【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お待たせしました! 今回は再び健人サイドです。




第五話 称号授与

 馬車に乗ってウインドヘルムからペイルホールドを抜けてハイヤルマーチホールドへと入った健人達は、ようやく目的地に到着した。

 今彼らがいるのは、ハイヤルマーチホールドの首都、モーサル。

 相変わらず霧に包まれている幽玄な街を丘の上から一望してから、健人はふと分厚い雲に覆われた空を見上げた。

 

「ケント、どうかしたの?」

 

「いや、ちょっとヴィントゥルースの事が気になっていてな」

 

「あのドラゴン? 何が気になるの? 確かにストーンヒル山脈からここに来るまでに襲ってくる頻度は減ったけど、それでも健人を倒すの、諦めてないみたいだよ?」

 

「いやまあ、そうなんだけど……」

 

 ストーンヒル山脈からモーサルに来るまで約二週間。ヴィントゥルースは二回ほど襲撃を掛けてきた。

 だが、その頻度は最初の一週間と比べればはるかに少ない。

 確かに旅をしている中で襲われるのは気が休まらないから良いのだが、正直、健人はストーンヒル山脈でヴィントゥルースと会話した時の様子が頭に引っ掛かっていた。

 健人がヴィントゥルースに「何を求めているのか?」という質問をしてから、かのドラゴンが見せた、彼らしくない様子。

 ブツブツと何かを呟きながら、彫像のように固まりながらも、数秒後には何事もなかったかのように振る舞っていたヴィントゥルースの様子が、健人に違和感を抱かせていた。

 その時、健人は不意に身についていた外套が横から引っ張られるのを感じた。

 健人が隣に目を向けると、モーサルの街並みを見つめながら不安そうな表情を浮かべたソフィが、ギュッと健人の外套を掴んでいる。

 彼女は見慣れない風景と人達に、緊張しているのだろう。見知らぬ土地に来たのだから無理もない。

 健人はヴィントゥルースの事を一旦頭の片隅に置いて、ソフィの緊張を解そうと、その頭を優しく撫でる。

 彼女の髪はまだ少しごわつくが、初めて出会った時よりも幾分か艶を取り戻しているように見える。

 子供には少し厳しい旅ではあったが、馬車を使えたし、食料は十分確保できた。

旅の中でも毎日お腹いっぱい食べられたことで栄養状態が改善されたことが、ソフィの体調が良くなってきた一番の理由だった。

 

「大丈夫、ここの首長はちょっと変な人だけど、悪い人じゃないから」

 

「……うん」

 

 健人に撫でられ、少し緊張が解けたソフィが小さく頷く。

 何度か彼女の頭を撫でていた健人だが、やがて彼女の背を押し、カシトとリディアを伴って、首長の邸宅に向かう。

 首長の邸宅であるフルムーン邸の前には二人の衛兵が門番をしており、彼らは近づいてくる健人達の姿を確かめると、道を遮るように立ちはだかる。

 

「待て、ここは首長の館だ。お前たちは一体何の用で……って、ケント殿!?」

 

 訪問者が誰なのか確かめようと声かけてきた門番は、健人の顔を確かめると、その兜の奥の目を見開き、驚きの声を上げた。

 健人はこの街の襲撃を目論んでいた吸血鬼を倒し、その企みを阻止した英雄として名が通っている。

 また、吸血鬼を倒した後の宴で催しとして行われた腕試しでも、街の男達を相手に無双していた。

 故に、彼ら門番も健人の顔をしっかり覚えている。

 

「どうも、首長はいます?」

 

「はっ! 邸宅内で執務を行っております」

 

「会えますか?」

 

「話を通してきますので、少しお待ちを。おい!」

 

 健人の対応をしていた門番が、もう一人の門番に目配せすると、彼は首長の館、フルムーン邸の中へと大急ぎで駆けこんでいった。

 しばらくの間、健人達が待っていると、フルムーン邸の扉がギィ……と音を立てて開き、一人の屈強なノルドが姿を現した。

 綺麗に切りそえられた豊かな髭と、腰に下げたメイス。そして、左手に盾を携えた戦士。

 彼は健人もよく知る人物であり、同時に戦友と呼べる人物だった。

 

「お久しぶりです、従士様」

 

 出てきたヴァルディマーが歓喜の笑みを浮かべながら、深々と臣下の礼をする。

 健人は相変わらず自分の事を“従士様”と呼んでくる彼の様子に苦笑を浮かべながら、少し困ったように頬を掻く。

 

「お久しぶりですヴァルディマーさん。俺、まだ従士じゃないですよ?」

 

 ヴァルディマー。

 吸血鬼モヴァルスと戦った際に共闘したノルドの戦士。

 ノルドの中では珍しい破壊魔法を使う人物であり、魔法と盾、メイスを巧みに使い分ける歴戦の戦士である。

 そして同時に、健人の忠誠を誓い、私兵となる事を宣誓した人物であった。

 当時は健人が従士になる事を固辞したために私兵とはならなかったが、それでも彼の忠誠は微塵も揺るがず、いつか健人がモーサルの従士になる時は、彼の私兵になる事を固く誓っていた。

 

「でも、こうして戻って来られたということは、そういう事なのでしょう?」

 

 まだ従士になっていないと言う健人に対し、ヴァルディマーもまた笑顔を崩さぬまま、確かめるような言葉をかける。

 そして健人も、その言葉を否定しなかった。

 

「ええ、まあ……イドグロッド首長に会えますか?」

 

 健人がモーサルに来た理由。

 それは、先延ばししていた従士の称号を受け、スカイリムでの立場を確立させることだった。

 健人はソルスセイムではともかく、スカイリムでの確固たる立場がない。

 リータやデルフィンと別れている今、彼女たちを探しに行くにしろ、情報を手に入れるにしろ、何らかの立場、権威が必要となる場面が出てくる可能性は大いにある。

 その為には、以前に棚上げしていた従士の称号を受ける事が、最も手っ取り早かった。

 とはいえ、ウィンドヘルムのように明らかに色々と制約が多くなりそうなホールドで従士になると、後々色々と不都合も出てくる可能性があった。

 その点、モーサルの微妙な立場はケントには好都合だった。

 ハイヤルマーチは、一応帝国サイドの陣営であるが、湿地帯が多いハイヤルマーチは元々大規模な軍隊が進軍するには向かない土地であり、攻めるにも守るにも向いていない。

 その為に内乱では帝国、ストームクローク双方に緩衝地帯とされており、交通の要衝であるホワイトランほど戦略的な価値は高くなく、逆の意味で結果的に中立に近い立場になっている。

 

「はい、話は通っております。どうぞ……」

 

 嬉しそうに口元に笑みを浮かべたまま、恭しく礼を見せたヴァルディマーが健人達を邸宅の中へ案内する。

 謁見の部屋に置かれた玉座には、老齢な女性の首長が、訪れた健人達を見て笑みを浮かべていた。

 

「お久しぶりです。イドグロッド首長」

 

「おやおや、誰かと思えば、モーサルの英雄じゃないか。久しぶりだね~。今日はどうしたんだい? それにカジートと……これはまぁ、随分可愛い娘達を連れてるじゃないか」

 

「私の親友と仲間、それから妹です。ウィンドヘルムで引き取ったんです」

 

 ポンポンとソフィの背を叩いて促すと、彼女は緊張した様子で、イドグロッド首長にぺこりと頭を下げた。

 イドグロッドも初々しいソフィの様子に、好々爺のように頬を緩ませて玉座から腰を上げると、優しげな笑顔を浮かべてソフィに近づいて孫にするように、その頭を何度かゆっくりと撫でた。

 

「ウィンドヘルムの方だけど、そっちはなんだか大変なことになったっんだって?」

 

「ええ、ドラゴンに襲われました。一応、解決していますけど」

 

「一応、ねえ。それで、私に会いに来た目的は何だい?」

 

 本題を話すように促し始めたイドグロッドを前に、健人は今一度、大きく深呼吸をしてから、神妙な口調でモーサルに戻ってきた目的を話し始めた。

 

「以前お預けしていた従士の件、お受けしようと思いまして……」

 

 預けていた従士の称号を受けたいという健人の言葉に、イドグロッドの瞳が興味深そうに細められる。

 

「ほう……。今受けるということは、何か理由があるんだろう?」

 

「ええ、少し……いえ、それなりの立場を得る必要が出たんです。それから、土地と家も必要になったので」

 

「それは、ウインドヘルムでの件も絡んでくるのかい?」

 

「……ええ」

 

「正直だね。でも悪いことじゃあないよ。聞かせなさい」

 

 ソフィを撫でていた手を引っ込め、イドグロッドは玉座に戻って深々と腰を掛けると、詳しい話をするよう健人に促す。

 口元に意味深な笑みを浮かべながら、イドグロッド首長はトントンと玉座のひじ掛けを叩く。

 見透かされているような視線を正面から向けられながらも、健人もまた表情を変えないまま、イドグロッドの視線を受け止めていた。

 数秒の空白。その後に健人は、ゆっくりと口を開く。

 

「自分は、ドラゴンボーンです。今代のドラゴンボーンと言われるリータ・ティグナとは別の」

 

 健人がドラゴンボーンであるという話を聞いた瞬間、イドグロッド首長の深い皺が刻まれた瞼が一瞬大きく見開かれ、続いて健人を射抜くように細められる。

 イドグロッドの護衛達にいたっては、自分の耳に入って来た言葉が信じられなかったのか、驚きの表情で硬直していた。

 

「ふん、なるほど。アンタがウインドヘルムから来たって知ってもしやと思っていたけど、あの街で大暴れしたのはアンタだったんだね。

それから、少し変な話も聞いたんだよ。アンタ、ドラゴンを見逃したんだって?」

 

「ええ……」

 

 一拍置いて、得心がいったというように息を吐いたイドグロッドが、玉座の背もたれに深々と身を預け、天井を見上げる。

 どうやら彼女は、健人が当事者であるとは知らなかったものの、ウィンドヘルムで誰かがドラゴン相手に大暴れした事は知っているようだった。

 さらに彼女は、健人がウィンドヘルムで行った事、すなわち、ドラゴンを倒しながらも逃した事も知っていた。

 イドグロッドは健人がドラゴンを見逃した事に思うところがあるのか、先程までの好々爺の笑みを一切排し、呆れとも警戒とも取れる無表情で健人の瞳を覗き込んでいる。

 

「なるほど、ずいぶん恨まれただろうねぇ。なんで逃がしたんだい?」

 

 嘘は許さない。

 そのような強い命令を言葉の裏に隠しながら、イドグロッドが健人にドラゴンを逃がした真意を問い質してくる。

 健人もまた、イドグロッドの恫喝にも似た厳しい視線から一切目を逸らさぬまま、胸を張って己の意思を示す。

 

「機会が必要だからです」

 

「機会?」

 

「はい、ドラゴンは確かに復活しました。でも、人間達も、もう支配されるだけの弱者ではないです。ドラゴンはその辺りを理解していません。特に、アルドゥインに蘇らされたドラゴンは、未だに力で支配してきた自分達の所業の結末を受け入れられていない」

 

 悠久の時を生きるドラゴンの時間感覚は、千年を生きるエルフと比べてもはるかに歩みが遅い。

 百年足らずで生を終える人間とは比べることもできない程、彼らはあらゆる感性の変化が遅いのだ。

 故に、遥か昔に力と欲に囚われ、自らの時代が終わったことを受け入れられていない。

 特にアルドゥインに復活させられたドラゴンはその傾向が顕著だ。

 

「同時に、人間もドラゴンを理解していません。ドラゴンは確かに傲慢で、不死身の肉体と魂を持ち、人間とは比較にならない力を持っていますが、完璧でもなければ完全でもない。自分達と変わらず、ちょっとした出会いに喜び、別れに悲しみ、言葉を交わせる存在です」

 

 だが、人間に問題がないのかと言われれば、そんな事は無い。

 ドラゴンは悪である、という固定概念があるのは確かだが、言葉が通じるドラゴンも存在する事を知る者はほぼいない。

 人もまた、古から続く因縁と無知の中で、目を曇らせている。

 相手の事を知ろうとしないまま刃を振り上げれば、後は報復の連鎖が続き、再び太古の悲惨な竜戦争が勃発することになる。

 そして、今度こそ、ドラゴンと人の、互いが滅びるまで殺しあう殲滅戦争になるだろう。

 

「それは、ドラゴンを一蹴できる人間のセリフだね。普通の人間には、そんな風には考えられないよ」

 

 だが、重ねられたイドグロッドの言葉が、健人の言葉を遮る。

 同時に、鋭い眼光の中に殺気にも似た強烈な覇気が込められ始める。

 たとえ年老いたとしても、彼女は此処ハイヤルマーチを守ると誓った首長……王である。

 だからこそ、例え街の恩人でも、ハイヤルマーチに害を及ぼしかねない存在を受け入れることはできない。

 

「そうですね。この世界の、今の時代を生きる普通の人間にはそうかもしれません。だから、時間が必要なんです」

 

「その時間も、一年二年じゃないね。少なくとも私の曾孫達はおろか、玄孫の世代でも難しいことは間違いない」

 

「そうですね。でも、何もしなかったら可能性すら生まれません」

 

 健人自身、自分だけでこの世界に根づくドラゴンと人間の確執を取り切れると思えるほど、傲慢ではない。

 そして、怒りの感情を否定する気もないし、否定する資格もない。

 そもそも、健人自身がドラゴンボーンとしての力を覚醒させた時も、怒りをきっかけとしている。

 そして、その怒りから焦り、取り返しのつかない事態を引き起こした経験すらある。

 ただ、例え否定されても、世界がどうしようもないほど怨嗟と怒りに染まっているのだとしても、声を張り上げずにはいられないのだ。

 ほんの僅かでも、灯った可能性の灯を消したくないのだ。

 

「それは、アンタの我儘だね」

 

「はい、俺の我儘です」

 

 だから、例え我儘だと言い切られても、健人はイドグロッドの声を否定せず、己の意思も曲げない。

 彼自身の答えは既に、あの雪と灰に包まれた島で見出していた。

 そして、胸の内に秘めた熱が、震える魂が、叫び続けている。

 理不尽な世界に負けるな、と。

 ウルフリックと比べても遜色ない程の覇気を帯びた眼光に突き刺されながらも、健人は声に己の意思を込めて、正面から槍のような視線を受け止める。

 

「……そうかい、それを聞いた上で、私の答えを言おう」

 

 そんな健人の姿に、イドグロッドはフッ……と何かを悟ったように発していた覇気を収め、深々と息を吐いてから数秒間瞑目すると、その表情に先ほどまで湛えていた穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ようこそ、我らの英雄。モーサルは、新たな従士の誕生を祝おう」

 

 そして、彼女は健人を正式に、モーサルの従士として認め、受け入れることを宣言した。

 健人の後ろで気を張っていたカシトやリディアの口から安堵の息が漏れる。

 

「ケント、首長の権利により、アンタをモーサルの従士に任命する。記章となる武器と私兵、そして土地を買う権利を与えよう」

 

「ありがとうございます。私兵は……」

 

「もちろん、ヴァルディマーさ。問題ないね?」

 

「はい、こちらからお願いしたいくらいです」

 

 健人が後ろに振り返ってヴァルディマーに目を向ければ、壮年のノルドの戦士が、かつてのように最上級の礼を健人にしていた。

 

「そうかい、それじゃあ決まりだね」

 

「ありがとうございます。早速なんですけど、土地と家が欲しいのです。出来るなら、街から離れた場所が」

 

 従士として認められた健人は、さっそくイドグロッドに土地と家に関して聞いてみた。

 壊れた黒の書の事もあり、人里から離れた拠点を手に入れることも、健人がモーサルに来た目的の一つだったからだ。

 

「ふむ、分かった。確か、適した土地がモーサルの北にあったはずだ。用意させておこう」

 

「ありがとうございます。これが土地と家の代金になります」

 

 どうやら幸いなことに、健人の目的に適した土地がモーサルにはあるらしい。

 健人はさっそく、用意していた袋を取り出し、イドグロッドに手渡す。

 

「随分沢山のゴールドだねぇ。それに宝石も……。どこでこれだけの資金を?」

 

「ウィンドヘルムのドラゴン騒動での謝礼、それからレイブン・ロックに家があったんですけど、そこを売り払ったお金です。それから鉱山の採掘権とかがありまして……」

 

「レイブン・ロック鉱山? あそこは枯渇したんじゃないか?」

 

「最近、また新しい鉱脈が見つかったんです。その鉱脈を見つける際に少々騒動になりまして、それを収めた時に、鉱山の採掘をしているレドラン家から採掘に関する全権を渡されてしまって……」

 

 ウィンドヘルムでのドラゴン騒動を治めた際には、ウルフリックから公式にそれなりの謝礼を貰ったし、レイブン・ロックのセヴェリン邸を売り払った資金もあった。

 今の健人は以前と違い小金持ちだったりするが、実は現金や宝石などの貴金属以外にも、ちょっとした価値のある“もの”を所有している。

 それが、レイブン・ロック鉱山の採掘権である。

 鉱山自体はレドラン家が有しているものだが、新たな黒壇の鉱脈を発見したのは健人である。

 故に、健人にも新たな鉱脈の所有権があり、その権利を、鉱山を治めるモーヴァイン評議員が採掘権という形で渡していたのだ。

 

「自分はレイブン・ロックに留まれないので、さすがに辞退しようとしたのですが、権利は持ったまま、裁量権をレドラン家に預けるかわりに定期的にゴールドを貰えることになって……」

 

 額としては採掘量に応じて月に数百から千ゴールド前後。それを毎年恵雨の月に纏めて、現金、書面、又は手形という形で貰えることになっている。

 

「へえ……」

 

 金の匂いがする話を聞いたためか、イドグロッドの視線が再び覇気を纏い始める。

 健人はその覇気の色が何となくお金色をしているような気がした。

 モーサルは産業に乏しく、寂れているから、統治している首長としてはこの手の商売の話には興味をそそられるのだろう。

 とはいえ、変な言質を取られると累が及んで面倒な交渉を任される可能性がある。

 健人は下手な約束事を結ばされる前に予防線を張ることにした。

 

「首長、便宜を図れとか無理ですよ? 俺はあくまで功労者の一人でしかないんですから」

 

「でも、レドラン家とパイプがあるんだろう? ダンマーの五大家の中でも屈指の石頭なあのレドラン家に」

 

「ええっと、まあ……」

 

 グイグイと玉座から身を乗り出しているイドグロッドに、健人は冷や汗を浮かべた。

 健人が張ろうとした予防線を分かった上で、これ見よがしにレドラン家を強調して、しっかり無視している。

 現に、レドラン家はダンマー五大家の中でも最も保守的な大家であり、他種族に対しては本来最も排他的である。

 そんな家の評議員直々に、家と土地を与えられる程認められたとなれば、例え金銭の話抜きにしても興味をそそられるのも無理はない。

 

「後、テルヴァンニ家ともね~~」

 

「カシト……」

 

 さらに後ろにいたカシトから、余計な一言まで加えられた。

 ダンマーは同じ大家に属する者同士の繋がりが非常に強いため、同じ種族間でも他の大家と友好的な関係を結ぶことはそう無い。

 少なくとも、大家間での謀略や暗殺を数千年単位で繰り返している間柄だ。

 また、テルヴァンニ家はそもそも他の大家と比較しても、どこか斜め上を走る勢力である。

 魔法研究を行っていただけあり、モロウウィンドだけでなくタムリエルの中でも太古からの魔法研究の権威であるが、同時に研究に傾倒しすぎて頭のネジが二、三本外れたような者達が多い大家であった。

 マスターウィザードが“あの”ネロスであるということだけでお察しだが、当然ながら、他の大家からは、どの家よりも距離を置かれている。

 保守的な大家と変人集団の大家、双方から認められているなど、異例中の異例である。

 同時に、イドグロッドもそんなテルヴァンニ家の風評は聞いているのか、お金色に染まっていた視線に少しずつ懐疑的な色が混じり始める。

 イドグロッドとしては興味ついでにお金になるような話を聞ければ御の字だったのだが、話は妙な方向に走り始めていたからだ。

 

「いいじゃん、ネロスからテルヴァンニ家のローブも貰ったんだし、間違いじゃないでしょ?」

 

「ケント、一体何やったんだい?」

 

 ネロスからテルヴァンニ家のローブを貰った。

 カシトからこの話を聞いたイドグロッドの顔が興味に満ちたものから、一気に胡散臭いもの、もしくは奇妙奇天烈で理解できない存在を見るようなものに変わった。

 

「ええっと、レドラン家の評議員を襲ったモラグ・トングを討伐したり、テルヴァンニ家のネロスっていうマスターウィザードから色々無理難題言いつけられたり……」

 

 健人が指を折りながら数え始めた話を聞きながら、イドグロッドは心の奥底で、我がホールドの新しい従士は何してきたのかと、本気で悩み始めた。

 彼がこのモーサルから旅立ってから、まだ一年も経っていない。

 ソルスセイムへの渡航に要した時間を考えれば、あまりにも濃すぎる話である。

 いくら健人がドラゴンボーンだとしても、ちょっとあり得ない程のトラブル襲撃頻度だった。

 

「ケント、いっそ全部話したら? 史上最初のドラゴンボーンの事とかスコールの事とかハルメアス・モラの事とか」

 

「え、ええ? 本気で言ってるのか?」

 

「そのくらい言わないと、多分説得力無いんじゃないかな?」

 

 さらに追い打ちをかけるように、カシトの口からちょっと信じられない単語が出てきた。

 話によっては、周知されている歴史が覆るような話が。

 

「……アンタ、本当に何やってたんだい?」

 

 とりあえず、場を繋ごうとイドグロッドが口にした声は、先程健人との問答で見せていた覇気とは比べ物にならない程力なく、投げやりなものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、健人からソルスセイムで経験してきたことを一通り聞いたイドグロッドの心境は、戸惑いが一周回って爽快なものになっていた。

 

「ククク……面白いじゃないか。いいね、英雄っていうは、その位破天荒な方がいい」

 

「破天荒って……酷くないですか?」

 

「デイドラロードの一柱を倒しておいて何を言ってるんだい。私が知る限り、そんな事をやらかした定命の者は、長いタムリエルの歴史の中でも片手の数もいないよ。

 私達ノルドが羨むような冒険をしてきたみたいじゃないか~」

 

 イドグロッドは健人の話を信じたようだが、彼女の後ろで話を聞いていた護衛達は、未だに健人の話を受け止め切れていない様子で、何とも言えない微妙な表情を浮かべている。

 健人も彼らの気持ちは理解できるために、努めて彼らの方は見ないようにしながら話を続ける。

 

「あの邪神の相手をした身としては本当に勘弁なんですけど……。まあ、街から離れた場所に家が欲しい理由はそれです。ちょっと厄介な危険物を押し付けられまして……」

 

 健人は身に纏っていた外套を少し開け、腰に収めた黒い表紙の本をチラリとイドグロッドに見せた。

 

「……黒の書かい」

 

「正確には、壊れた黒の書です。機能不全を起こしているので、どうにも自分以外が開くと奇妙な文を示すだけになってしまって……」

 

 壊れた黒の書。

 ハルメアス・モラが創造したアーティファクトの成れの果てであり、同時に健人の話が本当であるという確固たる証拠である。

 明確な物的証拠を目にし、困惑していた首長たちの護衛はついに心の許容量が満杯になったのか、頭を押さえてその場に蹲ってしまった。

 

「ちなみに、アンタが開くとどうなるんだい?」

 

「自分が知りたい事が書き出されます」

 

「ハルメアス・モラからの干渉は?」

 

「今のところありません」

 

「なるほど、それがハルメアス・モラからの報酬という事かい。いや、ケントに壊されて自分では使えなくなったから、褒美にあげたというところか?

 どちらにしろ、魔術師が聞いたら目の色を変えそうだ。ファリオンには黙っていた方がいいかもね。

 まあ、聞いた感じだと、アンタ以外じゃ使えない代物みたいだから問題なさそうだけど」

 

 デイドラアーティファクトを持つ人間を受け入れるというのは、普通の人間なら躊躇するだろう。

 しかし、ハイヤルマーチの首長たるイドグロッドは一度健人を受け入れると決めた以上、黒の書のことを聞いても、約束を反故にする気は全くない様子だった。

 健人は黒の書の事を知っても変わらない首長の態度に内心安堵しつつ、もう一つ、聞かなければならない事を訪ねる。

 

「それで首長。話は変わりますが、もう一つ頼みたいことが……」

 

「ん? 何だい?」

 

「もう一人のドラゴンボーン、リータ・ティグナについて、情報はありませんか?」

 

「……一応、ケントはどの程度の情報を知っているのか聞いてもいいかい?」

 

「春になると同時にリーチホールドを出た、という事くらいですね」

 

「ふむ、私の知る限りだと、ドラゴンボーンはリーチを出た後に一度世界のノドを上り、その後イヴァルステッドから北に向かったらしい。行先は……生憎と掴めていないよ」

 

「そうですか……」

 

「他に情報の宛はあるのかい?」

 

「ウィンドヘルムのウルフリック首長から、リータに関する情報を得られる手はずになっています」

 

「そうかい。ストームクローク勢力下の情報は手に入るんだね。なら、帝国側の情報は私が集めよう。二つを合わせれば、スカイリム中を網羅できるはずさ」

 

「……ありがとうございます」

 

 とりあえずこれで、必要な話は全て終わった。

 健人はモーサルに来た最大の目的が恙なく終わったことに安心して、大きく息を吐く。

 

「ああ、そうだ。家を建てるなら街の製材所を訪ねるといい。色々他の道具も取り扱ってくれるし、アンタが頼めば手伝ってもくれるはずさ」

 

「重ね重ね、本当にありがとうございます。それでは……」

 

「いや、嬉しいのはこちらの方さ。君程の人物をモーサルに迎えられるんだからね。これから、よろしく頼むよ、ケント……」

 

「はい、よろしくお願いします。イドグロット首長」

 

 健人はイドグロッドと握手を交わすと、新たに自分の私兵となったヴァルディマーに向き直る。

 彼との出会いはモーサルにおける吸血鬼騒動に端を発するが、その事件が解決した時から、彼は健人の私兵になることを誓っていた。

 ヴァルディマーはようやく健人に仕えられる事に歓喜しているのか、健人に視線を向けられると、万感の想いを全身から溢れさせながら、己の主の前で膝をついて臣下の礼を取る。

 

「従士様、これからよろしくお願いします」

 

「ええ、よろしく、ヴァルディマーさん……いや、ヴァルディマーって呼び捨ての方がいいか?」

 

「御心のままに。我が力、我が命、全てでもって貴方に仕えます」

 

 健人は主として、ヴァルディマーの忠誠を受けると、立つように促し、そのままカシト達を伴ってフルムーン邸を後にした。

 

「とりあえず、製材所に行って、家を建ててもらうよう頼もう。家が建つまでは……宿屋暮らしかな?」

 

「そうだね、とりあえず、今日は宿屋に泊まろうか」

 

 日はまだ高いが、スカイリムでも北に位置する上、霧がかかりやすいモーサルの夜は暗くなるのが早い。

 製材所に話を通すのは明日にして、今日はとりあえず宿をとることを優先した。

 宿は当然、健人が修業時代に利用していた宿屋、ムーアサイドである。

 

「そういえば、あの事件の後、モーサルの皆はどう?」

 

 ソフィ達と一緒に宿屋へと向かいながら、健人はヴァルディマーに自分がいなかった間のモーサルについて尋ねてみた。

 

「例の吸血鬼の一件で利用されていたフロガーですが、今でも製材所で働いています。同じ製材所のソンニールが、かなり気を使っているみたいです。やはり、同じ事件で家族を亡くしている事が二人の連帯をより強くしているようです」

 

 モヴァルスが自分の配下であるアルバを送り込み、モーサルを乗っ取ろうとしていた事件は、下手をすればこの静かな街が死者の街になりかねなかった大きな災いであった。

 その中で、微妙な立場に立たされていたのがフロガーであった。

 フロガーはアルバに魅了の魔法で操られて、彼女の棺を守る番人をやらされていたが、アルバが死亡したことで魔法から解放された。

 しかし、操られていたとはいえ吸血鬼に加担していたことは間違いないため、事件解決直後、健人はフロガーが街を出て行くかもしれないと思っていた。

 だが、同じ事件で妻を亡くしたソンニールが彼を気にかけることで、街の人達も徐々にフロガーの境遇を受け入れてくれるようになったらしい。

 健人はとりあえず、あの事件の当事者が今でもこの街で暮らしていけていることに、少しだけ安堵した。

 

「そういえばケント様、最近、宿屋の吟遊詩人であるルーブクが新しい歌を披露するようになったのですが、ウィンドヘルムを襲ったドラゴンを退けた英雄の歌だそうです」

 

「……え゛」

 

 だが、続けてヴァルディマーの口から述べられた言葉に、健人は思わず変な声を漏らした。

 ウィンドヘルムを襲ったドラゴンを退けた英雄。心当たりがありすぎる。

 というか、先程イドグロッドとの話にも出てきたばっかりのネタである。

 健人が思わずヴァルディマーの顔に目を向ければ、彼はこれ以上ないほど歓喜に満ちた笑みを浮かべている。

 どうやらこの私兵、主が称えられることが嬉しくて仕方ないようだ。

 

「へえ~。つまり、ケントを讃えた歌ってこと? 良いね! 早速聞きに行こうよ!」

 

「楽しみですね。いい酒が飲めそうです」

 

「……楽しみ」

 

 ウィンドヘルムでヴィントゥルースを退けた英雄の歌など、健人は聞いたことはない。

 当然だ。その歌が出回る前に、健人はウィンドヘルムを発って、ずっと旅をしていたのだから。

 健人達がこの街に到着する前に歌が出回っていることを考えれば、ヴィントゥルース襲撃後、直ぐにウィンドヘルムを旅立った誰かから話を聞いたのだろう。

 現にイドグロッドもウィンドヘルムがドラゴンに襲われた事は知っていたから、他の人も知っていてもおかしくない。

 だが、健人がその話を聞きたいかと言われれば、彼は思いっきり首を横に振って拒否するだろう。

 ドラゴンボーンとして覚醒しても、彼の感性は日本の一般人のそれを色濃く残しているからだ。

 

「……そうか、カシト、俺は今日野宿するから、後はよろし……」

 

 今日は自分だけ野宿にしよう。

 心の中でそう決めた健人が踵を返そうとするが、その前に後ろに回ったカシトに掴み掛られた。

 

「そんなこと言わずに聞きに行こうよ!」

 

 カシトは楽しげに髭をヒクヒク動かしながら、背中に抱き着いて体重をかけてくる。

 彼としても親友が褒められるのは嬉しいのだろうが、健人としては御免被りたかった。

 

「止めろバカ! 吟遊詩人の過美過飾な讃美歌なんて、とても恥ずかしくて聞いてられるか! どんな羞恥プレイだよ!」

 

「ええ~? ケント、こんなに早く歌になっているって事は、それだけスゴイ事したってことなんだよ? それに、どんな歌か聞いてみなきゃ分からないじゃない」

 

「分かる! 絶対分かる! ごくごく普通の日本人のはずの俺が八頭身の銀髪の貴公子とか白馬の王子様とかに変えられて絶体絶命のお姫様を助けるとか、そんな感じで歌われるんだ!

 ついでにキザッたらしいセリフでドラゴンに挑んで、その後助けた姫様と結婚の約束を交わしたとか、“必ずあなたの元に戻ってきて幸せにします”とか、そんな根も葉もない事を言ったことにされてる! 絶対そうに決まってる!」

 

「な、なんかやけに具体的だね……」

 

 即興で歌の内容まで詳細に予想してきた健人の言葉に、カシトも思わず眉をヒクつかせる。

 一方、映画や小説などの娯楽の豊富な日本で生きていた健人としては、頭の中で王道どころか使われすぎて胸焼けするか、あまりにピンク一色な内容でもはやネタにしかならないような話を予想していた。

 もしルーブクの歌が本当にこんな感じの歌だったら、健人は恥ずかしさから悶死する自信があった。

 そもそも、お姫様ということは、父親はあのウルフリックということになるが、そもそも彼に後継者とかいただろうか?

 予想だにしていなかった非常事態に、健人も思考があちこちに飛び始めている。

 

「まあ、外見とかの文言はともかくとして、絶体絶命のお姫様を助けたのは間違ってないよね?」

 

「……え?」

 

「ほら」

 

「…………」

 

 カシトが指さした先には、モジモジと恥ずかしそうに体を揺らしながらも、嬉しそうに顔を赤らめているソフィがいた。

 

「助けられたお姫様」

 

「いや、その……うん。まあ、確かに助けたけど……じゃない! 本題はそこじゃない! こっぱずかしい物語なんて聞いていられないって言っているんだ! そんな歌を聞くくらいなら、ヴィントゥルースと一晩中殴り合っていた方がマシだ!」

 

 顔を赤面させているソフィから無理やり視線を逸らしながら、健人は抵抗を続ける。

 確かに助けたのは本当だし、家族にはなったが、そもそも結婚という話は微塵も出ていない。

 

「むぅ……」

 

 一方のソフィは兄の抵抗を見て、先程の赤ら顔から一変。不満そうに頬を膨らませている。

 どうやら、健人の抵抗がお気に召さない様子だった。

 

「ケント、随分と感覚がズレてきたよね。そこまで嫌なのか……なら、仕方ないよね」

 

「そうか分かって……何でリディアさんとヴァルディマーが俺の両手を掴むんだ?」

 

 良かった、解放される。

 健人がそう思えたのも束の間、健人の動きをさらに封じるように、リディアとヴァルディマーがその腕を掴んできた。

 三人は互いに視線を合わせると、皆一様に心得たというように頷いている。

 

「このまま皆で宿まで連行していこう。ケントのこんな面白そうな反応、見逃す理由はないよ~?」

 

「カシト、お前……! リディアさん、その手を放してください!」

 

「ああ、すみませんケント殿。ケント殿を守ると誓った身ですが、体が勝手に~~」

 

「また酒でもやってんのか! ヴァルディマー、最初の命令だ! その手を離せ!」

 

「すみません、従士様。これも仲間となる方々を知るには必要だと思いますし、モーサル以外での従士様の活躍を知るいい機会ですので、ご容赦ください」

 

「う、裏切り者~~~! ソフィ、助けてくれ!」

 

「……お兄ちゃんも一緒に行く」

 

 最後の希望も、兄の懇願をきっちり聞いた上でしっかり無視したソフィに砕かれた。

 親友に背中から組み付かれ、私兵達に両脇を固められ、妹に外套の裾を掴まれながら、健人は引きずられるようにムーアサイドへ連れていかれた。

 この後、健人は重低音とラヴいうオプションまで付けられた上で、他人が脚色しまくって原型を無くした英雄譚を無理やり聞かされ、幽玄の街に撃沈した。

 その横では猫獣人がどこかから話を聞きつけた首長と一緒に笑い転げ、姉の従者と健人の私兵は感動しながら蜂蜜酒を煽っていたらしい。

 ちなみに、肝心の妹様は歌に使われている詩には大変ご満悦だったが、肝心の歌の音調には終始不満気だった。

 

 




健人、正式にモーサルの従士になりました。当時に家と私兵をゲット。
家はこれから建てていくことになりますが、小説としては、次はリータサイドの戻る予定です。

追記
9月25日
今話の最初に付け加えることがあったのを忘れていたので、書き足しておきました。

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