【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

63 / 130
第十三話 黒の書“白日夢”

 黒の書“白日夢”の領域を進む健人。

 “白日夢”の領域は“手紙の書き方に関する見識“と同じく、通路の奥にある転移の書物を読むことで先へと進むことができた。

 ただ、白日夢の領域を進む中で特徴的だったのは、他の黒の書とは違う奇妙な書物が道中にあった事だ。

 

「骨無き、四肢?」

 

 その書物は台座の上に丁寧に置かれ、その辺に投げ捨ててある書とは明らかに違う扱いをされていた。

 健人はその書を取って、中を読んでみる。

 

のたうつ沢山の手足

すり抜ける水面を捕らえようとする手

手を伸ばしてその顔に触れよ

心に火をつけ、生身を剥きだせ

 

「なんだこれ? 明らかに知識を記した書物じゃない」

 

 その書は、知識を記したものではなく、何か別のものを書き記したものだった。

 健人が白日夢の領域をさらに進むと、似たような書物がいくつも見つかった。

 

「検索するハサミ」

ばきんと折れ、ぐいっと引き

ぎゅっと締め、ばりっと割れる

マテガイの殻を砕いている

被験者が心弱り命尽きるまで

その体を縛りつけるために

 

「覗き見る瞳」

軽やかな感覚でこの世を受け入れるものは

外面の輝きを追い求めることも出来る

彼らは一番大事なものを全て奪い取る

知りえた細事をつたえんがために

 

「剥き出しの歯列」

突き出た骨、引き裂きすり潰せ

湿った灼熱の深淵で

逆らう骨から肉を剥すうちに

体は食べる支度ができる

 

「これは全部、ハルメアス・モラの姿形と、その行いを示す書か……」

 

 健人が見つけた四つの書物は、ハルメアス・モラの造形を表し、同時にかの邪神の行いを端的に示した書物だった。

 検索し、覗き見て、骨と心を折り、深淵の奥で咀嚼する。

 正しく、ソルスセイムを覆う一連の事変……いや、健人がこの世界に来てから、ハルメアス・モラが彼に対して行おうとしている事だった。

 己の知識欲を満たしてくれる者を探し出し、監視し、干渉して抵抗の意思を折って、アポクリファに幽閉するという。

 

「なるほど、後は俺の骨を折って、深淵に引きずり込むだけってことか……どうでもいい」

 

 どこか他人事のように呟きながら、健人はさらに先へと足を進めると、やや開けた広間に出た。

 広間の中央には、二体の異形が、侵入者である健人を睨みつけている。

 

「シーカーと、ルーカー……。センチュリオンじゃないな。上位種か?」

 

 シーカーとルーカー。

 黒の書関連の事件の中で幾度となく戦ってきた相手だが、健人の目の前に立ちはだかっている二体が纏う雰囲気は、今まで戦ってきた相手と明らかに違っていた。

 ルーカーはこれまで見てきたどの個体よりも巨大で、全身のほとんどを硬質で分厚い鱗が覆っている。

 シーカーが纏う魔力も別格で、明らかに精緻に練り上げられた魔力を纏っていた。

 ルーカーの守護者、そしてハイ・シーカー。

 どちらも、このアポクリファでは最高位に近い力を持つ者達だった。

 

「関係ない。邪魔をするなら殺すだけだ」

 

 だが、相手がどんな敵だろうと、今の健人には関係がなかった。

 健人が腰の黒檀のブレイズソードを抜くと、彼の戦う意思に反応したのか、前衛を務めるルーカーの守護者が前に駆け出し、ハイ・シーカーが後ろで魔力を猛らせて詠唱を始める。

 間合いを詰めてきたルーカーの守護者がその腕を振り上げるが、健人は迫りくる巨腕を一瞥しただけで、淡々と戦闘行動を開始した。

 

「ウルド……」

 

 旋風の疾走を一節だけ唱え、瞬間的に加速。

 ルーカーの側面を駆け抜けざまに刃を一閃させ、ルーカーの守護者の硬質な鱗ごと右足を深々と切り裂く。

 さらに、バランスを崩したルーカーの守護者の背に飛び乗り、背後から首に刃を突き立てると、突き刺した刀の柄を掴んだまま巨人の背を蹴り、宙返りの要領で飛び降りつつ、丸太の様に太い首を一気に切り裂いた。

 

「ゴウゥゥ……」

 

 首を半分ほど切り裂かれた異形の巨人が、切断面から毒々しい色の血を吹き出しながら倒れ伏す。

 

「ギィル!? ギィ!?」

 

 あっという間に倒されたルーカーの守護者の姿に、ハイ・シーカーに動揺が走る。

 相手が狼狽えている内に健人は即座にハイ・シーカーとの間合いを詰め、刃を一閃。

 放とうとした魔法諸共ハイ・シーカーの両腕を切り落とし、左の拳を叩きつけて顔面を粉砕する。

 崩れ落ちたシーカーの体は霧となって消え失せ、後にはシーカーが纏っていた襤褸のみが残されていた。

 健人は今しがた自分が斬り殺した命を一顧だにすることなく、さらに先を目指して歩みを進める。

 やがて健人は、巨大な縦穴にたどり着いた。

 縦穴の中央には緑色の光を放つ巨大な一本の支柱が聳え立ち、傍には転移装置となる書がある。

 しかし、転移装置の書は何かに封印されているのか、健人が触れてもウンともスンとも言わなかった。

 

「何か、仕掛けがあるのか……」

 

 健人が周囲を見渡してみると、縦穴の内周沿いに、四つの台座が設置してある。

 台座にはそれぞれ、触手、ハサミ、瞳、歯列の絵が彫ってある。

 

「なるほど、悪趣味で単純な仕掛けだが……」

 

 健人は、これまでの道中で拾った四つの本を、それぞれ対応した台座に置く。

 すると、縦穴の中に光が走り、封印されていた転移装置が輝き始めた。

 健人が転移装置に近づいて確認すると、開かれたページにのたうつ様な文字が浮かんでいる。

どうやら、きちんと起動した様子だった。

 

「これは、知恵比べというよりは、儀式的なものだろうな。こうなっても構わぬほどに知恵を求めるか……といったところか」

 

 四肢を砕かれても、骨を折られても、歯列にかみ砕かれようと知識を求める。

 禁じられた知識に対する、止め処ない好奇心を確かめるための儀式。

 そして、健人も禁じられたミラークの服従のシャウトを求めた結果、この場所に来ることになった。

 

「そう考えると、皮肉が効いているな……」

 

 だが、今更引き返す気など、健人には微塵もない。

 ミラークを倒し、ソルスセイムを覆う影を払い、フリアの願いを叶える。

 己自身が引き起こした悲劇。その始末をつけるために、健人は転移装置の書に触れた。

 

 

 

 

 

 

 転移装置によって飛ばされた通路をさらに進むと、開けた大広間にたどり着いた。

 道はここで行き止まりなのか、先に進めるような転移装置も通路も存在しない。

 だが、大広間の最奥には、意外なものがあった。

 

「言葉の壁か……」

 

 そこにあったのは、間違いなく、古代ノルドの遺跡にあるようなドラゴン語を記した言葉の壁だった。

 他の言葉の壁と違い、ドラゴン語が刻まれた壁画の背後には、のたうつナメクジのような模様が何十も這い回っているが、刻まれている言葉は間違いなく力の籠ったスゥームであった。

 刻まれた詩の一文字から発せられる光が、健人の体に吸い込まれていく。

 

「ディヴ……翼無きドラゴン、か」

 

 刻まれていた言葉は“ディヴ”。

 ドラゴンアスペクトの最後の一節を構成するスゥームだった。

 意味は、翼無きドラゴン。

 力と鱗、そしてドラゴンをドラゴン足らしめる“声の力”を高める力の言葉だ。

 

“グオオオオオオオオオオ!”

 

 健人がドラゴンアスペクトの三節目を習得したその時、耳をつく咆哮と共に、健人の頭上を一体の黒いドラゴンが通過していった。

 

「あのドラゴンは、ミラークと一緒にいた……」

 

 健人はそのドラゴンに見覚えがあった。

 初めてこの白日夢の領域に迷い込んだ時、ミラークの背後に控えていたドラゴンだ。

 ウツボのような突き出た顎と、黒い皮膜を帯びた背びれが特徴的な竜。

 サーペントドラゴンと呼ばれる竜種であった。

 エルダードラゴンのさらに上位に位置し、一体で国を亡ぼす事すら可能な、高位のドラゴンである。

 おそらく、ミラークに命じられて健人を殺しに来たのだろう。

 健人の頭上をフライパスしたサーペントドラゴンは、地上から見上げてくる健人を確かめると、大きく上昇して旋回した後、翼を畳み、一気に急降下してきた。

 

「試すか」

 

 上空から迫りくるドラゴンを見上げながら、健人は習得した力を引き出そうと魂を震わせる。

 捻りだすのは、意思を挫く力。

 ストルンの命と引き換えに得た、服従のシャウト。

 

“叛意を折り、従属させろ”

 

 内なる声が響き、健人の胸の奥で強烈な支配欲が鎌首をもたげるが、健人は湧き上がる支配欲を、それ以上の“決意”でもって握りつぶし、ミラークの力そのものに狙いを絞ってシャウトを放つ。

 

「ゴル、ハー、ドヴ!」

 

 放たれた服従のシャウトは急降下してきたサーペントドラゴンに直撃。

 レンズのように歪曲した光が弾けた後に、急降下してきたドラゴンは一瞬体をふらつかせると水平飛行へと入り、健人の頭上で旋回し始めた。

 しばらくの間、ゆっくりと上空を旋回していたサーペントドラゴンだが、やがて高度を落すと、羽ばたきながら健人がいる広間に着地した。

 

“やあ、スリよ。我はサーロタール。お前のスゥームは達人の域にある。乗れ、ミラークの元に運ぼう”

 

「ミラークの居場所を知っているのか?」

 

“ああ、そうだ。奴はこのアポクリファの中央にある、あの一番高い塔の上にいる”

 

 そう言って、サーロタールと名乗ったドラゴンは広場から見える一際大きな塔を指し示すように首をしゃくった。

 そして、健人の前に己の首を差し出すように頭を下げ、乗るように促してくる。

 健人は一瞬迷ったものの、ゆっくりとサーロタールの背に手を伸ばすと、そのまま目の前のドラゴンの背に乗った。

 健人が乗ったことを確かめると、サーロタールはその黒い翼を広げてはためかせ、大空へと飛翔する。

 健人を乗せたサーロタールは瞬く間に数十メートル上昇すると、水平飛行に入り、一路、ミラークがいるであろう尖塔を目指す。

 健人の眼下には毒の海が何所までも広がり、彼方此方から気味の悪い触手が海面から突き出してのたうち回っている。

 空の色はあまりにも気味が悪く、相変わらず気が可笑しくなりそうな程毒々しい雲に覆われていた。

 

「ミラークに付き従っていたのは、奴のスゥームの所為か?」

 

 健人はおもむろに、サーロタールにミラークに付き従っていた理由を尋ねてみた。

 

“そうだ。私は長い間、奴のスゥームに操られていた。奴の声はそれほどまでに強力だった”

 

 健人の言葉を肯定するサーロタール。

 やはり、ミラークがドラゴンを従えることが出来ているのは、服従のシャウトの力故のようだ。

 

“だが、それをお前のスゥームは打ち消したのだ。お前なら、あのミラークとも相対できるだろう”

 

 ミラークと相対できる。

 サーロタールの確信に満ちたその言葉に、健人は今一度、己が取り込んだ服従のシャウトについて想いを馳せていた。

 “従え”と、凄まじい力による支配を強制するシャウト。

 その言葉を取り込んだ健人は、ミラークがそのシャウトを得た際の意思を、完全に把握していた。

 支配を強要する意思の裏にあるのは、激烈な怒りだ。

 服従のシャウトだけではない。ドラゴンアスペクトのシャウトにも、その言葉の深奥にはミラークの怒りが込められていた。

 それは正に、健人自身が、今感じている激情と同じもの。

 ミラークと同じ怒りに身を焦がしている自分自身を顧みて、健人の口から皮肉めいた苦笑が漏れる。

 

“着いたぞ”

 

 サーロタールの言葉に、健人は我に返る。

 気が付けば、健人達は塔のすぐ傍まで来ていた。

 健人を乗せたサーロタールはゆっくりと塔の外壁に沿って上昇し、頂上へと到達する。

 塔の頂上では、ミラークが戻ってきた眷属竜を見上げていたが、その背に乗る健人を確かめると、仮面の奥の瞳を大きく見開いていた。

 サーロタールが塔の頂上に着陸し、健人は彼の背から飛び降りる。

 塔の頂上は一面の広間になっていて、その広さは直径数十メートルはあるかと思えるほど広かった。

 

「サーロタールよ。そうも簡単に惑わされるのか……」

 

“惑わされたのではない。解放してもらったのだ。このドヴにな。お礼に、力を貸すと決めたのだ”

 

 サーロタールが塔の頂上に着陸すると、かのドラゴンの帰還を待っていたかのように、上空に他の二体のドラゴンが現れた。

 新たに出現した二体のドラゴンは、しばしの間上空を旋回していたかと思うと、頂上の縁にある足場に降り立ち、健人と、彼をここまで連れてきたサーロタールを睥睨し始めた。

 

「あの二体のドラゴンは……」

 

“ミラークの眷属竜だ。我と同じように、ミラークに操られている”

 

 どうやらミラークは、サーロタールやクロサルハー以外にも、眷属としているドラゴンがいたらしい。

 見下ろしてくる二体の眷属竜の瞳には裏切ったサーロタールに対する怒りの炎が映っているが、健人にはその瞳の奥に、服従のシャウトによる濁った毒の光が垣間見えているような気がした。

 

「ゴル、ハー、ドヴ!」

 

 眷属竜を見上げていた健人に、ミラークが服従のシャウトを放つ。

 ミラークの服従のシャウトは健人に命中して弾けるような光を放ったものの、シャウトを受けた健人には何の変化もない。

 操られる様子のない健人の姿を見て、ミラークは鼻を鳴らした。

 

「ふん、服従のシャウトを完全に身に着けたのか……。

 ならば、力で排除するしかないな。クルジークレフ、レロニキフ!」

 

 ミラークの合図とともに、膨れ上がっていた二体の眷属竜の戦意が弾け、彼らは上空へ飛び上がった。

 ミラークの命令に従い、健人を排除するつもりなのだろう。

 

“ここは任せろ。お前はミラークに集中するのだ”

 

「サーロタール、頼む」

 

“ゲ、スリ。心得ている、主よ”

 

 飛び上がった二体の眷属竜を見たサーロタールが、迎撃に上がる。

 三体のドラゴンはアポクリファの空の上で炎と冷気を吐きながら、互いの尾を食い合うように交差し始める。

 ミラークは自らの眷属竜達が戦う様を一瞥すると、宿敵となった健人に視線を戻し、滔々と語り始めた。

 

「アポクリファの頂上で、二人のドラゴンボーンが見えるか……ハルメアス・モラが望んだのだろう。でなければ、赤子同然だったお前がここに立てるはずもない」

 

 ミラーク自身、ハルメアス・モラが介入してくるのは時間の問題だと思っていた。

 そして、健人というドラゴンボーンの存在を知り、ソルスセイムに広めた服従のシャウトがかき消されていく中で、彼はハルメアス・モラの干渉を確定視していくことになった。

 

「だが、それだけではない。お前は異質だ。私が知るどのドラゴンよりも。だが、その力の源を知れば、ハルメアス・モラに対抗できるかもしれん……」

 

 健人の異端性。

 ミラークですら、完全には読み解くことができない可能性の塊。

 いくらドラゴンボーンであったとしても、覚醒してから健人が身に着けてきたシャウトは、ミラークが血をにじませるような渇望の果てに生み出したもの。

 到底簡単に身に着けられるはずもなく、そしてその声の力を己の血肉にした健人は、もはやミラークをして、無視できない存在であると認めざるを得ないものだった。

 

「俺は、お前の過去を知らない。何があったかも分からない」

 

 一方、健人はそんなミラークの独白を聞き流しながら、ここに来た理由を語る。

 それはまるで、ミラークに聞かせるためではなく、己自身の意思を確かめているようだった。

 健人は服従のシャウトやドラゴンアスペクトを習得していく過程で、ミラークが抱いた強烈な怒りと力に対する渇望を知った。

 しかし、彼がそのような強烈な怒りを抱くに至った経緯は知らない。

 シャウトに込められていたのはミラークの思いであり、過去ではないのだ。

 

「だけど、お前を止めるために、命を投げ出した人がいた。死ぬと分かっていても、己の責務を全うした人がいた。その人をそんな状況に追いやった原因の一端は、俺だ……」

 

 だが、ミラークの過去がどうであれ、既に健人自身も、もう後に退けない所まで来てしまっている。

 彼は服従のシャウトの最後の一節を手に入れえるために、結果的にストルンを犠牲にしてしまっている。

 たとえ彼にその意思がなくとも、ハルメアス・モラの策略にはめられた結果だとしても、それで自らの行いに自己弁護できるほど、健人は厚かましくはなれなかった。

 何より、犠牲になったストルンは言っていた。

 “この犠牲を価値あるものにしてほしい”と。

 そして、彼の娘が慟哭の中で願った。

 “ミラークを殺せ”と。

 だからこそ、健人は己の命に代えても、その願いをかなえなければならない。

 

「俺は、お前を、殺す。俺自身のエゴで……」

 

「ふん、今更なんだ。この世界、全ての戦いはエゴのぶつかり合いだ。どんな屁理屈や論理で装飾をしようが、それが本質だ」

 

 健人がミラークの言葉を流したように、ミラークもまた健人の独白を一蹴する。

 彼にとって、健人の懊悩は既に通り過ぎた道だ。

 己の運命を取り戻すために、今更他者を踏みにじることに一片の迷いもない。

 所詮、この世界は力がすべてだ。

 どれほど綺麗な想いや、清冽な志があったとしても、弱ければ蹂躙され、穢される。

 そして、強者も弱者も等しく、犬畜生へと落とされるのだ、と。

 

「ああ、そうだな……」

 

 ここにきて、健人もまた、ミラークの言葉を否定しようとは思わなかった。

 タムリエルで目にしてきたあらゆる悲劇と争いを脳裏に思い返し、全身から溢れんばかりの戦意を滲ませながら、ゆっくりと腰の黒檀のブレイズソードを引き抜く。

 漆黒の刀身に雪を散りばめたような刃が、アポクリファの毒々しい光を受けて、鈍い光を放っていた。

 

「そうだ、その剥き出しの殺意。飾ることない激情と魂の咆哮。それこそ、ドラゴンの力の本質だ」

 

 戦意を猛らせる健人の姿を前に、ミラークもまた、健人を真なるドヴァーと認め、腰から一本の片手剣を抜いた。

 この毒に満ちたアポクリファを体現したような、おどろおどろしい刀身を持つ片手剣。

 のたうつ様な触手の形をした柄と、覗き見る単眼を模したような鍔を持つ、異形の魔剣だった。

 

「お前は死ぬ。そして私は、お前の魂の力でソルスセイムに帰還する。再び己の運命の主となるのだ!」

 

「俺はお前を殺す。彼女達の願いを叶えて、俺自身の、ケジメをつけるために!」

 

 此処に来て、もはや人の言葉に意味はない。

 彼らはドヴァーキン。

 真言によって強大な力を行使する、人にして人ならざる者達なのだから。

 

「「ムゥル……」」

 

 これより先は人ではなく、ドラゴンとしての対話(戦い)。

 唱えるは、自らが最も“力”を発揮できる言葉。

 彼らが力を求める発端となった真言であり、核となるスゥーム、ドラゴンアスペクト。

 

「「クゥア、ディヴ!!」」

 

 戦意に震える魂は燐光となって現出し、溢れたドラゴンソウルが渦を巻きながら立ち昇る。

 濁流のように噴き出した燐光は即座に術者に収束し、一介の人間を、光の鱗を持つ翼無きドラゴンへと変える。

 相対する二頭のディヴ(翼無きドラゴン)。

 アポクリファの頂上で、最初のドラゴンボーンと異端のドラゴンボーンの戦いが、ついにその幕を開けた。

 




というわけで、黒の書”白日夢”の領域のお話でした。
次回からついに、ミラーク戦となります。
いや、ここまで長かった……。
次回のお話は現在執筆中ですが、ミラーク戦は一話では終わらないと思います。
ですので、ある程度書き切ってから投稿すると思いますので、また少し時間が空くかと思います。

それではまた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。