【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
ブラックリーチの大空洞に、轟音が響く。
幻想的なランタンから飛び出してきたドラゴンは、床石を砕きながら地面に着地すると、憎悪に満ちた目で大空洞を見上げている。
そして、まるでブラックリーチに残った全ての塔を倒壊させるのではと思えるほどの声量で、再び咆哮を轟かせた。
その狂声に驚いたのか、遺跡のあちこちからファルメル達が姿を現す。
「グァルゥウ!」
跳び出してきたファルメル達は、自分達の拠点の真ん中に突如として出現したドラゴンに慌てふためきながらも、各々が得物を引き抜いて、巨大な獣に戦いを挑み始めた。
ファルメル達はドラゴンを囲み、奇抜な形の剣や斧を叩きつけ、炎や雷を撃ち込んでいく。
だが、打ち込む刃も、炸裂する魔法も、ヴェルスリョルの強靭な鱗に傷一つ付ける事は出来ない。
伝説級のドラゴンの前には、ファルメル達の抵抗など蟷螂の斧に過ぎなかった。
“グオオオオオオオオ”
ファルメル達の抵抗を前に、ヴェルスリョルが反撃に出る。
巨大な翼で群がるファルメル達を吹き飛ばし、しなやかな尾で轢殺し、強靭な顎で噛み殺す。
一瞬で、十を超えるファルメルの命が刈り取られた。
バラバラにされていくファルメルの中には、シャドウマスターやウォーモンガーなど、ファルメルの中でも特に高位の者達も数多く混ざっている。
その全てを、ドラゴンは塵芥のごとく粉砕し、包囲を食い破っていく。
「おい、とんでもない事になったが、どうするんだ!」
暴れ回るドラゴンの姿を、リータ達は塔の陰に隠れて覗いていた。
「……エズバーン、あのドラゴンは?」
「分からん。スカイヘブン洞窟にあったブレイズの資料には、あのようなドラゴンは記されていない。
だが、鱗の色や戦う様子を見る限り、極めて高位のドラゴンであることは間違いないだろうな……」
エズバーンの推測の通り、このドラゴンは、かつて非常に強大な力を誇ったドラゴンだった。
その名を、ヴェルスリョル。
闇、大君主、炎の名を持ち、ドラゴンの位階としてはウィンドヘルムを襲ったヴィントゥルースと同等の、伝説のドラゴンである。
「出現した時の様子を見る限り、ドゥーマーに捕えられていたのを、あの男が解き放ったようだが……」
エズバーンが見上げる塔の玉座。
そこでは、この事態を引き起こした魔法使いが、恍惚とした表情で眼下の惨劇を見下ろしている。
彼の傍にいるファルメルも、仲間達が虐殺されていく光景を目の当たりにしても、全く動揺が見られない。
明らかに、何らかの術で操られている様子が見て取れた。
「あの男、確かセプティマスとか言ったかしら? 一体何が目的なの……」
「知らねえよ。よく分からねえ道具を渡してきて、星霜の書の知識を持ってこいとか言っていたが、あいつ自身が此処に来るなんて聞いてねえ!」
「おまけに、ファルメルを従えているようだ。様子を見る限り、強力な魅了の魔法を使っているみたいだな」
「ドラゴンボーン、どうするの?」
リータ自身、何故ここにセプティマスが来たのかは皆目見当がつかなかったが、現状において、あのイカれた魔法使いがドラゴンを蘇らせたことは変わりない。
リータは一拍だけ深呼吸をすると、玉座の前に立つセプティマスを、底冷えするような瞳で睨みつけた。
「……ドラゴンは殺す。セプティマスは問い詰める。ドラゴンとは私が戦うから、デルフィン達はセプティマスを捕まえて」
ファルメルは敵である。だがドラゴンは、“殲滅すべき敵”である。
前者は襲ってこないなら放置してもいいが、後者は必ず殺さなければならない。
彼女の言葉に、デルフィンとエズバーンは黙って頷いた。
「リータ、俺もドラゴンと……」
「要らない。ドルマもセプティマスの方に行って」
そんな中、ドルマが自分もドラゴンと戦うと声を上げるが、リータは彼の提案を一蹴。独りでドラゴンと相対すると言い切った。
「だが……待て、リータ!」
尚もドルマがリータに詰め寄ろうとする。
だが、彼が次の言葉を口にする前に、リータは素早く物陰から駆け出し、ヴェルスリョル目掛けて駆け出して行った。
その視線には、既にドルマもデルフィンもファルメル達も見えていない。
ただ一直線に、己が憎む仇敵だけを見据えていた。
「行くわよ。あのドラゴンはドラゴンボーンに任せなさい。どの道、あのセプティマスとか言う男は放置できないわ」
「っ、くそ!」
タイミングを逸したドルマは、しかたなくデルフィン達と共に、セプティマスがいる塔の入口へと向かう。
一方、ヴァルスリヨルへ向かっていったリータは、全身鎧を纏っているとは思えないほどの速度で距離を詰めると、現在進行形でファルメルを虐殺しているドラゴンの横っ面めがけて、黒檀の両手斧を叩き込んだ。
「はああああ!」
“グオオッ!?”
頬に走った衝撃に、ヴェルスリョルの体がよろける。
ファルメル・ウォーモンガーさえ防具ごと両断するリータの一撃だが、彼女の烈撃はヴェルスリョルの鱗を何枚か弾き飛ばしただけで、その下にある皮膚を断つことはできなかった。
「っ! なんて硬さ……」
腕に返ってきた衝撃に、リータは臍を噛む。
チラリと横目で、今しがた打ち込んだ刃に視線を落とす。
今まで数多くのドラゴンを屠ってきた黒檀の両手斧。その強靭な刃が、僅かに欠けていた。
「時間は掛けられない……」
“グオオオオオオオオ!”
よろめいたヴェルスリョルが体勢を立て直し、横槍を入れてきた闖入者を噛み砕かんと首を伸ばしてくる。
リータは後方に跳躍して、ヴェルスリョルの牙を躱す。
「斧だけじゃ届かないなら!」
リータは携えていた両手斧を左手で持ち直し、肩に担ぐように構えると、腰の黒檀の片手剣を引き抜いた。黒と銀の刃紋を抱く鋭利な曲剣が、姿を現す。
“オオオオオオオオ!”
ヴェルスリョルが瞳を憎悪一色に染めながら、地を蹴った。長い年月でヒビ割れた白い床石を粉砕しながら、リータめがけて突進してくる。
突っ込んでくる巨躯を前に、リータは腹に力を入れた。
舌を震わせ、脳裏に力の言葉を思い浮かべながら、真言を解き放つ。
「ファス、ロゥ、ダーーーー!」
放たれた衝撃波が、床石を捲りあげながら、ヴェルスリョルを迎撃する。
正面から激突した竜と衝撃波。
リータの放った揺ぎ無き力はヴェルスリョルの突進を押し止め、逆にその巨躯を後ろへと押しやる。
“グウウゥウ!”
憎悪しか宿していなかったヴェルスリョルの瞳に、僅かに驚きの色が差した。
「はああああああ!」
相手の意識に一瞬入り込んだ空白、その隙に、リータは刃を振るった。
左手で担いだ両手斧の柄の端を握り、遠心力を目一杯掛けながら薙ぎ払う。
ドラゴンの右側頭部に勢いをつけて打ち込まれた両手斧が、硬質な鱗を弾き飛ばす。
黒檀製の刃が欠け、弾き飛ばした鱗と共に舞い散る中、リータは振り抜いた両手斧の勢いを利用して、体を回転。右手の黒檀の片手剣を、今しがた弾き飛ばした鱗の隙間めがけて薙ぎ払う。
吸い込まれるように鱗の隙間に侵入した黒檀の刃が、ヴェルスリョルの皮膚と肉を深々と切り裂いた。
「ギャアウウウウウ!」
「ヨル……トゥ、シューーール!」
痛みに体躯を仰け反らせながら、ヴェルスリョルの悲鳴が木霊する。
続けてリータは、ファイアブレスを発動。至近距離で放たれた炎の吐息が、黒のドラゴンを包み込む。
視界一杯に広がる、灼熱の壁。
だが、リータはこの程度で、ドラゴンを屠れるとは思っていない。
これはあくまで布石。
ファイアブレスで相手の視界を奪ったリータは、この隙に左手の両手斧を体に引きつけ、腰だめに構える。
「ウルド、ナー……」
黒檀の両手斧の穂先には、鋭い突起である、槍部が付けられている。
その鋭利な刃で喉元を貫いてやろうと、リータは旋風の疾走を唱え始めた。
リータが持つ両手斧はハルバートと呼ばれる類の物であり、その武骨で粗野な外観とは裏腹に、非常に応用性に富んだ武具である。
ハルバートは、叩き切るための斧部、引っ掛けるための鉤部を持ち、さらに先端に鋭い槍部を持つ。
斧部で叩き切るだけでなく、鉤部で引っ掻けて相手の体勢を崩したり、槍部で刺突するなど、常に変化する戦場で、柔軟な使い方が出来る武具なのだ。
だが、リータが旋風の疾走を発動する前に、立ち昇る炎の渦から、黒色の巨体が飛び出してきた。
「っ!?」
旋風の疾走を唱えようとしていたリータは、慌てて両手斧と片手剣を交差させ、盾のように翳す。
黒のドラゴンは突進しながら首をしならせると、頭突きの要領で己の額をリータに叩きつけてきた。
ヴァルスリヨルがとリータが、正面から激突する。
次の瞬間、ミキミキ……と耳障りな音が響き、黒檀の両手斧と片手剣の柄を介して、リータの全身に強烈な衝撃が走った。
「ぐっ、あああ!」
苦悶の声を上げながら、リータの体が吹き飛ばされる。
鎧越しに地面に何度も叩き付けられながらも、彼女は痛みに耐えて、体勢を立て直す。
「っ、やってくれる!」
跳ねるように勢い良く立ち上がりながら、再び両手斧と片手剣を構えるドラゴンボーン。
追撃を警戒し、己の内からスゥームを引き出そうとする。
だが、立ち上がった彼女は自身を弾き飛ばしたドラゴンの姿に、思わず目を見開いた。
“グウウ、グァウ、グェウ……”
「何、一体……」
リータを吹き飛ばしたヴェルスリョルが、まるで喉に骨が引っ掛かった獣のように、えずいている。
不規則に首を振り、もどかしそうに身体を揺らしながら、何かを求めるように、リータを見つめている。
先程まで憎悪一色に染まっていた瞳。そこにはいつの間にか、強烈な渇望の色が浮き出ていた。
“グゥアウ、グァウ、グゥアウ……”
まるで切実な思いを訴えるように、言葉にならない音を漏らし続けるヴァルスリヨル。
その姿に、リータは戸惑いを隠せなかった。
明らかに、このドラゴンは、リータに何かを語り掛けようとしていた。
だが、かの竜の舌は一言もシャウトを紡ぐことが出来なかった。彼はスゥームを、ドラゴンをドラゴン足らしめていた真言を、完全に失っていたのだ。
かつて、ヴェルスリョルと同じように、言葉を失ったドラゴンが居た。
ヌーミネックス。古代の上級王、隻眼のオラフによって捕えられたドラゴン。
彼は長きにわたる監禁生活の中で言葉を忘却し、ついには自分の名前すら思い出せなくなっていた。
孤独は、ドラゴンすらも殺す。
そして、ヴェルスリョルは遥かな昔にドワーフに囚われたドラゴンであり、彼が牢獄に閉じ込められていた時間は、ヌーミネックスよりも遥かに長かった。
彼が言葉を忘却してしまうのも、無理もない。
“オオゥウ、ォアウ、ガルウュ……”
耳障りな濁音が、ヴェルスリョルの喉から洩れ続ける。
喉に穴を開けられたような声にならない声に、リータは思わず言葉を失い、張りつめていた戦意が緩んでしまう。
“グウウウ……オオオオオオオオオオオオ!”
言葉を思い出すことが出来ないもどかしさに苛立ったのか、ヴェルスリョルが一際大きな咆哮を響かせ、飛び立った。
首を振りまわし、悲鳴にも似た叫びをあげながら、言葉を忘れたドラゴンは滅茶苦茶に飛び回る。
自分を閉じ込めていたランタンを叩き落とし、ドゥーマーの城の外壁を打ち壊し、大空洞の天井に激突して岩をまき散らしながら、ヴェルスリョルは暴れ続ける。
その様を見上げながら、リータは思わずこう思ってしまった。
あまりにも、哀れである……と。
その考えに、リータは思わず茫然とした。ドラゴンを哀れむなど、あり得ない考えだからだ。
「何を考えているの。ドラゴンに気を割いたって、戦いの邪魔にしかならないのに……」
ドラゴンは下劣で、卑怯で、破壊しかもたらさない獣である。
彼女の心の奥底にこびり付いたその考えが、リータに目の前のドラゴンを殺すよう囁いてくる。
あれは化け物。あんな様になったもの、きっとあのドラゴンの自業自得に違いないと。
だが、蠱惑的な声に耳を傾けても、凍らせたはずの彼女の心は、キリキリと軋み続ける。
そして、彼女が僅かな迷いに囚われている間に、かのドラゴンの視線は、熟考の間の塔の最上部に向けられていた。
彼の目に映っているのは、玉座。かつて、ヴェルスリョルを閉じ込めたであろうドゥーマーの王が座っていたと思われる場所。
そこでは、ファルメル達と戦うドルマ達と、奇妙な書を広げて叫んでいるセプティマスの姿がある。
そして、セプティマスが掲げている書から、閃光が迸り始めた。
己を閉じ込めた者達の玉座を目の当たりにして、ヴェルスリョルの瞳に再び憎悪の炎が宿る。
「っ、いけない! 逃げて!」
リータが悲鳴を上げたその瞬間、ヴェルスリョルは一直線に玉座目掛けて飛び込んでいった。
リータがヴェルスリョルと戦闘を開始した頃、ドルマ達はセプティマス達がいる塔へと足を踏み入れていた。
中には他のファルメルや奴隷などの気配はなく、閑散とした廃墟が広がっている。
「急ぐわよ」
「……ああ、わかってるさ!」
懊悩を振り払うように、荒々しい返事をデルフィンに返しながら、ドルマは一路、塔の上層へと向かう。
開けられていたゲートを通り、人気のない通路を突き進み続け、昇降機に辿り着くと、すぐさま昇降機を作動させ、一気に搭の最上部を目指す。
「こういう時、ドワーフの設備は便利ね。態々階段を駆け上がらなくて済むんだから」
デルフィンが軽口を叩く間も、塔の外からはズシン、ズシン、というドラゴンが暴れる轟音と、リータが叫ぶスゥームが聞こえてくる。
外で行われている戦いの気配に、ドルマは焦れたようにトントン……と、上昇し続ける床石を足のつま先で叩いていた。
「落ちつくといい。あのドラゴンボーンが簡単にやられるとは思えん。戦いの音がまだ響いているということは、まだ彼女は無事だという事だ」
「分かっている……!」
エズバーンの忠告も、リータの身を案じるドルマにはあまり効果がない。
あの時、健人がドラゴンボーンであり、ハルメアス・モラと関りがあると知ってから、彼とリータの間には少しずつ溝ができ始めている。
そして、その邪心に魅入られた魔法使いが、このような場で再び姿を現し、ドラゴンを復活させた。
その事実が、ドルマにどうしようもない程、嫌な予感を抱かせる。
何か、取り返しのつかないことが起こり始めているのではないか。その予感が、頭にこびりついて離れない。
だが、いくら考えても、いったい何が目的でセプティマスがブラックリーチに現れたのか、見当もつかなかった。
ドルマが答えの出ない疑問に頭を悩ませている間に、無情にも昇降機は塔の最上部へと近づいていた。
「着くわよ。ドルマ、考え事なら後にしなさい。残念だけど、あの魔法使いがいる場所はかなり開けている。隠れる場所はないでしょうね。奇襲は不可能だろうから、速攻で行くわよ」
「……くそ!」
頭にこびり付く懊悩を無理やり思考の奥底へと追いやり、ドルマは両手剣を構える。
彼の隣では、エズバーンと彼の召喚した炎の精霊が、両手に炎塊を作り出していた。
「行くわよ……今!」
昇降機が止まったと同時に、デルフィンが扉を蹴り開け、ドルマと共に駆け出す。
飛び出した先はL字型の通路になっており、通路の先は屋上の玉座へと続いていた。
「ギギギッ!?」
通路で待機していたファルメルは二体。
速攻でデルフィンとドルマが駆け寄り、悲鳴を上げる暇も与えず斬り捨てる。
三人と一体はそのままL字通路を駆け抜け、玉座の間へと跳び出す。
「エズバーン!」
「ああ!」
「むっ!」
昇降機の稼働音が外にも聞こえていたのか、ドルマ達が外に出たと同時に、セプティマスの瞳が侵入してきた三人を捉える。
セプティマスとファルメル達が動く前に、エズバーンと炎の精霊が先手を取った。
一気にデルフィンとドルマの前に出て、両手に携えた炎塊を撃ち放つ。
エクスプロージョン。
精鋭クラスの破壊魔法は一直線に飛翔し、セプティマスを囲むファルメル群の側面に着弾。
その内に秘めた熱量を開放し、複数のファルメルをまとめて吹き飛ばす。
「二人とも、今だ!」
「おおお!」
「咎人ども、奴らを私に近づけさせるな!」
「ギャウ、ギャウ!」
魔法を放った一人と一体の側面を駆け抜けながら、デルフィンとドルマが肉薄すしようとする。
だが、デルフィン達が距離を詰め切る前に、残ったファルメル達が二人の進路を阻んできた。
その数、およそ十以上。
「くそ、詰め切れなかった!」
「不味いわね、早く押し切らないと、こっちが潰されるわ」
手近のファルメルを斬り捨てながら、何とか押し切ろうと奮闘するドルマとデルフィンだが、いかに二人が優れた使い手とはいえ、この玉座の間は狭すぎ、かつ相手の密度が高すぎた。
ファルメルは仲間が殺されることも構わず二人に殺到してくる。
さらに、倒れた仲間の死体すら盾に使い。数を頼りに二人を押し返し、塔から叩き落そうとしてくる。
この玉座の間には、手すりなどの落下防止のための設備が一切ない。
力勝負に負ければ、巨大な塔の最上部から落下する羽目になる。そうなれば、確実に死ぬことになるだろう。
エズバーンや炎の精霊も、前衛がファルメル達と接近しすぎていて、破壊魔法を使うことができない。下手に魔法を使えば、前線を支えているドルマとデルフィンが巻き沿いを食らい、前衛が崩壊。一気にファルメル達に押し切られてしまう。
「このままでは……うお!」
ズドン! ミキミキミキ……。
その時、彼らの傍で耳を突くような衝撃音が響いた。
続いて、彼らが闘っている玉座の間の傍を、巨大な影が風を巻き上げながら通過する。
錯乱したヴェルスリョルが、巨大ランタンに激突したのだ。
破壊された巨大ランタンは異音を上げ、ついには釣り上げている金具が破断し、落下。
轟音を上げながら床に激突し、砕けたガラス質を四方八方にまき散らす。
「咎人どもよ、その邪魔者達に私の邪魔をさせるな。私は私の神の啓示を全うし、深淵へと続く知識の明察への鍵を手に入れる資格を得るのだ!」
相も変わらず意味不明な言葉を叫びながら、セプティマスは先ほど巨大ランタンを叩き落したドラゴンに目を向けると、手にしていた異質な本を掲げた。
人皮を接ぎ合わせた拍子を持つそれは、深淵の邪神が書かせた異端の書、オグマ・インフィニウム。
セプティマスが掲げた書のページを開かれると、まばゆいばかりの光が放たれ始める。
「おお、神よ。今こそ啓示を果たします! 知識を! 私に神の心臓の知識を与えて下され! オブリビオンを超え、エセリウスを踏破し、全ての答えを得るための鍵を!」
読んだ者に望んだ知識を与える書であるそれは、セプティマスがハルメアス・モラから預けられた書ではあるが、彼はその書で、自らが望む知識を得られなかった。
この書が彼に渡されたのは、邪神の啓示を全うするためであり、知識はそれをこなした後の報酬であるからだ。
だから、セプティマスは何としても、この啓示を果たすと心に決めていた。
例えファルメルの心を操ろうが、彼らに捕らえられた哀れな人間が死のうが、ドラゴンが復活しようが構わない。
全ては、隠された知識のため、己の好奇心を満たすため。
“グオオオオオオオオオ!”
書から放たれる閃光に気付いたのか、ヴェルスリョルが玉座の目めがけて突っ込んでくる。
「我が神よ、知識を! 私に知……」
ハルメアス・モラに向かって懇願の祈りを叫び続けていたセプティマスを、ヴェルスリョルの巨躯が押しつぶす。
同時に、巨大な質量の突進で玉座の間が崩壊を始めた。
「ギャウ、ギャウギャウ!」
「やばい!」
ガラガラと足元が崩れていく中、ドルマとデルフィンは必死に脚を動かし、何とか通路の出口に駆け込むことができた。
逃げ遅れたファルメルの群れは、突っ込んできたヴェルスリョルごと落下。
かのドラゴンの巨躯と床石にサンドイッチにされ、全員がその命を絶たれる。
「大丈夫か!?」
「え、ええ、何とかね」
「っ、リータ」
息も絶え絶えといった様子のデルフィンが安堵の声を漏らす中、ドルマの視線は眼下に落ちたドラゴンに向けられている。
そこでは、体を起こすドラゴンに向かって駆けていく、幼馴染の姿があった。
リータは落下したヴェルスリョルに向かって駆けながら、己の不甲斐なさに唇を噛み締めていた。
ドラゴンに対して、躊躇をした。それが、彼女の苛立ちを掻き立てる。
一時の感情に惑わされたために追撃の手が緩み、危うくドルマ達が死ぬところだったのだ。
ドラゴンは殺すべき存在で、人類共通の絶対悪である。
殺さなくてはならない。これ以上、大切なものを奪われない為に。
怨敵であるドラゴンに思いつく限りの苦痛を与え、殺し、さらなる力を蓄える為にその知識を奪い取らなければならない。
そうしなくては、アルドウィンを倒せない。
(欲しい、力が。この迷いを殺す、絶対的な力が!)
大切なものを奪われる。その焦燥感に駆られた彼女は、自らの意思で、取り込んだドラゴン達の魂から知識を吸い上げ始める。
言葉は知っている。いつも、彼女の耳にその言葉は囁かれていた。
同時に、強烈な殺意が胸の奥からこみ上げ始めた。
引き出したシャウトに込められていた意思が、リータの意思に干渉し始めたのだ。
殺意という形で噴出したシャウトの意思は、リータの敵意と殺意と混ざり合いながら、まるで嵐のように荒れ狂う。
「……っ、ああああああああ!」
暴れ狂う怒りと破壊衝動。
人間とは思えないほど獣じみた咆哮を上げながら、怨嗟に満ちた視線がヴェルスリョルに向けられる。
そして、限界まで凝縮された“殺意”が放たれた。
「クリィ、ルン……アウス!」
死の標的。
殺す、搾取、苦痛の言葉で構築されたシャウト。
放たれたシャウトは薄紫色の波動となって、ヴェルスリョルに襲い掛かる。
叩きつけられた死の標的。そして苦痛をもたらすシャウトが、哀れなドラゴンに殺意の鎌を振り下ろし始めた。
初めに、ヴェルスリョルの竜麟が、ミシミシと異音を立てて崩れ始める。艶やかな黒の鱗が、まるで錆鉄のように色褪せ、剥げ落ちていく。
続いて、剥き出しになった皮膚の奥から血が滲み始める。
黒の巨躯は瞬く間に深紅の血に塗れ、ボタボタと腐り始めていた。
“グウウ……オオオオオオオオ!”
全身を蝕む激痛に、ヴェルスリョルの悲鳴が木霊する。
そして首を天に掲げて絶叫するかのドラゴンの首に、一つの影が突貫した。
「ウルド、ナー、ケスト!」
旋風の疾走で一陣の風と化したリータが、携えた両手斧の槍部で、哀れなドラゴンの首に穴を穿つ。
鎖落ちていくヴェルスリョルの首に得物を突き刺した瞬間、リータが携えていた両手斧の柄が、異音を立ててへし折れた。
先のヴェルスリョルの突進で、柄に罅が入ってしまっていたのだ。
突きこまれた両手斧の刃は、ヴェルスリョルの首を貫通し、刃の半ばまでが首の裏からその姿を晒す。
“ガ、ガガ……”
うめき声を漏らしながら、ヴェルスリョルの巨躯が崩れ落ちた。
続いて、力を失ったドラゴンの体から炎が吹き上がり、ヴェルスリョルのドラゴンソウルがリータへと注がれ始める。
「はあ、はあ、はあ……」
半ばからへし折れた柄で体を支えながら、リータは荒れ狂う殺意を治めるように、荒い息を吐き続ける。
“クリィ、クリィ……”
「黙、りなさい……」
殺意の力の言葉に反応した、ドラゴンソウル。
それらを敵意で押しつぶしながら、リータは立ち上がる。
見渡してみれば、周囲は酷い有様だった。
外壁や塔の一部が崩落し、玉座の間や荘厳な輝きを放っていたランタンは完全に瓦礫の山と化している。
「先を、急がないと……」
ムザークの塔で、ドラゴンレンドを習得するための星霜の書を手に入れなくてはいけない。
彼女が足踏み出すと、黒檀の鎧がギシギシと悲鳴を上げ始めた。
どうやらヴェルスリョルとの戦いで歪みが出たらしい。
「そろそろ、この鎧も限界かな……。いい鎧だったけど、これじゃあアルドゥインと戦うにはまだ足りない……」
ドラゴンとの数多の戦いを乗り越えてきた鎧だが、新しい鎧を新調する必要がある。
力を、もっと力を……。
己の内で響く渇望と焦燥に突き動かされながら、先を急ぐ。
故に、彼女は気づかなかった。
自らの魂に落ちた、小さな小さな黒点を。
アポクリファの一領域で、ハルメアス・モラは己の手駒の成果を眺めながら、満足そうに瞼を震わせていた。
彼の面前に、黒く濁った魂が姿を現す。
「よくやった、セプティマスよ。褒美に、お前が求めていた知識をやろう……」
ハルメアス・モラは目の前の魂。約定を果たしたセプティマス・シグナスの魂に向かって触手を伸ばすと、その先を濁った魂に突き立てた。
続いて、セプティマスの魂がブルリと震える。
触手を介して伝えられる知識に、歓喜しているのだ。
歓喜の震えは、徐々にその大きさを増していく。
しばしの間、与えられていく知識に酔いしれるセプティマス。だが、ある瞬間から、その震えの様相が変化し始めた。
魂の震えが不規則にぶれ始め、まるで苦痛に悶えるようにのたうち回り始める。
やがて、セプティマスの魂は錯乱したように暴れ始めると、ついには千々に千切れて、アポクリファの中へと溶けていった。
「知識はやった。もっとも、矮小な魂が耐えられるはずもないがな……」
己の器を超えた知識を求めた人間の末路。己が求めた知識に潰されたセプティマスが砕けていく様を眺めながら、邪神は一切の憐憫も感じさせずに呟いた。
元々、セプティマスはハルメアス・モラにとって、役立たずとなっていた存在。消えたところで、何の感慨も惜しみもない。
千切れて消えていったセプティマスの魂をアポクリファの毒沼の底へと放り捨てながら、ハルメアス・モラは再びニルンへと目を向ける。
「さて、これで準備は整った。後は、わが勇者との邂逅を待つのみ……」
布石は全て打った。後は、待つのみ。
深淵の知識の井戸の中で、邪心は只見守り続ける。
己を討ち倒した勇者が見せるであろう、新たな未知を心待ちにしながら。
リータに殺され、吸収されたヴェルスリョル。
闇の奥底へと沈んでいきながらも、かのドラゴンは必死に、言葉にならない声を上げていた。
“グゥアゥ、ギリュウル……”
誰か、答えて、声をかけてくれ。
失われた力と知識、スゥーム、そして何より、答えてくれる誰かの存在を求めるように、魂だけになりながらも、ヴェルスリョルは自らを殺したドラゴンボーンの中で叫び続ける。
必死に言葉を求め続けるヴェルスリョル。
永遠とも言える牢獄の中で伽藍洞になった彼の魂だが、彼の叫びに呼応するように一つの言葉が魂の奥から響いてきた。
それは、セプティマスが“埋め込んだ”声。オグマ・インフィニウムによって魂に刻み込まれた力の言葉。
言葉を失ったドラゴンは、唯一残されたその言葉を引き出し、叫ぼうとする。
全てを失った彼の声は、他の吸収されたドラゴンと比べてもあまりにもか細く、その叫びは他の声にかき消されてしまうだろう。
だが、それでもヴェルスリョルは弱々しくも、声を張り上げ続ける。それが、唯一彼の中に残された言葉故に。
“モタード……”
小さな小さな、か細い声が、殺意に満ちた叫びの中に溶けていく。
まるで、水の上に落ちた、一滴の絵の具のように。
確かな発露の鍵を、魂の深奥に刻み込みながら。
というわけで、いかがだったでしょうか?
感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いいたします。
以下、用語説明等。
・ヴェルスリョル
闇、大君主、炎の名を持つ伝説のドラゴン。
なぜかブラックリーチの巨大ランタンの中におり、ゲームではスゥームをこのランタンに当てると出現し、主人公たちに襲い掛かってくる。
本小説では、このドラゴンは長い間、ドゥーマーによって、あのランタンに閉じ込められていたという設定。
その為、ドラゴンズリーチに幽閉されたヌーミネックスのように、自分の名前はおろか、スゥームすら失っている。
しかし、伝説のドラゴンとしての身体能力は健在であり、ファルメル達の攻撃程度では傷一つつかない。
また、幽閉された事による自我の崩壊と憎悪によって、肉体のタガが完全に外れており、身体能力だけをみれば、ヴィントゥルースをはるかに上回る。
地下という閉鎖空間も相まって、ブラックリーチ内では極めて脅威の存在。
・ドゥーマー豆知識
エルフの一種であるドゥーマー。
別名ディープエルフと呼ばれる種族だが、彼らはエイドラやデイドラと言った神々を心の拠り所とせず、技術と理性を信奉し、真実、真理のみを探求した種族である。
その為、エイドラを信奉する他のエルフとは距離を置き、デイドラを信奉するダンマー(当時はチャイマー)に至っては見下し、双方の仲は極めて険悪であった。
険悪だったチャイマーとドゥーマーの仲が改善したのは、スノーエルフに続き、さらにはアレッシアの反乱でアイレイドを撃退した人間達の脅威が大きくなったことが理由。
この時、チャイマーの英雄ネレヴァルと、ドゥーマーの英雄デュマックにより和平が結ばれ、二種族は力を合わせて、当時モロウウィンドを占領していたスカイリム占領軍を撃退。レスデイン連合国を創立する。
しかし、このレスデイン連合国も、ロルカーンの心臓を巡る第一評議会戦争、レッドマウンテンの戦いの中で瓦解し、ドゥーマーは消滅。チャイマーはダンマーとなり、ドゥーマーの存在は歴史の闇の中へと消えていく。
余談だが、この和議の際にドゥーマー、チャイマー双方の代表者を集めて作られた議会が第一評議会と呼ばれ、そこに参加していたチャイマー達が、後のダンマー五大家となる。
TESⅢで登場したダゴス・ウルも、この第一評議会に参加していたウル家の一員であり、レスデイン連合国時代は五大家でなく六大家であった。
ちなみに、この五大家もオブリビオンクライシス以降、変化が訪れており、フラール家が五大家の座を追われている。フラール家に変わったのは、サドラス家と呼ばれる一族。