川神大戦の準備が進められるなか、沖縄旅行の日がやって来た。
「もう駄目だ…」
武はまだ発進すらしていない機内で、毛布を被ったまま震えながら頭を抱えていた。
なんとか京に誘導されて機内まではこれたが、武の高所恐怖症、と言うか飛行機嫌いは限界を迎えようとしていた。
行き交うCAに声をかけられるが、答える余裕すらない。
「ねぇねぇキャップ、この座席に横に付いているボタンはなに?」
「それはな、緊急脱出用のボタンで押すと座席ごと外に放り出される」
「いやー!絶対触らないようにしよう…ぶるぶる」
初めて飛行機に乗る一子を、キャップが騙して遊んでいるのだが、その声は武にも丸聞こえで、絶対に触れないようにさらに縮こまる。
そして出発のアナウンスが流れ、機体がゆっくりと動き、滑走路に着くと一気に加速して大きく機体を震わせる。
「ひっ!?」
「おおおお~なになに?凄い揺れてる!!」
毛布を被っている武は外の状況が分からず怯え、一子も機体の揺れにあたふたしている。
「離陸するために加速しているだけだから、大人しくすわってろ」
「はーい♪」
「もう駄目だもう駄目だもう駄目だ」
素直に言う事を聞いて大人しくする一子と、まったく言う事を聞かないでうわ言のようにもう駄目だと呟く武。
飛行機は当たり前だが無事に離陸して、シートベルトマークが解除される。
「もういいぞワン子、平気か?」
「むぅ耳がキーンとして変な感じがする」
「それは飛行機病と言ってな、その後、耳から水が出て最悪死に至る」
「あわわわわ」
「死にたくない死にたくない死にたくない」
「だー!でたらめ教えんなキャップ、ワン子はともかくこれ以上武を追い詰めると危険だ!」
「はいはいわかったよ、って、京も少し調子悪そうだけど大丈夫か?」
翔一の言葉に慌てて武は毛布を剥ぎ取る。
見れば、少しだけ京の顔色が悪い。
「だ、だだ大丈夫か京っ!?」
「…平気、少し気分が悪いだけ」
「あう、あ、ど、どうしよう」
武が慌てる中、百代が優しく京の背中を擦る。
「どうだ?」
「…あ、少しだけ楽になった」
「体を巡る気を調整しているんだ」
「じゃあ俺は頭を撫でてやる」
「ほら、薬もらってきてやったぞ」
「自分の毛布を使うと良い」
「アイマスクです。お休みになられるなら必要ですよね」
「京がんばー!」
「…皆…ありがとう」
皆が京の為に色々しているなか、武は一人なにも出来ない自分が情けないやら恥ずかしいやらで再び毛布を被る。
「しかし京がこんな状態なのに、ガクトとモロはナンパしているのか?」
「良いよクリス、せっかくの旅行なんだから好きな事していて、皆も私はもう平気だから楽しんで」
「わかった、また辛くなったら言うんだぞ」
「…うん」
百代達は京の気遣いにそれぞれが席に戻っていく。
それを見送ってから、京は隣で小さくなって震えている武の毛布越しの頭に手をおいた。
その瞬間、毛布が取り払われて武が京を見るが、自分の情けなさに目を反らしてしまう。
「あ…お、おれ…」
「…そこに手を置くと楽になるなぁ」
「え?」
「置けなくなったから気分が悪くなってきた」
「っ!?」
武が慌てて毛布を被ると、京の手がそっと置かれた。
「…少し楽になったなぁ」
「京…」
先程より若干震えが小さくなったのと、毛布越しに徐々に上がっていく武の体温を感じて、京はアイマスクをして眠りにつく。
☆ ☆ ☆
「沖縄いえーーーーーい!!」
「海いえーーーーーーい!!」
海を前に一子と武は大声で叫んだ。
クスクスと小さく笑い声が聞こえ、周りの観光客や地元の人が微笑ましく見ている。
「…まったく、地上に着くなり元気な事で」
京が呆れたように武を見るのも無理はない。
武は飛行機が乱気流で揺れる度に死ぬーっと騒いだり、着陸の時に機体が揺れ始めれば墜落するーと騒いでCAを困らせていたのだ。
その度に京は隣で恥ずかしい思いをしていた。
「…はぁ…気分が悪くなる暇もなくて大和に介抱される作戦が台無しだよ」
「何か言ったか?京」
「…沖縄で愛を叫ぼうかと、付き合って」
「沖縄でもお友達で」
「じゃあ俺と付き合ってくれ!!」
「…沖縄でも考えておく」
割り込んできた武と京のやり取りに大和は驚く。
あの京がお友達でと言わないで考えておくと言ったのが、大和にとっては信じられなかったのだ。
「京、お前―」
「よーしお前ら!さっさと着替えてここに集合だ!」
大和の言葉を遮って翔一の掛け声が響く。
更衣室に移動していくその背中を見つめ、大和は少しだけ微笑む。
「なに一人でニヤニヤしてんだよ気持ち悪りぃな」
「機内でナンパしている時のお前の顔ほど気持ち悪くない……何て言うか娘を嫁に出すときってこんな感じなのかなってな」
「どう言う事だよ?」
「良いんだよ、ほら行こうぜ」
訝しげな表情の岳人の肩を叩きながら、大和は楽しそうにじゃれている武達の後を追う。
☆ ☆ ☆
「お気の毒に…」
「青い空に青い海、そう言う事したくなる気持ちもわからなくはないがな」
「そうか?俺は早く海で遊びたいぜ!」
「キャップは何時になったら異性に目覚めるのかな」
「とりあえずここは俺が行くべきか?軍師」
「いや、遠目からでも姉さんの嬉しそうな顔が見えるから良いんじゃないか?」
「そうなんだが…やっぱ一応行って来る」
「俺様はやめた方が良いに一票だ」
「僕もそっちに一票かな」
「まぁモモ先輩の邪魔はしない方が良いからな、俺もガクトの意見に一票だ」
「まぁ一度は止めたから後は自己責任って事で俺も一票」
全員が止める声を背に武は砂浜を駆けて行く。
目指すは女性陣の前に立ちはだかる男達の前。
「すとーーーーっぷ!!!!」
武はズザーと滑り込むようにして両手を挙げて立ちふさがる。
「んだてめぇ!」
「野郎に用はねぇんだよ!!」
突然現れた武に男達から罵声が浴びせられる。
後ろからは明らかに不機嫌そうな百代のため息が聞こえてきて、武は夏の砂浜で冷たい汗が流れるのを感じてゴクリッと喉を鳴らす。
だが、それでも武は最低限確認しなければならないことがあった。
「一つだけ!一つだけ質問させてください!」
武は男達に向かって言ってはいるが、その敬語は後方の百代に向けたものであった。
背後からの威圧感は増して行くが、まだ手が出ていないので武は願いが了承されたと解釈する。
「お、お兄さん達は観光の方ですか?それとも地元の方ですか?」
「ああん?俺達は地元じゃちったぁ名の知れたもんよ」
「痛い目にあいたくなかったらさっさとケツまくって消えちまいな!」
男達の下品な笑い声に武は安堵のため息を吐く。
「それを聞いて安心したよ…いくら軟派野郎でも観光にきて病院送りじゃ気の毒だなぁって、こんな良い場所に来るとそう言う慈悲の心がわくわけよ」
「なにいってんのお前?」
「一応無駄だとは思うけど、何も無かったことにして帰った方が良いよって忠告聞く気はあるか?」
「はぁっ!?」
「やっぱないよ―」
武の言葉を切るように肩に優しくポンッと手が置かれた。
びくっとして振り向こうにも嫌な予感しかしないので振り向けない。
「武…」
「…いや、あの~一応観光にきてるわけでその~」
「そうかそうか、武は優しいなぁ……邪魔だ」
いきなり首根っこを掴まれたかと思うと、百代の剛力がまるでボールを投げたかのように武を宙に舞わせた。
綺麗な放物線を描いて、武は大和たちが待つ砂浜に頭から突き刺さる。
「だから俺様がやめておけと言ったろ」
「こうなる事は目に見えていたのにね」
「昔、映画かなんかでこう言うの見たことあるぜ俺」
「ああ、八つ墓村でしょ?俺もみたみた」
武をそのままにして和やかに会話をしている大和達の元に、海に遊びに来ている地元の子供達が集まってくる。
「見るだけにしろよ、触ると動いて危ねぇからな」
「砂は良いけど石は投げないでね、一応生きているから」
「あーそこそこ撮影は禁止だぜ」
「はい皆注目、あそこに居るお姉ちゃんの所にも同じオブジェがいっぱいあるからそっちで遊ぼうね」
大和が指差した方を子供達が見ると、先ほどまで百代たちを軟派していた男達が全員一列に逆様になって埋められていた。
わーいと喜んで子供達はそちらに向かって走り出す。
「大和、これ息できてんのか?」
「ん?、まぁ武なら平気じゃないかな?」
突き刺さってる武がもぞもぞと動き出す。
足をばたつかせているが、上手く抜けないようだ。
「しょうがねぇな」
岳人は武の両足を持って一気に砂浜から引っこ抜いて放り投げる。
「ゲホッ!?ゴホッ!!ぺっぺっぺっ、いやぁマジ死ぬかと思ったぜ」
「俺様が助けてやったんだ感謝しろよ」
「ああ、助かったよ」
武が妙に素直にそう言って手を差し出す。
その手を握ろうとした瞬間、武の拳が岳人を顔を捉える。
「なんて言うと思ったかこの脳筋ゴリラ!!助けるのがおせぇんだよ!!」
「上等だこの野郎、もっかい砂浜に埋めて今度こそ息の根止めてやるぜ!!」
武と岳人の取っ組み合いの喧嘩が始まる。
「また喧嘩してるのこの二人」
「沖縄に来てまで良くやる」
何時の間にか合流した女性陣が呆れて見ている後ろで、大和と卓也が顔を赤くしている。
「ワン子はともかく、やっぱりうちの女性陣は凄いな…」
「そ、そうだね」
一子はオレンジの動きやすさを重視した競泳用タンキニ、クリスは白地に青いラインの入った綺麗と可愛いの中間型ビキニ、由紀江は白の大胆ワンピース、京は布地少な目のセクシービキニ、百代は暴力的な黒の紐ビキニ。
大和と卓也はそれぞれ見ているところは違うが、鼻の下を伸ばして同じ様な顔をしている。
「なんだ弟、そんなに私の水着姿が気に入ったか?」
「いや、純粋に綺麗だなって思って」
「それにしては、随分モロロと鼻の下を伸ばして見ていたじゃないか」
「俺はむっつりじゃないよ」
「それじゃあまるで僕がむっつりみたいな言い方なんですけどねぇ!!」
「もういいから早く海で遊ぼうぜ~」
「こうまったく関心を持たれないのも腹立たしいな」
「キャップだからね」
「まぁいいか、ワン子、クリ、武と岳人を止めろ」
「はーい♪」
「任せろ!」
言って同時に駆け出した一子とクリスの飛び蹴りが、何故か武にだけ直撃する。
「ぐはぁっ!?」
武は延髄に二人の飛び蹴りを受けて、前のめり倒れそうになるのをなんとか堪える。
「なんでクリまで武を狙うのよ!」
「それは自分の台詞だ!」
「むしろ俺の台詞だろ!!なんで俺だけなんだよっ!!」
「そんなの倒しがいがある方を狙うのは当然じゃない」
「自分もまったく同意見だな」
「ほほぉ…まぁお前らのへなちょこキックじゃ俺はびくともしねぇけどな」
「へなちょこぉ!?言ってくれるじゃない」
「あれが自分の本気だと思われたのなら心外だな」
武と一子、クリスが対峙する。
「ワン子、クリ吉、お前らには少しお仕置きが必要だな」
「やれるもんなら!」
「やってみるがいい!」
「上等だっ!!」
吠えた武が一歩を踏み出そうとしたその刹那。
「…武」
京の声に咄嗟にそちらを向いた武が固まる。
それは、試着室で見た水着ではあったが、太陽の下、白い砂浜で見ると、室内とは比べ物にならないほどの輝きを放っていた。
「俺の天使…」
その言葉と共に、武は鼻血を出しながら砂浜にゆっくりと倒れていった。
「勝者!京っ!!」
「ぶいっ♪」
と言うわけで、海まで辿り着けませんでした。
予定ではきゃっきゃうふふする予定だったのにな…。
次回も引き続き沖縄旅行の話になると思います。
って言うかこれで終わったら沖縄旅行の話いらないじゃんになってしまうので。
ではまた次回で。