【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お待たせしました。
ついに皆さん大好きな御爺ちゃんこと、パーサーナックスの登場です。
同時に、書き溜めていた分はこれで終了。
続きは書き終わり次第投稿します。

ついでに、このお話投稿時に、第5章から第6章までの空白期の概略を、登場人物紹介の形式で入れておきました。
閑話は……いつ書き切れるかなぁ……(遠い目



第三話 老竜の導き

 世界のノドの頂上。

 ノルドですら瞬く間に低体温症で動けなくなるほどの風を晴天の空で吹き飛ばしながら、リータは山道を駆け抜け、ついにその場所に到達した。

 山頂に到着した彼女を出迎えたのは、年老いたドラゴン。

 まるで氷河で削られた山脈のように、皹割れた鱗。

 かつては荘厳で力に満ち溢れていた体躯はやせ細り、風を切り裂いた皮膜は破れてボロボロになっている。

 

“ドレム、ヨゥ、ロク……よく来たな、ウンドニーク。私が、パーサーナックスだ……”

 

「ドラゴン……!」

 

 ドラゴンの出現に、リータの胸の奥で燻る憎悪が瞬く間に燃え上がり、戦闘意識が一気に昂ぶる。

 反射的に腰の黒檀の剣に手を伸ばし、引き抜こうと力を籠める。

 

“その目で世界を見て、己の答えを探るがいい……”

 

「…………」

 

 だが、その刹那の間に、リータの脳裏にアーンゲールの言葉が蘇る。

 そして、去り際の静謐に満ちた彼の瞳が、憎悪に流されそうになっていたリータの意識を瀬戸際で食い止めた。

 目の前のドラゴンは、自らをパーサーナックスであると名乗った。

 それは間違いなく、グレイビアードが称える大師父の名前。そして、ドラゴンレンドを知るはずの者の名だった。

 

“ここに何をしに来たのだ、ヴォラーン。なぜ瞑想の邪魔をする?”

 

 パーサーナックスが奇妙な侵入者に問いかける。

 今のリータは黒檀の鎧を身に纏い、腰には黒檀の片手剣、そして背中には黒檀の両手斧を背負っている。

 どこからどう見ても戦いを生業とする凄腕の傭兵にしか見えず、さらにはドラゴンの存在に気付いて反射的に戦闘態勢を取ってしまっていた。

 どれだけ贔屓目に見ても、対話をしに来た訪問者の恰好ではなく、暗殺者とか襲撃者とか鉄砲玉という表現が正しい風体だ。

 

「…………」

 

 だが、自らの姿が誤解を招いてしまっていたとしても、ドラゴンという仇敵を前に、リータは中々戦闘態勢を解くことができなかった。

 それはもはや本能と呼べるほどのもの。

 リータ本人も、まさかグレイビアードの師がドラゴンであるなどと想定できるはずもない。

 

“ふむ、ドヴァーキンか。喉を使って話をしているのだから、分かるはずだが……ああ、すまない。そうだった。年長者である私から話をするべきだったな”

 

 リータが自分の理性と本能の狭間で硬直している中、反応のないリータに首を傾げた老竜は、頓珍漢な方向に勘違いしていた。

 リータは知らないが、ドヴ……つまり、ドラゴン族同士が会話を行うときは、まず年長者が己のスゥームを披露するという慣習がある。

 得心が行ったように頷いたパーサーナックスは、おもむろに首を上げ、その口蓋を天に向けた。

 

「え?」

 

“ヨル、トゥ、シューーール!”

 

 そして、ファイアブレスのシャウトを空に向かって放った。

 強烈な炎が強風を切り裂き、紅い一条の線を雲に覆われた空に刻む。

 

“私の声は聞かせた。さあ、お前の血に秘められた声を聴かせてくれ、ドヴァーキン”

 

 さあ話してくれと、パーサーナックスはリータに己と同じシャウトを使うように促してきた。

 もちろん、パーサーナックスが盛大な勘違いをしているが故の状況であるが、目の前の老竜の的外れな行動にさしものリータも毒気を抜かれていた。

 はあ……と溜息を兜の中で吐きながら、腹に力を入れて力の言葉を引き出す。

 引き出すのは当然、今しがたパーサーナックスが唱えたシャウト“ファイアブレス”である。

 普通の人間なら相手の生死を気にするが、相手はドラゴン。

 そして、ドラゴンに対する気遣いなどリータにはない。

 故に、遠慮なしに全力全開のシャウトをパーサーナックスに叩きつける。

 

“ヨル、トゥ、シューーーール!”

 

 放たれた炎の奔流が世界のノドの頂上に積もる雪を一瞬で溶かし、パーサーナックスの巨体を飲み込む。

 燃え盛る炎が鱗を舐める感覚に、パーサーナックスは歓喜の声を上げた。

 

“ああ、正に! ソッセドヴ、ロス、ムル。お前の中で竜の血脈が強く流れているのを感じる。

 何と苛烈で、鮮烈で、激しいスゥームか。強い、怒りに満ちた声……。同じ種族の者と話をするのは、ずいぶんと久しぶりだ”

 

「貴方達ドラゴンと一緒にしないで」

 

 パーサーナックスに同族と呼ばれた事に、リータがこれ異常なほど冷たい声を漏らした。

 家族をドラゴンに殺されたリータにとっては、到底認めたくない言葉であるからだ。

 

“その怒りは正しい。私は血で血を洗うような支配を繰り返したドラゴンだ。殺意を向けられるのは当然といえよう……”

 

 だが、パーサーナックスもまた、リータの憤りに満ちた言葉を否定しなかった。

 むしろ、その怒りの感情を懐かしむように、空を見上げながら、何やら語り始める。

 

“お前のような怒りを抱く者を、私は何人も見てきた。そんな彼らにもスゥームを教えた”

 

「何を、言っている……」

 

 パーサーナックス。

 かつて人間がドラゴンに反旗を翻した竜戦争において、人類側に立った数少ないドラゴンの内の一体。

 リータは知る由もないが、彼こそがドラゴンに支配されていた人間達に、反旗を翻すための力を与えた最初の功労者であり、同時に最も苛烈な統治で人類を虐殺した忌竜でもあった。

 

“私はかつて、私を殺そうとする者達にスゥームを教えた。そう、遠い……遠い昔の話だ。

 クロシス、話が逸れた。それで、この老体に何を聞きたいのだ? ドヴァーキン”

 

 ここに来た目的を尋ねられ、リータは覚悟を決めるように深く深呼吸する。

 ひりつくような空気が肺を焼き、澄んだ空気が怒りに染まりそうになる頭を冷やしていく。

 

「……アルドゥインを落とすシャウトを知りたい」

 

 万感の思いを込めて、リータはドラゴンレンドについて尋ねる。

 アルドゥインに対抗できるかもしれない希望。

 かつて一度あるアルドゥインと相対した時、彼女のスゥームはただ喉を鳴らしただけで吹き飛ばされた。

 その時の光景が、リータの脳裏に蘇っている。

 それからリータは自らの力の無さを再確認し、ただ只管に強くなろうとした。

 そして現に彼女は、数多くのドラゴンを殺し、その力を吸収していた。

 だが、より多くのドラゴンの魂を吸収していく中で、彼女はアルドゥインが他のドラゴンと決定的に違うということに気付いていた。

 それは、強大になっていくドラゴンソウルが、彼女に齎した天啓のようなものといえる。

 

“ふむ、ドラゴンレンドか。アルドゥインとドヴァーキンが共に戻ってきたのだ。当然であろう。

 しかし、お前が求めるスゥームのことについては知らない。クロシス。私には知りようがないのだ”

 

「知りようがない? どういう事よ」

 

“ドラゴンレンドは、お前と同じジョーレ、定命の者がドヴ……ドラゴンを倒すために作ったのだ。我らのハドリンメ、心では、その概念すら理解できない”

 

 パーサーナックスによれば、ドラゴンレンドは人間による、人間のためのシャウト。

 そしてシャウトを使いこなすためには、言葉の奥に秘められた意味を知らなければならないが、ドラゴンレンドの概念はシャウトを最も使いこなす種族であるはずのドラゴンですら理解できず、習得することはできないらしい。

 当然ながら、概念が理解できないならば、パーサーナックスが教えられるはずもない。

 

「……なら、どうすれば」

 

 いよいよもって詰んできた状況に、リータの焦燥が募る。

 下を向き、拳を握り締めるリータを前に、パーサーナックスが考え込むように喉を鳴らした。

 

“ふむ、確かに、私はドラゴンレンドを教えることはできないが……”

 

「……何を知っている?」

 

 パーサーナックスの言葉の裏に含意を感じたリータが、老竜に詰め寄る。

 彼女は全身からドヴ特有の強烈な威圧感を醸し出している。

 ともすれば再び、腰の剣に再び手を伸ばしそうな雰囲気だ。

 

“ドレム。時が来れば分かる。さて質問がある。なぜ、このスゥームを習いたいのだ?”

 

「あなたには関係ないこと」

 

“ニド、もしお前の問いに答えて欲しければ、まずはお前から答えよ”

 

 冷たさと威圧感を伴ったリータの声。

 並の人間なら聞くだけで平伏してしまいそうな圧力が込められた言葉も、パーサーナックスはまるで柳のように受け流す。

 その柔らかながら、確固たる巌のような老竜の声に、リータは不快そうに表情を歪めながらも、ドラゴンレンドを求める理由を話し始めた。

 

「アルドゥインを倒すため。それが何?」

 

 正確には、アルドゥインを含めた全てのドラゴンを倒すこと。

 それが、リータの戦いだ。

 当然その中には、目の前の老竜も含まれている。

 刃を抜いて斬りかからないのは、この竜がドラゴンレンドについての秘密を持っており、そして何より、リータがまだドラゴンレンドを習得していないからだ。

 同時にリータは、自分の胸の奥に残るシコリが、何かを訴えているようにも感じられていた。

 もしも、この場でドラゴンレンドが習得できていたら、彼女はすぐさまパーサーナックスに斬りかかっていただろう。

 

“アルドゥイン……、ゼイマー。世の長子にありがちな、有能で、貪欲で、そして厄介な兄か。

 だが何故だ?何故お前がアルドゥインを止めなければならない?”

 

「ドラゴンボーンである私しか、アルドゥインを止められないからよ」

 

 ドラゴンは、生態系の頂点に座すに相応しい超生物である。

 城壁を思わせる堅牢な鱗に自由に空を飛ぶ翼、そして変幻自在かつ強力無比なシャウト。

 彼らがもたらす災禍は、地震や竜巻のような自然災害に匹敵する。

 そして、並の人間がいくら集まったところで、倒せるような存在ではない。

 そのドラゴン達の頂点に立つアルドゥインともなれば、もはや抵抗することすら無意味である。

 リータ自身も、もしドラゴンボーンとして覚醒しなかったら、心に傷を負ったまま日常の中に埋没していっただろう。

 両親の死と復活したドラゴンの影に怯えながら、小さな一人の人間として生き、そして死んでいったはずだ。

 だが、彼女は伝説のドラゴンボーンとして覚醒し、ドラゴンと同等の力を身に着けることが出来た、出来てしまった。

 それが、彼女に復讐という選択肢を現実的なものとして認識させ、より大きな力を求めさせた。

 求めた力を手にする度に復讐心は増し、さらに大きな力を欲していく。

 ドラゴンに相対できるのは、同じシャウトを使いこなせる人間だけであり、強力なシャウトの使い手がこの時代の中で皆無である以上、実質的にアルドゥインと戦えるのはリータだけなのだ。

 

“しかし、クォスティード……、予言が伝えるのは、可能性であって必然性ではない。

 クォスティード、サーロ、アーク。また“出来る事”が常に“すべき事”であるとは限らない”

 

 だが、そんなリータの覚悟に、パーサーナックスは疑問を投げかける。

 アルドゥインを倒すドラゴンボーンの予言。

 書物としても伝説としても伝えられるその予言であるが、時の流れに身を置くドラゴンにとって、予言は可能性の示唆でしかない。

 彼らは時の流れを、他のどんな種族よりも敏感に感じ取る。

 予言や運命というのは、後に起こる事への保険や後付けの単語である。

 また、出来る事を成し続けることが、必ずしも最上の結果を生み出すとは限らない。

 反対に、最悪の結果を招くことはままある。

 木を切れるからと森を伐採し続けて、水害を誘発するなど、その例は枚挙にいとまがない。

 

“運命より他に動機はないのか? お前は唯、宿命にもてあそばれるだけの存在なのか?”

 

「運命なんて信じない。私は唯、家族を守るためにドラゴンを殺し、アルドゥインを殺す」

 

 問い詰めるようなパーサーナックスの言葉に、リータもまた語気を強めて返す。

 リータの瞳の奥に揺らぐ炎。何より、シャウトを用いずとも、発せられた人の言葉からあふれ出す憎悪に、パーサーナックスはその瞳を窄ませた。

 

“やはり怒りか。だが、怒りの炎は己をも焼き尽くす。ラゴール゛、アグ、ズゥー。その炎は若しやもしたら、お前が守ろうとするものをも焼き尽くすかも知れん”

 

 憎悪に満ちたリータの言葉。自分自身すら焼き尽くすのではと思える苛烈な怒りの声の端々に、パーサーナックスは諭すように語り掛ける。

 その言葉に、リータの顔が曇った。

 唸りを上げる狼を思わせるその表情が、パーサーナックスの言葉が的を射ていることを示している。

 リータは現に、一緒に戦おうとしていた家族を傷付け、その意思を折っている。

 一方、パーサーナックスは、今のリータが復讐の炎に身を焦がそうとも、彼女が完全に悪鬼羅刹に堕ちないでいる理由が、彼女が守ろうとしている存在にある事を察していた。

 

“それにアルドゥインは奴なりの理由で、自分は勝てると信じている。ロック、ムル”

 

 だからこそ、パーサーナックスはこのドラゴンボーンに、己の知る秘密を語ろうと決めた。

 怒りに身を焼かれているとはいえ、彼女にはまだ守ろうとする存在がいる。

 何より、パーサーナックスは己の罪を自覚している者だ。

 彼は大きすぎる野心と残酷な心を持つ大君主。

アルドゥインの右腕として采配を振るい、人間達を虐殺したドラゴンだった。

 キナレスに諭されたとはいえ、彼自身は今でも、己の名によって定められた本質に苦しみ続けている。

 自らの本質が醜いものであるという自覚があるだけに、例え憎悪に身を焦がそうと、誰かを守ろうと身を粉にして強くなろうとするリータの姿は、パーサーナックスには眩しく映っていた。

 

“奴は傲慢だが、愚かではない。ニ、メイ、リニック、グト、ノル。愚かさとは無縁だ。生まれながらに最も賢く、最も先を見通している”

 

 己の本心を内に秘めたまま、パーサーナックスは言葉を続ける。

 アルドゥインは傲慢ではあるが、暗愚には程遠い存在であるらしい。

 時の竜神、アカトシュの長子に生まれ、絶大な力と未来を見通す知恵と頭脳を併せ持つ、ドラゴンの中で、最も強大で賢き存在なのだと。

 

“しかし、この長話の悪癖に良く付き合ってくれた。クロシス。では、お前の問いに答えよう”

 

 老竜の言葉通り、リータは己の答えを話した。ならば、老竜自身も答えを提示しなければならない。

 この同族の身を焦がす炎が、少しでも和らいでくれることを願いながら、パーサーナックスはドラゴンレンドを学ぶ為の方法をリータに話し始める。

 

“私はドラゴンレンドについては教えられない。だが知る方法なら示せる。

この場所はかつて、アルドゥインと我が弟子たちが死闘を繰り広げた場所。この地で弟子達はドラゴンレンドとケル……星霜の書を用いて、アルドゥインを封印した”

 

「星霜の書……」

 

 星霜の書。

 学のない平民であるリータでも聞いたことがある、この世界で最も貴き遺物。

 星霜の書、又の名をエルダースクロール。

 この世の全ての過去と未来が記された、このムンダスにおけるアカシックレコードそのものである。

 

“ふむ、お前たちの言葉で何と呼んだらいいか……ドヴの言葉にはそれがあるが、ジョーレの言葉には無い”

 

 星霜の書とは、定命の者達が付けた名称である。

 当然ながら、エルフやカジートにも、星霜の書を示す単語は存在するが、パーサーナックス曰く、その表現はどれも星霜の書の一側面しか表していないらしい。

 

“言うなればそうだな、時を超えた秘宝なのだ。存在はしないが、常に存在するもの。ラー、ワーラーン。つまり、創造のかけらなのだ。”

 

 雲を掴むようなパーサーナックスのセリフに、リータは首をかしげる。

 

“お前達がいう星霜の書の数々は予言書として用いられている。お前の予言も、ある星霜の書の中にあるものだ“

しかしそれは、ケルに備わっている力の一部だ。ソファース、ストレイク”

 

 アルドゥインを倒すことを運命づけられた、最後のドラゴンボーン。

 つまりはリータの存在も、元々星霜の書に記されていた事である。

 数百年前のオブリビオンの動乱や、モロウウィンドのレッドマウンテン噴火もそうだ。

 そしてこのエルダースクロールが示した運命は、このタムリエルはおろか、ニルン全体に極めて大きな影響を与え続けてきた。

 だがパーサーナックスによると、この予言ですら、星霜の書が持つ力の一側面でしかないらしい。

 

“古代ノルドの英雄たちは、この世界のノドの頂上でアルドゥインと戦い、そして星霜の書の力を用いてアルドゥインを消し去ろうとした。

 だが、アルドゥインを消すことは出来ず、時の彼方に放逐するのみに留まった。

 そしてその時に星霜の書を用いたために、ここでは時が、砕けてしまった。ティード、アラーン。時の傷跡だ”

 

 ここ、世界のノドの頂上は、アルドゥインと人類の古戦場である。

 パーサーナックスから聞かされた事実に、リータは目を見開く。

 ブレイズの壁画で見たアルドゥインとの決戦の場が、まさにこの場所だったからだ。

 パーサーナックスが世界のノドの頂上の一角に視線を向ける。

 雪が舞い落ちるその場所は、降り注ぐ太陽光を、まるで水面に波紋ができた時のように歪めていた。

 時の傷跡。

 ドラゴンについての全てが記された星霜の書が引き起こした歪みが、確かにそこに存在していた。

 

“アルドゥインの封印に使われた“竜”の星霜の書を、時の傷跡に持ってくるのだ。そうすれば、時が開き、お前を過去に送る事が出来るかもしれん。壊れた時間の、彼岸にな。

ドラゴンレンドは、生み出した者達から習うがいい”

 

「その星霜の書はどこに?」

 

 となれば次の目的は一つ。

 ドラゴンについて記された星霜の書を見つけ出すことである。

 だが、リータの質問に、パーサーナックスは申し訳なさそうに首を振った。

 

“クロシス。いや、この地に住み始めて以来の長き間に何が起きたのか、ほとんど知らないのだ。恐らく、お前の方がよく知っているだろう”

 

「魔法関係となると……ウィンターホールド?」

 

 ウィンターホールドは、スカイリム北東に位置するホールドであり、ウインドヘルムのさらに北に存在する。

 このホールドにはスカイリム唯一の魔法研究兼教育機関である、ウィンターホールド大学が存在する。

 

“己の直感を信じろ、ドヴァーキン。その血が道を示してくれる”

 

 これで、聞くべきことはすべて聞いた。

 リータは踵を返し、元来た道を帰ろうとする。

 だが、数歩歩いたところで、リータは徐にパーサーナックスに声をかけた。

 

「私は……あなたの兄弟を殺した」

 

「ふむ?」

 

「ヌエヴギルドラールと名乗ったドラゴン……」

 

 ヌエヴギルドラール。

 リータが手にかけたドラゴンの中でも異色のドラゴンであり、そして健人と決定的な決別の原因となった竜。

 刃を向けられ、殺されるまで抵抗らしい抵抗を何一つせず、死に際ですら、リータに対して“要らぬ業を背負わせた”等という言葉をかけてくるほど、異質な竜だった

 そして、未だにリータの胸の奥で残り続けるシコリでもあった。

 もし、この老竜が兄弟の死を知ったらどう思うだろうか。

 怒りのままに復讐をしようとするだろうか?

 リータとしては、怒りのままにシャウトをぶつけて欲しかった。

 そうすれば、目の前のドラゴンを殺す理由ができる。

 いくら理性的な態度や振る舞い、言葉をかけてこようが、ドラゴンはドラゴンなのだと証明できる。

 そして“ドラゴンは信用できない”という自分の考えを堅持できただろう。

 

“クロシス……ああ、そうか。あの兄弟も逝ったのか。ゼイマーが死ぬことには、やはり慣れぬ……”

 

 だが、パーサーナックスの返答は、リータが願っていたものとはまるで違っていた。

 

“彼の事だ。自らの死も理解していたのだろう。優しい兄弟だった。同時に、哀れな弟だった。クロセィス、ラーズ、キン。生まれながらに全てを見通してしまっていた彼に、私は何もしてやれなかった……”

 

 彼は、唯々兄弟の死を悼んでいた。

 その声色には、兄弟を殺したリータに対する怒りや負の感情は微塵もない。

 リータは知る由もない。

 ヌエヴギルドラールが、どれだけ諦観と絶望に満ちた竜生を送ってきたかを。

 パーサーナックスが、どれだけ過去の己の所業と己の本質を嘆いているのかを。

 そして、そんな奇妙で無力なドラゴンにとって、リータの弟がどれだけ救いになっていたのかを。

 

“聞かせてくれ、ドヴァーキン、彼は最後に、笑っていたか?”

 

「……知らないわ。ドラゴンの表情なんて、分かるわけないでしょ」

 

 リータに、彼らの事情も心情も理解できない。理解したくない。

 だがそれでも、この頂に住まう老竜の瞳や、死の間際のヌエヴギルドラールの言葉、何よりも友達のドラゴンを守ろうと自分の前に立ちはだかった健人の姿が、リータに認めたくない現実を突きつける。

 

“俺は死んでほしくないんだよ! リータにもお前にも! それがそんなに悪いことなのかよ!”

 

“君にもすまない事をしたな、ドヴァーキン。要らぬ業を背負わせてしまった“

 

 脳裏によみがえる弟とヌエヴギルドラールの声を思い出しながら、リータはギシリと拳を握り締める。

 

「なんで……またそんな目で、私を」

 

 思わず漏れてしまったその声は、世界のノドに吹きすさぶ強風にかき消される。

 だが、復讐心に打ち込まれた楔は消えるどころか、さらに深く食い込み、心に刻まれたヒビを広げていく。

 これ以上、このドラゴンの前にはいられない。

 自らの自己認識が壊れてしまう前に、この場を離れなくては。

 リータは背中から向けられるパーサーナックスの視線から逃げるように歩を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 健人を乗せたノーザンメイデン号は、一月近い航海の後に、目的となっている街に到着していた。

 ウィンドヘルム。

 スカイリム最古の、そしてタムリエル最古の、人間の街である。

 この街はかつて、タムリエルに最初に入植した人間が建てた街であり、同時にエルフと人の長きに渡る戦いを見てきた街でもある。

 他のホールドの首都と比べでも段違いの歴史を誇っているためか、石造りの外壁や家々には、古代ノルド独特の装飾が随所に施されており、文字通り街全体が一つの遺跡といえるような街であった。

 ノーザンメイデン号が街の南に設けられた港の桟橋に接舷し、タラップが下ろされると、健人は感慨深そうに大きく息を吐いた。

 

「ついにスカイリムに帰って来たな……」

 

 健人はついに、この地へと戻ってきた。

 全身にドラゴンスケールの鎧と耐冷気の付呪を施した外套を纏い、背中には鎧と同じドラゴンスケールの盾、そして腰に蒼と黒の二つの刃を差して。

 よく見れば外套だけでなく、彼が纏う全身の装具全てに付呪が施されているのか、鎧や腰に差した刃もほのかな燐光を纏っている。

 彼が纏う装具の中で一際目につくのが、腰に差した黒い刃。

 刀身は見えずとも、拵えと鞘には特徴的な黒と紅の装飾が施されており、それがどのような素材の刃であるかを如実に示していた。

 

「で、カシトは大丈夫か?」

 

「おおうぇえええっぇえぇ……」

 

 健人の隣では、船酔いでダウンしたカシトが、タラップから身を乗り出して胃の中身を海面にぶちまけていた。

 相も変わらず船に弱いカシト。

冬が終わり、荒れていた海も少しずつ治まってきていたとはいえ、やはりカシトには船旅は堪えた様子だった。

 

「結局、カシトは船には慣れなかったな」

 

「オイラはカジート、海の上で生活するような体じゃないんだよ……うぷ……」

 

「やれやれ……」

 

 健人は船が港に着いたにもかかわらず、未だにえずいているカシトの背中をゆっくりと撫でてやる。

 ついでに腰のポーチから水袋を取り出し、カシトに渡してうがいをさせる。

 船酔いで吐いた後はうがいをしないと、残った胃液が喉を焼いてしまう。

 健人がこうして船酔いでダウンしたカシトを看病するのも、もう何度目になるか分からない。

 今ではすっかり看護役が板についてしまっていた。

 

「おうケント、最後の最後までカシトの御守りか?」

 

 そんな健人に、ノーザンメイデン号の船長であるグジャランドが声をかけてきた。

 

「ええ、まあ。グジャランド船長、またお世話になりました」

 

「いやいや、世話になったのは俺達だ。ケント達がレイブン・ロック鉱山の鉱脈を見つけてくれたおかげで、俺達も船に金の生る荷を腹一杯積めるようになったんだからな」

 

 そう言いながら、グジャランドはニカッと、その強面に似合わない笑顔を浮かべる。

 ソルスセイム滞在中のレイブン・ロックで、健人はある鉱夫の依頼を受け、その過程で未発見の黒檀の鉱脈を発見した。

 黒檀の鉱脈が枯渇したことで経済的に貧窮していたレイブン・ロックにとって、これはまさに砂漠の中でオアシスを見つけたに等しい。

 新しい黒檀の鉱脈が見つかった事で廃れていたレイブン・ロックは一気に活気づき、冬の間中、まるでお祭り騒ぎのように黒檀を掘りまくっていた。

 レイブン・ロックを統治しているモーヴァイン評議員の話では、見つかった鉱脈は予想以上に巨大で、今後何年にも渡り、安定的な採掘が見込めるらしい。

 そして、掘り出した黒檀の鉱石を運ぶグジャランド達も、当然この恩恵を受ける事が出来る。

 グジャランドが上機嫌なのも当然と言えた。

 

「ケント達はこれからどうするんだ?」

 

 リータの名は、既にドラゴンキラーとしてスカイリム中に広まっている。

 以前にカイネスグローブでサーロクニルを屠っていることから、同じホールドの街であるウィンドヘルムでもその名声は轟いていた。

 だが、スカイリムは冬の間雪に閉ざされるため、人の往来が難しくなる。

 比較的温暖な南のホールドはともかく、イーストマーチやドーンスター、ウィンターホールドの街道も雪と氷に覆われ、簡単に往来できない。

 春になり、街道を覆っていた雪も溶けてきてはいるが、それでも各都市を行きかう人はまだ少なく、他のホールドの情報も古く、ちぐはぐなものが多い。

 健人がリータの現状について、詳細な情報を集めるのは難しい状況と言えた。

 

「難しいかもしれませんが、取りあえずウィンドヘルムで準備してリータについて情報を集めようと思います。それから、安全な拠点探し、ですか……」

 

「その“壊れた黒の書”だっけ?」

 

 うがいを終えたカシトが徐に健人の腰のポーチを指差した。

 

「ああ、こいつをどうにかする事を考えないと……」

 

 健人はため息をつきながら、カシトに指差されたポーチに収めた危険物を叩く。

 そこには、彼が最も警戒している邪神のアーティファクトが収められていた。

 黒の書“白日夢”。

 健人とミラーク、そしてハルメアス・モラが激戦を繰り広げた領域を繋いでいた書だ。

 ハルメアス・モラとの戦いの後、健人は所持していた黒の書をどうにか処分できないかと、あれこれ考えて試行していた。

 黒の書はその形態こそ書物の形をしているが、実の所、異世界を繋ぐオブリビオンゲートそのものである。

 当然、生半可な方法で壊せるものではない。

 しかし、ハルメアス・モラのニルンへの干渉を防ぐには、黒の書の破壊は絶対に必要だった。

 ソルスセイムに対する、ハルメアス・モラの介入を防ぐこと。それが、健人がストルン、そしてフリアと約束である。

 結論として、黒の書の破壊は可能だった。

 カギとなったのは、健人のオリジナルスゥーム、ハウリングソウルである。

 黒の書は異世界間をつなぐゲートの役割を持ち、オブリビオンとニルンを繋ぐ道を作り、安定させている。

 その安定をハウリングソウルで崩したのだ。

 ゲートが不安定化すると、オブリビオンとニルンを繋ぐ道も不安定化し、結果的に黒の書は自壊。まるで水底の栓を抜いたように、虚空へと消えていった。

 今の健人のハウリングソウルは、ミラークの魂が枷として機能しているため、ハルメアス・モラと戦った時ほどの出力は出ない。

 しかし、弱体化した代わりに制御が容易になったハウリングソウルは、黒の書程度の小型のオブリビオンゲートなら無力化することができるようになっていた。

 その後、健人はソルスセイム中の残った黒の書の探索を行い、見つけた書を破壊しようとした。

 だが、ハルメアス・モラも簡単に黒の書を壊させる気はないのか、健人が見つけた段階で、発見された黒の書は霞のように消えてしまった。

 ネロスの話では、おそらくハルメアス・モラ側からゲート機能を停止したために、黒の書そのものがニルンに存在できなくなったらしい。

 もっとも、時間を掛ければ壊れたゲートも復旧するだろうし、ハルメアス・モラはまた黒の書を送り込んでくるだろうとのこと。

 時間稼ぎしかできないことに健人は落胆したが、ネロス曰く“どんなに早くても百年はかかる”らしい。

 ちなみに、ネロスが持っていた黒の書も健人が見つけた段階でハルメアス・モラに消されてしまったため、件のウィザードを憤慨させたとかなんとか。

 

「結局、それだけ壊せなかったからね~」

 

「ああ……」

 

 そうして黒の書がソルスセイムから姿を消していく中で唯一残ったのが、今の健人が持つ黒の書“白日夢”である。

 正確には“壊れた黒の書”というべき代物。

 かつて健人とミラーク、そしてハルメアス・モラが戦いを繰り広げた白日夢の領域は、健人のハウリングソウルとハルメアス・モラの超高位魔法が相互干渉した結果、粉砕された。

 その為か、この黒の書は機能不全を起こしており、オブリビオンゲートとしての機能も、ハルメアス・モラとの戦いに決着がついた段階でほぼ失われていた。

 しかし、領域内でハウリングソウルを受けた影響か、はたまたそれ以外の何らかの要因が関わっているのか、何故かこの書だけ健人のハウリングソウルで壊せなかった。

 それどころか、ハウリングソウルを浴びせるとゲート機能が活性化し、おそらく白日夢内にあったであろう知識やアイテムを出鱈目にまき散らす厄介な代物と化していた。

 幸い、まき散らされたのは本や魂石、スクロールの類であり、実害はフリアの家の周りが滅茶苦茶になった程度。

 しかし、スクロールの中には高位魔法を付呪した品も混じっており、白日夢内の禁呪や危険極まりない知識が出てこないとも限らない。

 その為、健人はリータともう一度会う以外に、この書を安全に封印できる場所を探す必要があった。

 

「知識を得るための本としては有用だけどね~」

 

 ただ、この壊れた黒の書は、健人が普通の本として使う分には問題がなかった。

 この壊れた黒の書は健人が開くと、おそらく白日夢内に残されていたと思われる知識を、そのページに示すようになっていたのだ

 ちなみに、他の人間が使っても、妙な言い回しの文章が出てくるだけの奇天烈書と化してしまう。

 ネロスの話では、おそらくこの書の所有権が健人に移っていることが、これら一連の妙な現象を引き起こす原因らしい。

 健人はその話を聞いて眩暈を覚えた。彼自身が白日夢を略奪した意識がない以上、オブリビオンゲートの所有権の譲渡は、間違いなくハルメアス・モラが自発的に行っているはずだ。

 確かに、知識本としては有用だろう。

 無限ともいえる知識を内包した、白日夢の知識を引き出せる書物。

 その機能はタムリエル版ウィキペデイアというべきだろうか。

 

「冗談じゃない。危険すぎて開く気にもならんわ……」

 

 とはいえ、この書の中で文字通り散々な目に遭ってきた健人にとっては、表紙を開くことすら鳥肌が立つ様な代物である。

 健人としては今すぐに海に捨てたい衝動に駆られるが、ネロス曰く、この手の類のデイドラアーティファクトは持ち主を定めた場合、どれだけ遠くに捨てようが、いずれ持ち主の元に必ず戻るという。

 この話をネロスから聞いた時、健人は思わず膝から崩れ落ちた。

 クトゥルフ系邪神ストーカーからの捨てられないプレゼントなど、厄事以外の何物でない。

 捨てられないのならば、次善策としては封印しかないが、レイブン・ロックの街中にあるセヴェリン邸は封印には適さない。

 そもそも、セヴェリン邸自体、ソルスセイムからスカイリムに戻る際にモーヴァイン評議員に売り払っていた。

 スカイリムに戻ると決めた以上、健人個人では管理しきれないからである。

 その為、今は邪神からのプレゼントという特級の爆弾を持ち歩くしかなかった。

 

「そこの船員! ちょっといいか!? 少し尋ねたいことがある! ソルスセイムから来たノーザンメイデン号とはこの船か!?」

 

 その時、甲高い女性の大声が、ノーザンメイデン号が停泊している桟橋に響いた。

 話し込んでいた健人とカシトが声のした方に目を向けると、一人の屈強なノルドの女性が、先に下りたノーザンメイデン号の船員に話しかけている。

 

「ん? なんだ?」

 

「あれ? この声って……」

 

 何やら切羽詰まった様子の訪問者に、思わず健人達も声のした方に目を向けた。

 健人としては、どこか懐かしさを感じる声。

 まさかな……と思って向けた視線の先にいた女性を確かめ、健人は思わず目を見開いた。

 そこにいたのは、健人が良く知るノルドの女性。

 彼に盾術の基本を教えてくれた、師の一人、ホワイトランのリディアがそこにいたからだ。

 

「……リディアさん?」

 

 思わず彼女の名を呟いた健人の声が耳に届いたのか、リディアの目が健人達に向けられる。

 続いて、彼女の瞳が大きく見開かれた。

 

 

 




と、いうわけで、今回はパーサーナックスの登場でした。
このお話を書いていて思った事……おじいちゃん話長すぎんよ……。
流石、話を聞いていると日付が変わるほどの話好き。
色々と端折っても、パーサーナックスとの会話だけで一万文字近い文章量でした。

そして私も、このお話を読んでくれた皆さんに“この長文の悪癖によく付き合ってくれました”と申し上げたい。


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