無事に期末テストを終えた、一部無事ではないが赤点は何とか回避したので無事としておく、そんなある日。
事件は、隣のS組から聞こえてきたドアに何かがぶつかる轟音と共に始まった。
「予想通り交渉は決裂したみたいだぞ軍師」
「予想通りとか言うよ武、最善の人選だったんだから」
大和は頭を抱えている。
「ま、いくら九鬼英雄対策でワン子付けても、所詮FとSは相容れねぇよ」
「これからS組に行こうとしてる俺への当て付けかよ」
「そりゃ深読みしすぎだ、心から応援してるぜ大和ちゃん」
「言ってろ」
二人がそんなやり取りをしていると、和平使節団の面子が戻ってきた。
一子の顔は明らかに不機嫌で、真与の顔は悲しげであった。
「ほんっっっっとあったまくるわねっ!!」
一子は唸り声を上げて今にも噛み付きそうなほど荒れている。
「おうおう荒れてんなぁどうしたワン子」
「S組みの奴らに委員長をバカにされたのよ!!」
「しっかりケジメとったんだろ?」
「ドアの外まで蹴り飛ばしてやったわ!」
「よ~し良くやったワン子」
武はワン子を撫でくりまわす。
「わふ~~ん♪」
「良くやったじゃねぇよまったく…で?途中から学園長の声が聞こえたけど?」
「なんかじーちゃんがF組とS組は勝負する必要があるから、明後日の水曜日に全員が喜ぶ発表するって言ってたわ」
「勝負なのに全員が喜ぶって…大和」
「みなまで言うな武、嫌な予感しかしない」
武と大和の嫌な予感は、当然と言うか順当と言うかとにかく当たる事になる。
☆ ☆ ☆
「川神大戦、開戦じゃっ!!」
指定された水曜日に大和たちが体育館に集まると、待ち構えていた鉄心が宣言した。
川神大戦とは言葉のとおり、F軍とS軍が丹沢山中で大将首を狙って戦をする、川神学園最大最高の勝負方法である。
川神大戦におけるルールは五つ。
一、尖った武器は禁止、武具はレプリカまたは峰打ちで戦う事。
二、拳銃と爆弾の使用を禁止。矢は先端に指定の処理を施せば使用可。
三、相手捕虜への尋問、拷問はご法度。
四、学校内の人間であれば何人でも助っ人可能
五、学校外の助っ人枠は50人まで。
「最終的には学園を二つに割っての大戦争になる、八月三十一日に実施するのでそれまでに各々準備を進めるがよい、その間、F組とS組の一切の喧嘩を禁ずる、以上じゃ」
☆ ☆ ☆
「だそうです」
「川神大戦ねぇ…この上なくめんどくせぇ」
「そう言うと思ったよ」
武はため息を吐いてはいるが、そんなに憂鬱そうでない大和に疑問を持つ。
「なんだよ随分と余裕そうだな大和、ビラ配って人員募集してはいるが恐らくS軍に付く奴の方が多くなるぞ?」
「まぁそうなんだが…ほら、うちには無敵な人がいるでしょ?そのせいで気持ちに余裕があるって言うかなんと言うか」
「ああ、なるほどね…」
武はそう言って、暫く考え込む様に黙る。
そんな武の様子に大和は首を傾げる。
「なんだよ?」
「やっぱお前はわかってねぇな…便所いってくる」
武は大和にそう言うと立ち上がった。
「わかってないって何がだよ?」
「モモ先輩には早く声かけておいた方が良いと思うぞ?」
「あん?なんでだよ?」
「さぁな」
含みのある言葉を残して武は教室を後にする。
残された大和は、武の言葉が妙に引っかかっていた。
「う~ん………考えても仕方ない」
誰に言うわけでもなくぼやいて、百代を探す為に教室を出たタイミングで、廊下の先に百代の姿を見つける。
百代も大和を探していたのか、大和に気づいて、なんだか嬉しそうにスキップでもしそうな勢いで歩み寄ってくる。
「姉さんちょうど良かった。川神大戦、協力お願いね?うちのエースとして」
「ああ、その事なんだがな…断る」
「…は?」
大和は一瞬で固まって全ての思考が停止する。
「いやぁ昨日葵冬馬が川神院を訪ねて来てな、ぜひS軍に入ってくれと頼まれたんだ」
「も、もちろん断ったんでしょ?」
「いや、許可したぞ」
「はぁ!?意味がわからないんだけど?なんで?どうしてだよ!?」
掴みかかってきそうな勢いで混乱している大和に、百代は大袈裟にため息を付いてみせる。
「…私は退屈なんだ、そこにこんな面白そうな誘いがあれば断るわけがない」
「面白いって何が!?」
「ワン子にクリ、京にまゆまゆと戦う事に決まっているじゃないか、仲間同士で戦うなんて滅多にできることじゃないからな…今からわくわくしているぞ」
「そんな理由で敵に…」
「私にとっては重要な理由だぞ弟」
(やっぱお前はわかってねぇな)
武の言葉が頭の中で繰り返される。
一瞬混乱していた大和は百代の視線に気づいて、自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。
そしてこれは逆にチャンスだと考える。
期末テストで三位と言う高順位につけたが、大和は今ひとつ百代に男らしいところを見せられないで居た。
ならばS軍に入った百代を倒す事でそれが成し遂げられるのではないかと、自分が考えた作戦で百代に勝ちF軍を勝利させる。
そう考えると、大和は自分の心が熱く燃え上がってくるのを感じた。
「わかったよ…S軍も姉さんも俺が、俺達F軍が倒す!」
「ほぉ良く言ったな大和、楽しみにしているぞ?」
「ああっ!」
言って大和は走り出す。
まずは百代がS軍に付いた事でF軍の勧誘がふりな状況にならないための材料集めに。
トイレから出てきた武は、目の前を走り去っていく大和の背中を見送る。
「おお~青春しちゃってるねぇ」
「何せ私がS軍についたからな」
背後からの声に武はやっぱりねと振り返る。
「んな事だろうと思いましたよ」
「私としては全力のお前とも戦いたいんだがな」
「ちょっ、勘弁してくださいよ…」
「戦争とは言えルールのある勝負なんだから硬い事言うなよ」
「無理っす、せいぜい五秒足止めするのが精一杯ですよ」
「京を人質にとってもか?」
「うわ~最低な人がここにいるよ、もうお金かさないっすよ?」
「それは困るな…ま、せいぜい大和の力になってやる事だ」
手をひらひらと去っていく百代を見送る。
百代を止めるための切り札を大和が何枚用意できるかでこの大戦の勝敗は決まる。
少なくとも切り札なしの現状では間違いなくS軍が勝つだろうと武は予想していた。
「鬼札を一枚…いや、最低二枚だな」
そう呟いて武は教室に戻っていく。
☆ ☆ ☆
「しっかしモモ先輩が敵にまわるとはねぇ」
「あたしは全然OKよ!むしろ俄然やる気が出てきたわ!」
気合いが入った一子は、スクワットをしながら溢れる闘争心に油を注いでいる。
「川神院の精鋭二十人がF軍に味方する事実は、モモ先輩がS軍に付いたってマイナスをしっかり打ち消してるみたいだね大和」
「ああ、これで少しは人集めが楽になると良いんだけど」
百代がS軍に付くと知った大和は、すぐに川神院を訪れていた。
事情を話し、百代と戦えると意気込む精鋭を引き抜くことに成功したのだ。
「…弓道部は私以外は皆S軍に、幽霊部員である私には止める事はできず」
「き、気にするなよ京…しょうがねぇよな大和、京一人いるだけでも十分だよな」
申し訳なさそうに言う京を武は慌ててフォローする。
「ああ、数より質だ。弓道部全員より京の方が俺には必要だ」
「大和…好き!付き合って!!」
「お友達で、ってフォローした武も睨むんじゃねぇよ」
そこに岳人が戻ってくる。
「水泳部は俺様の肉体美をもってしても駄目だったぞ」
「そっか、川があるから良い奇襲部隊になると思ったんだが」
さらに翔一も風のように戻ってくる。
「骨法部は全員味方してくれるってよ!この間の件で部員が迷惑かけたからってさ」
「いい事だ。俺も勧誘に動くぞ、皆もなるべく味方を増やしてくれ」
「おう!」
皆が教室を出て行く中、武は一人携帯をいじっていた。
それが気になったのか京も残る。
「…武が携帯いじるなんて珍しいね」
「ん?ああ、ちょっとな」
「何か企んでる?」
「まぁな」
「…あやしい」
「な、なんだよ?俺は何時だって京一筋だぞ付き合ってくれ」
「そう言う意味じゃないから考えておく」
京の言葉に武は上を向いて歓喜に身を震わせる。
一瞬きょとんっとする京は思い出してため息を付く。
「…まだ夢じゃないかって疑ってるの?」
「いや、そうじゃねぇけど、やっぱりお友達でから進んだんだなぁって改めて感動してた」
「…しょうもない…で?なに企んでるの?」
「ああ、大和のために保険と言うか切り札をな」
「切り札?」
「ああ、大和が一人で何とか出来たら無駄になるかもしれないから、その時がきたら話すよ」
「…わかった」
「さ、俺達も勧誘しに行きますか」
武は携帯を閉じて伸びをする。
そして気付く。
「…俺達って勧誘できるほど人脈ないよな?」
一瞬気まずい空気が流れたが、京が大量の人員募集のビラを机の中から取り出す。
「そこは否定できないけど、ビラ配るのなら協力できるから」
「だな、とりあえずそれを全力でやるか!」
「うん」
その日、遅くまでビラを配っていた二人だが、その手応えの薄さに焦りを覚えると同時に期待する。
恐らく戦力差は倍くらいの差が開くであろうこの状況で、風間ファミリーの軍師たる大和がどこまでやれるのかと。
そして、できればそんな大和の力になりたいと思う二人の心を、落ち始めた夕日が赤く染めていた。
本編書くより、後書きを書くのに一番時間かかってます。
勢いだけで書いてると、前に何書いたかすぐ忘れてしまうので、確認するために私が一番この小説を読んでると思います。
読み返す度に、ここはこうすれば良かったとか、こっちの方が良かったとか、悶々しています。
いや、もう本当に私の文にお付き合いしてくだださってる皆さんありがとうございます。
次回、もう一話くらいはさんでから、沖縄旅行かなぁ…そこではもっと京とキャッキャウフフさせてあげたいなぁ…。
ではまた次回で。