第一艦隊、抜錨せよ   作:黒助2号

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第4話

 

 

1

 

「敵艦を発見なの。距離500。護衛の駆逐艦が4隻なのね」

「聴音、確認、しました。敵は音波を、出しています」

「海上を移動しながらパッシブソナーを打つなんて提督の言った通り対潜はお粗末でち」

 

移動しながら音波を放つと艤装の推進音が邪魔になり、正確な聴音は不可能だということは鷹津に嫌というほどさせられた対潜演習の際に学習済みだ。伊168はこうして平静を保っていられるのは鷹津のおかげではあるが、素直に感謝できない複雑な心境であった。

 

「まずは駆逐艦を排除するわ。全艦魚雷装填」

 

伊168――イムヤ達はギリギリの深度まで浮上し敵の動静を確かめ各自狙いを定めた。

そして――

 

「発射」

 

一斉に発射される魚雷は約45ノットの速度で真っすぐ敵艦へ向かっていく。敵駆逐艦はやっとイムヤたちの存在に気付き回避運動を取ろうとするが、既に後の祭りであった。

 

くぐもった轟音が海中に反響する。同時に伝わってくる振動。イムヤ達の意思に従い艤装を動かしている妖精たちは火を噴き上げながら沈んでいく敵艦を潜望鏡越しに見た。

 

敵駆逐艦の3隻は轟沈し、爆炎を上げて1隻は中破していた。

 

「追撃するわ」

 

逃げようと反転する補給艦にイクが再び魚雷を叩きこむ。魚雷は敵に吸い寄せられるように命中し、生き残った敵艦達も護衛の駆逐艦と同じ運命を辿った。

 

「楽勝なのね♪」

「油断しちゃ駄目でち」

「そうです。帰投するまでが、作戦ですよ」

 

沖ノ島海域背後に存在するシーレーンで通商破壊を開始してから3日が過ぎようとしていた。イムヤを旗艦とする潜水艦隊の活躍は目覚ましく、その高い練度に相応しい戦果を

着実に積み重ねていった。

鷹津の読みではそろそろ兵站が苦しくなってきているはずだが、敵艦隊に未だ目立った変化は見られない。

攻めに転ずるタイミングは重要だ。

叩き潰すときは一気呵成にいなければ、みすみす敵に回復の暇を与えてしまうことになる。

鷹津はこの3日間焦れる心を抑え、機が熟するのをひたすらに待っていた。

 

「HEY提督ゥー! 伊164から入電ダヨー!」

「きたか!」

 

椅子から跳ねるように立ち上がり金剛からひったくるように通信機を受け取った。

 

『通商破壊部隊旗艦伊164より鷹津提督へ。我が艦隊は敵補給艦破壊に成功。補給のため帰投中に敵水雷戦隊と遭遇。現在交戦中』

「敵の装備はわかるか?」

『ソナー及び爆雷』

「よし」

 

鷹津は敵が自分の術中にはまったと確信した。

彼女たち潜水艦には狩人であると同時に餌だ。

敵が馬鹿でないのであれば、此方の意図が通商破壊にあると直ぐに判るであろう。であれば直ぐに潜水艦を狩るためにソナーと爆雷を装備した水雷戦隊が出てくるはずだ。

 

「それでは作戦を次のフェーズへと移行する」

 

加賀が手早く潜水艦部隊の作戦海域で活動していた空母機動部隊へ通信を繋いだ。

 

「空母機動部隊旗艦龍驤、準備はいいですか?」

『いつでもいけるで!』

「では、予定通りにお願いします」

 

潜水艦の作戦海域の近辺で紹介していた龍驤率いる軽空母で構成した空母機動部隊は一斉に艤装を展開した。

 

「さぁ、仕切るで! 攻撃隊発進!」

 

陰陽道の印を結ぶと同時に顕れ、一斉に飛び立つ艦載機。妖精の駆る九七式艦上攻撃機、九九式艦上爆撃機、そして白い零戦の異名を持つ零戦21型は編隊を組んで潜水艦を狙っている敵水雷戦隊を捕捉した。

そして瞬く間に壊滅させていった。

 

 

「潜水艦隊、旗艦伊168より入電です。『物資ヲ回収後、帰投スル』とのことです」

「了解。無事の帰還を祈る」

 

秘書艦の加賀は慣れた様子でモールス信号を打ち込むと鷹津に向き直った。

 

「それにしてもわかりません。沖ノ島海域を奪還することは大本営の……、いえ鷺宮前提督の悲願ではありますが、こんなにも早く動く必要があったのかしら?」

「それはワタシも聞きたいデース。この鎮守府に着任してまだ2週間ネ。沖ノ島をリゲインするなんてハードワークなら、もっと物資が欲しいところネ」

「まあ、普通ならそうだが、そうはいかない理由がある」

 

そういって鷹津は一枚の書類を金剛、加賀に見せた。

 

「Oh……、これは……」

 

書類に記載されていたのは提督付護衛武官として近々着任する予定の士官の情報であった。

 

「表向きは鎮守府内の治安維持と兵站の管理を補助するって体だが、本当の目的は」

「監視、でしょうね」

「そのとーり。大本営のジジイ共はよっぽど俺に隠しておきたいことがあるんだろうよ」

「そう思われるならもう少し大人しくされては如何ですか?」

「能力の高い人間を煙たがる組織なんて歴史的に見ても碌なモンじゃねーよ」

「自分で言いますか」

「ケド、それならわかるネ。沖ノ島周辺に眠っているマテリアルはここで押さえないとノーネ」

 

兵站を抑えられるということは、艦隊の生殺与奪を大本営に握られるということだ。

その前に何としても、自力で資源集回収を行えるようにしなくてはならない。

 

「見てろぉ、あの狸ジジイ共め……。そう簡単に俺のキャンタマ握れると思うなよ」

 

そういって鷹津は不敵に笑った。その直後のことであった。

警報がけたたましく執務室に響いた。

 

3

 

羅針盤。

陰陽道における方違えをベースに風水、八卦、道教などありとあらゆるものをミックスして出来上がった闇鍋ごった煮術理である。妖精が管理する羅針盤の針は現状で最も幸運な方角を示す。数で圧倒的に劣っている人類及び艦娘はこの羅針盤の指し示す方向に従うことで被害を最小限に留めているといっても過言ではない。

そして羅針盤の進路に逆らった者は――

 

 

 

作戦の進捗は極めて順調だった。

敵・水雷戦隊は霞たちにとって全く問題にならない。当然だろう。

今まで霞たち元・鷺宮艦隊の艦娘達は彼の指揮の元、重巡洋艦や戦艦といった明らかに格上の敵主力部隊を相手に劣勢ながらも戦えていたのだ。

そして実戦経験は練度に直結する。

鷺宮艦隊の戦果が揮わなかったのは鷺宮自身に戦艦、重巡洋艦の艦娘を建造する力がなかったことに尽きるだろう。

当然だ、と霞は歯噛みした。

他の提督と同じ条件であれば、鷺宮が負けるはずがない。なかったのだ。

悪いのは鷺宮のことを理解せず、彼が潰れてしまうその時まで助けなかった者たち、そして助けられなかった者も同罪だ。

だが、誰もがそれを忘れてしまっている。確かに新提督が鷹津に変わったことで鎮守府の運営は飛躍的に改善したことは認める。兵站を気にせず出撃できるというのは前線に赴く艦娘としてはそれだけで有難いことだ。鷺宮艦隊時代からの古参、そして姉妹艦ですら鷹津を迎合している現状だ。鷺宮のことを忘れて、まるで最初からいなかったかのように……。

鷺宮のことを忘れられない霞からすれば今の鷹津艦隊は居心地がいいからこそ、居心地が悪い。

故に麾下の艦娘達が鷹津を褒め、認めるような発言をする度に、霞の心は荒波のように乱れた。

遂行中の作戦が鷹津の手のひらでコロコロと転がされている実感が不快感に拍車をかけていた。

 

偵察機を放ち周辺の警戒をしていた大淀の電探に通信が入った。

 

「敵艦隊発見。北西に500。戦艦3、駆逐艦1。いずれも損害甚大」

 

龍驤達軽空母部隊に追い立てられた生き残りだろう。これは好機だ。

駆逐艦・軽巡洋艦が戦艦1隻に対抗する為には最低でも1部隊分の戦力が必要とされる。

それだけ戦艦の戦力は圧倒的なのだ。砲撃の射程。他の追随を許さない破壊力。生半可な砲撃をものともしない堅牢な装甲。速力が遅いという難点こそあるものの、それを補って余りあるその戦力は空母と並ぶ海上戦の主役と謳われるに相応しい。

だが、弱っている今なら

大淀、初霜、曙、潮は霞の指示に従い各々艤装を展開。輪形を陣形陣から単縦陣へと移行した。

 

「右砲線、右40度」

 

視認した艦隊は大淀からの報告通りどれもボロボロで航行するのがやっとという状態だ。妖精の補助の元、主砲の照準を敵艦隊に合わせた。

 

「撃ち方、始め!」

 

号令と共に激しい砲声が海上に響いた。霞達第二水雷戦隊の存在に気付いていなかった敵・艦隊達は初撃で護衛の駆逐艦を沈められ恐慌状態に陥った。反射的に応射するものの統率のとれていない砲撃は第二水雷戦隊にかすりもしない。

 

「沈みなさい!」

 

霞の砲撃が反転しかけていた戦艦の動力部に命中した。煙を噴き上げ水底へ沈んでいく見方を横目に残りの二隻は遁走していった。

 

「追撃するわ。着いてきなさい!」

「待ちなさいよ!」

 

ボロボロになった敵艦隊を追おうとした霞を止めたのは曙だった。

 

「この先に進めば羅針盤の進路から外れることになるわ」

「こんな絶好の機会を黙って見逃すっていうの?」

「燃料弾薬を消耗している以上、深追いは避けるべきだと言ってるのよ」

 

羅針盤に視線を落として少し考えた。羅針盤の妖精は相変わらず鎮守府の方向に針を向けている。

確かに霞たち第二水雷戦隊は主任務であった通商破壊作戦を終えて帰投中である。しかし、消耗しているかといればそうでもない。隊の損害はないに等しいし、残りの燃料及び弾薬もまだ半分以上残っている。今回の様な帰投中の遭遇戦を警戒してのことであったが、その判断は正しかったと言える。

それ以上に水雷戦隊一部隊のリスクと引き換えに戦艦を2隻も沈められるのであれば――

 

「例え罠だったとしても、この好機を逃す手はないわ。着いてきたい子だけ私についてきなさい」

 

厳しい表情を崩さないまま霞は羅針盤を曙に押し付けるとすぐさま反転し、振り返ることなく最大船速で戦艦を追った。

 

「ど、どうするの曙ちゃん……」

 

不安そうにこちらを伺う潮の言葉を受けて曙は少し黙考した。

水雷戦隊の船速であればあの二隻に追いつくことは簡単だ。そして恐らく沈めることも。

懸念があるとすれば羅針盤の指す進路を外れること。

 

『羅針盤には逆らうな』というのは前提督である鷺宮が徹底した方針であり、現提督である鷹津も口にしていた言葉だ。

羅針盤は時に理不尽で不条理だ。本来正しい方角を示すはずの羅針盤が正しい道筋を示さなかった所為で無為に終わった出撃がどれほどあったことか。

 

こんなものがなければ、鷺宮(クソ提督)もあそこまで自分を追い詰めることはなかったでしょうね……。

 

「私は霞を追うわ」

「私も行きます。仲間を放っておけません」

「そうですね。」

「で、でも羅針盤は……」

「分かってる。でも放ってはおけないでしょ。潮と初霜は上空の警戒をお願い。大淀さん、偵察機を。索敵をしながら慎重に進みます。まずいと判断したらすぐに戻る。いいわね」

「う、うん」

「了解です。鷹津提督にも通信を送っておきます」

「お願いします」

 

3

 

我、戦艦ト交戦ス。敵方ノ損害大ナリ。旗艦『霞』追撃ノ為、第二水雷戦隊ヨリ離脱。追撃ス。駆逐艦『曙』率イル第二水雷戦隊ハ現時刻より駆逐艦『霞』ノ支援にアタル。

 

「馬鹿かッ!? すぐに戻るように伝えろッ」

「駄目です。通信途絶しています」

「カーッ!!」

 

鷹津は無造作に頭を掻きむしった。

一見、敗走後の撤退に見えるだろう。そして、敵の目的が敗走を装いながらの後退だったとしたら彼女たちの命が危ない。

当て水量がすぎるのかもしれない。だが、彼女たちは羅針盤を無視している以上、必ずその先にはとびきりの災厄が待ち受けている。だとすればこの当て水量はかなり実現性が高い。

 

「ええい、すぐに戦艦を中心とした救援部隊を編成! 第二水雷戦隊の支援に当たらせろ」

「ケド、カスミン達の向かったゾーンに到着するまで少し時間がかかるネ」

 

最後に大淀達から通信のあった座標からこの鎮守府までの距離は高速戦艦である金剛型のスピードを以てしても少々時間がかかりすぎる。そして比叡を旗艦とした榛名、霧島たち高速戦艦はこの沖ノ島海域を攻略する為に温存していた切り札だ。もし、この救援が間に合わなかったら、その切り札は敵の待ち伏せを受ける形となるだろう。そうなれば比叡達とはいえ決して無傷では済まない。合理的な判断をするならば、命令を無視した第二水雷戦隊は見捨てるべきだろう。

命令違反を犯した水雷戦隊一部隊か、切り札である戦艦達かを天秤にかける。

見捨てるべきか、助けるべきか。

 

「くそったれめッ!」

 

鷹津光一は迷わなかった。

 

 

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