ところでみんなワクワクしすぎ。
ζ月Ю日
足りないものが多すぎる。というか一番最初の生活レベルが高すぎた。いきなりあれに慣れてしまったのは本当に良くない。ここは屋根はあっても壁がないからなぁ。瓦礫は壁に含みません。
何はともあれ布団が欲しい。贅沢を言えばふかふかしてもふもふしたやつ。寝袋とかソファとかあったから勘違いしそうになるが、俺のスーパーハイグレード寝具は負け惜しみなどではなく本当にロイヤルだったんだ。くそう、ダンボールの一枚でもあれば違うんだけどな。着替えはダミー人形に着せてしまったので手元にないし、もし回収できたとしても破裂した生体部品でぐっちょぐちょだろうしな。
とりあえずは水と飯だ。俺の韋駄天の足が健在であれば鉄血かグリフィンの飛行場からちょろまかしてやるところなんだが、傷口が開いたら困るしなぁ。
ζ月¨日
このままでは野垂れ死んでしまうぞ。非常に癪に障るがグリフィンに回収してもらう選択肢も視野に入ってくる。脱走しておきながらどのツラ下げてって話だが、流石に命には代えられないからな。
でもそれは本当に最後の選択肢だ。あそこに戻ったらまた地獄のローテーションが組まされるに違いない。もっとも今はカリーナ一人で回してるんだろうけどなHAHAHA! 戻ったら恨みから刺されるような気がしてきた。マジでこれは最後の手段になるな。
ζ月ヾ日
さて肝心の食糧問題だが、なんとかなった。名付けて『今の人お前の知り合いじゃないの』作戦。鉄血と交戦しているグリフィン部隊に飛び入りで参加してそれっぽく指揮して戦利品の回収中にすーっとフェードアウトする作戦だ。グリフィンに所属してる人形なら誰だって俺を知っている……とはいかないまでも、なんとなーく見たような顔だよなぁくらいの知名度なので他の作戦中のついでにちょっとお手伝い的な雰囲気を醸し出しつつ助太刀してきた。
404小隊に命狙われたばかりなのに迂闊すぎるかもと考えもしたが、たぶんへーき。まあどこかで見たような顔がいるって都市伝説になってるかもしれん。
ζ月α日
なんでここに404小隊がいるんですかね(震え声)
◇
「あ……え……?」
これは、何。
……人だ。指揮官の服を着た、人間だ。
死んでいる。
「指揮官……?」
自分の口から、信じられない言葉が飛び出た。指揮官? 私は今、指揮官と言ったか? どうして今指揮官を呼んだ? 指揮官なんてどこにいる。
それともまさか、このみすぼらしい肉塊が指揮官とでも? そんな。ありえない。
視界が揺れる。違う、私の体が震えている。何が起きている? 私はさっきまで何をしていた? 誰を追っていた?
記憶がはっきりしないのはあの奇妙なアンテナを開封してからだ。気づけば一晩中彼の寝顔を見つめ続けることで抑えていた想いが止められなくなってしまった。秘めていた想いを殺意に乗せてぶつけたくなった。
それで無我夢中になって、じゃあ。
この返り血は、血だまりは、死体は。
指揮官の、もの?
「ぁ……ぅ……」
嘘だ。ありえない。何かの間違いだ。
殺しても次の瞬間息を吹き返して気色悪いダンスをしながらその場から走り出しそうな彼が、死ぬわけがない。
そもそも一体誰が彼ほどの実力者を殺せる。彼の逃走術は目を見張るものがあった。
そこらの有象無象に彼が殺されるものか。
でも、あるいは。ずっと彼を側で見て来て、彼の癖を知り尽くして、彼の考え方を直々に指導もらった私たちなら。
殺せるかもしれない。
違う。
殺せた。
──そうだ。私が殺した。
私たちが殺した。
「指揮官。私ね、とっても素敵なことを思いついたの……」
ナインの声だ。
「指揮官。ねえ指揮官。家族って、同じ血が流れてるんでしょ? 血がつながってるんだよね? じゃあ、これで、本当の家族だよね? ずっと一緒になれるんだよね?」
ナインが足元に広がる血溜まりを懸命に手で掬って啜り始めた。何度も、何度も。この血の池を飲み干すように。
「指揮官、私ね、お裁縫を練習しているの」
HK416の声だ。
「お裁縫だけじゃないわ。お料理に、掃除に簿記の管理だって。こういうの、昔は花嫁修業って言ったんでしょう? 私が全部管理してあげるから、私ひとりでなんでもやってあげるから、私だけを見ていればいいの。もう何も考えなくてもいいのよ?」
飛び出した目玉を、愛おしそうに熱のこもった視線で見つめている。艶のない眼球に、色のない瞳が映っていた。
「指揮官、なんで。冷たいよ? 今夜はどうしたの?」
G11の声だ。
「こんなんじゃあったかくないよ……指揮官。あ、また。もう、指揮官ってばどこいくの? 一緒にねようよ……」
あたりに飛散するピンク色の肉片をかき集めて抱きかかえ、語りかけている。やがて抱えた肉片をぼとぼとと取り落とし、またかき集めては抱きかかえ、言い聞かせるように語りかけている。まるで赤子でも抱くかのように。
何もわからない。
何が起きている? みんなどうしてしまったの?
体の震えが止まらない。視界が突然低くなった。足に力が入らない。膝が崩れたんだ。
視界の焦点が合わない。
指揮官はどこ?
──指揮官の服が見える。
あれは指揮官の服だ。
じゃあ、あれは指揮官だ。
なんだ。指揮官は生きてるじゃないか。
きっと疲れて、横になっているだけ。
そうだ、指揮官の顔が見たい。
きっとあの緊張感のない顔が見れる。
そんな指揮官の顔を見たら、きっと安心する。
「し、きかん……」
力の抜けていく体で、それでも這いずって近づく。
きっとこの震えも指揮官の顔を一目見たら収まる。
腑抜けてだらしのない、あの人の顔を。
優しくて面倒見の良い、あの人の顔を。
どうか、一目だけでも。
「指揮官……指揮官……おねがい……顔を見せて……!」
彼の体にしがみ付いて、すがるように掴みながら、服が血に汚れるのも厭わずに顔を覗き込む。
けれど。指揮官に──もう頭は無かった。
待って。
違う。
おかしい。
これは、
……本当に、やってくれるわ。私たち、またあの人に出し抜かれたのね。
「起きろ!」
声を張り上げ、皆の意識を叩き起こす。
「さっさと目を覚ましてもう一度よく見なさい。全部作りもの。あの人はまだ生きている」
私の喝で、冷静さを取り戻させる。指揮官をこの手で殺めたという動揺があったから、こんなチープな舞台道具に騙された。いつもの私たちなら、彼と過ごし続けた私たちなら、すぐその綻びに気づける。
しばらく、静寂が続く。
やがて、ナインは口に含んだ血液を吐き捨てて言った。
「やっぱり? どうりでまずいと思ったんだよね」
HK416は人形の眼球を片手で握りつぶして言った。
「彼の瞳がこんな薄汚いわけないわよね」
G11は肉片を踏み躙って言った。
「やっぱり私が抱くんじゃなくって、指揮官に抱きしめてもらわないと」
皆の瞳に光が戻った。
今度は、その内側に滾るような情念を蓄えて。
もう、大丈夫ね。じゃあ。
私たちがやるべきことはひとつ。
「──指揮官を、探しに行くわよ」
次は絶対に逃がさないから。
強い女UMP45。
名誉ある肉片かき集め大臣にはG11が選任されました。
この鬱展開をもっと引っ張ってもよかったんですけど私のメンタルが耐えきれなかった
もっと鬱々しいのが欲しいひとは各自で妄想して文章にしてハーメルンに投稿してください読みに行くので