まごころを、君に   作:望夢

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しっかし書いているとなんでこんな前向きシンジ君になっているのかと自分でも不思議に思う。


知らない天井

 

「名前。決めてくれた?」

 

「男だったらシンジ。女だったらレイと名付ける」

 

「シンジ。レイ…」

 

 夕焼けの電車の中。そんな事を話す声が聞こえてきた。

 

 それは父さんと母さんの声だった。

 

 僕の名前は父さんが考えてくれた名前だったんだ。

 

「でも。父さんは僕を恨んでいた。母さんの愛情を一心に受けていた僕を」

 

「父さんは僕を見てくれない。だから僕は母さんみたいになりたかった。母さんを愛している父さんなら、母さんみたいになった僕を見てくれると思ったから」

 

 はじめて母さんのお墓参りに行ったとき、父さんはお墓の前で泣き崩れて、母さんの名前を呼んでいた。

 

 多分、僕が母さんの様になりたいと思った原点はそこだったのかもしれない。

 

「無駄だよ。父さんは母さんしか見ていないんだ。僕がなにをしても、なにをやっても。父さんは僕を見てくれない」

 

「それでも僕は諦めない。今まで母さんみたいになろうとして生きてきた事を今更辞められない」

 

「どんなに頑張っても、誰も僕を見てくれない。エヴァに乗っているから、エヴァに乗っている僕は見てくれても、僕を誰も見てくれない」

 

「それでも僕は諦めない。きっと父さんを振り向かせてみせる」

 

 椅子に座って平行線に進む会話を続ける僕たち。

 

 僕がどんな道を歩んできたのかはわからない。でも僕は僕だ。

 

 母さんとの約束を守るためにエヴァに乗る。そして父さんが僕を見てくれるまで諦めたりはしない。だってそれを諦めてしまったら、僕の今までの人生がすべて無意味になってしまうから。

 

「だから僕は諦めない。誓ったから。母さんと、あの日に」

 

 プールに行った帰りの道で、僕は母さんと約束をした。

 

 世界中の人達の幸せを守るって。

 

 それが使徒を倒してエヴァに乗ることが、今の僕に出来る母さんとの約束の果たし方だから。

 

「だから僕は戦う。世界中の人達の幸せを守る為に」

 

 母さんとの約束を覚えていなかったら、僕はこんなにも強い自分の願いを持てなかったかもしれない。

 

 それはきっと、心の弱い僕がたどり着いてしまう結末だったのかもしれない。

 

 それでも。僕は僕だ。

 

 冬月先生も。リツコさんも。マヤさんも。父さんも。

 

 僕の世界はとても小さくて狭いけれど。

 

 それでも僕を取り巻く世界が好きだから。

 

 そんな世界を守りたいから、僕はエヴァに乗ることを決めたんだ。

 

「………知らない天井だ」

 

 いつの間にか知らない天井を見上げていた。

 

「い゛っ……」

 

 身体を動かそうとして、左腕と頭の右側に酷い痛みを感じた。

 

 左腕は包帯を巻かれていた。ギブスで固定されている。思い出すのはエヴァのズタズタにされた左腕。

 

 そして視界がいつもより狭いのは右目が見えていないからだとわかった。

 

 あれからどうなったのか。使徒を倒したところまでは覚えている。だからまだ世界は滅んだりしていないはず。ここが天国だったら別の話になるけれども。

 

 取り敢えず起きたことを報せるためにナースコールを探すものの。

 

 左腕は動かせない。右腕には点滴が打たれていて、こっちもあまり動かさない方が良いだろう。減り具合から見て30分もすれば点滴は終わる。そうしたら看護婦さんが様子でも見に来るだろうと判断して、瞼を閉じた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ネルフのとある部屋。そこではリアルタイム回線によってとある会議が行われていた。

 

「碇君。ネルフとエヴァ、もう少し上手く使えんのかね」

 

「零号機に引き続き君らが初陣で壊した初号機の修理代。幸い第三新東京市自体の被害は軽微とはいえ、国がひとつ傾くよ」

 

「いずれにせよ。使徒再来によるスケジュールの遅延は認められない。人類補完計画は我々にとって唯一の希望なのだ。予算については一考しよう」

 

「わかっております。すべてはゼーレのシナリオ通りに」

 

 ゼーレの各国代表からの言葉も、ゲンドウは話し半分に聞き逃しながら何時ものようにそう締めくくった。そのまま会議が終わるのかと思えば、今日は少し異なっていた。

 

「しかし。初陣とはいえ単独で使徒を倒し、且つその生体サンプルをも確保するとは。やはり天才の血は受け継がれている様ですな」 

 

「碇シンジ。あの天才碇ユイの一人息子か。風の噂では既に大学レベルの勉学に励んでいるそうじゃないか」

 

「しかし、先の戦闘により負傷。全治一ヶ月だそうじゃないか。これでは万が一の時に使徒の迎撃どころではないのではないかね?」

 

「問題ありません。多少の傷を負ってはいても、エヴァは動かすことが出来ますので」

 

「しかし万が一とも限らん。ドイツより戦力を回す。有効に使いたまえ」

 

 キール議長の言葉に、サングラスの奥でゲンドウは訝しんだ。ドイツの弐号機は最終調整中で、日本に届けられるのは数ヵ月先の話だったはずだ。

 

「その戦力とは弐号機ですか?」

 

「いや。5号機を送る。パイロットを付随してな」

 

「了解いたしました」

 

 会議は終わり、ゲンドウの横に控えていた冬月が口を開いた。

 

「まさかゼーレが直接送り込んでくるとはな」

 

「問題ない」

 

 そのゲンドウの言葉にやれやれと肩を落としたくなる気分だった。

 

 その問題ないという言葉は結局面倒ごとはすべて此方に押し付けるという意味だった。

 

「だがな碇。ゼーレがシンジ君に興味を持ち始めたという事は存外に厄介やも知れんぞ」

 

「そうであっても奴はユイではない。ユイの代わりなど果たせるわけがない」

 

 不器用な親子だと冬月は思う。

 

 シンジが母親の様になりたいと願うのは父親に自分を見て貰いたいからという想いがあっての事で、それによって碇シンジという人間は構成されている。

 

 だが父親のゲンドウは妻であるユイだけを見ている。それを知ればシンジの心はどうなるだろうか。存在の根底から崩れるようなことを彼は受け入れられるのだろうか。

 

 だがシンジは聡い子でもある。父親本人にそれを言われても、別の取り方をするのではないかという可能性も冬月は考えていた。

 

「何処へ行く冬月」

 

「なに。教え子の見舞いだ」

 

 途中で道を分かれた所でゲンドウが冬月に声を掛けた。司令室に戻る道すがらは同じで、途中で分かれる事はないのだが。シンジを見舞うのには別の方向に向かう道になる。

 

「お前も少しは親らしいことをしてみたらどうだ?」

 

「必要ない」

 

 そう言ってゲンドウは立ち去ってしまう。社交性という意味でも壊滅的な教え子にやれやれと思いながらも、新しい教え子の見舞い品を考えながら冬月も歩を進めるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 点滴も終わってやることもなくボーっとしていたシンジに来客を告げるドアのノックが聞こえた。

 

「どうぞ」

 

「お邪魔するわよ?」

 

「リツコさん?」

 

 部屋に入って来たのはリツコだった。

 

「あら。わたしがお見舞いに来るのがそんなに意外だったかしら?」

 

「い、いえ。そんなことは」

 

 ただ。かなりメチャクチャにしたとはいえ、使徒という未知の敵のサンプルにエヴァも壊してしまったシンジからすれば、エヴァ関連の技術部門のトップであり科学者の彼女が自分を見舞いにやってくる程の時間が取れるとは思わなかったからだ。

 

「あなたもどちらかと言えばわたしに近いから、考えていることはなんとなくわかるわ。だからそんな働きをしたあなたを労う意味は充分に持っていると思うのだけれど?」

 

「いえ。はい。ありがとうございます」

 

 椅子に腰かけて態々足を組むリツコから視線を上げると、彼女は普段よりもまた少し真剣な表情になって。それにつられてシンジも背筋を伸ばした。

 

「あなたのケガの事だけれど。目と腕はどちらも全治一か月という程度の物よ」

 

「そうですか」

 

 治ると言われてシンジは内心でホッとした。目はまだともかく、腕が使えなくなるというのはとてつもない不自由な生活を強いられる覚悟すらしていたからだった。

 

「それでも何時また使徒が攻めてくるとも限らないから、引き続きあなたにはこの第三新東京市に留まって貰うわ」

 

「はい」

 

 なんとなくはそう思っていた事だったので今更驚かない。出なければ第二東京から態々すべての荷物を移す必要がないからだ。

 

「そして訓練になるのだけれど。その腕が完治するまではエヴァとのシンクロテストと、仮想空間での操縦訓練になると思うわ」

 

 それも予想できたので頷く事で返事を返す。恐らくエヴァを動かすにあたってイメージだけでなくパイロット本人の身体訓練も組まれていたのだろう。しかし腕の有り様でそういった類の訓練はしばらくは免除されるらしい。運動があまり得意ではないインドア派のシンジからしてそれは歓迎できる事柄だった。

 

「それと。学校の転入手続きも終わっているからいつでも通えるようにはなっているわ」

 

「学校? 行くんですか?」

 

 使徒との戦いがある今のご時世にパイロットの自分が学校に通っていられる時間があるのだろうかと思ったものの、それをシンジよりも頭の良いリツコが考えつかないわけもなかった。

 

「確かにあなたの学力なら通わなくても問題ないし。ネルフで家庭教師に習う事も出来るけれど、あなたはまだ中学生。学校というコミュニティーのなかで培われるものは決して勉学では得られないもの。だから学校にはちゃんと通いなさい。友達を作っても良いわ。この第三新東京市が、これからあなたが生活していく街になるのだから」

 

「そうですか」

 

 学校に通うという意味の重要性を説かれ、友達を作れとも言われたものの。シンジにとって友達とも呼べる存在というのは本当に一握りであった。

 

 いつか自分は父さんの所に行くのだと考えていたシンジは、わかれることになるのだからと必要以上に友好関係を結ばなかった。故に友人と呼べる存在は本当に少ないのだ。そして別れもなく第三新東京市――ネルフにやってきてしまったのだ。今更連絡するにも少々気まずいこともあった。

 

「友達は良いわよ? 自分の周りの大人や親に相談出来ない事だって。友達だから話せることもあるわ」

 

「あるんですか? リツコさんにも」

 

「ええ」

 

 シンジから見てそんな風には見えず自分で何でもかんでも解決してしまいそうな完璧主義者に見えるリツコでも普通に人に頼る部分もあるのだというシンパシーを感じていた。

 

 母であるユイに近づこうとなんでもすべて自分で熟してきたシンジだからこそ思う完璧主義という言葉の大きな壁。そんな壁に躓いていれば自分は一生かかっても母の様にはなれなかっただろう。

 

 だがネルフにやって来て。母の恩師である冬月や最高随の頭脳を持つリツコ。その部下でもあるマヤに教えを受けられて再び自分の歩みが進んでいることを感じられたシンジはそんな一人であるリツコの新しい一面。というよりリツコもまた普通に人間なのだと改めて実感できて言い表せない嬉しさというものを感じていた。

 

「話は変わるけれど。学校に通う為には今いる部屋だと何かと不便だから地上に部屋を借りる予定でいるけど。それでも良いかしら?」

 

「あ、はい。お任せします」

 

 という話を持ってくるという事は、今自分の身の回りの処理はリツコがしているという事なのだろうかと思い。感謝と申し訳なさが同時に襲ってきた。

 

 リツコの忙しさというのは普段から窺い知れたことで。そんな忙しい人に自分の身の回りの処理もさせてしまうことの申し訳なさ。それでも色々と手を回してくれることの嬉しさというものがあった。

 

「それじゃあ。わたしはそろそろ行くわね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「元気になったら、なんかご馳走してちょうだい。それでチャラよ」

 

「はい」

 

 その辺りはちゃっかりとしていると思いながらリツコを見送った。

 

 やはりひとりになると一抹の寂しさを感じる。

 

 前はそうでもなかった。家に帰ればひとりであることが当たり前だったから。

 

 しかしネルフに来てからは誰かと関わる毎日だった。その多くはマヤであり。冬月であり。リツコだった。

 

「人が恋しいと思うなんて。思わなかったなぁ」

 

 それこそ風邪を患おうが何をしようがひとりで生きてきた。離れに暮らすようになってからは食事も自分で用意する様になった。なにもかも全部自分で。自分だけで。

 

 だとすると、はじめて他人に料理を作るのはリツコが初めての相手だという事になる。

 

「頑張ろう…」

 

 少なからず、尊敬する人に対して落胆させない様に腕に頼を掛けようとシンジは決意するのだった。

 

 するとまたノックが聞こえてきた。入室を許可すると、これまた忙しくてここには来れそうにない人がやって来たのだ。

 

「冬月先生!」

 

「おはようシンジ君。思ったよりも元気そうだね」

 

「あ、はい。なんとか」

 

 ネルフ本部の副司令が見舞いにやって来るという事に少なからずシンジも身持ちが固くなってしまう。とはいえ、最初に会った日のようにお見舞いに来ても大丈夫なように予定は開けてきたのだろうと考え。自分なんかの為に予定を開けてまで見舞いに来させてしまった事に申し訳なく思ってしまう。

 

「おや。やはり私の様な年寄りはお呼びでなかったかな?」

 

「そ、そんなことありません! ただ、申し訳なくて」

 

「君はもう少し他人に気を使われることに慣れた方が良いな」

 

 冬月は持参した花束と果物の入った籠を備え付けのテーブルに置くと、先程までリツコが座っていた椅子に腰かけた。

 

「どうかな気分のほどは?」

 

「良好です。といっても身体のあちこち痛いですけど」

 

「いきなりの実戦だったからな。だが使徒のサンプルが手に入った事には上の機嫌も良かったよ」

 

「そうですか」

 

 正直知らない人の評価というのにシンジは興味がなかったが。そうは言ってられないのが宮仕えというものだという事も理解している。

 

 人類の命運を分ける戦いにそんな利権絡みの事を考えて行動する人間が居るという事実に悲しい物を感じるが、そういった事柄に自分はそこまで関わる事はないだろうと思う。それは目の前に居る師の仕事の範疇だろう。自分に出来る事はその師が必要以上に頭を悩ませない様に上手く戦うことぐらいだろう。

 

「やれやれ。やはり君は賢いな。いや、賢過ぎるとも言っても良い。君がそのように気にして窮地に陥るくらいならば、細事は気にせずに自分のやり易い様に戦うと良い」

 

「ですけど…」

 

「その為に我々大人は存在している。君は何も気にせず、存分に戦いたまえ」

 

「…はい。ありがとうございます」

 

 今はまだ、エヴァに乗っているからこそ価値がある自分の事しか見られないというのは仕方のない事だ。

 

 だけれども、それ以外に何か自分の勝ちを作ろうとしたのだろうか?

 

 それが作れるとも限らない。だが、それでも何かを能動的に熟したのだろうか。作ろうと努力したのだろうか。

 

 自分は努力した。そして今もしている。

 

 母さんみたいになれるように、自分なりに。そして今は教えを請い。そして再び自分の目的に向かって努力を続けている。立ち止まらずに、ひたすら目標に向かっている。

 

 そうする事しか知らないから、目標の為に生きているという人としてズレていることはわかっている。でも、自分という人間が他に術を知らないのだ。

 

 10数年続けている生き方を途中で変える事も、やめることも出来ない。だから目的を目指しながら新しい目的を今探してい居る所だ。

 

 いや、ひとつはある。

 

 母さんとの約束を守る事だ。

 

 世界中の人達の幸せを守る事。

 

 途方もないことかもしれない。それが具体的に何なのかはわからなかった。

 

 それでもエヴァを造った母さんの言葉だ。今はエヴァで戦う事が母さんとの約束を守る事に繋がっている筈だ。そして母さんもまた、それはひとつの手段だと言っていた。他にもあるのかとも思うものの、今はエヴァに乗って戦う以外に思いつかないのだからそれで良いとも思った。

 

 数日の検査入院を経て、僕は漸く退院出来る事になった。それでも、父さんは一度も僕をお見舞いに来てはくれなかった。

 

 きっと父さんは忙しいんだろうと自分を誤魔化す事で、胸の奥で考えている事に蓋を閉じた。

 

 

 

 

つづく。


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