HITMAN『世界線を超えて』   作:ふもふも早苗

29 / 87
HITMAN『紅葉より赤い波』

『妖怪の山へようこそ。47。』

 

『初めに言っておくわ。今回のターゲットは人じゃない。“天狗”と呼ばれている妖怪の一種よ。力がとても強く、俊敏さでも人間とは比較にならないわ。格闘戦ではまず間違いなく勝ち目はないわね。だから必然的に隠密性の高い作戦が求められるわ。』

 

『ターゲットは天狗社会の中の一派、“労働天狗委員会”のトップ、“烏鴈丸(からかりまる)”よ。彼は下っ端天狗を多く従えていて、天狗社会の中での底辺の地位向上と平等を訴えている一派、いわゆる“天狗社会の共産党”といったところ。古くから上下関係と階級を重視している天狗社会はこの派閥の動きを天狗社会全体の危機と捉えているわ。でもおおっぴらに派閥のトップを抹殺してはその下についている者たちが反乱を起こしかねない。鬼や他の妖怪や幻想郷の人間たちに頼むわけにも行かず、我々に白羽の矢が立ったというわけ。』

 

『クライアントは天狗社会主流派トップ。私達の感覚で言う“与党”の幹事長に当たる“大天狗”。正確な名前は呪術的な理由で教えることは出来ないと言っていたわ。それと、天狗の中には“千里眼”と言って、千里、つまり4000キロ先まで見渡せるほどに遠くを見ることができる種族が居るらしいわ。そんなのが居たらあなたもうかつに動けないでしょう?大天狗もそれを見越しているようでね、その千里眼の使い手をあなたに協力させると言ってきているわ。会ったら向こうから名乗るらしいから現地で落ち合ってね。』

 

『準備は一任するわ。』

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

私は今、一人山道を歩いている。元々この幻想郷と呼ばれる地域は人間よりも人間ではない他種族のもののほうが人口が多いらしい。その人間もほとんどが人里に集まっているためこういう山の中ともなると完全に妖怪の楽園というわけだ。山道もロクに整備されておらず、どちらかと言うと獣道に近い。

 

今回私は以前使用した経験のある毒物の中で一番強力な毒物を持参した。非常に小さな小瓶にロシア語のラベルの毒だ。強靭な生命力をもつ天狗にどこまで効くかはわからないが、これが効かない場合は否応なしに直接武力行使以外に手はなくなってしまうのでその強大さを事前情報で知っている身としては効いてほしいと願っている。

 

暫く進むと少し森が開けた。人里からここまで数時間はかかったがほとんど森の中を移動していた。開けるとそれなりに周囲がわかる。ここはちょっとした岩場になっており、近くにはかなり大きめの滝があった。

 

 

 

「あなたが協力者の方ですか?」

 

急に声をかけられた。岩の上に一人の少女が立っていた。頭に生えている白い耳、その背後には白い大きな尻尾が見える。帯刀しており頭には資料に会った特徴的な帽子をしている着物姿の少女。おそらく少女ではなく、彼女こそが“天狗”と呼ばれる種族なのだろう。

 

「あの・・・。」

「君が大天狗が言っていた協力者なのか?」

「あ、ハイ。犬走椛と申します。椛とお呼びください。今回は私達天狗の居座古座に巻き込んでしまい申し訳なく思っています。」

「構わない。それが仕事だ。」

「本来、外部の人間は特別な許可を公に取らねばこの妖怪の山に立ち入ることは出来ないのですが、今回は大天狗様の密命ということで特別に非公式に許可が降りています。私は哨戒白狼天狗部隊の隊長を務めていますので私が案内すれば少なくとも攻撃される心配はないと思われます。」

「相手の派閥の攻撃もないと?」

「天狗は縄張りを荒らしさえしなければ基本的には温厚な種族です。侵入者には容赦はしませんが。私はこれでもそれなりに実力者で通っていますので無闇矢鱈な攻撃はないと思われます。」

「なるほど。では案内をよろしく頼む。」

「はい。ではこちらです。そういえばあなたの事は何とお呼びすれば?」

「・・・。四郎。そう呼んでくれ。」

「わかりました。」

 

 

私は彼女の案内でさらに道を進んでいった。そこからは山道というよりも登山に近くなった。射面は急になり、岩場が増えた。しかし標高が高くなるにつれ周りの広葉樹が色づいており、非常に美しい風景になっている。

 

「あなたの体からは嗅いだことのない匂いがします。」

「人の体臭を嗅ぐのが趣味なのか?」

「!?そうではありません!白狼天狗は元々鼻がすごく効くのでそういう匂いに敏感なだけです!」

「そうか。すまない。」

「いえ・・・。あなたの匂いは殺人鬼のそれとも善人のそれとも宗教家のそれとも違います。それどころか人間の匂いとも若干違う。」

「・・・。」

「なんというか・・・、“ぬくもり”みたいなのが一切感じられない。普通人間なら父母のぬくもりが多かれ少なかれ必ず残っています。あなたにはそれが・・・。」

「私からそれを聞いてどうする。」

「いえ!・・・お気に触ったなら謝ります。」

「いや、いい。」

「・・・。」

「・・・。」

 

“ぬくもり”か。たしかにそれは経験した覚えも記録もないな。私はそれがどれほどこの仕事にとって危ういものかを知っているので欲しいとも思わないが。

 

しばらく気まずい空気が流れつつ進んでいると、山の岸壁に集落のようなものが見えてきた。アマルフィ海岸よりもずっと険しい崖の側面をくり抜いて集落ができている。天狗は空を飛ぶことができるらしいので地上から徒歩で行くことは想定していないのだろう。

 

「ひとまず私の家に行きましょう。そこで一通り状況を説明します。」

「わかった。だがどうやって行く?私は空は飛べない。」

「私が抱えます。」

 

私は脇を抱えられ、そのまま持ち上げられた。苦もなく持ち上げているところを見ると彼女の力も常人のそれとは比べ物にならないのだろう。

岸壁中腹あたりにある一軒の家に到着した。炊事場である2畳半ほどの土間と6畳の居間のみという質素な作りだ。居間の中央にはちゃぶ台が置かれており、彼女はそこへ座るよう促すかのように座布団を出した。私は日本式の作法は知らないが靴を脱いで家に上がるというのは知っていたので土間で靴を脱いで座布団へ座った。

 

 

「ではまず今の天狗社会の状況を説明します。」

「よろしく頼む。」

「はい。まず今回の任務対象の所属する“労働天狗委員会”ですが、近頃急速に勢力を伸ばした一派です。原因はおそらく外の世界からもたらされた本。原本は大天狗様が没収しましたが既に複製品がメンバーに行き渡っています。これがその原本です。」

 

 

なるほど。この本が流れ着いたのか。日本語訳版であるらしく、表紙には日本語で“資本論”と書かれている。カール・マルクスの代表著書だ。なるほど。共産主義者にとっての“聖書”と呼ぶべき本だ。

 

「私も中身を拝見しましたが、我々の天狗社会には相容れない部分が多すぎて私には妄言にしか映りませんでした。普通の天狗ならばこのような考えに惑わされるはずはありません。しかしあの一派、“共産主義”はすでにかなりの勢力になっています。ひとえに彼らの首領である烏鴈丸(からかりまる)が言葉巧みに扇動している部分が多いと大天狗様はお考えのようです。」

「この世界でも・・・か。」

「ということは外の世界でも同じようなことが?」

「ああ。それで世界は2つに割れ、世界滅亡の一歩、いや、半歩手前まで行った。」

「なんという・・・。」

「それで。その烏鴈丸(からかりまる)は今どこに?」

「それが・・・行方不明なのです。」

「行方不明?」

「はい。昨日の昼頃から集会にも顔を出さず、行方知れずなのです。今私の部下が捜索していますが・・・。」

「そうか・・・。」

 

困った。ターゲットが行方不明では任務遂行は出来ない。まずはそのターゲットを探すことからとなるとは・・・。

我々がどうしたものかと思案していると。

 

 

 

「あら、椛。その殿方はあなたの婿殿かしら?」

「文さん!違います!というかいきなり現れないでください!」

「・・・?」

「あ、すみません。こちらは」

「申し遅れました!私“文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)”を書いております射命丸と言います!見たところ人間のようですけど今回は何故天狗の集落へ?何故哨戒天狗のトップである椛の部屋に二人きりで?何故・・・」

「もう!文さん!我々は大天狗様からの密命で動いているのです!このことは記事にしないでくださいね!記事にしたら私はともかく大天狗様からも大目玉を食らうことになりますよ!」

「大天狗様が?それはそれは・・・。何かワケありのようですね・・・。」

「もう・・・。」

「射命丸、と言ったか?新聞記者なのか?」

「はい。あ、お近づきの印に今日の新聞をどうぞ。」

「あ、ああ・・・。」

「ほら文さん。ここには何もないですよ。取材に行かれたらどうですか?」

「そうねえ・・・大天狗様直々の密命とあっちゃ記事にはでき無さそうだし、それに関わってるこの人間のことも同じく記事にはでき無さそうだしねえ・・・。」

「射命丸。1つ聞きたいことがあるのだが、烏鴈丸(からかりまる)を見なかっただろうか?」

「四郎さん!?」

「お、四郎さんって言うのね。烏鴈丸(からかりまる)ならさっき見かけたわよ?」

「えっ!?」

「どこにいた?」

「東の山の中腹くらいに。数人天狗を引き連れてなにか相談してたみたいだけど、写真機のフィルムも使い果たしてたからそのまま帰ってきたわ。」

「東の山の中腹・・・。」

「ここからそう遠くはないです。何かを企んでいるのかも・・・。」

 

そう遠くない位置にいることが判明した。そのまま近づいて暗殺するかそれともこちらのレンジに入るまで待つか・・・。

 

 

「・・・そうだ!私もついていくわ!」

「えっ!?どういうことですか?!」

「今記事にできないなら密命が終わったら記事にしても大丈夫でしょう?それに最近パッとしたネタがなかったのよね。これは大きな事件の匂いよ!」

「え、でもその・・・。」

「射命丸。協力してくれるのであれば記事にしても構わない。が、記事にするときは一応大天狗に許可をとってからにしたほうが良いだろう。」

「わかってますって!あなた話がわかるじゃない!」

「いや、あの・・・これは密命・・・。」

「もー、椛!硬いこと言わない!協力者が増えるんだから良いでしょ!」

「くれぐれも独断専行は無しにしていただきたい。」

「わかってますって。で、目的は?」

「今はまだ話せない。その時が来たら教える。というか君ならば自分で気がつくだろう。」

「はあ・・・なんでこんなことに・・・。」

 

射命丸文を仲間に加え、私達は一路射命丸が烏鴈丸(からかりまる)を見かけたという東の山の中腹へ向かった。

 

 

 

 

脇を抱えられての移動ははたから見るとどういうふうに映っているのだろうか。射命丸は出発と同時にどこかへ文字通り目にも留まらぬ速さで飛んでいったと思えばすぐに戻ってきた。どうやらカメラのネガを交換してきたようだ。

 

私は先程と同じように椛に脇を抱えられた状態で飛んで移動していた。目的地へは道がないためこちらのほうが早いらしい。子供のように抱えられて飛ぶのは私としてはあまり長くはやってほしくはないが。

 

目的の場所は妖怪の山と呼ばれていた高い山を降りきった渓谷を挟んで反対側にあった山だ。歩けば数時間は掛かりそうな森だが飛んでいけば、ものの数分で着いた。

 

「あれよ。まだいるわね。」

「確かになにか話していますね。」

「椛、何話してるか分からないか?」

「んーと・・・口の動きからだと流石に断片的にしかわからないです。」

「じゃあ降りて近づくしか無いわね。」

「でも近づいたら匂いで気が付かれるんじゃ?」

「私を誰だと思ってんのよ。ほら、いくわよ。」

 

私達は近くの森に降りていった。生い茂る木々を隠れ蓑に近づいていく。途中からは徒歩になり、10mほど近くまで寄った。

射命丸はヤツデの葉のような団扇をしきりに動かしている。どうやら風の流れを制御してこちらの匂いを相手に届かないようにしているらしい。風を操れるとは便利そうな能力である。

私達は茂みに隠れながら聞き耳を立てた。

 

 

「以上が、作戦概要だ。特に大天狗は厄介だろう。第6班は心するように。」

「はっ!」

「この作戦が成功すれば我々の主張が正しかったと他の天狗たちも認めざる負えなくなるだろう。」

「最近新しく外から流れ着いた“聖典”によると『今日まであらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である』と書かれている。まさに、我々天狗の歴史はこの日を迎えるための闘争の歴史だったのだ!」

 

 

「なんか扇動家みたいなこと言ってるわね。」

「アレが労働天狗委員会です。文さんも話には聞いたんじゃないですか?」

「話にはね。でも外の文献を見る限り共産主義ってメディアは弾圧してるっぽいじゃない?私には合わないわね。」

「“この日”と言っていた。今日中になにか行動を起こす気だろう。」

「大天狗様の名前も上がっていました。早く手を打たないと大変なことに!」

 

 

「では同志烏鴈丸(からかりまる)、このあとすぐに決行するのですか?」

「いや。日が高いうちは難しいだろう。深夜皆が寝静まった後に同志を率いて決行する。それまでは私の家で誓いの酒坏を飲み交わそうではないか。」

「は!ありがたき幸せであります!」

 

どうやらこのあとターゲットの自宅で宴会を行うようだ。チャンスはその時しか無いだろう。

 

「射命丸。烏鴈丸(からかりまる)の家はわかるか?」

「私は新聞記者よ。有力者の家くらい完璧に覚えてるわ。行くの?」

「ああ。頼む。」

「でも彼らが来ちゃうんじゃ?」

「大丈夫よ椛。ほら。」

 

 

ボウギャークノークモヒッカリヲオオイー♪

 

 

「なんか歌い始めちゃいましたね。」

「あいつら集会開いた後はいつもよくわかんない歌を2~3曲歌ってから解散するのよ。」

「じゃあこの隙に急いだほうが良さそうですね。」

「行くわよ。」

 

私達はその場を離れると私を今度は射命丸が抱えて凄まじいスピードで集落へ戻った。何でも本当は音速を超えることも容易らしいが、その際に凄まじい騒音が出るので気が付かれないようにこの速度に抑えているらしい。これでもだいぶ早いと思うのだが。

 

私達は集落の端にある一軒の家に着いた。椛の家と比べるとこちらの方がだいぶ大きい。有力者という話は本当のようだ。が、基本的に天狗は召使いや用心棒などを雇うことはないらしく、家の中には誰も居なかった。玄関を上がると12畳ほどの居間があった。大きな長テーブルがあり、その奥には台所と思われる土間があった。

 

「へえ、結構良い暮らししてるんじゃない。平等を謳う者が住むにしてはちょっと豪華すぎないかしらね?」

「文さん!そんなあっちこっち詮索しちゃ失礼ですよ!」

「いいじゃない。どうせこれから・・・するんでしょ?」

「・・・。」

「するって・・・。」

「あの集会。そしてそれに対するあなた達の反応。大天狗様からの密命。それらから導き出される答えは1つしか無いじゃない。」

「・・・。」

 

 

「あなたたち。烏鴈丸(からかりまる)を暗殺しようとしてるわね。」

 

 

「・・・流石新聞記者といったところか。」

「大丈夫よ。別に邪魔しようとかそういうんじゃないし。犯人をバラそうってわけでもない。というかこんな事、天狗社会の中では今までになかったことよ?記事になんかできるわけないじゃない。大天狗様の許可だって絶対に降りない。」

「文さん・・・。」

「椛も大変ね。こんなこと命令されて。」

「いえ、私は・・・。」

「本来天狗の問題は天狗だけで片付けるのが筋。それを一番わかっている大天狗様がこういう命令を出したってことはよほどの事情があるんでしょう。」

「ともかく、今は任務を遂行したい。手伝ってくれるか?」

「いいわよ。乗りかかった船だもの。私だって天狗社会が共産主義に染まるのは容認できることじゃないわ。」

 

 

それから私達は手分けして家の中を捜索した。すると台所を見ている射命丸が手に大きな盃をもって顔を出しだ。

 

「これ使えないかしら?」

「これは?」

烏鴈丸(からかりまる)専用の盃よ。天狗の中でも酒豪のうちにはいる烏鴈丸(からかりまる)はこの盃に何杯も酒を飲むの。以前一回つきあわされてひどい目にあったことがあったわ。」

「専用の盃か。これに注がれる酒は?」

「あっちも専用の酒、【天狗舞】よ。たしか奥の氷室に仕舞ってあるはず。」

「もってこれるか?」

「当たり前!」タタタ

「四郎さん。酒なんかどうするんですか?」

「これを混ぜるのさ。」

「毒、ですか。ですが人間の毒では・・・。」

「その中でも殺傷力が一番高い毒だ。これで効かないなら毒殺は諦める他ない。」

「一体何という毒なんです?それは。」

ノビチョク(Новичо́к)。そう呼ばれていた。」

「聞いたことのない毒ですね・・・。」

「持ってきたわよ!」

「よし。毒を混入させる。念の為二人は離れていろ。」

「毒ぐらい大したことはないわよ?」

「文さん。離れていましょう。あの毒は・・・なにか危険な感じがします。」

「椛・・・。わかったわ。」

「射命丸。私が合図をしたら部屋の空気を外の空気とまるごと入れ替えてくれ。」

「いいけど・・・そんなに危険なものなの?」

「ああ。」

 

私は二人が離れたのを確認すると、窓が空いていないのを確認し、慎重に小瓶の蓋を開けた。できる限り息をしないように、慎重に内部の2つの液体を順に酒の中に入れる。2つ目の薬剤を入れるとすぐさましっかりと蓋を締め、片手を上げて合図を送った。

強烈な風が吹き、私の周りも含め周りの空気が風に押し開けられた窓から出ていく。代わりにもう一つの窓から新鮮な空気が流れ込んでくる。私は体に異常が見られないことに安堵しつつ、二人の元へ歩いた。

 

「準備は完了だ。酒を元の場所に戻してきてくれ。くれぐれも割ったり開けたりはしないように。」

「わかったわ。」

「それと、念の為君たち二人は今後数週間はこの家に絶対に近づいてはならない。絶対にだ。」

「わ、わかりました。」

「じゃあ戻してくるわね。」

「私は外を見てきます。」

 

私は二人が行動を開始したのを見届けると部屋の整理を始めた。侵入した痕跡は残してはいけない。開けた棚や漁った雑貨入れなどを確認する。

 

「もどしてきたわ。」

「よし。撤退だ。」

 

「椛。外の様子はどうだ。」

「周りには誰もいません。ですが先程の集会位置から数名飛び立つのが見えます。」

「急いだほうが良さそうね。」

「はい。では行きますよ四郎さん。」

「頼む。」

 

私達はすぐさまその場を離れ、一度椛の自宅へ帰った。それから数分後、ターゲットを含む数人があの家に到着したのが見えた。

 

「ギリギリでしたね。」

「彼らの中に千里眼を持つものは居ないのか?」

「あら、知らなかったの?千里眼を持ってるのは椛だけよ。」

「そうなのか?」

「はい。白狼天狗は元々目がいいですが、私はその中でも特に遠くを見渡すことができるので哨戒天狗部隊の隊長をしているのです。」

「で、私達はこれからどうするの?」

「待つ。事が起きれば自然に騒がしくなるだろう。」

「じゃあ私達の冒険はここで終わりってわけね。」

「射命丸。君には万が一に備え待機していてほしい。」

「万が一?殺せなかったらってこと?」

「いや、あの毒は揮発性がある。騒ぎが起こったら空気の流れをあの家の中にとどまるように仕向けてほしい。いらぬ被害は出すべきじゃない。」

「中にいる他の天狗はどうするのよ?」

「彼らは・・・残念だが。」

「そう・・・。」

「私は何をすれば?」

「椛は騒ぎを聞きつけてやってきた他の天狗を中に入れないようにしてほしい。」

「でもどうすれば?臨検は必ず行われると思いますけど。」

「君が一番最初に臨検したということにすればいい。危険な匂いを察知したため一時的に封鎖していることにすればいい。なんなら大天狗に勅命を貰ってもいい。」

「なるほど・・・。わかりました。」

「あなたはどうするのよ?」

「私はしばらく動けない。今動けば察知されるだろう。すまないが場が落ち着くまでここに居てもよいだろうか?」

「わかりました。お安い御用です。あ、だったら食事の支度をしないと・・・。」

「おーおー。まるで奥さんね。」

「奥・・・!?」

「・・・。」

「文さん!!!」

「あはは!顔真っ赤!!」

 

他愛のない雑談をしていると上のターゲットの家から景気のいい笑い声がし始めた。どうやら宴会が始まったようだ。ターゲットの声が聞こえる。盃を満たす前に訓示でも行おうとしているらしい。何を喋っているかはいまいち聞き取れなかった。

 

そのうち一瞬だけ一気に盛り上がった。乾杯が行われたようだ。一拍の間があり、にわかに騒がしくなった。しかしその騒がしさには笑いなどは含まれておらず、悲鳴に近い叫び声が木霊した。

 

「始まったみたいですね。」

「じゃあちょっくら行ってくるわ。」

「気をつけて。天狗をも殺す毒です。文さんも食らったらただではすみませんよ。」

「十分気をつけるわよ。烏鴈丸(からかりまる)は私よりも実力がある。そいつが一瞬で死ぬくらいの毒なんて、私が食らったら生き残れる確率は皆無でしょうからね。」

「では私も向かいます。四郎さんはここに居てください。あ、台所におにぎりを作っておきましたので良かったらどうぞ。」

「わかった。」

 

二人は飛び去っていった。遠目で見るとかなり離れたところから射命丸が手に持っている団扇を振り回している。それよりも大分近いところから椛はあたりを見回している。

すぐに数人の同じく白狼天狗と思われる人影が現れた。椛は各個に指示を飛ばしていた。

この家から私にできることはもうなにもない。私は作り置きしておいてくれたおにぎりを食べ始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

『衛星からターゲットの死亡を確認したわ。よくやったわね。人間以外を殺したのはこれが初めてかしら?』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

どうやらターゲットは死亡したようだ。おにぎりを食べ終わった私はどうやって脱出するかを考えていた。

 

「ご苦労だったな。」

「・・・。」

 

いきなり椛や射命丸よりも大きい体を持つ天狗が家に入ってきた。その服装や出で立ち、言葉から察するに、

 

「あなたが大天狗か。」

「いかにも。今回はご苦労であった。報酬については既に支払われておるから心配せぬように。」

「問題ない。そこは私の管轄ではない。」

「ふむ。不思議な人間だ。普通の人間とは違う匂いもする。」

「椛にも同じことを言われた。」

「そうだろう。白狼天狗は鼻が効くからな。して、これからどうするつもりだ。」

「この地域から脱出する。今はその策を練っていたところだ。」

「なるほど。では私が連れ出してやろう。」

「あなたが?」

「うむ。これでも速さでは射命丸にも負けないつもりだよ。乗れ。」

「わかった。彼女らによろしく伝えておいてくれ。」

「よかろう。」

 

私は大天狗の背中に乗った。直後にまたもや目にも留まらぬ速さで家を飛び出した。私はそのまま人里近くまで送り届けられ、人里にあるセーフハウスから脱出した。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

~1週間前~

 

「こ、これは・・・!」

「どうです。新刊ですよ。」

「“共産党宣言”・・・まさに第二の聖書と言っても過言ではない!」

「今なら10文にまけておきますよ。」

「なに?!たったの10文!?買った!」

「毎度。ぜひ有効活用してください。」

「これで私の思想も完璧に・・・!」

 

 

 

 

「今回もちゃんと買っていったか?」

「はい。この世界の妖怪と呼ばれる存在もあながち単純かもしれませんね。」

「くれぐれも慎重にだぞ。八雲紫に目をつけられれば厄介だ。」

「わかっています。しかしICAが動き出したとの報告も受けておりますが。」

「ふむ・・・しかしアレが大衆に広まればICAとて根絶はできまい。」

「ですな。これでこの世界にも我々の基礎を築けるわけですね。」

「そうだ。長官もお喜びになるだろう。世界革命は近い。私は報告をするために一度本部(Ясенево)へ戻る。」

「わかりました。こちらは事後処理を開始します。」

「まだ見ぬ同志たちよ。失われた数十年を取り戻す日は近いぞ。」

 

 

 

 

 

ミッションコンプリート

・「暗殺者の通り道」 +1000 『妖怪の山の集落に徒歩で侵入する。』

・「メディア王」   +1000 『射命丸文に会う。』

・「萌芽の根絶」   +3000 『労働天狗委員会の主要メンバー全員を暗殺する。』

・「要人が警護」   +3000 『大天狗の案内で脱出する。』

 

 




書物は、大いなる力である。 ーウラジーミル・レーニンー


次回は別アプローチです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。