 スコールでの呼び名はハルマモラ。

 知識の悪魔の名の通り、長年にわたってスコールの秘密を暴こうとしてきたその邪神の名を聞き、ストルンは大きく息を吐いた。

 

「そうか、ハルマモラその人がか。なるほど、やはり、彼がミラークの力の元凶か。彼が我々を騙して、秘密を開示させようとした逸話は幾つもある。今まで我々が守ってきたものを再び奪おうとしてきたわけだ」

 

 元々、この島を覆う力についてある程度の推察をしていたストルンだが、健人には彼の声色が、どこかこの未来を察しているかのような落ち着きと諦観が混じっているように感じられた。

 そんなストルンの様子を見て、健人の胸の奥に言いようのない苦さが鎌首をもたげる。

 

「スコールの秘密とは、いったい何ですか? ハルメアス・モラが欲しがるものとは一体……」

 

 胸の奥で沸き上がり始めた苦々しさを無視しながら、健人はストルンにスコールの秘密について尋ねてみる。

 ストルンはその豊かな顎髭をひと撫ですると、おもむろにスコールの秘密について語り始めた。

 

「全創造主がソルスセイムをスコールに与えて以来、呪術師から呪術師へと伝えられてきた古代の伝承だ。風との話し方、大地の声の聞き方、それが我らの秘密だ。力や熟練に関連したものではない」

 

「ソルスセイムに関わるものでは?」

 

「ソルスセイム島そのものというよりは、この島と私達の関係を作る上でなくてはならないものだ。この島は、多く大地の力の穴がある。それらはこの島と密接に関わるが故に、この知識はソルスセイムで生きていくには非常に有用なものだ」

 

 スコールの秘密は、いわば自然との調和を行っていく上で大きな力となるようなものだった。

 このソルスセイムは、スカイリムと比べても厳しい自然環境だ。

 特にスコール村がある島の北部は、薪集めですら死者が出るほどの吹雪に見舞われることが多々ある。

 また、この島には大地の岩を始めとした地脈の穴といえる場所が数多あり、それらからは、ソルスセイムを覆う力が常に湧き出している。

 スコールの秘密は、これら地脈の声を聴くためのものなのだ。

 もしも、ソルスセイムで生きていくにあたり、風との対話法を知っていれば、これから来るであろう吹雪に備えることができるだろう。

 また、大地との会話法は、雪崩や氷河の滑落を予見できるかもしれない。

 この秘密は、大地の力が特に集約したこのソルスセイム島で長年過ごしていたスコールがいつの間にか体得したのか、それとも全創造主とやらがスコールに授けたのかは、健人にはわからない。

 実際にどの程度の事が成しえるかも不明である。

 しかし、この厳しい環境の中で、何世代も生を繋いできたスコール達の、文字通り命の結晶であることは間違いない。

 

「しかし、問題は力の桁や優劣ではない。奴は秘密を集めて隠す性分なため、秘密その物の価値は問題ではないのだろう。力の使い方や有用性よりも、奴が有していない知識その物をスコールが有しているという事実が、奴の衝動を掻き立てている」

 

「だが、大地の声を聴く、という力は、使いようによってはどのように利用できるかど分からん。知識はその使い方によっては、予想外の力を発揮することは多々ある。スコールが力や熟達に関係ないと言ったところで、ハルメアス・モラや他の力ある存在が使えば、信じられないような災禍を引き起こす可能性もあるやもしれんな……」

 

 強大な力となるようなものではない言い切るストルンに、ネロスが釘を刺した。

 あり得る可能性を口にするその言葉は、スコールへの警告も含んでいる。

 ネロスの言葉を否定しきれるようなものはない。

 神と大地。矮小な人間が語り、憶測を並べるにはあまりにも存在規模が違いすぎるからだ。

 おまけに、今回のミラークが行った惨事は、まさに地脈の力を悪用した結果、引き起こされている。

 ミラークはシャウトの力を使ったが、それがスコールの秘密に取って代わっていたとしても不自然ではない。

 スコールの“聴く”力が、いつ“行使する”力に変わっても不思議ではないのだ。

 そのことを理解しているのか、ストルン自身もまた、ネロスの言葉に沈黙している。

 しばしの間、ストルンは瞑目して考え込んでいたが、やがて覚悟を決めたのか、瞑想を止めてゆっくりと立ち上がると、徐に天を仰いだ。

 

「……太古からの敵に民の秘密を明け渡す役が回ってくるとはな。奴と対峙できる力が今の私にあるかどうかは分からない。樹の岩は汚されたままで、大地は未だ不安定だ。だが、残りの岩が解放されているならば、可能かもしれん。これ以上は望めんか……」

 

「本当に、ハルメアス・モラに秘密を話すんですか?」

 

 ネロスの憶測を聞けば、スコールの秘密が予想外の災禍を招く可能性を思い浮かべるのは間違いない。

 それでもストルンは、健人の問い掛けにしっかりと頷いた。

 

「そうだ。スコールの言い伝えでは、ハルマモラに秘密を明け渡す日についても語られている。ハルマモラが我々に勝利する日がな……」

 

 スコールの呪術師の間で連綿と伝え続けられていた口伝。

 その中には、ハルメアス・モラがスコールの秘密を手にする時についても語られているらしい。

 その事実に、健人だけでなく、フリアもまた目を見開いている。

 どうやら彼女は、予言や言い伝えのすべてをストルンから聞かされていたわけではないようだ。

 

「呪術師としては秘密を守るだけではなく、明かすべき時を判断するのも責務だ。今がその時ではないだろうかと考えている。

 フ……もしこれが誤りなら、ご先祖様に許しを請うしかないな」

 

 己のすべきことを見定めた、ある種の達観した瞳で、ストルンは健人を見つめてくる。

 その静寂に満ちた瞳が、健人の胸をズグンと抉った。

 

「本を渡してくれ。私が直接、ハルマモラと話をしよう。そして取引を守るよう、念を押すとしよう」

 

 本を渡してくれ。そう述べてきたストルンに、健人は姉に殺された友竜の姿が被って見えていた。

 本当にこれでいいのだろうか? 

 健人の心に迷いが生じる。

 ヌエヴギルドラールとストルンは違う。

 あのドラゴンは生きることそのものを諦めていたが、ストルンの瞳にあるのは己の使命を全うしようとする強い意志。これから先も命が繋がれていくことを願う、優しい想いだ。

 しかし、健人は胸の奥で疼く嫌な予感を、どうしても拭えなかった。

 あの時のように、何か取り返しのつかない事態になるのではないかという悪寒が、健人に黒の書を渡すことを躊躇わせた。

 

「……本当に、いいんですか? 言葉にはしていませんでしたがハルメアス・モラは、何か企んでいるような気がします」

 

「その点は同感だ。この代償を価値あるものにしてくれると、信じている」

 

 代償。それは、スコールの秘密だけで終わるのだろうか?

 その様な考えが脳裏によぎり、健人は黒の書を取り出しはしたものの、ストルンに手渡すことはできなかった。

 だが、ハルメアス・モラとの契約を履行せねば、ミラークに対抗することは不可能である。

 懊悩しながら、唇を噛みしめる健人の姿に、ストルンは微笑む。

 

「君は、優しいドラゴンだな。その優しさはこの世界では儚いのかもしれないが、無くさないでほしいものだ……」

 

 そう言って、ストルンは健人の手からスッ……と黒の書を取り上げると、ゆっくりと村の中央にある広場、かつて、結界を張るために祈りをささげていた場所へと歩き始めた。

 

「父さん、やめて! この本は邪悪よ! 私に教えてくれた事、全てに反しているわ!」

 

「やらねばならんのだフリア。ミラークの影からソルスセイムを解放するには、これしかない」

 

 父の姿と覚悟を見て、フリアが悲鳴にも似た叫びを上げる。

 しかし、ストルンが歩みを止めることはない。

 彼はすでに、呪術師として己の役割を見出し、覚悟を決めていた。

 懊悩に揺れる健人や、呪術師として未熟なフリアに止められる覚悟ではない。

 

「全てが変わらなければならない時は来るものだ。生きていれば、永久に変わらぬものなどない。私のことは心配するな娘よ。これは、全創造主が私に定めた運命なのだ」

 

 祈りの場にたどり着き、振り返ったストルンは、優しく娘に言い聞かせる。

 運命。

 スコールの呪術師として、そして父親として娘を優しく諭すのその姿は、自分の父と会えなくなった健人にとってはとても眩しく見えた。

 父の覚悟を知ったフリアは、それ以上声を荒げることはなく、ただ小さく頷いた。

 

「傍にいるわ、いつものようにね……」

 

「この書のマスターが何を用意しようと、私は受け止めてみせよう」

 

 そしてストルンは、意を決して黒の書を開いた。

 開かれた黒の書のページが毒々しい光を放ちながら、脈動し始める。

 そして次の瞬間、書の中から突き出た触手が、ストルンの体を貫いた。

 

「ぐ、あ!」

 

「父さん!」

 

「ストルンさん!?」

 

 健人とフリアが悲鳴を上げる中、空中に濃緑色の泡に包まれた無数の瞳が現れ、歓喜に満ちた声を響かせた。

 

「スコールがついに、私に秘密を明け渡す……」

 

 ストルンを貫いたハルメアス・モラは、彼を弄ぶように触手をのた打ち回らせ、その度にストルンの口から苦悶の声が漏れる。

 健人とフリアが慌ててストルンの元に駆け寄り、彼の体から触手を引き抜こうとするが、ハルメアス・モラの触手はガッチリとストルンの体を貫いており、ビクともしない。

 体を貫かれたストルンが、ゴポリと血を吐きながら、見下ろしてくるハルメアス・モラを睨みつける。

 

「き、貴様、嘘を……」

 

 ストルンが漏らした嘘という言葉に、健人が反応して激高した声を上げた。

 

「どういうことだ! 秘密を渡すだけのはずだろう!」

 

「嘘ではない。秘密は貰っていく。この者の魂と共にな……」

 

 スコールの秘密を手に入れるために、ストルンの魂を抜き出すと言い切るハルメアス・モラ。

 そして、知恵の邪神の“嘘ではない”という言葉に、健人は目を見開く。

 

「これが、私と彼との契約だ。私はこう言ったぞ。お前は秘密を持っている者を私に差し出す。そして私がその秘密を手に入れ、対価として力を与える……と」

 

 ハルメアス・モラが語る健人の役目は“秘密を渡す”ことではなく、“秘密を知る者を差し出す”のみ。

 そしてその秘密は、ハルメアス・モラ自身が手に入れる。

 そう、ストルンに書を読ませた時点で健人の役目は終わりであり、秘密の入手方法は、あくまでハルメアス・モラが決める事だった。

 

「もっとも私が呪術師から秘密を手に入れる方法については、語る必要はなかったな……」

 

「があああああああああああああ!」

 

 そして、黒の書が一際強い光を放つと、ストルンの悲鳴がスコール村中に響き、彼の胸から白く淡い光を放つ光球が引きずり出された。

 それは、ハルメアス・モラがストルンの体から引きずり出した、彼の魂そのもの。

 知恵の邪神はスコールの秘密を知るストルンの魂を、アポクリファの領域に引きずり込む事で、秘密を手に入れるつもりだったのだ。

 

「くっ!?」

 

 そうはさせないと健人が手を伸ばすが、実体のないストルンの魂は健人の手をすり抜け、黒の書の中へと消えてしまう。

 

「父さん! 何てこと!」

 

 貫いていた触手が引き抜かれ、ストルンの体が崩れ落ちる。

 フリアが彼の体を受け止めるが、ストルンの体はズタズタに引き裂かれており、見るも無残な状態だった。

 

「ドラゴンボーンよ、頼んだ贈り物を持ってきてくれたな。

 お礼に約束を守ろう。オブリビオンの王子として、恥じぬようにな。ミラークに挑戦するための、必要な力の言葉をやろう」

 

 ハルメアス・モラの声に反応するように、ストルンの遺体がビクリと細動し、続いて、切り裂かれた胸に緑色の刻印が現れる。

 その刻印は、爪で引っかいたようなドラゴンの文字であり、服従のシャウトを構成する際の最後の一節だった。

 

“ドヴ”

 

 ドラゴンに連なる系譜を意味するその言葉が、健人の魂に刻まれる。

 脳裏に浮かぶ言葉の意味と、言いようのない怒りに、健人は奥歯をかみしめる。

 そんな健人の姿を見つめていたハルメアス・モラは、これ以上ない程の満足感を漂わせる声で呟いた。

 

「お前は、彼の好敵手になり、その糧か、後継者になるだろう。運命の流れに、定められるまま……」

 

「っ! お前!」

 

 激昂した健人が腰の黒檀のブレイズソードを引き抜いて、ハルメアス・モラに斬りつけるが、ハルメアス・モラの体は瞬く間に空間に溶け、健人の刃は空しく空を斬った。

 

「父さん……」

 

 引き裂かれた父の亡骸を抱きしめながら、絶望と哀愁に満ちたフリアは、唯々項垂れている。

 物言わなくなったストルンの遺体に、キラリと光る滴が落ちた。

 

「フリア……」

 

「行って……。父さんが犠牲になったのは、ミラークを殺して、彼のマスターの影をこの地から消し去るためよ! 行って! 必ずミラークを殺して! 必ず……」

 

 悲痛なフリアの叫びを聞き、健人は自分が招いたこの悲劇に怒りを禁じえなかった。

 ギシリと握りしめられた拳が、ドラゴンスケールの小手を軋ませる。

 周りをよく見れば、スコール村の人達が健人を見つめていた。

 皆、事の成り行きを見ていたが故に、健人を見る目には、どこか言いようのない怨嗟に満ちている。

 スコール達の憤りの視線を一身に浴びる健人。その傍に、カシトがそっと寄り添う。

 スコールと健人の間に割って入ったカシトの手は、腰の短剣に添えられていた。

 もし、スコールが健人に牙を向くなら、容赦なく短剣をスコール達に突き付ける気なのだ。

 

「ケント、大丈……」

 

「カシト、後を頼む」

 

 だが、健人はカシトを制するように手を上げると、黒の書“白日夢”を取り出した。

 健人が何をする気なのか察したカシトが何かを言う前に、彼は白日夢の冊子を開く。

 次の瞬間、健人は黒の書を通して、アポクリファの白日夢の領域へと引きずり込まれていった。

 一瞬で暗転する視界。

 霞がかった視界が徐々に戻ると、健人の目に、ミラークと初めて会った広場が飛び込んできた。

 周囲には人影はおろか、ルーカーもシーカーも見当たらない。

 広場のはるか先には、天を突く巨大な塔が聳え立っている。

 健人は遠くに立つ塔を睨みつけながら、自分に対して、今までの人生でこれ以上ない程激怒していた。

 フリアの父親を死なせてしまった罪悪感と後悔。

 健人の脳裏に、ヌエヴギルドラールとの死別が明確に思い出される。

 あの時感じた無力感。それが、何倍にも増して健人の心を責め立てていた。

 

「行くぞ……必ずミラークを、殺す」

 

 今の健人に出来ることはもはや、ミラークを殺し、ソルスセイムを覆う脅威の根源を絶つ事しかなかった。

 口に中に広がる、赤錆にも似た血の味を嚥下しながら、強烈で明確な殺意と憎悪を胸に、健人は白日夢の領域を進み始めた。

 

 


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