真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第十一話 「京が来たら起こして…くれ……」

 

 

 

金曜集会が始まる前にクリスが秘密基地に着くと、そこには一人、ソファーで安らかな寝息をたてている武の姿があった。

 

 

「武一人か…」

 

 

クリスは自分の定位置に座って寝ている武を見る。

相変わらずボサボサの髪に花の髪留めをつけ、京と同じ本を読んでいたまま眠ったのか、お腹に上に本を載せたままでいる。

改めて見ると、ファミリー内では兄貴肌であるが結構童顔だ。

岳人の様に筋肉質ではないが、猫科の猛獣の様なしなやかさがある。

百代の拳を受ける打たれ強さと、決闘の時に見せた獣性などまるで感じさせない穏やかな雰囲気が漂う。

 

 

「随分と熱い視線で眺めているなクリス」

 

「大和!?何時からそこっ―」

 

 

クリスは慌てて荒げた声がこれ以上漏れないように、自分の口を手で塞ぐ。

 

 

「安心しろ、武はこれくらいじゃ起きねぇよ」

 

 

武の方を見ると、起きる気配すら見せずに寝息をたてている。

クリスはその様子にほっと胸を撫で下ろすと、再び大和を睨む。

 

 

「何時から見ていた」

 

「今来たばっかだよ。そんなに慌てると逆に怪しいぞ?」

 

「や、やましい事など一つもないぞ!」

 

「だからムキになるなって、分かってるよ」

 

 

やれやれと腰を下ろした大和は、おもむろに置いてある油性ペンを取り出して、武の顔に落書きを始める。

 

 

「お、おい!?」

 

「で?何か気になる事でもあるのか?」

 

「落書きしながら聞かれてもな……正直、武だけ良くわからないんだ…」

 

「あ~なるほどね」

 

「別に嫌いとか苦手と言う訳ではないのだが、掴み所が無いと言うか、踏み込めないと言うか」

 

「壁を感じる?」

 

「…ああ」

 

「だとしたら、それは武の方がお前に気を使ってるって事だな」

 

「どう言う事だ?」

 

「クリスの正義を愛する心に気を使っていると言うべきかな」

 

「ますます分からないぞ」

 

「つまり」

 

 

大和は最後に武の額に「岳人」と書いてペンを置いてクリスに向き直る。

 

 

「武の正義とお前の正義は相容れないんだよ」

 

「相容れない?」

 

「そっ、例えばファミリーの誰かが川で溺れていたら助けるか?」

 

「助けるに決まっているじゃないか」

 

「まぁ武を含めて全員がそうするだろうな…じゃあ質問、ファミリー以外の誰かが川で溺れていたら助けるか?」

 

「当然だろ」

 

「武を含めない全員がそうするだろうけど、武は違う…こいつはファミリー以外を助けない…むしろ助ける事によって危険が伴うなら助けるのを止めるだろうな」

 

「馬鹿なっ!!」

 

 

クリスは思わず怒声を上げて机を叩いてしまう。

 

 

「馬鹿だよな、本当に馬鹿だと思うよ…でも、それが武なんだよ。こいつのファミリー愛は俺達とは違う。俺もファミリーのために汚い手を使うが、武はファミリーのためなら悪そのものにだってなる」

 

「しかし、そうは言っても…」

 

「クリスが最初にここへ来た日、一番キレていたのは京じゃ無くて武だって知ってたか?」

 

 

大和の言葉にクリスは絶句する。

 

 

「で、でも武は京やモロを落ち着かせようとしていたじゃないか!」

 

「ああ、裏で姉さんがおさえていたからね」

 

 

クリスは今の今まで、あの時一番傷つけていた者を知らずにいた自分を恥じる。

 

 

「勘違いするなよ?武はもうその事を気にしちゃいないし、恐らく覚えてすらいない」

 

「…慰めを言うな」

 

「本当だよ。武にとってお前も大事な家族の一人だよ」

 

「自分にはそんな資格は…」

 

 

俯くクリスに、やれやれと大和はおもむろに立ち上がって、クリスの横に行くと無造作にその腕をつねった。

 

 

「な、なんだ?…いたっ!?」

 

「…どうしたクリ吉っ!!」

 

 

咄嗟に思わず大きな声で痛いと言ったクリスの声に反応するかの様に、武は勢い良く起き上がった。

 

 

「あん?なんだ大和とふざけてただけかよ……ふあ~あ、ねみぃ…皆集まったら、集まらなくても、京が来たら起こして…くれ……」

 

 

武はそれだけ言うと、十秒もしないうち再び寝息をたて始めた。

 

 

「な?言った通りだろ?」

 

「武…」

 

「自分の正しくないってわかっている正義をクリスに、家族に否定されたく無いってのもあるのかもな…とにかく武は不器用なんだよ」

 

「言ってくれれば良いものを」

 

「言ったらぶつかるだろ?」

 

「ぶつかり合うのもファミリーじゃないか」

 

「ぶつかっても変わらない所ではぶつかりたくないんだよ。武はこの事だけは恐らく死んでも曲げないからな」

 

「めんどくさい奴なんだな武は」

 

「クリスに言われるとか、きっと武も不本意だろうな」

 

「どういう意味だ!?」

 

 

クリスがお返しとばかりに大和の腕をつねる。

 

 

「いててててっ!」

 

 

大和の上げた声に武の反応を見るが、武が起きる気配は無い。

何か良い夢でも見ているのか、時々アホみたいな笑みを浮かべている。

 

 

「…起きないな」

 

「この野郎…もう少し落書きしておくか」

 

「起きた後でやり返されても知らんぞ」

 

 

大和によって落書きだらけにされた武の顔を見て、クリスは優しく微笑む。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「お、おわったわ…」

 

 

試験前に行われる特別集会、勉強会が終わって精魂尽きた一子が机に突っ伏する。

 

 

「もっと集中してやれば早く終わったものを」

 

「そうだぞワン子。勉強でお前から集中力をとったら何も残らねぇんだぞ」

 

 

大和と武が一子の両サイドから責める。

 

 

「誰の…ぶはっ…せいだと思っているのよ!!」

 

「全くだ…そんな顔で……ふふ」

 

「く、クリスさん…ふふ…笑ったら駄目で…うふふ」

 

『その顔見ながら勉強とか拷問だぜ』

 

「…しょうもない」

 

 

女性陣が半笑いで呆れるのも無理はない。

武の顔は大和が落書きしたままで、額に「岳人」と書いてあり、鼻は黒く塗りつぶされて

頬には髭、目の下には隈が書かれまるで狸のようになっていた。

大和は起きた武に復讐され、額に「京LOVE京」と書かれ、太眉毛にされ口の横に縦に二本線を入れられてまるで腹話術の人形の様になっている。

どちらも油性なので、落とすのを諦めてそのまま勉強を教えていたのだ。

因みに、二人をバカにした岳人の額には「童貞」と書かれそれを笑った卓也の額には「女装」と書かれ、仲間に入れろとキャップが自分の額に「風」と書いたのを百代が普通過ぎて気に入らないと、風の横に「俗」と書き足して男性陣の顔はカオスになっていた。

 

 

「ところで沖縄に旅行に行かないか」

 

 

落書きの話をぶった切って百代が提案する。

 

 

「また突然だな」

 

「突然は風間ファミリーの十八番だな」

 

『慣れないと置いていかれるぜクリ吉、まゆっちなんてもう慣れまくりだぜ?』

 

「いえいえ私も驚いてますよ松風」

 

「川神院で修行していた男が実家の沖縄で民宿を継ぐことになってな、この男がやたらとじじぃに恩義を感じていて、ぜひ遊びに来てくれと言うんだよ」

 

「質問!それはロハか?」

 

「交通費と雑費は自腹だが、宿泊費と食費は只で良いそうだ」

 

 

全員からおお~と言う歓声と共に拍手が巻き起こる。

 

 

「八月の十~十三で行こうと思うが都合の悪いやつはいるか?」

 

「お盆前だし僕は大丈夫かな」

 

「俺様もその日なら平気だ」

 

「お盆前だし皆大丈夫そうだな。今から予約すれば飛行機も少し安く済むかな」

 

 

大和が卓也の方を見ると、すでにノートパソコンで検索を開始していた。

 

 

「お盆の時期も外れているし、早割もあるからっと…出た、これくらいだね」

 

 

パソコンの画面を見せると、翔一がニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「この値段なら、俺達の積み立て貯金で行けるぜ!」

 

「あれ?そんなに貯金あったっけ?」

 

「おうよ!この間行った旅先で泊めてくれた老夫婦が、倉の整理をしてくれたお礼にってくれた掛け軸が高く売れてな、その金全部貯金に突っ込んでおいたぜ!」

 

「さすがと言うか相変わらず無茶苦茶だな」

 

「…キャップの無茶苦茶は何時もの事」

 

「沖縄か…自分は行った事ないがどんな所なんだ?」

 

「えっとね、ほらこれ」

 

 

再び卓也がパソコンで、沖縄の観光サイトを開いてクリスに見せる。

その後ろから、翔一、一子、岳人、由紀江が覗き込んでいる。

 

 

「で?一人浮かない顔をしている二条さんちの武君はどうしたのかな?」

 

 

隅っこで小さくなっていた武が、びくっと肩を震わせる。

 

 

「…大和忘れたの?武が高所恐怖症…中でも飛行機が最大の弱点だって」

 

「あれ?そうだっけ?すっかり忘れてたな~」

 

 

どSな笑みを浮かべて、わざとらしく言いながら大和は武の肩に手をおく。

 

 

「まさかファミリー全員で行く旅行を断ったりしないよなぁ武」

 

「お、沖縄には現地集合なんて―」

 

「まさか皆で楽しく飛行機で行こうって言うのに、一人だけ違う道で行くなんて空気の読めない事しないよなぁ!」

 

 

ここぞとばかりに大和は普段の憂さ晴らしをし始める。

 

 

「あ、いや、その…しかし、なにも空路だけが全てではないと言うか」

 

「なに?そんなに行きたくないの?あれあれ?京も行くのに?」

 

「い、行かないとは一言も…」

 

「え?そんな小さい声じゃ聞こえないんですけど?」

 

 

ニヤニヤと笑いながら、武を追い詰めていく大和の後頭部に百代のチョップが炸裂する。

 

 

「その辺にしておけよ弟、京も若干引いてるぞ」

 

 

頭を押さえながら悶絶する大和を、京はじと目で見ている。

 

 

「で?武も行くんだろ?」

 

「あ、えっと」

 

「…機内で手、握ってあげようか?」

 

「行きます行きます行くにきまってるじゃないっすか!!!」

 

 

急に元気になった武は、卓也達が見ているパソコンに割り込んでいく。

 

 

「良いのか京」

 

「…誰のとは言ってないし、武は二週間以上先の事は覚えてられない」

 

「悪い女だな」

 

「モモ先輩ほどではないと思う」

 

 

京と百代はそれぞれ悶絶している大和と、パソコンの前で騒ぐ武を見てやれやれとため息をつくのであった。

 

 

 




クリスも好きです。ワン子と違ったおバカさがあっていいですよね。
今回もですけど、沖縄旅行までは京との絡みがちょっと少なくなるかもです。
ずれ過ぎず何とか話をくどくなく進められていけるほど文才があればなぁ…。

ではまた次回で。


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