【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
真っ暗な闇の奥で彷徨っていた健人の意識が、徐々にその輪郭を取り戻していく。
共鳴したミラークの魂と共にハルメアス・モラの領域を本体ごと潰した健人は、そのままオブリビオンの虚空に投げ出されたはずだった。
“凄まじい事を成し遂げたな。デイドラロードを退けるなど、この長いタムリエルの歴史でも一体どれほど稀な事なのか……”
「ミラーク……」
気が付けば、健人の目の前に呆れ混じりの苦笑を浮かべたミラークがいた。
どこか幻のように霞んでいるミラークの姿に、健人は己もまた死を迎えたのかと思い、瞑目した。
「俺は、死んだのか?」
“いや、お前は生きている。アポクリファの領域が破壊されたことで虚空界に放り出されそうになっていたが、お前の仲間のウィザードが拾い上げたようだ”
「そうか……」
どうやら、健人自身はまだ生きているらしい。
しかも、オブリビオンの狭間に飛ばされそうになった健人を、ネロスが拾い上げてくれたそうだ。
オブリビオンに落ちた彼をネロスがどうやって拾い上げたのか疑問が浮かぶが、詳細に説明されても理解できるか分からなかった。
健人は改めて自分の周囲を見渡そうとしてみるが、どうにも視界が動かない。
ミラークの周りの背景もボヤけており、良く見えない。
まるで身動きできない夢の中にいるようだった。
そんな健人の思考を肯定するように、ミラークが頷く。
“現に、ここはお前の深層意識の中だ。夢というのも間違いではない。
それから、これは忠告だが、あのシャウトは早々使わない方がいい。デイドラロードを退ける程の力だ。反動も相応にある”
これ以上ない程の真剣味を漂わせるミラークの言に、健人は息を飲む。
健人が使ったハウリングソウルは、デイドラロードを領域ごと粉砕するという桁外れの力を発揮したシャウトだ。
相応に反動があることは想像に難くない。
シャウトの使い手として桁外れの力量を誇っていた歴史上の人物、ウルフハース王が、シャウトを過剰に使用した反動で死んだのは有名な話だ。
“現にこうして話をしているが、お前の体に残った負荷や、反動による傷は尋常ではない。外ではお前の仲間達が必死になって看病していたであろうし、我らが戦ってから相当な時間が経っているはずだ”
ハウリングソウルを放った直後に気を失ったために、自身が負った反動については本当に実感のない健人だが、こうしてミラークから直接聞かされたことで、自分がいかに綱渡りな行動をしたのかを理解した。
とはいえ、健人には後悔などの後ろめたい感情は全くない。
あの時、自分はどんな状況になろうと、自分の答えも行動も変えなかっただろうという確信があったからだ。
死んだのなら死んだで、しょうがないと笑って受け入れただろう。
“共鳴のシャウトによって増大していくその力は、人一人の体に納まるものではない。故に、増していく力に主の器が耐えられるようになるまで、我が魂の枷となる”
その言葉に、健人は目を見開く。
ミラークは健人がウルフハース王のような事態に陥らないために、アポクリファの一領域を砕くほど力を増した健人のリミッターになると言っているのだ。
“私の持っていた魔法やシャウトに関する知識も、お前に引き継がれるだろう。今は全て使いこなすことは出来ぬだろうが、これから先の大きな力となってくれるはずだ”
ミラークが真言を用いて魂を捧げたためだろうか。
彼の持っていた魔法技術やシャウトに関する知識も、通常通りにドラゴンソウルを吸収するよりも鮮明に、健人に刻み込まれるらしい。
だが、健人にはミラークから引き継ぐ事になる知識よりも、彼自身がどうなってしまうかの方が気になった。
「枷……。お前は、どうなるんだ?」
“既に私は死んだ身だ。枷となった時点で、私の表層意識は消えるだろう。恐らく、話をする事ももうない”
「…………」
ミラークは既に死んでいる。
己の持つ全てを、真言によって健人に捧げたからだ。
だが、消えると断言するミラークの声色は、これから消滅することが分かっている人間とは思えないほど穏やかで、達成感に満ちたものだった。
その安堵に満ちた声色に、健人は喉元まで出かかった悲嘆の言葉を飲み込んだ。
ここでその言葉を口にする事は、この最後の別れに相応しくないと感じたからだ。
“感謝する。我が主よ。私は最後に、己の名を受け入れ、人生の意味を見出すことが出来た”
「名前……」
“ああ。私の意識は消えるだろう。だが、たとえ魂だけだとしても、友であり主であるお前の傍にあると決めたならば“ミラーク”こそが我が名に相応しい”
自らの名を誇るように口にするミラークの声色には、これ以上無いほどの清々しさに満ちていた。
自らの名を自らで見出したミラークの声に、健人の喉元で押し止められていた悲嘆の言葉は、スッと潮が引くように消えていく。
「俺もだ。ミラークが居なかったら、俺は間違いなく、ハルメアス・モラに囚われていた。本当に、ありがとう……」
最後の別れの言葉は、未来を想いながら……。
そんな思いを互いに抱きながら、二人は最後の言葉を交わす。
「“ドラール、ロク、コガーン、スゥーム”」
空に響く声の恩寵を……。
互いに真言にて今生の別れを済ませると、ぼやけていたミラークの姿は徐々に幻のように消えていき、ついに光の粒子となって健人の前から姿を消した。
そして、健人の意識もまた、夢から覚めるように浮き上がっていった。
健人がゆっくりと目を開くと、そこに飛び込んできたのは、初めてスコール村を訪れた際に見えた天井だった。
パチパチと薪が爆ぜる音が下の一階から聞こえ、小さな窓からは明るい太陽の光が差し込んできている。
自分の体に目を落とすと、腕や足だけでなく、全身に包帯が巻かれ、まるで埋葬されたドラウグルのようになっていた。
ミラークの言う通り、ハウリングソウルの反動は、健人の体に深刻な傷を与えていたようだった。
出血も相当な量だったのだろう。
ベッドの傍に置かれた台の上には替えられた包帯が山のように置かれているが、そのほとんどに落としきれなかった赤黒い血の跡が残っていた。
健人がギシギシと軋む体に鞭を打って身を起こすと、ちょうど健人の容態を見ようと階下から上がってきたネロスが、意識を取り戻した彼を見て声をかけてきた。
「気がついたようだな」
「ネロス……。俺は、どのくらい眠っていたんだ?」
「三週間ほどだ。まったく、この私の時間を一月近くも奪ったのだ。相応の働きで返してもらわんとな」
三週間。
看護が無ければ余裕で死んでいるほどの期間だ。
傍の台に置かれた包帯に付着していたであろう血の量と眠っていた日数を聞いて、健人はようやく自分がどれだけ危険な状態であったかを実感した。
科学的な医療技術が未発達なタムリエルで、これだけの重傷を負ったことを考えれば、生きているのが奇跡といえるだろう。
「俺をオブリビオンから拾い上げてくれたんだってな……。ありがとう」
「ふん、私がお前を助けたと、どこで知ったのやら……。まぁいい。デイドラロードを退けるという歴史的事件を目の当たりにできたのだ。妥当な対価だろう……」
明らかに健人とハルメアス・モラとの戦いを見ていた事が窺えるネロスの口調に、健人は思わず驚愕の表情を浮かべる。
「……見ていたのか?」
「ああ。恐らくハルメアス・モラは、お前が屈する姿をスコール達に見せつけることで、タムリエルでの帰る場所を無くすつもりだったのだろう。ご丁寧に村中に見えるよう大画面でみせてくれたよ」
スコール村の全員が健人とハルメアス・モラとのやり取りを全て見ていたのなら、もし健人が少しでもハルメアス・モラに屈していた場合、スコールは決して健人を助けようとはしなかっただろうと、ネロスは言葉を続ける。
どうやら、こうして健人が手厚い看護を受けられたのは、彼が最後の最後までスコールとの約束を守り、ハルメアス・モラに屈しなかったかららしい。
健人は死んだストルンの事を思い出し、どこかソワソワした様子で辺りを見渡し始める。
「フリア達は?」
「ああ、あのスコールの娘達なら、呪術師の埋葬を済ませた後は、日常の仕事に戻って……」
「ケントおおおおおおおお!」
「うわちゃあああーーーーー!」
ネロスがフリア達の近況を話している最中に、耳を割くような大声が響いた。
続いて、階下へと続く階段から人型の影が飛び出し、ベッドから動けない健人を強襲する。
「よかった、よかったよーーー! オイラこのままケントが死んじゃうかと思ったーーーーーー!」
強襲してきたのは、健人の親友であるカシトだった。
意識不明だった健人の意識が戻った事がよほど嬉しいのか、本人が絶対安静の重傷患者である事も忘れて力いっぱい抱擁し、ゾリゾリと頬ずりを繰り返す。
「ぎゃああああ、放せカシト! 手加減しろ! 身体が痛い! 髭も痛い!」
手加減なしのカシトの抱擁に健人が悲鳴を上げた。
体中の骨がミシミシと悲鳴を上げ、硬い髭と体毛が容赦なく包帯の上から傷口に突き刺さる。
あまりの激痛に健人は本気で抵抗するが、弱りきった体が獣人の抱擁から逃げられるはずもない。
「止めなさい、このバカジート! ケントがまた寝込むでしょうが!」
そんな健人を助けたのは、村中に響くほどの健人の悲鳴を聞いて、慌てて駆け付けたフリアだった。
重傷患者に抱き着いて殺しかけているカジートに容赦なく拳を振り下ろし、引きはがして階下に放り投げる。
宙に投げ出されたカシトの体は一直線に燃え盛る暖炉に突っ込み、炎に包まれた下手人は“水、水!”と叫びながら全速力で井戸のある外へ飛び出していった。
「全く! 今のケントは絶対安静って言っていたのに!」
「ええっと……」
「ネロス! 貴方もどうして止めなかったのよ!」
「あの考えの浅いカジートを止める事は私のような優れたウィザードの仕事ではないからな。というより、止める暇もなかった」
思った以上に元気一杯というか、すさまじい覇気を纏うフリアの姿に、思わず健人は尻込みして声をかける機会を逸してしまう。
一方のフリアは未だに激おこプンプンなのか、健人の傍にいてもカシトを止めなかったネロスにまで火の粉が飛んでいる。
ネロスもネロスで火に油を注ぐようなことを言うものだから、いよいよもってフリアの気配が剣呑なものになっていく。
具体的には、腰の斧を取り出して人体伐採をやりそうなほどの怒気である。
「あ、あの……!」
さすがにこれ以上険悪な雰囲気にさせるわけにはいかないと、健人は思い切って声を張り上げる。
怒りに染まったフリアの顔がぐるりと回って健人に向く。
健人はその般若のごとき怒り顔に思わず顔が引きつりそうになったが、当のフリアは意識を取り戻した健人の姿を目の当たりにして、その怒り顔を驚きの表情へと変えた。
そして、驚嘆に目を開いたフリアの瞳が、ジワリと潤む。
「グス……。よかった、気が付いてくれて……」
「ああ、っと、その……」
先ほどまで怒り心頭だった少女は一変、グスグスと涙を流しながら、普段の勇ましさが嘘のようにしおらしくなってしまう。
一方、涙ぐむフリアを前にして、健人は何を言ったらいいのか分からず、オロオロするばかり。
この場で健人とフリアを取り持ってくれそうなネロスは、面倒だというように肩をすくめて階下へと消えてしまう。
いよいよもってどうしたらいいか分からなくなった健人。
どんな言葉を掛けたらいいか思考を巡らせるが、あいにくと女性を慰めた経験などない健人に気の利いた言葉が掛けられるはずもなく、何とも言えない奇妙な空気が二人の間に流れていた。
「……ありがとう」
そんな空気を最初に払ったのは、フリアの方だった。
彼女はベッドの上で狼狽える健人の近くまで寄ると、微笑みながら感謝の言葉を述べる。
「……え?」
礼を言われるとは思っていなかった健人が、思わず驚きの声を漏らす。
健人は、ある意味ストルンの死を招いた人間の一人だ。
ミラークの服従のシャウトに対抗するために、健人はハルメアス・モラが持ちかけてきた取引について話してしまい、それが結果としてストルンの死に繋がった。
健人自身もストルンを殺してしまった自覚があるだけに、フリアに対しては未だに後ろめたい気持ちがある。
「父の願いを叶えてくれて。それから、ごめんなさい。父の死に動揺していたとはいえ、酷い事を言ったわ」
だが、後悔しているのはフリアも同じだった。
健人の人の善さは、彼が関わる必要のないスコール村の危機に立ち上がってくれた事で知っていたはずだし、彼が悪意からストルンにハルメアス・モラとの取引について話した訳ではないことも頭では理解していた。
だが、現実として目の前に突き付けられた父の死が、彼女から冷静さを奪っていた。
結果として健人は追いつめられるようにアポクリファに赴き、ミラーク、そしてハルメアス・モラと戦うことになってしまったのだ。
ネロスの話を鑑みるに、実際に彼女は健人とミラーク、そしてハルメアス・モラとの戦いをその目で見ている。
だからこそ、健人に対して抱く罪悪感は誰よりも深かった。
「いや、俺もあの時は、ハルメアス・モラとの契約が必要だと半ば思い込んでしまっていた。お互い様だよ」
そんな彼女の後悔を察したからこそ、健人もまた自分の後悔を口にして、禊ぎを行う。
ここで、互いのわだかまり全てを、水に流すために。
そんな健人の言葉を聞いて、笑みを深めたフリアが、そっと身を寄せて健人の背中に手を回してきた。
「ちょ、フリア!?」
突然抱き着かれたことに、健人が驚きの声を上げる。
先ほど自重しないカジートに組み伏せられた時とは違い、優しく、労わるような抱擁が、健人の体と心に染み渡るような温もりを伝えていく。
「改めて、お礼を言わせて、スコールの友よ。私達を、そして父の魂をハルマモラの魔の手から救ってくれて、本当にありがとう」
「ストルンさんは……」
「大丈夫、父はちゃんとハルマモラから解放されて、全創造主の元へ逝ったわ。私もスコールの呪術師だから、分かるのよ」
ストルンの魂を解放できた。
その事実を聞かされ、健人はようやく肩の荷が降りた気がした。
自分のケジメをきちんと果たせた。その達成感と安堵感が、この島で彼の胸に突き刺さった棘全てを洗い流していく。
どれだけ寄り添っていたのだろうか。
互いに申し合わせた訳でもなく、静かに離れた二人は、互いに顔を赤らめながら俯く。
「そ、それで、ケントはこれから、どうするの?」
「スカイリムに戻るよ。まだ、やるべき事を残していたから……」
そう、健人はまだやるべきことを残している。
スカイリムで別れた家族。彼女ともう一度会わなければならない。
「そう……。分かったわ。冬の間は、私の家に泊まっていって。歓迎するわ」
スカイリムに戻るという健人の言葉を聞いたフリアの顔に、一瞬寂しさを漂わせた影が過るが、すぐに笑顔を浮かべて、冬の間は泊まっていくように健人に促す。
「ああ、ありが……ん? 冬の間? あれ、船は?」
一瞬、フリアの提案に頷きそうになった健人だが、レイブン・ロックから船が出ていることを思い出し、フリアに問いかける。
「? 何を言っているの? 冬の間は流氷で港が閉鎖されるから、ソルスセイムからは出られないわよ? 季節的にはもう冬に入っているし、船も出ていないんじゃないかしら?」
ちなみに、今は黄昏の月。
地球で言えば11月に相当し、既に暦の上では冬である。
海は荒れに荒れており、海で作られた海氷が港を覆いつくしてしまう季節だった。
スカイリムやソルスセイムでは毎年よくある光景であり、この間は、よほど大きな港でない限り、船の入出港が不可能になる。
どうやら既に健人は、流氷が消える春までスカイリムには戻れないらしい。
「……マジ?」
予想外の出来事に思わず健人の口から日本語が漏れる。
この後、健人は船が出られるようになる春までソルスセイムに留まる羽目になり、その間に様々な厄介事に巻き込まれたり首を突っ込んだりすることになったのだが、それはまた別の物語である。
虚空界、オブリビオンと呼ばれるその領域に、無数の残骸が漂っている。
かつて白日夢と呼ばれるアポクリファ領域があったその場所は、無数に千切れた紙片が漂うだけの次元になっていた。
その暗闇に包まれた空間に、波紋が広がる。
小さな波紋は少しずつその大きさを増していき、やがて生まれた大きな揺らぎの中から、巨大な単眼が姿を現す。
知識のデイドラロード、ハルメアス・モラ。
ニルンを創造したエイドラと違い、不死の概念を有したままのデイドラロードは、たとえ死んだとしても、時の中で復活を遂げることができる。
健人のハウリングソウルで砕かれたハルメアス・モラもまた、こうしてオブリビオンの虚空に復活を遂げていた。
復活したハルメアス・モラは千々に砕かれた白日夢の残骸を前に、己の触手を広げ、元に戻るように命じる。
しかし、彼の命令に反し、揺蕩う残骸はピクリとも動く様子がなかった。
「やはり、白日夢の知識は失われ、領域は我の支配から完全に切り離されたか……。だが、そんな事はもはやどうでもよい」
白日夢という、膨大な知識を有していた領域全てを失ったにもかかわらず、ハルメアス・モラの声色には一切後悔がない。
「素晴らしい……。なんと素晴らしい贈り物か……」
むしろ逆に、ハルメアス・モラはこれ以上ない程の歓喜の声をオブリビオンに響かせながら、ウネウネと全身の触手を震わせ、巨大な瞳を見開いている。
彼は興奮していた。これ以上ないほど満足していた。
未知なる魂の共鳴現象に、未知なる力を発揮した人間が齎した結果に。
彼は知識を求めるデイドラロード。
坂上健人という異世界人は、絶対と思われていた事象を覆すほどの力と可能性を見せた。
それはハルメアス・モラが追い求めていたもの、無数の未知なる知識を生み出す源泉に他ならない。
「よくやった、我が勇者よ。お礼に、失った白日夢の知識と領域は全てお前にくれてやろう。好きに使い、己の糧とするがいい……」
知識の代償は知識。
そう言って憚らない彼だからこそ、ハルメアス・モラは白日夢の領域の知識が失われたことに憤慨などしない。
むしろ、嬉々として白日夢の全てを健人に与える。
既に白日夢の領域は消し飛び、内包されていた知識は大半が失われたが、取り出す方法がないわけではない。
そして、そのカギは未だ件のドラゴンボーンの手の中にある。
己が見出したドラゴンボーンが齎した結果に大満足しているハルメアス・モラは、かつて白日夢とニルンを繋いでいた黒の書ごと、その領域にあった全ての知識の所有権を健人に譲渡する。
件のドラゴンボーンはもはや、ハルメアス・モラを完全に敵視している。
今後、どのような接近を試みようと、彼は絶対に誘惑には乗ってこないだろう。
だが、それでも構わない。
干渉する手はいくらでもあるし、ハルメアス・モラは悠久の時の中で揺蕩う存在。時間など腐るほどある。
「さあ、行くがいい、異界のドラゴンボーン。また私に、心躍る未知を見せてくれ……」
だから、今はただ見守り続ける。
絶対を覆す力を手にしたドラゴンボーンが、新たなる未知を見せてくれること夢見ながら。
再び巡ってきた恵雨の月。
健人がこのタムリエルに迷い込んで、一年以上が過ぎていた。
そしてこの日、流氷が完全に消えたレイブン・ロックの港から出港したノーザンメイデン号に、健人とカシトの姿があった。
「いよいよ出港か。長かったような、短かったような……」
冬の間、ソルスセイムで生活した健人とカシト。
彼はスコール村のフリアの家に世話になりながら、レイブン・ロックと交易を行って生計を立てていた。
また、その間に様々な鍛錬を行い、今まで身に着けてなかった技術も身につけ、同時に色々な出来事に巻き込まれた。
苦労ばかり重ねてきたが、それに見合うだけの嬉しい出来事も沢山あった。
レイブン・ロック鉱山が復活し、荒廃しかけていた街が再び息を吹き返した。
ソルスセイムに残っていたミラークとドラゴンプリーストの痕跡を探りながら他の黒の書を探索し、ハルメアス・モラの脅威を本当の意味で取り除こうと奔走した結果、一定の成果を上げることが出来た。
結果として、健人はここ数か月間、休む事も殆どなく働き詰めの毎日だったが、彼としては今までの人生で一番充実していた時間だった。
「ケント、よかったの? せっかくこのソルスセイムに慣れてきたのに……」
「ああ、向こうでやる事が残っているからな」
隣で佇むカシトが、改めて健人にスカイリムに戻るのか尋ねるが、健人はハッキリとカシトの問いかけに頷いた。
彼はまだ、やるべきことが残っている。
ミラークの魂と力、そして意思を受け継ぐ後継者となった今、真に言葉を交わすこと事無く、黙したまま別れた家族に会わなければならない。
この時代のもう一人のドラゴンボーンであるリータの意思を、今一度確かめる為に。
だからこそ、健人はこの島に留まり続けるわけにはいかないのだ。
「……この島で色々あったな」
ソルスセイム島であった出来事を思い出しながら、健人は徐々に小さくなっていくレイブン・ロックの港を振り返る。
ミラークの反乱に巻き込まれ、ドラゴンボーンとして覚醒し、最終的にハルメアス・モラと戦うことになった。
ハルメアス・モラとの戦いの後も騒動は続き、レイブン・ロック鉱山に残っていた鉱脈を見つけた結果、ダンマー五大家の争いに巻き込まれてモラグ・トングと戦う羽目になった。
モラグ・トング討伐の礼でレイブン・ロックの家を貰ったらフリアが何故か不機嫌になり、さらにその後リークリングが勢力を広げようと挙兵するという騒動まで起こった。
「そうだね~。デイドラロードと戦う羽目になったり、モラグ・トングと戦う羽目になったり、リークリングと戦う羽目になったり……」
「リークリングはお前が元凶だけどな」
「被害を拡大させたのはケントだけどね」
「…………」
カシトの言葉に健人は押し黙る。
健人が目を覚ましてから二か月後、どこかのカジートが蘇らせてしまったカースターグと呼ばれるリークリングの王が、配下の兵を連れて挙兵するという事件があった。
この際に健人は、ソルスセイムにかなり甚大な被害を齎してしまっている。
人的被害がなかったのが奇跡だったが、この事件は健人にとってはトラウマなのか、思わず手に持っている物に力が入る。
そして、健人が手に持っていた艶やかなローブがミチミチと軋み始めた。
「それから、そのテルヴァンニ家のローブ、どうするの?」
カシトが指差したのは、今現在健人に握りしめられて軋みを上げているローブ。
凝った意匠と特徴的で豪奢な色彩が施されたそれは、出港の際にネロスから手渡されたものである。
なんでも、テルヴァンニ家にとって由緒正しいものであり、家の一員であることを示す極めて重要な衣装とのこと。
これを渡すときのネロスはこれ以上ないほど得意げで、健人が歓喜して疑わないだろうというような表情だったが、健人としては、非常に微妙な表情を浮かべざるを得ないものだった。
実はソルスセイム滞在中、健人はネロスから様々な魔法の手ほどきを受けていた。
ミラークから受け継いだ知識や技術をきちんと身に付けるには、ネロスのような優れたウィザードの師は絶対に必要だったのだ。
そして、今の健人は限定的ながら精鋭クラスの魔法も習得し、ミラークの持っていた魔法技術も少しずつではあるが体系化し、習得できる可能性が生まれてきていた。
この島に来たばかりの事を考えれば、驚くべき飛躍である。
とはいえ、そもそも健人の体質が変わったわけではないため、魔力効率の悪さは相変わらず。
精鋭魔法より上位の魔法の習得はまだまだ出来ていないし、そもそも習得できても、錬金術や付呪の補助無しには使用する事は不可能だろうというのが、ネロスの見解だった。
ネロスのおかげで健人はさらに大きく成長できたことは事実である。
とはいえ、その為に彼は無茶苦茶なネロスの要求に四苦八苦させられたし、ネロスに起因した厄介事にも巻き込まれたことも事実ではあった。
「……このローブ、いるか?」
「要らないよ!」
この島で受けたネロスの理不尽な要求を思い出しながら、健人はおもむろにテルヴァンニ家のローブをカシトに差し出すが、コンマ一秒足らずで拒絶の返答が返ってきた。
どうやらカシトにとっても、テルヴァンニ家のウィザードとの日々は思い出したくないもののようだった。
気が付けば、船は港の入り口に差し掛かっていた。
これで本当にソルスセイムとはお別れになる。
ふと健人が左手に聳えるレイブン・ロックの外壁“ブルワーク”を見上げると、海へと突き出た縁の先に、スコールの鎧を纏った一人の女性が立っていた。
見送るように手を振る彼女に、健人もまた大きく手を振って返す。
手を振っていたスコールの女性、フリアは手を振り返してくる健人の姿を見て、口元に浮かべた笑みを深めていた。
「よかったの?」
「ああ、これでいい。それに、もう会えなくなったわけじゃない。生きていれば、また会えるさ」
フリアにも健人にも、やるべき事がある。
スコールの呪術師である彼女は、命を落としたストルンの代わりに、スコール村の導き手の一人にならなくてはいけない。
健人もまた、スカイリムでやり残した事がある。
健人とフリア、二人の道はここで別れるが、彼らの胸の奥に寂寥感は全くなかった。
二人は声を交わさぬ別れの中、唯々掛け替えのない仲間にして家族の門出を前に、互いのこれからの幸運を祈りながら前を見据える。
「さあ、戻ろう。スカイリムに」
向かうは西。
健人とカシトを乗せたノーザンメイデン号は帆を広げ、波を切り裂きながら、一路、スカイリムへと針路を向けた。
第四期202年、栽培の月。
世界のノドの頂上で、一人の少女と一頭のドラゴンが対峙していた。
「よく来たな、私は、パーサーナックスだ……」
パーサーナックス。
グレイビアードのマスターにして、人類にシャウトを授けた功労者。
数千年間に渡って瞑想していた老龍と向き合うのは、今代のドラゴンボーン、リータ・ティグナ。
彼女は家族の敵と同族のドラゴンを前に、ゆっくりと己の剣の柄に手を伸ばしていた。
これで、本当にソルスセイム編が終了となります。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
この後は再び、スカイリムに舞台が戻ります。
ミラークから引き継いだ魔法技術関係については、ゲームでいうとPerk習得画面が見れるようになった、という感じです。
どんな魔法体系にどのような技術があるかは把握できましたが、健人ではまだスキルも習得ポイントとも足りないといった感じです。
何より種族デバフの影響が大きすぎる……。
さて、健人がソルスセイム滞在中に起きた出来事については、一応概略として簡単に一纏めにして放り込んでおこうかと思っています。
ただ、閑話として書いて欲しいという方もいるかもしれませんし、実際に書くこともあるかもしれないので、どこまで纏めておけばいいのか悩ましいところです。
閑話で書く場合はネタバレの心配もあります。(もっとも、最終話でかなりネタバレしてしまっていますが)
ですので、簡単にアンケートを取り、それで方向性を決めようと思っています。
また本編優先で執筆しますので、閑話希望の場合、いつ書けるか分かりませんので、その辺りはご了承を。
ちなみに、本編を続ける過程で出てしまうネタバレもありますので、その辺りもご容赦を。
改めまして、DLCドラゴンボーン編、いかがだったでしょうか?
少しでも皆さんの読書ライフに潤いをもたらすことが出来たのなら幸いです。
それではまた。
ソルスセイム滞在中のエピソードについては、どのような形がいいですか?
-
閑話で書いて欲しい。
-
概略として一纏めにして欲しい。
-
概略で一纏めた上で閑話を書いて欲しい。