真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第二十九話 「…さようなら」

重苦しい雰囲気の中、全員の視線はテーブルに置かれた一枚のカードに向けられていた。

ここには居ない京以外には、既に大和が経緯は話終えている。

 

 

「っだよ…」

 

 

沈黙を破ったのは岳人だった。

 

 

「これが武の意思?…認めねぇよ、本人から直接聞くまでは認めねぇぞ俺様は!」

 

 

気持ちは全員が同じだった。

しかし、それが不可能なのは言うまでもない。

 

 

「ガクト…九鬼英雄も言っていたけど、これはあくまでも選択肢の一つだ」

 

「んな選択肢はねぇ!あいつは絶対目を覚ます!…それを俺様達が信じなくてどうすんだよ」

 

「何年も、武の為だけに何年も僕達が過ごして…武が目覚めたらそれを喜んでくれるかな?」

 

「なんだと!?モロ、じゃあてめぇは武の為にさっさと諦めた方が良いって言うのかよ!」

 

「そうは言ってないじゃないか!!」

 

「二人とも落ち着け、今は言い争うために集まった訳じゃないだろ?」

 

 

百代の予想外に優しい声に二人は口を閉じる。

 

 

「ありがとう姉さん。まずは意思確認をしたい、全員の意見を聞かせてくれ…自分の事、武の事、良く考えてから頼む」

 

「俺様は考えるまでもねぇ!こんなものは認めねぇ!」

 

 

岳人の言葉の後に続く者は無く、全員が押し黙って考える。

家族の為にここまでの覚悟がある武を見捨てる事はできない。

しかし、その覚悟は裏を返せばこう言う時に悩ませない為の武の優しさであった。

その優しさを無視してまで武を助ける事が正しい事なのか、考えて答えが出るものでもない。

 

 

「あたしは武が居なくなるのは嫌だ…それでも、自分の夢を犠牲にしてまで武が喜ぶはずが無いって言うのはわかるの…だから武の事だけを考えたら嫌だけど…しょうが、ないって…」

 

 

一子は目に涙をいっぱいに溜めて、何時も武が座っていた場所を見つめて答える。

 

 

「僕は、もちろん武が居なくなるなんて考えられない…それでも、武の意思を無駄にしたくない。だから選択肢の一つとしては考えるべきだと思う」

 

 

卓也は伏せ目がちだが、はっきりとした口調で答える。

 

 

「自分は来年の四月でここを離れる身だから、正直ここで何か言うべきでは無いと思う。それでも自分だったらと考えた時、武の意思を尊重するべきだと思う」

 

 

クリスは、ここには居ない京が座る場所を見て答える。

 

 

「わ、私は、どんな事があっても諦めるべきではないと思っていました…けど、それが武さんの意思である以上、目を背ける事は出来ないと思います」

 

 

由紀江は申し訳なさそうに、それでも率直な自分の考えを答える。

 

 

「俺は家族である武を諦めるなんて嫌だ…でも、武が望む事に答えてやれないのはもっと嫌だ…」

 

 

翔一に何時もの勢いは無く、悔しそうに唇をかみ締めながら答える。

 

 

「私は、武の望む様にしてやりたい。それが私達が家族として武に出来る唯一の事だと思うから」

 

 

百代は手に残る武との日々を思い出して答える。

 

 

「俺は、今まで誰よりも家族を想ってくれていた武の最後の意思を尊重してやりたい。色々な想いや現実を全て排除して、純粋に武の事を考えて武を想うならそうする事が一番だと思う」

 

 

大和はカードに触れ、そっと手で撫でながら答える。

 

 

「なんだよ?何言ってんだよお前等…尊重してやりたいってなんだよ?そんな簡単に諦めるのかよ大和!!」

 

 

岳人が大和に掴みかかる。

 

 

「なんで簡単にそんな事が言えるんだよ!?」

 

「簡単に言ってる?…そんなわけねぇだろガクト!!あいつが、武が誰よりも今の俺達の状況を望んでないってなんでわかってやれねぇんだよ!」

 

「わかってんだよ!そんな事くらい馬鹿な俺様だってわかってんだよ!!それでも諦めるなんてできねぇんだよ!」

 

「じゃあ武の意思をこのまま無駄にするのか!?あいつが残した最後の優しさを俺達が受け取ってやらないで誰が受け取るんだよ!?答えろよ!答えろよガクト!!」

 

 

大和と岳人は泣いていた。

二人を見守るその場に居る全員が泣いていた。

殴りあっているわけでもないのに、その何倍もの痛みが心に刻まれる。

 

 

「俺だってこんなものが無ければ何年でも何十年でも武が目覚めるまで待ちたいさ!英雄にこれを渡された時だって何でだよって何百回も思ったよ!!でも、できねぇよ…武の意思を無駄にするなんて…俺にはできねぇよ…誰よりも、誰よりも俺達の事をわかってる武が残したんだぞ?こうなる事だってきっとわかってたはずなのに、それでもこれを残したんだよ……それを無駄にするなんて…できねぇよ…」

 

 

大和は岳人の襟を掴んだまま縋り付いて泣いていた。

押し殺していた感情が堰を切ったように溢れ出す。

当たり前に触れていた武の優しさが、こんなにも辛く感じなくてはならないことが悲しくて。

 

 

「京は、京はどうすんだよ?今のあいつの支えは、武が目覚めるって言う希望なんだぞ?今、あいつがそれを失ったらどうなるかくらいわかるだろ?」

 

「それは…」

 

 

大和は、いや、ここにいる誰もがそれを一番に案じていた。

武の望みを叶えると言うことは、京の望みを叶わなくすると言うこと。

 

 

「それでも、京には武の最後の意思を知ってもらいたい。…いや、京は知らなくちゃいけないんだ」

 

「しかし、何も今すぐに言わなくても良いのではないか?自分は、今の京がそれを受け止めきれるとは思えない」

 

「あたしも、クリの言う通りだと思う。せめてもう少し、もう少しだけ待ってあげた方が良いと思うの」

 

「わ、私もそう思います。京さんには心の整理をする時間が必要だと思います」

 

 

クリスの意見に一子と由紀江が同調する。

それは無意識にだが、時間がもう少し経てば、武が起きるかもしれないと言う僅かな希望でもあった。

 

 

「俺が、時期を見て話す。それが風間ファミリーのキャップである俺の役目だ」

 

「キャップ…」

 

「いや、私が話す。今回武がこんな事になったのは私にも責任がある」

 

「姉さん!?」

 

 

百代は大和を手で制して言葉を続ける。

 

 

「それに、この中では私が一番年上だ。今まで何一つ年長者として振る舞えなかったせめてもの償いだ…私に話をさせてくれ、頼む」

 

「…モモ先輩」

 

 

頭を下げる百代に翔一は戸惑うが、ここまでされては断ることはできない。

翔一が言葉を発しようとしたその時。

 

 

「…その必要はないよ」

 

 

全員の視線が扉の方へ向く。

 

 

「…京…お前今の話」

 

「…うん、聞いてた」

 

 

京は静かに部屋の中にはいると、テーブルに置かれたカードを手に取る。

そして、書かれている文字を懐かしそうに眺める。

 

 

「…武の…迷いの無い字だ」

 

「京…」

 

「…安心して大和。皆の気持ち、ちゃんと聞いたから」

 

 

京の、今までに無いくらい穏やかな声が響く。

 

 

「このカード、私が預かって良い?」

 

 

一人一人を見回して尋ねる京に、反対する者など居るはずがない。

 

 

「…それじゃあ、武の所に戻るね」

 

「京っ!」

 

 

出て行こうとする京に、クリスは言うべき言葉もないのに、反射的に声をかけた。

その声にゆっくりと振り向いた京は、少し寂しそうに、あの時に失われてしまった笑みを浮かべる。

 

 

「…ありがとうクリス…私は大丈夫だから」

 

 

そう言って部屋を出ていく京の背中を、大和達はただ見送ることしか出来ずにいた。

だが、追いかけるべきであった。

もし、この場に武が居れば、今の京を一人にすると言う愚行をおかすことはなかっただろう。

しかし、武は居ない。

京に待ち受ける運命を、止めることが出来る者は誰も居ないのだ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

この三ヶ月間、毎日してきたように受付けに後から人が来ることを伝えて、武の病室へと向かう。

個室と言う理由と葵冬馬の計らいで、一般の面会時間が終わった後でも、面会出来るようにしてもらえた。

 

 

「…武…来たよ」

 

 

冬の日中は短く、既に辺りは暗闇に包まれているが、電気を点けなくても月明かりが病室内を照らしていた。

 

 

「これ…見たよ」

 

 

武の枕元にそっとカードを置く。

 

 

「…武は、何処まで…何処まで私達に過保護なの?」

 

 

そっと握った武の手に雫が零れる。

 

 

「……無理だよ…」

 

 

京の心は、もう現実に耐えられないほど崩れていた。

武の前では泣かないと決めていたのに、その約束すら今の京には果たす事ができない。

 

 

「…武の居ない、世界で生きて行くなんて…私には…無理だよぉ」

 

 

今まで必死に堪えていた涙が止めどなく溢れる。

 

 

「…武…たけ、る……」

 

 

京は武の胸に顔を埋めて咽び泣く。

こんなにも温かい体温を感じるのに、こんなにも優しい鼓動を感じるのに、武は目を覚まさない。

京がどんなに泣いても、その頭を優しく撫でてくれる事はない。

京がどんなに泣いても、困った顔で慰めてくれる事もない。

京がこんなにも側に居るのに、武はここには居ない。

深い悲しみと絶望が京を襲う。

 

 

「……」

 

 

どれくらい泣いていただろうか、枯れ果てた涙は京にくらい影を落とす。

月光に照らされて、置かれていた果物ナイフが綺麗な光を放っていた。

その光に誘われるままに手を伸ばしてナイフを握ると、月光に照らされた光は失われて鈍い闇を写す。

 

 

「…武…私も一緒に連れて行ってくれる?」

 

 

武の返事は無い。

 

 

「…ごめんね……ごめんね武…」

 

 

京はそっと武に唇を寄せる。

初めてのくちづけは、悲しい涙の味がした。

 

 

「…武」

 

 

目を閉じると大好きな武の笑顔が浮かぶ。

 

 

「…さようなら」

 

 

月光が煌めく冷たい刃が、京の喉元に静かに突き立てられた。

 

 

 




これ本当に後二話でおわるんだろうか…。
そしていまだにどう終わるか、ぼんやりとしか浮かんでいません。
不思議と携帯で書き始めると、どんどん書けてしまうんですけど、何度も書いて消してを繰り返すので何時もギリギリです。

ではまた次回で。


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