真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第二十四話 「なぁ京」

 

「馬鹿野郎っ!!!」

 

 

怒号と共に武の全力の拳が大和を顔を捉える。

鈍重い音が響いて、吹っ飛ぶ大和を百代が庇わなかったら、寮の門は破壊されていただろう。

あまりの剣幕に、殴られた大和は呆然と武を見つめ百代も言葉が出てこない。

 

 

「お前!自分が何を言ったのかわかってんのか!?」

 

 

武は百代の肩を借りなければ立ち上がることの出来ない大和の襟を掴んで詰め寄る。

 

 

「お、落ち着けた武」

 

「モモ先輩は黙ってて下さい!」

 

 

一喝して大和を睨む。

 

 

「お前があの時京を助けるって言ったのは何でだ!?」

 

「それは…」

 

「罪滅ぼしかっ!?ちげぇだろ!!あの時のお前は純粋に京を助けたかったんじゃないのかよっ!!」

 

 

あの日、皆の前で京を助けると宣言して風間ファミリーに迎えた時、純粋に京を助けると決意した大和は、苛めを黙認していた罪の意識など考えもしていなかった。

だからこそ、大和自身も自覚していない心の奥底にある罪悪感は武が救いたかった。

 

 

「助けたい人を助けられる男にしてくれって言ったじゃねぇかよっ!?だから俺はお前をっ!!」

 

 

武が拳を振り上げる。

大和は咄嗟に歯を食い縛って目を閉じるが、いくら待っても武の拳がくることはなかった。

目を開ける大和の胸に、武の拳が優しく触れる。

 

 

「お前も…救ってやりたかった……それが、こんな結果になるとは…思わなくて…」

 

 

大和に縋り付くように武は泣いていた。

自分がした事の結果が、今になって京だけではなく大和や百代を傷付ける事になったのが許せなくて。

 

 

「すまねぇ…大和…モモ先輩…すまねぇ」

 

「なん、で…お前が謝るんだよ…お前は何も悪くないだろ?」

 

 

大和の瞳からも自然と涙が零れる。

 

 

「武、お前あの時の―」

 

 

武は百代の言葉を切るように、大和を百代の方に突き飛ばすと二人に背を向けた。

 

 

「京は俺が探しだす」

 

「待てよ!俺もっ」

 

 

踏み出そうとした大和が膝から崩れ落ちるのを百代が支える。

 

 

「俺が本気で殴ったんだ。暫くまともに動けねぇよ…モモ先輩、大和をお願いします」

 

「分かった…私がついていながらすまない…」

 

 

悔しそうに唇を噛む百代に武は小さく首を振る。

 

 

「モモ先輩のせいじゃないっすよ……大和、殴って悪かったな、後で一発やり返させてやるからよ」

 

「武…」

 

 

言って武は走り出す。

 

 

「今行くからな京、待ってろよ!!」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

人目を避ける様に歩き続けている京は、あまり来た事の無い工業地帯に来ていた。

まだお昼を回った所だと言うのに、辺りは工場からの排ガスで霧が掛かったように白く霞んでいる。

 

 

「……」

 

 

虚ろな目で京は彷徨う。

足の感覚は無く、白く霞んでいるせいもあり自分の意識があるのかどうかもはっきりしない。

白昼夢の中を何を探して、何を求めて歩いているのか、歩いている意味すらもわからない。

それでも歩くのを止める事ができない。

足を止めると聞こえてくるから。

 

 

―お前、何で生きているの?―

 

「…うあぁ……」

 

 

亡霊の様に付きまとう言葉から逃げる為に歩き続ける。

ふと、目の前に人影が現れる。

 

 

「お嬢ちゃん、靴も履かないでどうしたんだい?足から血が出ているじゃないか可哀想に」

 

「ひぃうっ!?」

 

 

かけられた優しい言葉がまるで聞こえず何を言っているのかわからない。

京にはその人の目が自分を蔑み笑っている様に見える。

 

 

 

「うぅ…ぁ…」

 

「ど、どうしたんだい?」

 

 

心配されて伸ばされた手は、今の京には大きな悪意の塊でしかない。

 

 

「っっ!?」

 

 

京はその手から逃げる様に駆け出す。

過去の心的外傷が現実を侵食していくのを止める事も出来ずに。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

武は工業地帯に向かって走っていた。

恐らく京はファミリーはもちろん、自分の知る人間が居る場所を避けるはずだと。

ただの憶測と勘ではあるが、迷っている時間など無かった。

そんな武の携帯が震える。

走りながら画面を見ると、クリ吉の文字が浮かんでいる。

 

 

「クリ吉、今お前の相手を」

 

「話は大和に聞いた、自分は念のため秘密基地を、犬とまゆっちと学園の方を、キャップ達が多馬川の方を探している、お前はそれ以外を頼む」

 

「軍師の采配か?さすが良い勘してるぜ大和、俺は工業地帯に向かってる」

 

「わかった、自分も基地を見たらそちらへ行こう」

 

「工業地帯は広いし治安もわりぃからワン子達と合流してこい、んじゃな」

 

「まて!…武、京を頼むぞ」

 

「ったりめぇだ!!」

 

 

携帯を切った武はこんな状況の中で、ほんの少しだけ口元を緩める。

家族が居る事の心強さを感じて。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「よしっ…ぐっ!?」

 

 

大和は携帯でファミリー全員に指示を出した後、立ち上がろうとするが膝が震えて力が入らない。

 

 

「お、おい、無茶するな大和」

 

 

肩を貸そうとする百代を大和は手で制する。

 

 

「武の言うとおり俺は馬鹿野郎だ…浮かれて京を傷つけて武を傷つけて、今無茶しないとあの二人に顔向けできないよ」

 

「大和…」

 

「だから、俺の事は良いから姉さんも行ってくれ、俺も今自分が出来る事を精一杯の事をするから」

 

「分かった…大和、私は良い彼氏を持ったぞ」

 

「姉さん…ありがとう」

 

 

その言葉を背に駆け出す百代は一瞬で大和の視界から消えた。

大和も言う事を聞かない足を引きずりながら、携帯で今まで築き上げてきた人脈を生かして、京探索のネットワークを構築し始める。

 

 

「京、武…っ!!」

 

 

大和は自分の足に拳を叩き込んで歩き始める。

大事なものを取り戻すために。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「はぁはぁはぁはぁ」

 

 

京は自分の心臓が悲鳴を上げているの走るのを止めない。

それは既に走っているとは言えない速度だが、京は見えない何かから逃げ続ける。

気付けば工業地帯の入り口にある娯楽施設「チャイルドパレス」が見える位置まで戻ってきていた。

 

 

「はぁはぁはぁはぁ、はぁはぁはぁ、はぁはぁ…」

 

 

自分の意思とは関係なく、悲鳴を上げていた体が京の足を徐々に遅らせる。

しかし、そこは横断歩道の真ん中、信号は青から黄色の点滅に変わっていた。

だが、それに気付けるほど京の心に余裕は無く、信号は黄色の点滅から赤に変わる。

信号待ちをしていた一台の車がクラクションを鳴らす。

 

 

「っ!?」

 

 

京は弾かれる様に体を震わせ、その車を避けようと足を速める。

京の直ぐ後ろを車が通過して、京も横断歩道を渡りきろうとしたその時、反対車線から大型トラックが速度を落とさず京に真直ぐ向かってきていた。

不運にも、そのトラックのドリンクホルダーには本来在ってはならないアルコールが置いてあり、運転手の目は手元の携帯電話に向けられていて、京などまるで視界に入っていなかった。

普段の京であれば難無く避けられた危険は、今の京に避けられる事は出来ない。

 

 

「…ぁ…」

 

 

小さく呟く事しか出来ない京が、無残にもトラックに撥ねられようとした刹那。

 

 

「京ーーーーー!!!!!」

 

 

叫んだ武は既に駆け出していた。

京は大声に驚いて武の方を見る。

瞬間、走った勢いのままで武が京を抱き締めた。

京の視界が暗転して、武に抱き締められたのとは別の衝撃を感じる。

何か大きな物がぶつかる音と、地面を擦る嫌な摩擦音が響く。

転がっているのか、二回、三回と小さな衝撃を受けてから、辺りは静寂に包まれる。

 

 

「京、無事か?」

 

 

武の優しい声が聞こえた。

抱き締められた京に武の温もりが伝わる。

 

 

「…武?……何が…」

 

「お前…車に、轢かれそうだったんだよ」

 

 

武の声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

 

「京…痛いところ、ないか?」

 

 

武に抱き締められたままの京は、モゾモゾと動いて自分の体を確認するが、幸い何処も痛む所はない。

 

 

「まったく…心配かけやがって」

 

「武…私…」

 

「今は、何も言うな…お前が無事で良かった」

 

「…武」

 

 

武の温もりを感じるだけで、今までの不安や悲しみが嘘のように消えていく。

京はきっと浮かべてくれているであろう、武の優しい微笑が見たくて顔を上げようとするが、如何せん抱き締められたままで身動きがとれない。

 

 

「…武、ちょっと苦しいよ」

 

「ああ、すまない…」

 

 

武は京の言葉に謝るだけで動こうとしない。

 

 

「…武?」

 

 

抱き締められたまま地面に触れている京の手に、何か生暖かい液体が触れた。

それは徐々に量を増していく。

 

 

「なぁ京…」

 

「た、たけ…る?」

 

 

京は抱き締められた腕から抜け出そうと、覆い被さる武の体を軽く押すと、意外なほど簡単に武の体は転がって京から離れた。

急に視界に飛び込んでくる青一色の空。

京が体を起こすと、地面には空とは対照的な赤一色の世界が広がっていた。

 

 

「なぁ京…」

 

 

何が起きているのか理解できずに、放心している京の耳に武の声が届く。

 

 

「…たけ…る?武?武っ!?」

 

「なぁ京…あの時も…こんな、綺麗な青空…だったよな」

 

 

武の口から真っ赤な血が吐き出される。

 

 

「武!?そんな、私を庇って…」

 

 

どうして良いか分からず、ただ縋る様に武に寄り添う京の足元が真赤に染まっていく。

 

 

「ひどい…台風の後でさ…」

 

 

「だ、だめ、喋らないで武…い、いま、救急車呼ぶから」

 

 

京は思い出した様に震える手で携帯を探すが、あの時、寮に落としてきてしまった事を思い出す。

 

 

「…竜舌蘭の…前で……写真、撮った時も…」

 

「お願い武、お願いだからもう喋らないで!」

 

「なぁ京…」

 

 

武の力無く上げられた手が京の涙を拭う。

その手を京はしっかりと握る。

 

 

「泣くなよ…俺、お前に、泣かれるのが…何より、辛い…」

 

「うん、うん…泣かない、泣かないよ?だからしっかりして武!!」

 

 

京の瞳からは涙が溢れていた。

 

 

「なぁ京…ごめん、な…俺の、せいで…」

 

「…違うの…違うの武……私…」

 

 

溢れた涙が武の頬を濡らす。

 

 

「なぁ京…そこに、居るのか?」

 

 

瞳から光が失われていく武の手を京は力いっぱい握る。

 

 

「いるよ!私はここに居るよ!!しっかり私を見てよ!!」

 

 

武の瞳には、初めて見た京の笑顔が写っていた。

 

 

「なぁ京…やっぱり俺…お前のその、笑顔が…一番、すき…だ……」

 

 

京が握っていた武の手から急に力が抜けた。

 

 

「…武?…ね、ねぇ武?」

 

 

京の声に武はもう答えない。

 

 

「い、や…いや…いやああぁぁぁあああああぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

京の悲痛な叫び声が青一色に染まる空へと消えていった。

 

 

 




この後、二通りの話がぼんやり見えてますが、まだどちらにするか決めてません。
そして、本格的に年末進行が始まって更新頻度を保てるかもわかりません。
頑張ります。

ではまた次回で。


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