【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
第5章の閑話は、現在制作中ですが、一体いつになるのやら……。
第一話 ドラゴンレンドを求めて
第4期202年、栽培の月。
リータはスカイリムの中央、世界のノドに佇むグレイビアード達の寺院であるハイフロスガーを訪れていた。
リータがブレイズ最古の寺院である、スカイヘブン聖堂において見つけた壁画。
そこには、過去にドラゴンの支配による圧政から、アルドゥインを封印する事で人の時代が訪れた事、そして今日のスカイリム反乱の中でアルドゥインが復活し、ドラゴンボーンが現れるまでの予言が描かれていた。
ブレイズの元公文書管理官であり、リフテンのラットウェイで合流したエズバーンが調べた結果、その壁画の中にアルドゥインを倒すための秘策が描かれていた。
竜戦争において活躍した三英雄。
黄金の柄のゴルムレイス。
隻眼のハコン。
古きフェルディル。
彼ら三英雄がアルドゥインを地に落とし、封印している光景の中で、口からシャウトが放たれている様子が描かれていることが、その決め手になっていた。
そして、アルドゥインを地に落とすシャウトの存在を知ったリータは、この世界で最もスゥームを知る者達、すなわちグレイビアードの助力を得ようと、三度、ドルマと共にハイフロスガーを訪れることを決めた。
リータ一行がイヴァルステッドに着くと、デルフィンとエズバーンはイヴァルステッドに残った。
ブレイズの二人曰く、自分達が付いて行ったらグレイビアード達は警戒して、アルドゥインを落すシャウトについて教えてくれないだろうとの事。
「アルドゥインを落としたシャウトが知りたい」
「どこでそれを知った?」
シャウトの師であるアーンゲールに開口一番でアルドゥインを落とした力の言葉について尋ねると、彼はこれ以上ないほど強張った表情を浮かべ、同時に心の臓が凍てつくような怒気の籠った声を発した。
シャウトという超常の力を操る者の怒気を含んだ声は、その口が紡いだ言葉がドラゴン語でなくとも、常人の意識を奪うほどの威圧感を叩きつけてくる。
「ブレイズに聞いた」
しかし、同じシャウトを操り、数多のドラゴンの魂を食らったリータは、アーンゲールの怒気をそよ風のように受け流す。
一方、ブレイズの名前を聞いたアーンゲールは、得心がいったような表情を浮かべながら、同時に呆れ果てたように肩を落とした。
「なるほど、ブレイズか。よく分からないことに首を突っ込むのが得意な奴らだ……」
額に皺を寄せながら、アーンゲールはブレイズの名を吐き捨てる。
その声にはブレイズに対する嫌悪感がこれ以上ないほど籠っており、同時に弟子であるリータがそんな者達とつるんでいた事実に対する憂いと怒りが込められていた。
一方、そんな師の激昂を前にしても、リータの表情はピクリとも動かない。
ガラス玉のように冷淡な光を抱く彼女の瞳には、アーンゲールがアルドゥインに対抗するためのシャウトを知っているのかいないのか、それだけしか映っていなかった。
「お前は私の傍で何も学ばなかったのか!? このままブレイズにドラゴンを倒すだけの只の道具として使われたいのか!?」
グレイビアードが示す声の道。
それはシャウトを単なる戦いの道具ではなく、悟りへの道を模索するための道しるべとしたもの。
グレイビアード自体が、開祖であるユルゲン・ウインドコーラーが戦争に疲れ、シャウトを戦いに使う事を忌避したことから始まった寺院だけに、力のみを求める今のリータやブレイズに対する言葉は厳しい。
「彼らが何を企んでいようが関係ない。アルドゥインを落とすシャウトを教えて」
だが、リータにとっては声の道などどうでもよかった。
彼女が剣を取った理由はひとえに、家族である健人を守ること、そして、アルドゥインに対する復讐を遂げることだ。
その為なら何だってするし、邪魔をするならサルモールや帝国、ストームクロークと相対する事だって厭わない。
実際、彼女はエズバーンとリフテンのラットウェイで合流した際、彼を捕らえようとしたサルモールの部隊を皆殺しにしていた。
アルドゥインを倒せる可能性を前にして、諦めるなどという選択肢は彼女にはない。
「それに、あの人達が私を利用していることは知っている。だけど同時に、私も彼らを利用している。少なくとも、デルフィン達はアルドゥインに対抗するための道筋を示した」
そんなリータだからこそ、ドラゴンを地に引きずり落とすシャウトの存在を示したブレイズは、たとえその腹の中に仄暗い思惑があろうと、一定の価値がある集団と認識している。
「ブレイズはドラゴンボーンに仕えると言うが、それは違う。奴らがドラゴンボーンに仕えたことなど一度もない! ブレイズは常にドラゴンボーンを智の道から遠ざけてきた」
一方、そんなリータの言葉に、アーンゲールの態度はさらに硬化する。
彼らグレイビアードは、声の力を戦いに使う事を否定した集団だ。
当然、ブレイズとは水と油。完全に対極の立場を取っている。
「ブレイズが私に仕えているかどうかは問題じゃない。アルドゥインは殺さなければいけない。それは貴方達も分かっているはず」
リータ自身もブレイズの全てを信じられるとは思っていない。
ブレイズは元々諜報機関であり、デルフィンもエズバーンも重要な秘密を徹底的に守り続けることで生き残ってきた者達だ。
そんな彼らが、いくら主であるドラゴンボーンに仕えるとはいえ、己の持つ秘密全てを曝け出しているとは到底思えない。
だが、そんな彼らの秘密主義を飲み込んだ上で、リータは彼らの存在を有用だと思っている。
現に、スカイリムに跋扈するドラゴンの情報を集めてリータに届けていたのは、デルフィンの持つ情報網だった。
「私の願いは関係ない。このシャウトは過去に一度使われているが、アルドゥインを倒すことは出来なかった」
「だから……」
「アルドゥインが倒される運命ではなかったと考えたことはないか? 太古にかのドラゴンを打倒した者達も、滅びの日を遅らせただけだ、止めたわけではない。
もし世界が終わるのであるのなら、それもいいだろう。終わらせて、再生させてやればいい……」
アーンゲールにとっては、アルドゥインに滅ぼされることも、それが世界の流れであるなら当然と受け止める。
グレイビアードはシャウトによって悟りを開こうとする者達。
そして悟りを開くとは、我欲を捨てる事と表裏一体だ。
雑念が無く、執着がなくなった状態。そうなれば当然、己の命にすら執着を持たない。
「ふざけないで……。あのドラゴンが生きていることが正しいと言うの!?」
だが、そんな事をリータが認められるはずもない。
グレイビアードのあり方は、つまるところ、どれだけ人が死のうが構わないという事だ。
健人を守るために、彼を拒絶して修羅道を歩むと決めたリータには、当然認められるはずもない。
「私の考えも既に話した。お前が智の道に戻るまでは、何も教えるわけにはいかん!」
アーンゲールもまたリータの考えを認めない。
ドラゴンを殺す修羅として生きようとするドヴァーキンは、彼から見てもあまりにも危険すぎた。
だがアーンゲールがリータに背を向けて立ち去ろうとしたその時、アーンゲールを押し止めるようなシャウトがハイフロスガーに響いた。
”アーンゲール、レック、ロス、ドヴァーキン、スタルンデュール、レック、フェン、ティンヴァーク、パーサーナックス“
(アーンゲールよ、彼女はドラゴンボーン、ストームクラウンだ。彼女はパーサーナックスと話すべきだ)
ドラゴン語でアーンゲールに語り掛けたのは、グレイビアードの一人、アイナースだった。
アイナースはドラゴンボーンの頼みを拒絶したアーンゲールを制する言葉をかけてくる。
だが、ブレイズの存在を聞かされて頭に血が上っているアーンゲールは、アイナースの言葉に憤り含んだ声を返した。
“アイナース、ドヴァーキン、グロン、ラゴール゛。ニ、フェント、グリント、パーサーナックス!”
(アイナース師よ、ドヴァーキンは怒りに囚われている。パーサーナックスに会わせるべきではない!)
“ドヴァーキン、セィヴ、レヴァク、ゼノス。ラゴール゛、アグ、ナーンスル、コス、ニス、アーヴ、ム”
(神々は彼女を選んだ。その選ばれた者の怒りに誰が焼かれるかは、私達が手を出すべきことではない)
「…………」
だが、アーンゲールの憤りを含んだ言葉は、アイナースのさらなる声によって鎮められる。
もしもアルドゥインによって世界が滅ぼされることが運命であるならば、ドラゴンボーンによってドラゴンが殺し尽くされる事もまた運命であると。
アイナースの言葉に、アーンゲールは目を見開き、そして張りつめていた糸が切れたように肩を落とした。
そして背を向けていたリータに向き直ると、おもむろにリータが求めるシャウトについて語り始める。
「ドラゴンボーンよ、お前が求めるシャウトについてだが、我々には分からん」
「分からない? どういう事?」
「お前が求めるシャウトが“ドラゴンレンド”と呼ばれている事は知っている。だが、その声は私たちの道には不要なものだ。故に、我らは知る必要がないのだ」
先ほどまであれだけ頑なに語ろうとしなかったアーンゲールが、突然質問に答え始めたことにリータは内心驚きながらも、目的だったシャウトについての情報を聞き逃すまいと耳を聳てる。
アーンゲールの話では、ドラゴンレンドとはドラゴンの苛烈な統治に反旗を翻した人間が作り上げたスゥーム。
その言葉の一言一句に至るまでが、ドラゴンに対する憎しみに満ち溢れているらしい。
そのような言葉は、悟りを開くことを目的としたグレイビアードにとって忌むべきもの。
故に、グレイビアードはドラゴンレンドの言葉について、学ぶことはないらしい。
「だが、彼なら……パーサーナックスなら知っているだろう」
「パーサーナックス?」
「我々、グレイビアードの師だ。彼はこの山の頂で隠居している」
この老獪なグレイビアードの老人達に、さらに上を行く師がいた事を聞かされ、リータは目を見開く。
アーンゲールを含め、グレイビアードは皆、老齢の域に達している。
老い先短いであろう彼らのさらに上を行く師は、アーンゲール達よりも高齢であることは容易に想像がつく。
そんな老人が、厳しい風雪に晒される世界のノドの頂上で長く生きていけるとは思えなかった。
「……なら、行く」
「……ついてこい」
だが、グレイビアードがその声で己の師の存在を肯定するなら、パーサーナックスと呼ばれる声の達人は、確かに存在しているのだろう。
グレイビアードは必要ない事は、はっきりと声に出して拒絶する。
その辺りは、秘密主義なブレイズよりはよほど信頼できた。
リータとドルマは、再び背を向けて歩き始めたアーンゲールの後に続く。
案内されたのは、以前に旋風の疾走を学んだ外の広間。
アーンゲールは広間を渡り、さらに奥にそびえる門へと二人を案内した。
「ここは……」
案内された門の先には、侵入者を阻むような強烈な嵐が、まるで結界のように吹雪いていた。
門全体は強烈な風による過冷却で無数の氷柱に覆われ、嵐の先にある地面や岩壁も悉くが凍り付いていた。
「ここより先はパーサーナックスが住まう世界のノドの頂上へと続く道があるが、見ての通り強烈な嵐によって塞がれている。これから、この嵐を進むためのシャウトを授けよう」
そう言いながら、アーンゲールは下を向き、凍り付いた石床にシャウトを放つ。
「ロク、ヴァ、コール……。このシャウトで、この嵐の先に行けるだろう」
床に刻まれたアーンゲールのシャウトが、リータに力の言葉を囁いてくる。
“晴天の空”
“空”“春”“夏”の言葉によって構成された、天を覆う嵐を吹き飛ばすスゥームである。
晴天の空をリータに授けたアーンゲールは、自らのやるべき事は済んだと、寺院へと戻っていく。
「どうして……」
「うむ?」
「どうして教えるんですか? 貴方は、決して教えないと言っていたのに……」
アーンゲールの突然の変心。
立ち去ろうとする師の背中に、リータは思わず質問をぶつけていた。
リータ自身、自分が師に対して失礼極まりない態度を取ったことは自覚している。
それは偏にアルドゥインに対する見解の違いと、かのドラゴンに対する怒りから引き起こされたことである。
リータ自身も、自分が憎しみに染まっていることも内心では意識しているが、それでも自分が取った道に誤りはないと思っている。
彼女のドラゴンに対する怒りと力に対する渇望は、彼女自身が制御できない程大きい。
現実としてリータはドラゴンを皆殺しにすることを心に誓い、義弟と友誼を交わした恩竜すら手にかけた。
だが、アーンゲールの突然の変心が、リータの心に猛る復讐の炎にわずかな隙間を生み出していた。
「アイナース師の言葉を聞いていただろう? 私は……そうだった。お前は、私達ほど言葉に熟達していなかったのだな。すまない、お前がシャウトを習得する速度を見て、つい忘れてしまっていた」
何を今さら、というようにかぶりを振ったアーンゲールだが、リータが自分よりもまだドラゴン語自体に精通していないことを思い出した。
確かに、リータのシャウトを習得する速度は、目を見張るものがある。
だが、それは所詮力を行使するための“道具”としての使い方である。
ドラゴンボーンはドラゴンの言葉を瞬く間に理解する。だがそれは、ドラゴンボーンが真にその言葉の意味を求めた時のみなのだ。
魂と意思を、真に相手に伝えるための“真言”としての扱い方を、彼女は今まで殆どしてきていない。
言葉の意味を引き出す時も、その言葉が現実にどのような力を発揮するかを追い求めていた。
それ故に、対話の中で使われるドラゴン語については、どうしても粗が目立ってしまう。
そもそも、彼女がグレイビアードに師事していた期間は短かった。
いくらドラゴンボーンでも、全ての単語を網羅し、覚えきれるはずもない。
「お前は、神々に選ばれた人間だ。人類とドラゴン、その行く先を決める者として」
「そんな事は……」
「ある。だからこそ、お前はドラゴンボーンとしての力を与えられた」
リータ自身は、自分が神々から選ばれた人間であるという自覚は殆どない。
今の彼女にとって重要なことは強くなることで、神に選ばれた人間として神々の意思を喧伝する事でも、優越感に浸ることでもないからだ。
だが、現実として、彼女はアカトシュに選ばれた。
星霜の書に綴られる、最後のドラゴンボーンとして。
「そんなお前が、この先どのような決断を下そうと構わぬ。それもまた世界が出した答えの一つなのだ。その答えを前にしながら、私は己の感情で世界を見る目を鈍らせた。それは、私の未熟故の過ちだ」
そして、悟りを開こうとするグレイビアードにとって、もしアルドゥインに世界が滅ぼされることが運命なら、ドラゴンボーンの手によってドラゴンが皆殺しにされることも運命なのだ。
悟りとは、俗世から解脱し、真の意味で精神の安寧を得ること。
大事なことは自らを運命にゆだね、心静かに受け入れること。
それこそが、シャウトによって悟りを開こうとするグレイビアードが、グレイビアードたる本質。
彼らがリータに協力することは、ひとえに彼女が神々に選ばれた存在であり、リータを通して世界の運命を垣間見ているが故だ。
「…………」
アーンゲールの言葉、そして、振り返った師の静謐を湛えた瞳に、リータは何も言えなくなる。
ただ怒りのまま、自分を否定してくれた方がまだ気が楽だった。
彼女の脳裏に、怒りのままに振るった刃を無抵抗で受け入れたドラゴンが思い起こされる。
かの竜も、今わの際にアーンゲールと同じような瞳をしていた。
「さあ、行くがいい、ドラゴンボーン。その目で世界を見て、己の答えを探るがいい」
それだけを言い残し、アーンゲールは寺院の中へと消えていく。
背中を見つめるリータの瞳は、まるで迷子の様に揺れていた。
それでも、リータは無理矢理にでも己の動揺を押し殺す。
揺れていた瞳は再びガラスのように無機質なものへと変わる。
「ドルマ、行ってくる」
数泊の沈黙の後、リータはついてきたドルマに別れを告げ、パーサーナックスの元へと続く山道に向き合う。
ここから先はリータが進む道。声の修練を行っていないドルマが付いて行くわけにはいかない。
「……ああ、気をつけろ」
「うん、ありがと……」
背中から掛けられる幼馴染の言葉に励まされながら、リータは晴天の空を唱える。
放たれたシャウトは門の先を覆いつくしていた嵐を吹き飛ばし、細い山道が姿を現す。
腰の黒檀の剣と背中の黒檀の両手斧をガチャリと鳴らしながら、彼女は細い山道へと向かっていった。
というわけで、今回はリータサイドのお話。
二章分も健人サイドに使ったので、もう二話ほど、リータサイドのお話が続きます。