前線日記   作:へか帝

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ギリギリ毎週更新できてない


十一冊目

 前に彼に見せてもらった日記を解読した時から懸念していたことがある。

 まだ彼がグリフィンに所属していた頃、あるいはそれよりもっと前か。彼には他の戦術人形を連れて前線に立っていた時期があるようだ。詳しい時期までは日記の文章から読み取ることはできなかったのが悔やまれる。翻訳で精一杯だった。

 彼が元グリフィンであることを鑑みるに、率いていたのは無骨な軍用ではなく私たち同様の人を模した女性型であるはず。私たちよりも付き合いが長く、戦場を通して育まれた絆もあるだろう。私たちとて彼と同じ屋根の下で寝た関係だけど、彼の中で大きな存在になるにはまだまだ共に過ごした時間が足りない。きっと彼の部下であった人形たちは、いつか必ず私たちにとって大きな障害になる。警戒が必要だった。

 ましてや私たちは曲がりなりにも彼を手にかけてしまった状況であり、是が非でも関係がこじれてしまうだろう。穏便に済む可能性は低い。

 でも、彼を殺そうとしたという事実が、今は都合がいい。

 彼が率いていた人形というのは、M16の焦りようからして現AR小隊のメンバーの可能性が高い。彼の失踪に対して彼女たちが捜索に充てられたのも、恐らくは前々から縁があったから。そして任務という大義名分の下活動している。任務に縛られるのは私たち404小隊も同じだけれど、いかんせん表のAR小隊よりは裏の私たちの方が活動に融通が利く。

 ここで彼の当初の目論見通りに死を偽装できたなら、AR小隊は捜索を打ち切らざるを得なくなる。彼女たちの特殊な立場から、彼女たちを破壊するような強硬手段は取れない。最も有力な方法が、AR小隊に彼を諦めさせること。それを、今やる。

 

 ──決着はここで着ける。全力で始末する。

 

 私たちが殺した。そう思わせる。

 HK416は私が会話に割り込んだ時点で目論見を察している。大丈夫、連携は取れる。

 M16は聡い。だから明言は避ける。迂遠な表現で、ほのめかすに留める。焦燥して鈍ったM16の判断力を利用する。早とちりを誘う。情報を絞り、限られた知識から真相を探らせる。血に濡れた彼の服がある。私たちの服装もまた、血で濡れている。そういうヒントで、誤った正解に導く。自力で考えを巡らせて得た答えをもう一度疑うことは難しい。それが賢しい者であれば尚更に。

 

「……」

 

 M16は沈黙を貫く。知性の灯った瞳だ。得られた判断材料が私たちの言葉を本当に裏付けるものなのか、思考を巡らせているのだろう。

 これは『試練』だ。乗り越えなければ、彼との蜜月が曇る。だが、慌てる必要はない。M16には、じっと不敵な笑みを向ける。

 私と彼は出会うべくして出会い、結ばれるべくして結ばれる。物事がそういうふう出来ている。『運命』が味方をしている。 

 因縁は持ち込ませない。運命は変えられない。

 お前たちの彼との縁は、ここで終わらせる。

 

「……いや、もういい。全て把握した」

 

 息の詰まるような、絞り出すような声。まるで覇気のない声。

 それでいい。

 枯れた諦観を抱いたまま、指揮官との別れを惜しめ。

 お前たちが指揮官に会うことは、もうないでしょうから。

 

「あっそう。じゃ、私たちはもう行くから」

「え、もう休憩おわりなのー?」

 

 

 G11の抗議は無視して軽くHK416に目配せをする。HK416が、羽織った指揮官の服に僅かにこびりついていた肉片──生体パーツをこれみよがしに払う。

 ──これで、とどめ。

 

 

 

 

 

 

『あ、やっと繋がった……。姉さん、一体今までどうしていたの?』

「悪い、404小隊と遭遇していてな。指揮官の事を何か知らないか聞いていた」

『404小隊と? それで何かわかったの?』

「それを今から調べるのさ。一緒にSOPMODⅡはいるか」

『いるよー!』

 

 音割れしそうなほどの天真爛漫な声。M4のマイクに強引に割り込んで話しているらしい。

 

「今から画像データを送る。見てくれ」

『お、なになに? 指揮官の寝顔とか?』

「残念ながら違うな。どうだ、届いたか?」

『とどいたー!』

「単刀直入に聞こう。……それは何だ?」

 

『え、なにって鉄血人形の生体パーツでしょ? これがどうかしたの?』

「そうか。いや安心した」

『そうなの? よくわかんないけど』

 

 いやはや、我が小隊に鉄血人形の分解が趣味の奴がいて助かった。私に違いは分からないからな。本当、何が役に立つかわからんものだ。

 

「さて、皆に伝えなくてはいけないことが二つある」

『それっていいニュース? それとも悪いニュースかしら?』

「AR15もいるのか。じゃあ良いニュースだ。指揮官の生存がほぼ確定した。この市街地に潜んでいるとみて間違いないだろうさ」

『本当!?』

『良かった……。でも、そうですよね。あの人が死ぬとは到底思えませんし……』

『まあ、でしょうね』

 

 なんだ、AR15だけ冷静ぶって。声が安堵で弾んでいるのが隠せてないぞ。本人は隠せているつもりなのだろう。面白いから言わないが。

 

「動かぬ証拠を残してくれたHK416に感謝しないとな」

『……どうしてHK416の名が?』

「それが悪いニュースに繋がるのさ。ずばり、404小隊が指揮官の身柄を狙っている」

『404小隊が!? なんの目的で?』

「さぁな。だが随分執着している様子だった。先を越されるとまずいかもしれない」

「ああ、それと最後に一つ、笑い話だ」

『どうせ趣味の悪い話でしょ』

「404小隊の連中、指揮官の十八番の死体人形に一度まんまと騙されたらしい。

 連中、私が嘘に気づいたと知らずに大真面目にペテンを続けるものだから、笑いをこらえるのが本当に大変だったよ」

 

 いやあ。傑作傑作。

 

 




翌日の仕事を思いながら睡眠時間削って書いているときが一番捗る
作者は死ぬ

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