【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第八話 ホワイトランでの別れ

 アルヴォアの家で一晩泊めてもらった健人達は、翌日の早朝にリバーウッド村を発った。

 ハドバルとしてもアルヴォアとしても、一刻も早くドラゴン復活の報をホワイトランの首長に届ける必要があったからだ。

 ドラゴンの姿を見たという話は、リバーウッド村でも噂として流れ始めていた。

 まだ信じていない人の方が圧倒的に多いが、現実として襲われてからでは遅すぎる。

 リバーウッド村を出発した健人達は、村の北側に架かる橋を渡り、一路ホワイトランを目指す。

 そして川に沿って北上し、滝に面した街道を下っているときに、狼の群れに襲撃された。

 

「ガウウ!」

 

「ぐっ! この!」

 

 跳びかかってきた狼の身体を盾で受け止め、同時に剣を突き出す。

 突き出した剣の切っ先は狼の脇腹へと吸い込まれ、上手い具合に肋骨の隙間を通って内臓に突き刺さる。

 

「ギャン!」

 

 悲鳴を上げた狼が暴れるが、健人はそのまま盾越しに狼にのしかかり、全体重をかけて剣を押し込む。

 狼は必死に抜け出そうと暴れるが、その抵抗が逆に内臓をさらに傷つけ、致命傷となる。

 抵抗していた狼の動きが弱まり、完全に動かなくなると、健人はゆっくりと体を起こし、剣を引き抜いた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 荒い息を吐きながら周りを見ると、他の狼はすでに掃討されていた。

 首や胴体を切り落とされ、眉間を射貫かれた狼の死体が散乱している。

 倒したのは、ハドバルとカシトが4匹ずつ、ドルマとリータが3匹ずつだ。

 4人とも特に息を乱した様子はなく、淡々としている。

 帝国軍兵として訓練を受け、戦士として優れたハドバルは当然として、やはりドルマとリータもまた、ノルドとして誇れるだけの技量をもっていた。

 意外だったのが、普段お調子者で屈強さとは無縁のよう見えるカシトが、ハドバルと同じくらいの数の狼を倒していることだった。

 帝国軍の革の鎧をまとい、両手に武骨な短剣を持ったカシトはカジート特有の敏捷な動きで、狼達を手早く処理していた。

 

「ケント、大丈夫?」

 

「あ、ああ、大丈夫だよ……」

 

 心配そうな表情を浮かべたリータが、健人の顔を覗き込んでくる。

 昨日まで明らかに憔悴した様子を見せていたリータだが、今では昨日程動揺した様子は見せていない。

 内に秘めた悲壮感を押し殺しているのだろうが、それでも狼相手に見事に立ち回る彼女の姿は、現代日本人よりもはるかに死が身近にあるノルド達の逞しさを健人に感じさせた。

 同時に、リータが健人に向けている愁いを帯びた視線に、彼は何とも言えない口惜しさを覚えていた。

 自分が残った家族を守りたいとは思っても、今の自分は到底誰かを守れるような存在ではない。逆に誰かに守られなければ、生きていけない弱々しい存在であると、見せつけられているような気がしたからだ。

 一方、彼女の幼馴染のドルマは、ケントに対しては相変わらずどこか忌避しているような視線を向けてくる。

 その変わらない視線に健人はさらに気持ちが沈みそうになるが、皮肉に満ちた言葉を口にしてこないだけマシだと思い直す。

 

「見えてきたぞ、ホワイトランだ」

 

 ハドバルの声に、健人は視線を上げた。

 広い平原の真ん中にポツンと存在する山塊。霧がかったその山肌に、重なり合うように建てられた建物が一大都市を形成していた。

 山の頂には大きな城が築かれており、雲の衣と日の光を浴びて輝いている。

 

「あれが、ホワイトラン……」

 

 まるでおとぎ話に出てくる天空の城を思わせる景観に、健人はため息を漏らす。

 スカイリム最大の交易都市、ホワイトラン。その地はもうすぐそこだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホワイトランは周囲を石壁と断崖で囲まれた天然の要害であり、都市内部に入るには正門を通るしかない。

 平野に広がる穀倉地帯を抜けて、厩の前を通り、石造りの街道を進む。

 健人とハドバルたちが正門にたどり着くと、黄土色のキュイラスを身にまとった衛兵が立っている。

 ホワイトランの衛兵は健人達に気づくと、小走りに近づいてきて声を張り上げた。

 

「止まれ! 街はドラゴン共の接近により閉鎖中だ。公用以外では通せない」

 

 高圧的な口調の衛兵。その声色には、明らかに緊張した気配が混じっていた。

 どうやらこの都市でも、ドラゴンの姿は目撃されていたらしい。

 衛兵の前にハドバルが出る。

 衛兵は帝国軍の鎧を纏ったハドバルとカシト、そして彼らの後ろに控える健人たち一瞥すると、鋼鉄の兜から覗く瞳を細めた。

 

「私は帝国軍の兵士だ。ヘルゲンでドラゴンの襲撃を受け、街が壊滅した。リバーウッドも首長の助けを求めている。この危険を一刻も早く多くの民に知らせるべきだと判断し、ここに参った次第だ。首長へお目通り願いたい」

 

「後ろの少年たちは?」

 

「ヘルゲンの生き残りだ。あの町は壊滅してしまったため、ここに連れてきた。せめて彼らだけでも街に入れてほしい」

 

「ふむ……。隊長に話してみる。少し待て」

 

 そう言って、衛兵は門の横の小扉の奥に消える。

 しばらくすると衛兵は隊長と思われる壮年の男性を連れて戻ってきた。

 衛兵隊長は健人たちの姿を認めると、あからさまな溜息を吐いて髪を掻く。

 若干頭が禿げ上がっているのは、彼の気苦労の多さゆえか、それとも年齢ゆえか。

 どうやらここでは、帝国兵であるハドバルたちだけでなく、健人たちも歓迎されていないらしい。

 

「私がこのホワイトランの衛兵を束ねるカイウス隊長だ。報告は聞いた。首長に謁見したいそうだな」

 

 衛兵隊長は気を持ち直すように姿勢を正すと、威厳を示すように胸を張ってハドバルの前に出る。

 

「事が事だけに、事態は緊急を要するようだ。ホワイトランに入ることを許可する。ついてきたまえ」

 

 とりあえずは都市内に入ること“は”許す。

 しかし、隊長自ら衛兵を率いて案内するところを見ると、万全の態勢で監視はするということなのだろう。

 帝国軍とストームクロークの戦争において、実質的にほぼ中立の立場を保持しているホワイトランとしては当然の対処だ。

 

「カイウス殿、この少年たちは……」

 

 ハドバルの言葉に、カイウスの視線が、再びケント達に向けられる。

 その視線には、相変わらず忌避するような色が見受けられた。

 

「その少年たちはホワイトランに身寄りがいるのか?」

 

「いえ、2人の少年は孤児ですし、少女の両親もヘルゲンで……」

 

 忌避するような視線の中に、健人達を探るような色が混じる。

 カイウス隊長にとっては、健人達のような親類縁者のいない難民を都市内に受け入れることは、治安維持の上で避けたいのだろう。

 もしくは、スパイである可能性を疑っているのかもしれない。

 ジッと向けられる視線に、健人はごくりと唾を飲む。

 ほかの二人もいい気分ではないのか、リータはモジモジと髪の毛をいじり、ドルマに至ってはあからさまにカイウスを睨み返していた。

 しかし、それも数秒。やがてカイウス隊長の視線から、探るような色が消える。

 

「そうか。なら、キナレス聖堂へ案内する。そこでしばらく生活して、職を探してもらうことになるが、それでいいか?」

 

 カイウス隊長からの言葉に、リータ、ドルマ、健人の3人は顔を見合わせると、了承するように頷く。

 

「わかった。仕事に関しては商店街にある宿屋のバナード・メアに行ってみるといい」

 

「ありがとうございます」

 

「「あ、ありがとうございます!」」

 

 カイウスの話では、キナレス聖堂ならとりあえず寝床は借りられるらしい。

 健人はその言葉に、胸を撫で下ろした。

 場合によっては都市外に放り出されることも覚悟していたのだ。それだけでなく、一時の住処すら提供してくれるなら、これ以上のことはない。

 ハドバルに続き、健人とリータの口からも自然とお礼の言葉が出た。

 ドルマも感謝の思いはあるのか、カイウス隊長に向かって、小さく頭を下げている。

 

「だが、そこのカジートはだめだ。悪いが、門の外で待っていてもらう」

 

「……え?」

 

 唐突なカイウスの言葉に、健人は思わず目を見開いた。

 

「あ、あの、どうしてですか?」

 

「カジートは麻薬の密売人である可能性が高い。街に入れるわけにはいかん」

 

「だ、だけど……」

 

 偏見に寄ったカイウス隊長の言葉に、健人は納得いかないといった様子で食いつく。

 健人はカシトの気質や性格を知っている。

 彼は確かのお調子者だし、色々と悪だくみをすることもあるが、決して人道に反するようなことをする人物ではない。

 

「ケント、おいらのことはいいよ」

 

「バカ! 良いわけないだろ!」

 

「ケントは知らないみたいだけど、スカイリムではカジートの扱いなんてこんなもんさ。慣れてるから大丈夫だよ」

 

「慣れているとかそういう問題じゃ……」

 

「下手なことを言ったら、ケントも締め出されるよ? おいらは帝国兵だ。ずっとこの都市にいるわけにいかない。でも健人は、しばらくここで暮らしていかなきゃいけないだろ?」

 

「でも、だからって……」

 

「いいから、ほらほら」

 

 カシトは気にするなと言うように、健人の背中を押して先を急がせる。

 健人はまだ納得できていない様子だが、一方のカシトは軽い口調の中にも有無を言わせない態度だった。

 その時、カイウスに声をかける人間がいた。

 カシトと同じ帝国軍兵士である、ハドバルだった。

 

「カイウス隊長、彼は私の部下で、ドラゴンを間近で目撃した人物です。それに、ヘルゲンで生き残っている実力者だ。スクーマを売る密売人とは違う」

 

「……ふむ、貴殿がそういうならいいだろう」

 

 ハドバルの言葉に納得したのか、カイウス隊長は報告に来た衛兵とハドバルたちを連れて、門をくぐる。

 石造りの門の先には、賑やかな街並みが続いていた。

 正門の横には鍛冶屋と思われる火床を備えた家と、通りを挟んで反対側には衛兵の詰め所。

 中央を通る大通りには、両脇を埋めるように二階建ての家が立ち並び、通りの奥には商店街と思われる喧騒が響いていた。

 

「なんだか、賑やかだね」

 

「ここはスカイリムでも最も交易が盛んな都市だ。今はドラゴンの接近で門を閉じてはいるが、それでも戦火は届いていないし、私達が守っている」

 

 そう言うカイウスの言葉には、自信と誇りに満ちていた。

 自分達がこのスカイリム最大都市の守護者であるという自負があるのだろう。

 実際、立ち並ぶ家々の規模も、商人の喧騒も、ヘルゲンとは比べ物にならないほど大きかった。

 カイウスに連れられて通りに沿って歩いていくと、ただでさえ耳に響いていた喧騒がさらに大きくなっていく。

 

「ここが商店街だ。正面に見える宿屋がさっき言ったバナード・メアだ。横にあるのは薬屋と雑貨屋。

 露店も多い。大概のものはここで手に入るだろう」

 

 円形の広場に沿って多くの露店が軒を連ね、商人達が威勢のいい声を張り上げながら、並べた商品を売っている。

 人通りも多く、皆それぞれが目的の品を吟味し、露店の主と熾烈な値切り交渉を繰り広げていた。

 

「新鮮な野菜と果物があるよ! 見ていておくれ!」

 

「今日獲ったばかりの鹿肉だ! 新鮮でうまいよ!」

 

 健人にはその光景が、どことなく故郷である日本の縁日を思わせた。

 しかし、ノルドの気風だろうか。

 日本の縁日のように、喧噪のなかに静謐さを漂わせるようなものはなく、ただただ生命力にあふれている。

 健人達が通ってきた道と広場を挟んで反対側。雑多な人ごみの隙間から、二階建てで一際大きな建物が見える。カイウスの言っていた、宿屋バナード・メアだ。

 カイウスは健人達を連れたまま、広場の外側を回るように足を進める。

 健人達は人ごみに飲まれそうになりながらも、何とかカイウスの後についていく。

 戦争の只中にある都市とは思えない、活気あふれる光景。帝国軍が常駐していたヘルゲンとは違う、のびのびと解放感に包まれた街並み。

 人々の熱気に中てられたのか、健人はついついあちこちの露店に、チラチラと目を向けてしまう。

 それはリータやドルマも同じだった。

 完全におのぼりさんである。

 そうこうしている内に、健人達は雑貨屋、薬屋の前を通り、宿屋バナード・メアの前へ。

 宿屋の中からは昼間だというのに多くの飲み客がいるのか、雑多で陽気な声が響いていた。

 宿屋の前を通り、広場の一角にある階段を上ると、再び円形の広場が目に飛び込んできた。

 広場の中心には一際大きな大樹がそびえ立ち、広場の周りを装飾が施された木製の柱と曲材が囲んでいる。

 大樹から伸びた枝は広場を覆い尽くさんばかりに広がり、四方に伸びた枝が広場全体を覆っていた。

 その偉容に、リータたちの口から感嘆の声が漏れる。

 

「うわぁ……」

 

「すごい大きな樹……」

 

「この樹はギルダーグリーンっていう樹で、カイネの祝福を受けたとされる大樹だ。詳しいことはわからんが、一年を通して花や葉が落ちることはない不思議な樹さ」

 

 カイウスのいう通り、ギルダーグリーンの大樹にはところどころにピンクの花が咲いている。

 なんとなく桜や梅を髣髴とさせる花であるが、植物学に明るくない健人には、それがどんな種類の木であるかはわからない。

 だが、少なくとも杉や松といった針葉樹林ではなく、温暖で水の豊富な地域に植生する落葉広葉樹のように見える。

 少なくとも、寒冷なスカイリムで、人が何の手も入れないにもかかわらず、樹が葉や花を保ち続けられるとは考えにくい。大抵の落葉樹は、寒くなると耐冷のために寒冷に弱い葉や、受粉のための花を落とすからだ。

 特に花は植物にとっては子孫を増やすために必要不可欠な生殖器官だが、同時に膨大なエネルギーを消費する器官でもある。

 そんな花を一年中咲かせ続けることができるなど、普通は考えられない。

 

「ねえリータ、カイネってなに?」

 

「九大神の一人、キナレスの事よ。天候、風を司る天空の神さま。私達ノルドはカイネって呼んでいるの。この街にキナレス聖堂があるのも、きっとこの樹が関係しているのね」

 

 キナレスという名前には、健人も聞き覚えがあった。タムリエル大陸で信仰される九大神の一柱。天候と風を司る天空の神だ。

 この世界においても、神々という上位存在の信仰はある。

 だが、現代の地球と違うのは、その神々の力がおおっぴらに顕現する事件が何度もあり、現実の存在として人々に認知されているという点だろう。

 この世界の魔法と呼ばれる超常の技も、神々の世界から地上に降り注ぐ力を使っているらしい。

 もっとも、健人自身はこの世界に来てから生きることに必死で、魔法について調べるような余裕はなく、詳細は全く分からないが。

 

「カイネがキナレスであることを知らないって、どんな田舎者だ? 見たところ、ノルドでもレッドガードでもインペリアルでもない。ブレトンとも違うみたいだが……」

 

「えっと……、その……痛っ!」

 

「…………」

 

 レッドガードは地球における黒人を連想させる肌が黒い人種で、ブレトンは人間とエルフの血が混じった人種である。

 しかし、日本人である健人の外観は、レッドガードのような黒い肌でもなく、背丈もそれほど高くはない。

 顔だちはブレトンに似ているところもあるが、彼らの肌は健人よりももっと白く、凹凸もはっきりとしている。

 さらには、ダークエルフを思わせる黒髪の持ち主ときている。

 思わぬところをカイウスに指摘され、思わず言葉に詰まる健人。そんな彼の脇腹を、傍にいたドルマが肘で小突く。

 下手に睨まれるような発言をしたからだろう、ドルマの瞳から、戒めるような厳しい視線が健人に向けられていた。

 健人は思わず肩を落とし、縮こまってしまう。

 

「……はあ、田舎者があちこち気になるのはわかるが、大人しくついてこい」

 

 先頭を歩いていたカイウスが、呆れたようにため息を漏らす。

 幸か不幸か、あまりにも無知で不用意な健人の言動は、カイウスの中で健人が密偵である可能性をさらに下げる結果となった。

 とはいえ、一般常識も知らない無学で厄介な存在とは映ったようである。

 そうこうしている内に、一行は公園を抜けてひときわ大きな建物の前にたどり着いた。

 

「ここがキナレス聖堂だ。ここで少し待っていろ」

 

 カイウスが中に入ってしばらくすると、彼は地味な茶色のガウンと黄土色の頭巾に身を包んだ壮年の女性が姿を現した。

 

「初めまして、このキナレス聖堂の司祭、ダニカです」

 

 恭しく挨拶をするダニカ司祭。

 神に仕える司祭らしく、控えめで穏やかな口調が特徴的な、礼儀正しい女性だった。

 

「リータです」

 

「ドルマだ」

 

「け、健人です」

 

 これからお世話になる人だけに、第一印象が大事だ。

 緊張した面持ちで、健人たちはダニカに挨拶する。

 一方、彼らの挨拶を受けたダニカは、微笑みを口元に浮かべたまま、どことなく憂いを帯びた表情を浮かべた。

 

「お話はカイウス隊長から聞きました。故郷をなくされたそうで……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ダリカの言葉に、リータたちは深い悲しみに満ちた表情を浮かべて下を向いた。

 

「今は内乱の影響でここでも大したことはできないかもしれませんが、しばらくゆっくり過ごして、英気を養ってください。大丈夫、明けない夜はないのですから」

 

「……ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 改めて頭を下げる健人。日本人特有の仕草にダニカは首を傾げるが、感謝の思いは十分伝わったのか、すぐに笑みを浮かべる。

 

「さて、次はハドバル殿だな。ついてきてくれ。首長の所へ案内しよう」

 

 事は一つ片付いた。そう言うように、カイウスがハドバルを促す。

 ハドバルはカイウスの言葉に頷くと、健人達に向き直る。

 

「……ここでお別れだな」

 

 そう、ハドバルとはここでお別れ。

 帝国兵であるハドバルにはしなければならないことがある。

 一刻も早くソリチュードへ赴き、ドラゴン復活という危機をスカイリム中に広めなければならないのだ。

 

「ハドバルさん、ここまでありがとうございました」

 

「本当に、お世話になりました」

 

 ドルマとリータが一歩前に踏み出し、ハドバルに礼を言う。

 健人もまた深々と頭を下げ、命の恩人に対しての感謝を示す。

 リータに至っては感極まっているのか、鼻をすすっていてうまく言葉が出てこない様子だ。目には今にも零れそうなほど涙が溜まっている。

 

「気にするな。俺は俺の責務を果たそうとしただけだ」

 

 口元に笑みを浮かべながら軽い調子で手を振るハドバル。しかし、その口調からはどこか達成感と安堵が窺えた。

 ただ、そのホッとした表情の中にも僅かな影が差している。

 帝国兵としての職責を完全に全うできなかったことへの後悔と、一握りでも守るべき命を助けられたことへの感謝が混ぜこぜになった、複雑な表情だった。

 しかし、その瞳には自分のすべきことを見据えた強い光がある。

 

「ケント、ちょっといいか?」

 

「は、はい……」

 

「ハドバル殿、あまり時間は……」

 

「大丈夫。すぐに終わります」

 

 先を促してくるカイウスにハドバルが少し待ったをかけると、彼は改めて健人に向き合う。

 一人の戦士として凛と立つハドバルの視線に、健人は思わず息をのんだ。

 

「いいかケント、すべての戦士の力は心で決まる。だが、その力を制するのは思考だ」

 

 ハドバルが右手を挙げ、拳でトンと健人の胸を叩いた。

 健人の脳裏に、ヘルゲンを脱出した時のことが思い出される。

 

「お前は戦士としては力が足りないが、制するための思考は優れている。腕力や技術は後からでも手に入れられるが、心はそうではない。戦士になれる者となれない者との間には、心に厳格な差が存在する」

 

「ハドバルさん……」

 

「ケント、家族を守りたいのなら、心を……魂を震わせろ。その魂の輝きが、己の強さを決める」

 

 ハドバルに叩かれた胸の奥から、じんわりと熱がこみ上げてくる。

 その熱に、健人は自分の無力感が少し、和らいだような気がした。

 

「それじゃあ元気でな。また会った時は、蜂蜜酒で乾杯といこう」

 

「その時は、俺が奢りますよ」

 

 この力強い瞳の戦士に、健人達は助けられた。

 改めて自分達の恩人の持つ強さを胸に刻みながら健人は今一度、心からの礼を言う。

 背を向けて歩きはじめたハドバルの次に声をかけてきたのはカシトだった。

 

「ケント、ここでお別れだね」

 

「カシトも行くのか?」

 

「正直に言えば、帝国軍に残っていたらドラゴンと戦わされるから、ごめんなんだけどね」

 

 カシトも、ヘルゲンを襲ってきたドラゴンのことは相当トラウマなのか、耳と尻尾をペタンと垂らし、憂鬱そうに呟いた。

 

「おいら自身、帝国に対する忠誠心はないし、ただその日の食い扶持をどうにかしようとしていただけだっただけど、今逃げ出して、後々脱走兵扱いされるのも御免だからね」

 

 健人としては何とも言えないカシトのセリフに、後ろにいたハドバルから厳しい視線が向けられる。

 ハドバルから向けられた視線に、カシトは“しまった!”と言うように、全身をブルリと震わせた。

 帝国兵であるハドバルが近くにいるところで、忠誠心はないとか言ってしまうあたり、相変わらず口が緩い男である。

 カシトは誤魔化すように、フシュフシュと鼻息を鳴らすと、改めて健人と向き合う。

 

「ケント、オイラはケントに会えて嬉しかったよ」

 

「俺はいろいろと迷惑かけられた記憶しかないけどな~」

 

 互いに言わずとも笑み浮かべるカシトと健人。

 カシトがアストンの宿屋でただ働きしている時、彼のサポートを任された健人だが、その間に健人はかなりカシトに振り回された。

 元々独自の習慣で生活しているカジートだが、カシト本人の奔放さと口の軽さにより、数々のトラブルを巻き起こしてくれた。

 酔っぱらって気の大きくなったノルドに軽口を漏らして絡まれたり、厨房から料理や酒を運ぶ際に我慢できずにつまみ食い。

 さらに繁忙期の夜に客の賭け事にいつの間にかちゃっかり参加していたり、客の酒を届けるごとに杯の中を少しづつ飲んだ結果、へべれけになってフラつき、暖炉の火が尻尾の毛に着火。

 あわやカシト本人が宿屋ごと火だるまになりかける始末。

 その度に健人がフォローに入っていた。

 

「ケントも知っているかもしれないけど、カジートはスカイリムではどこでも歓迎されないんだ。そんな俺に、健人は普通にしてくれた。とても……嬉しかったよ」

 

「カシト……」

 

「それじゃあね!」

 

 健人が感慨に耽っているうちに、カシトはさっさと別れを告げて行ってしまう。

 相変わらず落ち着きのない行動。

 健人はこんな時でも変わらないカシトにため息を漏らしつつも、どこか寂寥を帯びた目で、二人の背中を見つめていた。

 


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