第一艦隊、抜錨せよ   作:黒助2号

4 / 5
第3話

1

 

沖ノ島海域。

西南諸島海域の最奥に確認されている大規模凄地。魔の海域と悪名高いその地は多くの提督たちが挑んでは弾き返されてきた。

 

「本作戦の目的は沖ノ島に巣くう敵戦力の撃滅にある。

データによると敵艦隊の戦力は雷巡、軽巡を中心とした水雷戦隊が哨戒にあたっており、本拠地とされるポイントには戦艦ル級を多数擁する水上打撃部隊が待ち受けている。ということで大淀、間違いはないか?」

「情報ではそうなっています。ただ、――」

 

海域地図を一瞥した大淀の表情が少し曇った。

 

「データが少ないため、情報の信憑性は定かではありませんが……」

「まぁ、無理もないか……」

 

鷹津は特に落胆する様子もなく頷いた。

これまで沖ノ島海域の最深部に待ち受ける敵主力に邂逅したのは鷺宮が要していた水雷戦隊がほんの数度だけ。

そして例外なく手痛い損害を受けて敗走を余儀なくされている。

分母が少ない以上、この情報の信憑性を問うのはナンセンスだということは理解している。それに個人的な心情として鷺宮の残したデータを元にこの海域を攻略したかった。

 

「これを破るには空母機動部隊が制空権を掌握し、爆撃、雷撃による飽和攻撃を行うのがベストだと考える」

「けどよ、前衛の水雷戦隊がウザくて奥に着く前にガス欠になっちまうぜ。それはどうするんだよ?」

 

ガラの悪い口調でそう言ったのは重巡洋艦の艦娘であり、この鎮守府の対空番長と渾名される『摩耶』である。鷹津は摩耶の質問に「ふむ」と呟いた。

 

「摩耶の言うとおり普通のやり方では本命に辿り着く前に多数の艦載機を消耗してしまうだろう。そこで、もう少し作戦を詰めてみた」

 

鷹津が目配せをすると同時に金剛が装置のスイッチを入れる。すると空中に海図と共に各艦の配置と戦略をシミュレートしたホログラムが写し出された。

 

「まず敵前衛の水雷戦隊に対してこちらも水雷戦隊で対抗。それと同時に潜水艦たちによる通商破壊作戦を実施する。可能なら資材の強奪も許可しよう」

「私掠船じゃねえか!」

「深海凄艦相手なら問題にならない。国際法の制限がつかないってのはやり易くていいねえ」

「Wow! テートク問題発言ネ!」

「おっとぉ、お母ちゃんには内緒だよ」

 

金剛から釘を刺された鷹津は咳払いをして、ブリーフィングを再開した。

 

「目的は敵の戦力を削ぎつつ、兵站を圧迫すること。そうすることで倒せなくても敵戦力はジワジワと削れるはずだ」

 

「そんなに上手くことが運ぶかしらね?」

 

多分に避難がましい声で言われ霞かと思ったが、視線の先には予想していた人物はいなかった。代わりにいたのは綾波型駆逐艦8番艦『曙』。

霞とは経緯が違うが、まだ彼女が艦だった時代に理不尽晒され続け、上に立つものに根深い不信感を持つこの少女は敵意を隠そうともしていない。横で同型艦の『潮』が慌てながらなだめようとするが、曙は睨み続けていた。

 

「君の言うことは最もだ。この作戦は言うは易いが、行うのは難しい。

この作戦は万事抜かりなく運ぶことが大前提となる。どれか一つでも失敗すればこの作戦は成立しない。これを完遂させるには辛抱がいる」

「できるっていうの……?」

「勿論。その為にこの2週間準備を重ねてきた。既にちと、ちよの偵察で敵のシーレーンは把握済み。潜水艦の練度もバッチリ。新兵器九三式酸素魚雷も四連装発射菅も充実している。お前たち水雷戦隊は言わずもがな、潜水艦の練度も問題ない。伊達にオリョクルしてないぜ☆ なぁ、みんな!」

 

「…………おー」

 

伊58、伊168、伊8、伊19の潜水艦の艦娘4名は死んだ目をして同意した。

 

オリョール海での通商破壊作戦ーー通称オリョクルは潜水艦で行うのが最も効率的だ。何故ならあの海域を跋扈する敵補給部隊は対空兵装満載ではあるが、爆雷を積んでいないことが殆どだからだ。

故に鷹津は着任以来オリョクルを潜水艦のみで行うよう指示を出している。

 

来る日も来る日もオリョクルオリョクル。

寝ても覚めてもひたすらオリョクル。

オリョクルがオリョクルでオリョクルをオリョクルにオリョクルした。

 

ブラックな任務をこなし続けた結果、潜水艦たちの練度は鷺宮から引き継いだ艦娘の中で霞、鳳翔に次ぐレベルとなっている。

今や最初の無邪気さは鳴りを潜め、眠りながら魚雷を撃ち、補給艦を狩ることのできる素晴らしいアサシンへと成長を遂げた。提督マンモスうれピー。

 

しかし、

死んだ魚の様な目をした潜水艦たちを見渡して思う。

このように士気が低くては作戦の失敗は必至。そこで鷹津は魔法の言葉を唱えることにした。

 

「この任務を無事遂行できたら貴艦らには2週間の休暇。そして武勲艦には特別ボーナスを授与しよう。ゆっくり羽を伸ばしてくると良い」

 

「やってやるでち!」

「わお! いいじゃない!」

「はっちゃん、頑張りますね!」

「テイトク大好きなのね!」

「ははは! 愛の告白ならいつでもウェルカムだよ」

 

「ないでち」

「ないわね」

「ない、ですね」

「ありえないのね」

 

うん。やっぱりオリョクルの恨みは根深いようだ。信賞必罰は大事。超大事。

 

「因みに提督は知らないようですが、あの子達の合言葉は『くたばれ、クソ提督』だそうです。…………、提督泣いているのかしら?」

「泣いていない。これは心の汗だ……」

「そう。ならいいのだけど」

 

その情報必要なのだろうか? 心なしか加賀さんの声が冷たい。

でも提督泣かない。男の子だもん。

 

「大破した艦が出た部隊は即撤退しろよ。絶対にだ。安全第一!」

「もし誰かが犠牲にならなきゃ作戦を完遂できない状況になれば、あんたはどうするの……?」

 

曙の質問に誰もが息を飲んだ。

彼女の疑問は会議室にいた艦娘達の誰もが気にしていたことである。

視線は一斉に鷹津に集まり、彼の次の言葉を待った。

 

「生きて帰ってきさえすれば、また代わりの作戦を立ててやる。死なない限りは俺たちに負けはない」

 

一切気負うことなく鷹津は答える。気楽な様相ではあったが、その眼には強い決意の光が灯っていた。

 

「失敗がかさめば、……あんたも批判に晒されるわよ?」

 

理不尽な叱責を受け続けた艦歴からか、鷺宮への複雑な心境からか曙の言葉は何処か歯切れが悪かった。その言葉は嫌っている筈の俺を心配しているようにも聞こえる。

酷く不器用だが、優しい子なんだろうな……。

思わず笑みが浮かんだ。

 

「それがどうした?

上層部からお前らを守るのも上司の仕事だ。けど、出来るだけそうならないよう頑張ってくれ」

 

軽い調子で言う鷹津に対して曙はしばらく品定めするように視線を外さずにいたが、やがて力を抜くように息をはいた。

 

「いいわ。あんたの作戦、乗ってあげる。けど勘違いしないでよね。あくまでいい作戦だと思っただけで、あんたを信用したわけじゃないんだからね、このクソ提督!」

「おお、ツンデレか! 三次元では初めて見た!」

「ご主人様、ぼのたんはベジータ系女子なんですよ」

「うっさい漣!」

「よーし、曙もデレたところで――」

「デレてない!」

「現時刻をもって作戦名『あ号艦隊大☆決☆戦!』を開始する!」

「提督、ネーミングで台無しです」

「気にするな。俺は気にしていない!」

「少しは気にしなさいよ、このクソ提督――――――ッ!!!!」

 

2

 

出撃前のドッグは慌ただしい。

次から次へと工廠から運び出されてくる整備済みの艤装。それを妖精たちがクレーンを操作し、出撃前の艦娘達に装備させていく。着々と整う準備を余所に霞は思案に暮れていた。

 

鷹津光一……

 

霞は心中で鷺宮に代わり新しく着任した提督の名を反芻する。

 

反吐が出る……!

 

眉間に深い皺が入り、険しい表情はさらに苛烈さを増した。

 

彼の言葉はどれも耳触りが良い。だがそれ故に虫酸が走る。

その在り方はかつての鷺宮と重なるのだ。

追い詰められた時こそ醜い本性が顔を出す。都合の良いことばかり並べたてる輩は信用ならない。

 

だから私はあんたみたいに綺麗事ばかりの奴の言うことなんて信じない。信じてたまるものか。

 

だが、

深呼吸して荒れた気を落ち着ける。

現実問題として、沖ノ島海域を奪還は最優先事項だ。そして、そのためには鷹津の指揮下に入らなければ作戦目的の達成は難しいことも、業腹だが理解はしていた。

 

いいわ。あんたの作戦に乗ってあげる。だけど、私はあんたを認めたわけじゃない。

認めない……。絶対に認めないから……。

 

作戦目的は兵站の圧迫。手段は通商破壊による資材資源の破壊及び強奪。

それを果たすために、一先ず私情を棚に上げた。

 

「第二水雷戦隊、臨時旗艦『霞』! 抜錨よ。着いてらっしゃい!」

 

霞は勇ましく宣言して、艤装を走らせた。

続く大淀、初霜、そしてその脇を固める曙、潮の第七駆逐隊から編成された古参揃いの精鋭たちも大海原へと飛び出していく。

 

彼女の背後に黒い靄がまとわりついていることにこの時点で誰も気づいていなかった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。