【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
今回はソルスセイム島空白期の二話目です。
新しく発見された遺跡は、ソルスセイム島の東部、獣の岩をさらに東に進んだ先にあった。
地面に刻まれた地割れの奥底に、遺跡の入り口が顔を覗かせている。
健人は、予備武器として作っておいた黒檀のブレイズソードを腰に差し、この遺跡を訪れていた。
遺跡の扉を潜ると、半円状にくり抜かれた、古代ノルド特有の回廊が、地下に向かって続いている。
健人達は各々、明かりとなる松明を持ちながら、遺跡の奥へと足を踏み入れる。
進む順番は、先頭からカシト、健人、フリア、サースタンの順だ。
鋭敏な感覚を持つカシトが、罠を警戒し、戦闘能力のないサースタンを護衛するために、フリアが後衛を務めるという布陣である。
「ケント、ヴァーロックって……」
「ああ、ミラークが口にしていた名前だ。もし間違いが無いのなら、この遺跡はドラゴンプリースト関連の遺跡だろうな」
健人の後ろを歩いていたフリアが、彼にヴァーロックについて尋ねてくる。
彼女もまた、健人とミラークの戦いを目の当たりにしていた人間の一人。
ミラークが戦いの中で口にしていたヴァーロックという名前も、しっかりと記憶している。
一方、健人はフリアの質問に答えながら、常に寄り添ってくれている戦友の様子を伺うように、そっと己の左胸に手を当ててみる。
さざ波のような胸騒ぎは未だ、ミラークの動揺を示すように、健人の胸の奥でざわついていた。
通路を進むと、健人達は巨大な地下空間に出る。
健人達の眼前には、祭壇と思われる台と、その代から見下ろすように、円形の石床が据え付けられている。
石床の中央には格子状の鉄枠がはめ込まれ、格子の下には、周囲を照らすように火が焚かれている。
「火? こんな地下遺跡に?」
「おそらくは、ここに来る遺跡の入り口と連動しているのだろう。なんと見事な仕掛けだ」
サースタンが興奮した様子で、隊列を無視して健人達の前に出て行こうとする。
歴史学者をしているだけに、このような古代の遺跡に好奇心を刺激されているのだろう。
フリアが前に出ようとするサースタンを押し止めつつ、カシトが正面にある祭壇を確かめる。
このようなノルドの遺跡には、数々の罠がある。
そのような物は大抵、正しい手順で解除しなければ、容赦なく侵入者に牙を向くようなものばかりだからだ。
「碑文と、スイッチ? 見たところ、スイッチは向こうの格子に連動しているみたいだけど……」
祭壇には、四角い石板と、引っ張り式のスイッチが設けられていた。
カシトがスイッチを引っ張ってみると、祭壇下の丸床の格子が、音を立てて開いた。
開かれた格子は数秒で閉じ、再びスイッチが元の位置に戻る。
その様子に興味を掻き立てられたサースタンが、グイグイと前に出てきて、今度は石板を確かめ始めた。
石板には爪でひっかいたような、特徴的な文字が彫られている。
「碑文の方は、古いドラゴンの文字だな。これは……」
顔をしかめながら、ドラゴン語の翻訳を始めたサースタン。
知識としてドラゴン語を知っている彼は、板に刻まれた文字、一つ一つをにらめつけながら、頭の中で分を構築していく。
しかし、サースタンが翻訳を終える前に、横から流れてきた声が、石板の朗読を始めた。
「生贄は探し求めるものに近づける……」
碑文を翻訳したのは、健人だった。
ミラークの魂を継承した彼は、ドラゴン語に対しても非常に深い理解と、適応能力を見せる。
その碑文を目にした時点で、彼の頭には自然と、その言葉の意味が浮かび上がっていた。
「ほう、流石はドラゴンボーン。読めるのだな。しかし、どういう意味なのか。おそらく、このスイッチが関係しているのかと思うのだが……」
英雄の能力の一端に、サースタンは目を輝かせるが、肝心の碑文の内容は思った以上に簡素で、意味不明なものだった。
とりあえず、これだけでは碑文の指すところが不明なため、サースタン達は祭壇の周囲を探索してみることにした。
「こんな所にまで死体が放置されているんだね」
「丁寧な処理をした形跡がないから、恐らく、この遺跡に放置されていた人間でしょうね」
祭壇や石床のあちこちには、放置されたままのドラウグルの死体があった。
既に活動を停止しているのか、健人達が近づいても起き上がる様子が無い。
さらに、石床を挟んで、祭壇の正面と左右には、格子で閉じられた門があった。
正面には入り口近くの祭壇と同じ形状の台があり、こちらも左右の通路と同じように、格子で道を閉ざされている。
「ケント、こっち……」
「これは、半円形の鍵穴? 反対にも同じものがある……」
三方を格子の扉で塞がれた広間。健人達が入っていた入口の正面。恐らく奥に続いているのであろう格子の門の傍で、フリアが健人を手招きし、格子の脇の一角を指差した。
そこには、明らかに何らかの仕掛けと思われる半円形の石板が、岩にはめ込まれていた。
半円の石板には何か生物の爪と思われる彫り物が刻まれ、上部の頂点に一か所、斜め上部に一か所穴が穿たれている。
また、反対側の石板にも、左右をひっくり返したような半円板と、鍵穴、彫り物がある。
「おそらく、正面の格子を開けるには、カギとなるようなものが必要なんだろうな。サースタンさん、カシト、そっちは?」
「ドラウグルも、特に変わった様子はないな」
「死体の中にあったのも、見たこともないコインだけだね」
ゴソゴソとドラウグルの死体をあさっていたカシトは、亡骸の懐から数枚の金貨を取り出して掲げた。
現在、タムリエルで流通しているセプティム金貨とは明らかに装飾が違うものであるが、この遺跡で、特別な何かに使われそうな雰囲気はない。
おそらくは、太古において、日常的に使われていた通貨だろう。
物によっては好事家から高値がつけられるが、今の遺跡探索においては、あまり意味のあるようなものではない。
「へ、へっ、いいお金になりそう……」
「カシト、程々にしておけよ」
とはいえ、金でできているのは間違いなく、通貨としては使えなくとも、貴金属としての価値はある。
カシトが髭をピクピクさせながら顔をほころばせているのに、健人は一抹の不安を覚えた。
「中央の火も、特に魔力は帯びていない。本当に、唯の火だな。碑文の内容を察するに、生贄が関わっていると思うのだが……」
「生贄、ねえ……ドラゴンの風習を考えたら、答えは一つしかないわな」
そう言いながら、健人は近くにあったドラウグルの死体を中央の格子に運ぶ。
「生贄は探し求める者に近づける。つまり、扉となっている格子に生贄となる者を近づけて……」
おもむろに健人は、入り口近くの祭壇のスイッチを引っ張る。
すると、床石の格子が開き、上に載っていたドラウグルの死体が炎の中に落ちていった。
ドラウグルの死体が炎に飲み込まれた瞬間、この地下広間の左右の格子が、ガチャリと音を立てて開く。
古代ノルド達は、ドラゴンに生贄を捧げていた。この仕組みは、古代ノルドの祭事を模したものだったのだ。
「よくやった! とりあえず、どちらの道から行こうか」
「中央の格子の鍵穴を見る限り、鍵は二つ要る。どの道、どちらの通路も確かめることになるだろうな」
空いた通路は二つ。中央の通路がまだ空いていない事や、そばにあった鍵穴の数を考えるに、この二つの通路のどちらか、もしくは両方に、探し求める鍵があることが予想できる。
健人達はとりあえず、右の通路から確かめることにした。
再び通路を進みながら、先へ進むための鍵を探し求める。
格子の門を潜り、通路を進み続けていると、再び広い地下室に出た。
先へ進む道は再び格子によって閉じられており、格子の手前には、石板を置いた祭壇と、縦三列、横三列、合計九枚の正方形の床石がある。
健人が祭壇の石板を確かめてみると、そこにもやはりドラゴン語が刻まれていた。
今度はサースタンが、碑文の翻訳を試みる。
「道を歩み続け、来た道を戻ることなかれ……興味深いな」
顎髭をなでながら、サースタンは今一度、碑文の奥に設置された床石に目を向けた。
そして彼は、明らかに何らかの装置であることをうかがわせる床石の列を眺めつつ、重々しい雰囲気を醸し出しながら口を開いた。
「ふむ……二つの事が確かだ。一つ、謎かけは、床のこの平たい石を刺していると思われる。そして二つ……」
それは、健人にも察しがついた。この石床の列は、あまりにも、あからさますぎる。
「二つ目は?」
他には一体何があるのだろうか。
期待と緊張を交えたこえをもらしながら、健人達はサースタンの次の言葉を待ち……。
「……私は近寄らない」
クソ真面目な表情でスタスタと隊列の最後尾に戻ったサースタンに、思わずズッコケた。
「おい、爺さ~~ん!」
カシトが思わずサースタンに詰め寄り、割と豪華な服の袖をひっつかむ。
袖をつかまれた歴史学者は、よほど自分で解除したくないのか、そのままカシトと引っ張り合いを開始した。
「こら、ひっぱるな! 一応、私は依頼者だぞ! 私のような知識人は、このような場面では普通、前には出ないものだ! そもそも、こういう時の為に、君達に同行を頼んだのだぞ!」
意外なことに、サースタンの腕力は結構あるのか、カジートのカシトの腕力とそれなりに拮抗して見せている。
とはいえ、袖を引っ張りあいながらズルズルと床を削るような攻防は、傍から見ていてため息が漏れる光景だった。
「まあ、一応、依頼人だからな……。それから二人とも、あまり騒がないでくれ。ここは一応ノルドの墳墓なんだ。イン〇ィージョーンズみたいなコント展開は映画の中だけでいいんだからな」
「「「イン〇ィージョーンズ?」」」
サースタンの言う通り、今の健人達は彼の護衛という名目で、この遺跡に来ている。
健人としては、この歴史学者が言うことはもっともだが、それにしたってもう少し話し方を考えなかったのだろうかと言いたい。
サースタンとカシトのコント見たいなやり取りのせいで、緊張感が霧散してしまった。
一応、ここは古代ノルドの墳墓。しかも、明らかに仕掛けを施された部屋の中である。
有名な某冒険映画のように、騒いだ挙句にスイッチオン。出入口が塞がれて天井が下りてくるなんて古典的な展開は御免である。
騒いだ二人だけでなく、フリアも健人の言葉の意味が理解できなかったため、三人そろって首をかしげている。
三人の様子に苦笑を浮かべながらも、健人は床板の列に足を踏み入れる。
「道を歩み続け、来た道を戻ることなかれ。要は、一筆書きの要領だろ」
一番手前の端の床石を踏んだ健人は、そのまま駆け出し、縦横の床石を二度も踏むことなく、一気に踏み終える。
すると、先を閉ざしていた格子が音を立てて下り、道が開いた。
「先へ進めるな」
「さあ、先を急ごう!」
通路が開いたことに、サースタンとカシトが健人達よりも先に通路に入って行った。
先ほどの喧騒の影も形も見せない、一致団結した行動を見せる二人。
その様子に健人とフリアは深い溜息を吐きながらも、後に続く。
「しかし、ちょっと気にもなるわね」
「何が?」
「ここまで、活動しているドラウグルに遭遇していない事よ。古代の遺跡には大概、アイツらがいるのだけど……」
ドラウグルは基本的に、遺跡を荒らす人間に対して牙をむく、この世界のアンデッドである。
中には積極的に人間を狩るような個体も存在するが、基本的に遺跡内から出ることはない。
逆を言えば、遺跡に侵入すれば、ほぼ間違いなく遭遇する存在ともいえる。
特にここは、メレシック時代の極めて強大だったドラゴンプリーストの墓と思われる場所だ。
特にヴァーロックは、あのミラークが名指しで自分と比較するほどの存在だ。
当然、その力もミラークと遜色ないものであるだろう。
普通に考えて、そんな人物の墳墓で、活動しているドラウグルがいないとは考えづらい。
「もしかして、他のドラウグルは、皆死んじゃったとか?」
「元々死体なんだから、死んでいるも何もないでしょう……」
振り返りながら妙な発言をするカシトに、フリアが呆れた声を漏らす。
そんな光景を眺めながらも、健人は 今一度、この墳墓の主と思われる名を思い返す。
ヴァーロック。
かつて、ミラークのライバルだったと思われるドラゴンプリースト。
その名を口にすると、健人は何とも言えない熱が、胸の奥からこみあげてくるのを感じた。
それは間違いなく、彼と同化しているミラークの魂が発した熱。
ハウリングソウルの枷となり、表層意識をなくした彼ではあるが、ヴァーロックの名前に対しては、明らかな反応を見せていた。
「ケント。どうかした?」
「いや、どうも俺の中のミラークが、ヴァーロックの名前を聞いた時から妙な反応をしていてな……」
「ふむ、ヴァーロックは、ミラークと同じ時代のドラゴンプリーストだ。双方の間に何らかの繋がりがあったとしても、不思議ではないが……」
そうこうしながら先に進んでいくと、一行はすぐに通路の突き当りへと到達した。
通路の奥には広い空間があり、そして無数の棺が、床だけでなく壁にも、所せましに並んでいた。
健人達の脳裏に、嫌な予感が過る。
この墳墓の主は、遺跡道中で配下を各個撃破されて戦力を喪失するのを避けるために、このように一か所にドラウグルを集中配置したのではないのかと。
そんな彼らの不安を肯定するように、無数の棺の蓋が、一斉に開いた。
「……ちょっとフリア」
「なんでそんな目で私を見るのよ! 私のせいじゃないでしょ!」
カシトがジト目をフリアに向け、フリアが不満の声を上げる中も、死者たちは次々と起き上がっていく。
部屋一杯になるほどのドラウグルの群れを前に、健人達は思わず顔を引き攣らせた。
「ちょ、数多!」
「こうなると思ってたよ! サースタンさんは……」
「頑張ってくれ! こういう時について来てもらったのだからな!」
健人が退避を促す前に、サースタンは全力で元来た通路へと引き返した。
その速度は、獣人のカシトからみても驚くほど速い。
高齢の域に達したインドア派の歴史学者が見せる見事な走力に、健人もまた眼を見開いている。
「速っ! あの爺さん足速っ!」
「おいフリア、あの爺さん、ホントに調子いいな!」
「だからあのお爺さん、ずっとスコール村にいられるのよ! 面の皮が厚くなかったら無理だわ!」
「え? フリアもスコールが閉鎖的って自覚はあったの? オイラとしてはそっちの方も意外……って、わあああ!」
ドラウグルが振り下ろした剣が、カシトの鼻先をかすめる。
健人達が馬鹿なことをやっている間に、ドラウグルたちは完全に戦闘態勢を整えていた。
部屋一杯のドラウグルたちが、健人達の命を刈り取ろうと、一斉に襲い掛かってくる。
「相手の機先を潰す! その後に突っ込むぞ!」
健人の目には、後方で弓を構え、手に魔力を収束させているドラウグル達も見えている。
下手に遅滞戦闘なんてしたら、後方からの大火力で潰される可能性があった。
その為には、いの一番に、相手の隊列を崩す必要がある。
「突っ込んだ後は!?」
「各々自由戦闘! 背中だけは気をつけろよ! ファス、ロゥ、ダーーーー!」
揺ぎ無き力が、ドラウグルの隊列中央部を割くように縦断する。
衝撃波でアンデッドたちの前衛が崩され、後衛達が丸見えになる。
後衛にいたのは、ドラウグル・スカージ、ドラウグル・ハルキング、そしてドラウグル・デス・ロード。
かつて健人とフリアがミラーク神殿で相対した、デス・オーバーロードには及ばないが、どの個体も、並の戦士では太刀打ちできない化け物である。
「ウズ、ラック!」
後衛を束ねるドラウグル・デス・ロードが、健人を指さして配下達に指示を送る。
その指示に従い、後衛を担当していたドラウグルたちすべてが、健人めがけて攻撃を放ってきた。
黒檀の矢と魔法の群れが、一斉に健人めがけて襲い掛かる。
「ウルド!」
健人は旋風の疾走を、一節だけ唱えて発動。
無数の矢と魔法の群れの射線から逃れるように、壁に向かって一直線に跳ぶ。
「ぐっ!」
旋風の疾走で壁の装飾に足をかけた健人はそのまま跳躍。
途中のドラウグルの頭を足場にして、一気に敵後衛めがけて突進する。
「ボー、バイン。ボー、バイン!」
予備として残っていた後衛が、健人に魔法を放ってくるが、彼は背中からドラゴンスケールの盾を取り出し、同時に正面にシールド魔法を展開。
優れた防具とシールド魔法で相手の魔法を防ぎながら、腰の黒檀のブレイズソードを抜き、一気に敵後衛に躍りかかる。
「おおおおおおおおお!」
一閃。
手近にいたドラウグル・ハルキングの体を両断しながら、健人は着地する。
同時に、着地の勢いを殺さぬまま体を沈め、踵に力を込めて、体を前方に滑らせる。
ドラウグル達の膝ほどまでに低い体勢のまま、敵軍の中に滑りこんだ健人は、立て続けにその手に携えた刃を振るう。
「しっ! ふっ! はあああ!」
二閃、三閃と刃が煌めく度に、高位のドラウグル達が断末魔の叫びをあげながら崩れ落ちる。
健人の吶喊で、一気に瓦解し始めた後衛群に、前衛を務めていたドラウグル達も混乱。
前衛の中でも後衛を助けに行こうとする個体と前線を保とうとする個体が、前衛内で同時発生し、その隊列に綻びが生じる。
「せいやっとぉおお!」
「はああああああ!」
その隙間に、カシトとフリアが滑り込んだ。
カシトはそのしなやかな体躯で前衛の隙間に滑り込むと、腰に差していた黒檀の短剣を一閃。
気が逸れていたドラウグルの首元に付呪を施した刃が滑り込み、込められていた炎の魔法でアンデッドを内側から焼き尽くす。
「うわ、すごい威力。ケント、試作品って言っていたけど、これ、十分お金取れる出来じゃない?」
下位のドラウグルとはいえ、灰にするまで焼き尽くした短剣の威力に、カシトが驚きの声を漏らす。
健人は今現在、テル・ミスリンのネロスの指導を受けながら付呪を練習しているところである。
その実力は、ネロスはおろか、彼の弟子のタルヴァスにもまだ及ばない。
だが、それでも健人は現代日本の教育の恩恵を受けているために魔法関係の習得が早く、さらにドラゴンボーンとして覚醒したため、徐々に飛躍的な成長の片鱗を見せ始めていた。
カシトが持っている黒檀の短剣は、元々健人が付呪の練習として使用した物の一つであり、その中で一番、実用に優れているものである。
自分の作る品に今一自信がなかったケントが、とりあえず魔法効果だけはしっかりしたものをと考え、威力型にバランスを割り振って作った短剣。
魂力の消費が激しいという欠点を抱えてはいるものの、その威力は、下位のドラウグルや化け物をしとめるには十分だった。
「感動しているのはいいけど、後にしなさい!」
カシトが今しがた灰になったドラウグルに驚いている中、彼に後ろから襲い掛かろうとしたドラウグルを、フリアが双斧を振り下ろして沈黙させる。
メギャリ! と耳障りな金属音とともに、カシトに襲い掛かろうとしたドラウグルが倒れ伏す。
「知ってはいたけど、こっちもすごい腕力……」
「何か言った……」
「いんや、オイラは何も……」
ドスのきいたフリアの声に、カシトはそそくさと戦いに戻ていく。
変性魔法のエボニーフレッシュとノルディックの重装鎧を纏ったフリアの一撃は、古代ノルドの重装鎧の兜を、中身もろとも容易くかち割っている。
そんなフリアの腕力にカシトは戦々恐々とした感想を漏らしつつも、襲い来るドラウグルの群れたちを捌き続けた。
錆びた古代ノルドの片手剣を振り下ろしてくる相手の足元に滑り込み、踏み込んだ足を器用に刈る。
さらに、立ち上がり際に隣のドラウグルの脇下に短剣を差し込み、その軽い体躯を焼き尽くしながら、他のドラウグルめがけて放り投げる。
ついでに、放り投げた相手の武器をかすめて取るのも忘れない。
味方を放り投げた隙に斬りかかってくるドラウグルめがけて、かすめ取った片手剣を放り投げつつ、踏み込んで三度、短剣を急所に突き刺す。
カシトが床に倒したドラウグルにトドメを刺しながら、フリアはからかいとも関心とも取れるような感想を口にした。
「そう言う貴方も、ずいぶんと手癖が悪いわね。悪戯好きのリークリングみたいだわ」
「せめて器用、っていってよ! あんな青色ゴブリンと一緒にされるなんて、冗談でもごめんだよ!」
「な、なんか、妙にリークリングを嫌うわね……」
フリアとカシト。
スコールとカジートという珍しいコンビは、健人の奮闘に背中を押されるように、次々とドラウグル達を屠っていく。
そして、戦闘開始からわずか数分で、広間の中のドラウグル達はすべて狩りつくされた。
物言わぬ動かぬ躯に戻ったドラウグル達が散乱する広間。
喧騒が治まったことを確かめたのか、逃げていたサースタンが戻ってくる。
「おお、さすがスコールの英雄とその仲間達だ。これほどの数のドラウグル達を、これほど短時間の間に屠りきるとは見事だ!」
「なんだろう、褒められているんだけど、あんまり嬉しくない……」
満面の笑顔を浮かべて賛辞を送ってくるサースタンの姿に、健人は極めて微妙な表情で感想を述べる。
彼のつぶやきに同意するように、フリアとカシトも無言で頷いた。
「と、とりあず、この部屋を調べてみましょう。ヴァーロックについて、何か分かるかもしれないわ」
密集しての戦闘とサースタンの言動も相まって、全身が弛緩するようなだるさに襲われた健人達だが、気を取り直して広間の探索に移行した。
サースタンが広間の外壁などを調べ、健人達が三人で倒したドラウグルを確認する。
健人が倒したデスロードの死骸を確かめていると、懐から奇妙な品が出てきた。
それは、一見すると紫色の光沢を放つ鉤爪のように見える。
鉤爪の数は二本。だが、その鉤爪は中央から綺麗に半分に切られたような形状をしている。
「アメジストの、爪? なんか半分に分けられているみたいだけど……」
「ケント、これって……」
「ああ、恐らく、入口の炉の奥、あの扉を開くのに必要なんだろうな。半分という事は、どこかにもう一つはるはずだ」
健人の手元を覗き込んで来るフリアが、小さく頷く。
健人が見つけたのは、ドラゴンの爪を模したカギであり、古代ノルドの墳墓にはよく使われている代物だ。
以前に健人が入ったウステンクラブにはなかったが、スカイリムの各遺跡には時折、このような爪状のカギが使われている。
一方、カシトはホクホク顔で、ドラウグルの懐からコインを引き抜いている。
彼にとっては、遺跡の歴史よりも現金の方が重要のようだった。
「こっちを見てくれ。ドラゴン語の碑文があるぞ」
サースタンの声に促されて、健人がフリアと共に歴史学者のもとに行くと、彼の目の前に、ドラゴン語が記された碑文があった。
かつて、ウステングラブやミラークの神殿にもあったものと同じ、碑文の壁である。
「何と書いてあるか、分かるか?」
サースタンが興奮した様子で、健人に碑文の内容を尋ねてくる。
そして、健人が碑文の文章を目にした瞬間、彼の脳裏に力の言葉が浮かんできた。
「忠実……」
頭に浮かんだのは、“ミド”激励の言葉。
共に戦う仲間の心を震わせ、猛らせる力の言葉。
そして、戦いの激昂と呼ばれるシャウトを構築する言葉の一つだ。
だが、健人にとって衝撃だったのは、その言葉自体が、彼の親友の名を示すものとほぼ同じだったから。
ミド。それは忠実な、または忠誠であることを示す形容詞。
そして、ミラークの名前は元々“ミル”“アーク”であり、ミルとは、名詞としての忠誠、臣従の義務を差す。
「っ……」
シャウトを取り込んだ健人の脳裏に、見たこともない光景が映る。
雪原に広がる都市と、その中央に建てられたひときわ大きな神殿。
その頂上でたたずむ、二人の人影。
二人は互いに隣り合いながら、眼下の街を見下ろしている。
『ミラーク、主が探していたぞ。連絡を怠るとは、一体どういうことだ?』
『ヴァーロック、お前は、この街をどう思う?』
突如として脳裏に浮かんだ光景に、健人は戸惑いながらも、その光景に目を奪われていた。
並びあう二人の神官の内の一人の声は、間違いなくミラークのものだったからだ。
(これは、アイツの過去か? それとも、シャウトの中に込められた想い?)
脳裏に浮かんだ数千年前の情景に見入っていた健人。
だが、その光景は、隣から執拗に迫ってくるサースタンの声に途切れてしまう。
「なんだ、何と言った!?」
「い、いや、なんでもない。ええっと……“大いなる栄誉に浴したガーディアン、ここに眠る。永遠の『忠誠』によって、彼は名誉の死者に列せられた。”かな?」
サースタンの呼びかけに我に戻った健人は、とりあえず、スイズイと迫ってくる好奇心旺盛な歴史学者を押しとめながら、碑文の内容を伝える。
忠誠。その言葉を口にしたとき、健人の胸の奥がキシリと痛んだ。
「さすがだな! これは研究がはかどるというものだ! しかし、ガーディアンか。ガーディアンは人か竜、どっちだったのだろうな……」
しばしの間、物静かに思案していたサースタンだが、やがて彼は再び好奇心に瞳を輝かせながら、碑文の一語一語を、舐めるように確かめ始める。
その姿は、足元で集めたコインを数えている健人の親友と瓜二つだった。
「なんだろう、カシトが二人いる気分だ……」
「ケント、こっちをみて。道があるわ」
そんな中、フリアが隠し通路と思われる穴を見つけた。
隠し通路への入り口は広間の脇の壁に立てつけられていた棺の奥に隠されており、底板を外す形で姿を現していた。
「……ミラークの神殿といい、この遺跡といい、古代ノルドは棺の底に隠し通路を作るのが通例なのか?」
「さ、さあ……」
健人のちょっとした疑問に、フリアは回答に困り、頬を掻きながら明後日の方向に視線を逸らす。
そんな彼女の様子に微笑みながら、健人は隠し通路へと入っていく。
シャウトと共に浮かんだ、戦友の過去。それを、脳裏の端で思い返しながら。
遺跡の最奥部。細長い半球状の広間。
そこの最奥にある棺の中で、彼はずっと、その時を待っていた。
かつて、彼と共に同じ主に使えながらも、袂を分かった裏切り者の帰還。
自らが葬り去ろうとし、そして逃がしてしまった宿敵を。
「ミラーク……」
棺の中で、乾ききった彼の瞳に、光が蘇る。
数千年越しの宿敵との邂逅を待ち望みながら、彼は身を収めた棺の中で、かつての友の名を、掠れ切った声で呟いていた。
という事で、いかがだったでしょうか?
もしよろしければ、感想、評価等、よろしくお願いいたします。