【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お待たせしました! いや遅くなって申し訳ない。ちょっとドタバタしていました。


第四話 ストーンヒル山脈の麓で

 健人達はウィンドヘルムからペイルホールドを抜けて、ハイヤルマーチホールドへ向かっていたが、モーサルまではそれなりに距離がある。

 おまけにソフィがいる以上、徒歩などでは時間がかかりすぎると判断した健人は、迷うことなく馬車を使う事を決めた。

 幸い、春の雪解けが始まるこの季節、街道に積もる雪は徐々にその姿を消し始めており、馬車などの往来も可能になっていた。

 馬車での旅は通常の徒歩での旅と変わらない。

 日が落ちる前に野営の準備をし、火を起こして交代で番をしながら朝を待つ。

 そして、朝日と共に再び、目的地へ向かって出発するのだ。

 ウィンドヘルムを出てから二週間程。

 健人は今、ヨルグリム湖北の街道を通り、ストーンヒル山脈東の街道をさらに北へと向かっていた。

 ストーンヒルと呼ばれる山脈を迂回すれば、モーサルまですぐそこである。

 ただ、問題がいくつかあった。

 一つは、周辺に出没する山賊である。

 唯でさえ内乱の影響で治安が悪化し、野盗の数が増えている上、中には放棄された砦を占領している山賊もいる。

 砦という拠点を手に入れた山賊は一気に数を増やし、近くを通る商人や罪のない一般人を誰彼構わず襲っていた。

 当然、健人達もこの山賊達の襲撃を受けた。

 健人、リディア、カシトがあっという間に制圧したが、様相の異なる山賊に三度も襲われた辺り、政局の不安定さから来る経済と人心の荒廃が、どれだけ治安の悪化をもたらしたかを端的に示していた。

 

「さて、今日はこの辺りでキャンプかな?」

 

「そうだね。それじゃあオイラとケントは、周りに何かないか見てくるよ」

 

「はい、私とソフィはテントと火の用意をしておきますので」

 

「い、行ってらっしゃい。お兄ちゃん、気を……付けてね」

 

「ああ、行ってくるよ」

 

 止めた馬車から降りた其々が、其々の仕事をこなし始める。

 健人とカシトは周囲を探索しながら危険な動物や山賊の痕跡がない事を確認し、リディアとソフィはテントと薪の用意をする。

 街道から少し離れたところで、健人とカシトはそれぞれ二手に分かれ、周囲を確認。

 オオカミやクマの足跡や糞、山賊などの痕跡がないかを確かめる。

 一応、火の番を兼ねて見張りは交代で行うが、どのような危険があるのか、確認しておくに越したことはない。

 幸いにして、この周囲に人や肉食の獣の気配はなかった。

 ついでに二人は、晩御飯のおかずを増やそうと猟を開始。ウサギを三羽と鹿一頭を仕留めた。

 健人のオーラウィスパーで隠れ場所を探り当ててあぶり出し、素早いカシトが捕まえるというコンボである。

 オーラウィスパーは生命力を直接視認できるシャウトのため、ウサギのような隠れる小動物を狩るにはもってこいだし、鹿なども予め相手の場所が分かれば、逃走ルートに先回りできる。

 さらに、もし逃がしそうになった時は、健人が旋風の疾走や雷撃などの破壊魔法を使えば逃げる獲物を仕留める事は十分可能だ。

 大量の獲物を仕留めた二人は、意気揚々とキャンプに戻る。

 キャンプではリディアが馬に水と草を与え、ソフィが石で焚火の為の火床を組み、薪を集めて火を起こして料理の準備をしていた。

 

「おかえりなさいませ」

 

「あ、お帰り、お兄ちゃん」

 

 帰ってきた健人とカシトを確かめたソフィが、小走りで駆け寄ってくる。

 

「ああ、ただいま」

 

 健人がソフィの頭をなでると、彼女は嬉しそうに頬をほころばせる。

 撫でていた手が頭から離れると、彼女は健人の腰にキュッとひっつきながら、一緒に焚火の元へと向かう。

 健人がソフィを預かり、一緒に旅をするようになってから、彼女はこうしてよく健人にくっつく様になった。

 まるで唯一の肉親を失った孤独感を埋めたがるように、健人の熱を求めてすり寄ってくるのだ。

 馬車の中では常に健人の隣に座って裾を握ってきて、キャンプを張れば外回りに行かない限り、トテトテと側をついて回り、離れない。

 さらには、寝る時に同じベッドロールに包まりたがる。

 その様子は何となく、子猫を連想させる微笑ましいものではあるのだが、同時にここまでベッタリだと、健人としては少し不安にもなる。

 本来なら少し諫めるべきなのかもしれない。

 だが妹という存在がいなかった健人は、突然できた妹分に“まあ父親を亡くしてあんな寒空の下に放り出されたんだから、仕方ないよな~”と、ついつい甘えることを許してしまうのだった。

 

「それじゃあソフィ、手伝ってくれ」

 

「うん!」

 

 健人とソフィが料理を始める。

 仕留めてきたウサギと鹿を健人が解体し、その間にソフィがキャベツやニンジン、じゃがいも、リーキなどを切り、パンを作る。

 パンの生地自体は朝方に仕込んでいるため、後は形を整えて焼くだけだ。

 生地を発酵させるための酵母はスノーベリーから作っており、この酵母はソフィも作れる。

 ソフィは父親が出ている間、金銭面以外は一人で自活していたため、料理を初め、簡単な裁縫などもきちんとできる。

 食うだけの猫やぶきっちょ戦士よりも、家事面ではよほど戦力になった。

 そんなソフィの様子を見て、将来はいいお嫁さんになるだろうと考えてしまうあたり、健人も既に結構な兄バカ(親バカ?)になりつつあった。

 そうこうしながらも、獲物の解体は進む。

 解体が終われば、後は調理だ。

 健人は懐から小瓶を取り出す。

 濃褐色の液体が入った小瓶に、健人のそばで野菜を切っていたソフィの目が留まる。

 

「お兄ちゃん、それ何?」

 

 ソフィが健人の持っている小瓶について尋ねてきた。

 近くで薪を作っていたカシトも気になったのか、健人の手にある小瓶を覗き込んでくる。

 

「オイラも見たことないね。何かの薬?」

 

「いや、これは魚醤だ。ノーザンメイデン号の食糧庫の奥にあったイワシの塩漬けから作ったんだ。まあ、船長達には不評で今まで出せなかったんだけど……」

 

 魚醤。

 イワシなどの小魚を塩漬けにして作られる調味料の一種。

 アミノ酸や核酸、ミネラルなどを豊富に含んでいるため、非常に深い味わいと濃厚なうま味が特徴の調味料だ。

 元々この魚醤は、ノーザンメイデン号の食糧庫の中で忘れ去られていた塩漬けのイワシから健人が作ったものだった。

 

「魚醤? ってくさ! ナニコレ! 腐ってるよケント!?」

 

 小瓶の蓋を開けて臭いを嗅いだカシトが、思わず身を仰け反らせる。

 カシトの隣にいたソフィも、鼻を抑えて涙目になっていた。

 二人の反応に、健人も仕方ないなと言うように苦笑を浮かべた。

 実際、魚醤は非常にうま味のある調味料だが、微生物の発酵過程によっては鼻につく臭いが出てしまうのが難点だった。

 

「まあ、発酵も腐敗も元々は同じものだしな。もうちょっと臭いを抑えられたらよかったんだけど……。大丈夫だ、熱を加えたら臭いは消えるよ」

 

 発酵も腐敗も、微生物の働きによってタンパク質などが分解される工程は同じである。

呼び方が違うのは、単に人の役に立つか立たないかの違いでしかない。

 ただ、この特徴的な臭いは熱を加えれば消えるため、煮物や炒め物に使うと、臭いが消えた上でグンと味が良くなる。

 実際、健人がウサギ肉と野菜に魚醤を使って炒め始めると、先ほどまでの鼻の付く発酵臭は消えていき、代わりにふわりと、酒を温めた様な濃厚な香りが立つ。

 ごくりと、誰かが唾を飲む音が健人の耳に聞こえた。

 彼がチラリと横目で妹と親友の様子を覗き見ると、二人とも先ほどの警戒に満ちた反応が嘘のように涎を垂らしながら、健人の料理を覗き見ている。

 二人とも餌を待つ猫のようであった。実際、一人は猫獣人だが。

 その様子を見て、健人は思わず含み笑いを漏らす。

 健人は今度はシカ肉を取り出し、ジャガイモ、ニンジンと一緒に再び炒め、炒めた具材に沸騰した湯に入れ、コンソメもどきと魚醤、塩で味を調えてシチューを作る。

 シチューを煮立たせながら、健人はさらにすり潰したニンニクと香草の粉末をバターに混ぜてソフィが作っているパンの上に乗せると、焚火の炎にかざして焼く。

 そうこうしている内に、料理は完成。

 今日のメニューはウサギ肉の炒め物と、シカ肉のシチュー、ガーリックパンである。

 

「それじゃあ、食べようか。リディアさん、できましたよ」

 

「はい、これはまた、美味しそうですね」

 

 馬の世話とテントの設営等を終え、武器の手入れをしていたリディアが、焚火の側にやって来た。

 用意した料理を木皿に盛って並べ、四人はそれぞれ焚火を囲む。

 焚火を挟んで健人の右方向にカシトが、左方向にリディアが、そして、健人の左隣には、ソフィがちょこんと座っていた。

 

「さあ、どうぞ」

 

 健人に促され、各々がそれぞれの料理に手を付ける。

 カシトが最初に手に取ったのは、ウサギ肉の炒め物だ。

 魚醤特有の鼻につく臭いは消え去っており、代わりに年代物のワインを思わせる芳醇な香りが立ち上っている。

 口に入れて噛めば絶妙な火加減によって炒められた野菜が、シャキシャキとした歯ごたえを返し、魚醤と肉のうま味が口の中いっぱいに広がる。

 

「ハムハム……ん~! 美味い! ケント、この炒め物、腐れ汁を使っているとは思えないほど美味しいよ~!」

 

「腐れ汁言うな! まあ、臭いが強かったのは確かだけど」

 

「このシチューもいいですね。濃い目の塩気が旅の疲れに染み渡ります」

 

「今日の料理に使った魚醤……調味料は元々塩漬けした魚から作られますからね。薄めても塩味はかなり強めになります」

 

 リディアが手に付けたのは、シカ肉のシチューだ。

 煮込む時間が足りなかったために肉は薄くスライスして入れているが、魚醤の塩気が旅の疲労を溶かしてくれる。

 ミネラルが豊富な魚醤は、体を整えることにも適している。

 保存食によって栄養が偏りがちな旅の中では、かなり重宝するだろう。

 

「ん、ん……!」

 

 ソフィが食べているのはガーリックパンだ。

 よほど気に入ったのか、小さな口一杯に頬張っている。

 バターとすり潰したニンニク、乾燥させた香草を混ぜた物をつけて焼いただけだが、ニンニクも優れた強壮作用があるし、乾燥させれば保存も効く。

 こちらも旅にはうってつけの食材だし、バターと香草との相性もいい。

 軽く炙ってやるだけで、食欲をそそる香りが立ち上るようになるし、バターの油分が主張の強いニンニクと、香草の香りを上手く纏めてくれる。

 日本の優れた調味料や食文化に慣れた健人にはそれでも物足りないが、元々味付けに乏しい食事が主なこの世界の住人には、どれも頬が落ちるほどの品だった。

 

「ソフィ、焦りすぎだ。パン屑、ついてるよ……」

 

「あっ……。あう……」

 

 健人が手拭いでソフィの口回りついたパンくずと油を拭ってやると、ソフィはボッと顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

「お、お兄ちゃん、恥ずかしい……」

 

「ああ、ゴメンな。少し無遠慮だったな」

 

「…………」

 

 健人が苦笑を浮かべてソフィの口を拭いていた手拭いを離す。

 ソフィは顔を赤らめながら身を縮こませるが、健人が食事に戻ると、彼の気が付かないようにスッと健人との距離を近づけていた。

 そんな二人を眺めながら、リディアとカシトは笑みを浮かべる。

 

「なるほど。ふふ、ケント様も隅に置けませんね……」

 

「ニヤニヤ……」

 

「ん? 二人とも一体何? 特にカシト、その顔、なんだか凄く腹立つんだけど」

 

「いや、何でもないよ。今夜は問題なさそうだね! 周囲にも山賊の気配はないし、今日はゆっくりできそう……」

 

「ああ、いい加減、寝ている最中に起こされるのは勘弁願いたいよ」

 

 ウィンドヘルムを出て二週間。

 交代で休みを取りながらモーサルを目指しているが、今健人達がいる場所は、帝国軍とストームクローク両陣営のちょうど境界付近である。

 山賊たちの中でも、治安の悪化した政情に付け込んでドジを踏んだりした、脛に傷があるような極悪人達が根城にするにはちょうどいい場所だ。

 

「山賊も面倒だけど、健人の場合もう一人、頭の痛い相手がいるからね~」

 

「ああ、まあな。一人と言うか一頭と言うか……ん?」

 

 カシトの言葉に同意しながら、器の中のスープを啜っていた健人だが、遠くの空から嘶きが聞こえてきたような気がした。

 同時に、首筋にビリッと電気が触れた様な感覚が走る。

 

「……あれ? この音って」

 

「イヤな予感がする……」

 

 ドラゴンボーンとしての直感と経験が、これ以上ない程警鐘を鳴らしている。

 もっとも、それはここ最近ではよくある事であり、生憎と健人はこの嘶きに非常に聞き覚えがあった。

 直後にストーンヒル山脈に掛かる雲が、まるで切り裂かれたように二つに分断され、雲の奥から覗く空から、有翼の影が姿を現す。

 

“クリフ、ズー! ドヴァーキン!(勝負だ! ドヴァーキン!)”

 

 雲を割って急降下してきたのは、ウィンドヘルムに甚大な被害をもたらしたドラゴン、ヴィントゥルースだった。

 

「またお前かヴィントゥルース! いつでも勝負を受けると言ったのは俺だけど、今は小さい娘連れてんだ! 少しは遠慮しろ!」

 

 ここ最近、一番健人の頭を悩ませている問題。

 それは、定期的に伝説のドラゴンが健人にケンカを売ってくるようになった事である。

 ウィンドヘルムで健人に敗れ、スゥームで制約を掛けられたヴィントゥルースだが、その制約を破らんと、頻繁に勝負を挑んでくるようになったのだ。

 ウィンドヘルムを出てから二週間。これが三度目の襲撃であった。

 一度目は一週間前。傷を癒した直後に健人と勝負しようと、夜にも拘らず野営キャンプを襲撃してきた。

 二度目は、健人達一行が山賊に襲われている最中、健人と山賊の間に割り込む形で襲撃してきた。

 そして三度目。傷を癒すための時間を除けば、ほぼ二日に一回襲撃してきている計算になる。

 普通の人間でなくても絶望するような襲撃頻度だった。

 健人としても彼の憎悪を預かると宣言したのは自分なので、今更ヴィントゥルースの挑戦を拒む気はなかったが、今は幼いソフィを連れているため、気持ちとしてはもう少し遠慮して欲しかった。

 一応、本竜の名誉の為に言っておくが、山賊と戦った時も、ヴィントゥルースは健人のみを攻撃し、山賊には一人の怪我人も出していない。その辺りは、妙に律儀というが、しっかり健人との誓約を守っていた。

 ちなみに、山賊は確かにヴィントゥルースの被害は受けなかったが、ドラゴンの襲撃で混乱している最中にカシトとリディアに討ち取られている。

 その辺りは本当に彼らに慈悲はなかった。

 最も、ヴィントゥルースが襲撃してこなくても、その場合は健人が彼らに牙を向くので、山賊達の運命は結局変わらなかっただろう。

 ヴィントゥルースの襲撃を確かめた健人は素早く駆け出し、キャンプを張っている場所から離れる。

 

“クォ、ロゥ、クレント!”

 

 キャンプから離れた健人めがけて、ヴィントゥルースのサンダーブレスが放たれた。

 健人は背中のドラゴンスケールの盾を取り出し、シールド系魔法の魔力の砦と併用してサンダーブレスを受け止める。

 

「にぎゃあああぁぁああ!」

 

「ふええぇぇぇん!」

 

 防がれて四散した雷と衝撃波が四方八方に飛び散り、余波に巻き込まれたカシトが悲鳴を上げ、ドラゴンの威圧感に怯えたソフィが泣きじゃくる。

 既に一度健人に敗れているヴィントゥルースだが、その強力なシャウトや威圧感は健在であるし、ソフィはウィンドヘルムで怒りに飲まれたヴィントゥルースの姿を間近で目の当たりにしてしまっている。

 彼女が怯え、泣きじゃくるのも無理はない。

 だが、当時の彼女がヴィントゥルースから受けた影響は、かの竜の姿を前にして死を受け入れてしまうほどだった事を考えれば、泣き喚く程度で済むようになったとも言える。

 

「お前、二週間で三度目って、流石に多すぎないか? いやまあ、お前の憎悪を預かると言ったのは俺だけど……」

 

 ヴィントゥルースのサンダーブレスをドラゴンスケールの盾と魔力の砦で受け止めながら、健人は思わず呟いた。

 まるで対戦ゲームに負けたことが悔しくて連コインするゲーマーのようである、と。

 

“ウォト、コス、ドレニング!? ニ、パール、グラー、ドヴァーキン! クリフ、ボス、アークリン!”(どうした!? 覇気がないぞドラゴンボーン! 真面目に戦え!)

 

「しかたない。また正面から叩き潰してやる。今度は負け惜しみを言うなよ! ムゥル、クァ、ディヴ!」

 

 ドラゴンアスペクトを唱え、虹色の竜鱗を纏いながら、健人はヴィントゥルースめがけて踏み込んだ。

 この一人と一匹の戦いは周囲に大規模な雪崩を引き起こし、甚大な被害をもたらしながらも二十分程で決着が付き、ヴィントゥルースは雪原に叩き落とされることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストーンヒル山脈に響いていた戦闘音が鎮まり、黄昏に静寂が戻る。

 轟音が響いていた中心地には崩れた雪や倒れた倒木が折り重なり、まさに台風一過と言った有様だった。

 

「ぶふ……。うえぇぇ……。死ぬかと思った」

 

 モゾモゾと雪の下から、雪まみれになった健人が這い出して来る。

 この雪は街道にあったものではなく、ストーンヒル山脈の斜面に残っていた雪が崩落したものだった。

 ヴィントゥルースと戦闘していた健人だが、戦闘中に雪崩が発生したのである。

 雪解けの季節にシャウトという爆音を響かせるドラゴンが二匹も大暴れすれば、当然ともいえる。

 しかし、よくよく山の斜面を見てみれば、健人が戦っていた場所の山肌には丸い切り口の切り株が並び、生えていたはずの木は綺麗に刈り取られていた。

 戦闘の中でヴィントゥルースが“激しき力”を翼に纏わせた状態で滑空して行ったため、まるで芝刈り機に刈られた雑草のように刈り尽されたのだ。

 結果、障害物がなくなったことで、雪崩は勢いを落すことなく、麓にいる健人に容赦なく襲い掛かった。

 それが、ヴィントゥルースの作戦でもあった。

 飛べない健人を飲み込むほどの雪崩を発生させて生き埋めにするつもりだったのだ。

 とはいえ、健人も黙ってやられるはずもなく、低空を滑空して木を切り倒していたヴィントゥルースに揺ぎ無き力をぶち当てて撃墜。

 更に、再び上空へ逃げようとするヴィントゥルースをドラゴンアスペクトの腕力で無理やり地面に引き倒し、ついでとばかりに雪崩の盾にした。

 結果、一人と一匹は引き起こされた雪崩に容赦なく飲み込まれた。

 

“ガー! コス、ドレ、バナール……。クリィ、ズゥー、ドヴァーキン!”(おのれ! またこの私を辱めるか……さあ、今度こそ殺せ、ドヴァーキン!)

 

 雪の中から首だけをチンアナゴのように出したヴィントゥルースが騒ぎ立てる。

 周囲の被害だけを見れば間違いなく天災と言えるだけの規模なのだが、その珍妙な姿は、ただ只管に脱力感を漂わせるだけのものだった。

 ちなみに、チンアナゴとは砂の中から頭だけを出して餌を取る魚の事で、その名の通りアナゴという蛇によく似た魚の仲間である。

 

「ウォト、コス、ヒン? フェン、ニ、ウスナーガ? ワール゛、ワー、ボヴール、サーロ゛、キル……」(お前何なの? もうちょっと自重とかないの? こっちはソフィがいるんだけど……)

 

“アーン、サーロ゛、ジョール、ロ゛スト、ワー、ヒン、ディヴォン、ファー、サーロト……!”(ふん、弱い定命の者がどうなろうと我の知った事はないわ……!)

 

 健人が所構わず襲撃してくるヴィントゥルースに苦言を漏らすが、ヴィントゥルースの口から出てくる言葉は、相も変わらず人間へと憎しみと侮蔑に満ちている。

 健人に敗れた事で、ヴィントゥルースは人を襲う事はしていない様だったが、同時に心変わりも全くしていない様子だった。

 

「ズル、ジョーレ……」(人の言葉を覚える気は……)

 

“ニド! ニ、ドレ、アロク、ワー、ロ゛スト、スモリン。ディヴォン、ディノク、コターヴ、サーロ”(ない! 定命の者の言葉など、覚える気など毛筋ほども湧かんわ。それに死ぬなら、弱く生まれる者が悪いのだ)

 

 弱く生まれるのが悪い。

 すなわち、力を持つ者こそが正しい。

 ドラゴンとして、そしてこの世界に生きる者として、ごくごく当たり前の考え方。

 

“トル゛、コス、サーロ゛、フェント、コス、サーロト、ドヴ。クアナール、アル!”(そして、弱いのならば強くなればいい。全てを従えるほど強くな!)

 

「…………」

 

 弱いのならば、強くなれ。

 そのあまりに一方的な見方に健人は溜息を漏らしながらも、同時にどこか違和感も覚えていた。

 健人はドラゴンが時の竜神であり、九大神の筆頭であるアカトシュの子であることを知っている。

 ヌエヴギルドラールと初めて出会った時に、その事を聞かされているからだ。

 そして、その後にドラゴンの治世が至った結末も聞かされている。

 ドラゴン達は持て余した力への渇望と支配欲に突き動かされ、それは被支配種族への苛烈な支配と、ドラゴン同士での抗争に発展した。

 この話を聞いた当時はヌエヴギルドラールの呆けた口調に誤魔化されて聞き流してしまっていたが、よく考えれば神々の、それも九大神筆頭に作られた支配種にしては、あまりにも杜撰な結末だ。

 同時に、その結末はドラゴン達の歪さも浮き立たせる。

 支配種として作られながらも、その支配欲に翻弄されるドラゴン達。

 なぜドラゴンは、このような存在になったのだろうか。

 ドラゴン自体が、アカトシュにとっては元々失敗だったのか? だからこそ、ミラークというドラゴンボーンがドラゴン支配時代の末期に現れたのか?

 それとも、初めからこうなる事は織り込み済みだったのか?

 そもそも、なぜそれだけ強い支配欲を持っているのか?

 神ならぬ健人には、その理由はさっぱり想像できず、唯々答えの出ない想像が頭の中に膨らみ続ける。

 だが、支配欲に翻弄された結果として、ドラゴンは被支配種だった人間に反旗を翻され、滅びた。

 傲慢で、貪欲で、歪で、だがどこか哀愁を漂わせる種族。その在り方と結末に、健人は鈍い痛みを覚えていた。

 

「アイツには、一体何が見えていたんだろうな……」

 

 ヌエヴギルドラールは、スゥームの本質を“種族の関わりなく相手に意思を伝えるためのもの”と語っていた。

 だが、支配欲に突き動かされる今のドラゴン達の姿は、ヌエヴギルドラールが語るスゥームの本質からはあまりにもかけ離れている。

 誰よりも先を見通しながら、誰よりも濃い諦観の色を纏っていた友人のドラゴンを思い返しながら、健人は空を見上げる。

 空には徐々に星々が輝き始め、太陽は今まさに、ストーンヒル山脈の峰へと沈もうとしていた。

 

「ヴィントゥルース、ズー、ロ゛スト、ガアン、ロアン。ウォト、ドレ、ヌスト、ドック、ムル」(ヴィントゥルース、一つ聞きたい。お前たちドラゴンは、なぜそこまで貪欲に力を求める?)

 

“ウォト、ヒン、フン。コス、サーロト、キンボク、フィック、ドヴァー。ズー、フェント、ロスト、ソス、ドー、ドヴァー”(今更何を言う。力を求める事はドラゴンの本質だ。その血が示す神髄は、お前の中にもあるはずだ)

 

 確かに、力に対する渇望は健人の中にもある。

 その力に対する渇望が、ソルスセイムで健人の大きな成長を促したことも確かだ。

 だが、今聞きたいのはそれではない。

 力は目的を達するための手段のはずだ。

 ヴィントゥルースの言葉は、手段と目的が逆転しているドラゴンの歪さを、より健人に印象付けていた。

 

 

「ゲ、クレ、ロ゛アン。ウォト、コス、フェント、セィヴイング、コスティ、ウ゛ル、ティード」(分かった、質問を変えよう。お前は、長い時の先に一体何を見ているんだ?)

 

 ドラゴンは、時の流れを、他のどんな種族よりも繊細に感じ取る。

 かつてヌエヴギルドラールは、時の流れを川の流れのようなものだと言っていた。

 そして、その流れを空から見下ろす鳥のように眺めているのだとも。

 支配するために生み出されながらも、欲に囚われ、力を求めずにはいられないドラゴン達。

 “真言”であるスゥームを与えられた種族としては、あまりにも歪なその在り方。

 そんな彼らの欲の本質に、健人は迫ろうとした。

 ドラゴンは元々、支配するために生み出された種族でもある。

 ならば、健人が知る中でも特に力を求めるドラゴンの一頭であるヴィントゥルースは、その力で何を求めているのだろうか?

 

“……ズー、セィヴ、ブリト、ヴィンタース”(……我に見えるのは“輝き”だ)

 

「ヴィンタース?」(輝き?)

 

“ゲ。ヴィンタース、ド、ロ゛ク、モロケイ。(そうだ。天の頂に煌めく、眩いばかりの輝き。それを求めている。あれは……)

 

「アルドゥイン?」(アルドゥインか?)

 

“頂”という言葉で健人が思いつくのは、ドラゴン族の頂点であるアルドゥインだが、どうも健人の言葉に対するヴィントゥルースの反応は薄い。

 

“ゼイマー? ニ、コス。ドル……”(長兄? いや、そうではない。確かあれは……)

 

 ストーンヒル山脈の峰に消えていく夕日を見つめながら、ヴィントゥルースは押し黙る。

 騒がしく喚き散らすことの多いドラゴンが黙りこくったその様子に、健人は首を傾げる。

 

「ヴィントゥルース?」(……ヴィントゥルース?)

 

“ドル……”(あれは……)

 

 呼びかけてくる健人の声にも反応を示さず、心ここにあらずといった様子で遠くを見つめるヴィントゥルース。

 強い激情を映していたはずの瞳は曇ったガラス細工のように霞み、全身からこれでもかと撒き散らしていた威圧感が、蜃気楼のように消えていく。

 それはまるで、今しがた空を染めている黄昏ように弱々しく、現実味のない光景だった。

 ヴィントゥルースの様子が気になり、健人が改めて声を掛けようとしたその時、幼い声が崩れた雪原に漂ってきた。

 

「お兄……ちゃん」

 

「ソフィ、それに皆……」

 

 声が聞こえてきた方に健人が目を向けると、避難していたソフィやカシト、リディア達が居た。

 現れた定命の者達に、虚空と見つめていたヴィントゥルースの瞳に再び強い激情の色が戻る。

 

「決着、付いたみたいだね」

 

「ああ、まあな……」

 

 雪崩に巻き込まれたとはいえ、健人自身はドラゴンアスペクトの守りとヴィントゥルースと言う盾により無傷である。

 一方、ヴィントゥルースは雪に埋もれて首だけの状態。明らかに健人の勝利である。

 健人は今一度、横目でヴィントゥルースの様子を窺うが、既に彼は先程見せていた黄昏の空を思い起こさせる姿ではなく、ウィンドヘルムを壊滅させた暴竜の顔に戻っている。

 

「ヴィントゥルース、ロ゛ス、トル゛、テイ……」(ヴィントゥルース、さっきの話だけど……)

 

“テイ? ウォト、ロ゛ス、テイ?”(話? 何の話だ?)

 

 もう一度、先の続けようとする健人だが、肝心のヴィントゥルースは先程の話など覚えていない様子で、姿を見せたカシト達を睥睨している。

 強烈な違和感が、もどかしさと共に健人に胸に刻み込まれる。

 一方、ヴィントゥルースは 勝負に負けたことに憤りながら、八つ当たり気味の視線をソフィ達に向けていた。

 

「う、うう……」

 

“グルルル……”

 

「ひう……」

 

ヴィントゥルースの怒りの視線と唸り声に怯えたソフィが、健人の腰にしがみつく。

 

「よしよし、怖かっただろうな」

 

“ホヴール、メト、ザーロ゛、ニヴァーリン、タフィール……”(脆弱なスキーヴァのように、穴に隠れていればいいものを……)

 

 ヴィントゥルースの文句を聞き流しながら、健人はソフィの頭を撫でで恐怖に脅える彼女をあやす。

 健人にあやされながら、ソフィは健人の腰に顔を埋めていた。

 

「ソフィ、怖かったら帰ってくるのを待っていてもいいんだよ?」

 

「でも、お兄ちゃんが、心配で……うう……」

 

 健人とヴィントゥルースの戦いによる被害は、相当広域に及んでいるし、振るわれた力は正しく天災と言っていい程のものだ。

 家族を亡くして孤独の中で彷徨っていた少女が、新しくできた家族が再び消えてしまう事に怯えるのも無理はない。

 そしてその恐怖こそが、荒れ狂うドラゴンの力を前にしても、彼女がこの場に戻って来た理由でもある。

 健人もまた孤独の中で生きてきた故に、ソフィの気持ちも痛いほど理解できる。

 とはいえ、これは健人が背負うと決めた業でもある。

 故に、健人はただ、泣きじゃくる少女の頭を撫でる事しか出来なかった。

 

“ルー、ニヴァーリン、ヴォルン、ヴァーデン……バイン”(ふん、強者に縋る事しか出来ぬ弱者……虫唾が走るわ)

 

「ひぅ……!」

 

 そんな健人とソフィを揶揄するように、ヴィントゥルースが鼻を鳴らす。

 ヴィントゥルースのソフィが小さな悲鳴を上げ、さらに健人に体を密着させるように腕に力を入れて身を縮こまらせる。

 負けたからってこんな小さな娘に八つ当たりするヴィントゥルースに、健人は頭痛を抑えるように天を仰いだ。

 

「フル。ナーンスル、フィロク、コティン、オダ?」(そうかい。取りあえず、その雪の中から出てきたらどうだ?)

 

“…………”

 

「アールコス、ニス、フィロク?」(もしかしてお前、出られない?)

 

“…………”

 

 先程からずっと首だけの状態だったために健人も不思議に思っていたが、どうやらこのドラゴン、本当に雪から出られなくなっているらしい。

 よくよく考えてみれば、ヴィントゥルースが切り倒した大量の樹も雪崩によって流されている。

 実のところ雪の下はヴィントゥルースの体を抑え込む形で、複数の木々が圧し掛かっている状態だった。

 おまけに流された木々が上手い具合に広範囲に渡って絡み合ったのか、雪の重さを合わさり、ドラゴンの怪力でも、単純な力だけでは出られない様子。

 ドラゴンの巨体が裏目に出た結果だった。

 

「はあ……」

 

“ウォト、トル゛、バナール! ウォ、ドレ、ファーヌ! ズー、ヴィントゥルース! ゾク、ムル、ドヴァー、エヴェナー、アルドゥイン!”(なんだ、その溜息は! 我を誰だと思っている! 我はヴィントゥルース! アルドゥインを除けば、ドラゴンの中でも最強のドラゴンなのだぞ!)

 

「最強にしては、随分とマヌケな絵面だけどな……」

 

 自称最強に一番近いドラゴン(笑)の醜態に、健人は失笑を浮かべる。

 傍で二人の会話を聞いていたカシト達も含み笑いを漏らしており、先程までヴィントゥルースに怯えていたソフィもいつの間にか恐怖を忘れ、何を言ったらいいか分からない微妙な表情を浮かべていた。

 

“ガー! オンド、ズー、ムル! エール、ドゥー、ヴァーリン! スゥ、ガハ、デューン!”(ええい! なら見せてやる! 誓約を破る事になっても知らんぞ! スゥ、ガハ、デューン!)

 

「ちょ、お前! ファス、ロゥ、ダーー!」

 

 自らの醜態に顔を真っ赤にしたヴィントゥルースが、ヤケクソ気味に“激しき力”を唱え、風の刃で自分の体に圧し掛かっていた木々を雪もろとも吹き飛ばす。

 勢いよく飛び散った木片や雪を健人が慌てて“揺ぎ無き力”で吹き飛ばしている間に、ヴィントゥルースは空中へと飛翔。

 翼をはためかせ、空中でホバリングしながら健人達を見下ろす。

 

“ドヴァーキン、ヒン、クァナール、ダール、アーン、クリフ、ヌズ、ジンド、ラ゛ート、クリフ!”(ドヴァーキン、今回は我の負けだが、次こそは我が勝つ! その時まで首を洗って待っていろ!)

 

 負け惜しみを吐き捨てながら、ヴィントゥルースはストーンヒル山脈のむこうへと飛び去っていく。

 

「やれやれ、最後はまた捨て台詞か……。三人とも大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

「お兄ちゃん、あのドラゴン、何を言っていたの?」

 

「うん? 次は俺が勝つって……」

 

「…………」

 

 抱き着いてくるソフィの指が、ギュッと強く健人の外套を掴んだ。

 その瞳に映る不安の色を優しく解くように、健人は再びゆっくりとソフィの頭を撫でる。

 いつの間にか太陽はストーンヒルの峰に消え、星々とオーロラが天を覆い始める。

 目的地であるモーサルへは、あと少しだった。

 

 




次回はもう一度健人サイドの予定です。
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