ガンプラバトル・ネクサスオンライン、通称GBN内におけるフォース戦。
気の合う仲間たちとともに結成したフォース同士でのいわばチーム戦に、フォース<ビルドダイバーズ>は挑んでいた。
今回のルールにおいて、参戦メンバーは互いのフォース全員。過去に数回対戦したことのある同ランク帯のフォースとの戦いであり、戦績としてはビルドダイバーズがわずかに勝ち越している相手。
対戦フィールドは一部に小惑星帯やコロニー跡の浮遊する宇宙空間。GBNにおいては何の変哲もないと言っていいありふれたフィールドに、多少なりと互いに手の内の知れた対戦相手という組み合わせ。
ビルドダイバーズのメンバーに、油断はなかった。
コーイチを参謀とし、事前に入手していた情報を元に作戦を立て、フォース全員の力を生かす形での戦いに臨んだ。
成長著しいリクとダブルオースカイ。
火力に優れたユッキーのジムⅢビームマスター。
意外性という意味ではフォース内でも随一のモモが駆るモモカプル。
コーイチのガルバルディリベイクは高いガンプラ製作技術に裏打ちされた頼りになる機体で。
アヤメのRX-零丸はトリッキーに戦場をかき回してくれるだろう。
そう思っていた。
相手フォースのメンバーに、見覚えのない新規メンバーの名前があるのを見た時も。
◇◆◇
フォース戦は序盤から激しい戦いが繰り広げられた。
今回のミッションで採用されたのは、ビルドダイバーズがフォースネストを獲得した際に行ったのとよく似た復活ありの時限性対戦ルール。互いのガンプラが激しくぶつかり合い、チームワークと個人技量、ガンプラの性能と運によって目まぐるしく有利と不利が入れ替わる刺激的なバトルだ。
戦闘開始からしばらくして、戦況は比較的ビルドダイバーズ有利と見て取れた。
後方から支援砲撃をしつつ指揮を執るコーイチの戦況把握能力の高さと、リクの突破力、それを支える他メンバーの強さが生きた形だ。
相手フォースも粘り強く防衛線を構築して、撃墜されたメンバー復活の穴を埋めつつ戦況の瓦解をよく防いでいる。
だがビルドダイバーズとてもはや初心者フォースではない。このままの状況が続けば押し勝てる。
そう読み取れる程度の実力はすでに備えていて。
『ちくしょう、こうなったら……! 頼むぞ、《傭兵》!』
『――了解』
相手があえて流しただろう広域通信から聞こえてきたその言葉に、違和感を覚えた一瞬。
――カァオ!
「きゃああああああ!?」
「モモちゃん!?」
一条のビームがモモカプルを貫き、ビルドダイバーズに戦慄が走った。
◇◆◇
「敵の位置は!?」
「相手集団の左側面! すさまじい速度で接近してきてる! なんだこれ……シャアザクじゃあるまいし!」
モモを落とした敵はコーイチが即座に発見した。
これまでの戦闘では後方に一歩下がって支援の動きを見せていた1機が、いきなり突撃してきたのだ。ガンプラの背後に見える巨大な噴射炎からするとその速度も納得で、接敵までは数秒とないだろう。
「僕が牽制を……うわあああ!?」
「ユッキー!」
しかし、互いの射程に入るのはもっと早い。肩に積んだガトリングがユッキーのジムⅢビームマスターに浴びせられ、撃破には至らないものの動きが止められる。
その間にも迫りくる敵ガンプラ。GBN宇宙に響く独特のブースト音がドヒャアドヒャアと鳴って、その度に左右へ吹き飛ぶように進路を変える。狙いが、定まらない。
「アヤメさん! 絶対止めよう!」
「ええ、このままだとこちらの戦線が崩壊する……何としても阻止するわよ!」
それでも、決してこれ以上先へは進ませない。
リクはダブルオースカイが持つ光の翼を広げ、アヤメはRX-零丸をリアルモードへ変形させ、万全の体制で迎え撃つ。
ようやくはっきりと姿が確認できた相手のガンプラは、大きく改造されているらしく元がなんのガンプラなのかがはっきりしないガンダムタイプ。今は肩のガトリングを背中側に格納し、両手に持ったビームライフルらしき武装を構えている。
あれこそが、モモカプルを一撃で落とした装備に違いない。他にもどんなことをしてくるのか。リクとアヤメは緊張感とともに操縦桿を握りしめた。
◇◆◇
翌日。
前日に行われたフォース戦は、あのあと謎のガンダムタイプにさんざん引っ掻き回されて全員漏れなく1度は撃墜されたものの、それまでに稼いだポイントが生きて結果はビルドダイバーズの勝利。
とはいえあのガンダムタイプがもう少し早く動き出していればその勝敗が逆転していただろうことは明らかで、ビルドダイバーズの面々はますますの精進を決意。こうしてさっそく翌日も別のフォース戦に挑むことにした。
ちなみに、フォース戦のあとに例のガンプラを操っていたダイバーと話をするべく相手フォースの元へと向かったリクたちだったが、ミッション終了後早々にログアウトしたらしく姿を見ることすらできなかった。
ともあれ昨日は昨日、今日は今日。
きっちりと切り替えて新しい戦いに臨むべきだ。
フォース内でその気合を固め、今日のミッションである攻防戦へ突入する。
攻防戦は、施設や物資、車両など特定のオブジェクトの破壊または制圧を目的とする攻撃側と、それを守り切ることを目的とする防衛側に分かれて戦うミッションだ。
今回のビルドダイバーズは攻撃側。堅牢な防御陣を敷いているだろう相手を一気に蹴散らし、勝利をつかむために全員一丸となって進撃し。
『ああ、やっぱり。昨日のフォースか。今日もよろしく』
「……へ?」
目視した、制圧対象となる敵基地の正面ゲート前に陣取る1機のガンプラから、つい昨日聞いたばかりの声がした。
しかし、それはおかしい。
もしあの声の主が昨日出会った謎のダイバーだというのならガンプラはガンダムタイプのはず。
それなのに、基地の前にいるのはどう見ても人型ですらない。
堅牢にして不動。機動力を捨て、装甲と火力に性能のすべてを割り振ったような戦車を思わせる履帯の脚部に図太い剛腕。それらが支える無数の火器。そして頭部に輝くのはどう見てもモノアイ。
控えめに言ってザクタンクだかデンドロビウムだかわからないようなガンプラが、そこにいて。
しかし、ディスプレイに表示される機体名は昨日見たものと同じ。
<アーマードMS>とあった。
なお、ほぼこの1機に阻まれてビルドダイバーズは基地への侵入だけでめちゃくちゃ時間がかかったのだとさ。
◇◆◇
「――っていうことがあったんです」
「……………………あー」
そんな、最近出会った謎多きダイバーのことを、リクたちはマギー、タイガーウルフ、シャフリヤールに対して話すのだった。
ここは、GBN内のエントランスロビー。
その一角にある休憩スペースで、偶然出くわしたマギーたちとの雑談タイム中。
他愛ない話の中、最近の様子を聞かれて真っ先に思い浮かんだのが、例のダイバーのことだった。
機体も変わればフォースも変わる、リクたちの常識では測れないダイバーとガンプラ。しかしGBN歴が長く、トップクラスのプレイヤーであるマギー達ならあるいは何か知っているのではと出会いのいきさつを話したところ、何とも言えない反応が返ってきた。
「あいつ、まだそんなことしてやがるのか」
「それが彼のポリシーなのだろう。外野が口を出すようなことではないが……」
「相変わらずねえ……」
3人とも、揃って微妙な表情を浮かべ、口を濁す。
知ってはいるし、秘密にする類の話でもないようだが、何とも説明できかねる。そういう表情だった。
「マギーさんたち、やっぱり知ってるんですか?」
「ええ、それなりにね。GBNではそこそこ有名よ、そのダイバー。リクくんたちも対戦したなら知ってるだろうけど、結構強いし」
「どこのフォースにも属さないソロプレイヤー。その癖、報酬を提示すればどこのフォースにでも助力する変わり者だ」
「この『どこのフォースにでも』というのが曲者でね。例えばあるフォースに助力してフォース同士の対戦ミッションに参加したとして、その後もし対戦した相手のフォースから助っ人として雇われれば一切の躊躇なくそちらに着く、ということもする。だからフォース間の対戦ミッションで下手に動員すると面倒なことになるのだが……どうやらリクくんたちと対戦したフォースは是が非でも勝ちが欲しかったようだね。フォースランクが降格寸前で、危ないところだったらしい」
すると、出るわ出るわエピソードの数々。
「昔は必ず左手にビームトンファー的な武装をつけてたけど、最近では両手に射撃武装持ちが基本になった」「なんかドヒャドヒャ飛び回る」「タンク脚の時は『避けるとかはやらない』」「ミキシングで作ったらしい4脚で狙撃してくる」「時々使ってくる逆関節の脚部は一体何が元ネタなんだ」「Iフィールドを爆発させる技術はどうやってるのか全く分からない」などなど。
「……す、すごい人なんですね?」
「まあな。それは否定しねえ。俺も何度か戦ったことがあるが、妙な強さのヤツだった。自分のスタイルってものがあるんだかないんだか、決まったガンプラを使わないで色々持ち出して、その全てを使いこなす。器用なヤツさ。……あと、なぜか俺のことは水中に沈めたら勝ちだと思ってたらしくてな。普通に水から上がったらめっちゃ驚いてた」
タイガーウルフは、格闘を極めんとする者として他の道を行く者に対しての目で語る。認められないわけではないが、理解もまたできそうにない、と口の端の歪みが語っていた。
加えて、謎の先入観を抱かれていたとも。一体どういう理屈なのか、リクたちにはさっぱりわからない。
「彼のガンプラは……なんだろう、複雑だ。愛はある、と思う。リクくんたちは彼と対戦した2回とも、全く異なるガンプラを使いながら機体名は同じだと言っていたね? あれは、各パーツをユニット化して完全な互換性を持たせることで、状況に合わせた根本的なカスタマイズを可能にしていることによるものだ。それだけのガンプラ製作技術と注いだ愛は間違いなく本物だよ。……しかし、ガンプラを通して別のものを見ている気がしてならない。あと、普通のガンプラのキットには付属してない武装とか使ってるな、アレは。うん」
シャフリヤールのガンプラ審美眼的にも、何とも言えない境地にあるらしい。
ガンプラに対する愛をもって評価を下すシャフリヤールは、耳をしなっとさせたり伸ばしたりしながらリクたちが提供した件のダイバーのガンプラ画像を見ている。
ガンダムタイプとザクタンク的な何かでありながら、まったく同じ機体名。つまりほぼ丸ごと構成パーツを組み替えたということであり、それをたやすくやってのけることは間違いなくすごいのだが、ガンプラでそれをやる意味とは一体。リクたちとしても初めて出会うタイプのダイバーで、なんとも推し量りがたい存在だった。
「それでも、実力は本物よ。前にチャンピオンが自分のフォースに勧誘したりもしてたし。断ってたけど」
「チャンピオンの勧誘を断ったの!? なんで!?」
「さあ。でもロンメル大佐に言わせると、あのコは『面倒が嫌いなんだ』ろう、って」
「め、面倒……」
驚愕の事実に座っていられないモモと、呆然とするユッキー。さもありなん。何せあのチャンピオンのフォースに勧誘されるなど早々あり得ない栄誉だ。が、それを辞してなお貫く孤高。
一体どんなダイバーで、どんな思想に基づいてガンプラを作り、そして使いこなしているのか。
謎多きダイバーに、若い好奇心が刺激される。
もう一度戦ってみたい、とリクは思った。
あのミキシング(?)の背後にどんな設定があるのか聞いてみたい、とユッキーは思った。
なんかよくわかんないけどすごそう、とモモは思った。
無駄なこだわりを持っていそうだな、とニンジャロールプレイのアヤメは思った。
ガンプラを見せてもらいたいなあ、とコーイチは思った。
そして、サラは。
「……?」
ジュースをちゅーちゅー吸いつつ、首をかしげていた。
いずれにせよ、ビルドダイバーズの面々が思い浮かべていたのは同じダイバー。
いつかまた出会い、戦い、語り合いたい。どんな人なのだろうと、次の出会いに思いを馳せて。
◇◆◇
「このゲームは実質アーマードコア……このゲームは実質アーマードコア……ぶへっくし!?」
次のバトルで使いたい新装備、「両肩の武装を占有する超巨大高火力グレネードキャノン」を組み立てながらいつもの呪文を唱えていたら、なんかデカいくしゃみが出ました。誰かが噂してるのかな?
前世の記憶なんてものは、持つものじゃない。
まして、どうしようもなく渇望し、満たされず、干からびるように終えた命なんて、なおのこと。
俺には生まれつき、「こう」なる前の記憶があった。
この世界とよく似て、でも決定的に何かが違う世界。
それなりに幸せに生きていた。打ち込めるもの、大好きだと迷いなく言えるものを、その時の俺は確かに持っていた。
楽しかった。熱中した。どれだけ時間をつぎ込んでも惜しくなかった。それのためなら指がすり減るくらい練習することだって苦にならない。
そう思っていた。
でも、ある時を境にぷっつりと続きを楽しむことができなくなった。
だから俺は、ずっとずっと願い、声を上げ続けた。
ちょっと流行ったネタがあれば便乗し、俺は、俺たちは忘れていないと、今もずっと待っているのだと叫び続けたんだ。
同好の士とともに、いつもいつも、何度でも何度でも……。
「アーマードコアの新作が出る」と!!
……まあそんなこんなで幾星霜、続きを楽しむことなく社畜の疲れと夏の暑さとちょっとした不摂生と空きっ腹に流し込んだ酒にやられて命が燃え尽きた。
そんな記憶を引き継いだまま新たに生まれた俺は、前と同じく日本があり、お台場があり、1/1ユニコーンガンダムが立つこの大地で日々を生きている。
それなりに楽しい。
前の世界と大きな差がないことを喜び、しかしどうしても一つだけ足りないものにもがきながら。
そう、この世界にはないんだ。
アーマードコアが……!
秘密結社FR〇M S〇FTWAREが存在せず、当然例のゲームもない。
財団Bが幅を利かせ、ロボットといえばガンダムオンリー。辛うじて立川を支配する暗黒メガコーポKT社は存在していてオリジナルロボットプラモデルとしてそれっぽいものを出してくれているが、そのくらいしかない世界。俺の精神はただ息をするだけで崩壊寸前だった。
コジマ……コジマを摂取しなければ死ぬ……!
と、半死半生でお台場あたりをうろついていたときに出会ったのが、このゲーム、GBNだった。
前の人生では技術的に到達していなかったフルダイブタイプのゲーム。
自分で制作したガンプラを操縦し、数々のミッションをクリアしていくことを目的とし、当然ながらプレイヤー同士の交流や対戦は無論のこと、プレイヤー自身がミッションを構築することも可能という。
……そう、つまりそここそが戦場。鋼と硝煙、ビームとシールドが火花を散らす、ミノフスキーかプラフスキー、つまり実質コジマ粒子が満ちた、理想の世界に最も近い場所。
「ダイバーギアください」
「はー……ヒッ!?」
思わず衝動的にダイバーギアを含むGBNセット一式を購入した時、レジのお姉さんにめっちゃビビられたけど仕方ないよね!
そうして、俺のGBNライフは始まった。
ガンプラを使う? 上等だ各部ユニット化してやんよ。
多脚がない? よろしい、ならばミキシングだ。
武装はビームとかがメイン? フルスクラッチがありなら別メーカーの使ったってバレないよね!
そうして出来上がったのが、ミッションごとに組み替えて運用する今のスタイル。
かつての習性のせいでどこかのフォースに所属する気にはなれず、それでも助っ人を頼まれればたとえ怪しい依頼だとしてもホイホイ受けていく。
どこのフォースにも所属しないからには、どこに対しても中立かつ公平でなきゃいけないよねということで、たとえ一度は敵として戦ったフォースからの依頼でも素直に受けるし、事前に提示された報酬以上は要求しない。
そう、まさしく理想的なAC生活を満喫していけるわけだ。……目に映る、諸々のガンプラをACの一部だと思い込むことにももう慣れた。SDタイプだろうがバクゥだろうが俺の脳内フィルターを通せば全部ACだ。
そんなわけで、俺は今日も今日とてガンプラをACっぽくする作業に精を出す。
いつかこの世界でもACの芽が出る日を信じて、今日も今日とて依頼に励む。
その結果GBN内で《傭兵》と呼ばれるのもむしろ誉れ。
かつて憎み、愛し、手を取り合い、そして戦った彼らのように、俺はGBNの世界で生きる。そう決めたんだから。
……なんか、水没させたら勝てそうな狼っぽい人とか面倒が嫌いな策士のオーラが漂うフェレットみたいな人もいたけど、気にしない方がいいよね!
◇◆◇
これは、とあるダイバーの物語。
空気を読まず、読む気もなく、ガンプラの世界でAC的なムーブを続け、それが当然と思い込むアホが数々の出会いと戦いを通し、成長とかすることなくひたすらアーマードコアの新作が出ることを祈る旅路。
「彼は少々暴れすぎたようだからね、止める必要がある。……そこで、君たちに協力を頼みたい。彼をもてなすために用意したこのフォースネスト《ビッグボックス》へ彼を招待して欲しい。……歓迎しよう、盛大にな」
ただし、それはどう考えてもGBN内で理解されるものではなく、ロンメル大佐に目を付けられたり。
「所詮は獣だ。人の言葉も解さんだろう」
「君が言えたことじゃないだろ」
なぜかタイガーウルフを筆頭にした上位ランカーたちにだまし討ちミッションを仕掛けられたり。
「あぁ……これこれ、この感じ……! やっぱりここはフルダイブACオンラインだったんだよ! これだから面白いんだ、人間ってヤツは! ――ここが俺の、魂の場所だ!!」
それを全く意に介することなく嬉々として受け入れる、変態の物語。
この世界にACっぽいものが広まるかどうか。
それはまだ、誰も知らない。