真剣で京に恋しなさい!   作:やさぐれパパ

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第三十話 「…ただいま」

 

 

 

夢を見ていた。

 

新しい家族ができる夢。

 

風の様な少年は自分の事を好きだと言ってくれた。

 

天災の様な少女は自分の打たれ強さを褒めてくれた。

 

元気溢れる少女は自分を頼ってくれた。

 

知的な少年は自分に役割をくれた。

 

筋肉な少年は自分と殴り合ってくれた。

 

気弱な少年は自分の言葉に突っ込みをいれてくれた。

 

そして、好きになった少女は泣いていた。

 

 

「どうして泣いているの?」

 

「……」

 

 

少女は泣くばかりで何も答えない。

手を伸ばそうとした時、少女の後ろから声がかかる。

 

 

「泣くなよ…な?」

 

 

少年は困った顔で少女に語りかける。

それは、夕暮れ時の教室でみた、忘れてしまった夢の続き。

武が忘れてしまった京との約束。

 

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

六年生の夏休み。

武は学校に来ていた。

目的は教室にいるであろう女の子に会う為だ。

走ってきたせいで汗ばんだ体に乱れた息。

自分の教室の前で、武はゆっくりと深呼吸して息を整え髪留めを着け直す。

 

 

「…うぅ…ごめんね…」

 

 

いざ教室に入ろうとした時、中から少女の泣き声が聞こえてきたのとほぼ同時に、武は勢い良く扉を開けていた。

 

 

「どうした京!!」

 

「ひぅっ!?」

 

 

突然の大声に京は一瞬驚いて小さく悲鳴をあげるが、武だとわかると両手にそっと乗せていたものを見せる。

 

 

「…武…たけるが…死んじゃった…」

 

「えっ!?」

 

 

慌てて武が駆け寄ると、教室で飼っていたハムスターの「たける」が、京の手の上で冷たくなっていた。

そのハムスターは、前の六年生から引き継いで教室で育てており、京が飼育委員に立候補した時に、自分の名前を京に呼んで貰いたいと言う浅はかな下心から、強引に武がハムスターを「たける」に改名したのだ。

 

 

「…私が…来た時には…もう…ひっく…」

 

「京…」

 

 

武はハムスターが死んでしまった事よりも、京が泣いている姿に衝撃を受けていた。

初めて見る好きな人が悲しんで泣く姿が、こんなにも辛く悲しいものだと知らなくて。

 

 

「…やっぱり…私がお世話、したから」

 

「違う!」

 

「…でも」

 

「絶対違う!これはたけるの寿命だ。ハムスターは二年くらいしか生きられないって大和が言ってた」

 

「…大和が?」

 

「ああ、大和が言ってたんだ。あいつに間違いがあるわけない、だから絶対京のせいじゃない!」

 

「……うん」

 

 

大和に惚れていた京は、武の口から語られた大和の言葉に安心したのか、少しだけ泣き止む。

 

 

「先生に事情を話して埋めてやろう」

 

「…うん」

 

 

武は京を連れて職員室に行くと、夏休みの当番でいる先生に許可をもらい、校舎の裏手にお墓を作ることにした。

途中、美術室で余った木材をもらって墓標がわりにする。

 

 

「深く掘ってやらないと烏とか猫が掘り返しちゃうらしいから、ちょっと待ってろよ京」

 

 

言うなり武は素手で穴を堀り始める。

 

 

「…私も、手伝う」

 

「汚れっから良いよ、京はたけるを大事に持っててくれ」

 

「…ありがとう」

 

「こ、こんくらい何でもねぇよ!」

 

 

赤くなった顔を見られないように、武は全力で土を掻き出していく。

顔が地面につき、自分の腕が届かなくなるまで掘ると、顔をあげて京を促す。

 

 

「…ごめんね」

 

 

最後にもう一度ハムスターに謝ると、京は膝をついてそっと穴のそこへ置いてやる。

掘り返した土を戻し「たける」と書いた板をたてて、二人で静かに手を合わせる。

 

 

「…ひっく…うぅ」

 

 

再び京の瞳から涙が零れる。

 

 

「泣くなよ、な?」

 

「…だって」

 

「ハムスターのたけるは死んじゃったけど、俺は死んだりしないから!」

 

 

武の突拍子もない言葉に京はえ?っと顔を上げる。

 

 

「俺はずっと側にいてやるから、ずっと死なないから元気だせ京!」

 

「…武」

 

 

京は、武が精一杯元気付けようとしてくれていることが、ただ嬉しかった。

 

 

「…死なないって…そんなの無理でしょ?」

 

「いいや出来る!俺はお前がいる限りぜっっったい死なない!」

 

「…寿命でも?」

 

「延ばす!」

 

「病気でも?」

 

「治す!」

 

「事故でも?」

 

「跳ね返す!」

 

「大和と結婚しても?」

 

「うっ!?…か、陰から見守る!」

 

 

根拠も無く出来るわけがないのに、武の自信満々な顔を見ていたら不思議と、武なら出来るような気がしてくる。

 

 

「…じゃあ…約束ね?」

 

「ああ、約束だ!」

 

 

京から差し出された小指に、武は何度も何度も手を服で拭いてから自分の小指を絡める。

 

 

「ゆーびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます」

 

 

初めて京の悲しい涙を見た日の出来事。

初めてした京との約束。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

目を覚ますと教室は無人になっており、夕日の茜色が射し込んでいた。

あの日見たはずの夢を思い出す。

 

 

「…思い出した?」

 

 

好きになった少女はもう泣いていなかった。

 

 

「うん、思い出した」

 

 

好きになった少女が笑う。

 

 

「…約束…守ってね」

 

 

初めて出会った時みたいに頬を赤く染めて。

 

 

「ああ、絶対守るよ」

 

 

その答えに満足したように優しい声で囁く。

 

 

「…武…起きて」

 

 

言葉と同時に光が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京はそっと武に唇を寄せる。

初めてのくちづけは、悲しい涙の味がした。

 

 

「…武」

 

 

目を閉じると大好きな武の笑顔が浮かぶ。

 

「…さようなら」

 

 

京の喉元に静かに突き立てられたかにみえた刃は、京に届く寸前で止まっていた。

微かな力しか込められていないのに、その優しい手の温もりが京の動きを止める。

 

 

「なぁ京…」

 

 

甲高い金属音が響いて、京の手から果物ナイフが床に落ちる。

何が起きたか思考は追い付いていないのに、涙が溢れて京が見たい人の顔が歪んで見えない。

 

 

「…ひぅ…うっく……」

 

 

声をかけたいのに、嗚咽が邪魔をして言葉が出てこない。

武の温かい手が京の涙を優しく拭う。

京はその手を頬に当てたまま強く握り締める。

 

 

「お前を、そんなに泣かせる奴は…何処のどいつだ?」

 

 

握り締めた手から、武が握り返して来るのが伝わる。

 

 

「……ば、か……ばかぁ…」

 

 

必死に声を出す京に、武の、京が大好きな優しい笑顔が向けられる。

 

 

「泣くなよ…あの時、言ったろ?ずっと傍に居てやるって」

 

「…た…たけ、る…武…武っ!武っ!!」

 

 

京は横になったままの武に抱き付いて声を上げて泣く。

驚いて照れている武は、優しく京の頭を撫でてやる。

 

 

「な、泣くなよ、な?俺、お前に泣かれると、どうして良いのかわかんねぇんだよ」

 

 

武の声を無視して、京は赤子のよ様に泣きじゃくる。

それは風間ファミリーが、何よりも京が望んでいた目覚めであった。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「いや~まさか三ヶ月も寝てたとは…どうりで体が思うように動かないわけだ」

 

 

武は医者から、意識が回復し身体的機能は正常に働いている、しかも術後の治りも良好なので早ければリハビリも含めて一ヶ月程度で退院できると言う診断を受けた。

 

 

「ふえぇ~~んたけるぅ良かったよ~~」

 

「おいこらワン子!鼻水付けんなよ…まったく」

 

 

言葉ではそう言うが、泣きつく一子の頭を優しく撫でてやる。

 

 

「ま、俺様は全然心配なんかしてなかったがな」

 

「医者に掴みかかった奴が言う台詞じゃないな」

 

「てめぇ大和、俺様が何時そんな事したよ!!何時何分何秒だよ!」

 

「ははは、でも本当に良かったよ武が目を覚まして」

 

「ありがとうなモロ、大和も、あと…え~とお前誰だっけ?」

 

 

卓也、大和と拳を合わせてから岳人を見ながら武は首を傾げる。

 

 

「俺様だけ忘れるとかどんだけ都合の良い記憶喪失なんだよ!」

 

「嘘だよ、ありがとうな脳筋ゴリラ」

 

「病人が良い度胸だぜ!」

 

 

岳人の拳が武の頬を優しく殴る。

 

 

「ちっ、今日のところはこれくらいで許してやる俺様の広い心に感謝しろよ武」

 

「ふっ、ありがとよガクト」

 

 

言って岳人と武は拳を合わせる。

 

 

「まぁ自分もこうなると思っていたから全然心配してはいなかったがな」

 

「クリスさん、武さんが無事に目が覚めるまで願掛けとして甘いもの断ちしてたんですよ?」

 

『クリ吉にしては思い切った事したもんだよなぁ』

 

「こらまゆっち余計な事を言うな!」

 

「クリスが甘いもの断ちだと?…どうせ代わりに稲荷を甘くして食ってたんだろう?」

 

「武、お前もう一度眠った方が良いんじゃ無いか?」

 

 

何処からとも無くレイピアを取り出して構えようとするクリス。

 

 

「よせよせ!!ここは病院で俺は病人だぞ!」

 

「まったく…しょうがない奴だなお前は」

 

「ありがとよ」

 

 

クリスと拳を合わせ、遠慮がちな由紀江と松風とも拳を合わせる。

 

 

「武、これからはトラック如きに轢かれても平気なくらいみっちり鍛えてやるからな」

 

「いやモモ先輩、それ確実に轢かれて大丈夫になる前に俺の命が尽きますって」

 

「問答無用だ」

 

「横暴すぎる…あとで彼氏に文句言っとかなきゃ」

 

 

百代から差し出された拳に武も拳を合わせる。

 

 

「ったく、大勢に心配かけやがって」

 

 

同じ寮に住む忠勝も、大和からの連絡を受けて病院に来ていた。

 

 

「ゲンさんも心配してくれてありがとう」

 

「勘違いすんじゃねぇ…俺はただ、このままてめぇに死なれて寮が辛気臭くなるのが嫌だっただけだ」

 

 

そっぽを向いたまま突きつけられた拳と、武は拳を合わせる。

 

 

「よし決めたぞ!武が退院したら皆で旅行に行こう!!」

 

 

翔一のいきなりの提案が病室に響いた。

 

 

「いや気持ちは嬉しいがキャップ、俺、この病院とかの支払いが…」

 

「ああ、それなら心配ないぞ。全額九鬼が持つ事になっているからな!」

 

「九鬼が?どう言う事だキャップ」

 

「お前を轢いた運転手な、末端だが九鬼関連の会社の奴で、しかも相手は飲酒運転だったんだ」

 

「なるほどな、どうやら借金地獄にならずに済みそうだな」

 

「おう!」

 

 

勢い良く出されたキャップの拳と拳を合わせる。

 

 

「でも、あの時のお姉様凄く怖かったわ…ぶるぶるぶるぶる」

 

「確かに、飲酒って聞いた瞬間に自販機のケースに殺気で皹入ったからなぁ」

 

「う、運転手は無事なんだよな?」

 

 

恐る恐る聞く武に、百代は安心しろと答える。

 

 

「私に絶対居所がわからないようにしろと念を押して置いたからな」

 

「そ、それを聞いて安心したよ…あれ?ところで俺の愛する京は?」

 

「ああ、それなんだが…」

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

京は一人、病院の屋上に来ていた。

金網越しに見る川神は、何時もと変わらない平穏そのものであった。

 

 

「さすが天下の葵紋病院、車椅子まで電動式とは恐れ入るぜ」

 

 

武は車椅子を進めて京の横に並ぶ。

 

 

「こんなところでどうしたんだ京」

 

「……」

 

 

何も言わない京にやれやれと頭を掻いてため息を吐く。

 

 

「お前まさか自分のせいでとか思ってんじゃないだろうな?」

 

 

武の言葉に京は小さく肩を震わす。

 

 

「…だって…私の、せいで…」

 

「京…」

 

 

何かに耐えるような表情の京を、武は一呼吸おいてから鋭い目線で睨む。

 

 

「お前、ふざけんなよ?」

 

「えっ?」

 

 

京は突然の言葉に怯えるより驚きで武を見る。

それは京が初めて見る、本当に怒っている武の顔であった。

 

「…武?」

 

「京はあれか?俺に助けられたくなかったと、そうかそうかそりゃわりぃ事したわ」

 

「違う!そうじゃないよ」

 

「やっぱ助けて貰うなら大和の方が良かったよな」

 

「違うよ!?そんな事思ってないよ!!」

 

「じゃあ俺が助けても良かったのか?」

 

「もちろんだよ!」

 

「本当に俺で良かったのか?」

 

「武で良かったに決まってるよ!」

 

 

声を荒げる京の言葉に、武は表情を緩めて優しく微笑む。

 

 

「じゃあ、やっぱりお前を助けて良かったぜ」

 

「…え?…武?」

 

「京、俺はお前が無傷だった事が何より嬉しかった。それこそ自分で自分を褒めてやりたいくらいにな」

 

「武…」

 

「だからさ、そんな俺を褒めてやってくれよ…好きな人を守れて偉い!ってさ」

 

「…武…うぅ…」

 

「もう、泣くのは無しだ」

 

 

京は車椅子の武の胸に体を寄せる。

 

 

「…うん…うん……ありがとう……お帰りなさい武」

 

「京…ただいま」

 

 




悩みに悩んだ末、ありきたりにしてみました。
でも、そんなありきたりの奇跡が好きです。
本当はもっとシンプルに書ければ良かったのですが、今の私にはこれが精一杯でした。
次回で一応最終回の予定です。
この話を書き始めてまもなく二ヶ月。
長いようであっという間でした。
最後まで皆様に楽しんで頂けるように、頑張らせていただきます。

ではまた次回で。


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