「……ふむ」
「マスター? その動画がどうかしましたか?」
携帯端末にて動画を見ている俺の肩から、ひょっこりとのぞき込んでくる小さな影。
サイズはガンプラ。見た目は美少女+諸々武装。
なんだかんだで一緒に暮らすようになって長い、家で預かっているアーティフィシャルセルフ搭載のプラモ型少女だ。
特にこの子は最初に開発された第一号にして、一番真面目で一番アレで好奇心旺盛なだけあって、こうして俺の見ているものに興味を示すことがよくある。
普段は一緒に見たり見せるのが憚られたりするので隠したりすることもままあるが、今日はちょうどいい。この情報は、ぜひとも見てもらいたいところだったから。
「GBNの動画だよ。最近バズってるやつでね。……キャプテン・カザミって配信者のプレイ動画らしい」
動画のクオリティ自体は、特別高くない。ごく普通のプレイ動画そのものといったところだ。
編集が凝っているわけでもなければ、プレイ内容が格別優れているとも言えない。
だが必死のプレイには独特の魅力があり、それが見る者を惹きつけているのだろう。
……まあ、敵ユニットがデスアーミー系ながら微妙に改造をされているらしきものだったり、NPCとしてGBNでもそうは見ないガチケモ系だったりするあたりに、微妙な違和感を覚えなくもないのだが。
ちなみにこの動画類、バズったきっかけはGBNでも有名なダイバー、マギーがミッションの攻略方法を問うたガンスタグラムのシェアに端を発している。
どうやらこれらの動画は一連の連続ミッションに関するもので、最近特に難易度の高いミッションが発生したということのようだ。
……普通のGBNとはだいぶ雰囲気が違うような気がするんだが、ねえ。
ともあれそんなキャプテン・カザミ。
連続ミッションはフォースとして受領していて、そのフォース名は「ビルドダイバーズ」と言うらしい。
よくよく見ると、かつて第二次有志連合の時に依頼を出してくれた元祖ビルドダイバーズとは微妙に表記が違うけども。
そして、このチャンネルをバズらせるきっかけとなったマギーの名によって、彼らの要望による高難易度ミッションの開催と参加フォースの募集が行われているという情報も流れてきた。
目的は、ビルドダイバーズが実行中の連続ミッションで遭遇した高難易度ミッションのリハーサル。いくつもの有名フォースが相手役としての参戦を表明して、事実上の第三次有志連合を名乗れそうな勢いの豪華メンバーが参加者リストに名を連ねている。
「――気になるな」
参戦資格はフォース単位での希望をマギーに出し、受領されること。どう転ぶかは微妙だが、とりあえず参戦希望することに損はないと見た。
それにこの連続ミッション、妙に気になる。
というわけで、フォース<レイヴンズネスト>。
ロータスチャレンジ・バージョンエルドラ。
参戦を希望、っと。ぽちり。
「なに、マスター。今度はGBNのミッション?」
「わーい、楽しみー! 思いっきり暴れていいよね!」
参加するのは俺と、以前ゲームマスターからELダイバー捕獲の依頼を一緒に受けた3人。
そして。
「もちろん。今回は依頼ってわけじゃないから輪をかけて好きにしていいぞ。ミッションの内容が内容だ、お前も協力を頼むよ――月じゃあないけど、防衛ミッションだ、心が躍るだろう?」
「御意、マスター。不思議ととても得意な気がするでござる」
二刀を携える鎧武者のような新顔を、月の守護者を、連れて行こう。
◇◆◇
「あらあら、やっぱりとんでもなく難しいわねえ」
「そうみたいだね」
ミッションの集合場所に指定されたロビーにて、激しい戦闘を呑気に観戦する二人がいた。
このミッションの発起人として見届けているマギーと、バトルはほどほどに楽しむタイプのELダイバー、サラだ。
モニターに浮かび上がる戦闘は、圧倒的な数に挑む絶望的と言っていいそれ。
長期ミッションに挑戦中のビルドダイバーズ。今回の変則ミッションのベースとなったロータスチャレンジと同様拠点への侵攻を目指す彼らと、それを阻むその他全てのフォースとダイバー。
制限時間は30分。ビルドダイバーズ側は1機が撃破された瞬間に敗北となる。
リハーサルにしても過酷に過ぎるほどの条件だが、しかし願い出たのはビルドダイバーズ自身。
これから先にどれほど過酷なミッションに挑もうとしているかがそれだけでもわかるというものだ。
既に時間切れと撃破でミッションに失敗すること、10度を越える。
それでありながらビルドダイバーズの闘志に陰りはなく、受けて立つダイバーたちも飽きる気配がなく、挑まれるたびにボコボコにしている。素晴らしいガンプラバカ共である。
マギーの声に応えて参加したダイバーは数多い。
いずれもが実力者揃いで、これほどのメンバーがただのミッションで集まるなど、それこそ有志連合以来だろう。
これだけのミッション、リハーサルとしてのものとはいえ当初からかなりの規模と時間になることは確実で、だからこそ参加するダイバーたちには途中での離脱と参加も可能となっていて。
「――あの青いガンプラにはもう乗らんのか、マグノリア・カーチス」
「私はマギーよ。たまに間違えるわねあなた。あと青いガンプラ使ったこともないわ」
GBNへは久々に姿を見せ、しかも依頼されたわけでもないのに参加を表明して一部ダイバーの度肝を抜き、しかし最初のミッション説明時は姿を見せず、今になって現れたダイバー。
人呼んで<傭兵>。
彼と彼のフォースもまた、ここから参加することとなる。
◇◆◇
「くっ……、固い!」
「左様でござるか。まあ拙者、拠点防衛が趣味でござるゆえ」
ミッションを、もう何度やり直したか。
再開の度に刻まれるカウントに絶望するのはもう飽きた。
ヒロトは諦観を既に捨て、ひたすらに前へ前へと突き進む執念のみに縋り、このミッションのゴールたるラビアンクラブまであと少しというところまでたどり着いた。
だが、そこに待ち受けていた敵が、これまでの道中に負けず劣らず厄介が過ぎる。
「機体はスサノオベース……? いや、それにしては装甲が厚すぎる。なんだ、この違和感は……!」
仲間から引き離されての一騎打ち。
待ち受けていたのは、鎧武者のような重装甲タイプの敵だった。
見覚えはない。ガンダムシリーズに似た機体はなくもないが、それにしても雰囲気があまりにも違う。
無論、GBNはガノタの巣窟。
劇中に忠実であれと願う原理主義者から、己の理想の投影のためなら労苦を厭わない変態まで枚挙にいとまがない。そう考えれば元が何であれ、どれほどの改造をされていても不思議はないのだが。
ともあれ、聞こえてくる声は少女のもの。そこまでの境地にズブズブだとは思いたくないがそれはそれ。
重装甲近接戦闘重視の機体は、すり抜けるに辛く、撃破するのは難しいという恐ろしい敵として立ちはだかっている。
相手は手練れだ。機体の性能を十全に引き出し、油断もなければ驕りもない。
まるで人ではないような、ガンプラではないようなとさえいえる違和感に苛まれ。
「――さて、そろそろ混ぜてもらおうか」
「!?」
しかもこのミッションは対多数。
割り込みも当然のように舞い込んでくる。
咄嗟に目の前の敵機から距離を取り、振り向きざまにマルチコンテナビットのビームシールドを展開。
無数に着弾したのは実体弾。おそらくザクマシンガンの類。一つ一つの威力はそれほどでもないが、弾幕密度は防御を選んだことを正解だったと確信させるに足るものだった。ヒロトの観察眼はそう告げてくる。
だが、当然それで終わりではない。
追撃。同じ方向からの急速接近。ビームサーベル、発振。
「ビルドダイバーズの、ヒロトだったか。さすがの判断だなあ」
「くぅ! ……そうか、さっきの見慣れない機体に、そのガンダム系らしからぬガンプラ……<傭兵>!」
「へぇ、俺を知ってるんだ? ……あぁ、そういえば第二次有志連合にAVALON側で参戦したんだったか。すれ違うくらいはしたかい」
ビームが鍔競り合う間近で見た機体は、紛れもなく初見。デザインの傾向的に、ガンダム作品のそれとも思えない。
だがだからこそ証明となる。
第二次有志連合とビルドダイバーズの戦いに、故なく義理なく依頼を受けたというだけの理由でビルドダイバーズに与し、世界に牙を剥いたダイバー。通称<傭兵>。
ヒロトは、この男を知っている。
「ああ、あの時は速すぎて、狙う暇もなかった……!」
「それは失礼。じゃあ今日は、存分にやろうか!」
当時、イヴを失って迷いを抱えながらも参戦したヒロト。
戦場へ出ようとしたその矢先、戦闘が勃発している領域へと信じられない速度で迫る傭兵のガンプラを、あの時確かに見た。
突然目の前を信じられない速度で横切って行ったため迎撃の一つもできず、その後はビルドダイバーズのリクを進ませるためにチャンピオンと戦って大破させられたとのことだったが、それが今、目の前にいる。
ミッションによって機体を丸ごと組み替えるという、傭兵の特徴そのままに、あの時と全く違う機体で。
だが、負けてはいられない。
先ほどまでヒロトを足止めしていた鎧武者風の機体は拠点防衛に専念するためか距離を取ってこちらの様子をうかがっている。つまり、一騎打ち。
他のどのダイバーよりも何をして来るかわからない傭兵は、アルス戦のリハーサルの相手としてこの上ない。
望むところ、とヒロトは操縦桿を強く握り締めた。
「見たところ、宇宙戦仕様か。ファンネルも多機能。……いい機体だ」
傭兵の機体は、さすがにと言うべきかこの宇宙戦闘向きの高速機。
ヒロトのジュピターヴガンダムも負けてはいないが、だからこそ互いの位置が目まぐるしく入れ替わる複雑な空間戦闘が繰り広げられ、一瞬たりとて気が抜けない。
思えば、とヒロトは心を巡らせる。
イヴを失い、第二次有志連合を終え、GBNを放浪するようになったとき。
目的は既になく、しかしGBNから完全に離れることもできず、新しい仲間を作る気にもなれなかったあの頃。
フォースに所属せず、しかし多くのミッションに参加し、GBNの世界を見る。
そうあるために選んだ手段は、AVALONに勧誘されながらも断ったと噂に聞き、気になって調べて知っていたこの<傭兵>のスタイルに似た物ではなかったか。
組み換えを前提とした運用をするガンプラという共通点。
ヒロトは、GBNの世界でも異端の道を突き進むこのダイバーに、奇妙なシンパシーを覚えていた。
「さすがに強い……! だが、これならどうかなぁ!?」
「機体が赤く……トランザムか!?」
だが今だけは、そんな考えを捨てよう。
目の前にダイバーがいる。
強く、奇妙で、戦いをためらう理由のない相手。
徹底的に立ち向かう。乗り越えて、強くなる。
それこそが、今のヒロトの望むこと。
幾度かの激突を経て、相手もさらに一段ギアを上げたのだろう。機体に変化が訪れた。
機体を包む粒子光。色は赤。ガンダム作品の系譜の中にはそういった変化を見せる能力アップの例もいくつかある。
最近特に有名なのはトランザム。だとすれば、機動力の大幅な向上が懸念される。
はずなのだが。
「レーダーの敵影が分裂!? 質量を持った残像!」
だとすれば、MEPE。
ガンダムF91の能力で、レーダー上で機体が分身したように見せかける副次効果であり。
「いや、そうでもない」
「ぐあああっ!? 両方から攻撃……本物の分身だと!?」
「ミラージュ、と呼んでいる。……ほ、ほら。分身殺法ゴッドシャドーとかあるし?」
傍から見ればまさかGガン系とは思えなかったガンプラから、攻撃すらしてのけるマジの分身がすっ飛んでくる。
意表を突かれた所に、なんか誤魔化すような物言い。
忘れていた。相手はどこまで行ってもまともではないGBNの異端児だった。
しかし、しかしだからこそ。
敗北をどこまでも重ね、そのたびに強くなるこのミッションをセッティングしてもらった意味がある。
学ぶ。強くなる。
この相手となら、きっとそれが成せる。
かつてすれ違い、細い細い縁が繋がれていたこの傭兵との戦いに、ヒロトは心から感謝した。
◇◆◇
ロータスチャレンジは終わった。
何度も何度も失敗し、しかしそのたびに立ちあがったビルドダイバーズの勝利によって。
その後の打ち上げは、本家ビルドダイバーズのフォースネストである南の島で行われている。
ミッションに参加した錚々たるメンバーが和気あいあいと会話を楽しんでいる。
「そこのあなた。素晴らしい防御力の機体ですね。……ガチタンに興味はありませんか?」
「ガ、ガチタン……?」
うちの頼れるタンク脚が、新しい方のビルドダイバーズの盾役らしいキャプテン・カザミに声をかけているが、まあそれはそれでいいだろう。
俺もタイガーウルフやシャフリヤールのような人らに声をかけられたり、オーガくんから勝負を挑まれたりしたけど依頼なら受けるねーと言ったら白けたような顔でどっか行かれたりなどしていた。
ともあれ、この時こそが俺の待っていた時間でもある。
そこかしこでの会話は今回のミッションのみならず、新ビルドダイバーズの挑んでいる連続ミッションについても話題が多く、ただそこにいるだけで耳に入ってくる。
曰く、「GBN内の他のフィールドとは独立したフィールドで行われているらしい」、「別の惑星」、「SEED系の最終決戦のような宇宙拠点攻略ミッション」、「相手はこちらの行動やガンプラを学習してくる」。
どれも動画を見てわかることか、あるいは噂の域を出ない話ばかり。
まあ当然だろう。これはあくまでGBNのミッションで、ここに集ったのは面白そうなミッションに顔を出しに来たガノタばかり。
そこで交わされるのは、あくまで珍しいミッションについての与太話が精々なのだから。
真実はさておき、そういうことに、なっていた。
◇◆◇
「……知らなかった。サラのお姉さんがいたなんて」
「――いいんだ。きみたちの幸せが、イヴの望んだことだったから」
星降る夜の丘の上。
メイに呼ばれたヒロトは、同じく呼び出されたリクとサラと言葉を交わしていた。
あの日、怒りすら抱いて睨んだ相手と、今は心穏やかに話ができる。
そうなることができたのは、きっとイヴとの出会いと、今の仲間たちのおかげだろうと素直に思えた。
眩しいものを見るように目を細め、笑いあうリクとサラの姿を心に焼き付ける。
今夜こうして見た景色こそ、あの日の涙の先にイヴが望んだ未来のはず。
この光景を胸に抱けば、きっとどんな戦いでも乗り越えられる。
ヒロトは、そう信じた。
「……人が押し寄せてきて面倒だから人気のないところに逃げてきたら、結構難しい話を聞いちゃったでござるの巻」
「何してるんですか、マスター」
そんな話をうっかり立ち聞きしてしまった俺が近くの森の中にいると、さすがに気付かれてはいないようだった。
いや、本当に盗み聞きする気なんてなかったんだよ。
GBNにログインしたのは久々だったせいか、タイガーウルフとかの武闘派だけならまだしも、それ以外のダイバーも含めて俺に勝負やら依頼やらを申し込もうとするダイバーが押し寄せてきたので、「これも拠点防衛でござるな」とか宣う頼れるあの子に任せて逃げてきた。
その結果の偶然が、これだった。
とはいえ。
「まあでも、大体わかった」
「そのようですね。……イヴ、本当の第一号ELダイバー。それも、純粋にGBN内で生まれた物ではないらしい、と」
漏れ聞こえてきた話と、ビルドダイバーズが挑んでいる連続ミッションの映像。ダイバーたちの口の端に上る噂。
そして、先日宇宙から降り注いだ電磁波が原因で起きたという、全地球規模の電子機器故障事件。
これらの情報に加えて、もう一つ。
今生における俺の人生を賭した目標になるだろう、GBNとは似て非なるフルダイブゲームに起きているいくつかの現象を合わせると、ある仮説が形を成す。
荒唐無稽と切って捨てるのが相応しいその内容、しかしこうまで情報が揃うと、必ずしもSFのネタとは笑えなくなってくる。
はっきり言おう。
この仮説、仮に真実だったとしても俺には関係のない話だ。
今の俺にとっては製作中のもの以上に大事なことはなく、世界の裏側どころか向こう側の話に心を痛めている暇は、実のところあまりない。
仮に最悪の事態になったとしても、おそらくそれは対岸の火事。俺の身近に壊滅的な影響が出るようなことはないだろう。
だが。
「楽しそうですね、マスター」
「……わかる?」
理屈で止まるほど頭のいい生き方はしていないんだよ、俺は。
「新しい検証が必要になった。開発チームに連絡して、デバッグの方法を変えて……あぁ、『使う』機体構成も考えないと。フフフ、忙しくなるぞ」
「お付き合いしましょう、どこまでも。好きなように生きて、理不尽に死ぬのがマスターのやり方なんですよね」
ビルドダイバーズ。
どうやら、とてもとても楽しいことをしているようだ。
だがそれは同時に辛く厳しい道のりになるだろうこと、今日のような過酷なミッションにあえて挑んだことからも明らかで。
「ビルドダイバーズ。仲間はずれはよくないなぁ。俺たちも入れてくれないと」
「マスター……また悪いことを考えていますね? 何をする気ですか」
押さえきれない笑みがこぼれる。
それでこそガンプラ。
それでこそGBN。
だからこそ、だからこそ。
「いやいや、ちょっとお手伝いをね?」
とてもとても、楽しいことになりそうだ。
見上げた空には、GBNの地球に広がる電子の宇宙。
その向こう側に空想を広げるのは、いつどんなときでも楽しくて。
だからつい、「やるんなら本気で」やりたくなるものなんだよ。