真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第十八話 「死なねぇよ!」

 

 

 

「これが対馬先輩のアドレスだ…良いか京、しっかり鉄先輩を味方に引き入れた事を大和にアピールするんだぞ?」

 

 

島津寮の前で、武は約束通り今回の手柄を京に譲る為に、アドレスが書かれた紙を京に握らせる。

 

 

「……」

 

「んな顔すんな、元々そう言う約束で無理に付き合ってもらったんだから、それに、これなら大和に何かお願い事の一つくらい叶えてもらえる効力はあるんだからチャンスだぞ」

 

 

複雑な表情を浮かべる京の肩に手を置いて、強引に振り向かせて背中を押す。

 

 

「ち、ちょっと」

 

「余計な事は考えないでお前は自分の事だけ考えてれば良いんだよ、ほれっ行った行った」

 

 

武はそう言って京をさらに門の中まで押し込むと、門を閉めて笑う。

 

 

「…武は」

 

「俺はもう一つだけやる事があるから、ちっと行ってくるよ」

 

「…こんな時間に行くって何処に?」

 

「だからそんな顔すんなって、お前が気にする必要も無いくらいのちいせぇ用事だからよ」

 

「…本当に?」

 

「本当だ、大体こんなボロボロの体じゃ大したこと出来ないだろ?」

 

「うん、そうだね」

 

「んじゃしっかりやれよ~」

 

 

武は京の礼の言葉を背中で聞き流して、ヒラヒラと手を振って島津寮を後にする。

軋む体を引きずって歩くのはきついが、言い様の無い充実感に満ちている武の足取りは軽い。

こんなに思い通りに行くものかと笑ってしまうほど、全ては武の望む通りになった。

乙女を味方に引き入れた事により、大和の力になると同時にF軍に居るファミリーの力になれ、強い相手との戦いを望む百代の力にもなれ、京が大和の力になる事もできたのだから。

家族を最優先に考える武にはこれ以上に無いほどの成果である。

 

 

「あ~疲れた疲れた」

 

 

武が辿り着いた場所は秘密基地であった。

誰か居れば他の場所に行こうと思っていたのだが、幸い誰も居らず、武は蝋燭に火を点ける事なくソファに寝転がる。

京に言った小さい用事とは、大和に京がアタックしやすいようにする為に、自分が寮から居なくなる事だった。

月明かりだけが差し込む部屋は、何時もの喧騒とは打って変わって静寂に包まれている。

 

 

「自分の事だけ考えてれば良い、か…」

 

 

自嘲気味に笑う武は、ふと自分の事を考える。

笑顔で京を送り出した武の心は、微妙に揺れていた。

自分が矛盾を抱えているのを、ちゃんと自覚しているからこそどうしようもない事もある。

 

 

「京と家族、天秤になんて掛けられねぇよ」

 

 

だが、武は気づいていなかった。

昔ならその事にすら疑問を持たず、どちらかを比べる事も無かった事に。

剥き出しのコンクリートの天井を見つめながら思考を巡らせるが、意識が睡魔の誘惑によって夢へと誘われていく。

 

 

「…ま…いっか……」

 

 

その呟きを最後に、武の意識は完全に眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

夢を見ていた。

頭に当たる柔らかい感触と優しい匂い。

髪を撫でる細く繊細な指先。

重い瞼を持ち上げると、そこには天使の微笑み。

 

 

「…おはよう武」

 

 

透き通るような声が意識に染み込む。

 

 

「京…」

 

 

膝枕されたまま微睡む幸せを感じる。

 

 

「夢を…見ていたよ」

 

「夢?」

 

「ああ…俺と、京がさ……」

 

「…武?」

 

「…それでも……幸せ…」

 

 

再び武の重い瞼は睡魔によって閉じられいく。

武は幸せそうな笑みを浮かべたまま眠る。

 

 

「…おやすみ…武」

 

 

薄れ行く意識の中で微かに京の声を聞きながら。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「…しょうもない」

 

 

京の予想通り武は秘密基地に居た。

灯りも点けずにソファで眠る武の姿に、京はため息をつきながら近付く。

 

 

「こんな傷だらけになってまで恋敵の味方して…武はピエロになりたかったの?」

 

 

京は起こさない様にそっと武の頭を持ち上げて、自分の膝の上に置く。

ふと見ると、武の顔は傷だらけなのに、髪留めには傷一つ無い。

無意識のうちに庇っていたのか、京は呆れてしまう。

 

 

「そんな事されても嬉しくないんだぞ」

 

 

武が少し身を捩るようにして、微かに瞼があく。

 

 

「…おはよう武」

 

 

まだ意識が覚醒していないのか、少し驚いたような表情は直ぐに優しい笑みに変わる。

 

 

「京…」

 

 

温もりを確認するように動く武の髪がこそばゆい。

 

 

「夢を…見ていたよ」

 

「夢?」

 

「ああ…俺と、京がさ…」

 

「…武?」

 

「それでも……幸せ…」

 

 

疲れのためか、完全に開ききらない瞼は再び閉じられていく。

その寝顔はとても幸せそうであった。

 

 

「…おやすみ…武」

 

 

武の寝息を聞きながら、京も自分の意識が眠りに落ちていくにを感じた。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

フニュッ♪

 

 

手に握られた柔らかい感触に、武の意識が覚醒していくが、眩しさに目が開けられない。

少しだけ眠ってから寮に戻るつもりで居たが、部屋に射し込む光が朝を告げていた。

 

 

フニュフニュッ♪

 

 

「…んっ」

 

 

武が手を動かすと、良く分からない柔らかいものは武の指を弾き返すように反発して声をあげる。

徐々に光に慣れてくる目と、それと同時に覚醒していく意識が、武に有り得ない光景を見せる。

 

 

「…………」

 

 

目の前には寝息をたてている京の顔があり、自分の頭の下には京の太股の感触がある。

そして

 

 

フニュフニュフニュッ♪

 

 

「はぁんっ、…くふっ……あ…」

 

 

自分の手には京の豊満な水蜜桃。

そして目を覚ました京と目が合う。

 

 

「あ、ああ…」

 

 

京は武の喉から漏れる動揺の声を聞きながら、自分の胸におかれた武の手と顔を交互に見る。

一呼吸の後。

 

 

「きゃあああああああっ!!」

 

「それは私の台詞だっ!!」

 

 

乙女みたいな悲鳴をあげる武の両眼に、京の目潰しが極る。

 

 

「ぐあっ!?目が、目がぁ!!」

 

 

どっかで聞いたことあるような台詞を吐きながら、武は京の膝から転げ落ちながらのたうち回る。

 

 

「…しょうもない…もう朝か」

 

 

京は少し痺れる太股を擦りながら、窓を開けて朝日を浴びながら伸びをする。

 

 

「おはよう武」

 

「おはよう京…じゃなくてっ!なんでお前がここに居るんだよ!?」

 

 

突かれた赤い目をぱちくりさせる武に、京は大袈裟にため息をつく。

 

 

「どうせここに来ているだろうと思ってね…武はちょっと私を甘く見過ぎ」

 

「いや、別にそう言うわけじゃ…あっ!?じゃあお前大和にアピールしなかったのかよ!?」

 

「…迷ったけど、武の行為を無にするのも気が引けるから、報酬はちゃんともらった」

 

「ちなみに報酬って?」

 

「きのこ狩り、場所は私が指定できる」

 

「お前…それ絶対意味わかってないだろ大和」

 

「そんなんで良いのかって拍子抜けした様な顔してたから間違いないね」

 

「まったく、良くそう言うのが思い付くよ」

 

 

武も京と並んで朝日を浴びながら伸びをする。

的確な治療と打たれ強さのおかげで、武の体はさほど支障無く動いてくれる。

 

 

「…ねぇ武」

 

「体は平気だぞ?」

 

「はずれ」

 

「馬鹿なっ!?俺が京の思考を読み間違えるなんてあってはなら、んがっ!?」

 

「うるさい」

 

 

京のチョップが武の人中を捉える。

 

 

「それも思っていたからはずれでは無いけど…真面目な話」

 

「なんだよ改まって」

 

 

京は武に向き直ると、小さく息を一つ吐いて真っ直ぐその目を見る。

答えを出さなければいけない時が近い事を感じて。

 

 

「…武は私の事、好き?」

 

「今さら聞くまでも―」

 

「ファミリーと私、どっちが好き?」

 

 

京は武が選べるわけがない質問を投げ掛ける。

 

 

「どっちって…そんなの選べる―」

 

「じゃあ、大和と私が付き合っても良い?」

 

「それは…俺はお前が幸せなら…」

 

「武はさ、自分だけの事を考えた事ある?」

 

「…自分、だけ?」

 

 

京は自分が武にとって酷なことを言っているのを理解した上であえて問う、問わなくてはならない。

自分の気持ちに整理をつけるためにも。

 

 

「何時も家族家族って…でも武が言うその家族に武自身が含まれて無いよね」

 

「そ、そんなこと…」

 

「本当に違うって言える?武は私の事を好きって言ってくれるけど、家族のためなら自分の気持ちに嘘ついても諦めようとしているよね?それが自分を家族に含んでいない何よりの証拠じゃない」

 

「っ!?」

 

 

武は絶句する。

考えたことも無い事であったが、京に言われて自覚していなかった自分に気づく。

 

 

「それで好きって言われても、私はどうすれば良いの?私は誰を好きになれば良いの?」

 

「お、俺は…ち、ちがう…そうじゃ、そうじゃ無いんだ」

 

 

武の狼狽ぶりに京の心が痛む。

それでも言わなければいけないと覚悟を決めていた。

家族のためにすべてを犠牲にしてきた武を、今度は京が家族として、そして一人の女として、何にも縛られないまっさらな武自身の本心を解放してあげるためにも。

 

 

「…ねぇ武、自分の事だけを考えても良いんだよ?何時も、何時も武が私達に言ってくれているよね?家族じゃないかって…でも、一人の武だけの気持ちを出して良いんだよ?」

 

「京…」

 

「それでも私達が家族なのは変わらない…それは武が誰よりもわかっているはずだよ?…だからもう一度聞くよ?」

 

 

武は泣いていた。

自分で気づいていないのか、溢れ出す涙をそのままに京を見る。

 

 

「武は私の事、好き?」

 

「お、俺は…俺は……」

 

「…武は泣き虫だね」

 

 

京はそっと武の頭を自分の胸に抱き寄せる。

何時もなら真っ赤になって飛び退く武は、京の胸に抱かれたまま咽び泣く。

子供が母親にすがるように、子供の頃に与えられる事の無かった温もりを取り戻すように。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

武は両手で顔を覆って下を向いている。

その様子を京がニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべて見ていた。

 

 

「恥ずかしい」

 

「…ククク」

 

「あの~」

 

「…私はもう一生武を奴隷にする権利を得たね」

 

「うぐっ…あれはその…」

 

「胸も揉まれたしね」

 

 

その言葉に武は耳まで赤く染まって、下を向くと言うよりソファから転げ落ちて小さく丸まる。

 

 

「ねぇ武…さっきの事だけど」

 

「それは…」

 

 

武はその場に正座する。

 

 

「ごめん、もう少しだけ待ってくれ」

 

「…うん」

 

「川神大戦が終わったら、きちんと自分の、自分だけの気持ちと向き合えると思うから」

 

「待ってる……何て言うと思ったら大間違いだ!」

 

「ええっ!?そこは「私、何時までも待ってるから」じゃないのっ!?」

 

「そんな事言わないって知ってるでしょ?それに、何だかこの会話男女が逆な気がする」

 

「た、確かに」

 

「そんなのんびりしてて、私が大和を落としちゃっても知らないからね」

 

「それは!…あう」

 

「…ま、お情けで大戦が終わるまでくらいは待っていてあげるかもしれない」

 

「感謝します京大明神様」

 

 

土下座する武を見下ろす京の表情が少し曇る。

 

 

「…武、ごめんね」

 

 

武は小さく首をふる。

京の優しさは武の心に十分伝わっていた。

 

 

「ありがとう京」

 

「…うん」

 

「よーしっ!俺、この戦争が終わったら京と結婚するぞ!!」

 

「それ、死亡フラグだからね」

 

「死なねぇよ!」

 

 

笑い合う二人に運命の時が迫っていた。

 

 

 




最後に意味深なことを書きましたが、まだ何にも考えてないですごめんなさい。
一日の時間が三十時間くらいあれば、もっと余裕をもって書けるのに…。
次回は川神大戦、一話で終わるかわかりませんがポツポツ書いていきたいと思います。

ではまた次回で。


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