「京~愛する俺と昼飯に行かないか?」
昼休み開始と同時に何時もの声が響く。
その声を合図にクラスメイト達はそれぞれのお昼休みを開始する。
「愛してはいないけど食事には行く」
「いよっしゃーーーー!!!」
毎日誘って何時もお昼を共にしているのに、まるで初めてお昼を共にするかのように武は大袈裟に喜びの雄叫びをあげる。
「まったく毎日良くやるわ」
「でも、毎日嬉しそうにしている二条ちゃんを見るとお姉さん和んじゃいます」
「つーか椎名もまんざらじゃない系って言うか二条もほんと毎日飽きない系」
小笠原千花、甘粕真与、羽黒黒子の仲良し三人組が生温かい目で見守っている。
「…しょうもない、行くよ」
昼休み、大和は人脈構成のために色々な人とお昼を共にするため、この時間だけが唯一武が京と二人っきりになれる貴重な時間なのだ。
そしてその貴重な時間を過ごすのは校舎裏のベンチである。
京は人が多い場所が好きではないし、ファミリー以外の人間と交流を持とうとしない。
そんな京のために選びに選び抜いたのが、この校舎裏のベンチであった。
「さ~て今日のお弁当は何かな…おお~今日は唐揚げ弁当!」
武は由紀江が作ってくれたお弁当を開けながらガッツポーズをする。
そんな武に京は特製ソースを渡す。
「さんきゅーやっぱこれがないとな」
京が好きな武は京と同じ辛党になっていた。
最初の頃は、汗と涙をだらだら流しながら無理して食べていたのが、今ではすっかりと言うかむしろ京よりも辛党になっていた。
「よし!さらに美味そうになった♪」
真っ赤に染まったお弁当箱の中身を満足そうに見ると、二人はいただきますと食事を始めた。
京と武は食事中、特に会話をしない。
武は京が自分の隣でお弁当を一緒に食べてくれているだけで幸せいっぱいなのである。
「…ねぇ武」
「んお?ふぁんふぁ?」
珍しく食事中に京が話しかけてきたので、思わず口一杯に唐揚げを入れたまま返事をしてしまった。
「…最近、大和とモモ先輩仲良いよね」
「・・・・」
武は普通に驚いていた。
食事中に話しかけてくるのだけでも珍しいのに、京が大和の恋愛の事を武に話したのだ。
ただでさえ京は大和の恋愛関係には口を出さないし、ましてや武に大和のそう言う事を話す事はない。
初めての状況だったが、それでも驚いたのは一瞬の事ですぐに武は何時もと変わらない口調で京の質問に答える。
「そうだな…そろそろ告白しそうな勢いだよな」
「うん」
「京はどうなると思う?」
武の質問に京はから揚げに箸を伸ばしたままボーっと見つめて答える。
「大和には悪いけど…モモ先輩の様子からしてたぶん難しいと思う…」
「まぁ俺も同じ意見だ。今の大和じゃ無理だな」
「武がそう言うなら間違いないね」
京は知っていた。
武がファミリーの誰よりもファミリーの一人一人の事を理解し、誰よりもその心の機微に敏感だと言う事を。
だからこそ自問自答する。
武にそれを聞いてどうしたかったのかと。
自分の事を好きだと言ってくれる武に、自分が好きな大和の事を聞いて…。
心の奥底に僅か、ほんの僅かに何かがチクリと刺さって引っ掛かる。
「ふむ・・・うりゃー」
そんな思いを見透かしているのか武は京の頭をぐりぐりと撫でる。
「ちょ、ちょっと」
突然の事に思わず振り払ってから見た武の顔は笑顔であった。
照れたような、それでいてとても優しい笑顔。
「……あ…」
それは京の好きな顔だった。
その笑顔を最初に見たのは京が四年生の時―
無視されているのには慣れていた。
静かに本が読めるから平気だと。
教室の隅で静かにしていれば一日が過ぎていく。
そうして後二年もすればこの生活も終わるから。
「お、おは、おはよう!」
目立たない様に一番で学校に来ていた京は、突然の挨拶に本から顔を上げる。
そこに居たのは、放課後最後まで教室に残っていた男の子だった。
「…あ…」
長い事虐められてきた京には他人に挨拶される事は無かった。
だから、おはようと言われてなんと返して良いのかわからず言葉が出てこなかった。
しかし、男の子は返事をまたずに忙しなく座って机に突っ伏して寝てしまった。
だたそれだけの出来事だった。
しかし、それは次の日も続いた。
「おは、おはよう!」
「お、おは…」
京は精一杯挨拶をしようとしたが、言葉につまって上手く言えなかった。
相変わらず男の子はすぐに机に突っ伏して寝てしまう。
その日に放課後、日直だった京は出席簿を見て男の子の名前を知る。
「にじょう、たける…」
放課後、日誌を職員室に持って行った後に教室を覗くと、そこにはあの日の様に机に突っ伏して寝ている武の姿があった。
京は周りに誰も居ない事を確認してから近づく。
―椎名菌―
京は母親の淫行のせいでそう呼ばれていた。
男子も女子も京に触られるのを嫌がっていたのに、武は嫌がるそぶりさえ見せなかった。
恐る恐る武の体に触れ、優しく揺らす。
「…お、起きて」
瞬間、武はガバッと身を起こして京を見る。
その顔は夕日と同じ色になっていた。
「お!起こしてくれて―」
「あ、あのっ!」
当然の大声に武の言葉は遮られた。
次の言葉を待つ武に、服の裾をきゅっと握って目に涙を溜めた京が続ける。
「な、なんで?」
「なんで?」
「何で平気なのっ!?」
京の頬に瞳から溢れた涙が伝う。
「へ、へいき?ってなにが―」
「し、椎名菌って!…み、みんなが…だからっ!!」
その涙は、決して自分を苛めない人が居ることが嬉しくて流がしているわけではなかった。
むしろその逆、変な希望を持たせないで欲しいと言う悲痛な訴えであった。
だが京は知らない。
自分以外にも虐められている者が居ることを。
―サンドバッグ―
武はそう呼ばれていた。
学校内では無く学校外がいじめの現場だった。
生まれ持っていた打たれ強さは自分の身を守ってくれる盾と同時に、人から攻撃されやすい諸刃の剣でもあった。
小さい頃から受けていた虐待は、武に人に痛みを与えることへの抵抗感と言う優しさを与えてしまい、結果それが決して反撃してこないサンドバッグと言う存在を作り上げてしまった。
そんな武にだからこそ、京の気持ちが良くわかる。
だから武は―。
「起こしてくれてありがとう」
余計なことは言わない。
「…な、なんで…」
ただ、自分にできる精一杯の笑顔で。
「また、明日な」
そう言って手を差し出す。
武は真赤になりながら、手を差し出されたことが何を意味するか理解していない京の手をとって自分の手と握らせる。
夕日が射し込む教室で見たその笑顔と手の温もりを、京は生涯忘れることはなかった。
「・・・武?」
「お前、二人が付き合ったら何かが変わっちまうみたいで嫌なんだろう?」
「…うん」
「ファミリーの…いや、自分が変わってしまいそうって?」
「…うん」
「…くっくっく…あーはっはっはっは!」
当然笑いだした武に一瞬驚いてから京はムッとする。
「わ、私にとっては笑い事じゃ」
「変わらねぇよ」
真剣な表情が京に向けられて言葉を遮る。
でもそれは一瞬で、すぐに何時もの武に戻っていた。
「京は大和がモモ先輩と付き合ったら大和の事諦めるのか?」
「諦めない」
「京は大和と付き合ったら何か変わるのか?」
「変わらない」
「京は俺と付き合うか?」
「付き合わない」
「いや、そこはもうちょっと考えようぜ…ま、まぁそんなわけで誰が誰と付き合おうが、俺達風間ファミリーはな~んにも変わらねぇって」
「…武」
不思議と京の中に在ったモヤモヤは消えていた。
京の横では武が何事も無かったかの様に弁当を食べ始めている。
美味しい美味しいと言っているかの様にうんうんと頷きながら。
「…ありがとう」
小さな呟きが武に聞こえたかどうかはわからないが、京も再びお弁当を食べ始める。
その様子を武は目の端で捕らえて頬を緩める。
何時もの昼休みに戻っていた。
「…そうだ、さっき私の頭を撫でた手は私が見ている前で石鹸で洗ってね」
「い、嫌だ!せっかくどさくさに紛れて京に触れたって言うのに…俺はこの手にラップを巻いて生涯保存するんだ!!」
「嫌いになるって言ったら?」
「ううううう~洗いましゅ~」
「よろしい…ククク」
涙を流しながら項垂れる武をみて京は満足そうに笑った。
京分を増やしてみました。
って言うか話が進むのが遅いですね。
後一話くらい学園生活やったら、徐々に百代ルートに沿って加速していこうと思います。
ではまた次回で。