真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第十話 「屋上行こうぜ」

 

 

 

川神院七夕祭りの事。

 

 

「なんで浴衣じゃねぇんだよっ!!」

 

 

岳人の悲痛な声が川神院の前に響いた。

道行く人々が何事かとチラ見してくる視線が恥ずかしいので全員他人のふりをする。

 

 

「俺様を無視するんじゃねぇ!」

 

 

「うるさいわねぇ動きにくいから着ないわよ」

 

「…めんどい」

 

「自分は着てみたかったが学校から直行だしな」

 

「わ、私の浴衣なんかで宜しいのかと悩みました」

 

 

ぐああと頭を抱える岳人。

 

 

「せっかくの祭りになのに空気読 ぐはぁ!?」

 

「うるさい!」

 

 

ぎゃーぎゃー騒ぐ岳人を百代の拳が黙らせる。

倒れている岳人を踏み台に、すかさずキャップが前に躍りでる。

 

 

「よーしっ!こっからは別行動だ!モロにワン子!行くぜ!!」

 

「あっちにお菓子掬いってのがあるから行ってみようよ」

 

「なにその夢溢れる名前!?そんなのあるのね!!」

 

「うん、ネットに書いてあった。あっちの方だよ」

 

「よーし!しこたま掬うわよ!!」

 

 

三人は卓也の案内で人混みに消えていく。

 

 

「それじゃあクリスにまゆっちはまだこの辺良く知らないだろ?俺様が詳しくガイドしてやるぜ」

 

「それは助かる、自分は型抜きと言うのが気になるぞ」

 

「わ、私得意です!」

 

『まゆっちは一人でやるものは何でも上手いぜぇ。何せずっと一人で―』

 

「おっとそこまでだ。せっかくの祭りに涙はいらねぇよ。ついてきな」

 

 

岳人達が行く頃には百代と大和の姿もすでになく、武と京が残された。

 

 

(露骨な分断…でも、私は空気を読む女)

 

(って思ってんだろうな…)

 

 

「あ、あのさ!」

 

「…射的なら任せて」

 

 

武は満面の笑みでガッツポーズをする。

何だかんだで武にも気を使ってくれる翔一達に感謝して、武と京は矢場に向かう。

 

 

「しっかし、毎年すげぇ人だな」

 

「…川神はお祭り好きだしね」

 

「京、平気か?」

 

「…こう言う人混みは平気…人混みより変なのに絡まれないかの方が心配」

 

「まぁお前美人だからなぁ」

 

「そう言う心配じゃない。忘れたの?前に絡まれた私に手をあげた軟派君がどうなったのか」

 

 

武は腕を組んでう~んと考え込むが、さっぱり思いだせない。

 

 

「記憶にねぇな」

 

「軽く肩を押して突き飛ばした代償が、両腕骨折とは思わなかっただろうね」

 

「そうだっけ?…確か止めに入った学園長から俺が攻撃されたとかなんとかモモ先輩が言ってたな」

 

「うん、学園長の技で倒れないから、モモ先輩大喜びしてたよ」

 

「あ~それで川神院で修行しろってしつこく言ってきたのか」

 

「そ、なので今回は問題起こさないでね」

 

「はいよぉ」

 

 

矢場に着いてからは京の独壇場であった。

軽い矢に気をのせて次々に獲物を落としていき、その度に店主の悲鳴が聞こえる。

 

 

「いやぁ容赦無いっすね~」

 

「お金払っているから問題ない」

 

「フツブツ言いながら店主泣いてるぜ?」

 

「…お客様は神様です」

 

「とんだ神様に魅いられちまったなこの店」

 

 

矢を射る小気味良い音が響いて、また一つ景品が落とされる。

 

 

「ひえぇ~お客さんもう勘弁して下さいぃ」

 

「…くくく」

 

 

楽しそうに矢を射る京に、先程までの暗い感じはなく、純粋にお祭りを楽しんでいるようで武はほっとする。

 

 

「…このくらいで許してあげよう」

 

「このくらいって、景品全滅じゃねぇか」

 

「…そうとも言う」

 

 

京は何時の間にか出来た観客の子供達に、好きな景品をと配っていく。

そして配って尚余りある景品を武に渡す。

 

 

「…じゃあこれ持っていくの手伝って」

 

「持っていくって何処に?」

 

「秘密基地」

 

 

店主の抗議と言うか恨みの声を背中で聞き流して、武は戦利品を担いで京の後ろについて行く。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「良かったのかよ」

 

 

玩具や日保ちするお菓子を並べている京は、小さく頷いた。

 

 

「…武は良かったの?」

 

「聞くまでもないだろう?俺にとっちゃ祭りはおまけみたいなもんだ」

 

「武は私が一番だもんね…」

 

「…どうした?なんかお前変だぞ?」

 

「…そう?……でも、武が言うならそうだね」

 

「京…」

 

 

京は武の正面に座ると顔を伏せた。

武が声をかけようとした時、京は顔をあげて武を真っ直ぐ見る。

 

 

「武、私は大和が好き」

 

「あ、ああ、知ってるよ…どうした改まって」

 

「…確認」

 

「確認って、そんなの確認するまでも―」

 

「今日、モモ先輩が大和と一緒なのが羨ましかった」

 

 

京は武の言葉を遮って続ける。

 

 

「でも、残ってくれている武を見て安心している自分が居たの…」

 

 

その言葉で武は理解してしまう。

今現在、京を戸惑わせているものが何かを。

幼い頃、京は父親を捨てた母親に嫌悪を通り越して憎悪を感じていた。

だから、母親が死んだ時に涙は流れず、むしろ心の底から嬉しかったと京は語っていた。

 

 

「私は大和が好き…」

 

 

まるで、自分に言い聞かせるように呟いてる様に武は感じる。

母親と自分は違う、父親を捨てた母親の様にはならないなりたくない。

その葛藤が、京の心に生まれ始めている心の機微を、無意識に拒絶していた。

だから武は―

 

 

「あっちょんぶりけ」

 

 

突然、京の両頬を手で挟み込んだ。

ポカーンとしながら、変な顔になっている京を見て武は吹き出す。

 

 

「ぶはっ!くくく あはははは! ごはぁっ!?」

 

 

目の前で笑いまくる武の顎に、京の鋭い拳が突き刺さってソファーの後ろまで飛ばされる。

 

 

「私は真剣に―」

 

「屋上行こうぜ」

 

「え?」

 

 

武は後頭部を擦りながら起き上がると、京に背を向けて歩き出す。

 

 

「た、たける?」

 

「七夕だし、天之川、綺麗に見えんじゃねぇかな」

 

 

振り返らず言う武の後を、京も黙って着いていく。

少し埃と黴の匂いがする階段を昇って、錆びて鳴く扉を開けると、気持ちの良い風が二人の間を通り抜けた。

屋上に出ると夜空には一面の天之川が。

 

 

「…見えないね」

 

「流石にここじゃ無理だったか」

 

 

二人は夜空を見上げて呟く。

七夕にしては珍しく雲一つ無い夜空であったが、天之川は見ることが出来なかった。

 

 

「なぁ京……俺は京が好きだ」

 

「…うん」

 

「大和を好きな京が好きだ。モモ先輩に弄られてる京が好きだ。ワン子で遊ぶ京が好きだ。クリ吉をからかう京が好きだ。まゆ蔵と松風にツッコミを入れる京が好きだ。キャップに呆れる京が好きだ。ガクトとモロは…別に良いや」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

「「はっくしょんっ」」

 

「二人して風邪か?」

 

「いや、これは俺様を噂する美女のせいだな」

 

「美女かどうかはともかく、誰かが僕達の事を噂しているのかもね」

 

「姿の見えない二人とか?」

 

「何処行っちゃったんだろうね」

 

「また、変なのに絡まれてないと良いけど…」

 

「さ、探してみるか」

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「俺はどんな京も好きなんだよ」

 

「私は…」

 

「親は関係ねぇよ。お前はお前だろ?」

 

「でも!」

 

「親がって言うなら、俺は自殺しなきゃならねぇな」

 

「…え?」

 

 

驚いたように見る京に、武は頭を掻きながらしょうもない話だけど、と続ける。

 

 

「親から虐待されてたってのは話したろ?」

 

「う、うん」

 

「その後な、俺の目の前で自殺したんだよ」

 

「…っ」

 

 

京は言葉を詰まらせる。

そんな京に武は優しく続ける。

 

 

「それ見て俺は泣いてたんだけど、悲しさより嬉しさの方が大きかったんだよ」

 

「…もう、虐待されない、から?」

 

「いんや、俺を連れて逝かなかったことが、俺には愛情に感じられたんだよ。最初で最後の愛情に」

 

「武…」

 

「馬鹿だよな、今考えりゃ向こうにまで俺を連れていきたくなかっただけだって分かるのにさ、その時はそう信じていたんだよ」

 

 

武はそう言って京に笑いかけた。

その笑顔に京は戸惑う。

どんな顔をして、どんな言葉をかければ良いのか思い付かない。

 

 

「どうだ?俺は子供が出来たら虐待して、自殺するような奴か?」

 

「違う!武は絶対そんな事しない!」

 

「ありがとよ。だったらさ、親がどうとか関係ねぇんじゃないか?京は二条武って言う俺そのものを見てくれている。俺は、俺達は椎名京って言うお前そのものを見てる。そこに親だとか血縁とかが入る余地なんてねぇよ」

 

「……」

 

「なんだよ、なんか言えよ」

 

「…武って凄いね」

 

「おいおい、今さら俺の魅力に気付くとか遅くないか?」

 

「前言撤回」

 

「はえぇよっ!!」

 

 

二人は何時のもやり取りに笑い出す。

なんだか全てがどうでもよくて、ちっぽけに思えて、それに悩む自分がさらにちっぽけに思えて声を出して笑いあう。

 

 

「なぁ京」

 

 

武の何時もの呼び掛けに、次に来る言葉はわかっているけど、京は待つ。

 

 

「七夕補正を狙ってって訳じゃないけど……俺と付き合ってくれ」

 

 

真っ直ぐな瞳を見つめ返して京は答える。

 

 

「私は大和が好き……だから、考えさせて」

 

 

真っ直ぐ京を見つめる瞳が大きく見開かれたと思うと、突然、武はその場にしゃがみこんでしまった。

 

 

「武?」

 

「い」

 

「い?」

 

「いぃぃやったぁあああああああーー!!!」

 

 

凄まじい声が響いて、突然跳ね起きた武は、夜空に向かって有らん限りの力を込めて拳を突き出す。

 

 

「ちょ、ちょっと、付き合うって言ってないよ?」

 

「わかってる!…だが!!お友達でじゃなかったって事は一歩でも進展したって事だろ?そうだろ?そうだと言ってくれ!!」

 

「…ま、まぁそう、かな?」

 

「うおおおおっ!!これが叫ばずにいられるか!?いや、いられるはずがない!!」

 

「大袈裟な」

 

「大袈裟じゃない!やべぇ嬉しすぎて今ならモモ先輩にも負ける気がしねぇ!」

 

「…そう言うのは本人が居ない時に言った方が良いよ?」

 

「あん?本人なんているはず……が…」

 

 

屋上の扉の前に立ち上る綺麗な赤いオーラ。

 

 

「携帯も繋がらないしたぶんここだろうと思って来てみれば、突然聞こえた武の絶叫にどれほど私が慌てたか…」

 

「あ、あの~…」

 

「武…私はお前の事を決して忘れない」

 

「ひぃいっ!!??」

 

 

百代の猛攻が始まる中、百代に振り切られた風間ファミリーの面々が集合する。

 

 

「どうやら何事もなく無事みたいだな!」

 

「いや全然無事じゃないでしょキャップ」

 

「武ってお姉様の拳好きよね」

 

「どうみたらあれが喜んでいる様に見えるんだよモンプチ」

 

「さっきの絶叫は一体何だったんだ?」

 

「はわわわ、と、止めた方がよろしいのではないですか?」

 

『これも青春ってやつだよまゆっち』

 

 

やれやれと呆れる大和の横に京が寄り添う。

 

 

「京、なんか良いことあったのか?」

 

「…何もないよ付き合って」

 

「それにしては何だか嬉しそうだけどなお友達で」

 

「…気のせい気のせい」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

 

そう言いながら、京の口許は少しだけ緩んでいた。

ばか騒ぎになってしまった屋上の、その中心にいる人を眺めながら。

 

 




少しだけ仲を進めてみました。
連休なので更新頻度をあげてやると意気込んでいたのですが、気づけば何時も通りでしたすいません。
次回は少しだけクリス分多目になりそうです。

ではまた次回で。


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