終業式の日、勧誘合戦は終わり、夏休み前にすべての学園生はどちらに付くか決まっていた。
そして校庭ではS軍の体育館ではF軍の決起集会が行われている。
「よぉミヤコン」
「おうロリコン」
校庭で行われているS軍の決起集会を近くで見ていた武に準が声をかける。
ちなみにミヤコンとは京コンプレックスの略である。
「なんだよ堂々と偵察か?」
「ああ、どうも俺は協調性に欠けるみたいでな、向こうに参加するよりこっちに偵察に来てた方が落ち着くんだ」
「素直に認めるなよ。まぁそれは良いとして…平気なのかよ?」
準は何人かの生徒が、武の方を殺気だった目で見ているのに気づく。
当然、武も気づいているが、良いの良いのと手をふり背中を見せる。
そこには大きくF軍と書かれた紙が貼られていた。
「戦争前の敵軍への攻撃は禁止だからな」
「抜け目ない奴だ」
「おや?武君じゃないですか」
何時もの穏やかな笑みを向けてくるのはS軍軍師にして、学年トップの成績を誇る葵冬馬だ。
両刀使いで有名は冬馬は事あるごとに大和や武にちょっかいをかけてくる。
「よぉ葵冬馬、モモ先輩を引き入れるとはさすがと言うべきか?」
「いや~まさかOKをもらえるとは思ってませんでしたから驚きましたよ。ところでこんな所に居るところを見ると、武君もS軍に入ってくれるんですか?」
「俺を調略したければ京を引き入れる事だな」
「それは不可能ですね。いやぁ残念です…今度それとは別にデートでも如何ですか?」
「それは大和に譲る事にする」
「それはそれで嬉しいですねぇ」
「しっかし、九鬼英雄の演説力は対したもんだ」
壇上に立つ英雄が演説を始めると、群集の視線が釘付けになっていた。
絶対的自信とそれを裏付ける実力、全てがかね備わって初めて出る王たる風格。
それに誰もが同年代と言う事を忘れて聞き入っている。
「ええ、あれは英雄の才能ですから」
「人の上に立つ為に生まれた人間か…故に弱点にもなり得ると」
「痛いところを突きますね」
「ま、そう言うのを考えるのは軍師の役目だからな…俺も一人くらいF軍に引き入れられたら京に褒めてもらえるんだけどな」
「おいおい、さすがに今になって寝返る奴なんてそうそう居ないだろう」
「おいロリコン、うちの委員長とお風呂に入れる券でこっちの味方にならないか?」
「武、俺は昔からお前とは上手くやっていけると どぎゃすっ!?」
寝返ろうとする準の後頭部に小雪の蹴りが決まる。
「あっはっはー♪裏切り者は処刑だぞハゲェ」
「まったく準には困ったものですね」
「相変わらず三人、仲の良い事で」
「はい、仲良しですよ」
「ねぇ♪」
嬉しそうに言う小雪が、武を見て首を傾げる。
「う~ん…君は僕と似ているのに何故だろう?全然違うね」
「ははっ、そりゃ俺は君ほど繊細じゃないし、壊れてる部分の違いだよ」
「ふ~ん…良くわかんないや」
「さてと、何時までもここにいたら怖い人達に囲まれちゃいそうだから退散するかな」
「もう行ってしまうのですか?残念です…何か収穫はありましたか?武君」
「いやぁこんな所で得られるものなんて本番ではなんの役にも立たないだろうし、そこのロリコンが比較的調略しやすそうだなって事くらいかな?」
「それは痛いところを見抜かれてしまいましたね」
武と冬馬はお互いを見合いながら笑い合う。
実際は、こんな所で得られるものなんて何もないのだが、F軍の軍師直江大和に近しい武が顔を出す事によって、冬馬に少しでも何かを匂わせられれば良い程度の行動だった。
しかし、そこはさすがのS軍の軍師葵冬馬、それを見抜いた上で積極的に武に話しかけてきたのだ。
「後は、そうだな…やっぱS軍の軍師様は優秀だって事がわかって良かったよ」
「そう言って頂けると光栄です。大和君にも宜しくお伝えください」
「あいよ~」
武は適当に答えてその場を後にする。
ちょうどその頃、体育館内から割れんばかりの歓声が響いた。
体育館を見れば、外側にはS軍に見える様にスパイをしていたであろう生徒が吊るされている。
大和による演出が効果をあげているようだ。
「すげぇ盛り上がりだな…頑張れよ大和」
それぞれの思惑を胸に、学園は夏休みを迎える。
☆ ☆ ☆
「あの~京さん?もうこれくらいで十分じゃないでしょうか?」
荷物が喋る。
「…う~ん足りないように気もするけど…」
「いや、もう十分過ぎるって」
沖縄旅行を前に、京の買い物に付き合っている武は荷物持ちをしていたのだが、あまりの量に最早武の姿は見えず、荷物が喋っているようにしか見えない。
「…せっかくの沖縄旅行、大和を魅了する為にはこのくらいでは足りない」
「わ、わかった、せめてお茶休憩をさせて下さい」
「…喜んで荷物持ちを買って出たのにだらしないなぁ」
「俺は脳筋ガクトと違って筋肉だけが取り柄じゃないんです!」
「はいはい、じゃあ適当にお茶にしますか」
喫茶店に入るなり、武は荷物を丁寧に降ろしてテーブルに突っ伏する。
「はぁ~ワン子の特訓よりきついなこれ」
「別に無理に頼んでないよ?」
「きついけど嫌だとは一言も言ってないだろ?」
「だよね」
店員にドリンクバーを頼むと武は二人分のドリンクを持ってくる。
京の好みを把握している武はそれらを京が何か言う前にこなす。
「…自然だよね」
「あ?何が?」
「こうして飲み物用意してくれたり、何時も武は私が何か言う前にしてくれるよね」
「んなもん当たり前だろ?」
「…慣れすぎて当たり前だったけど、改めて考えるとね」
「まぁ俺の体は京優先にカスタマイズされているからな付き合ってくれ」
「そんな改造した覚えはありません考えておく」
「で?あとは何を買うんだ?」
「後は水着かな、せっかくの沖縄だし」
その答えだけで武の顔は赤くなる。
「武だと試着しても見てもらえないのがね…」
「が、学校の水着ですら俺には刺激が強いのに、旅行用、しかも大和を誘惑する用の水着なんて俺が耐えられるわけないだろ!」
「わかってる、お店で鼻血出されても困るしね…でも、また買いに来るのめんどいなぁ」
「あ、いや、決して見たくないってわけじゃないんだぞ!?それにほらっ!俺が見ても参考にならないだろ?」
「せっかく私の水着を一番に見れるチャンスなのに」
悪戯っぽく笑う京に、武は素で焦っている。
顔はより一層赤くなり、額には変な汗をかいている。
完全に京は武で遊んでいた。
「そ、そりゃ一番に見たい…って!違う違う!あの、そのなんだ、ほら」
「…見たくないの?」
「あう………ミタイデス」
「よろしい」
☆ ☆ ☆
試着室の前でそわそわする不審者が一名。
店員に京と居るところを見られていなければ通報されるレベルである。
「武?」
「うひゃいっ!?」
中から声がして、武は何処から出したのか変な声で返事をする。
試着室のカーテンが開くのと同時に思わず武は後ろを向く。
「…どうかな?って、武は後ろに目があるの?」
「こ、心の準備が!まだ…」
「早くしないと他の人に見られちゃうよ?」
「それはダメだ!!!」
反射的に振り向いた武の目に飛び込んできたのは天使だった。
オレンジと白のストライプが爽やかさを演出しているが、形状はビキニで京の豊かに育った胸、細くくびれたウエスト、無駄な部分が何一つない引き締まった下半身があらわになっている。
「どうかな?」
「……」
「武?」
「…綺麗だ」
「…え?あ、あの」
今までにない澄んだ瞳の武に、ほんの少しだけ京の頬が赤くなる。
「本当に綺麗だ」
そしてもう一度そう告げると、武は糸の切れた操り人形の様に崩れ去った。
安らかに眠る武からは、鼻血が綺麗な川を作って流れていく。
「…しょうもない」
☆ ☆ ☆
土曜日の任意登校日。
普段なら参加しない風間ファミリーの面々は川神大戦を控えて全員が登校していた。
「ハッピーバースディ俺様!!なぁに朝からやる気なさそうにしてんだ武」
岳人は教室でぐったりと机に突っ伏している武の背中をばしばし叩く。
「悪いなガクト。昨日も言ったけど今汚いものを目に入れたくないんだよ」
「てめぇは俺の聖誕祭だって言うのなめてんのかよ!!」
「はいはいおめでとう。って昨日の金曜集会で祝ってやったろ?」
「当日に祝うのが親友の務めだろうが」
「あ、じゃあ俺祝わなくて良かったのか。前言撤回、俺の目の前から昇華しろ」
「しょうか?どっか燃えてるのか?」
「お前の脳みそがな」
「どういう意味だコラッ!」
毎度の如く殴り合いになる前に大和が間に入る。
「はいはいその辺にしとけよお前等、で?黒の隊はどうよ?」
「それなら今キャップが」
岳人が言いかけた時、タイミングよく教室に翔一が入ってきた。
「大和!黑の隊だ!こいつをどう思う?」
翔一の後ろには屈強な男達が控えていた。
「すげぇよキャップ、良くこれだけの人間を集めたな」
「おう!一緒にでけぇことしようって言ったまでだぜ!」
「さすがキャップ、これなら期待できそうだ」
「ああ、大戦までにはしっかり仕上げるさ!これから独自訓練に入って腕を磨くぜ」
「ああ、頼んだぜ」
翔一と岳人と男達は颯爽と教室を出て行った。
「さすがキャップだな。良い感じになりそうだ」
「ああ、ところで武お前には」
「わかってる、俺は京の護衛だろ?って言うかそれしかやらねぇし」
「頼むぞ、京の狙撃はF軍の切り札になるからな。しっかり守ってやってくれ」
「誰に向かって言ってんだよ」
「ははっそうだな愚問だったよ、すまん」
大和と武は拳を合わせる。
「ところで大和、切り札は用意できそうか?」
「今のところなんとか一枚は目処が付きそうだ…でも」
「最低もう一枚は必要だな」
「ああ」
大和の表情は暗い。
今、大和が交渉をして用意できる手札はこれ以上にないほど最高のカードだ。
しかし、それを持ってしても百代対策としては不十分だ。
「んな暗い顔を他の奴には見せんなよ?お前はF軍の軍師なんだからな」
「すまない、わかってはいても」
「心配すんな、もう一枚は俺が用意する」
武の言葉に明るい表情を浮かべたのも束の間、すぐに大和の表情は曇る。
「気持ちは嬉しいが…」
「中途半端じゃ使えねぇって?わかってるよ。大和、俺を信じろ」
「武、お前」
「その代わり、他の事に全てを注ぎ込めよ?お前にしかできないんだからな」
「…ああ、わかったよ…やってやるさ!」
「そうそうその顔だよ、やっぱ頼れる軍師様はそうでなきゃ」
そう言って笑いながら武は大和の背中を叩く。
そこにクリスが教室に入ってきた。
「大和、これから自分の白の隊と源忠勝殿のF軍本隊が合同訓練をおこなうのだが、屋上にきてくれないか?」
クリスの言葉に大和は立ち上がる。
「武、頼んだぜ」
「任せとけ」
もう一度二人は拳を合わせる。
川神大戦まで後一ヶ月。
それぞれがそれぞれの役割をこなして時は過ぎていく。
準好きです。
と言うか、冬馬と小雪三人合わせて好きです。
次回は予定通り沖縄旅行が書けそうです。
何とかここまで更新頻度を落とさずに来れましたが、だんだん年末進行で忙しくなってきたので、この先はわかりません。
先に謝りますごめんなさい。
ではまた次回で。