【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第二話 地の底へのカギ

 セプティマス・シグナス。

 かつてウィンターホールド大学にて星霜の書について研究していた魔術師であり、そして混沌の海の氷原に向かい、行方不明になった人物。

 星霜の書の情報を求めてウィンターホールド大学を訪れたリータ達だが、肝心の星霜の書の在処についての情報は得られなかった。

 だが、ウィンターホールド大学の図書館を管理する人物からセプティマスの事を聞き、リータとドルマは件の人物を探すためにこうして氷原に赴いた。

 見つけたセプティマスは、氷原に掘られた穴の中におり、巨大な四角い金属の塊に向き合って奇声を上げながら何かをしていた。

 

「掘れよドゥーマー! はるけき彼方へ。お前の失われた未知なるものを知り、私はお前たちの深淵まで登る」

 

 セプティマスが向かい合っていた金属の塊の大きさは小屋ほどもある巨大な物で、そのほとんどが氷の下に埋没していた。

 唯一剥き出しの前面には円状のパーツが幾重にもはめ込まれており、その塊が持つ真鍮にも似た光沢と精緻な真円は、この金属があきらかにドゥーマーの手によって作られたものであることを窺わせた。

 

「貴方がセプティマス?星霜の書について詳しいと聞いた。本当?」

 

 手を大きく広げて奇声を上げるセプティマスに、リータが声をかける。

 

「星霜の書か、もちろんだ!

 だがここにはない。帝国が持って行って姿をくらませた。あるいはそう思っているだけなのかもしれん。彼らが見たものを持ってな。あるいは見たと思っていたものを持って。

 だが私には心当たりがある。忘れられたもの。没収されたもの。だが私には取りに行けない。かわいそうなセプティマスはな、何故なら手の届かないところに行ってしまったからだ」

 

「……何言っているんだ? このおっさん」

 

 意味不明な言葉を捲し立てるセプティマスに、ドルマが首を傾げた。

 己の研究に没頭した知識人の中には、己の頭の中に浮かんだ考えを無意識に口にしてしまうような者もいるが、このセプティマス程支離滅裂で言葉の意味を捉え辛い事を口走る者はそういない。

 

「で、星霜の書は何処にあるの?」

 

「この次元だ、ムンダス、タムリエル、相対的に言えば、すぐそばにある! 宇宙論的な尺度でいえばすべてが近隣にある!」

 

 下手に話を長引かせたら、肝心の情報が把握し辛くなる。

 そう判断したリータが早々に本題である星霜の書の在処について尋ねるが、肝心のセプティマスの返答は全くもって役に立たないものだった。

 誰も宇宙規模の話をしろと言っていない。

 リータは内心湧き上がる苛立ちにこめかみをヒクつかせる。

 彼女もこの氷洞に入った際にセプティマスの叫びを聞いた時から予感はしていたが、やはりこの人物との認識のズレは早々どうにかなるような物ではなさそうだった。

 

「星霜の書を手に入れるのに手を貸してくれるの? 貸してくれないの? はっきりして。時間がないのよ」

 

 とはいえ、いつまでもこの人物の無駄に壮大で理解しがたい演説を聞いている余裕は、リータには無かった。

 やや強い口調でセプティマスに言い寄ると、彼の瞳の焦点がようやくリータ達を捉えた。

 

「積み木はお互いを支えあっている。セプティマスはお前が欲しいものを与え、お前は私が欲するものを持ってくるのだ!

 このドゥーマーの傑作が見えるだろう? 彼らの偉大なる知識の深淵だ」

 

 セプティマスが指差すのは、この氷洞の中で一際目立つ、何かの箱と思われる金属の塊。

 その風貌が示す通り、やはりこの箱はドゥーマーが作り上げたらしい。

 

「セプティマスはこの箱を開けたい。だが箱を開けられるドゥーマーはもはやタムリエルには存在しない! いや、もしかしたら違う次元にいるのかもしれないが、愚かなセプティマスには彼らがどこに行ったのか知る術がない!」

 

 セプティマスの望みは、このドゥーマーの巨大な箱を開ける事。

 正確には、その奥にある物が欲しいらしい。

 それが何かとリータが尋ねると、セプティマスはギョロついた目を一際大きく見開きながら、更に早い口調で捲し立てる。

 

「心臓、そう、神の心臓だ! 既に失われたと言われていたが、私は違うと確信している!」

 

 神の心臓。

 リータには何の神の心臓なのか分からないが、この狂人のような人物が追い求めるものという事は、大概碌なものではないだろうと予測した。

 そして実際、この世界に存在した神の心臓は、彼女の予測通り相当危険なものだった。

 時の中に埋もれ、歴史の裏側へと消えていった存在。

 神の心臓。それは文字通り、かつてこの世界を作り上げた神の一柱、ロルカーンの心臓である。

 ロルカーン。

 ムンダス創造の発起人にして、アカトシュに並ぶ創生神。

 しかし、エイドラを騙し、彼らの魂をニルンに結びつけたことで、エイドラは不死ではなくなった。

 さらに、ロルカーンはかつては神々の領域であるエセリウムと繋がっていたエルフ達を、その精霊界から完全に切り離してしまった。

 エルフ達から見れば、絶対的な悪神であり、永遠の敵対者。

 しかし、エルフ達と敵対してきた古代の人間にとっては人類の守護神であり、英雄神でもあった。

 トリックスターであり、創生神であるこの神の神格を示す名は多い。

 ロルカーン、ロークハン、セプ、月神獣、失われた神、不在の神、人の神、試練の神、悪神、蛇神、運命の太鼓。

 その数多の呼び名の中で、ノルド達が呼ぶ名が“ショール”である。

 かつては人類の英雄神として、人の信仰を一身に受けていたロルカーン。

 しかし、第一紀に聖アレッシアとアカトシュが契約を結んでムンダスとオブリビオンの間に障壁を張ってデイドラを封じ込めた事で、人の信仰にアカトシュが入り込み、その重要性には陰りが出始めている。

 それは、彼が九大神に数えられていないことからも明らかだ。

 そして、最も重要な事は、このロルカーンの心臓は神々を騙した代償に抜き取られ、矢と共に放たれてこのタムリエルに落ちたと言われている事だ。

 だが、その心臓を見つけた者はいない。

 もしかしたら神の心臓の発見者はいるのかもしれないが、少なくともその存在は後世には伝わっていなかった。

 セプティマスは、その心臓を見つけたという。

 

「だがドゥーマーは星霜の書の読み方を残してくれた。読めば目が潰れてしまう書の読み方をな! ブラックリーチ、ドゥーマーの眠る街の上にある鋳造物、秘された知識に満ちた尖塔、ムザークの塔だ」

 

 もし本当にこのドゥーマーの箱の中に神の心臓があるのなら、セプティマスの興奮した様子も頷けるが、リータとしては本当の話なのか疑問を覚える話である。

 しかし、セプティマスはリータ達の様子など目に入らないのか、相も変わらず興奮した様子で自論を捲し立てている。

 あまりに早口で理解しきれないリータだが、重要な単語だけは拾うことが出来た。

 ブラックリーチ、そしてムザークの塔である。

 

「ブラックリーチのムザークの塔? そこはどこにあるの?」

 

「暗闇の底だ。アルフタンド、その底にある錠がかけられた境界を越えた先に、ブラックリーチはある」

 

 アルフタンド。

 そこが、ブラックリーチの入り口らしい。

 ようやく手がかりを得られたリータは、直ぐにでも向かおうと踵を返すが、セプティマスの声が彼女を止めた。

 

「これを持って行くのだ。ブラックリーチとアルフタンドの境界を開く錠、星霜の書が納められた深淵の鋳造物へと向かうための鍵だ」

 

 セプティマスが取り出したのは、相当古いものであることが伺える、奇妙な文様が施された球形の遺物だった。

 アチューンメント・スフィア。

 セプティマスの言葉から推測すれば、ドワーフの遺跡の深部にある、何らかの装置を起動させるための物らしい。

 

「それからこれもだ。ムザークの塔の鋳造物を動かすための物。鋳造物は塔にある空のドームを使い、星霜の書に記された知識を引き出し、この辞典に刻むこむための物だ。故に、鋳造物を動かすにはこの空の辞典が必要となる」

 

 セプティマスはもう一つ、別の遺物を手渡してきた。

 先程渡してきたアチューンメント・スフィアとは違い、四角い、小さな金庫か小物入れを連想させる品。

 セプティマスが言うには、これは中身が記されていない、空の辞典らしい。

 辞典という言葉に、リータは首を傾げる。

 彼女が連想する辞典とは書物の形態をとっている物だが、どう見ても知識を収めるような品には見えない。

 彼女の隣にいるドルマも、胡散臭そうな目でリータの手の中の小箱を見つめていた。

 

「空の辞典?」

 

「そうだ。私達にはそれは唯の四角い置物にしか見えないが、ドゥーマーにとって巨大な知識の図書館になりえる。星霜の書を手に入れるには、必要なものだ。

このセプティマスを信じろ。さすればお前は星霜の書を手に入れられる」

 

 しばらくの間、何度も手にある空の辞典とセプティマスに交互に視線を動かしていたリータだが、やがて仕方ないというように大きく溜息を吐くと、受け取ったアチューンメント・スフィアと空の辞典をしまった。

 星霜の書については、ほとんど情報がないのだ。

 他に確かな情報源もない。

 アルドゥインが配下のドラゴンを復活させ終われば、本格的に人間とドラゴンとの戦争が始まるだろう。

 古の竜戦争の再来だ。

 そうなれば、間違いなく多くの血が流れる。

 犠牲となる人の中に、リータに唯一残った家族が含まれるかもしれない。

 そうさせない為に、彼女は剣を取り、ドラゴンボーンとして生きると決めた。

 人を救い、竜を殺す定命の者の英雄として。

 唯一の家族の心を折り、拒絶してまで。

 ウィンターホールドで漏らしかけた弱い心を胸の奥深くに押し込めながら、リータは手がかりとなる品を受け取り、用は済んだと元来た道を帰り始める。

 セプティマスも既に件のドワーフの金庫の前に戻り、先程話をしていたリータの事など既に忘れたかのように、研究に没頭している。

 だがリータが氷洞の坂道を上り、入口の梯子に通じる通路の出口に差し掛かった時、それは唐突に彼女達の前に姿を現した。

 

「っ!?」

 

「リータ、どうし……何だ、あれは」

 

 目の前に現れた存在に気付いたリータが、目を見開く。

 突然立ち止まったリータに首をかしげたドルマもまた彼女が見つめる先に視線を移し、そしてその表情を曇らせた。

 彼らがこの穴へと入ってきた入り口。そこに黒い膿のような泡が溢れていた。

 浮かんでは消えていく泡の奥からは数本のどす黒い触手が生えている。

 明らかに尋常ならざる力が干渉してきた証。

 そしてその溢れる膿の奥から、心の臓を毒に浸そうとしてくるような、不気味な声が響いてきた。

 

「近くにこい、面前へ」

 

 明らかに人間とは思えぬ威圧感を伴った声に、ドルマの額から冷や汗が溢れ出る。

 ドルマとて、ここに来るまで幾度もの修羅場をくぐっている人間だ。

 唯の口だけの戦士が、リータのドラゴン殺しの旅に付いて行けるはずもない。

 だが、そんな彼がたった一言、自分に向けられてすらいない言葉を聞くだけで気圧されていた。

 それ程の存在感が、その深遠から響く声には込められていたのだ。

 一方、そんな圧力が秘められた声を向けられたリータは、黒檀の兜の奥で眉を顰めながらも、毅然と一歩、足を踏み出していた。

 

「……誰?」

 

「私は、ハルメアス・モラ。運命の王子であり、深遠なる知識の管理者である」

 

 ハルメアス・モラの名を聞いた瞬間、兜の下でリータは眉を顰めた。

 その名は、この世界に君臨するデイドラロードの一柱の名前。

 常人には到底抗う事のできない力を秘めた、星読みの王子にして禁断の知識を司る者の名前である。

 

「……何の用?」

 

 なぜ、デイドラロードがこんなタイミングで接触してきたのだろうか。

 脳裏に浮かぶ疑問の答えを探して視線を巡らせたリータの視界の端に、先程まで話をしていたセプティマスが映った。

 ハルメアス・モラは数多の知識を有し、対価を払った者にその禁断の知識を分け与えるが、大抵の人間はその知識に飲まれ、狂人になってしまうという。

 先ほど話をしていたセプティマスの様子は、明らかに常軌を逸していた。

 そんなセプティマスの狂気の理由が、ハルメアス・モラと取引をしたことであるのなら、説明が付く。

 

「お前はセプティマスと接触した。彼は私の配下であり、信徒である。彼が探し求める知識は私への供物でもあるが、その知識を手に入れる手助けをするであろうお前にも、話をしておかなければと思ってな……」

 

 リータの推測を読み取ったのか、彼女の思考を肯定する発言がデイドラロードからもたらされた。

 話をしに来たというハルメアス・モラに、リータは額に寄った皺をさらに深くする。

 

「挨拶? デイドラロードが態々そんなことをするなんて、ずいぶん暇なのかしら?」

 

「いや、そうでもない。セプティマスは彼の興味を優先し、私は私の興味を優先している。そしてお前も、お前の求めることを優先している。互いの利害が一致するなら、悪い話ではないし、お前が自分の使命を全うするには必要な事だ。ドラゴンを殲滅するというな……」

 

 ドラゴンの殲滅という言葉を耳にして、リータの青い瞳が僅かに窄められた。

 彼女の全身から、剣呑な覇気が溢れ出す。

 だがハルメアス・モラは敏感に気付いていた。高まる警戒心の隙間から覗くリータの瞳の奥に、僅かな興味が走ったことを。

 

「リータ、聞くな! こいつは……」

 

 明らかに何らかの取引を持ち掛けようとしているハルメアス・モラに、ドルマが二人の間に割り込もうとする。

 ドルマとて、ドラゴン殲滅には賛成だ。

 だが、デイドラロードとの取引など、ロクなものではない。

 現に彼らは、ハルメアス・モラと取引をしたセプティマスという実例を見てしまっている。

 あの明らかに常軌を逸した狂人と同じようにリータがされるなど、ドルマが受け入れられるはずもない。

 

「少し黙れ、定命の者よ。我は今、ドラゴンボーンと話をしているのだ」

 

 だが、二人の間に割り込むには、ドルマはあまりにもあまりにも役者不足だった。

 のたうつ濃緑色の触手が、割り込もうとしたドルマの喉に絡みつき、強烈な力で締め上げはじめる。

 

「グッ、がぁ……!」

 

 万力で締め付けられたような痛みが喉に走り、ドルマは思わず地面に膝をついた。

 突然苦しみ始めたドルマに、リータが慌てて駆け寄る。

 

「ドルマ!? この、止めなさい!」

 

 リータが腰の黒檀の片手剣を引き抜いて、ドルマの喉に絡みついた触手に振り下ろす。

 だが、リータの刃が触手を切り裂く前に、ハルメアス・モラは素早くドルマの喉に絡みつけた触手を引っ込めた。

 

「そう声を荒げるな、ドラゴンボーンよ。分を弁えぬ愚か者に、警告しただけだ」

 

「が、はあ、はあ……ぐ」

 

「ドルマ、大丈夫!?」

 

 声を荒げるリータだが、ハルメアス・モラはまるで“咆える犬を躾けたのだ”というような軽い口調の言葉を返すだけ。

 荒い呼吸を繰り返すドルマの背中をさすりながら、リータはハルメアス・モラを睨み付ける。

 

「さて、こうしてお前の前に現れたのは、お前に契約を持ちかけるためだ。

 お前はアルドゥインを倒すための力を欲している。

 ドラゴンレンドがそうだが、それだけではアルドゥインに勝てる保証はない。そうでなければ、星霜の書は使われなかった。

 故に、セプティマスに協力し、私が欲する知識を私に差し出すなら……ドラゴンレンド以上の、さらなる力をお前に与えてやろう。どうだ?」

 

 先程リータが抱いた力への興味を見抜いているからこそ、ハルメアス・モラはここぞとばかりに彼女の力への渇望を刺激するような言葉を掛ける。

 ドラゴンレンド以上の力。

 リータの内にあるドラゴンの本能。力への欲求が鎌首をもたげ、麻薬にも似た強烈な渇望が湧き上がる。

 

「……お断りよ。消えなさい」

 

 だがそれ以上に、幼馴染を傷付けたハルメアス・モラに対する怒りが上回った。

 自分の身内を傷付けたハルメアス・モラへの怒りは湧き上がる力への興味を容易く塗りつぶし、ハルメアス・モラの神意を撥ね退ける。

 

「ほう? 意外だな。先程は我の話に興味を持ったと思ったのだが……。

弟を守るために修羅となったにしては、刹那の時しか生きられない定命の者が随分と悠長なことだ」

 

「……その無駄口を閉じなさい!」

 

 言うが早いか、リータは背中の両手斧の柄を掴み、目の前の深淵めがけて振り下ろした。

 唸り声にも似た風切り音を伴って振り下ろされた黒檀の両手斧が、ハルメアス・モラの深淵を両断する。

 轟音が氷洞の中に響き、泥沼にも似た深淵は、弾けるように四方へ飛び散った。

 

「ふふ、心地よい憤怒だ。その意思の強さ、我が勇者を思い起こさせる……」

 

 だが、所詮リータ達の前に現れた深淵は、ハルメアス・モラがニルンに干渉するための端末でしかない。

 刃を振り下ろされて現身を砕かれても、ハルメアス・モラは不機嫌になるどころか、むしろ痛快と言った様子でその粘着質な声を上ずらせていた。

 

「我が、勇者?」

 

「ふむ、この様子では契約は無理か。まあ、いいだろう。いずれ我が勇者との道は交差する。その時を楽しみにしておこう……」

 

 一方、リータはハルメアス・モラの“我が勇者”という言葉が頭に引っ掛かっていたが、問い詰める前に、砕かれたハルメアス・モラの現身は意味深な言葉を残し、霧のように霧散してしまった。

 

「何なの、一体……」

 

 リータが思わず漏らした呟きは、冷たい氷洞の中に響いて消えていく。

 その疑問に答えられるものは、ここには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の人物との邂逅を終えたハルメアス・モラは、オブリビオンの己の領域で、分け身を粉砕したリータを覗き見ながら、己の思考を巡らせていた。

 

「さて、我が勇者の姉との邂逅は済んだ。中々に興味深いが……あの様子では、な……」

 

 エルダースクロールの予言に記された、世界を食らう者と相対する運命を背負った戦士。この時代に生まれるべくして生まれた正当なドラゴンボーン。

 彼が目をかけ、同時に反旗を翻した異端のドラゴンボーンとは違う、本当の意味でこの世界からの祝福を受けた寵児を前に、ハルメアス・モラは内心喜びながらも、同時に少し物足りなさを感じていた。

 確かに強い。

 単純な戦士として、そしてドラゴンボーンとして、数多の竜を食らったリータの力はハルメアス・モラから見ても、伝説の竜の血脈として恥じないものだろう。

 だが、この後彼女に待ち受ける“異端のドラゴンボーン”との邂逅を考えると、彼女はまだ尖り切れていない。

 それでは、ダメなのだ。

 既に彼が予見した流れから、逸脱し始めている時の流れの中で踊ってもらうには。

 

「時を震わせるための要素は既にそのほとんどが揃った。だが、まだ足りぬか……」

 

 少し、テコ入れをする必要がある。

 そう感じているハルメアス・モラだが、生憎と今の彼には現世に干渉するための黒の書は大きく数を減らしてしまった事で、現世への介入が難しい状態だった。

 それに、アポクリファもまだ少し不安定であり、現世への干渉がしづらい状態だ。

 実のところ、端末一つ送るのも一苦労だったりする。

 どこぞの誰かが大暴れしたせいで、アポクリファを構築していた領域の一つが、完全に破壊され、ハルメアス・モラも砕かれた肉体を急速に再構築したことが原因だ。

 モラ本人は大層満足していたが、彼以外のアポクリファにいるデイドラはそうではない。

 白日夢の領域を失ったことで混乱したアポクリファでは、彼の部下達がてんやわんやの状態である。

 

「ブラックリーチか。確かあそこには……なるほど、既に用済みになるかと思っていたが、より有効な使い道が出来たか……。黒の書は我が勇者の手で消されたが、あの書の代わりになりそうなものはもう一つある」

 

 しかし、全く手がないかと言われると、そんな事もない。

 そして、その手段を担う存在も、彼の目の前にいる。

 

「セプティマス、我が信徒よ」

 

 リータ達が氷洞から出ていくのを確かめた後、ハルメアス・モラは己の信徒に声を掛ける。

 このドワーフの遺物を見つけてから、ハルメアス・モラはこの知識と好奇心に囚われた男に声を掛けていなかった。

 それはハルメアス・モラ自身がセプティマスに興味を無くしていたから。

 だが、この男に新たな利用価値が生まれたというのなら、話は別である。

 

「おお! 我が主よ、この白痴のセプティマスに知識を! 神の心臓を手に入れるための知恵を授けて下され!」

 

 一方、セプティマスはようやく聞けた主の声に、歓喜と狂気に満ちた声を上げた。

 ハルメアス・モラにとってセプティマスは唯の道具だが、セプティマスにとってはこの世の知識全てを授けてくれる偉大な存在にして、唯一信じる神であった。

 

「敬虔なるお前に、知識を授けてやろう。だが、知識には対価が必要だ」

 

「もちろん、心得ております。このセプティマス、貴方様が求めるなら、女子供でも贄として捧げる所存です!」

 

 知識の悪魔に魅入られたセプティマスは、とっくの昔にまともな倫理観など捨てきっていた。

 ハルメアス・モラが願うなら、彼は喜んで女も子供も手にかけ、その心臓を笑いながら抉り出すだろう。

 深々と頭を垂れたセプティマスの前に、一冊の書物が現れる。

 それは縫い合わせた人の革を表紙に使い、作られた書物。

 遥かな昔、エルフのとある魔術師にハルメアス・モラ自身が作らせた、黒の書とは違う形で生まれたアーティファクト。

 オグマ・インフィニウム。

 オブリビオンゲートとしての機能は無いが、表紙を開いた者に望む力を与える禁断の書である。

 

「これに我が示す言葉を刻み、ブラックリーチへと向かうのだ。そこで、己の務めを果たせば、お前が求める神の心臓についての知識を授けてやろう」

 

「はは~! 偉大なる我が主よ。このセプティマス、必ずや貴方様の求めに堪えて見せましょう!」

 

「ふふ、期待しているぞ……。さて、我が勇者が齎す未知は、この度はどのような物であろうか……」

 

 神の心臓が“既に失われている”とは知らず、思うが儘に動く手駒の言葉を聞き、ハルメアス・モラは満足そうな声を響かせる。

 確かに、今代のドラゴンボーンは興味があるが、今のハルメアス・モラには彼女の存在はそれほど重要ではない。

 彼が最も注目しているのは、ハルメアス・モラ自身が“我が勇者”と呼ぶ存在。坂上健人である。

 リータに干渉するのも、健人が見せるであろう未知なる未来を知りたい、あわよくば、自分も関わりたいという彼の好奇心が齎した行動だった。

 健人が見せたシャウト、ハウリングソウル。

 それが齎すかもしれない未知なる未来に、ハルメアス・モラは完全に魅入られていた。

 知識で人を誘惑してきたデイドラロードが、弄んできたはずの一人の人間に魅入られる。

 自らの不可思議さに笑いながらも、ハルメアス・モラは深淵の底で、その時が来るのを楽しみに待っていた。

 





ロルカーン

ムンダス創造の発起人にして、数多の神々を騙して“創造”の儀式を行った神。
騙された神々は魂をニルンに繋ぎ留められ、不死を奪われた。
その報復として彼は心臓を抜き取られ、抜き取られた心臓は矢に番えられて天高く放たれたらしい。
その心臓が落ちたのが、モロウウィンドにあるタムリエル最大の火山、レッドマウンテンである。
非常に多くの名を持ち、この世界のあらゆる神話の中に必ず登場する二柱の内の一柱。
ロルカーン、ロークハン、不在の神、セプ、運命の太鼓などの多数の名を持つが、その中でのノルド達の呼び名が“ショール”であり、彼の領域こそが“ソブンガルデ”である。



神の心臓
前記のロルカーンの心臓そのものであり、極めて強大な力をもっていた。
具体的には、この心臓の力を受けた定命の者が、デイドラロードの一角を真正面からボコれるほど。
タムリエルの歴史に非常に大きな影響を及ぼした存在であり、TESⅢにおける最重要の遺物である。


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