【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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閑話 ヴァーロック編 その3

 棺の底から現れた隠し通路を通り、遺跡で最初に訪れた広間に戻った健人達は、今度は左側の通路の探索を開始した。

 通路の道中にはやはりドラウグルの姿は無く、先の通路と同じように、行き止まりに多数のドラウグルがいると考えられる。

 そして一行は、右側の通路と同じく、妙な仕掛けが施された部屋に到達した。

 

「中央に大きな柱と、それを取り囲む三本の柱……。中央の柱の傍には、三本の柱と向かい合うように台座がある。まあ、さっきと同じような、先を進むための仕掛けだろうな」

 

 彼らの目の前にあるのは、石板を置いた祭壇と、四本の柱。

 中央の柱に据付らえた台座には、それぞれ剣、弓、杖が置かれている。

 健人が柱と台座を調べている中、サースタンが祭壇の石版に掘られたドラゴン語を解読する。

 

「全ての人は死ぬ。多くの人が、自らが生み出した者によって……中々恐ろしい言葉だな。だが、的を射てもいる」

 

「周囲を囲む小さな柱の一番上、不思議な石が置かれているみたいだけど……」

 

「衝撃の石と呼ばれているものだな。その名の通り、特定の衝撃で作動する石だ」

 

「衝撃、か……」

 

 健人はおもむろに、台座に置かれていた杖を手に取り、向かい合う柱に向ける。

 杖が置かれていた台座と向き合う柱には、杖を模した絵が彫り込まれている。

 杖に込められた魔法と、柱が何らかの仕掛けで連動していることは、想像に難くない。

 健人は杖に付呪されている魔法を刻まれた文様から読み解き、イメージを送り込んで発動させる。

 杖の先から噴出した炎が柱の頂部に置かれた衝撃の石に当たると、対応した柱が淡い光を放ち始めた。

 

「ああ、こういう仕掛けなのね」

 

 柱の仕掛けを察したフリアとカシトが、健人の行動に倣い、それぞれ一つずつ柱を起動させる。

 すると、通路を塞いでいた格子が開き、先へと進めるようになった。

 

「何というか……。ずっと遺跡を見ていて思ったけど、古代ノルドの遺跡はドラゴン語以外の文字と言うものが見当たらないんだな」

 

 仕掛けを解除するために使った杖を台座に戻しながら、健人はおもむろに、古代ノルドの遺跡に対する推察を述べた。

 健人の推察に対して、サースタンが言葉を返す。

 

「彼ら古代ノルド、特にアトモーラ大陸にいた頃の彼らは、文字を持っていなかった。その為、絵で様々な出来事を記録していた。

 イスグラモルが文字を作り上げたとはいえ、ドラゴン語は彼らにとっても神聖な言葉であっただろうし、文字ではなく絵で記録し、伝える伝統は、タムリエルに来て文字を獲得した後も、連綿と続いていたのだろうな」

 

 アトモーラに住んでいたノルドたちの祖先。ネディック人と呼ばれる彼らは、文字を持っていなかった。

 タムリエルに入植した後、イスグラモルによってエルフ文字を元にした文字が考案され、使われるようになっていったとはいえ、識字率は高くなかったことは、容易に想像できる。

 

(ミラークの過去を考えれば、そもそも竜教団が、文字を伝えないようにしたという事も十分考えられるな……)

 

 文字の独占、すなわち情報の独占、統制による思考誘導は、愚民政策の基本である。

 文字は歴史などの真実だけでなく、その時感じた想いすら後世に残すことが出来る。

 スゥームと言う真言を使えない人が、自ら意思をより多くの人達に伝播させる為の、必要不可欠なツール。

 それは使い方によっては、非常に多くの反抗の種を残し、育てることに繋がりかねない。

 民が権力者に逆らわないようにするため、そして反抗の意志を育てないことは、権力を保持する上で、極めて重要な要因だ。

 だからこそ、ドラゴン語はもちろん、文字自体も神聖なものだから、神官以外が用いてはならない。そんな決まりがあったとしても、おかしくはない。

 

(情報の統制、か……)

 

 ミラークもまた、己の名を奪われ、忠誠と言うスゥームによって思考誘導されていた。

 その前段階として、ドラゴンは彼の過去という精神を形作る重要な要素を消し去っている。

 それは、健人が育った地球でも、過去だけでなく、文明の発達した二十一世紀においても片鱗が窺える、権力者たちの行動と全く同じ。

 

(どの世界でも、権力者のやる事はそんなに変わらないってことか……)

 

 地球とタムリエルの負の共通点に、健人が辟易している中、一行はさらに先へと進む。

 健人が物思いに耽っていると、隣に並んだカシトがおもむろに健人の腰に差してあるもう一本の刃をつつき始めた。

 

「そういえばケント、さっきの戦いで、この剣、使わなかったね」

 

「ああ、ネロスが付呪を施してくれたけど、どうにも抜く機会が無くてな」

 

 健人の腰に差してある、黒檀のブレイズソードとは違うもう一つの刃。

 スタルリム製の短刀は、ハルメアス・モラとの戦いの後に健人が頼み込み、ネロスに付呪を施してもらっていた。

 目的としては、ネロスの付呪技術をこの目で見るためである。

 付呪技術を見せる事にネロスはぶつくさ文句を言っていたが、デイドラロード打倒という驚異的な光景を見せてくれた礼として、二重付呪という、マスターウィザードの名に恥じない技術を披露してくれた。

 氷攻撃と魔力吸収のダブルエンチャントを施され、更なる鋭さを得た刃だが、その力を使う機会は未だに訪れていない。

 

「まあ、剣なんて、抜かずに済んだ方がいいけどな」

 

 健人は肩を竦めながらも、さらに奥へと進む。そして、ついに通路の突き当りに辿りついた。

 通路の突き当りは、再び大きな広間になっており、突きあたりの壁の中央には、言葉の壁が鎮座していた。

 

「また、言葉の壁だね」

 

「という事は……まあ、いるわな」

 

 ガラガラと周囲に置かれた棺の蓋が開き、墓の守り人達が姿を現す。

 再び現れた干物顔に、健人はゆっくりと黒檀のブレイズソードを引き抜く。

 

「親の顔より見たミイラ顔、といったところか……」

 

「こんなしわくちゃな顔の母ちゃんだったら、オイラチビッちゃうよ」

 

「母親も、こんな顔のドラウグルと一緒にされたくないだろうな」

 

「拳骨不可避」

 

「じゃあ、後は任せたぞ。私は隠れているからな」

 

 簡潔な言葉だけを残し、サースタンがスタコラさっさと逃げていく。

 

「さっきより数が少ないわ。今度は練度重視みたいね」

 

 健人達が気の抜けた会話をしている一方、フリアは冷静に彼我の戦力分析を行っていた。

 出現したドラウグルは全部で三体。右側の通路と比べれば、その数は非常に少ない。

 だが、出現したドラウグルは全てが、極めて高位のドラウグルであり、内一体はデス・オーバーロードであった。

 以前、ミラーク聖堂で相対した個体と同位の難敵である。

 侵入者の姿を確かめたドラウグルたちが、一斉に胸を張った。

 

「っ! 全員、俺の後ろに!」

 

「「「ファス、ロゥ、ダーーー!」」」

 

 健人が盾を構えたと同時に、ドラウグルたちがシャウトを一斉に放つ。

 間一髪で展開できた魔力の盾が、ドラウグル達の衝撃波を受け流す。

 

「一気に行くぞ! ミド!」

 

 健人は、先ほど覚えたばかりの“戦いの激昂”のシャウトを唱える。

 このシャウトの効果は、健人がよく使う“激しき力”と同じ風の刃を、自分以外の仲間たちの武器に付すことである。

 

「これは、風の刃?」

 

「単音節だから長くは保てない。気をつけろよ。ふっ!」

 

 フリアが己の双斧に巻き付いた風の刃に驚いている中、健人は相手の中で最も強敵であろう、ドラウグル・デス、オーバーロードに突貫した。

 

「オオオオオオオ!」

 

 三体のドラウグルのリータ―格であるデス・オーバーロードが、黒檀の片手斧と盾を取り出し、吶喊してくる健人に、肉厚な黒檀製の刃を叩き付けようと振り下ろしてくる。

 

「ふっ!」

 

 ガイン! と、甲高い耳障りな金属音が木霊する。

 振り抜かれたブレイズソードと黒檀の片手斧が激突。ギャリリ! と擦れ合う刃は、片手斧の刃の端に引っ掛かる形で止まった。

 

「ウル、ラゥル!」

 

「せい!」

 

 手首を返して、健人のブレイズソードを絡めとろうとしてくる、デス・オーバーロード。

 一方、相手の意図を察した健人は、自分から一歩踏み込み、腕を畳みながら肘打ちを繰り出す。

 ドラゴンスケールの小手と、黒檀の盾が激突。衝撃で互いに後ろに流されながらも、二人は体勢を立て直し、再び己の得物を繰り出す。

 

「はあああ!」

 

「オオオオオ!」

 

 両手でブレイズソードを保持しながら、健人は一歩踏み込み、繰り出される斧撃を捌いて下方に流し、体術で相手のシールドバッシュを出頭で叩き潰す。

 肘を守るために取りつけられている硬質なドラゴンの鱗が、黒檀の盾による一撃が加速しきる前に弾き返していた。

 両手に得物と盾を持つことの利点は、瞬時に攻防を入れ替えられる事だが、盾と素手では、そもそもの攻撃速度が違いすぎる。

 健人が再び間合いを詰めてきたことも、このドラウグルが十分盾を振るうことが出来ない理由だった。

 また、片手斧も、柄の先に刃が付いたその形状から、超至近距離で振るうには向かない。

 ドラウグルが攻めあぐねる一方、健人は片手斧を流したブレイズソードを、そのまま相手の得物の柄に沿わせるようにして斬り上げようとしてくる。

 体をひねり、腕を畳み、刀の全長を全て活かして、押し切るように刃を振るってきたのだ。

 

「ウズ、オウル!」

 

「むっ!」

 

 だが、健人の刃がデス・オーバーロードの体を捉える前に、間一髪で黒檀の盾が差し込まれた。

 振るわれた健人の刃が火花を散らしながら、ドラウグルの側面へと流されていく。

 さらに、デス・オーバーロードは、盾を翳したまま、大きく息を吸い、腹の奥から強烈な力の言葉を解き放った。

 

「ファース、ルゥ、マーール!」

 

 放たれたのは、“不安”のシャウト。

 相手の抑圧された不安感に干渉し、その恐怖を肥大化させるシャウト。

 どのような強者であれ、心の内に潜む恐怖からは逃れられない。

このシャウトを浴びた者は歴戦の戦士だろうと狼狽し、慌てふためく事になる。

例え目の前に敵がいても背を向け、逃げまどい、心の弱い者ならそのまま自死かねない程、強力な暗示を施す力の言葉だ。

 

「っ!?」

 

不安のシャウトを浴びた健人の動きが、一瞬強張る。

その様を見て勝利を確信したデス・オーバーロードは、盾を翳したまま、一気に押し切ろうと、両足に力を込めた。

相手は棒立ちの状態になっている。

そのまま盾で押し倒して距離を開け、頭を砕くつもりなのだ。

 

「……ふっ!」

 

 だが、ドラウグル・デス・オーバーロードの思惑は、盾越しの圧力が突如として消えた事で、かき消されることになる。

 

「アム……」

 

 デス・オーバーロードが健人の姿を見失ったその瞬間、一陣の風が吹き、不死の戦士に奇妙な喪失感が襲い来かかる。

 一体何が起きた?

 デス・オーバーロードが思わず首を横に振れば、蒼い光を放つその瞳に、斬り飛ばされて宙を舞う己の片足が跳び込んできた。

 

「グウウ……!」

 

 片足を失い、身体がバランスを崩し始めた中で、デス・オーバーロードは、自分に何が起きたのかをようやくその目で確かめる事になった。

 彼の視界の端には、ブレイズソードを振り切った健人の姿が映り込んでいる。

 健人は、相手か盾を翳して押し込んでくる相手の勢いを利用し、体を落して、盾の死角に己の体を滑り込ませると、デス・オーバーロードの足を一撃で斬り飛ばしていたのだ。

 感情の無い幽鬼であるデス・オーバーロードの目に、明らかな畏怖と動揺が走る。

 三節の完璧な不安のシャウトを、このドラゴンの鎧を纏った戦士は撥ね退けた。心の奥底で肥大化していた不安感を、瞬く間に鎮静化させていたのだ。

 シャウトの戦いは、心と魂の戦いでもある。

 そして、不安のシャウトを一瞬で撥ね退けた事実は、健人とこのデス・オーバーロードとの間に存在する差を、これ以上ない程明確な形で示している。

 

「オオオオオオオオ!」

 

 それでも、デス・オーバーロードは己の戦意を失わない。

 雄叫びを上げながら体を捻り、盾を振るって勢いをつけ、一本だけとなった足で絶妙な体幹操作を披露。

 刀を振り切ってがら空きとなった健人の背中目がけて、黒檀の片手斧を叩き込もうとしてくる。

 ……だが、それは空しい抵抗だった。

 

「っ!」

 

 振り抜かれた刀が引き戻されると同時に、健人の膝から力が抜かれ、その体がスッと音もなく反転する。

 そして、引き戻されながら掲げられたブレイズソードと、黒檀の片手斧が激突した。

 

「グォ……!」

 

 弾かれたのは黒檀の片手斧。片足を失ったデス・オーバーロードに、今の健人を打ち倒せるほどの十分な一撃が繰り出せるはずもない。

 振り下ろしたデス・オーバーロードの腕が上方に弾き上げられ、上体が浮き、無防備な体が丸見えになる。

 そして、相手の得物を弾いて時点で、既に健人の黒檀のブレイズソードは、その切っ先を無防備になったデス・オーバーロードへと向けていた。

 

「しっ!」

 

 引き絞られた弦が弾かれたように、矢のように鋭い一刺しが、空中に一筋の線を描きながら疾駆する。

 デス・オーバーロードが何とか盾を引き戻そうとするが、健人の突きは盾が掲げられるよりもはるかに速く、かのアンデッドの首に突き刺さった。

 

「グウウ……」

 

 首を貫かれたデス・オーバーロード。

 だが、アンデッドの中でも特に高位の個体である彼は、首を貫かれたにもかかわらず、その片手斧を再び振り上げた。

 彼は不死であり、幾度となく蘇る存在。故に、今更首を貫かれた程度では、その命を断ち切ることは出来ない。

 だが、その斧が振り下ろされるより前に、健人が一節の言葉を口にした瞬間、彼の意識は一瞬で千々に断ち切れた。

 

「スゥ……」

 

 発動したのは、単音節の“激しき力”だった。

 首を貫いたまま発動した激しき力は、デス・オーバーロードの首と頭部を、刀身の周囲に発生した風の刃で、一瞬で吹き飛ばす。

 己の視界が宙を舞い、永遠の闇に包まれていくのを感じながら、デス・オーバーロードは己の敗北を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身が首を吹き飛ばしたアンデッドが起き上がらないことを確認し、健人は刃を鞘に納めた。

 周囲を見渡してみれば、フリアもカシトも、己が相対していたドラウグルを仕留め終わっている。

 

「終わったな」

 

「ふう、とりあえず、ここはもう大丈夫かしら」

 

「終了、終了! さてさて、持ってるお金はおいくらかな~」

 

 安堵から息を吐いて双斧を腰に収めるフリアと、自分が倒したドラウグルの体を失敬し始めるカシト。

 健人は再びトレジャー活動を始めるカシトに嘆息しつつも、その行動に首を傾げていた。

 

「お疲れ、二人とも。それからカシト、金貨を集めてどうするんだ? 今そんなに入用じゃないだろ」

 

「ケント、人生、お金はいつ必要になるか分からないんだよ? 稼げるうちに稼いでおかないと!」

 

「言っている事はそれなりにまともなんだが、お前が言うと何だか胡散臭いような……」

 

 健人もカシトも、今はそれほどお金には困っていない。

 レイブン・ロックとスコール村との交易や、トラブルの解決などで、一通りまとまった資金は手に入っているからだ。

 正直なところ、健人としては人の墓を荒らす行為は良い気分ではないが、健人本人もこの世界に来てから色々と揉まれてきている為、頭ごなしにカシトを止めるのもどうかと思ってしまう。

 

「カシト、先は長いんだ。それに、襲ってきたとはいえ、相手は死者だ。安らかに眠れるように、三途の川の渡し賃くらいは残してやれよ」

 

「サンズの……何?」

 

「いや、何でもない。カジートにも、埋葬文化ってあるのだろうか?」

 

 聞きなれない健人の言葉にカシトは首を傾げつつも、再びトレジャー活動に戻っていく。

 健人は一時、カシトのことは横に置いておいて、自分が倒したドラウグル・デス・オーバーロードの持ち物を確かめる。

 

「カシトに墓荒らし行為は慎めとか言ったけど、俺も人のことが言えないな。……あった」

 

 健人がデス・オーバーロードの懐から取り出したのは、右の通路で見つけたのと同じ、半分に割られたアメジストの爪だった。

 

「これで、先に進めるだろうな。後は……」

 

 見つけたアメジストの爪を懐にしまいつつ、健人は言葉の壁に目を向ける。

 爪でひっかいたような特徴的なドラゴン語が壁一面に刻まれ、その内の一語が、ほのかな光を放っている。

 

「それで、何と書いてあるのだ!」

 

 いつの間にか戻ってきたサースタンが、待ちきれないという様子で、健人に碑文の内容を尋ねてくる。

 背後からガクガクと揺すってくるサースタンを放置しながら、健人は滔々と刻まれている碑文を語り始めた。

 

「この石碑は裏切り者のミラークに打ち勝つ運命にあった。

ドラゴンの気高きしもべ、ガーディアンの『武勇』を祝したものである、か」

 

「ガーディアン……」

 

「おそらく、このガーディアンがヴァーロックだろうな」

 

「ミラーク、やっぱり、関係があるのね」

 

 健人とサースタンの会話に、フリアも交じってくる。

 ミラークが起こした一件に直接関わり、父親を亡くした彼女としても、ミラークと関わりのあるこの遺跡の事は気になっているのだろう。

 

「みたいだな。ミラークと戦っていた時も、アイツはヴァーロックの名前を口にしていた。間違いない。それから……」

 

 健人は、壁に刻まれた碑文の中で、光を放つ一語に手をかざす。

 すると、刻まれた碑文から光が流れ出し、健人の脳裏に、力の言葉とともに流れ込んできた。

 

「ヴュル……勇気、か。ぐっ……!」

 

 脳裏に響いた言葉は、勇気。

 それは、戦いの激昂を構築する、二つ目のシャウトだった。

 健人がその言葉を取り込んだ瞬間、再び脳裏に、過去の情景が浮かぶ。

 小高い丘と、その麓に広がる街並み。

 以前、“忠義”の言葉を取り込んだ時にも見た、過去の情景だ。

 だが、今回健人の目の前に広がった光景は、最初に見た時よりもはるかに鮮明で、臨場感に溢れていた。

 黄昏の空を思わせる光景。全てが、紅に染まった世界。

まるで、自分が本当に過去に飛ばされたような現実感だった。

 

(これは、燃えている……)

 

 一度目と違うのは、黄昏は空だけでなく、地上にも齎されていたという点だった。

健人の目に映る全てが、灼熱の炎に包まれている。

 草木は燃え上がり、家々は火柱を上げ、あちこちから炎に焼かれる人々の悲鳴が木霊している。

 そして、そんな惨劇を一望できる丘の上で、二人の男が相対していた。

 

『なぜだ! なぜ裏切ったのだ! ミラーク!』

 

 一人は、竜を模した杖とローブを纏った男性。

 憤りに満ちた言葉を吐きながら、この惨劇を引き起こしたであろう人物を睨みつけている。

 

『ドラゴンが全ての元凶だと気づいたからだ! あのドラゴンが父を装いながら、裏では何をしていたのかを理解した今、此処に有る全てを消さねばならんのだ』

 

 もう一人は、ミラーク。

 あの海洋生物を思わせる奇怪な仮面とローブを被った彼は、ヴァーロック以上の憤怒を全身から溢れさせながら、己が起こした反乱を吐き捨てるように肯定した。

 

『あのドラゴンは死んで当然だった! 私の本当の名を奪い、運命を縛った卑劣漢。それに鉄槌が下ったにすぎん!』

 

『お前は、自分がどれほど愚かなことをしたのか気づいていないのか! お前の行為で、いったいどれだけの人間が犠牲になったと、そして、これからどれだけの人間が犠牲になると思う!』

 

 ヴァーロックが、激昂しながら、街を焼き払ったミラークの行為を咎めた。

 しかも、会話の内容から察するに、これはミラークが己が仕えていたドラゴンを殺した直後のようだった。

 ドラゴンはこの時代、人間に対して苛烈な統治を施していた。

 人間が反乱を起こし、さらに同族であり、主であるはずのドラゴンを殺してその力を奪ったと知れば、残酷などという言葉でも言い表せないほどの報復を行うだろう。

 

『あのような汚いワームに命を捧げることに疑問も持たぬような者など、人間ではない。ただの人形だ! 人形がいくら壊れたところで、知ったことか!』

 

『ミラーク!』

 

 だがミラークは、己が殺した父親だったドラゴンはおろか、自分と同じ境遇の人間達の死すらも、全く痛痒には感じていなかった。

 彼を突き動かしていたのは、世界を焼き尽くさんばかりに猛る怒り。

 ドラゴンボーン。人の体と、ドラゴンの魂を持つことになってしまった存在。

 人でもなく、ドラゴンにもなり切れないという境遇、内に秘めることになってしまった力、その力を自分たちの都合のいいように利用しようとしたドラゴン、そして、消された過去とミラークという名前。

 その全てが複雑に絡み合った結果、ミラークと呼ばれていた彼は、世界全てを憎むようになってしまっていた。

 その憎しみは当然、今彼の目の前にいるヴァーロックにも向けられる。

 

『お前とて人形だ、ヴァーロック! ドラゴンの統治を守る“守護者”よ! お前が誇るその名とて、ドラゴンの都合で付けられただけに過ぎぬだろうが! 知っているぞ。お前が元々は、私を監視するために送り込まれていたということもな!』

 

『っ! どうしてそれを……』

 

 ヴァーロック。

 彼は元々、史上最初のドラゴンボーンを監視するために、ソルスセイムへと送られたドラゴンプリーストだった。

 人でありながら、ドラゴンと同じ能力を持つミラーク。

 ドラゴン達から見ても未知の存在である彼を野放しにしておくことなど、ドラゴンたちは到底できなかった。

 名を奪い、過去を奪い、スゥームで縛り付けても安心できなかったドラゴン達が施した鎖。それが、ヴァーロックだった。

 

『私に真実と、新たな力を齎した者からだ。その反応を見る限り、真実だったようだな!』

 

 己の協力者からの情報が真実であった事に、ミラークが得意げながらも、憤りに満ちた声で叫ぶ。

 その苛烈な敵意に、ヴァーロックは瞑目しながらも、己の忠義と、その真意を吐露する。

 

『それでも、私は守ると決めたのだ。

 確かにお前の言う通り、人は弱く、脆く、愚かだ。己の足で立ち上がることなど、到底不可能だろう。たとえ立ち上がったとしても、人間は必ず、己の愚かさから、自滅する。

 そうならないようにする為には、あの方達が必要なのだ! ドラゴンという、我々の上に立つ御方達が! それをお前は……!』

 

『は! 御大層なことを言っているようだが、欲に塗れているのは人もドラゴンも同じだろうが! あの獣たちが、己の欲のために、一体何人の人間を犠牲にしたと思う! お前が言う、守るべき人間達を!

 ドラゴンなど、所詮その程度の存在でしかない。ならば、私が糧にすることに何の咎がある!』

 

『ミラーク!!』

 

 ドラゴンの魂が叫ぶままに、全てを食らいつくそうとするミラークに、ヴァーロックがついにその杖を掲げた。

 ヴァーロックがついに戦意を露わにしたことに、ミラークもまた、己の魂を高ぶらせる。

 

『さあ、問答は終わりだ、ヴァーロック! 私は新たに手に入れたこの力で、私の運命を手に入れる! ムゥル、クァ、ディヴ!』

 

 ヴァーロックの知らないシャウトが火の粉が舞う空に響き、光麟がミラークの体を覆いつくす。

 人型のドラゴンと呼ぶに相応しい姿と威圧感、そして荒々しさと神々しさを兼ね備えた覇気に、ヴァーロックは目を見開く。

 

『それは、そのシャウトは……』

 

『終わらせるのだ、この間違った運命を! 世界を! そして私は、己の運命を手に入れる!』

 

『ミラアァァァァァァク!』

 

 ヴァーロックが掲げた杖に炎が収束し、ミラークがシャウトを唱える。

 次の瞬間、空間全体に衝撃と閃光が走り、健人の意識は過去の情景から弾き飛ばされていった。

 

 

 




本当はヴァーロックまで出したかったけど、尺の都合で分割。
ヴァーロック編はあと二話ぐらいかな?

ヴァーロックとミラークの回想に関しては完全にオリジナルです。また地雷要素が……。

文字の統制についても、本小説のオリジナルの考察です。
イスグラモルがエルフ文字を元に古代ノルドの翻字を体系化して、人類最初の歴史学者と呼ばれたことは本当ですが、情報統制や愚民政策については”当時あり得た事”として、考えています。
ミラークの名前の由来を考察すると、尚の事あり得ると思えてしまうんですけど……。

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