ガンダムビルドレイヴンズ(自称)   作:葉川柚介

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AVALON城の天辺が斜めに斬り落とされたらしい

――依頼の内容を説明させてください。

 

 サラちゃんに対して、GBN運営からの本格的な対処が開始されようとしています。

 運営はこれまでも数々のバグ対策をしてきましたが、ついに強硬手段に踏み切りました。

 我々には、力を貸してくれる仲間がいます。が、運営が本気になったとすると、決して十全な戦力ではありません。

 だから、あなたにもう一枚の切り札になっていただきたいのです。

 ユーザ感情を切り捨てた現在の運営はもはや賢明な運営ではなく、安定志向に支配された、独善的支配者に過ぎません。あなたならわかるでしょう。

 運営の支配するGBNに未来などありません。我々ダイバーは道を切り開かなければならないのです。

 

 もちろん、できる限りの謝礼は用意します。

 あなたの力を、我々に、サラちゃんのために貸してください。

 

 

◇◆◇

 

 

「くそ……! 予想はしてたけど、本当にキリがないぞ!」

「ボヤかない! 8時方向から敵増援! さらに3時方向からの火力増大中よ!」

「増援は僕が対応します! アヤメさんたちは牽制を!」

 

 フォース<AVALON>のフォースネスト周辺。

 円卓の騎士の名をつけられた浮島が散らばるファンタジー色の強いこのフィールドに、かつてない大規模戦闘が勃発していた。

 激しい砲火が交わされているが、しかしその方向性は少々一方的に過ぎる。なにせ、数の差が圧倒的という言葉ですら生ぬるいほどに隔絶しているのだから。

 

 参戦しているのは、AVALONとそれに協力するダイバーたち。一方対するのは、フォース<ビルドダイバーズ>。そしてそのアライアンスを組んだごく少数。どれほどの策士であろうと勝利を諦めるような絶望と絶対の差。

 しかし、ビルドダイバーズは怯まず戦っている。

 

 戦況を見渡し、支援砲撃で仲間を支えるガルバルディ・リベイク。

 素早く動き回って敵を足止めするRX零丸。

 そして、初参戦にしてなんかもうちょっとおかしいくらいの火力で敵を薙ぎ払う、ジェガンブラストマスター。

 

 ビルドダイバーズは新参のフォースだ。

 相手はランカートップのフォースと、それに力を貸す名のあるダイバー揃い。かつて、ブレイクデカール事件からGBNを守るべく立ち上がった実力、名声ともに唸りを上げる豪華メンバー。

 当然、正面からの戦いで勝てるはずもない。

 フォース戦開始直後にシャトルでの急襲……と見せかけて時間と距離を稼ぎもしたが、それさえいつまでもつか。

 

 ビルドダイバーズは、それでも挑む。

 これがGBNの世界と、そして何より彼らの大切な仲間を守る唯一の方法だと信じて。

 

「リクくん……大丈夫かな」

「人の心配をしている場合じゃないわ。私たちは私たちのできることをやる。それだけでしょう」

「そうだね。……それに、多分そろそろ『彼』も動いてくれるだろうから」

 

 真っ向から挑めば敗北必至のこの状況。

 ビルドダイバーズは、そこに全くの無策で飛び込んだわけではない。

 力を貸してくれる大切な友人たち。アライアンスを結んでくれたシャノワール・ネオ。

 

 そして、もう一つ。

 

 

――ざわり

 

「敵陣が、動揺した……?」

「まさか、あの人が!」

「――そのようね。敵フォースの通信を傍受したわ。来たわよ……私たちの、逆方向。あの城の向こうから!」

 

 自分たちを取り囲むガンプラの群れに走った確かな動揺。その原因に思い至り、コーイチ、ユッキー、アヤメは、再び操縦桿を強く握る。

 

 ビルドダイバーズが用意した切り札(ジョーカー)が、動き出した。

 

 

◇◆◇

 

 

「というわけで、コーイチさんの依頼文句が気に入ったんで力を貸すことにしました。よろしく」

「あ、はい……」

 

 フォース<ビルドダイバーズ>フォースネスト。

 とある南の島を丸ごと使ったリゾート感溢れるそこは本日、千客万来となっていた。

 アライアンスを組んでいるシャノワール・ネオのメンバーが数多く、それに加えて実力トップクラスのダイバーであるタイガーウルフとマギーまでもが顔を揃えている。

 彼ら彼女らがここにいること自体は、さして不思議ではない。元々友好的な関係にあるのだから遊びに来るにせよフォース戦で協力しにくるにせよ、当然のこと。

 そこに紛れ込んだ異物こそ、この男。

 

 かつてとあるフォース戦においてビルドダイバーズと遭遇し、その後も「最初に所属していたのとは異なるフォースと戦う際に」顔を合わせた根無し草の傭兵ダイバー。彼が、この場にいる。

 いかなる事情も斟酌せず、「依頼」の体を成していればあっさりと受け、組み替え自在の不思議なガンプラで戦果を約束する変わり種。そんな彼がビルドダイバーズに力を貸してくれることとなったからだ。

 

 相手はチャンピオン率いる多数のダイバー。

 GBNの世界を滅ぼしかねないバグを生み続ける、電子生命体という事実が判明したサラを救うために挑む絶望的な戦いに、当たり前のような顔をして参加した。

 

「ついさっき設立したフォース<カラード>。総勢1名、俺。アバター名は『レイヴン』。ビルドダイバーズにアライアンス締結を申請する。たしか、それが参戦条件なんだよね?」

「は、はいそうです。ありがとうございます!」

 

 GBNにおけるフォースは、チームとしての側面が強いが設立だけなら一人でもできる。

 これまでフォースの設立も恒久的な所属もしてこなかったにもかかわらずあっさりとフォースを設立し、こうしてアライアンスを申し込む。本当に、リクたちからすればよくわからないダイバーであった。

 ちなみに、受理されたアライアンス申請の画面を見て「アライアンス……襲撃したい……」とかぶつぶつ言っている。

 

「ったく、これまでさんざん他からの勧誘は無視してたってのにここにきてどういう心変わりだ?」

「何も変わってないよ、オッツ……じゃなかったテルミ……でもなくてタイガーウルフさん。受けた依頼に必要だってだけです」

「お前なんで毎回俺の名前を間違えるんだよ」

 

 元からの知り合いらしいタイガーウルフとは和やかに会話をしているが、いざ戦闘となればそれこそ二人はGBN内でも屈指の実力者だ。そんな彼らがこうして作戦に加わってくれたことは、サラを助けるにあたってとんでもなく心強い。

 元のフォース規模を考えれば倍増ではすまないような戦力増強。これをしっかり生かさなければと、コーイチは襟を正す思いだった。

 

「それでは、改めて具体的な作戦の提案と検討に入らせてもらいます。……それで、まずあなたの行動は指定しません。すべてお任せします」

 

 その第一歩目としてコーイチが選んだのが、まったくの新参であるレイヴンに対してのフリーハンドだった。

 

「え、いいのか? 別に気を遣わずに何でも指示してくれていいんだが。なんならこちらからもパーツを提供するぞ。敵陣を無視して一気に中央まで突破できる超高速ブースターとか。調整が難しいから、多分半分くらい途中で火を噴くけど」

「い、いえ遠慮しておきます……」

 

 一方、レイヴンの側は態度も極めて協力的だ。

 もとより傭兵じみたロールプレイが持ち味のダイバー。ある意味当然のことかもしれないが、とりあえず戦場にたどり着く前に爆発しそうな代物を使いたがる者などこの変態くらいのものだろう。

 

「今回の作戦は、僕たちビルドダイバーズとAVALONの戦い……ではありません。相手は事実上の第二次有志連合。当然、ロンメル隊も向こう側についています。そして、僕たちは多少なりとロンメル大佐に手の内を知られている。……どんな作戦を立てたとしても、見透かされている可能性があるんです」

「ふむ。メルツェ……じゃなくてスティン……でもないロンメル大佐ならそれもありうるか」

「あなた、大佐のことも絶対名前間違えるわよね」

 

 だが、そんなあまりにも規格外のダイバーだからこそ、この戦いにおいて大きな力となりうる。

 

「なので、あなたにあなた自身の考えで自由に動いてほしい。僕たちですら予想のできない強大な戦力……<イレギュラー>になって欲しいんです」

「……コーイチさん、人を動かすのがうまいねえ」

 

 レイヴンは満足げに笑った。

 獰猛に、激情を隠し切れずに溢れさせ。

 

 そして作戦会議は進み、レイヴンはその全てを聞きつつも口は挟まず、フォース戦開始後も長時間に渡って戦闘領域に姿すら見せず。

 

 

◇◆◇

 

 

「本陣後方に敵反応だと!?」

「それも、信じられないほどの超高速です! まさか……ディープストライカー!?」

 

 そのとき、フォース<AVALON>の作戦指揮所は混乱に陥っていた。

 タイガーウルフとマギーという油断ならないダイバーを味方につけ、予想以上の奮戦をしているとはいえ圧倒的に数で劣るビルドダイバーズとのフォース戦。

 GBN世界を守るという状況に集ってくれた新生有志連合の士気も極めて高い。勝利は確実だと思われた。

 

 そんな希望的観測とすら言えない絶対的な確信による弛緩。それを見抜いたかのようなタイミングで鳴り響いたアラートは、にわかに指揮所に詰めたダイバーたちの心拍数を跳ね上げた。

 

「防衛ライン、第1から第3まですでに突破されました! 交戦は一切なし! まっすぐフォースネストへ向かっています!」

「バカな! このフィールドは大気圏内だぞ!? ゴーストガンダムをフルスクラッチしてミノフスキードライブを使ったとでも言うつもりか!」

 

 大型モニターに映し出される戦況図。

 中央のフォースネストまではまだ浮島複数を隔てた距離にある最前線とは真逆の方向に、信じられないような速度で迫る点が一つ。

 敵味方識別信号的にも間違いなく、ビルドダイバーズ側のガンプラだった。

 戦力を前線に集中しているとはいえ、ロンメルの指示によって伏兵を警戒して予備兵力は全周くまなく配備している。

 それらと一切砲火を交えることなく尋常ならざる速度で迫りくる敵。一歩間違えば袋叩きにされること確実な狂気の沙汰を繰り出したのは一体何者か。大胆すぎる策に、まったく予想が追い付かない。

 

「メインモニターに敵ガンプラの映像、出ます!」

「あれは……なんだ? フルアーマーユニコーンガンダムのブースターロケットを束にして背負ったような……」

「……あれ、一発被弾しただけで大爆発するんじゃ」

「しっ! どう考えてもナニカキマってるダイバーなんだから、気にしちゃダメ!」

 

 本陣後方の防衛ラインの迎撃は遅きに失した。

 第1陣は気付く前に通り過ぎ、第2陣は狙いを定めることすらできず、第3陣でようやく上がった対空砲火は敵ガンプラのはるか後方を照らすのみ。このままでは、フォースネストに取りつかれてしまう。

 勝利条件ではないが、もし万が一エルダイバーを奪取されれば、このフォース戦の勝敗など関係なくなってしまうかもしれない。

 ビルドダイバーズは、一体何に手を出したのか。

 怖れが、指揮所に満ちる。

 

 

 重い沈黙の中、ディスプレイに映る「黒い」ガンプラが、空を流星のように駆けていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「俺は考える人だぜとぅーとぅーとぅーとぅとぅー♪ 撃つ人でもあるぜとぅーとぅーとぅーとぅー♪」

 

 いろいろなところに配慮しつつ、コックピットで歌う俺。

 楽しい依頼で気分は上々。作ったはいいものの使い所に恵まれずしまい込んでいた装備を使うにちょうどいい仕事で、しかも危惧していた炎上も起こらず調子がいい。

 まして、相手の裏をかいてここまで順調に来られたのだからなおのこと。

 

 ビルドダイバーズが戦闘を開始した直後、俺も動いた。

 戦闘領域を見極め、その真逆の方向へと可能な限り最速で移動。そこで用意しておいた超高速移動用ブースター(直進しかできません)を起動。あとは本陣まで一直線というわけだ。

 大慌てで上がってくる迎撃がこちらを捉える暇など与えず、すでにフォースネストは目と鼻の先だった。うーん、気分がいい。あとは目の前の城から長射程の砲撃とかが飛んできてくれていたら、シチュエーション的にも最高だったんだけど。

 

『そこのダイバー! いますぐ停止したまえ! 私はGBN運営スタッフ、ゲームマスターだ』

「ん?」

 

 と、いうところでなんと相手側からの通信が。そういうチャット機能なんてあったっけ、と思っていたら名乗った肩書がなんと運営側。なるほど、そいうことができても不思議はないか。

 

『我々の選択はGBN世界に平穏をもたらすために最善のものだ! エルダイバーを救うというビルドダイバーズの言い分は明らかに確実性を欠いている! それに協力するなど……君は、この世界の秩序を壊すつもりか!?』

 

 ゲームマスターさんとやら、必死の説得。そういえば新生有志連合の結成放送にもいたような気がするから、俺が向かっているフォースネストの中でサラちゃんを監視してるのかもしれない。だから、一番の脅威となり果てた俺を何とか思いとどまらせようとしているのだろう。

 ……全く、安く見られたもんだ。一度依頼を受けた俺が、理屈で止まるわけもなかろうに。

 

「一つの命を思う。それを愚かと呼ぶ、か」

『なに!?』

 

 いいねえ、ゲームマスター。あなたを見ているとかつて夢見た世界を思い出す。

 きっと、まぎれもなく正義の人だ。世界を守り、毎日をつないでいくのはこういう人なんだろう。

 彼の言うことに従うのが、きっと多くの人にとって一番いい。

 

 ただ一つ彼の不幸は、その理屈を説いたのがよりによって依頼最優先の俺だったということだけだ。

 

「選んで殺すのが、そんなに上等かね。俺は『依頼』に従って動くだけだ」

『貴様……!』

「多分、そこにいるんだろう? 依頼は果たす。安心してくれ……ミス・イレギュラー」

 

 そう、世界の命運を握る局面に、ただ「依頼」のためだけに参戦し、引き金を引く。

 

 ……んほおおおおおおおお! 俺今めっちゃ傭兵してるのおおおおおお! と絶頂しそうなほどのこの喜び! GBNやっててよかったぜ!

 

 フォースネストへと迫る俺の機体。

 死に物狂いで増える敵の迎撃。

 しかしそれらの一切を無視して、フォースネストである城の窓の中まで見える距離へと近づき。

 

 

 そのまま、城の横を素通りした。

 

 

 

『……な、に?』

 

 ゲームマスターのちょっと間の抜けた声すら置き去りに。

 俺は「戦闘の最前線」へと向かっていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 AVALONの指揮所は、呆然としていた。

 勝利のために最良の位置にいたはずのダイバーが、エルダイバーに目もくれず飛び去っていったのだから、それも致し方のないこと。なんかもうあいつ、自分たちの理解越えてるんじゃね? 全く別の原理で動いてるんじゃね? という気さえしてきた。

 

 それが、ズバリ正解であることに気付かないまま、とりあえず情報収集その他の仕事に戻る辺り、さすがトップランクフォースのメンバーは優秀だ。

 

 

 謎のダイバーはフォースネストをかすめたまま、今度は戦闘領域へ突入する。

 いまだ敵が到達していなかった最終防衛ライン上空で装備していたブースターをパージ。上空から降り注ぐ中身が残っていたらしき燃料タンクの爆発で防衛ラインの一角に穴をあけ、そのままの勢いでたどり着いたのは……チャンピオンとリクが、戦っている場所だった。

 

 

 

「やっほー、依頼人」

「レイヴンさん!? どうしてここに!?」

 

 サラを助けるため、隠れて進んでいたリク。

 待ち伏せされていたダイバーたちを何とか倒した直後に現れたチャンピオンと戦いを繰り広げていたところ、突如として襲来するミサイルがあった。

 小型で、多数。ヘビーアームズでも現れたのかと思えばさにあらず、通信越しに聞こえてきた声はこのミッションの助っ人として参加してくれているレイヴンだった。

 

 その機体は、とてもガンプラとは呼べないような姿をしていたが。

 

 色は、黒い。

 ストライクノワールかマスターガンダムか、と思うほどに一色。

 しかしシルエットは既存のいかなるガンプラにも似ておらず、特に頭部パーツは複眼のように小さなセンサーアイがいくつも並ぶ、ガンダム作品らしからぬ造形をしていた。

 だが、きっと、あの機体は強い。そう思わせるだけの威圧感と、レイヴンの絶対の信頼が、確かにあった。

 

「ここは俺が引き受けよう。君はサラちゃんのところへ」

「え……無茶です! 相手はチャンピオンなんですよ!?」

「だからこそさ。ランク1と本気でぶつかれる機会なんて、そうそうない。俺へのボーナスということで、譲ってくれ」

 

 そして、チャンピオンの前に立ちはだかった。

 確かに、レイヴンの言うことは正しい。こうしてリクの動きが読まれていたのだから、これから先も何が起こるかわからない。一刻も早くサラのもとへ駆けつけることは、何よりも優先する。

 一応フォース戦なので最終的にはチャンピオンも倒さなければならないのだが、それはそれ。

 

 世界もサラも、全てを救うために、何をするべきか。

 悩んでいられる時間は長くない。

 熟慮を強い決断で補い、リクは。

 

 

「すみません。ありがとうございます。……お願いします!」

 

 振り返らず、ダブルオースカイの最大速度で城へと向かうことで、応えた。

 

 

「……待たせてすまなかった、ランク1」

「君はどうして私のことをそう呼ぶのか、今日まで聞きそびれてしまったね」

 

 リクを見送り、振り返った先にはチャンピオンのAGEⅡマグナムSVバージョン。救世主たることを自らに課した、白いガンダムがいた。

 その威容、周囲にはすでに撃破したと思しきタイガーウルフのガンダムジーエンアルトロン、シャフリヤールのセラヴィーガンダムシェヘラザードがありながら、まったくの無傷。

 到来時にバラまいた分裂ミサイルの一発すら届かなかった相手に、たった1機で挑まなければならない。

 

「いやあ、つい癖でね。気にしないでくれ。……さて、始めようか。あなたに楽に勝てると思うほどうぬぼれてはいないが、俺を倒さず依頼人たちのもとへ行けるとも、思わないでもらおうか」

「依頼人『たち』か。なるほどね」

 

 それでありながら、レイヴンの表情は喜悦に歪む。

 強大な敵。困難なミッション。

 それらに対し、鍛えた自身の技量と、信じぬいた機体で挑む。

 それこそが自らの名前、<レイヴン>の本懐。

 

 きっと、今この戦いのこの場こそが世界の中心で、力こそが正義だ。

 そう思うと、ワクワクして止まらない。

 この世界に生を受けてからずっと満たされなかった渇望が、今だけは喜びに震える。そんな気さえして。

 

 

「お相手願おう、ランク1。――オーバードウェポン、起動」

<不明なユニットが接続されました。ただちに使用を中止してください>

 

「受けて立つ。私の必殺技で!」

 

 レイヴンの黒いガンプラが、背負っていた「いくつかの突起が生えたフジツボのような外殻」を展開。内部に隠されていた、ガンプラの腕にも匹敵する巨大な本体を接続。

 ジェネレータが生み出す莫大なエネルギーが突起と本体からあふれ、長く長く空を焼く。

 

 チャンピオンもまた、おのれの必殺技で掲げたビームブレードが天を貫く柱となって。

 

 

 その日。二振りの閃光によって空が切り裂かれたと、GBNの歴史に記された。

 

 

◇◆◇

 

 

「ん? 君は確か、ビルドダイバーズの」

「きゃっ!? あ、あなたは……前に、リクたちと戦った……」

 

 その時彼女と出会ったのは、完全な偶然だった。

 特に理由もなくふらふらとさまよい、AC的なパーツが落ちてないかなと探すのはもはや本能に近い。そうやって発掘してると、たまに「ガンダム試作2号機の例のアレっぽい弾頭を搭載した巨大キャノン」とか「バンシィの手についてるアレっぽいんだけどなんかブレード部分が6本くらいあって、最終的にぐるぐる回転するヤツ」とか「柱」とかが見つかるんで、俺にとっては重要な日課の最中です。次は、「旧時代の戦艦についていたもろもろの装備そのもの」みたいなやつが欲しいなーとか思ってました。

 

 その途中である森の中でその子を見つけたとき、妖精に出会ったのかと思った。

 

 白い肌、白いワンピース、銀の髪。

 憂いを患う表情は月光に溶け込むような儚さで、世界にただ一人置き去りにされた迷子のようにすら見える。

 

 つい先立って運営からの通知により、GBN世界を滅ぼすバグの根源、エルダイバーとして大捜索と発見時の報告を呼びかけられた電子生命体、サラだ。

 

「あの、その……お願いします! ここで私に会ったこと、誰にも言わないで……!」

「ああ、いいよ」

「身勝手なお願いだってわかってます。私がいるだけで世界が危ないって。でも……え?」

「ランク1ならいざ知らず、俺程度なら運営の監視もついてないだろうし、別に平気じゃね」

 

 こちらに何のメリットも提示できない、無謀としか言えない懇願。

 一蹴されて運営を呼ばれても仕方がないと覚悟していただろうダメ元が、当たり前のような顔で受け入れられた。そのとき彼女が呆然とわけのわからないものを見る目を向けたことは、決して失礼とは言えない必然だと思う。

 

「いい、の……?」

「運営からの『通達』はあったけど、俺は『依頼』されてない。それなら従う理由はないね。たとえ、君がきっかけでこの世界が滅びるとしても。それに、たかがファンタズマ・ビーイング(電子生命体)程度で大げさな。牙を剥いてきたらその時初めて殴れば済む話だってのに」

「滅んでも……いいの? あなたも、あなたのガンプラも、とっても気持ちが込められてるのに……」

「――へえ、わかるんだ。だが、大丈夫。俺は依頼のためなら世界だって敵に回す。それが、俺のガンプラへの礼儀だから」

 

 いつの間にか近くを這う木の根に腰掛け、サラもそれに倣っている。

 頭上を覆う森の木々の隙間から見え隠れする星を見上げると、つい思い出してしまう。

 星など見えなかった地下の世界を。

 見えても決してたどり着けなかった、かつての罪に覆いつくされた空を。

 

 

 もう二度と、決して会うことができない大切な人たちを想うのにも似て。

 だからだろうか。サラは後に言った。

 そんな俺の姿が、仲間たちのことを思い出しながらここまで歩いてきた自身の姿と重なったのだと。

 

 

「……あの。もし私があなたに『依頼』をしたら、受けてくれますか?」

「――もちろん。報酬さえあれば、喜んで請け負おう。ミス・イレギュラー」

 

 そして俺は、そんな彼女からの依頼を受けた。

 

 

 

「お願い。リクを手伝ってあげて。たとえ、どんな選択であっても」

「……つまり、運営と同じように君を消すことを選んだ場合も、ということかな?」

「……うん」

 

 笑顔と、涙。

 レイヴンなら歯牙にもかけない。

 男なら、決して断れない。

 

 なら、俺は。この世界の<レイヴン>は……。

 

 

◇◆◇

 

 

「……やれやれ、ズタボロだ。さすがはランク1、こうでなくちゃ」

 

 戦場の片隅、大破したガンプラの中で一人ごちる。

 依頼分の仕事は果たした。クジョウ・キョウヤには逃げられてしまったが、十分すぎるほどに時間は稼いだ。フォースネスト周辺で爆炎が見えることからして、おそらくまだ戦いは続いているのだろう。

 レーダーの表示によると、フォース<百鬼>もビルドダイバーズの応援に駆け付けたようだ。

 ならば、きっと終わりはしない。この世界と、一人の少女。そのすべてが守られることになるだろう。

 その場を引っ掻き回し、最後を特等席で見物する。それでこそ、冥利に尽きる。

 

「これだから面白いんだ、人間ってやつは……!」

 

 最後に。

 空の彼方で弾けた可能性の光を目に焼き付け、俺の楽しい楽しいミッションは、終わった。

 

 

◇◆◇

 

 

「ロンメル大佐。GBNは実にいいものだけど、あなたが言うような『この世界でしか自由を謳歌できない人』のためにも予備というか別のルートが必要だと思う。だからどうか手伝ってくれませんか。俺は……新世界の( ´神`)になる!!」

「何を言っとるんだ君は」

 

 GBNを揺るがすエルダイバー事件から数年の後、とある新興ゲーム企業が妙な執念の元、立川に根を張る某KT社と手を組んで第二のGBNともいうべきカスタマイズ性の高いフルダイブゲームを開発し、その社長が狂喜乱舞してゲーム内に入り浸っては大人げなくイレギュラーの限りを尽くすことになるが、それはまた別の話である。


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