【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お待たせしました。ミラーク戦中盤です。




第十五話 這い上がるもの

 ミラークの塔だけでなく、毒の海までをも舐めるように広がっていった爆炎だが、やがてその勢いを無くし、火の粉を残して四散していった。

 あらゆるものが焼き尽くされた塔の頂上では、この強烈な爆炎の津波を引き起こしたミラークが、舞い散る灰と火の粉を眺めながらあたりを一瞥していた。

 

「終わったか、呆気なかったな」

 

 周囲には動くものは見当たらず、床には燃え尽きた灰と、焼けついて燻ぶる煙だけが残されている。

 到底生きている者がいるとは思えない光景だった。

 

「……ん?」

 

 だがその時、広間の縁に吹き飛ばされていた灰の塊の一つが、もぞりと動いた。

 続いて灰の塊が盛り上がり、バラバラと落ちていく。

 

「はあ、はあ、がは、ごほ……」

 

 崩れる灰の中から姿を現したのは、ファイアストームの直撃をくらった筈の健人だった。

 肺を少しやられたのか、息も絶え絶えといった様子で荒い呼吸を繰り返している。

 

「ほう、まだ生きていたのか」

 

 健人が生きていたことに、ミラークが若干驚きを含んだ声を漏らす。

 彼の見立てでは、いくらドラゴンアスペクトの鎧で身を守っていたとしても、ファイアストームの獄炎は耐えきれないと踏んでいた。

 

「回復魔法の障壁……ではないな。氷晶のシャウトか。あえて自爆することで、爆風と熱を防ぐ。随分と綱渡りな方法を思いつくものだ」

 

 健人が生き残った理由は、彼が以前、ミラーク聖堂で聞いていた氷晶のシャウトを自分に向けて使ったことが理由だ。

 ミラークがファイアストームを発動させる直前、健人は咄嗟に膝を立ててしゃがみ込むと、衝撃に備えるために盾をかざした。

 さらに、自分の内にあるドラゴンソウルから氷晶のシャウトの意味を引き出し、自分の足元の地面に向かって、氷晶のシャウトを放った。

 本来氷晶のシャウトは直線状に飛び、進路上の敵を瞬く間に氷の結晶で包みこんで、 動きを封じながら冷気ダメージを与えるシャウト。

 しかし、地面に向かって放たれた氷晶のシャウトは半球状に広がる形で健人の体を包み込み、彼を氷の結晶で覆った。

 その為、健人はファイアストームの爆炎による熱ダメージから、逃れることができたのだ。

 とはいえ、健人も無傷では済まない。

 炎上ダメージの代わりに氷晶のシャウトによる冷気ダメージを負っているし、爆風にしよる衝撃までは完全には防げなかった。

 身を低くしていたために塔の外に放り出されることは防げたものの、吹き飛ばされた健人は背中を大広間の縁にしたたかに打ち付け、結果として内臓に損傷を負ってしまっていた。

 

「かはっ……」

 

 血の混じった唾が、咳と共に口から漏れ出す。

 健人は肺の痛みを押し殺しながら回復魔法を唱え、内臓の傷と凍傷によるダメージを癒す。

 幸い、体の痛みはすぐに引いてくれたが、冷気ダメージによるスタミナ疲労は深刻だった。

 

(身体が……重い)

 

 両足に力を入れて何とか立ち上がる健人だが、全身が細かく痙攣していた。

 そんな状態の健人をミラークが見逃すはずもなく、再び鞭状の魔剣が健人に向かって振るわれた。

 

「ふん!」

 

「ぐっ!?」

 

 上段から振り下ろされた鞭刃を、盾を掲げて防ぐ。

 ファイアストームの直撃を受けてボロボロになっていた盾が、何とか鞭状の刃を防ぐが、ミラークは二度三度と魔剣を振るい、健人を執拗に攻め立て続ける。

 既にミラークが掛けた“激しき力”の効果は切れているが、それでも魔剣が打ち付けられる度に、盾が悲鳴のような軋みを上げる。

 

「亀のように縮こまりおって……」

 

 鞭刃の魔剣を振るっていたミラークがクイッと手首を返すと、鞭状の魔剣が健人の左手に絡みつく。

 

「なっ!?」

 

「むん!」

 

 ミラークが勢いよく腕を振ると、鞭状の剣身を通して伝搬した衝撃が、勢いよく健人の左手を引っ張り、掲げていた盾を無理矢理側面に引き落とす。

 結果として、健人の防御姿勢が崩れ、さらにミラークが腕を振ると、鞭状の剣身を通して伝わった衝撃が健人の体を地面に引き倒した。

 ミラークが三度魔剣を振るう。

 すると左手を拘束された健人の体は勢いよく振り回され、そのままミラークを挟んで反対側の縁の壁に叩きつけられた。

 

「があ!」

 

 衝撃でミラークの魔剣が健人の左手から外れ、壁に叩きつけられた健人の体が床に放り出されてゴロゴロと転がる。

 ドラゴンアスペクトの光鱗は未だに健人の体を包み込んでくれているが、彼の体の芯に刻まれたダメージは深刻なのか、ギシリと手足を僅かに動かすだけで、体を起こす事すら困難な様子だった。

 

「弱いな。確かに成長速度やシャウトを学ぶ早さには驚かされるが、その程度では私の数千年の月日には遠く及ばん」

 

 立ち上がることすら出来ないほどに打ちのめされた健人を眺めながら、ミラークはそう独白した。

 現実として、いくら健人がドラゴンボーンとして覚醒し、驚異的な成長をとげているとしても、そもそも経験が違いすぎる。

 ミラークが積み上げてきた数千年という年月は、さながら巨大な山脈のようなものだ。

 いくら同じ竜の血脈とはいえ、たった一人の人間の経験で容易に覆せるものではない。

 ミラークにとっては、この白日夢の領域で相対した時点で、ある程度予想できる結末であった。

 

「まだ、だ……」

 

 だが、ミラークと己の力の差を体の芯まで刻まれても尚、健人は立ち上がろうともがいていた。

 奥歯が砕けるほど歯を食いしばり、力の入らなくなった両腕を叱咤しながら、何とか身を起こす。

 

「まだ、俺は死んでいない。終わってなんていない……」

 

 掠れるような声を絞り出しながら、震える両足で立ち上がった健人が、顔を上げた。

 どこか遠くを見るようなその表情に、ミラークが仮面の下で怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「分かってたさ……」

 

「……何?」

 

「俺の力がお前に及ばないなんて事、とっくの昔に分かっていたさ。それでも……」

 

 健人自身も頭の中では理解していた。自分とミラークとの間に存在する、数千年という絶対的な年月の差を。

 それでも、感情が引き下がることを拒絶した。

 ストルンを死に追いやったという事実が、彼に理性での判断に否を突き付けていたのだ。

 だが、こうしてまざまざとその圧倒的な差を見せつけられてしまえば、茹で上がった頭も強制的に冷やされる。

 

「死ねば楽になれるぞ。この世界、少なくとも死は悪いものではないだろう」

 

「そうだな、そうなのかもしれない。俺のいた世界と違って、この世界はつらくて悲しいことばかりだ……」

 

 死ねば楽になれるぞと言い放つミラーク。健人もまた、その言葉を否定できなかった。

 生きる事は、苦しむ事と同意だと、地球の偉人の誰かも言っていような気もする。

 ミラークの言葉の通り、生きるということはつらく、苦しい事の連続だ。

 たとえ必死になって鍛え、学び、挑戦しても報われないことなど山のようにある。

 努力が実を結ぶことは稀で、やっと手に入れた小さな成果も、理不尽に奪われることも多い。

 そして運命とやらは理由もなく、まるで賽子の出目のように唐突に、大切なものを奪っていく。

 十数年という、ミラークから見れば遥かに短い人生を思い返しながら、健人は天を仰いだ。

 

「……この世界?」

 

 健人の言葉の一端に違和感を覚えたミラークが首をかしげる一方、健人はアポクリファの空を見上げながら、滔々と言葉を紡ぐ。

 

「それでも、諦めるなんてことはできない。そんな道は、とっくに無くなっている……」

 

 大切なものを失い、それでもと足掻き、さらに多くを失った人生。

 諦められたら楽なのだろう。足を止めてしまえば、苦しみから解放されるのだろう。

 実際に足を止め、逃げたからこそ、健人はその安堵感を狂おしい程欲してしまうと理解している。

 だが、その安堵の裏には、常に後ろ暗い感情がついて回った。

 失ったからこそ、失わせてしまったからこそ、背中にへばり付いてくる悪感情は、過去への後悔と未来への不安、何よりも自分への失望感を、これ以上ないほど掻き立ててしまう。

 

「……後悔なんて意味がない。先なんて、考えていられない」

 

 足掻き、失い、怒り、そして逃げた。

 だからこそ、健人は思う。

 逃げたからこそ、もう一度向き合わなければならない。

 先の事など考える意味はない、過去に捕らわれている暇などない。

 母、アストン、エーミナ、ハドバル、ヌエヴギルドラール、ストルン。

 健人の脳裏に、地球にいた頃、そしてタムリエルに来てから、失った人達の顔が浮かぶ。

 彼の目の前で死んでいった人達、そして、彼を生かそうと命を張ってくれた人達。

 そして、もう会えなくなった人達の顔が、再び折れそうになる健人を奮起させる。

 足を止め、逃げたからこそ、その逃げた時の分、自分は必死に生きなければならないのだと。

 

「今だ、今この瞬間に、俺は強くならなくてはならない」

 

 言葉にする事などできない感情が、胸の奥で震えていた。

 それはもはや、怒りでも悲しみでも、後悔でもない。

 そして、只々無尽蔵に湧き上がり、震え続ける“想い”が、再び健人の体に熱を呼び込む。

 

「この胸の震えが止まる、その瞬間まで!」

 

 疲弊した体を精神力だけで持ち直し、健人は再びミラークに立ち向かおうと駆け出す。

 圧倒的な力の差を理解しながらも足掻こうとする健人の姿に、ミラークは舌打ちしながらも、迎撃せんと魔力を猛らせる。

 

「ふん、気持ちだけで何が変わるものか!」

 

 力こそがすべて。そう言い切るように、ミラークが再び左手に雷を収束させ、轟雷を放つ。

 放たれたサンダーボルトを健人は盾で何とか受け止めるが、やはり足を止められる形になる。

 ミラークが再びサンダーボルトを放とうと魔力を集め始めたその時、健人が盾の陰から黒檀のブレイズソードを保持したまま右手を突き出した。

 健人の右手には魔力が集められ、そこにはミラークと同じように雷の光が宿っている。

 どうやら、駆け出した瞬間から詠唱をしていたらしい。

 だが、その光はミラークと比べれば、まるで蛍の光のように弱々しいものだった。

 次の瞬間、健人の右手から紫電が走る。

 放たれたのは、見習いクラスの破壊魔法、ライトニングボルトだったが、狙いすら定まらず、明後日の方向へ飛んで弾け、広範囲の床に散るように消えてしまった。

 

「馬鹿が、そのような幼稚な雷の魔法など、効くわけなかろう。そもそも満足に狙いも定められんか」

 

 あまりにも弱々しい健人の破壊魔法を、ミラークが嘲る。

 そもそも、健人の見習いクラスの魔法など、直撃したところでドラゴンアスペクトを纏っているミラークに効くはずもない。

 ミラークが再び、サンダーボルトを放つ。

 既に気力だけで体を動かしている健人だ。いつ限界が来てもおかしくない。

 精神という最後の柱を折らんと、ミラークの轟雷が健人に襲い掛からんと疾駆する。

 

「なっ!?」

 

 だが、ミラークが放ったサンダーボルトは、なぜか直進せず、大きく弧を描いて地面にぶつかり、バシン!と弾けて消えていった。

 当惑したミラークがさらにもう一度サンダーボルトを放つが、これもまた狙いを大きく逸れ、床に命中して四散してしまう。

 

「ッ、何故だ! なぜ悉く私の魔法が逸れる!」

 

「知らないのか!? 雷っていうのは、通りやすいところを通るものなんだ! あらかじめ別の雷魔法で射線をイオンの通り道で遮ってやれば、雷は自然とそっちに流れる!」

 

 雷とは、一定の電圧が存在する環境で起こる自然現象だが、大前提として“落ちやすいところに落ちる”という特性がある。

 正確には、電気的に抵抗の少ない場所を通るのである。

 雷が高いところに落ちやすいというのも、これが理由だ。地面よりもより高いところの方が、高空から地表に落ちる上で抵抗が小さいのだ。

 健人はこの性質を利用し、あらかじめ自分の雷系魔法で空気中に細いイオンの通り道を作った。

 ミラークのサンダーボルトは、そのイオンの通り道に沿う形で、地面に誘導されてしまっていたのだ。

 

「ちい、ならば別の魔法で!」

 

 サンダーボルトが逸らされるなら雷以外の魔法で攻め立てようと、ミラークは熟練者クラスの灼熱の火球、ファイアボールを放ち始める。

 

「ウルド!」

 

 だが、健人は旋風の疾走を一節だけ唱え、迫り来るファイアボールを躱す。

 回避先にミラークがアイスストームを放つが、健人は即座に横に跳んで回避。

 アイスストームは威力の反面、速度があまり出ないため、容易く躱される。

 ならばと、ミラークは再びファイアボールを放とうとするが、健人もまた一節のみの旋風の疾走で、ファイアボールの射線から退避していた。

 

「ウルド!」

 

「くっ! ちょこまかと……」

 

「ドラゴンアスペクトを使っている今なら、単音節のシャウトならそれほど間隔を開けずに使える! 雷魔法と比べて足の遅い氷魔法や炎魔法で捉えられるかよ!」

 

 健人はあえて短音節の旋風の疾走を連続して使い、間合いを詰めようとしていた。

 ドラゴンアスペクトによる恩恵。最後の言葉である“ディヴ”が齎す効果。

 それは、術者のスゥームの行使能力を引き上げるというもの。

 ドラゴンアスペクトによってシャウトの行使能力を引き上げた今の健人は、ミラークに劣らぬシャウトの行使能力を得ている。

 故に、彼は短音節のシャウトを、極めて短い時間間隔で連続使用することが可能だった。

 

「ならば、魔法にスゥームを重ねるだけだ。ヨル……」

 

 当然、ミラークも即座に対策を打ってくる。

 シャウトと破壊魔法を重ねることで、健人の旋風の疾走後の僅かなクールタイム中に攻撃を重ねようとしていた。

 

「ヴェン、ガル、ノス!」

 

 だが、その前に健人がミラークに向かって、攻撃を目的としたシャウトを放ってきた。

 放ったシャウトはサイクロン。

 先ほどミラークが使っていた、竜巻を巻き起して相手を吹き飛ばす風のシャウトだ。

 健人は一度聞いた段階で既に、サイクロンのスゥームを構築する言葉の意味を引き出し、理解していた。

 

「っ! また私のシャウトか。本当に学ぶのが早いな……だが、それでは及ばん!ヴェン、ガル、ノス!」

 

 健人のシャウトの習得速度に改めて驚嘆しながらも、ミラークもまたサイクロンを唱る。

 正面から、激突した二つの竜巻が渦を巻き、一際大きな土埃を巻き上げながら四散した。

 ミラークが追撃のためのエクスプロージョンを構築し、突き進んでくるであろう健人を迎撃せんと身構えが、土煙が晴れると、そこにいたはずの健人の姿は消えていた。

 

「っ? いない、上か!」

 

 ミラークが視線を上げると、上空から見下ろしてくる健人が視界に映った。

 彼は激突した二つのサイクロンの乱流にあえて自分から突っ込んで、そのまま吹き飛ばされる形で上空高くへと跳躍していたのだ。

 健人の姿を確かめたミラークは、即座に左手に構築していたエクスプロージョンを上空の健人めがけて放つ。

 

「ウルド、ナー、ケスト!」

 

 迫りくる爆炎球を前に、健人はエクスプロージョンの射線から体の軸を僅かにずらして、旋風の疾走を唱える。

 シャウトによって、斜め下方向に強烈な加速を得た健人はエクスプロージョンと高速ですれ違い、ミラークの斜め前方の地面に盾ごとぶつかる形で激突した。

 

「ぐう!」

 

 ギャリギャリと火花を散らしながら勢いよく滑走し、ミラークの足元に滑り込む健人。

 滑りながら頭から突っ込む形になった体を入れ替え、両足を地面につけて立ち上がろうとする。

 

「隙ありだ!」

 

 しかし、両足を地に着けて立ち上がろうと力を込めたその時、タイミングを見計らったミラークの斬撃が、懐に飛び込もうとする健人に襲い掛かる。

 健人は肩口に迫る斬撃を前にして、意図的に踏ん張っていた片足の力を抜いた。

 

「ふっ!」

 

 頭上から振り下ろされた鞭状の魔剣の軌道から、健人の体が逸れていく。

 両足の力の均衡をあえて自ら崩し、さらに滑走の勢いと絶妙なバランスを取りながら、滑るようにミラークの唐竹割りを躱す。

 さらに、斜めに掲げたブレイズソードの剣身が、ミラークの斬撃の軌道を柔らかく弾く。

 自らの体がミラークの剣の軌道から外れたその瞬間、健人は再び足に力を込めて流れるように滑走の方向を調整し、一気に踏み込む。

 それは健人が師事したブレイズ特有の、滑らかな体重移動と柔軟な剣裁きを活かした闘法だった。

 

「む!?」

 

 瞬く間に目の前に迫った健人の姿に、ミラークは素早く伸びていた魔剣を引き戻して剣状に変え、健人の袈裟切りを受け止める。

 再び鍔競り合う健人とミラーク。その様はこの戦いが始まった時と瓜二つ。

 故に、唱えるシャウトも同じだった。

 

「「ティード、クロ゛、ウル゛!」」

 

 互いに時間減速のシャウトを唱え、異なる時間速度に身を投じる。

 

「スゥ、ガハ、デューン!」

 

 ミラークは異なる時間の中で激しき力のシャウトを唱え、再び己の魔剣に風に刃を施す。

 灰色に染まるミラークの視界の中で、健人は左手の盾を背に戻し、腰からスタルリムの短刀を引き抜いていた。

 

(ふん、守りに入れば飲まれると分かり、苦し紛れの双剣を取り出すとは、判断を誤ったな)

 

 ミラークはその姿に、内心で勝利を確信した。

 いくら双剣で手数を増やしたところで、激しき力の攻撃速度の方が遥かに上回るからだ。

 

「スゥ、ガハ、デューーン!!」

 

 だが、健人もまたミラークと同じように時間減足の中で激しき力のシャウトを唱えてきた。

 自分と同じように効果的にシャウトを組み合わせ始めた健人の姿に、ミラークは臍を噛む。

 

「ぐぅ! もうこの技術も手にしたのか!?」

 

「はあああ!」

 

 同じ三節の完全なドラゴンアスペクトを使う者同士、そのシャウト行使能力はほぼ同等である。ミラークに出来て健人にできない道理はない。

 激しき力によって目を見張るほどの加速を得た健人の双刀が、嵐のようにミラークに襲い掛かる。

 あまりに高速で振るわれる鋼と風の刃。

 ミラークは守勢に徹して何とか凌ごうとするが、健人の刃を受けるたびに、ミラークの魔剣がミキリ、と悲鳴を上げる。

 

「むう!?」

 

「ぜい!」

 

 右の黒檀のブレイズソードを袈裟懸けに叩きつけられ、左のスタルリムの短刀がミラークの魔剣を跳ね上げた。

 がら空きになった胴体に、返す刀で振るわれた黒檀のブレイズソードが薙ぎ払われる。

 

「ちい! ファイム! ウルド、ナー、ケスト!」

 

 接近戦はもはや自分の優勢は保てないと悟り、ミラークは霊体化と旋風の疾走を使用し、離脱。

 距離を取った上でエクスプロージョンの魔法を展開し、健人めがけて放つ。

 

「ファス、ロゥ、ダーーー!!」

 

 しかし、健人は即座に揺ぎ無き力のシャウトでエクスプロージョンを迎撃。

 炸裂した爆発球と揺ぎ無き力の余波を浴びながら、ミラークは苛立ちを募らせていた。

 

「っ、何だ、その声は。なぜそんなにも……」

 

 叩きつけられる健人のスゥームの中に感じた彼の感情。

 それを前に、ミラークは仮面の下で奥歯を軋ませた。

 魂の叫びであるシャウト。その声の力の中には、術者の感情や思いが込められている。

 ミラークは、叩き付けられるシャウトに込められた健人の感情に、言いようのない苛立ちを募らせていた。

 ミラークは、己を縛り付けたこの世界全てに対して憤怒を燃やしている。

 そんな彼だからこそ、健人の抱く怒りを踏みにじると宣言しつつも、その激情にどこか共感を抱いていた。

 だが、健人のスゥームの中に込められていた激情は、ミラークが想像していた怒りとはまるで違っていた。

 

「なぜ、そんなにも自分自身に怒れる!」

 

 健人の声の中にあった想い。

 もはや単一の感情だけは語れないその激情の中でミラークの目を最も引いたのは、やはり怒気の感情であるが、そのほとんどが健人自身に向けられていた。

 この世界やハルメアス・モラに対する怒りもあるが、それ以上の激情が彼自身に向けられている事実。

 それが、ミラークにこれ以上ないほどの不快感を抱かせる。

 

「お前は憎いはずだ! この世界が! 自分を縛る運命の鎖が!」

 

 双刀を携えながら向かってくる健人を睨みつけながら、ミラークは悲鳴にも似た咆哮を上げる。

 ミラークが憎んできたのは、すべて自分以外の存在だった。

 本当の名を奪い、道具としたドラゴン達、そんなドラゴン達に従うしかなかった弱い人間、そして契約を餌に己をアポクリファに縛り付けたハルメアス・モラ。

 だからこそ、彼は世界のすべてを憎み、世界を己の意思に従わせる力を欲した。

 

「ああ、そうだ。この世界は俺が望んで落ちた世界じゃない! この世界は、ほんの僅かに抱いた、ちっぽけな願いすら叶えてはくれなかった!」

 

 ミラークの激昂に応えるように、健人もまた己の胸の内を吐露する。

 健人が双刀を振り下ろし、その斬撃をミラークが火花を散らしながら受け止める。

 真正面から向き合う二人の視線が絡み合う。

 

「いつだってそうだ。世界は理不尽で、無慈悲で、いつも大切なものを奪っていく!」

 

 健人も、この世界の理不尽さを知っている。

 だが同時に、そんな厳しい異世界の中で、小さな喜びや幸せがあったことも確かだった。

 自分を助けてくれて、家族として受け入れてくれた人達がいた。

 弱い自分に、生きるための強さを説いてくれた人達がいた。

 自分を否定したけど、それでも想ってくれた姉がいた。

 スカイリムから遠く離れたソルスセイムまで、自分を探しに来てくれた友がいた。

 イジけて迷っていた自分を、それでも信じてくれた仲間がいた。

 だからこそ、健人はミラークのように世界全てを呪うことはなかった。

 だが結果として、彼の怒りは自分自身へと向けられることになった。

 それが、一時は彼の歩みを止めさせた事もあった。

 

「だが俺は、そんな世界以上に、そんな小さな願いすら叶えてやれなかった、叶えられなかった自分自身が憎い!」

 

 だが、そんな風に逃げて迷い、悩み、崩れたからこそ、立ち上がる事が出来た魂は、より一層の輝きを放つ。

 

「だから、俺の魂が叫んでいる。弱い俺自身を変えるために、今ここで、全てを飲み込んで強くなれと!」

 

 今この瞬間に強くなれ。

 それは、健人の魂が心の奥底でずっと叫び続けていた言葉であり、彼が急成長を続ける力の源だった。

 己の声が導くままに、健人はミラークの魔剣を弾き、己の刃を振り下ろす。

 その一撃は、確実にミラークの体を捉えていた。

 

「だが惜しい、時間切れだな」

 

 だが、健人の刃がミラークに届く瞬間、健人の光鱗が空中に四散した。ドラゴンアスペクトの効果が切れたのだ。

 

「なっ、ドラゴンアスペクトが……」

 

「終わりだ……」

 

 ミラークが速度と膂力を急激に失った健人の双刀を容易く弾き、袈裟懸けの一撃を叩き込む。

 魔剣の刃はドラゴンスケールの鎧を切り裂き、健人の体に深い傷を刻み込む。

 

「がっ……」

 

 斬られた衝撃で健人の体が引き飛ばされ、傷口から噴水のように血が噴き出す。

 健人の体から、急激に力が抜けていく。

 ここまでの激戦と大量出血、そしてドラゴンアスペクトの反動が一気に襲い掛かってきたことで、彼の体は急激に衰弱し始めていた。

 

「純粋に時間の差が出たか。ドラゴンアスペクトが体に馴染んでいたら、結果は逆だったかもしれんな」

 

 己が斬り捨てた健人を一瞥しながら、ミラークはそう独白した。

 ドラゴンアスペクトを習得してから数千年間修練したミラークと、つい最近身に付けたばかり健人では、その効果時間に明らかな差が存在していた故の結末だった。

 

「己を変えるために強くなれ、か……。似ているようで、違うな。私達は」

 

 自分と健人との違いを思い浮かべながら、ミラークは一歩一歩、ゆっくりと健人に近づく。

 後は健人に完全に止めを刺し、彼の魂を吸収するのみ。

 己の求めた自由が目の前にあることに歓喜しつつも、ミラークは僅かな寂寥感も覚えていた。

 考えてみれば、ここまで濃密な“会話”をしたことは、アポクリファに囚われてから数千年間、彼は経験したことがなかった。

 彼の会話はすべて、己が服従のシャウトで従えた弱い者達か、ハルメアス・モラという主人にして看守のみ。

 正面から、自分の声を聞き、言葉を返してくれる同等の存在はいなかった。

 孤独は人を殺すというが、それはドラゴンにも当てはまることだった。

 かつて、ドラゴンズリーチに囚われたドラゴンが、己の名前すら思い出せなくなったように。

 

「だが私の魂はこう叫んでいる。この世界を自分の魂で塗りつぶせと……」

 

 胸の奥に疼く僅かな人間らしさを感じながらも、彼は己の道を曲げることはなかった。

 自らの意思で世界を塗りつぶす。それが、彼が導き出した、自分自身の願いであり、答えだったから。

 

「見事だ。強き魂を持つドラゴンボーンよ。ここまで力を付けた貴様に敬意を示そう。わが糧となり、この世界を塗りつぶす力の一部となるがいい」

 

 ここまでたどり着き、自分と同等の対話をしてくれた同族に精一杯の敬意を示しながら、ミラークは己の大敵に止めを刺すために近づいていく。

 だがそんな彼の目の前に、信じられない光景が目に飛び込んできた。

 

「馬鹿な、あの傷で立てるはずが……」

 

 健人が、立っていた。

 傷口から血を流し、焦点の定まらない目で荒い呼吸を繰り返しながらも、確かにその足で立ち上がっていた。

 

「はあ、はあ……」

 

 よく見れば、深々と斬られた傷口に当てられた手から、ほのかに柔らかい光が放たれている。

 陽光を思わせる特徴的な光は、回復魔法特有の魔力光だった。

 

「なけなしの回復魔法を使う魔力は残っていたか。もっとも、もう限界であろうがな」

 

 回復魔法による止血効果で、健人の胸から流れ出していた血がピタリと止まった。

 しかし、ミラークの推測通り、そこまでが健人の限界だった。

 柔らかな魔力光が尽き、健人の腕がだらりと垂れ下がる。

 度重なる激戦と負傷で体力とスタミナを削り切り、ドラゴンアスペクトの反動が襲う体で、さらに魔力まで使い尽くした。

 文字通り、今の健人は死に体だった。

 先程まで嵐のように力強く振るわれていた双刀も今では両手の小指に引っ掛かっている程度。

 もはや、意識も定かではないのだろう。

 虚ろな瞳は下を向き、ミラークが近づいてきている事にも気付いていない様子だった。

 せめて、一太刀で終わらせてやろう。

 そう思い、ミラークが己の剣を振り上げた瞬間、健人の唇が小さく動いた。

 

「モタード……」

 

「む?」

 

「ゼィル ゙……」

 

 聞き覚えのない言葉が、ミラークの耳に小さく響く。

 次の瞬間、まるで火山の噴火のように噴き出した虹色の閃光が、ミラークを吹き飛ばした。

 




前話のアンケートの回答ありがとうございました。
ちょうどいいというご意見が多かったのはホッとしましたが、第二位がチーズって……みんなそんなにチーズが好きか……私もだ。
意外にも、もっと強くしてくれと言うご意見も多かったことに驚きました。私個人としてはかなり強くしたつもりだったのですが……。
もっとスキルなども強調して欲しかったという事でしょうか?

今回のアンケートは閑話についてです。よろしくお願いいたします。

閑話を書く事についてどう思いますか?

  • メインストーリーに専念してほしい。
  • 各章終わり後1,2話くらいならいい
  • どれだけ書いてくれても構わない
  • お前の脳みそでパイ作らせてくれたらいい。

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