【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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今回はリディアさんとの再会。
割と説明が多いので、文字数がかなりの増えました。
最近一話当たりの文字数が増えてきたので、心配です。読み辛くなければいいのですが……。


第四話 リディア・パニック

 その日、リディアはウィンドヘルムの港に向かう道を駆けていた。

 街の宿屋の店主から、探していた船がこの街の港に着いたこと知らされたからだ。

 ノーザンメイデン号。

 彼女が捜していた人物をソルスセイムへ乗せて行った船。

 ソリチュードで健人を見失った彼女は、必死になって彼が何所に行ったのかを探し回った。

 リータに否定され、心折れた健人が自暴自棄になってどんな行動をとるか分からない。

 最悪の光景が脳裏に浮かび、それがリディアをさらに焦らせた。

 そして、何とか農場で働いていた薪割りから港に向かう健人の姿を見たという話を聞き出し、急いで港に向かったものの、健人を乗せた肝心の船は既に出港してしまっていた。

 リディアは急いで港にある東帝都社から健人が乗ったノーザンメイデン号の行き先を聞き出し、後を追おうとした。

 ところが、ソルスセイム行きの船はノーザンメイデン号のみ。

 当時はレイブン・ロックの鉱山が枯渇していた状況であり、東帝都社は追加の船を送る事はしていなかったため、リディアは自力でノーザンメイデン号を追うしかなかった。

 しかし、健人が船に乗っていることを突き止めるまでに時間がかかってしまった。

 相手は船、リディアは徒歩。到底追いつけるはずがない。

 カシトと違い、健人の目撃情報を見つけるのに手間取ってしまったタイムロスも深刻な影響を及ぼした。

 ドーンスターでも追いつく事が出来ず、ウィンドヘルムまで来るのにも時間がかかってしまった。

 一度スカイリムに戻ってきたノーザンメイデン号の出港にも間に合わず、そこで本格的な冬が到来し、流氷によりレイブン・ロック行きの船は停止。

 完全に足止めを食らってしまったのだ。

 

「ケント様!?」

 

「うわ!?」

 

 そんな状況だったものだから、目的の人物と再会出来たリディアの心境は、さながら迷子を見つけた母親のようなものだった。

 港中に聞こえるのではないかと思えるほどの大声で健人の名を呼び、傍に駆け寄る。

 一方の健人は、まるで獲物を見つけたサーベルキャットのような俊敏さで迫ってくるリディアの姿に、思わず腰が退けてしまっていた。

 

「え、ええっと、その……」

 

「ご無事でしたか!? 今まで何をしていらしたのですか!? いえ、そもそもどうしてソルスセイムに……」

 

 健人に駆け寄ったリディアは、もう逃がさないとばかりにがっちりと彼の肩を掴み、これまでの鬱積を晴らすように捲し立てる。

 健人はここにきてようやく、自分がソリチュードでリディアに何も言わずにノーザンメイデン号に飛び乗ったことを思い出した。

 普段から冷静な私兵としての姿を崩さないリディアが、一心不乱に言葉を捲し立てるその姿を見れば、彼女が行方不明になった健人をどれだけ心配していたかなど、想像に難くない。

 

「あ、ああっと……すみません」

 

「謝れば済むというものではありません! 一体どれほど私が心配したか、どれほど探し回ったか、お分かりですか!?」

 

 よほど健人の身を案じていたのか、涙を浮かべながら捲し立てるリディアの様子に、健人の心は申し訳なさで一杯になる。

 健人がソリチュードでノーザンメイデン号に飛び乗った頃を考えれば、彼女は半年以上も健人を探し回り、そして待っていてくれた事になる。

 その事実に、健人も何を言っていいか分からない。

 

「いやその、本当に……」

 

「とにかく! ホワイトランに戻りますよ!」

 

 とりあえず、健人が額の皮が擦り切れるまで土下座して謝り倒そうとしたところで、リディアが有無を言わさず、彼の手を引いて行こうとする。

 

「……え!? あの、ちょっと待って!」

 

「待ちません! さあ!」

 

「ちょっと、ちょっと! ノルドのお姉さん! オイラの親友の手を離しちゃ貰えないかな!? そもそもアンタ誰だよ!」

 

 そこに待ったをかけたのは、先程まで船酔いでダウンしていたカシトである。

 突然親友の手を取って連れ去ろうとしているノルドに、髭を逆立てて威嚇し始める。

 カシトとリディアは面識がない。

 故に、最初から双方の警戒心MAXであった。

 

「私は彼の姉に仕える私兵です。その手を離しなさいカジート。邪魔をするのですか?」

 

「おうおう、いきり立っちゃって。邪魔をしているのはアンタの方さ。ケントにはケントでやる事があるんだよ。

 それに、姉の私兵? ケントを捨てた糞ノルドの駒に、おいらの親友を連れて行かせると思うのかい?」

 

 片や、いきなり親友の手を掴んで連れ去ろうとするノルド。

 片や、突然割って入ってきた親友を名乗る見知らぬカジート。

 おまけにリディアがリータの存在を仄めかしたために、カシトの警戒心がさらに跳ね上がる。

 カシトとリディアの間に剣呑な空気が立ち込め、今にも自分の得物を引き抜かんばかりに張り詰める。

 

「スト~ップ! 二人とも待った!」

 

 さすがにこの空気は不味い。

 ここでの刀傷沙汰、しかも親友と恩師の血みどろの戦闘など見たくはないと、健人が二人の間に割って入る。

 

「リディアさん、ソルスセイムで何があったか話しますから、少し落ち着いてください。カシト、彼女は大丈夫だから」

 

「……まあ、ケントがそう言うなら大丈夫かな」

 

 健人に諫められ、先にカシトが矛を収める。

 リディアもまた腰の剣に伸ばした手を引っ込めた。

 

「……分かりました。聞きたいことが沢山あるのは確かです。この街のキャンドルハースホールという宿屋へ行きましょう」

 

 リディアの提案に健人も頷き、彼女の後に続く。

 健人が歩きながら周りを見渡すと、よく目につくのは、衛兵とアルゴニアンの姿だ。

 アルゴニアンはブラックマーシュと呼ばれる土地出身の亜人であり、二足歩行する爬虫類を思わせる外観をしている。

 アルゴニアン達は荷揚げや荷卸しを行っているように見えるが、彼らの周りには常に衛兵の姿がある。

 その様子に、健人は首を傾げた。

 

「ケント様、こう言っては何ですが、ウィンドヘルムではノルド以外の人種は歓迎されていません。

 エルフやカジート、アルゴニアンはもとより、時にはレッドガード等も白い目で見られています」

 

 ウィンドヘルムは古いノルドの街なだけあり、ノルド以外の種族に対しては特に排他的だ。

 現在、この街に住む主な種族は、ノルドの他にはダークエルフ、そしてアルゴニアンがいるが、後者二つの種族はあからさまな排斥を受けている。

 ダークエルフは灰色地区と呼ばれるスラムに押し込められ、アルゴニアンに至ってはそもそも街に入れてすらもらえない。

 歴史的にノルドの仇敵であるダークエルフですら街には入れているのに、アルゴニアンには街の外にある港の一角に押し込められているあたりが、ノルドの他種族への排他意識がどれだけ強いかが理解できる。

 

「リディアさん、もしかしてウルフリックは……」

 

「はい、この街に戻ってきています。従士様やケント様の話を考えるに、ヘルゲンでのアルドゥイン襲撃からは生き残ったようですね」

 

 それだけ厳しい排他政策が続いていることが、健人の脳裏にある人物を思い起こさせる。

 ウィンドヘルムの首長、ウルフリック・ストームクローク。

 苛烈なノルド至上主義を掲げる、反乱軍ストームクロークの首魁。

 そして、このスカイリムを混乱に陥れた元凶ともいえる男だ。

 大戦時は帝国軍に参加して奮戦していたようだが、白金協定によるタロス崇拝の禁止に反発し、当時の上級王であったトリグを殺した人物である。

 健人もヘルゲンで拘束されていた彼の姿を見ている。

 アルドゥインに襲撃されたあの状況下で生き延びているかは疑問だったが、どうやらしっかりと生還していたらしい。

 健人は今一度、港を巡視している衛兵に目を向ける。

 彼らの監視の目は、港に入ってくる船に乗った同族よりも、同じ街で働くアルゴニアンに向けられていた。

 その光景が、健人は何とも言えない感情を呼び起こす。

 

「……今の俺にはどうにもならないか」

 

 とはいえ、今の健人にはどうにもできない。

 健人自身は、スカイリムの内乱については特に介入する気はないし、ノルドの他種族への蔑視感情は長年の積み重なった歴史的背景がある。

 一朝一夕にどうにかなるような問題ではないのだ。

 そうこうしている内に、健人達は港と街を隔てる門の前に到着する。

 門には衛兵が配置されており、やってきた健人とカシトを蔑むような目で警戒し始めた。

 まずは明らかに目立つカジートであるカシトを見て眉を顰め、続いて隣にいる健人を見て怪訝な表情を浮かべる。

 特に衛兵は健人が纏うドラゴンスケールの装具を見て、明らかに懐疑的な視線を健人に向けていた。

 健人が持つ装具は、最上級の素材と技術、魔法を用いて作られた、超一級品と言っていい武具である。

 ただ、ドラゴンの鱗という明らかに逸脱した素材が、衛兵にその武具が真にドラゴンの素材であるか疑念を抱かせる。

 そもそも、この衛兵は実物のドラゴンを目にした事はなかった。

 ドラゴンの脅威が迫っている事は知っていても、実際にその姿を目の当たりにしたことが無ければ、ドラゴンの素材の真贋は分からない。

そしてこの街の衛兵も住人も、ほぼ全てがドラゴンと遭遇した経験がなかった。

 さらにその鎧を纏うのはノルド、ブレトン、レットガード、インペリアルのどれにも当てはまらない、のっぺりとした顔の黄色人種。

 他種族に対して排他意識が強い街の衛兵が警戒するのも、当然と言えた。

 

「お疲れ様です」

 

「リディア殿、お疲れ様です! 彼らは……」

 

 そんな衛兵の前に出たのは、この街で数か月過ごしてきたリディアである。

 緊迫した空気を弛緩させるような気軽な挨拶に、衛兵は張りつめていた緊張感を幾分か和らげ、リディアに説明を求める。

 

「私が探していた人達です。大丈夫、犯罪をするような人ではありません」

 

「そうですか……分かりました。おい余所者、この街で騒ぎを起こすんじゃないぞ」

 

 リディアの説明に納得した衛兵が、門を開ける。

 訝しむような視線は変わらないが、それでもあからさまな警戒心を抱いていた衛兵が街に入れてくれたことに、健人もカシトも少し驚いていた。

 

「リディアさん、この街の衛兵に顔が利くんですか?」

 

「ええ、ソルスセイムへ向かう船を待つ間、この街での滞在費を稼ぐために盗賊退治などをこなしていましたので、街の衛兵に顔が利くようになってしまいました」

 

 内乱によって人心が荒れている今のスカイリムでは、盗賊などの犯罪者による被害は後を絶たない。

 さながら台所に出てくる黒いヤツ並みに、退治しても退治しても湧いてくる。

 その為、首長から出される盗賊退治の依頼も途切れることが無かった。

 一方、リディアは優れた戦士であり、また仁義に厚く、忠誠心も高い。

 その為、ウィンドヘルムに滞在中に宿屋から出される盗賊退治の依頼を次から次へとこなしていたら、いつの間にか、この街の大半の衛兵と顔見知りになっていたらしい。

 ウィンドヘルムの街中に入ると、古い石垣の壁が隔てる通路が目に飛び込んでくる。

 長年の風雪により風化した外壁が、この街が過ごしてきた年月を物語っているように見える。

 街中に入った健人達が、さあ目的の宿屋を目指そうとしたその時、カシトがおもむろに待ったをかけてきた。

 

「ケント、おいらはここで一旦別れるよ」

 

「え? 何でだ?」

 

「そこのお嬢さんが泊まってる宿って、ノルドばっかりでしょ。カジートのオイラは息が詰まっちゃうよ。そんな宿に泊まるくらいなら、灰色地区のダークエルフの酒場の方がマシだからね」

 

 灰色地区は一言で言って、スラム街といっていい場所である。

 治安も悪く、おおよそ余所者が長時間留まるには向かない場所だ。

 元々はレッドマウンテンの噴火から避難してきたダンマー達が集まった場所である。

 ダンマー達は天災とアルゴニアンの侵攻から命からがら避難したものの、ウルフリックによってこの街の一角に押し込められ、過酷な労働の中で酷使されている。

 ただし、ウルフリックにとっては、ダンマーは古の時代からの仇敵であり、隣接した国である以上領土問題などの小競り合いも多かった。

 当然ながら、ダンマーに対する領民の感情も良いものではない。

 さらに統治の面から考えても、難民を放置すれば、治安を極端に悪化させる大きな要因になる。

 ならば、たとえ懐に入れることになろうとも、街の一角に押し込めてしまった方が管理しやすい。

 ダンマーとしても、ソルスセイムに渡れればよかったのだろうが、レイブン・ロックが受け入れられる人数にも限りがある。

 故に、行き場を失った者達が生きていけるのは、この灰色地区以外にはほぼ無いのが現状であり、そこでの暮らしに耐えられなくなった者達は街を出て、盗賊へと身をやつすしかないのである。

 

「いや、おいお前……」

 

「大丈夫、明日の朝にはそっちの宿に行くから。それじゃあね!」

 

 健人の言葉を聞くことなく、カシトは手を振りながら灰色地区へと続く道へと駆け出していく。

 あっという間に道の角に消えていった友人に、健人は思わず溜息を吐いた。

 

「……行っちゃったよ」

 

「随分と騒がしいご友人ですね」

 

「ええ、まあ。その分トラブルも多いんですがねぇ……不安だ」

 

 相も変わらず自由なカシトの行動に肩を落とす健人を、リディアが横目で眺めている。

 健人の様子を覗き見るリディアの瞳には、健人の変化に対する驚きが含まれていた。

 港の桟橋で再会した時は突然の出来事に驚いていたために気付いてなかったが、リディアはここに来てようやく、健人の身に起こった変化の一端を、己の瞳で確かめることになっていたのだ。

 リディアが見てきた健人は、どこか切羽詰まった、生き急いでいる印象がある人物だった。

 だが、今の健人には以前にはなかった心の余裕が感じられた。

 全身を纏う鎧や腰に差したブレイズソードも、一目で常軌を逸した業物と分かる。

 しかも、分不相応な装具を身に纏っている雰囲気は微塵もなく、むしろそれほどの装具が相応しいと、自然に思えてしまうほど様になっていた。

 

「……せっかくご友人が時間を作ってくれたのです。まずは宿屋へ行って、話を聞かせてください」

 

「分かっています。行きましょう」

 

 これは、相当な出来事があったことは間違いない。

 そんな確信を抱き、内心浮かぶ驚嘆を押し殺しながら、リディアは健人を目的の宿に案内する。

 だがこの後、リディアは健人から聞かされた事実を前に、予想をはるかに上回る驚愕の渦に自身が叩き込まれる羽目になってしまう事になるとは、この時予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンドヘルムの宿屋、キャンドルハースホール。

 酒場の火床の上に建てられたキャンドルが、絶えることなく燃え続けている事から名付けられた宿屋で、この街で随一の大きさを誇る大衆宿である。

 その宿屋の二階の酒場にある丸テーブルで向かい合いながら、リディアは健人からソルスセイムでの出来事について話を聞いていた。

 

「……はぁ? ケント様、ご冗談ですよね?」

 

 だが、リディアが健人から聞き出した話は、想像の斜め上に飛んだ上で地下深くにテレポートするような内容だった。

 覚悟はしていた。

 しかし、健人の口から語られた話は、心の準備をしていたリディアをして、真正面から受け止めることは難しかった。

 

「いやいや、本当ですって。疑う気持ちもわかりますが、この鎧も倒したドラゴンの鱗から作って貰ったもので……」

 

「まあ、ケント様はドラゴンとの交戦経験がありますから鎧の方に関してはまだ分かりますが、ケント様がドラゴンボーンでハルメアス・モラと戦ったって……」

 

 ソルスセイムに一人渡ったら、現地人と協力して狂信者集団と戦うことになり、さらに黒の書と関わって史上最初のドラゴンボーンであったミラークと遭遇。

 ミラークから自分がドラゴンボーンであると聞かされ、ソルスセイム島に残るミラークの痕跡をたどりながらドラゴンと戦い、シャウトを身に付け、最終的にはミラーク、そしてその背後にいたハルメアス・モラと戦った。

 リディアは自分の想像をはるかに超えた現実を叩きつけられ、眩暈を覚えながら、思わず近くにいた給仕に注文を出していた。

 

「すみません、蜂蜜酒をください……」

 

「リディアさん?」

 

 リディアは給仕が持ってきた酒杯を手に取り、一気に中身を嚥下する。

 

「んく、んく、んく……すみません、もう一杯」

 

 杯になみなみと注がれた蜂蜜酒を一息に飲み干し、お代わりを注文する。

 給仕が持ってきた杯を受け取り、再び呷る。

 

「あ、あの……」

 

「んく、んく、んく……」

 

 飲む、飲む、飲む。

 都合十度、リディアが杯を飲み干した時点で、さすがに健人が待ったをかけた。

 

「そ、そろそろ抑えた方が……」

 

「大丈夫です、まだ十杯目です」

 

「いやいや、大丈夫じゃないですって!」

 

 給仕から渡された十一杯目に口をつけようとしたところで、健人がリディアの杯を取り上げた。

 お酒に強いノルドとはいえ、これ以上は良くない。

 一気飲みは体に害にしかならないのだ。

 血中のアルコールが急激に上昇すると、体が一気に昏睡状態に陥り、さらに延髄のマヒを引き起こす。

 神経系のマヒは呼吸困難を引き起こし、最悪の場合死に至る。

 さらには、吐瀉物が気管に詰まって窒息死という可能性もある。

 現実として、日本では年に一万人以上が急性アルコール中毒で病院に搬送されている。

 健人としては、姉同然の女性にそんな醜態をさらさせたくない。

 

「返してください! こんな話、飲まなきゃマジメに聞いていられません!」

 

 一方、この街で再会するまで、健人のことが心配でならなかったリディアは健人の制止を聞く様子がない。

 まるで上司から無茶な仕事を押し付けられたOLのように、お酒返して!と連呼しながら健人が取り上げた杯に手を伸ばす。

 丸テーブルで向かい合ったまま、健人は伸ばされる手をヒラリヒラリと避けるが、健人の話でタガの外れたリディアは止まらない。

 無理もない。

 健人自身、自分が話したソルスセイムでの出来事は荒唐無稽で、吟遊詩人の装飾過多な歌の方が、真実味があると思ってしまうような話なのだ。

 とはいえ、リディアがここまでヤケッぱちになっているのは、その話を信じられる根拠が、彼女なりにあるからに他ならない。

 健人が身に着けた鎧と盾、それは間違いなく、ドラゴンの鱗で作られている。

 ドラゴンの鱗や骨は、装具の素材としては破格といえるものだが、それを全身に纏える程の量を確保するなど、一体誰にできるのだろう。

 さらに、腰に差した二本の刃。特に、黒と紅のブレイズソードからは、リディア自身が思わず目を見開くほど異質な気配が漂ってくる。

 さらには、それらの装具全てに高度な付呪が施されている。

 また、全身に鎧を纏い、二本の剣を携えながらも、ここに来るまでの健人の足取りには、ブレが全くなかった。

 リディアは、健人がまだ無力だった頃を知る数少ない人物だ。

 だからこそ、別れる前と今とで、健人の纏う気配や剣気が明らかに違うことに気付いている。

 一流は一流を知る。

 今の健人が纏う剣気は、一流のノルドの戦士であるリディアをして、絶対に勝てないと確信できるほどのものだった。

 

「そもそも、どうして! そのような事に! なっているのですか!」

 

「いや、うん。自暴自棄と放っておけないというお節介が化学反応を起こしまして……反省していますのでその怒気を納めていただけませんでしょうか?」

 

「だったらお酒返してください! 飲ませてください!」

 

「いやいや、ダメですって! 一気飲み反対!」

 

 実際、リディアがノルドの優れた身体能力を生かして、何としても酒を取り戻そうと掴みかかっているが、健人が持つ杯に触ることすら出来ないでいる。

 椅子に座ったまま逃げられない体勢でそれを成すということは、それだけ健人の技量が、リディアを上回っていることの証左であった。

 とはいえ、一流の技巧を使いながらやっていることは、単なる酒の奪い合い。

 なんとも情けない光景である。

 

「ああ、くそ、喉が渇くな……」

 

「あ!」

 

 仕方なしに、健人は自分の左手でリディアの両手を絡めて極めると、持っていた杯に口をつけ、中身を一気に飲み干した。

 蜂蜜独特の甘みと、アルコールの酸味が喉を焼く。

 

「ぷは……。うん、やっぱり船に積みっぱなしの酒より美味しいな」

 

「ううう、私のお酒ぇ……」

 

「そんな恨めしそうな目で見なくても」

 

 健人に酒を飲み干されたリディアが、がっくりと項垂れた。

 丸テーブルに隠れてしまうのではと思えるほど肩を落としながらも顔だけを上げ、猛烈な抗議の視線を向けてくる。

 涙目になりながらう~う~、と唸る様は、どことなく幼く見える。

 処理限界を超えた健人の話を聞かされ、一時的に精神が幼くなっている様子だった。

 

「恨みごとの一言も言いたくなります! ケント様は私がどれだけ心配したか……」

 

「ああ、うん。すみません、その事は本当に悪かったと思っていますから……」

 

 そして再び始まるリディアの説教。

 とりあえず謝罪の言葉と相槌を打ってお茶を濁そうとする健人だが、それが興奮しているリディアにさらなる燃料を投下する結果となる。

 

「大体、ケント様は、ご自分の体や心を軽視し過ぎです! 今回だけでなく、修行中に吸血鬼と戦ったという話を聞かされた時、私や従士様がケント様の無茶をどのような気持ちで……聞いていますか!」

 

「聞いています、聞いていますから!」

 

 もはや酔っ払いに絡まれているような状況。

 実際、リディアの顔はほんのりと赤くなり始めている。先ほど飲んだ酒の酒精が回り始めているのだ。

 酩酊状態になったら、まともな会話は成立しない。

 健人はとりあえず、リディアに水を飲ませながら、リータの現状を聞くことにした。

 

「それでリディアさん、リータは何所にいるんです?」

 

「……分からないのです」

 

「……え?」

 

「去年の冬前に、マルカルスでドラゴンを倒したという話は聞きました。しかし、その後従士様の話は全く出てこず、行方も分からないのです」

 

 くぴくぴと渡された水に口をつけながら、リディアは現状を語り始める。

 リディアの話では、秋の終わりごろにマルカルスでドラゴンを倒した情報があったが、それ以降はリータの行方は分からないらしい。

 無理もない。

 ついこの前まで、ほぼ全土が雪に覆われていたスカイリムでは、鮮度のある情報など得られない。

 それに、リータはサルモールに追われる身だ。

 情報の漏洩を防ぐためにも、必要最低限の情報しか手紙に書かないことは十分あり得る話だ。

 だが、何か思うところがあるのか、リディアの顔にはこれ以上ないほどの不信感がありありと浮かんでいた。 

 

「従士様には、ケント様がソリチュードで行方不明になった旨を、何度も手紙で伝えておりました。しかし、それについての返答も“そちらに任せる”の一点張りで……」

 

 リディアの不信感の根源。それは、健人が行方不明になった旨の手紙を何度も出したにも関わらず、リータが健人を探すなど、それらしい行動をしていないという点だった。

 内心では、もしかしたらドラゴン退治に手を焼いているのかとも思ったが、マルカルスのドラゴン退治以降、リータがドラゴンを倒したという情報は入ってこなかった。

 

「……そもそも、手紙ってリータに届くんですか? 彼女はサルモールに追われているから、手紙を届けるのは難しいと思うんですけど」

 

「あのデルフィンというブレイズが持っているコネを使って、盗賊ギルドに仲介を頼みました。

盗賊ギルドはスカイリム中に独自の情報網を持っています。この街にも盗賊ギルドの連絡員がいますので」

 

 それに、リータとの連絡に使っている情報網は通常の商人などではなく、裏の世界に関わる盗賊ギルドである。

 当然ながら、彼らは冬の間も綿密な情報交換ができる情報網を持っている。

 ソルスセイムのように物理的に遮断された環境でないなら、彼等は情報を伝える事が出来る。

 冬の間は都市間を行き交う人は極端に減るとはいえ、全くのゼロではないのだ。

 

「ただ、従士様の行方に関しては情報を聞き出すことはできませんでした。知らないのか、それとも私には知らせないようにしているのか……」

 

 そんな高度な情報網を使いながら、リータの動向が全くつかめない事が、リディアの不信感を煽っていた。

 

「ここまで長期間連絡がない事も考えると、デルフィンが何らかの形でケント様についての情報を握りつぶしていると考えられます。

 あのデルフィンという女は、ドラゴンボーンである従士様の御力を自分の為に利用している節が見受けられました」

 

 リディア自身も、デルフィンの思惑が気にはなっていた。

 そもそも、デルフィンはウステングラブでサルモール追撃部隊に遭遇した際に協力したことから一行に加わったが、その時からリディアはデルフィンを警戒していた。

 そして、健人は知らないが、彼がデルフィンに弟子入りする際にも、リディアはデルフィンと一悶着起こしている。

 

「……そうですか」

 

 一方、リディアの話を聞き終えた健人は、顎に手を当てて考え込む。

 その様子を、リディアは緊張感で強張った瞳で見つめていた。

 彼女の脳裏に蘇るのは、健人と己の主が相対している姿。

 二人が決定的な決別をした時の光景が、思い起こされていた。

 もしも、再びリータと会う事が出来たら、健人は何をするのだろうか?

 主の旅を、もう一度支えてくれるのだろうか? それとも……。

 そんな不安が、リディアの脳裏に浮かんでいた。

 

「あの、ケント様は、これからどうするのですか?」

 

「リータに会いに行きます。もう一度話をしてみたいんです。彼女がどんな答えを出しているのか?」

 

 己の内なる不安に急かされたリディアの質問に、健人はおもむろに答えを口にする。

 

「もしも、リータが怒りに飲まれたまま戦いを続けるなら、それを止めます」

 

 それは、リディアにとっては胸が痛くなるような言葉だった。

 リータを止める。

 その言葉の裏には、もう一度彼女と相対する意思が、明確に込められていた。

 

「ドラゴンのため、ですか?」

 

「いえ、リータの為、そして、俺自身の為です。怒りに流されるまま力を求めて剣を振るえば、その先には後悔しかありませんから。リータやドルマは、余計なおせっかいと怒るかもしれませんけどね……」

 

 そう言いながら、健人は苦笑を浮かべる。

 健人自身に、ドラゴンを守ろうとする意志は特にない。

 また、ドラゴンに対する怒りの感情そのものも否定していない。

 だが、怒りに飲まれたまま殺し合いをすることには、これ以上ないほどの危機感を抱いている。

 怒りは強大な力を引き出す原動力だが、その制御は容易ではなく、また同時に容易く道を誤らせる。

 現に彼は、ソルスセイムの人達を操ろうとしたミラークやハルメアス・モラ、何より、無力な自分に対する怒りから、道を踏み外しかけた経験がある。

 あの時、ヌエヴギルドラールの前で相対した時のリータには、己の内に秘めた怒りを制御できているとは到底思えなかった。

 そこまで言い切った健人が、ふと視線を目の前の女性に戻した時、リディアの瞳には健人とリータが相対することへの不安がありありと浮かんでいた。

 

「とにかく、今はリータの行き先を調べましょう。盗賊ギルドがダメなら、他の情報網を当たるしかないですね……」

 

 不安そうな顔を浮かべるリディアを安心させる為に笑顔を浮かべながら、健人はとりあえずの方針を提案する。

 今のリータの状況が分からない以上、健人としてもどうするかを決める事はできない。

 全ては再び見えてからなのだ。

 

「可能なのでしょうか? 正直に申しまして、私にはどこを当たればいいか見当も付きません……」

 

「俺の方は一応、あるにはありますが、今リータがそこにいるかと言われるとちょっと確信はないです……」

 

 完全に情報が遮断されたが故にリータの行方について心当たりが浮かばないリディアだが、健人には指標となるような情報を持っていた。

 ヌエヴギルドラールが漏らしていた言葉。

“ドラゴンレンド”そして“パーサーナックス”

 ドラゴンレンドは太古の竜戦争においてアルドゥインを倒す切り札となったシャウト。

 そしてパーサーナックスは、人にシャウトを教えた最初のドラゴンであり、今はグレイビアードの師として、世界のノドの頂上にいるはずだ。

 ドラゴンボーンとして覚醒した今の健人なら、グレイビアードもパーサーナックスに会わせてくれるかもしれない。

 だが同時に、世界のノドにリータが居る保証もない。

 少なくとも、ドラゴンレンドかパーサーナックスについての情報が無ければ、世界のノドには向かわないだろう。

 しかし、他にアルドゥインに対抗する手掛かりがある場所は、健人には想像つかなかった。

 リータの動向を見極めるためにも、情報の確度を上げておくべきだろうか。

 それに、壊れた黒の書の封印も考える必要がある。

 

「おい、またこの街に余所者が来たのか!?」

 

 一番効率的な行動は、何だろうか。

 健人がそんな思案に耽っていた時、突然酒場の喧騒を切り裂くような大声が響いた。

 




ウインドヘルムで声高に余所者云々騒ぐというと……。
最後に割って入ってきた人物については、皆さん想像がつくのではないでしょうか。
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