【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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というわけで、第二話。
今回はドルマとデルフィンサイド。
続きは明日にも投稿します。


第二話 各々の想いと思惑

 

 リータを見送った後、ドルマはグレイビアードの寺院の広間で、彼女の帰りを待っていた。

 椅子に腰かけ、篝火を前に、彼は自ら大剣の手入れを行う。

 刃を磨き、留め具を確かめ、油を施しながら、ドルマはパーサーナックスに会いに行った幼馴染に思いを馳せる。

 去り際に見た彼女の迷子のような瞳を思い出し、ドルマの胸に苦々しい思いが沸き上がっていた。

 ドルマにとって、リータは家族であり、想い人である。

 彼女と共に過ごした年は十を超え、彼女の両親がいない今、最も長い年月を共に過ごした間柄である。

 ドラゴンと戦うことを選んだリータ。

 彼女が伝説のドラゴンボーンとして目覚めた時、彼は歓喜すると同時に嘆いた。

 ドルマから見ても、リータは元々戦いに向いている人間ではない。

 戦いと死に名誉を抱くノルドではあるが、その中でも彼女と彼女の両親は変わり者だった。

 身寄りがなく、さらには過去も定かではない居候を家族として迎え入れたことなど、その典型例といえる。

 己の人生、そして戦いに誇りを抱き、余所者に警戒心が強いノルドとして、そして内乱で人心が荒れているスカイリムにおいては、愚行と思える行為だ。

 だが、その優しさにドルマもまた助けられた人間の一人だった。

 実の両親と折り合いが悪かったドルマにとって、リータ達が本当の家族だった。

 リータと違い、ドルマは典型的なノルドだ。

 故に復讐を肯定し、ドラゴンを殺す事に何ら躊躇はない。

 そして、こうして伝説のドラゴンボーンと肩を並べてドラゴンと戦えるなら、ノルドとしては本来諸手を挙げて歓喜すべきである。

 だが、今のドルマの心を占めるのは、アルドゥインに対抗する手段を得られるかもしれないという歓喜よりも、復讐に邁進する幼馴染に対する憂いであった。

 そして、そんな“軟弱な想い”に囚われる自分自身に対しての怒りもまた込み上げてくる。

 そんな軟弱な奴はホワイトランに送り返された“落伍者”だけでいい。そうでなくてはならないのだと。

 一体何時から、こんな風に憂う様になってしまったのか。

 ドルマが己の憂いの原点を探っていけば、それは鬱蒼としたコケに覆われた巨大な洞窟にたどり着く。

 忌まわしいドラゴンに刃を向ける幼馴染。そして、彼女の前に立ちはだかる裏切り者。

 

“思い起こせば、リータが明確に復讐に邁進するようになったのは、あの裏切り者と別れた時からか……”

 

 その時の光景を思い出し、ドルマの胸の奥に健人に対する怒りが再び込み上げる。

 ドルマ本人は認めないだろうが、彼は内心では健人のことを認めていた。

 戦士としては未熟も未熟。そこいらにいる野生のヤギにすら負けそうなほど貧弱だったが、彼はリータやドルマにはない機転の良さを持っていた。

 頭もよく、常人なら長い年月が必要な魔法も、すぐに習得していった。

 そして最後は、油断していたとはいえ、素手でドルマを組み伏せるまでに成長していた。

 そんな健人の姿を見て、ドルマは彼なら、自分とは違う方法でリータを守れるのではないかと思っていた。

 だからこそ、仇であるはずのドラゴンを庇った健人が許せない。

 無論、健人に彼らを裏切る意思はない。

 健人はただ、自分の友人と姉に殺し合いをさせたくなかっただけだった。

 だが、ドラゴンを庇うという行動そのものが、ドラゴンは人類の天敵であるという認識を持つタムリエルの人々の反発を買ってしまう。

 そして、ドルマはその表面的な態度はともかく、内心では健人を認めていただけに、彼の行動に対する拒絶反応も激しかったのだ。

 健人の裏切り行為が、ただでさえ不器用なドルマの精神をさらに硬質なものへと変えていた。

 

「俺は絶対に、リータを裏切らない……」

 

 リータを守る。

 自らの行動原理であり、この旅をつづける根本的な理由。

 例え友と思っていた相手に裏切られようが、ノルドとして、一度掲げた誓いは破らない。

 だが、ドラゴンを庇った健人の行動に対する反発心。そして、そんな裏切り行為を行った健人が未だにリータの心を占めている嫉妬から、彼は気付けない。

 その頑なさと黙して語らぬその行動が、いずれ悲劇に繋がるかもしれないということに。

 

 

 

 

 

 

 イヴァルステッドの宿屋、ヴァイルマイヤー。

 かつてリータ達が世界のノドを登る際に一泊したこの宿屋に、デルフィンとエズバーンは泊まっていた。

 彼らがリータ達と共にハイフロスガーに向かわなかったのは、ブレイズがグレイビアードとは決定的に相容れない間柄だからだ。

 

「エズバーン、何しているの?」

 

「アルドゥインの壁画に関しての資料を纏めているところだ。

もしかしたらあのドラゴンについて、まだ知らない情報が隠されているのではと思ってな」

 

 店の店主が笑顔で差し出してきた蜂蜜酒を受け取りながら、デルフィンはエズバーンの隣に腰かける。

 この宿屋の店主ウィルヘルムは以前にリータが訪れた際、彼女がドラゴンボーンである事に気付いて歓待したことがあり、今現在リータ一行に加わっているデルフィン達にも妙に好意的であった。

 その好意の裏には、以前にサルモールの部隊に脅され、リータの情報をしゃべってしまった事への後ろめたさも多分に含まれている。

 デルフィン自身もこの宿屋の店主が抱く後ろめたさには気付いており、故にちょっと宿屋の裏で“お話”して、釘を刺してはあったりする。

 

「今頃ドラゴンボーンは、グレイビアードと会っている頃か……」

 

「ええ、願わくば、彼らが、若しくはかのドラゴンが、アルドゥインを落とすシャウトを知っていることを願うわ」

 

 ブレイズはグレイビアードの師であるパーサーナックスが、ドラゴンであることを知っている。

 ブレイズは元々アカヴィリからタムリエルに渡ってきたドラゴンスレイヤーの集団であり、ドラゴンを殺すことを使命にしているが故に、歴代のドラゴンボーンを守ってきた。

 当然、ドラゴンについてはこのタムリエルで、どんな組織よりも深い知識を有している。

 

「しかし、お互い良く生きていたものね」

 

「ああ、いつ死んでもおかしくなかった。曇王の神殿にサルモール達が押し掛けてきた時も、追われるスキーヴァのように穴倉から穴倉へと逃げ回っている時もそうだった」

 

「ええ、まったくそうね……」

 

 ブレイズは第四期初めの大戦中に、サルモールによって甚大な被害を被った。

 構成員はほぼ捕らえられ、拷問の末に殺された。

 四散し、逃げのびた生き残りも、サルモールの執拗なブレイズ狩りの中で次々に息絶えていった。

 サルモールがそれだけ長い間執拗にブレイズを狩り続けていたのは、それだけ彼らがサルモールに与えた被害が甚大であるからに他ならない。

 そしてデルフィンは、サルモールの破壊工作の中で最前線に立っていた精鋭中の精鋭。

 エズバーンは、ブレイズの機密の塊である公文書の管理官。

 サルモールにすれば、双方共に最重要の捕縛対象であり、最も警戒されている危険人物である。

 デルフィンとエズバーンが生き延びてきたのは、他の生き残りのブレイズ達とほとんど接触してこなかったからだ。

 だが同時に、孤独な日々はどんな屈強な人間であろうと、その心を蝕んでいく。

 見えない刺客に何十年も四六時中追い回されてきたデルフィンとエズバーン。

 だからこそ、こうして再会出来た二人は声高に叫ばずとも、仲間と過ごす静かな時間を、これ以上ない程喜んでいた。

 

「ドラゴンボーンはグレイビアードの助力を得られただろうか……」

 

「さあね。彼らの頭の固さと言ったら、まるで白痴のトロールのようだから……」

 

 ドラゴンを殺し尽くす事を己に科したドラゴンボーンは、まさにブレイズが望んでいた存在である。

 だが、グレイビアードの助力が必要な今の状況では、少々不安が残ることも事実である。

 下手をすれば、グレイビアードの助力を得られないかもしれない。

 グレイビアードはスカイリムのノルドの誰もが奉ずるような者達だが、その権威や力でもって俗世と関わる事はない。

 だが、その姿は、デルフィン達には自らの運命に尻込みした者達として映る。

 自らの力と意思、そして身を裂くような選択の果てに生き延びてきたブレイズ。

 世界が滅ぼされることも運命として受け入れているグレイビアード。

 グレイビアードはブレイズを蛮族の集団とみるだろうし、ブレイズもグレイビアードを、力を持ちながら何もしない臆病者達と取る。

 当然ながら、交わるはずのない者達だ。

 デルフィンもグレイビアードの立場は理解しながらも、納得は絶対にしない。

 リータが上手く目的となるシャウトについて情報を貰えればいいが、こればかりはデルフィンは手を出せず、神に願うしかなかった。

 

「それで、かのドラゴンについてはどうするのだ?」

 

「グレイビアードが今のドラゴンボーンに対して、パーサーナックスについてどこまで話すかは分からないけど、彼がかつて人間たちを虐殺した張本人の一人ということを聞いていないなら、おそらく上手く行くと思うわ」

 

 パーサーナックス。

 竜戦争を生き延びた数少ないドラゴン。

 そして、かつての竜統治時代に、人間に対して最も苛烈な虐殺を行った竜。

 キナレスに諭され、かつて人々を震撼させた野心家の影は消えているが、グレイビアードと違い、それでもこの大罪を犯したドラゴンは殺すべきだというのが、ブレイズの主張である。

 もちろん、表立ってパーサーナックスを殺そうとは言わない。

 しかし、ブレイズはかつてのパーサーナックスの所業を忘れることなく、数千年間、影からその隙を狙っていた。

 グレイビアードもブレイズの思惑は察しており、寺院に近づくことすら拒絶反応を示すだろう。

 グレイビアードの協力が必要な現状では、デルフィン達がハイフロスガーに赴くのは吉ではない。

 その時、デルフィンの隣にフードを被った男が座った。

 座った男は何も言わずに懐から一冊の封筒を取り出し、手の平で隠すように卓上に置いて滑らせる。

 そして男は蜂蜜酒一杯も飲まずに即座に立ち上がり、宿を出ていった。

 デルフィンは目の前に滑り込んできた封筒を取り、封を開けて中身に目を通す。

 

「またか?」

 

「ええ、ドラゴンボーンの私兵からの手紙よ。ソルスセイムへ家出したケントを追って、今はウィンドヘルムにいるみたいね」

 

 封筒の中身は、リディアからドラゴンボーンに宛てた手紙だった。

 手紙にはソリチュードからソルスセイム行きの船に乗った健人を追って、ウィンドヘルムにいる現状がしたためられている。

 デルフィンは時々、こうしてリディアから健人の現状を手紙で受け取っていた。

 なぜデルフィンがリータ宛の手紙を受け取っているかというと、手紙の運送を行っているのが、デルフィンのコネのある盗賊ギルドだからである。

 元々、サルモールに追われている一行である。普通に手紙のやり取りをしていたのでは、簡単に足がついてしまう。

 だからこそ、彼女は高い金を盗賊ギルドに払って、秘密裏に手紙のやり取りを行えるようにしていた。

 

「確か、ソリチュードで飛び出したお前の弟子を追って行ったという話だったな?」

 

「ええ、ドラゴンボーンには話していないけどね。話す必要もないし……」

 

 また、デルフィンは手紙の窓口を限定することで、ドラゴンボーンに余計な情報が渡らないようにもしていた。

 健人が行方不明になった事など、その最たるものである。

 ドラゴンボーンに仕えるブレイズとして、主の害になる要因は極力排除する。

 この場合の彼女の主とは、もちろん“ドラゴンを殺す者”としてのリータである。

 彼女は、これがリータにとっても人類にとっても、最上であると信じている。

 復讐。それはリータが願う道であり、デルフィンもまた胸に抱く思いであるからだ。

 

「それに、ドラゴンボーンのおかげで、人々も希望を持ち始めている。悪い事ではないわ」

 

 今のリータは正しくデルフィン達が、そして、ドラゴンの影に怯えるスカイリムの人々が望んだドラゴンボーンとなっていた。

 ドラゴンを殺す者、そして人類に希望を与える者。

 現実にリータがドラゴンを殺し続けることで彼女の名声は高まり、ドラゴンの復活に怯えていたスカイリムの人達は徐々に希望を持ち始めていた。

 もちろん、当初はドラゴンボーンの出現に懐疑的な者達も多かった。

 だが、スカイリム各地を回る中で、現実としてドラゴンを倒し続けるリータの姿は、噂が真実であると気づかせるには十分なインパクトがあった。

 

「いいのか? お前の弟子なのだろう?」

 

「弟子ではあるけれど、既に脱落した者よ。それに、ドラゴンボーンが殺しまわっているとしても、今のスカイリムはまだまだドラゴンだらけだわ。

 何より、アルドゥインをまだ倒せていない。

 ダンマーの支配下にあるソルスセイムの方がサルモールの目も届きにくいし、幾分かマシでしょう……」

 

 デルフィンの中では、既に健人は落伍者となっていた。

 だが、それが悪いとは彼女は思わない。

 彼女から見ても、健人は優しすぎた。ドラゴンと友誼を結ぶほどのお人よしである。

 戦士としての資質はともかく、血生臭い、怨嗟に塗れた影の世界を生きるには、あまりにも不適格な人格をしている。

 

「……もし、その弟子が戻ってきたら?」

 

「ありえないわね。既に心が折れていたわ」

 

 デルフィンの経験上、戦場で心折れた者がもう一度立ち上がれることはほぼない。

 表面上はどんなに取り繕おうが、その心の芯には隠しようのない傷が残っているからだ。

 そして人とは、どれだけ威勢を張ろうが、強烈な自己防衛本能を持っている痛がりである。

 トラウマは過剰な自己防衛本能を誘発し、結果的に極限状況を忌避する“ごく普通の人間”になるのだ。

 

「……もし、それでも戻ってきたら?」

 

 もし、それでも立ち上がることができたのなら、その心の芯は今までとは比較にならない程強いものになるだろう。

 男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言うが、強烈な覚悟と集中力でもって困難を乗り越えた者は、間違いなく急激な成長を遂げる。

 そして、デルフィンは健人の“戦士としての”素養自体は、決して否定しない。

 それは、彼をほぼ一から育てたデルフィン自身が一番分かっている事だった。

 

「ドラゴンボーンと共にドラゴンと戦うのなら歓迎するわ。でも、もしもまた立ちはだかるなら、その時は私が潰すわ。ブレイズの為に……」

 

 だからこそ、彼女は健人に立ち上がって欲しくなかった。

 健人が今一度立ち上がった時、彼がどうするのかが、否が応にも脳裏に浮かんでしまうから。

 頭に浮かぶ光景をかき消すように、デルフィンはコップの中の蜂蜜酒を飲み干した。

 甘いはずの蜂蜜酒が、どことなく苦く感じられていた。

 




というわけで、今回はドルマとデルフィンサイドのお話。
何だろう、こっちサイド書くと鬱になる……。
前書きにも書きました通り、続きは明日にでも投稿します。
ついでに、次回更新時に第5章から第6章の間の概要を、適当な所に挟み込む予定です。

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