【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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二か月ぶりの更新。お待たせして申し訳ない。
という事で、ヴァーロック編の四話目です。


閑話 ヴァーロック編 その4

 二つ目のアメジストの爪を手に入れた健人達は、再び入り口の祭壇へと戻ってきていた。

 格子で閉じられた祭壇、その手前にある半円形の仕掛けに、両方の通路で手に入れたアメジストの爪を当ててみる。

 

(まあ、これがカギで間違いないな。竜教団関連の施設で、ドラゴンの爪を模した品となれば、当然か……)

 

 改めて半分に割られた爪を眺めながら、健人は先ほど脳裏に過った光景について、思いを巡らせる。

 

(あれはおそらく、戦いの激昂に込められていたシャウトとミラークの魂が反応したんだろうな。アイツがドラゴンを裏切った事も、自由を欲していた事も知っていたけど……)

 

 アポクリファでミラークと戦った健人は、シャウトを通して、数千年間ミラークを突き動かしていた怒りを直に感じ取った。それこそ、魂のレベルでの共感である。

 だから、今更彼の過去の情景を見ても、それほど動揺はない。

 ただ、改めてこうして見せられると、胸の奥から何とも言えない感情が湧き上がってくる。

 互いに世界から理不尽に様々なものを奪われた者同士。しかし、怒りの向けた先は全く違った両者。

 同じような体験をしながらも、全く違う答えを出した相手の存在と、その存在が歩んだ道。

 その結末を知っているからこそ、胸の奥で何かが渦巻くような心境を覚える。

 胸を突く衝動に、健人の手は自然と己の胸元へと添えられていた。

 

(ドラゴンに忠誠を誓ったドラゴンプリースト、ヴァーロック。遺跡の事をサースタンさんから聞いた時から感じていたけど、先に進めば、間違いなく何かが起こる……)

 

 確信にも近い直感が、健人に警告をしてくる。肉体と同化したミラークの魂もまた、何かを予感するように震えていた。

 

(だからこそ、確かめる必要がある。この古代の遺跡の最奥に、一体何があるのかを……)

 

 健人が、はめ込んだアメジストの爪を回す。

 すると、ガコン、という作動音とともに、閉じられていた中央奥への祭壇への扉が開いた。

 

「開いたね!」

 

「でも、肝心の奥への道がないわ。崖になっている……」

 

 祭壇への格子は開いた。しかし、祭壇の奥は身投げ場のような崖となっており、先へ進むために通路や橋、階段などもない。

仕掛けを解いても崖に続いている事に首を傾げつつも、健人達はとりあえず、奥の祭壇の調査を開始した。

 

「一応、対面の崖に通路はあるわね。元々は橋が架かっていて、長い年月の中で崩れたのかしら?」

 

 フリアの言葉に一行が反対側に目を向けると、さらに奥へと続いていると思われる通路が見える。

 だが、生憎と健人達がいる場所と奥の通路への入り口への間には、橋もなければロープも張られていない。

 

「崖の下には水が溜まっているな。浸水でもしたのか?」

 

 崖下には長年に渡る浸水の影響か、水がたまり、地底湖のような様相を見せている。

 

「分からないけど、対岸には岸に上がるための階段とかもないわ。泳いで向こう岸に行くのは無理そうね……」

 

 健人は改めて、サースタンとともに祭壇を調べてみる。

 この遺跡の祭壇には、必ず仕掛けに関する何らかしらのヒントが書かれていた。

 太古の時代の識字率など、それこそ地を這うほど低かっただろうし、ドラゴン語の文字など神官しか使わなかっただろうから、この遺跡を訪れる仲間の神官に向けてのメッセージであることは想像がつく。

 

「道から逸れるな。動かなければ死ぬ。嫌な予感しかしないんだが……」

 

 祭壇に刻まれた碑文の内容に、健人は口元を引きつらせる。

祭壇の下にもスイッチと思われる取っ手がつけられており、それが尚の事、健人の嫌な予感を掻き立てた。

とはいえ、何もしない事には先へ進む方法も見つからない。

健人は仕方ないというように大きく息を吐くと、ゆっくりと祭壇下の取手を引っ張った。

 ガコンと音を立てて取っ手が引かれると、祭壇の奥の格子が開き、続けて青色に輝く半透明の床が、祭壇奥の開かれた格子の先に現れる。

 

「九大神に掛けて!こんなものは見たことが無い。魔法の力で作られた床か。本当に素晴らしい!」

 

 サースタンが空中にできた魔法の足場に興奮した様子を見せる一方、健人達は硬い表情を浮かべたままだ。

 魔法の床は、大きさとして二、三メートル前後の正方形の形をしている。

 数人が乗るには十分な大きさだが、先ほど読み上げた碑文の内容が、その魔法の床に足を付くことを躊躇わせていた。

 この後、この魔法の床がどのような動きを見せるのか、どうしても様々な想像が膨らんでしまう。

 そして、その想像は大抵碌なものではない。

 

「で、誰が行くんだ?」

 

「まあ、動けって言うんだから、足の速い人かしら……」

 

 フリアの視線が、チラリとカシトに向けられる。

 猫獣人のカジートである彼の身のこなしは相当なものだ。

実際、足も速く、健人とフリアたちと比べても軽装であり、通路で回収したお宝も、一度袋にまとめて広場の入り口に置いていることから、適任と言えた。

 

「ちょ、オイラ!? 冗談じゃないよ! 落ちたらどうするのさ!」

 

 当然ながら、カシトは全力で抗議の声を上げ始めた。

 ノルド関連、しかも、明らかにやばいと思われるドラゴンプリーストの遺跡の仕掛けだ。

 サースタンのように知的探求の側面から見るならともかく、半透明かつ魔法で出来た足場という、安全保安上は非常に不安を掻き立てられる要素満載のギミックである。

 

「まあ、下は地底湖だから怪我とかは大丈夫……かな?」

 

 ヒョコっと崖下を覗き見ながら、健人はおもむろに灯明の魔法を唱えて、崖下に飛ばす。

 射出された灯明の魔法は、地底湖の水面から水中へと進み、やがて底に到達。減衰されて淡くなった白い光を、水面から瞬かせる。

 

「うん、深さは十分あるみたいだ」

 

「なら、大丈夫ね」

 

 健人の見立てでは、地底湖の深さは五メートル以上。崖からの高さも八メートルもない。

 日本の一般的な飛込競技におけるジャンプ台の高さが十メートル以下、水深も五メートル前後ということを考えれば、落ちても水底に激突という心配はなさそうだった。

 

「いやいやいや! 死ぬって書いてあるって言ってたじゃん!」

 

「おそらく、この遺跡を作った時は、水はなかったんだろうな。まあ、あくまでも水底に激突しないだけで、着水の衝撃で骨を折ったり、内臓が傷つく可能性はあるけど……」

 

「ケント~~!」

 

 健人の冷静な解説を聞いて、カシトが助けを求めるような悲鳴を上げた。

 実際、水の抵抗で落下速度を減速するといっても、人体にかかる負担は大きい。

 着水姿勢が適していなければ、ケガをする可能性は十分にあった。

 

「いや、俺はカシトが適任とは思っているけど、絶対行けって言っているわけじゃ……。そういえば、猫って仰向けで落とされても、落ちるまでに着地体制を整えるくらいバランス感覚に優れていたよな……」

 

「まあ、ほら、ケガする可能性もゼロじゃないけど、死ぬ可能性も少なくなっているんだから大丈夫よ……多分」

 

「ちょっと、ちょっとーーーー!」

 

 健人が改めてカシトが適任だよなと思い直す一方、フリアは健人の指摘に自信なさそうに視線を泳がせている。

 話が完全に自分推しの流れになっていることに、いよいよカシトの声に悲愴さがにじみ出てきた。

 

「ま、まあ、適任は誰かもう少し考えてみよう。いざとなれば、俺がドラゴンアスペクトと旋風の疾走で向こう岸に跳べるか試してみても……あ」

 

 さすがに、このまま流れに任せてカシトを行かせるのも悪いと思ったのか、健人が少し時間を置こうかと考えたその時、彼の視界にカシトの背後に回り込むサースタンの姿が映りこんだ。

 

「オ、オイラは絶対御免だ……」

 

「おっと、足が滑ったああああああ!」

 

「にゃあああ!」

 

 健人たちとの会話に夢中だったカシトは、サースタンの気配に気づかなかった。

 背中からタックルを食らい、カシトの体は勢いよく魔法の足場へと押し出される。

 あまりの勢いに二歩、三歩と足が進み、あわや魔法に足場から跳びだしそうになったところで、新たに足場が出現。

カシトは足をもつれさせ、ズデン! と新たに出現した足場に倒れこんだ。

 

「おい爺さん! 一体何を……」

 

 カシトが文句を言いきる前に、フッと最初の足場が消失、戻る道が断たれてしまった。

続いて、右側に三つ目の足場が出現する。

 消える足場、そして新たに出現する足場、そして崖。カシトの額に冷や汗が浮かぶ。

 

「ちょっとおおおおお!」

 

 一瞬で足場の仕掛けと最悪の結末を想像したカシトは、悲鳴を上げながら大慌てで三つ目に足場めがけて駆け出した。

 カシトが歩を進める度に新しい足場が生み出され、その間にも古い足場は次々と消え去っていく。

 生成される魔法の足場は直前の足場に継ぎ足される形で出現するが、その位置は当然バラバラ。

 バシュン、バシュンと音を立てて背中から迫る死の恐怖に、カシトは全身の毛を逆立てながらも、必死に足を動かす。

 

「下を見るな! もちろん、進む方向以外を見るなと言う意味だぞ!」

 

「糞ジジイ! 後で覚えてろよ~~!」

 

 事の元凶であるサースタンが無責任な事を口走る様に、健人もフリアも呆然と言葉を失う。

 一方、そうこうしている内に、カシトは何とか対岸に到着。

 彼が着いた時点で、健人達がいる祭壇から対岸まで、一直線に魔法の足場による橋が形成された。

 健人が何度かトントンと叩いてみるが、幻というわけでもなく、消える気配もない。

 もう大丈夫そうだ。

 そう思って魔法の橋を渡った先では、カシトが身を屈ませて、荒い息を吐いていた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「素晴らしい、君なら渡れると思っていたぞ! さて、次は何が待っているかな……」

 

 悪びれもせず、ルンルンと先を目指すサースタン。

 いい加減、この老人の変人さは理解し始めていた健人だが、ここまでとは思っていなかった。

 

「サースタンさん、さすがにやりすぎじゃないか?」

 

「すまんな、少し強引かとは思ったが、いつまでも立ち止まっているわけにもいかん。ノルドの遺跡の罠は悪辣じゃから、時間をかけると発動する罠がある可能性も否定できん。それに言ったじゃろう、彼なら渡れると確信しておったと」

 

 つまり、サースタンが警戒したのは、あのまま渡らなかった場合に、別の仕掛けが作動する可能性というものだった。

 それに、「道から逸れるな、動かなければ死ぬ」という文章は、言い換えれば「道から逸れずに動き続ければ生き残れる」ということでもある。

 この老人もまた、ドラゴン語の希少性と、それが読める存在を考慮し、碑文に従っておけば問題ないとこの老人は確信している。

 胸を張るサースタンに健人は大きなため息を吐く。

 とりあえず、カシトが落ち着いた段階で、先へ進むことを決めた健人達。

 だが、一行が少し進むと、再び魔法の足場の仕掛けが現れた。

 しかも、今回は前回と少し状況が違う。

 

「またこの床か……」

 

「今度は下の水も少ないわ。おまけに、明らかに友好的じゃない影が徘徊しているわよ」

 

 健人達の眼下には、先ほどと違い、整然とした遺跡の広間が広がっている。

長年の浸水にさらされている点は変わらないが、それでも水深は脛ほどしかない。落下した際の死亡率は、先ほどの比ではないだろう。

おまけに、黒い人影のような存在が徘徊している。

ゆらゆらと不気味に揺れる影、その瞳に宿った紅光。明らかに友好的とは思えない存在だ。

もし落下して一命をとりとめても、間違いなく影に群がられて殺されるだろう。

これは、いよいよ自分が行くべきか。

健人がそう考える間にも、遺跡の奥が気になって仕方がないサースタンは、再びカシトに視線を向けていた。

 

「よし、今回もまたカジートの彼に……」

 

「ちょいさぁ!」

 

「ぬお!」

 

 さすがに今回はカシトに悪いし、この爺をいい加減自重させないといけない。

 そう思った健人が自分で行くと言い出すついでにサースタンを止めようとするが、その前にカシトがサースタンの手をひねり上げて、彼を拘束していた。

 

「お、おいカシト……」

 

「おい爺さん、偶には運動もするべきだよね」

 

「い、いや。ワシは頭脳派じゃから。それに、老い先短い爺なんじゃから、もっと労わって……」

 

「ふん!」

 

 言葉を濁すサースタンを、カシトは容赦なく魔法の足場めがけて押し出した。

 押し出されたサースタンはよろめきながらも、魔法の足場の上へ。

 サースタンが乗った時点でカシトの時と同じように、次の足場が現れる。

 現状を理解したサースタンは、大慌てで次の足場めがけて駆け出した。

 そして、先ほどのカシトと同じように、サースタンと魔法の足場の追いかけっこが始まる。

 

「ふおおおおお!」

 

「あれ? 何だかオイラが渡った時より速くなってる気が……」

 

「気の所為じゃない! おい爺さん、早く渡らないと落ちて死ぬぞ! 今回は冗談とか抜きに!」

 

「ほあああああああ!」

 

 ただ、先ほどカシトが渡った時と比べて、足場の出現速度と消失速度が増していた。

 テンポよく出現しては消えていく足場に翻弄されながら、サースタンは必死に足を動かす。

 だが、そこはさすがサースタンというべきだろうか。いざという時の逃げ足の速さは、この危機的状況でしっかりと発揮されている。

 シュタタタ! と見事なランニングフォームを見せつけながら、サースタンは見事に命がけの鬼ごっこを完走。ゴールにたどり着くと同時に、力尽きたように倒れ伏した。

 

「コヒュー、コヒュー……」

 

「よしよし、さすが爺さん。逃げ足は天下一品だね!」

 

「…………」

 

 サースタンが駆け抜けたことで出現した光の橋を渡ると、件の老人は死にそうな形相で荒い呼吸を繰り返し、今にも天に召されそうになっていた。

 先ほどとは配役が全く逆の光景に、健人は何も言えずに押し黙る。

 隣にいるフリアに至ってはこめかみに指を当てながら、頭痛に耐えるように首を振っていた。

サースタンも大概だが、老人を容赦なく生死に係るような魔法の仕掛けに放り込むカシトもカシトである。

さらに悪いことに、健人達が渡った先には、さらにもう一つの仕掛けが存在した。

いい加減見慣れたスイッチと崖、そして眼下でうろつく影に、健人はげんなりと肩を落とした。

 

「で、三回目と」

 

「ほ、ら、爺さん、出番だよ……」

 

「何を、言うか……。そっちの、番じゃろうが……」

 

「はあ……」

 

 溜息を吐露する健人の横で、サースタンとカシトが両掌をがっちりと組み合い、グルグル回りながら、互いに相手を足場に押し出そうとしていた。

 とはいえ、いくらサースタンといえど、カジートのカシトとの力比べは分が悪いのか、徐々に崖を背負う時間が伸びてきている。

 

「おい二人とも、いい加減に……」

 

 さすがに仲違いしそうな状況は放置できない。

 二人を諌めようと健人が二人に近づいたその時、力尽きたサースタンが一気に体勢を崩した。

 

「ふお!」

 

「うわわ!」

 

「ちょ!」

 

 サースタンだけでなく、突如として支えを失ったカシトもまた、サースタンに釣られる形で魔法の足場に飛び出しそうになる。

 健人が慌てて二人に手を伸ばしたところ、カシトとサースタンは息を合わせたように健人の腕をつかみ、一気に引っ張ってしまった。

 そしてカジートと老人の体が魔法の足場から逃れる一方、反作用で健人の体は崖の方へと放り出されてしまう。

 

「ケント! きゃあ!」

 

 フリアが慌てて健人の体を支えようとする。だが、咄嗟の事で彼の体を支えきれず、二人は揃って魔法の足場に踏み込んでしまった。

 

「「あっ……」」

 

 視線を交わした健人とフリアの顔色が一瞬で顔を青ざめる。

 そして、消える足場よる三度目の鬼ごっこが開始された。

 

「うおおおお!」

 

「きゃああああ!」

 

 必死に足を動かす健人とフリア。

 予想通りというか、魔法の足場はこれまでで最も速く、出現と消失を繰り返す。

 その速度は、体感でもカシトの時の二倍以上。

 おまけに先程までと違い、唯でさえ狭い足場を二人で駆け抜けなければならない。

 

「フリア、右右!」

 

「ケント、今度は左よ左! 急いで急いで!」

 

「うおおお! 落ちる、落ちる!」

 

 狭い足場で二人が走り回る故に、必然的に互いにぶつかりそうになったり、バランスを崩して落ちそうになる。

 偶然とはいえ、単独で走るだけだった先の二人と比べて、難易度は段違いに跳ねあがってしまっていた。

 相手にぶつかってしまわないように細心の注意を払い、新たに出現する足場と相手が駆けるルートを瞬間的に導きだし、全力で足を動かす。

 時に前後に並び、体を入れ替え、時に左右に並ぶ。

 健人とフリア、各々が刹那の間に最良かつ最善の判断を下しながら駆けるその様は、遺跡に響く悲鳴にも似た大声とは裏腹に、驚くほど洗練されている。

 全ては、このソルスセイムで大きな困難を乗り越えたパートナー同士が持つシンパシーが成せる技。

 

「ケント~~、フリア~~、ガンバ! あと少しだよ~~」

 

「おお、流石の健脚じゃ! やっぱりこういう肉体酷使の仕掛けは若い者たちに任せるに限るのう!」

 

 一方、こんな時でも、元凶のトラブルメーカー達は呑気だった。

 自分達が走らなくてもよくなったことに意気揚々としながら、気の抜ける声を上げている。

 

「あんっっっの、トラブルメーカーども!」

 

「全創造主よ! あの不届き者達に裁きを……って、きゃあぁあああああ!」

 

 呑気な元凶たちの姿に、激昂する健人とフリア。その時、意識が逸れたことで、フリアが足場の縁で体勢を崩してしまう。

 バランスを崩した彼女の体が、足場の外へと流れていく。

 

「フリア!」

 

 フリアの危機に、健人は瞬間的に足でブレーキをかけながら、手を伸ばす。

 そして、どうにか延ばされたフリアの手を掴むと、体を捩じりながらフリアの手を思いっきり引っ張った。

 腕を引かれたことで、足場の外に飛び出しそうになっていたフリアの体は、ギリギリのところで足場に復帰を果たす。

 だが、その代わりに、今度は健人が落ちそうになってしまった。無理に体を捩じった事と、フリアの手を引いた反力で、今度は自分の体が足場の外方向に流れてしまったのだ。

 

「うわ!」

 

「ケント! ふん!」

 

 自分の代わりに落ちそうになった健人を、今度はフリアが助ける。

 持ち前の腕力と安定した下半身を存分に活かし、魔法の足場にがっちりと体を固定して、ハンマー投げの要領で健人の体を引き上げた。

 

「ケント、このまま次の足場へ!」

 

「お、おう!」

 

 まるでコマのように回っていた二人は手を繋いだまま、互いに相手の力を利用し、何とか今の足場が消える前に、次の足場に跳び移ることに成功する。

 そのまま、健人とフリアは間髪入れずに再び駆け出し、一心不乱に先を目指す。

そして、何度が再び落ちそうになりながらも、何とか対岸まで駆け抜けることに成功した。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「ふう、ふう、ふう……」

 

「いやあ、さすがケントとフリア、息ピッタリだったよ」

 

「うむ、流石はスコールの英雄同士。まるで夫婦のような阿吽の呼吸じゃった」

 

「……言い残したい事はそれだけか? なら覚悟はいいな」

 

「父さん、今からこの愚かな魂達を送ります。どうか全創造主の身元で、汚れた魂が清らかにならんことを……」

 

 そして二人は、余裕綽々とやってくる愚か者たちを出迎えた。

 凍てつく極北の吹雪のような女戦士と虹色の眼光を湛えたドラゴンの化身が、物理的な実体を持つのではとも思える威圧感を漂わせながら、元凶である二人に迫っていく。

 ビリビリと明らかにヤバイ気配を放つ健人とフリア。無数の針で全身を滅多刺されているような感覚に、元凶二人は互いに隣の相手を指差してこう言った。

 

「「いや二人とも、今回はこいつが悪いからオイラ(儂)は見逃して……」」

 

 直後、猫と老人に夜叉と人型のドラゴンが奇声を上げながら飛び掛かり、遺跡の中に強烈な殴打音と絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 

 三連続の魔法の足場を踏破した健人達が先に進むと、一際大きな回廊に辿り着いた。

 回廊の先には三つの輪を組み合わせたような扉が鎮座しており、健人達の行く先を塞いでいる。

 扉の中央には魔法の足場の祭壇前にもあった、鉤状の爪をはめ込む鍵穴があり、鍵穴を囲む三つの輪には、それぞれオオカミや鳥などの意匠が彫り込まれている。

 扉の三つの輪はそれぞれが独立して回転するようで、明らかに何らかの仕掛けが施されている様子が見て取れた。

 

「しかし、この回廊、随分凝った壁画が彫り込まれているな」

 

 回廊の壁には石を掘って描かれた壁画が所並んでいる。

 長年の風化によってその大半は判別が難しくなってしまっているが、その佇まいと回廊全体から滲み出る気配は、かつての荘厳さと、この回廊の先で眠る者への敬意に満ちている。

 回廊の壁画と、奥に鎮座する扉を見つめながら、健人は改めてこの奥いるであろう存在に、ごくりと、唾を飲んだ。

 

「問題は、この扉をどうやって開けるかだけど……」

 

「鍵の爪にも、ヒントになりそうなものはないわね。となると……」

 

 フリアの視線が、回廊の壁画に向けられる。

 扉にはこれまで遺跡の中で仕掛けのヒントになっていたドラゴン語は見当たらない。

 となると、他に手掛かりとなれば、回廊にびっしりと刻まれた壁画ぐらいしか思い当らなかった。

 

「ううう、痛いよぅ……」

 

「この激痛……儂の短い寿命は、風前の灯火となったに違いない……」

 

 一方、ここに来るまでに健人達の制裁を受けた二人は、未だに回廊の手前で、二人に打たれた頭を抱えて蹲っている。

 カシトとサースタンの頭にはいくつものたん瘤が出来ており、傍から見て痛々しい。

 

「さっさと立ちなさい、ロクデナシ。サースタンはさっさと壁画を調べる! カギになっているかもしれないんだから!」

 

 立ち上がれない二人に、フリアが容赦なく言葉の鞭を振り下ろす。

 ここまでの二人の所業が尾を引いており、一切の容赦がない。

 

「ケント~~」

 

「ね、年長者はもっと敬うべきじゃと思うのだが……」

 

「……サースタンさんさっさと働いて。カシトは知らね」

 

 カシトが懇願するような声を上げ、サースタンが抗議の視線を向けてくるが、健人もまた完全な塩対応で二人に応える。

 普段は割とトラブルや悪戯には寛容な健人だが、さすがに今回は堪忍袋の緒が切れたらしい。

 これ以上ないほど冷たい視線で二人を見下ろしている。

 健人のこの対応を前にして流石に反省したのか、カシトはスゴスゴと叱られた飼い猫のように回廊の端っこで丸くなり、サースタンもそそくさと壁画の解析に向かった。

 

「で、壁画の解読はできそうなのか?」

 

「ああ、何とかな。ええっと、最初はそよ風か風に関係するようだ。次は、夜空と月について触れている。三番目は、火について書かれている。それから、鱗についても触れている」

 

「風、夜空と月、火と鱗、ね。こうかな?」

 

 健人がサースタンの解読を元に、扉の仕掛けを動かす。

 それぞれ輪の意匠を鳥、オオカミ、ドラゴンの順に並べ、二つに分かれたアメジストの爪を中央にはめて回すと、ガコン! と音を立てて、扉が開かれる。

 

「開いた……」

 

「おお! ワクワクしてくるじゃないか、ええ?」

 

「おっ宝、おっ宝!」

 

「こいつら……」

 

 奥への扉が開いたことに、健人が安堵と緊張を漂わせる一方、制裁を受けたはずの考古学者とカジートは、先程まで意気消沈していた姿が嘘のように元気一杯になっている。

 片や知的好奇心、片や金銭的欲求。

 どちらも本能に属する面があるが、それにしたってこの切り替えの早さには健人も呆れた。

 いい加減、身動きできないように縛り上げて置いていくべきだろうか。

 そんな考えが健人の脳裏に浮かび始めるが、カシトは元より、サースタンも自力で抜け出して追ってきそうな雰囲気である。

 

「ケント、諦めましょう。何を言っても聞かないし、何をしても止められないわ。穴持たずのクマの道を塞ぐがごとくよ」

 

 一方のフリアは、既にこの二人は止めても無駄だと、悟ってしまった様子だった。

 溜息をもらしながら、手の施しようがないというように肩を竦めている。

 健人も半分くらいはそう思わないわけではなかったが、相棒にこうもはっきりと言われると、認めざるを得ない。

 

「分かってはいたけど悟りたくはなかった……」

 

 気炎を上げる問題児二人を前に、健人は疲れたようにがっくりと肩を落とす。

 そんな彼を慰めるように、フリアの手が優しくポン、と置かれた。

 

「ケント、ミラークの方は?」

 

 先程までの気の抜けた雰囲気から一転、真剣味を帯びたフリアの表情に、健人も気持ちを切り替えるように大きく息を吐く。

 

「……この遺跡に入った時からざわめきが止まらなかったけど、この扉が開いたらなお一層強くなった。正直、心臓がバクバクしている」

 

 自分の胸に手を当てながら、健人は開いた扉の奥に目を凝らす。

 扉の奥は長い階段になっているが、階段の奥にはかなり広い空間に出ているように見える。

 

「サースタンさん、この先にヴァーロックがいるとしたら、どうなっていると思いますか?」

 

「さあな、はっきりとしたことは言えない。だが、ドラゴンプリーストは総じて強大な力の持ち主であり、ドラゴンに対して忠誠を誓っていた。生前も、そして死後もな。そしてこの遺跡にあったドラゴン語の碑文を思い出せばわかるが、ヴァーロックは、ドラゴンプリーストの中でも特に忠誠心が強かったようだ……」

 

 それはつまり、遺跡のドラウグル達同様、ヴァーロックもアンデッドとなっている可能性が極めて高いという事だ。

 健人は改めて、己の内に意識を向ける。

 普段は健人の奥底で、静かに眠っているミラークの魂。

 その魂は今、スゥームを使っていないにもかかわらず、異様なほど隆起している。

 ミラークの魂に引きずられるように高鳴る心音。

戦友の声は聞こえてはこない。ただ、その激情だけが、健人に何かを訴えかけてきていた。

 怒り、憤り、諦観、失望、憐憫。そのどれとも取れ、どれとも取れない複雑な感情。

 ただ、こう言っているように健人には聞こえた。ヴァーロックを討ってくれ、と。

 あの時、アポクリファで対峙したミラークと共にハルメアス・モラと戦い、そしてその戦いの果てに“忠誠”の名を受け入れた彼の全てを、健人は継承した。

 ならば、ミラークの因果もまた、彼が背負おうべきものであり、彼の忠誠を受け入れた健人の義務。そして、戦友への手向けとなるだろう。

 それを、健人は改めて胸に刻む。

 

「……行こう」

 

 静かに、しかし重い意志を込めて、この先にあるものを確かめようと、健人は歩み出す。

 階段を上った先は予想通りかなり広い空間になっていた。

 ラグビーボールを二つに割ったかのような、細長い半球形の巨大な玄室。

 床は中央に向かって二段のすり鉢状になっていて、一番中央の床には水が溜まっている。

 健人達がいる入り口の反対側の最奥にはドラゴン語が刻まれたワードウォールが屹立し、その手前には一際大きな棺が置かれている。

 部屋全体にはジメッとした空気が漂っているが、明らかにそれとは違う異質な重圧に満ちていた。

 

「ケント……」

 

 緊張感に満ちたフリアの声。

 騒がしかったカシトやサースタンも、この部屋の異様な空気を察知したのか、先ほどまでのテンションが嘘のように静まっている。

 

「俺が先に行く」

 

「それは……分かったわ。気を付けて」

 

 健人の一人で行くという言葉に、一瞬言葉に詰まったフリアだが、彼の意志を察したのか、スッと素直に身を引いてくれた。

 彼女の気使いに感謝しながらも、健人は最奥の玄室に足を踏み入れる。

 次の瞬間、健人とフリア達を隔てるように、玄室への入り口に格子が降ろされた。

 

「なっ!?」

 

「ケント!」

 

 閉じ込められた。

 その意識が頭に過った瞬間、玄室の最奥にある棺の蓋が弾け飛んだ。

 

「ウオオオオオオ!」

 

 雄叫びと共に姿を現したのは、竜の意匠を施されローブをまとったドラウグル。

 長い年月で元は豪華で荘厳だったであろうローブはボロボロにすり切れ、竜の意匠も風化しているが、骨と皮だけになったその痩身には、圧倒的なマジカを漂わせている。

 健人が今まで見てきた中でも、桁外れの威圧感を纏うドラウグル。その姿に、健人は全身の肌が泡立つのを感じた。

 

「あれが、ヴァーロックか……」

 

 腰を落とし、身構える。

 ヴァーロックは青く光る眼光で健人を捉えると、まるで見せつけるように、ゆっくりと右手を掲げた。

 よく見れば、掲げられた手のひらには小さな火の塊が浮かんでいる。

 まるで、人魂を思わせる炎。キュキュキュ……とまるで金属がこすれ合うような音を響かせながら、炎の塊は揺らめくことなく、綺麗な球形を保っている。

 

「火の玉……っ!?」

 

 まるで白熱電球を思わせる炎の球体。

 だが次の瞬間、強烈な悪寒が健人の脊髄を貫いた。

 突然襲ってきた危機感に急かされるまま、健人は反射的にその場から飛び退く。

 

 キュゴッッツツ!

 

 健人が飛び退いた瞬間、一筋の閃光がヴァーロックの掌から放たれた。

 撃ち出された閃光は数瞬前に健人がいた場所を貫き、後方の入口上部に着弾。一瞬で地盤を掘削し、遺跡の天井を支えていた石材に致命的なダメージを与える。

 

「うわっ!」

 

「きゃああああ!」

 

「こ、これは、まずい。崩れるぞ!」

 

 天井を支えていた石材と地盤が貫かれた事で、一気に崩落が始まった。

 

「みんな!」

 

 ガラガラと崩れる遺跡と瓦礫の雨の前に、入口はあっという間に塞がり、フリアたちの姿が見えなくなる。

 崩落を止めるどころか、駆け寄る暇すらなかった。

 そして、健人の動揺を他所に、ヴァーロックは手の平に再び炎の球体を生み出している。

 狙いは当然、健人だ。

 

「これは、ヤバイな……」

 

「ミラアァァァァク!」

 

 生気を失い、白く濁った瞳に不気味な青の光を湛え、怨敵の名を叫びながら、ヴァーロックは再び灼熱の閃光を放つ。

 数十メートルの距離を一瞬でゼロにしながら、光槍は異端のドラゴンボーンの命を貫かんと疾駆していった。

 




という訳で、ついにヴァーロックの登場です。
ミラークのライバルであっただけに、当然ながら本小説オリジナルの強化を施しております。

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